2026年6月30日火曜日

大日本物産圖會その9

P9 国立国会図書館デジタルコレクション蔵 

P9_1

(読み)

摂 津 国 伊丹 酒 造 之圖

せっつのくにいたみしゅぞうのず


酒 ハ我 朝  往 古より造 ると雖

さけはわがちょうおうこよりつくるといえど


も清 酒 をつくりはじめしハ

もせいしゅをつくりはじめしは


文 禄 慶 長  の古ろより伊丹

ぶんろくけいちょうのころよりいたみ


近 郷 の山 本 氏の發 明 尓して

きんごうのやまもとしのはつめいにして


其 はじ免王づ可五斗一 石 を

そのはじめわずかごといっこくを


醸(カモ)せし可゛年 尓志多可゛ひ

  かも せしが ねんにしたが い


ます\/盛 ん尓して當(タウ)

ますますさかんにして  とう


今(コン)伊丹 池 田兵  庫今 津ホ

  こん いたみいけだひょうごいまずなど


より輸出(ユウシユツ)する事 万 を以

より   ゆ しゅつ することまんをもっ


て数 ふる尓い多連り

てかずふるにいたれり

(大意)

(補足)

 日本酒造りに関しては、若い頃より各地の醸造所(酒蔵)を訪れ、いろいろ研究調査してきましたし、何冊もの酒造りに関する本も読んできました。圧倒的に飲むほうが多かったのですけれども・・・。なのでただ飲んでいる人々よりも、いくらかは詳しい(はず)と自負しています。

 この仕込んでいる足元が水浸しになっているのは、なんなんでしょうか?右下の長方形の箱をのせた大桶の下部からはタガに反って水が排出されています。なので床はびしょびしょです。足場を確保するために石の板が各所に置かれています。左上には次々に井戸からくまれた水が大桶にそそがれています。漁師がはいているような腰箕(こしみの)を身に着けている人が何人もいます。水仕事のときの必需品だったのしょう。

 江戸時代後期の酒蔵を訪れたこともありましたが、こんなふうではなかったなぁ。

 

2026年6月29日月曜日

大日本物産圖會その8

P8 国立国会図書館デジタルコレクション蔵 

P8_1

(読み)

和 泉 國 堺  浦 桜  鯛 并  ニ魚 市 之図

いずみのくにさかいうらさくらだいならびにうおいちのず


桜  の花 さ可りの頃 漁(リヤウ)したる鯛

さくらのはなざかりのころ  りょう したるたい


を唱(セ ウ)してさくら鯛 といふ當 津

を  しょう してさくらだいというとうつ


の濱 尓天捕るもの味 佳(ハヒ)甚  多゛

のはまにてとるものあじ  わい はなはだ


美(飛゛)なりとすその外 紀州  の

  び  なりとすそのほかきしゅうの


近 海 よりお本く漁  舟 この浦

きんかいよりおおくりょうせんこのうら


尓あつまり螺(ホラ)貝 を吹 天魚

にあつまり  ほら がいをふいてうお


市 の者じまりを知らせ

いちのはじまりをしらせ


買ふもの多 く来 つ天浪花

かうものおおくきたってなにわ


京  師へ運送(ウンソウ)す

きょうしへ   うんそう す


            知 家

            ともいえ

 行 春 の堺  乃浦 のさくら鯛

 ゆくはるのさかいのうらのさくらだい


  阿かぬ可多ミ尓个 ふやひくらん  

  あかぬかたみにきょうやひくらん

(大意)

(補足)

 絵の左に「アハヂ」、右に「ハリマ」とあります。

「知家」は藤原知家。

「行春の〜」、「現存和歌六帖」第三(歌番号一五三)所収歌。ただし作者は藤原為家。『去りゆく春を惜しむかのように、堺の浦で獲れる美しい桜鯛を、まだまだ見飽きない(離れがたい)者同士が、今日引き揚げてしまう(分けてしまう)のだろうか。』

「桜鯛」、『② 桜の花が咲く頃,内湾の浅瀬で漁獲される鯛。瀬戸内海,特に堺沖のものが有名。初めは雌で,産卵後性転換が起こって雄になる。食用。季春』。画の中の赤い魚が桜鯛。ウミキンギョともいうらしい。

 浜にもどってくるどの船の上にも網がみあたりません。一本釣りでしょうか?

浜の賑わいは部外者もなぜかワクワクさせてしまいます。

 

2026年6月28日日曜日

大日本物産圖會その7

P7 国立国会図書館デジタルコレクション蔵 

P7_1

(読み)

泉 州  堺  打 物 見世之圖

せんしゅうさかいうちものみせのず


當 国 は打 物 鍛冶お本く

とうごくはうちものかじおおく


たくミ耳して所謂(イハユル)くろ打

たくみにして   いわゆる くろうち


文 珠 四郎 御方(オガタ)包 丁  石 割

もんじゅしろう   おがた ほうちょういしわり


などの銘 ありてきれあぢ

などのめいありてきれあじ


もつともよし又 鉄 砲 ハ天 文

もっともよしまたてっぽうはてんもん


年 中  橘   屋又 三 郎 と以へ類

ねんじゅうたちばなやまたさぶろうといえる


もの種 可゛し満尓滞(タイ)留  のとき

ものたねが しまに  たい りゅうのとき


鉄 砲 の製 を傳 習(シ ウ)して當

てっぽうのせいをでん  しゅう してとう


國 耳て作 り者じ免し

ごくにてつくりはじめし


より當 今 い多りてます\/

よりとうこんいたりてますます


さ可んなり

さかんなり

(大意)

(補足)

「泉州」、『せんしゅう ―しう【泉州】① 和泉(いずみ)国の別名』。

「和泉」、『いずみ いづみ【和泉】① 旧国名の一。大阪府南部に相当。五畿内の一。泉州(せんしゆう)』

「打物」、『うちもの【打ち物】① 打ちきたえて作った武器。刀剣・槍など。② 金属を打ちたたいて作った器具。 ↔鋳物』

「文珠四郎」、『山之上文珠四郎(やまのうえ もんじゅしろう)は、江戸時代の元禄時代を中心に活躍した堺の刀工一門』。

 明治をにおわせようと、黒い洋傘をアクセントにしたようです。また店の使用人たちは丁髷ではなく断髪しています。ちなみに断髪令(正式には散髪脱刀令)は明治4年発令。この本の出版は明治10年。

 「いずミや」の暖簾は昨日と同じく、そのままかけられるのではないかとおもうくらい布地の感触(テキスチャー)があります。

 

2026年6月27日土曜日

大日本物産圖會その6

P6 国立国会図書館デジタルコレクション蔵 

P6_1

(読み)

河 内木綿 折 機之圖

かわちもめんおりきのず


扨(さて)干(本)したる綿(ハ多)越轆轤(ろくろ)尓可け

  さて   ほ したる  わた を   ろくろ にかけ


実(ミ)越とり弓(由ミ)尓掛(可け)天打(うち)阿げ

  み をとり  ゆみ に  かけ て  うち あげ


竹(多け)の管(く多゛)尓巻(ま起)天綿筒(しのま起)とし

  たけ の  くだ  に  まき て   しのまき とし


糸車(いとくる満)尓て糸 と奈し篗(王く)尓掛(可)

   いとぐるま にていととなし  わく に  か


希王くより取(とり)て湯(由)尓さらし

けわくより  とり て  ゆ にさらし


臺(多゛い)尓掛 て阿やをとり織 機耳

  だ い にかけてあやをとりはたきに


かけ天織(おり)とる也 凡(およそ)一反(多ん)用(もち)ひる実(ミ)

かけて  おり とるなり  およそ いっ たん   もち いる  み


綿(ワ多)六 百  目尓し天種(多年)の目方 三 百

  わた ろっぴゃくめにして  たね のめかたさんびゃく


九  十  目打揚(うちあげ)のへり十  匁  尓して

きゅうじゅうめ   うちあげ のへりじゅうもんめにして


二百  目の反物(多んもの)出来上(できあ可゛)るなり

にひゃくめの   たんもの     できあが  るなり

(大意)

(補足)

「打」のくずし字が「ホ」+「ノ」で、楷書のくずし字ようにみえます。くずし字辞典で調べると、なるほどにたような形のものがありました。

「目」(め)、『㋐ 秤(はかり)で計った量。重さ。「―減り」㋑ 重さの単位。匁(もんめ)。「百―」』。1目=1匁=3.75g。5円玉1枚の重さがちょうど1匁(3.75g)なので4枚で15gとなります。

 犬のわきにいる地黒生地に黄色の竹垣模様の美しい御婦人が右肩にかついでいるのは糸車。実際こんなふうにしてあちこちに出かけて仕事をしていたのでしょうか。店の奥では機織り機がギッタンバッタン、たくさんの糸、彫師・摺師の技の見せ所でもあります。眼鏡を掛けて白い反物を見せてる番頭さん、お客さんのそばに、洋傘があっておしゃれ。

 暖簾(のれん)がまるで本物のような肌触りというか味わい、そのままヒョイとかけることができそうです。

 

2026年6月26日金曜日

大日本物産圖會その5

P5 国立国会図書館デジタルコレクション蔵 

P5_1

(読み)

木綿 ヲ摘 採ル圖

もめんをつみとるず


河 内 國

かわちのくに


凡(およそ)草 綿 ハ蚕(可いこ)尓次(つ起゛)天糸(いと)尓とり

  およそ くさわたは  かいこ に  つぎ  て  いと にとり


布(ぬの)尓製(せい)し人間(尓ん个゛ん)の用(よう)越なす

  ぬの に  せい し   にんげ ん の  よう をなす


こと廣(ひろ)起もの奈りまづ四月 の中(うち)

こと  ひろ きものなりまずしがつの  うち


尓種(多年)越蒔(ま起)天五月 尓至(い多)り天

に  たね を  まき てごがつに  いた りて


描(奈へ)四 寸 六 月 尓い多りて莟(つ本゛ミ)を生(せ う)じ 

  なえ よんすんろくがつにいたりて  つぼ み を  しょう じ


七 月 中  より追 々 花 開(者奈ひら)起八 月 耳

しちがつじゅうよりおいおい    はなひら きはちがつに


桃 志゛由久し九月 尓至(い多)り実開(ミひら)きて

ももじ ゅくしくがつに  いた り   みひら きて


綿(王多)越あらハ須毎(まい)日 巡(まハ)りて次第(し多゛い)尓

  わた をあらわす  まい にち  まわ りて   しだ い に


取集(とりあつ)め晴天(せいてん)尓干(本)して収(おさ)むるもの也

   とりあつ め   せいてん に  ほ して  おさ むるものなり

(大意)

(補足)

詞書き(ことばがき)の巻物は色がかわって黒灰色。

「河内國」、『かわち かはち 【河内】① 旧国名の一。大阪府南東部に相当。五畿内の一。河州(かしゆう)』

 赤い着物の御婦人の右上に[綿をくる]と赤紙を貼り付けたような説明文があります。この図会では画の中の説明文はみなこのようになっています。

「綿繰り」、『収穫したばかりの綿花(実綿)から硬い種子を取り除き、ふわふわの繊維だけを抽出する伝統的な加工工程のこと』。YouTubeで実際の行程を見ることができます。

 摘んだ綿を運ぶのは老婆と子どもにもできる仕事で、他のご婦人方を拡大してみると、年令の幅を意識して描かれているようです。

 空の青、遠景の赤、地面の緑、濃淡がきれい。


 

2026年6月25日木曜日

大日本物産圖會その4

P4 国立国会図書館デジタルコレクション蔵 

P4_1

(読み)

大 和 國 葛 之粉製 図

やまとのくにくずのこせいず


扨 もミ出したる汁 を布 の袋

さてもみだしたるしるをぬののふくろ


尓入 て絞 り再  び木綿 袋  尓入 天

にいれてしぼりふたたびもめんぶくろにいれて


漉(コ)し一 日 の間  静定(シスメ)上は水 を捨

  こ しいちにちのあいだ   しずめ うわみずをすて


可多まりを乾  し底 尓付し黒

かたまりをかわかしそこにふしくろ


き粉 を別 耳又 澄(スマ)し桶 尓入

きこなをべつにまた  すま しおけにいれ


て可起まぜ沈 降 する尓志多可゛

てかきまぜちんこうするにしたが


ひ上 水 を取り此 ごとく再 三 尓及 ひ

いうわみずをとりこのごとくさいさんにおよび


て乾  し多るを灰 と布 を敷 多る

てかわかしたるをはいとぬのをしきたる


晒匣(サラシバコ)尓いれて日尓干須也 是を

   さらしばこ にいれてひにほすなりこれを


灰 くすといふ。此 灰 くすを前

はいくすという このはいくすをまえ


の如 く水 干 する事 七 ハ 度尓

のごとくみずぼしすることしちはちどに


して後 厚 紙 を敷 多るさらし

してのちあつがみをしきたるさらし


箱 尓入 日尓干 多る可゛則   葛 粉也

ばこにいれひにほしたるが すなわちくずこなり

(大意)

(補足)

 この説明書きは巻物を意匠として記されています。この巻物の柄も画ごとに異なっているという凝りよう。

 このBlogの一番の目的は変体仮名の学習です。ですのでここでの作業はすでに翻刻されて現代仮名遣いになっている本やネットの文章をもとのかたちにもどすことでもあります。

左側に「画工 大賀町四番地 安藤徳兵エ(がこう おおがまちよんばんち あんどうとくべえ)」(現在の東京都中央区八重洲付近)とあります。明治時代の浮世絵師「3代目 歌川広重(うたがわ ひろしげ)」です。

 葛粉というと、すぐに京都は鍵善(かぎぜん)のくずきりをおもいうかべてしまいます。若い頃父のお供でよく行きました。

 作業場の外は、前回と同じ風景、すすきの穂と葛の花や莢(さや)が描かれています。

 

2026年6月24日水曜日

大日本物産圖會その3

P3 国立国会図書館デジタルコレクション蔵

P3_1

(読み)

大 和 國 葛 ノ根ヲ堀 圖

やまとのくにくずのねをほるず


葛 ハ山 野尓自然(シセン)尓生る蔓

くずはさんやに   しぜん になるつる


草 尓して春 旧  芽より新 芽

くさにしてはるきゅうめよりしんめ


を生  し一 莖 三 葉 尓して葉莖 尓

をしょうじいっけいさんようにしてはくきに


毛あり秋 葉の間  より穂を

けありあきはのあいだよりほを


生  じ花 を開 く豆 の花 尓似

しょうじはなをひらくまめのはなにに


て紫   赤 色 奈り後莢(サヤ)を結 ぶ

てむらさきあかいろなりのち さや をむすぶ


その根うす紫   尓し天肉

そのねうすむらさきにしてにく


白 色 なりこの根を冬 より

しろいろなりこのねをふゆより


春 の発 芽のと起まで耳

はるのはつがのときまでに


鶴 者し尓て本りとり土 を

つるはしにてほりとりつちを


あらひ石 盤 のうへ尓て打

あらいせきばんのうえにてうち


燗(ラカ)し桶 尓水 を入 中 尓て

  らか しおけにみずをいれなかにて


もミいだす奈り

もみいだすなり

(大意)

(補足)

「根ヲ堀圖」、「堀」(土偏)の読みは「ほり」、御城の堀など。「ほる」は「掘る」(扌)。なので画の意味で使うなら「掘」が正しいが、昔はとてもいい加減なのでOK。

「打燗し」、お酒をお燗(かん)するの『【燗】酒をとっくりなどに入れて,あたためること。また,あたためた酒。「―をつける」「熱(あつ)―」』。石の板の上で根っ子を砕くわけですけど、熱を加えるわけでもないしなんでお燗の燗を使っているのでしょうねぇ。

 画の背景にススキの穂が赤くなってますので、その時期にこの作業を行うことがわかります。また、「花をひらく豆の花ににて紫赤色なり」とあるように、緑色のなかに点々とそれらの色があります。

 つるはしをふるっている人が何人かいますが、左利きのかたもいるよう。