2026年8月27日木曜日

大日本物産圖會その67

P67 東京都立図書館蔵

P67_1

(読み)

同蒸鰈(ムシカレ)製 造 之圖

どう  むしかれ せいぞうのず


取 多る鰈(カレ)を一 夜塩 水 ひ多し

とりたる  かれ をいちやしおみずひたし


半(ナカバ)熟(シユク)したる処  を砂上  尓

  なかば   じゅく したるところをさじょうに


お起莚(ムシロ)をお本ひ温(ウン)湿(シツ)の

おき  むしろ をおおい  うん   しつ の


気尓て蒸(ムシ)のち二枚 づゝ

きにて  むし のちにまいずつ


尾を糸 尓つ奈起゛春こし

ををいとにつなぎ すこし


乾(カハカ)し即 日 西 京  尓出す

  かわか しそくじつさいきょうにだす


こ登おひ多ゞし又 小鯛

ことおびただしまたこだい


を延縄(ハヘナウ)尓て釣(ツ)り同  く塩 むし

を   はえなわ にて  つ りおなじくしおむし


尓して出す塩 蒸 の品 多 シと

にしてだすしおむしのしなおおしと


雖  も此 両  種 ハ無類 の美味多り

いえどもこのりょうしゅはむるいのびみたり

(大意)

(補足)

 詞書きの題名でも、一行目の文章でも「蒸鰈」と「鰈」のふりがなが「カレ」となっていて、なぜか「イ」がありません。

 たくさんの職人さんたちがみなあわただしく働いています。毎日京都に出荷していたそうだから休む暇なし。ぶら下がって乾かしている鰈、左ヒラメ右カレイで区別することを教わりましたがなるほどそうなってますね。竿の向こうに子どもが犬を追い払っているのか、ムシガレイのくずれてしまった身をあげているのか、どっちでしょう?

 ムシガレイは最近食べなくなりましたが、いっときはよく食べていました。ほんのり甘みがあってややねばりのある身、それほど大きくはないので何匹か食べてしまいます。鰈のほうは目にしなくなりましたが小鯛はスーパーでも定番で若狭の小鯛としてパックに入って売っています。これもおいしくってたまに購入して楽しんでいます。

 竿からぶら下がっている生乾きの蒸し鰈、現地の浜でたべたらうまかろうな♪


 

2026年8月26日水曜日

大日本物産圖會その66

P66 東京都立図書館蔵 

P66_1

(読み)

若 狭 國 鰈  を取 圖

わかさのくにかれいをとるず


若 狭越 前 敦 賀ホ(トウ)の漁人(ギヨジン)

わかさえちぜんつるが  とう の   ぎょじん


三 十 石 舩 尓十  二三 人 乗(ノリ)組

さんじっこくふねにじゅうにさんにん  のり くみ


船 の左右 に王可れ帆を横

ふねのさゆうにわかれほをよこ


尓可け其 力(チカラ)を可りて網 を

にかけその  ちから をかりてあみを


曳(ヒ)个り海 の深 サ四五十 尋

  ひ けりうみのふかさしごじっひろ


奈る処  尓アハ(うき)を水 上  尓う可べ

なるところに   うき をすいじょうにうかべ


岩(オモリ)を落 して網 を廣 め水(すヰ)

  おもり をおとしてあみをひろめ  すい


底(テイ)尓あそぶ鰈(カレイ)を捕(ト)る也

  てい にあそぶ  かれい を  と るなり


網 中 雑交(マジリ)多るもの蟹(カニ)

あみなか   まじり たるもの  かに


多 くして甚 大い奈り

おおくしてじんだいなり

(大意)

(補足)

「若狭國」、今の福井県の西部,若狭湾沿岸にあたる。若州(じやくしゆう)。

 今でいう底引き網での鰈漁です。漁や鳥を捕まえる網では絵師・彫師・摺師の腕の見せ所です。ここでは網が沈んでしまっていて網の両端を漁師たち五六人でひいているところなのでそれほどではないにしても、それらしく描いています。底引きなので重そう。

 鰈のほかに蟹や他の魚類もいて好漁場のよう。船の舷側は青竹がはってあるのでしょうか。帆は風をいっぱいにうけて全開、こうしないと漁師たちだけの力では底引きは引き上げられないのでしょうね。


 

2026年8月25日火曜日

大日本物産圖會その65

P65 東京都立図書館蔵 

P65_1

(読み)

同 三 盆 糖 製 造 之圖

どうさんぼんとうせいぞうのず


搾(シホ)り多る汁 尓蛎 灰 を和し

  しぼ りたるしるにかきはいをわし


天荒 釜 にて煎 じあく

てあらがまにてせんじあく


をとること数 回 尓し天

をとることすうかいにして


白 下 と奈る三 盆 ハ白 下 百  斤 を

しろしたとなるさんぼんはしろしたひゃっきんを


九  個の布 尓包 ミ船 尓入 て

きゅうこのぬのにつつみふねにいれて


重 石を可け荒 密 を志本゛ること

おもしをかけあらみつをしぼ ること


一 晝  夜翌 日 取 出してトキ板

いっちゅうやよくじつとりだしてときいた


尓て練(ネリ)り又 帒  尓入 て搾 る斯 する

にて  ねり りまたふくろにいれてしぼるこうする


こと五回 尓して三 盆 糖 を得残 り多る

ことごかいにしてさんぼんとうをえのこりたる


荒密(アラミツ)尓て白 糖 三 十 斤 を得類

   あらみつ にてはくとうさんじっきんをえる


残  の密 ハ二番 密 と云 て諸 方 へ出ス

のこりのみつはにばんみつといいてしょほうへだす

(大意)

(補足)

「同」、讃岐国。

「白糖三十斤を得類」、変体仮名「類(る)」はたまにでてきます。「得」のくずし字はよくでてきます。一斤は約600g。

「密」(みつ)は「蜜」が正しいのでしょうけど、まだ「蜜」になってないからかな?

赤札3枚、右から「白下を布尓包ム」、「ときだい」、「押舟」。

 ときだいの上の三盆糖は白いので描くのが難しいはずですがお砂糖の雰囲気がでているのが上手。その上の職人さんの半纏の背中の屋号は「ロ」の中に「ヒ」を入れて「ヒロ」を意匠化したようで、これは絵師「広重」でしょう。他の半纏にもいろいろ図案化されています。

 桶や重石をしばっている縄のかけ方が同じで、紐でしばったり布でくるんだりする方法は非常に多様で発達していました。桶は生活の中で、また醤油・味噌・酒などでも、なくてはならない製品ですが、桶の製造に関しては「大日本物産図会」では扱ってなかったようにおもいます。

 詞書きの一、二行目の斜め線は虫食いの跡。

 

2026年8月24日月曜日

大日本物産圖會その64

P64 東京都立図書館蔵

P64_1

(読み)

讃岐  國 白 糖 製 造 ノ図

さぬきのくにはくとうせいぞうのず


夫甘蔗(カンシヤ)を培 養 する地ハ伊勢

それ  かんしゃ をばいようするちはいせ


尾張 駿 河紀伊阿波土佐

おわりするがきいあわとさ


肥前 讃岐 薩 摩ホ 也 就中

ひぜんさぬきさつまなどなりなかんずく


さぬきの白 薩 摩の黒 糖

さぬきのしろさつまのこくとう


ハ國 中  第 一 と須甘 蔗 ハ

はくにじゅうだいいちとすかんしょは


蜀 黍 尓似天その長サ

とうきびににてそのながさ


一 丈  余  あり立 冬 乃ころ

いちじょうあまりありりっとうのころ


種蔗  をふせて春 日移植  シ

しゅしょをふせてはるひいしょくし


冬 至尓折 採り牛 尓引 せて

とうじにおりとりうしにひかせて


石 車  尓て搾(シボ)る甘 蔗 二百  五十

いしぐるまにて  しぼ るかんしょにひゃくごじゅう


目一 日 搾 るを二 人の業 と須

めいちにちしぼるをふたりのなりとす

(大意)

(補足)

「讃岐国」、『さぬき 【讃岐】① 旧国名の一。香川県全域を占める。讃州(さんしゆう)』。うどんでご存知。

「甘蔗」、『かんしゃ【甘蔗】サトウキビの漢名。かんしょ』

「蔗」、『しょ 【蔗】〔「ショ」の音は慣用〕サトウキビ。ショ「蔗糖」「甘蔗」』。

「蜀黍」、『もろこし【〈蜀黍〉 ・〈唐黍〉 】① イネ科の一年草。アフリカ原産。食用・飼料とするため,温帯・熱帯地方で広く栽培される。形状はトウモロコシに似る。夏,茎頂に多数の小穂が円錐状につく。実を精白・製粉して食用とする。高粱(コーリヤン)は本種の一品種。タカキビ。トウキビ。② トウモロコシの別名。トウキビ。季秋』。

「目」、『㋐ 秤(はかり)で計った量。重さ。「―減り」㋑ 重さの単位。匁(もんめ)。「百―」』。『もんめ【匁】① 尺貫法の目方の単位。貫の千分の1。一匁は3.75グラム。目。』250目は約938g。

「大日本物産圖會」の画法のひとつである物産の生産過程をすべて一枚におさめてしまってます。右上では水や肥料を与え育てているところ。左上半分では手入れと茎の刈り取り。そして手前の石車でサトウキビを搾っています。搾り汁は薄水色で三個の石の上部からはじまって細い流れとなって左側に集まり小さな桶に集めているのがわかります。

 たくましい牛(からだの筋肉のつきようがほぼ濃淡だけで表現されていて見事)が鞭を手にする子どもに引っ張られて、牛の目と子どもがにらめっこ。

 サトウキビの生産地が四国・九州はうなずけるのですけど、伊勢・尾張・駿河・紀伊というのは、ほんとうなのでしょうか?う〜ん🤔・・・

 

2026年8月23日日曜日

大日本物産圖會その63

P63 東京都立図書館蔵

P63_1

(読み)

同 國 漆  取 之圖

どうこくうるしとりのず


漆樹(ウルシ)ハ雌雄(メヲ)の二種(シユ)あり

   うるし は   めお のに  しゅ あり   


雌木(メボク)ハ実(ミ)を結(ムス)び蝋(ラウ)を取 べく

   めぼく は  み を  むす び  ろう をとるべく


雄(ヲ)木ハ実奈し則   漆(ウルシ)をとる也

  お ぎはみなしすなわち  うるし をとるなり


時候(ジコウ)ハ半 夏生  より初  り

   じこう ははんげしょうよりはじまり


十  月 尓終 る其 取法(トリカタ)樹(キ)尓

じゅうがつにおわるその   とりかた   き に


段々(ダン ゝ)傷(キズ)を付 口 より流(ナガル)るゝ

   だんだん   きず をつけくちより  ながる るる


夜(シル)を鉄 の箆(ヘラ)尓て掻(カキ)取り腰(コシ)ニ

  しる をてつの  へら にて  かき とり  こし に


付 多る竹 づゝ尓請(ウケ)とめ枝 を切 て

つけたるたけづつに  うけ とめいだをきりて


水 ニ浸(シタ)し傷 を付 て液 を掻 とる也

みずに  した しきずをつけてしるをかきとるなり

(大意)

(補足)

「同」、三河国。

「半夏生」、『はんげしょう ―しやう【半夏生】① 〔半夏 →2の生える頃の意〕雑節の一。太陽の黄経が100度となる時。夏至から11日目。太陽暦では7月2日頃。季夏② ドクダミ科の多年草。水辺に生え,臭気がある。茎は高さ約80センチメートル。葉は長卵形。夏,茎頂に花穂をつけ,白色の小花を密生する。花穂のすぐ下の葉は下半部が白色となり目立つ。片白草。季夏』

「夜(シル)を鉄の箆(ヘラ)尓て」、液から氵をとってしまうと夜になりますので、氵を忘れたようです。最後の行「液を掻とる也」で復活♪

「水ニ浸(シタ)し」、フリガナが「シタ」しとなっていて、これはもちろん「ひた」しが正しい、江戸っ子だね。

 背景にある山が薄靄のなかにあるようで濃淡の雰囲気といい美しい。職人たちはやはり漆かぶれの予防のためか、漆樹液をかき集めている人たちはしっかり上下肌をかくしています。

 数日前の新聞記事に大子漆(だいごうるし)のことが掲載されていました。国内の漆生産量2024年で約1800kg。岩手が約8割をしめ、次に茨城210kg、栃木75kgとのこと。国産漆は全体の1割以下で他は中国や東南アジア産という状況。国産漆は大変に貴重で価格も非常に高価です。漆と同等の化学製品は現代科学をもってしても製品化されていません。

 

2026年8月22日土曜日

大日本物産圖會その62

P62 東京都立図書館蔵 

P62_1

(読み)

三河  國 名倉砥(ナクラド)切 出 ノ圖

みかわのくに    なぐらど きりだしのず


八名郡 名倉 といふ地より

やなぐんなぐらというちより


切 出須故 尓名倉 砥の名

きりだすゆえになぐらどのな


なり山 中  砥石 の苗 を逐

なりさんちゅうといしのなえをちく


深 く堀 入、四角 尓長 く切

ふかくほりいれしかくにながくきり


出して四 本 づゝ馬 尓付

だしてよんほんずつうまにつけ


て里 尓い多゛須青 白 砥石

てさとにいだ すせいはくといし


と異  り薄 黒 く斑(マダラ)あり

とことなりうすぐろく  まだら あり


天其質(シツ)滑(ナメラカ)奈り刀剣剃(トウケンカミ)

てその しつ   なめらか なり    とうけんかみ


刀(ソリ)等 尓用 ひ又 合  砥に用 由

  そり とうにもちいまたあわせどにもちゆ

(大意)

(補足)

「三河國」、愛知県中部・東部に相当。三州(さんしゆう)。

「逐」、『ちく【逐】① 追いかける。追いはらう。「逐電」「逐鹿(ちくろく)」「駆逐」「放逐」② 順を追って進む。「逐一」「逐次」「逐日」「逐条」「逐語訳」』

「己」+「大」、「異」の異体字。古文書では普通に使われています。

「合砥」(あわせど)、天然の仕上げ砥石。人造砥石の#3000〜#13000以上に相当。

 わたしは木工を数十年やってまして、ほそぼそと販売を続けています。ですので刃物を研ぐのは日常で、砥石もいくつか所有しています。しかしながら天然砥石はとても高価で手が出ません。切れ味が少しでもおちたなとおもったらすぐに研ぐのが一番で、そのようにしていれば、大抵は中砥と仕上げでそれほど時間もかからずに研ぎ上がります。なお老婆心ながら、研ぐというと砥石と刃物をしゅっしゅっと動かすところしか動画などではでてきませんが、砥石ともう一つの砥石でこすり合わせて砥石面を真っ平らにするという大事な手入れをしないと、刃物はきちんと研げません。砥石は二ついるということです。

 以前TVで外国の方が日本の砥石の名産地で天然砥石を求め、帰国して包丁研ぎの仕事をしている様子が放映されました。その方の研ぎは上手で申し分ないのですが、研ぎ過ぎで砥石も刃物も、もったいなく、あの十分の一程かもっと少なくてよいのにと、とにかくもったいないとおもったものでした。研ぎの魔力で研ぎすぎてしまうのです。

 子どものころ、〽ほうちょう〜とぎやでございっ、と独特の節回しで、道具一式を肩にかついで街中を流す研屋さんがいました。わずかな金銭でササッと手早く出刃包丁や菜切り包丁を研ぐのを息を詰めてながめたものでした。

 露天掘りで掘り出してます。いくらでもとれたのでしょうか。現在では坑道を掘ってその奥で鉱脈をみつけ、少しずつの生産をしているようです。

 崖の上で切り出している職人ふたりや切り出された石を天秤棒で運ぶ二人の職人さん、また右側のそれらを加工したり、馬にヨイショッとのせようとしている人、皆々仕事中の体の力の入れようがわかる態勢を上手に描いているなぁと感心してしまいます。

 赤い花の濃淡のつけかたなど、これまた見事であります。


 

2026年8月21日金曜日

大日本物産圖會その61

P61 東京都立図書館蔵 

P61_1

(読み)

同 蝋 ヲ製 ス圖

どうろうをせいすず


志本゛里多る液(シル)を鍋(ナベ)尓て

しぼ りたる  しる を  なべ にて


溶(トカ)し大 奈る桶(ヲケ)へ冷(ヒヤ)水 を汲(クミ)

  とか しだいなる  おけ へ  ひや みずを  くみ


その上 尓穴 の穿(アキ)多る筥(ハコ)を

そのうえにあなの  あき たる  はこ を


置(オ)きと可し多る蝋 を筥 の内

  お きとかしたるろうをはこのうち


尓入る連バ穴 より漏(モ)連て

にいるればあなより  も れて


ひや水 の中 尓な可゛るゝを

ひやみずのなかになが るるを


手をもつてつよくもミ

てをもってつよくもみ


莚(ムシロ)へちらして日 光 耳

  むしろ へちらしてにっこうに


曝(サラ)しかハ可すこと十  五六

  さら しかわかすことじゅうごろく


日 のちた王ら尓つめ天

にちのちたわらにつめて


諸國(シヨコク)尓出す

   しょこく にだす

(大意)

(補足)

 いくつかの工程をコマ割りして描くのではなく、一枚の中にすべておさめてしまうという「大日本物産圖會」の手法。

「同」、岩代國。

 説明札が3枚あります。左から黄札「蝋を晒ス図」、赤札「蝋ヲ搾ル図」、白札「莚ノ上ニ晒ス」。

 母(ニコニコ顔です)娘が背景に、母の持っているものは一服するときのお菓子かそれともお昼の握り飯か。

 絵がとても鮮明で、また賑やかで活気があふれでています。黒いかたまりがいくつもありますがこれなんでしょうか?