2026年10月5日月曜日

大日本物産圖會その106

P106 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」



P106_1

(読み)

佐渡 國 金 山 之圖

さどのくにきんざんのず


皇国(クワウコク)金 を發見(ハツケン)せしハ

   こ うこく きんを   はっけん せしは


人 皇 四 十  六 代 孝謙(カウケン)天 皇 の

にんのうよんじゅうろくだい   こうけん てんのうの


御 宇始 めて陸奥 國 より献(ケン)

ぎょうはじめてむつのくにより  けん


納(ノウ)すと云(イフ)蓋(ケタシ)し當 國 盤

  のう すと  いう   けだし しとうごくは


諸 郡 より出春と雖 ども

しょぐんよりだすといえども


就中(ナカンツク)雑太(ザウタ)郡 相 川 西 見川

   なかんずく    ぞうた ぐんあいかわにしみかわ


金 北 山 より堀 出すこと最  も夥(オヒタ)シ

きんぼくさんよりほりだすこともっとも  おびただし


其 出  額 年 々 五十 〆 目余  ニ至

そのしゅつがくねんねんごじっかんめあまりにいた


れり実 尓盛  奈ること海 内 第 一 也

れりじつにさかりなることかいだいだいいちなり

(大意)

略

(補足)

 赤札が3枚あります。右から「風廻し口」、「四ツ留口」、「水抜口」。四ツ留口の入口上部には白い御幣を飾った額があり安全祈願。鉱山は水との戦いで、一日中ただひたすら水を桶で汲み上げる職人もいました。

「御宇」、『ぎょう【御宇】〔宇内(うだい)を統御するの意〕天子の治世の期間。御代(みよ)。「宇多天皇の―」』。

「金北山(きんぽくさん)」、『標高1171.9mで、佐渡島および大佐渡山地の最高峰』。

「堀出す」は「堀出す」です。詞書きの「堀」は「お城の堀」のホリ、土偏です。「扌」は「穴を掘る」のホル。まぁ細かいこと気にしないのがこの時代。

「海内」、『かいだい【海内】四海の内。国内。天下。「―無双」「―に御威光(ごいこう)輝き」〈自由太刀余波鋭鋒•逍遥〉』。

 3つの入口の岩の色の濃淡がちょっと不気味で怖い。

 先代広重の「六十余州名所図会 佐渡 金や満」、

 この画が元になっているようです。両方の画の明暗の差が気になるところです。

 

2026年10月4日日曜日

大日本物産圖會その105

P105 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」

P105_1

(読み)

越 後 國 鮭 洲走  を捕   圖

えちごのくにさけすばしりをとらえるず


當 國 の鮭(サケ)ハ初 秋  上 り北 海 を

とうごくの  さけ はしょしゅうのぼりほっかいを


出て千曲(クマ)川 阿加 川 尓沂(サカノボ)る㕝

でてち  くま がわあがのがわに  さかのぼ ること


凡  五十  四里 川尓ある事 五ヶ月

およそごじゅうしりかわにあることごかげつ


清 き流  水  の所  尓子を産 つけ

きよきりゅうひょうのところにこをうみつけ


后 海 尓皈 る鮞(ハラゝゴ)水 尓ある事

のちうみにかえる  はららご みずにあること


十  四五日 尓して魚 と化(ナル)春 尓至

じゅうしごにちにしてうおと  なる はるにいたっ


て海 尓入 生 長  して川 を登 ること前

てうみにいりせいちょうしてかわをのぼることまえ


のごとし鮭 網 あるを知り遁(ノカレ)んとして

のごとしさけあみあるをしり  のがれ んとして


河原 尓飛 上 り走 ること四五間 矢の

かわらにとびあがりはしることしごけんやの


如 く尓して水 尓飛 入る然 れども

ごとくにしてみずにとびいるしかれども


先 奈る魚 もの尓ふれて倒(タヲル)るゝこと

さきなるうおものにふれて  たおる るること


あれバ後 の鮭 皆 倒  て走 ら須゛奇魚

あればのちのさけみなたおれてはしらず きぎょ


と云 べし漁 夫これをとる事 多 し

というべしりょふこれをとることおおし

(大意)

略

(補足)

「㕝」、『事』。「皈」、『帰』。いつもながら見慣れぬ漢字多し。

 錦絵・浮世絵では主題になるものを大げさに巨大化して描くというのがお約束ですが、ここの鮭は漁師と比べてもほぼ実寸に見えます。産卵期に遡上してくる鮭に赤い斑点がありますがそれも忠実に描いています。手づかみで捕まえようとしている漁師の勢いが地をはい、浮かんでいるよう。

 州は水がひいて、砂浜や岩があるところですから表現するのは難しそうですが、雰囲気がでていて上手ですね。

 

2026年10月3日土曜日

大日本物産圖會その104

P104 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」

P104_1

(読み)

越 後國  雪 中  布 晒  之図

えちごのくにせっちゅうぬのさらしのず


縮(チゝミ)ハ越 後 国 柏  嵜 小千谷千 手

  ちじみ はえちごのくにかしわざきおじやせんじゅ


塩 沢 十 日町 よりい多゛す物 ハ皆

しおざわとおかまちよりいだ すものはみな


縞 或  ハ紺 可゛すり尓て島 堀 辺

しまあるいはこんが すりにてしまほりあたり


ハ白 縮  を専  らとし下(シモ)谷 辺  尓て

はしろちじみをもっぱらとし  しも たにあたりにて


苧麻(マヲ)を多 く養  ふ苧麻ハ

   まお をおおくやしなうまおは


麻 尓似てその葉桐 のごとし

あさににてそのはきりのごとし


夏 刈 とつて皮 を剥 石 灰 と稲

なつかりとってかわをはぎせっかいといな


灰 のあく尓てさらし煎 天

ばいのあくにてさらしいりて


細(コマカ)尓破(サ)き紡(ヨリ)を可けて布 に

  こまか に  さ き  より をかけてぬのに


織り晒 屋尓王多すさらしや

おりさらしやわたすさらしや


又灰汁(アク)尓てさらし降 積 雪 尓

また  あく にてさらしこうせつゆきに


敷 可さ年雪 尓うづミてさらす

しきかさねゆきにうずみてさらす


由ゑ尓白 き事 ゆきのことし

ゆえにしろきことゆきのごとし

(大意)

略

(補足)

 雪に晒している布に目がゆく前に、手前の大きく太い松が見事。松独特のひび割れた樹皮の様子や瘤(こぶ)、枝の張り具合、とがった松葉に積もる雪。その向かいの松の木はひょろっとさせて対比させようとしたのか、遠近がねらいか。

 山を描けば小川を入れるのはお約束で、ここでは川の水は流れているのか凍っているのか、凍っているものや氷を描くのは難しいはず、そういえば北海道の氷を輸出する物産図会がありました。

 働いていれば寒くないのか、重ね着している人はひとりもいませんね。

この画のもとは、鈴木牧之(すずきぼくし)の著書『北越雪譜(ほくえつせっぷ)』(天保年間刊)「雪中晒縮図(せっちゅうちぢミをさらすづ)」によっています。

 

2026年10月2日金曜日

大日本物産圖會その103

P103 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」

P103_1

(読み)

越 中  滑  川 大 章魚之圖

えっちゅうなめりかわおおだこのず


當 國 冨山(トヤマ)滑(ナメリ)川 の大 鮹(タコ)ハ牛  馬

とうごく   とやま   なめり かわのおお  だこ はぎゅうば


を取 喰ひ漁 舟  を覆(クツカヘ)して人 を

をとりくいぎょしゅうを  くつがえ してひとを


取連り漁  人是 を捕(トラ)ふるに術(シユツ)奈

とれりりょうしこれを  とら うるに  じゅつ な


し故 尓舟 中  尓空寝(ソラネ)して待(マツ)

しゆえにせんちゅうに   そらね して  まつ


バ鮹 う可ゞひ与つて足 をのべ天

ばたこうかがいよってあしをのべて


舟 尓打 可ゝるを目早 く鉈(ナタ)を

ふねにうちかかるをめばやく  なた を


以 て其 足 を切 おとし速(スミヤカ)尓漕(コギ)可へ

もってそのあしをきりおとし  すみやか に  こぎ かえ


る其 危(アヤウ)きこと生 死一 瞬(シユン)の間  に

るその  あやう きことせいしいっ  しゅん のあいだに


関(カゝ)る右 足 を市店 の簷(ノキ)尓掛 れ

  かか るみぎあしをしてんの  のき にかけれ


バ長 く多れて地尓あ満る又 疣(イボ)一 ツ

ばながくたれてちにあまるまた  いぼ ひとつ


を服(フク)して一 日 の食  に足るといふ

を  ふく していちにちのしょくにたるという

(大意)

略

(補足)

 昨日の高岡、今日の滑川、富山湾の地図です。

「疣(イボ)一ツを服(フク)して一日の食に足る」、ウソっぽいけど、でもこれだけデカイ鮹なら、なんとなく信じてしまいます。それになにより、食べてみたい。

「目早く」、『めばや・い【目早い】(形)《文ク めばや・し》見つけるのが早い。すばやく見ぬく。めざとい。「上等らしいのを―・くえりわけて」〈俳諧師•虚子〉』。

「足」のこの形のくずし字は初めてかも、「豆」の上部の「一」をとった形。

 大鉈でまさにきらんとする漁師、よく見るとタコの右足に(八本もあるのに)切れ目が入っています。一度では切り落とせなかったよう。

 この版は摺りの最初のころのようで、詞書きの文字が鮮明ですし、画の描線の彫りの角がたっています。

 

2026年10月1日木曜日

大日本物産圖會その102

P102 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」

P102_1

(読み)

越 中   國 鐵 物 細 工之圖

えっちゅうのくにてつものさいくのず


鐵 物 ハ新 川 郡 亀 谷 村

てつものはしんかわぐんかめがいむら


より産 す職  工 鎔(トカ)し煆(キタ)へ天

よりさんすしょっこう  とか し  きた えて


火鉢 鉄 瓶 及  鍬 鎌 ホ を製 ス

ひばちてつびんおよびくわかまなどをせいす


殊 尓高 岡 尓て製 する佛

ことにたかおかにてせいするぶつ


具その他の物 品 其 製 良

ぐそのたのぶっぴんそのせいりょう


工 尓して鳥  獣  草 花の毛(ケ)

こうにしてちょうじゅうそうかの  け


彫(ホリ)細密(サイミツ)奈り就中   内 國 勧

  ほり    さいみつ なりなかんずくないこくかん


業  博 覧 會 へ出  品 の花瓶

ぎょうはくらんかいへしゅっぴんのかびん


ハ頗(スコブ)る精 妙  尓して賞牌(シヨウハイ)を

は  すこぶ るせいみょうにして   しょうはい を


多満ハりしと云

たまわりしという

(大意)

略

(補足)

「越中國」、今の富山県全域。古名。こしのみちのなか。

「新川郡亀谷村」、富山県(越中国)にあった[新川郡](のちの[上新川郡]、現・富山市大山地区)に存在した村。

「鍬鎌ホ」、この「ホ」はもちろん「等」。

 大日本物産図会は、明治10年(1877)に開かれた第1回内国勧業博覧会に際して全国各地の物産品を紹介した図絵ですが、この画の左端に花瓶を箱詰めしていて、その箱に「博覧会出品」と読めます。

 巨大な花瓶には青龍が、その視線の先にはザンバラ髪(ほんとにただ切っただけというボサボサの感じがうまい)の職人がいて、指差しにらみあっています。その向かいの職人は七三分けの整った顔だちの成年風職人、右手に金槌、左手に鏨(タガネ)。

 のれんに「や」、「屋」がありますが、これでは通りからみたら逆さ文字になってしまいます。

 

2026年9月30日水曜日

大日本物産圖會その101

P101 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」

P101_1

(読み)

同 國 鯖 釣 之圖

どうこくさばつりのず


鯖(サバ)ハ諸 國 の海 濱 尓鱲(トル)する

  さば はしょこくのかいひんに  とる する


と雖  も能登尓てとる物 を

といえどものとにてとるものを


名 品 と須春 夏 秋 の夜そら

めいひんとすはるなつあきのよぞら


曇(クモ)り潮(テ ウ)水 立 の本り海 上

  くも り  ちょう すいたちのぼりかいじょう


霞  多るを鯖 日和(ヒヨリ)と称  して

かすみたるをさば   びより としょうして


漁 舟  数 百  艘 打 並 び舟 毎

ぎょしゅうすうひゃくそううちならびふねごと


尓篝(カゝリ)を照 し方 火天 を焦(コガス)可

に  かがり をてらしほうかてんを  こがす が


如 し鉤 糸 ハ十 尋(ヒロ)計 り尓て

ごとしつりいとはじっ  ひろ ばかりにて


鰯(イワシ)鰕(エビ)奈どを餌 として手繰(クリ)ニ天釣 也

  いわし   えび などをえさとしてた  ぐり にてつるなり

(大意)

略

(補足)

「同國」、能登。

「鱲」、トルと振り仮名がありますが辞書にはそれに「子」をつけて『からすみ【〈鱲子〉 】ボラ・サワラなどの卵巣を塩漬けにし,圧搾・乾燥させた食品。形が唐墨(からすみ)に似て細長く平たいのでこの名がある』とありました。

「霞多るを」、霧か霞か悩ましいところですが、くずし字辞典で調べて「霞」に決定。

「十尋」、約18m。

「手繰」、いわゆる竿を使わない「一本釣り」で、鯛なども同様に釣ります。

 能登は現在でも、鯖寿司・鯖押し寿司・鯖棒寿司・焼き鯖寿司などどれもうまい‼️

松を大きく前面に持ってくるのは、広重一派の定番画法。「海上霞多る」遠くの漁舟は空に浮かび漂うよう。

 

2026年9月29日火曜日

大日本物産圖會その100

P100 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」

P100_1

(読み)

能登素 麺 製 造 ノ圖

のとそうめんせいぞうのず


素 麺 ハ備 後伊豫美 作 阿波

そうめんはびんごいよみまさかあわ


讃 岐大 和能登伊勢の各 州

さぬきやまとのといせのかくしゅう


尓て産 出  す五色 平(ヒラ)長(ナカ)太(フト)

にてさんしゅつすごしき  ひら   なが   ふと


白髪(シラカ)等 の諸 名 あり初

   しらが とうのしょめいありしょ


夏株 あげたる小麦 越

かかぶあげたるこむぎを


冬 尓い多りて目方 四 〆 五百

ふゆにいたりてめかたよんかんごひゃく


目を碓(ウス)尓て引 絹(キヌ)ぶるひ尓

めを  うす にてひき  きぬ ぶるいに


可け三 〆 目の白(コ)粉 を得る即

かけさんかんめの  こ ふんをえるすなわち


水 塩 等 を和して捏(ネリ)あハせ

みずしおとうをわして  ねり あわせ


麺棒(メンハウ)尓て壓延(オシノバ)し渦(ウツ)のごとく

   めんぼう にて   おしのば し  うず のごとく


切 廻  て曳(ヒキ)のバし細 く奈して掛産(ワク)尓

きりまわして  ひき のばしほそくなして   わく に


乾 上 適宜(ホドヨク)裁 て諸 国 尓出す

ほしあげ   ほどよく たちてしょこくにだす

(大意)

略

(補足)

「初夏」、ここの「夏」の漢字はフォントにありません。

 能登輪島がかっては素麺の一大産地であったことは知りませんでした。『輪島素麺(りんとうそうめん)は、室町時代から江戸時代にかけて石川県輪島地方で盛んに生産されていた、油を使わない手延べ製法の歴史ある素麺』とありました。

 この大日本物産図会の画工は安藤徳兵衛とあるのですが、これは親方または工房代表者のものであって、親方の指示に従って彫師が分担しているはずです。この画の詞書きは一見してわかるように、どことなくゴツゴツしていて彫師の個性というのではなく技量がいまひとつのよう。一行の文字列が右に左にとぶれたり文字の間隔が落ち着かない。まぁ読めることは読めるのですけど。

 左上部の枠近くに棒立ちしている男の人、視線は眼の前の二人の作業を見守っているのかとおもいきや、足元を見ると小山になった白いものが・・・足でこねていたのでした。

 奥の薄茶色にみえる畑は、小麦畑でしょうか。