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2023年2月7日火曜日

西洋昔噺第一号八ツ山羊(長谷川武次郎) その20

裏表紙 国立国会図書館蔵

(読み)

なし

(大意)

なし

(補足)

 長谷川武次郎のちりめん本ではよく裏表紙にこのような影絵のような、または高座で芸人がみせる切り紙のようなものをのせています。木版の絵の細かさもさることながら、このような切絵じたででもひとつひとつの微細なこだわりは徹底していて、そのこだわりゆえ、見る者に見えない部分の想像をたくましくさせます。足元のかすかなうすい緑色は芝地でしょうか。

 1900年のCalendarの裏表紙です。

こちらは摺師がぼかしの技をくしして、遠近をだし、なおかつ足元や躍る人々から立ち上る熱気をかもしだしています。

 どちらもすばらしい。

 

2023年2月6日月曜日

西洋昔噺第一号八ツ山羊(長谷川武次郎) その19

P9後半 国立国会図書館蔵

(読み)

能丸 石 可゛ごろ\/と、ころ

のまるいしが ごろごろと、ころ


げて前へ傾(可多む)く其(その)拍子(ひようし)尓、狼   盤

げてまえへ かたむ く  その    ひょうし に、おおかみは


池 へのめ里こみて、ブクブクと沈(しづ)ミ个れ盤゛、

いけへのめりこみて、ぶくぶくと  しず みければ 、


親子(おやこ)の山羊ハ走(者し)里い天゛、池 のほと里尓うち集(つど)ひ、

   おやこ のやぎは  はし りいで 、いけのほとりにうち  つど い、


掌(て)をうち躍(をどり)里て喜(よろこ)びしと楚゛、めで多し\/  \/

  て をうち  おどり りて  よろこ びしとぞ 、めでたしめでたしめでたし


(大意)

(腹の中)の丸石がゴロゴロと

ころがって前へ傾き、その拍子に狼は

池へのめり込んでブクブクと沈んでしまいました。

親子の山羊は走り出して、池のふちに集まり

手をたたいて踊り喜こんだとのことでした。

めでたしめでたしめでたし


(補足)

 池に落ちた狼の水の描き方は、左側は跳ね上がる水しぶきと腰回りの水のうねりは浮世絵のお家芸といってもよいでしょう。

何度か出てきている変体仮名「能」(の)はかたちが特徴的なので一度おぼえたら忘れません。

「走(者し)里い天゛」、変体仮名「天」(て)は変体仮名「久」(く)とほとんどかたちが同じです。

「躍(をどり)里て」、振り仮名「り」と「里」がダブってしまいました。

 

2023年2月5日日曜日

西洋昔噺第一号八ツ山羊(長谷川武次郎) その18

P9前半 国立国会図書館蔵

(読み)羊五終

奈尓やら石(いし)でも

なにやら  いし でも


者い川ている

はいっている


ような、こゝろ

ような、こころ


もちが春ると、

もちがすると、


ひとりごと越いひ

ひとりごとをいい


な可゛ら、喉(のど)可゛か者く

なが ら、  のど が かわく


とみえて池(いけ)尓い多利、水

とみえて  いけ にいたり、みず


をのまんとして、前(まへ)

をのまんとして、  まえ


へかゞみし尓、腹(者ら)の中

へかがみしに、  はら のなか


(大意)

なにやら石でも

入っているような気分がすると

ひとりごとをいい

ながら、のどが渇いたと

みえて池へゆき、水を

飲もうとして前へ

かがむいたところ、腹の中の


(補足)

「な」の変体仮名が使われることはあまりなかったようにおもわれます。

「者い川ている」、変体仮名「川」(つ)は促音の「っ」なのですが、大きい「つ」のまま。

「こころもちが」、お手本のような「が」の次の次の行には「な可゛ら、喉(のど)可゛」と、変体仮名「可゛」(が)で、両者共存です。

 左の子山羊の顔がどこか人間っぽい。

 

2023年2月4日土曜日

西洋昔噺第一号八ツ山羊(長谷川武次郎) その17

P8 国立国会図書館蔵

(読み)

ハテ吾(おれ)盤

はて  おれ は


たしか尓山羊(やぎ)

たしかに   やぎ


の子を久ひ多流尓

のこをくいたるに


(大意)

はて、おれは

たしかに山羊の

子を食ったはずだが


(補足)

ここの「に」は変体仮名「尓」で、英字筆記体小文字の「y」のかたち。

平仮名「た」と変体仮名「多」の両方が使われています。

 山羊の母の手は偶蹄目なのでそのままのかたちがです。子山羊たちの顔をよく見ると一疋いっぴき表情をかえています。かわゆい。でも6疋しかいません。残る2疋は次の頁です。

 一番右の子羊のしっぽと左端の草むらが枠からはみ出しています。漫画雑誌で枠からはみ出して描かれることがあります。とびだす感じや迫力感などの表現のためでしょうけど、明治中期はやくもそれらのさきがけでありましょうか。

 羊の白の色は塗ってある色ではなく紙の色そのものです。つまり線描画なのですが、羊のからだのいろやフサフサ感を感じるのは絵師や摺師・彫師の腕なのでしょう。水彩画のような摺りでさっぱり感がよいです。

 

2023年2月3日金曜日

西洋昔噺第一号八ツ山羊(長谷川武次郎) その16

P7下段仕掛けを開いたところ 国立国会図書館蔵

(読み)

めのさ免

めのさめ


ぬうち

ぬうち


もとの

もとの


通(とほ)り

  とお り


ぬひ

ぬい


合(あ者)せ、

  あわ せ、


こ可

こか


げ尓

げに


かくれ

かくれ


みてあ

みてあ


連バ、や

れば、や


可゛て狼

が ておおかみ


ハ目を

はめを


さ満し、

さまし、


(大意)

目のさめぬうちに

もとの通り縫い合わせ

木陰の隠れて見ていると

やがて狼は目をさまし


(補足)

 狼の腹の中から出てきた子ヤギたち、数えてみるとちゃんと7疋でした。逃げた子山羊はニコニコうれしそうですけど、母親は怒っているのもあってチト怖い顔。

 仕掛けの紙の裏側に腹の中の子ヤギたちがいろうつりしてしまっているようにみえます。よく乾かないうちに貼ってしまったためでしょうか。

 この頁では「ミ」はすべて「み」でした。

 

2023年2月2日木曜日

西洋昔噺第一号八ツ山羊(長谷川武次郎) その15

P7上段後半 国立国会図書館蔵

(読み)

し、アゝ奈ん多゛か

し、ああなんだ か


真暗(まつくら)なところで

   まっくら なところで


あ徒多、といひ奈がら

あった、といいながら


母 の旁(そば)へよらん春る越、

ははの  そば へよらんするを


母 盤こどもら尓いひつ

はははこどもらにいいつ


けて、丸石(まるいし)を多 くあつめ

けて、   まるいし をおおくあつめ


させて、狼   の者ら尓徒めこみ、

させて、おおかみのはらにつめこみ


(大意)

(とび出)し、あぁなんだか

真っ暗なところで

あった、と言いながら

母のそばへよってくるのを

母は子どもたちに言いつ

けて、丸い石をたくさん集め

させ、狼の腹に詰め込み


(補足)

「よらん春る越」、今ではこのような言い回しは使われてないとおもいます。

「奈ん多゛か」「いひ奈可゛ら」、変体仮名「奈」(な)があまり出てこないなとおもっていたらつづけて出てきました。

 

2023年2月1日水曜日

西洋昔噺第一号八ツ山羊(長谷川武次郎) その14

P7上段前半 国立国会図書館蔵

(読み)羊ノ四

山羊(やぎ)の母 き多り目能

   やぎ のははきたりめの


さ免ぬよう、志づ可尓

さめぬよう、しずかに


鋏(者さミ)尓て其(その)腹(者ら)をきり

  はさみ にて  その   はら をきり


ひら个ば、七 疋 の

ひらけば、しちひきの


子山羊ヒヨイ

こやぎひょい


\/ ととび出(い多゛)

ひょいととび  いだ


(大意)

母はやって来ました。目の

さめぬよう、静かに

鋏でその腹を切り

開けば、7匹の

子山羊はひょい

ひょいととび出し


(補足)

 腹一杯で眠りこけている狼がかわいらしい。

「目能」、へんたいがな「能」(の)は特徴的なかたちなので、一度覚えてしまえば次からが必ず読むことができます。

 母親の衣服がどことなくしまりがありませんが、絵師がなれてないからかもしれません。

 

2023年1月31日火曜日

西洋昔噺第一号八ツ山羊(長谷川武次郎) その13

P6後半 国立国会図書館蔵

(読み)

さらばわ可゛この敵(可多き)を討(う)ち果(者多)春へし、いま多゛とほくハ

さらばわが この  かたき を  う ち  はた すべし、いまだ とおくは


由くまじと、針仕事(しごと)の文庫(ぶんこ)を抱(かゝ)へつゝ、親子(おやこ)もろとも

ゆくまじと、    しごと の   ぶんこ を  かか へつつ、   おやこ もろとも


狼   の、あと追(お)ひ可けてぞ、いそぎ个利、

おおかみの、あと  お いかけてぞ、いそぎけり、


狼   盤山羊の子をたくさん久らひ、腹(者ら)者利ねむりを

おおかみはやぎのこをたくさんくらい、  はら はりぬむりを


催(もよふ)し个れ盤゛、うらて能山 耳ひるねして、ゐ多るところへ

  もよお しければ 、うらてのやまにひるねして、いたるところへ、


(大意)

そのようなことならば、我が子の敵を討ち果たさねば。まだ遠くには

行ってないだろうと仕事の道具をかかえ、親子ともども

狼のあとを追いかけて、急いだのでした。

狼は山羊の子をたくさん食って腹が一杯で眠たくなっていたので

裏手の山で昼寝をしているところへ


(補足)

 変体仮名をまったく読めぬところから学び始めて超初心者となり、研鑽を積むこと数年いまではなんとか初心者になったろうとはおもうものの、これほどきれいな筆刻の文章でさえも、まだまだ楽ちんには読むことができないのです。

前回のところで「るすちうのこと越」の部分、変体仮名「越」(を)がありました。いっぽう「敵を」「文庫を」「山羊の子を」など平仮名「を」がたくさん使われています。これはほとんど現在の平仮名「を」のかたちになってしまっていますが、変体仮名「遠」(を)です。

 

2023年1月30日月曜日

西洋昔噺第一号八ツ山羊(長谷川武次郎) その12

P6中半 国立国会図書館蔵

(読み)

由ゑ、大變(たいへん)なことがおこわしと、ひと里古゛ち徒ゝ、火を

ゆえ、   たいへん なことがおこわしと、ひとりご ちつつ、ひを


たき徒くれバ、ストーブのうしろ尓て、おつ可さんけむ

たきつくれば、すとーぶのうしろにて、おっかさんけむ


いよ\/  、といふ聲(こゑ)のし个れバ、母 盤者那者多゛よろこび、

いよけむいよ、という  こえ のしければ、ははははなはだ よろこび、


るすち うのこと越たづぬる耳、志可\゛/とこ多ふれ盤゛

るすちゅうのことをたずぬるに、しかじ かとこたふれば


(大意)

(聞かぬ)から、大変なことが起こってしまったのだとひとりごちつつ

火を焚きつけると、ストーブのうしろで、おっかさん煙いよ

煙いよという声がするので、母親はとても喜び

留守中のことを尋ねると、しかじかと答えました。


(補足)

「おこわしと」、起こったということでしょうけど辞書で調べても適当な単語が見つかりませんでした。

「母盤者那者多゛」、変体仮名の連続で悩むところです。


 

2023年1月29日日曜日

西洋昔噺第一号八ツ山羊(長谷川武次郎) その11

P6前半 国立国会図書館蔵

(読み)

して、うらぐちよ里いでゆきぬ、

して、うらぐちよりいでゆきぬ、


や可゛て者ゝおやハかへ里き多利、みれバ子山羊ハ一 疋

やが てははおやはかえりきたり、みればこやぎはいっぴき


もをら須゛、ざしきもサン\゛/耳あらしてあれバ、アゝ

もおらず 、ざしきもさんざ んにあらしてあれば、ああ


あれほどいひ徒多お支し尓母 のいふことをき可ぬ

あれほどいいつたおきしにははのいうことをきかぬ


(大意)

(食い殺)して、裏口より出てゆきました。

やがて母親が帰ってみると、子ヤギは一疋も

おらず、座敷も散々に荒らしてあり、あぁ

あれほど言って聞かせておいたのに、母の言うことを聞かぬ


(補足)

 子山羊が一疋、柵をとび越えて逃げてきています。

「うらぐち」、「ち」の縦棒中央部分が真っ直ぐではありません。変体仮名「知」(ち)でしょうか。

「かへ里き多利」、この頁では変体仮名「利」(り)がよく使われています。

「サン\゛/耳」、カタカナで記していますが、何か意味がありそう。「に」は変体仮名「耳」「尓」が混在しています。

「いひ徒多お支し尓」、このように読んでみたものの、こんな言葉があるのかどうか、読み間違いの可能性大であります。

 

2023年1月28日土曜日

西洋昔噺第一号八ツ山羊(長谷川武次郎) その10

P5 国立国会図書館蔵

(読み)羊ノ三

戸(と)の春きよ里みゆるあしといひ、者ゝによく尓多れ

  と のすきよりみゆるあしといい、ははによくにたれ


バう連しく於もひ、者ゝさ満お可へ里かと、戸(と)をあ

ばうれしくおもい、ははさまおかえりあと、  と をあ


久流やい奈や、狼   ハ志春まし多利ととび可ゝ里、可多者

くるやいなや、おおかみはしすましたりととびかかり、かたは


しよ里くらひころし个る、そのうち一 疋 の子ハ暖爐(ストーブ)

しよりくらいころしける、そのうちいっぴきのこは   すとーぶ


の蔭(可げ)耳かくれゐ多里し由ゑ、狼   ハ七 疋 をくらひつく

の  かげ にかくれいたりしゆえ、おおかみはしちひきをくらいつく


(大意)

戸の隙間より見える脚といい、母によく似ていたので

うれしくなって、母様お帰りかと戸を

開けるやいなや、狼はここぞとばかりとびかかって、つぎつぎと

食い殺してしまいました。しかしそのうち一疋はストーブ

の蔭にかくれていたので、狼は7匹を食い殺して


(補足)

 豆本にはなかった絵割です。わたしの住居の近所に山羊を飼育しているところがあって、子ヤギがたくさんいます。道路に面している柵のところで見ることができるのですけど、小さい体に小さなしっぽをせわしなくふってかわいらしい。一疋飼ってみたくなります。この絵の子ヤギたちは子犬のよう。

 変体仮名がたくさん用いられているし、その変体仮名の平仮名も混在していて、意外と読みにくい文章になっています。

「戸をあく流やい奈や」、変体仮名「流」が変体仮名「満」(ま)とにているとおもったのですが、1行前の「さ満」と比べてみると、見た感じがすでに異なっていました。変体仮名「奈」(な)が久しぶりに使われています。「く」はよく見るとてっぺんが「ゝ」のようになっていて変体仮名「久」としたほうがよかったようです。

「志春まし多利」、辞書には「しすます。為済ます」とあって、最後までうまくやる。まんまとやってのける、となっていました。

「可多者しよ里」、そのまま片っ端よりでもよいとおもいます。

 

2023年1月27日金曜日

西洋昔噺第一号八ツ山羊(長谷川武次郎) その9

P4後半 国立国会図書館蔵

(読み)

キ屋へゆき足 のさきを

キやへゆきあしのさきを


白(しろ)くぬ里き多り、はゝ

  しろ くぬりきたり、はは


能聲(こハ)色(いろ)を津可ひ、善(よき)

の  こわ   いろ をつかい、  よき


物(もの)をたくさん買(かふ)てきた

  もの をたくさん  かう てきた


可ら、者やく戸(と)を於あけと

から、はやく  と をおあけと、


云(い)ひ个れバ、子山羊(こやぎ)どもハこゑといひ

  い いければ、    こやぎ どもはこえといい


(大意)

(ペン)キ屋へ行って、足の先を

白く塗ってでなおして来ました。

母親の声色をまねて、よいものを

たくさん買ってきたから

はやく戸をお開けと

言うと、子山羊たちは

声といい、


(補足)

「き多り」、変体仮名「多」(た)のかたちで一番目にするのが「さ」の横棒がないものですが、ここの変体仮名「多」は「多」のかたちが残っているややゴチャゴチャした形になっています。

「はゝ能」、変体仮名「能」(の)はあらかじめ学んでいないと読めません。

「津可ひ」、変体仮名「津」よりも頻繁に使われる変体仮名「可」のほうが悩みます。2行先の行頭の「可」も同様。

 いままでみてきた豆本の絵は必ず背景や遠景までを含めてひとつの絵としてきましたが、この翻訳本ではそれらがありません。

 

2023年1月26日木曜日

西洋昔噺第一号八ツ山羊(長谷川武次郎) その8

P4前半 国立国会図書館蔵

(読み)

いへば子山羊どもハ

いえばこやぎどもは


こゑ盤よく尓ている

こえはよくにている


がと、戸の春きよ里、の

がと、とのすきより、の


ぞきて、そんなくろい

ぞきて、そんなくろい


足(あし)のを者゛さん盤ない

  あし のおば さんはない


よとい者れて、狼   ハま多

よといわれて、おおかみはまた


志ま川多わと、こんどハペン

しまったわと、こんどはペン


(大意)

言うと、子山羊たちは

声はよくにている

けどと、戸の隙間より

のぞいて、そんな黒い足の

おばさんはいないよと

言われて、狼はまた

しまったわと、今度はペン(キ屋)


(補足)

「狼ハま多志ま川多わと、」、なんで「川」が「つ」となるかなど考えずに変体仮名「川」(つ)とおぼえます。おぼえてしまえば、カタカナ「ツ」がなるほど「川」と同じと気づきます。

 明治20年頃にすでにペンキ屋という言葉が定着していたのかはわかりませんし、職種としても広く知られていたのかもどうなのでしょうか。このペンキ屋さんは表紙のペンキ屋さんと同一人物のようです。表紙ではペンキ缶に青と赤でしたが、ここでは白になっています。

 

2023年1月25日水曜日

西洋昔噺第一号八ツ山羊(長谷川武次郎) その7

P3 国立国会図書館蔵

P3 仕掛け部分を開いたところ

(読み)羊ノ二

と里あは

とりあわ


ね盤゛、こハ

ねば 、こは


しそこ

しそこ


なふた

なうた


りと、狼

りと、おおかみ


ハ薬種(く春り)

は   くすり


屋(や)へ

  や へ


ゆき、聲 のよく

ゆき、こえのよく


なるく須里を

なるくすりを


のみ、ま多山羊の

のみ、またやぎの


家(いへ)耳い多里、おと

  いえ にいたり、おと


れへ盤゛、うちよ里誰(どな多)といふ、

れえば 、うちより  どなた という


を者゛さんだよ、こゝあ个てと

おば さんだよ、ここあけてと


(大意)

相手にせず、これは

しそこなったと

狼は薬屋へ行き

声のよくなる薬をのみ

再び山羊の家へ向かいました。

戸をたたくと、中からどなたですかと聞かれ、

おばさんだよ、ここを開けてと


(補足)

 仕掛けのある頁です。豆本では頁を折り込んで見開きになるものがありました。こちらは西洋風にいろいろな仕掛けがある仕掛け本の一番簡単なものです。

「と里あはね盤゛」、お手本のような平仮名「は」です。この頁では変体仮名「盤」「者」とカタカナ「ハ」があります。

「あ个てと」、まずは読めることがくずし字を学ぶ第一ですけど、この変体仮名「个」も番傘のようでなんとも。

 枠外に「羊の二」とあり丁合です。一枚の横長の紙に二面を摺り、山折りにしてひとつの丁合にします。前の頁にも「羊の一」とありました。


 

2023年1月24日火曜日

西洋昔噺第一号八ツ山羊(長谷川武次郎) その6

P2後半 国立国会図書館蔵

(読み)

もひ、春ぐそのいへ耳い多り戸を多ゝけ盤゛うちよ

もい、すぐそのいえにいたりとをたたけば うちよ


里、どれたととふ、おほ可みハぬ可らぬ顔(可ほ)耳て、を者゛

り、どれたととう、おおかみはぬからぬ  かお にて、おば


さん多゛よとこたふ、子山羊(こやき)ども盤そんなボーッ

さんだ よとこたう、    こやぎ どもはそんなぼーっ


といふ聲(こゑ)のをばさん盤私(王多くし)とものうち尓ハないよと

という  こえ のおばさんは  わたくし どものうちにはないよと


(大意)

(お)もい、すぐその家に向かいました。戸をたたくと、家の中から

誰だと問う。狼は抜け目ない顔つきで、叔母

さんだよと答えました。子山羊どもはそんなぼーっ

とした声の叔母さんはわたしたちの家にはいないよと


(補足)

「そのいへ耳」、「ぬ可らぬ顔耳て」、「に」はほとんどが変体仮名「尓」ですが、ここではめずらしく変体仮名「耳」(に)。「ぬ可らぬ」を確かめてみると辞書に「ぬからぬ顔」でありました。

抜け目のない顔つき。油断のない顔つき。

変体仮名「盤」(は)をつかっているのが目立ちます。

「どれたととふ」、「だれ」のまちがいかとおもったのですが、辞書をみると、『不定称の人代名詞。不特定の人をさす。だれ。』がありました。

 

2023年1月23日月曜日

西洋昔噺第一号八ツ山羊(長谷川武次郎) その5

P2中半 国立国会図書館蔵

(読み)

ち可き山 尓春み个流狼獲物(於ほ可みゑもの)をあさ流をり可ら、牝

ちかきやまにすみける    おおかみえもの をあさるをりから、め


山羊のまち尓行(由)くを見(ミ)るよ里、とび可ゝ里天食(くら)ハん

やぎのまちに  ゆ くを  み るより、とびかかりて  くら はん


とおもひしが、こゝ尓て古の母羊(おや)を食者んよ里、そのる

とおもいしが、ここにてこの   おや をくはんより、そのる


春にゆきて、こどもらを久らふ可゛、うまからんと於

すにゆきて、こどもらをくらうが 、うまからんとお


(大意)

近くの山に住む狼が獲物を探しているとき、

牝山羊が街に行くところをみて、とびかかって食ってしまおう

とおもったのですが、ここでこの親を食ってしまうより、その留守

の家に行って子どもたちを食うほうが、うまいだろうとおもい


(補足)

 小学校の読本のような字の並びですが、音読するとつっかえつっかえになってしまいます。

「ち可き山尓春み个流」、変体仮名を知らないと、まずは読めないでしょう。

「久らふ可゛」、変体仮名「久」は、2行前の「とび可ゝ里天」の変体仮名「天」とほとんど同じです。

 

2023年1月22日日曜日

西洋昔噺第一号八ツ山羊(長谷川武次郎) その4

P2前半 国立国会図書館蔵

(読み)

ある日市街(まち)尓行(由)可んとして子どもらにむ可ひ、るす

あるひ   まち に  ゆ かんとしてこどもらにむかい、るす


のうち盤か多く戸をとぢて、たれ可゛きたるともかなら

のうちはかたくとをとじて、だらが きたるともかなら


須゛あく流ことな可れ、皆々(ミな\/)於と那しくる春せよ、みや

ず あくることなかれ、   みなみな おとなしくるすせよ、みや


げ尓は、旨(うま)き物(毛の)を多くさんかふてき天、あ多へんと

げには、  うま き  もの をたくさんこうてきて、あたえんと、


袮んごろ尓いひ於ゐてい天゛ゆきぬ、

ねんごろにいいおいていで ゆきぬ、


(大意)

ある日街に出かけようとして子どもたちにむかって、

留守中はかたく戸を閉じて誰が来ようとも必ず

開けることはしないように、皆々おとなしく留守をしなさい。

みやげにはうまいものをたくさん買ってきてあげるからと、

よく言って聞かせて出かけてゆきました。


(補足)

 以前に、木村文三郎の豆本シリーズをアップしました。その豆本は銅版で文章はこの絵本にあるような鉛筆やペンでくずし字を書いた筆刻の文章でした。筆刻の特徴は毛筆のように文字を続けて書くことが少なく、つながらないためにひと文字一文字がはっきりとわかることです。毛筆でつぶれてしまう文字も、筆刻ならばどのように書いているかがよくわかります。

 よくわかるのですが、やはり変体仮名ですので、毛筆のくずし字を読んでいくのと同じ手順をふむことになります。この頁全体をパッとみると、すぐにでもスラスラ読めそうにおもいますが、読み始めるとつっかえつっかえになってしまって、変体仮名をあれこれ調べることになってしまいます。

 現在では句点( 。)読点(、)の区別がありますが、この絵本では読点が両方の記号で使われています。教育的なことを意識したのだろうとおもいます。

「市街尓」、ここの変体仮名「尓」(に)のかたちは、英文小文字筆記体「y」と同じです。

「るすのうち盤」、この変体仮名「盤」(は)が悩みました。

「あく流こと」、変体仮名「流」(る)としましたが、間違っているかもしれません。

「る春」、変体仮名「春」は小さな「す」+「て」のようなかたちですが、二行目の変体仮名「盤」ににています。

「多くさん」、ここの変体仮名「多」は二行目「か多く」のものとはことなってもう少しゴチャゴチャしたかたち。

「かふてき天」、変体仮名「天」は平仮名「く」のてっぺんに飾りが付きます。次の行の「い天゛」も同じ。

 

2023年1月21日土曜日

西洋昔噺第一号八ツ山羊(長谷川武次郎) その3

 

P1 国立国会図書館蔵

(読み)

羊ノ一

東京圖書館印・ TOKIO LIBRARY


八ツ山羊

やつやぎ


む可し\/

むかしむかし


八ツ子(や?こ)をもち

やつこ     をもち


し牝山羊(めやぎ)あ里个り、

しめやぎ     ありけり


な可よく

なかよく


おしよ

おしよ


(大意)

むかしむかし

八つ子をもつ

牝やぎがいました。

仲良く

しているのですよ。


(補足)

 家壁のレンガの遠近感がおかしいですが、そんなことは気にもしていないような絵です。もっぱら母山羊の姿の仕上げに集中しているようです。山羊は偶蹄類なので母の子を指差す指先も鋏のよう。

「八ツ子」の振り仮名「や」の次が読めません。拡大しても不明。

この時期の印刷方法は従来の木版から石版・銅版・活版などいろいろな印刷方法が広がりだした頃ですが、この絵は石版でしょうか?

 西洋の翻訳本ですからもっとこってりした感じがあふれるとおもいきや、水彩のようにサラッとしたさっぱり感がただよっています。


2023年1月20日金曜日

西洋昔噺第一号八ツ山羊(長谷川武次郎) その2

見返し 国立国会図書館蔵

(読み)

西洋昔噺

せいようむかしばなし


第一號

だいいちごう


八ツ山羊

やつやぎ


定價金拾銭

ていかきんじゅっせん


明治二十年七月十五日


版権免許同九月出版

はんけんめんきょどうくがつしゅっぱん


廣島縣士族

ひろしまけんしぞく


譯者 呉文聡

やくしゃ くれあやとし/ふみあき


麹町區元園丁二丁目八番地

こうじまちくもとぞのちょう


東京府平民

とうきょうふへいみん


出版人 長谷川武次郎

しゅっぱんにん はせがわたけじろう


京橋区南佐柄木町二番地

きょうばしくみなみさえきちょう


東京

とうきょう


南佐柄木町

みなみさえきちょう


弘文社版

こううぶんしゃ


明治二〇・一〇・一〇・内交・


(大意)

(補足)

 この絵本の正確な大きさは182mm×124mmでした。第一号とあり続けて出版されるかとおもいきやこの本だけで終わってしまいました。グリム童話「狼と七匹の子山羊」の翻訳ですが、「八ツ」になっているのは、日本では「八岐の大蛇」など「八」のほうが受け入れられやすいと考えたからでしょう。

 訳者「呉文聡」は明治期の統計学の学者です。出版人「長谷川武次郎」は言わずとしれた「ちりめん本」などの出版で有名です。「JAPANESE FAIRY TALE SERIES」のちりめん本はうっとりするほどきれいです。また、Calendarシリーズも素晴らしい。

 立方体の三面に弘文社の読みをローマ字で意匠しています。「文」と「社」はローマ字でちょうど3文字におさまりますが、「弘」は現在ならば「KOU」とすればよかったのでしょうけど、当時は困ったようで「N」が上面にあります。

 

2023年1月19日木曜日

西洋昔噺第一号八ツ山羊(長谷川武次郎) その1

表紙 国立国会図書館蔵

(読み)

西 洋 昔  噺

せいようむかしばなし


弘 文 社

こうぶんしゃ


(大意)

(補足)

 前回の豆本の出版は明治21年でした。ほぼ同時期にこの絵本も出版されています。ちょうど1年前の明治20年のことです。この絵本の大きさは約140mm×190mmで、豆本は約80mm×120mmですからふたまわりくらい大きい。価格は当時東京近郊で販売されていた豆本が1銭5厘で、この絵本は10銭。

 ラベルが貼ってあるところは「西」です。

 ミルク缶のように見えるのは赤と青の色がのぞいていて、樽の上には刷毛のようなものがあるのでペンキでしょうか。狼は驚いて飛び上がったところなのか、なんとも中途半端な格好です。

 豆本の表紙とはことなって、水彩のようにサラッとした感じで、本屋さんの店頭ではかえって目をひいたかもしれません。