2026年8月31日月曜日

大日本物産圖會その71

P71 東京都立図書館蔵

P71_1

(読み)

同 鰤 磯 場之圖

どうぶりいそばのず


網 磯 近 く奈るとき数 百  人

あみいそちかくなるときすうひゃくにん


あつまりて網 を引 あげ網

あつまりてあみをひきあげあみ


中 尓群(ムラガ)る魚 を打 鎰(カキ)或(アルヒ)盤

なかに  むらが るうおをうち  かき   あるい は


手どり尓して砂上  へ投(ナゲ)あげ

てどりにしてさじょうへ  なげ あげ


腹(ハラワタ)をぬき大 桶(ヲケ)耳以連天

  はらわた をぬきおお  おけ にいれて


塩 づけとなし又 志本を

しおづけとなしまたしおを


腹 中  にミ多し土中  耳

はらぢゅうにみたしどちゅうに


うづミてむしろをふせ

うずみてむしろをふせ


て水 気を去(サ)りふ多ゝび

てみずけを  さ りふたたび


塩 を本どこし薦(コモ)尓包(ツゝミ)て

しおをほどこし  こも に  つつみ て


諸邦(シヨハウ)尓出す

   しょほう にだす

(大意)

(補足)

「同」、丹後国。

「群る」、「君」と「羊」の位置が上下になってます。偏と旁が上下になるのは古文書でよくあります。

「打鎰(カキ)」、「鎰」は『重さの単位。二十両。また、二十四両。かぎ。錠前のかぎ。』の意。ここでは『漁業における「打鉤(うちかぎ)」とは、長い木の柄の先端に鋭い鉄製のカギ(鉤)を取り付けた道具、およびそれを使って魚を捕獲・引き揚げる手法のこと』。

「或(アルヒ)盤」、変体仮名「盤」(は)、ほとんどが変体仮名「者」(は)ですけど、この「盤」もたまにでてきます。

 手づかみで鰤を浜に投げ上げる漁師たちの動作も表情も一人ひとりことなっていていいですねぇ。その上では網を綱引きのように引き上げてますが、やはりみなさん一人としておなじふうに描かれていません。

 題名は鰤でそれが主役のはずですが、やはり漁師たちでした。

 

2026年8月30日日曜日

大日本物産圖會その70

P70 東京都立図書館蔵 

P70_1

(読み)

丹 後 國 鰤(ブリ)追 網 之圖

たんごのくに  ぶり おいあみのず


鰤(ブリ)ハ丹 後 國 与謝(ヨサ)の入 海 に

  ぶり はたんごのくに   よさ のいりうみに


とるものを上  品(ヒン)と須魚 つ年

とるものをじょう  ひん とすうおつね 


尓此(コゝ)尓あそび長  ずるに及(オヨン)で

に  ここ にあそびちょうずるに  およん で


出んとする時 をう可ゞひ追(オヒ)

でんとするときをうかがい  おい


網(アミ)を以 て捕(ト)る網 ハうミの

  あみ をもって  と るあみはうみの


入 口 尓者り数 十 艘 ふ年を

いりぐちにはりすうじっそうふねを


奈らべ舳(フナバタ)をたゝき魚 をおひ

ならべ  ふなばた をたたきうおをおい


いれ尚 魚 のもれざる多め三

いれなおうおのもれざるためみ


重尓あミを可け轆轤(ロクロ)にて

えにあみをかけ   ろくろ にて


ひ起阿けるなり

ひきあげるなり

(大意)

(補足)

「丹後」、『京都府の北部に相当』。現在のこのあたり。

 遠近で轆轤をまわす様子を描く、これも広重の遠近画法の一種でしょう。近接の漁師たちの表情がことなっていて、力の入れ具合がわかるというもの、こちらもう〜んとうなってしまう。網の一方では遠くの浜で轆轤をまわす全体の様子が見えます。

 旭日旗のようなおひさまは朝日か夕日か、まぁ漁のならいで朝日でしょうね。

 鯨漁やこのような大規模な漁では必ず采配を振るう漁師がいて細かな指示を与えていました。

 浜の漁師たちを題材にした絵描きさんはたくさんいましたが、この一枚もいいなぁ。

 

2026年8月29日土曜日

大日本物産圖會その69


P69 東京都立図書館蔵 

P69_1

(読み)

信 濃 國 氷  中  八ツ目鰻  採 ノ圖

しなののくにひょうちゅうやつめうなぎとりのず


八ツ目鰻(ウナギ)ハ信 州  諏訪(スハ)の

やつめ  うなぎ はしんしゅう   すわ の


湖(ウミ)尓採(ト)るものを名 産 とす

  うみ に  と るものをめいさんとす


上 下 の諏訪一 里計  のあひ多゛

かみしものすわいちりばかりのあいだ


湖水(コスヰ)氷  尓て張 つめ多る上

   こすい こおりにてはりつめたるうえ


尓小  家を営(イトナ)ミ漁 夫の休(イコ)

にしょうかを  いとな みぎょふの  いこ


ふ所  となし氷  上  耳薪(タキゞ)

うところとなしひょうじょうに  たきぎ


を積(ツミ)焚(タキ)て所  々  尓穴 を穿(ウガ)ち

を  つみ   たき てところどころにあなを  うが ち


延縄(ハヘナハ)尓共餌(トモエ)を付 て釣取(ツリトル)こと夥(オビタゞ)シ

   はえなわ に   ともえ をつけて   つりとる こと  おびただ し


又手(テ)操(久り)網(アミ)尓て石班魚(アカハラ)を採(トル)事

また て   くり   あみ にて    あかはら を  とる こと


お本し

おおし


(大意)

(補足)

「石班魚(アカハラ)」、『あかはら③〔繁殖期に腹部が赤くなることから〕ウグイの異名』。

 八ツ目鰻は母が昔、目に効くからと干からびた黒っぽい棒状のものを食べてましたが、鰻とは名前ばかりで、まったくうまくもなく、はたして目にもよいのかどうかも疑わしい。

 諏訪湖は御神渡りが有名で、中央高速で通りかかったとき偶然に目にしたことがあり、なるほど湖上を盛り上がった氷が裂け目のように走っていてギシギシと音が聞こえるような気もしました。

 画の右側では焚き火が激しく燃え上がっていますが、この程度の火ではあまり暖かくなりそうもありません。それにしても漁をするから体を動かしているとはいえ、皆、薄着で素手、動いていないと凍え死んでしまうとおもいます。網を氷の下に通すだけでも一仕事。


2026年8月28日金曜日

大日本物産圖會その68

P68 東京都立図書館蔵

P68_1

(読み)

信 州  蕎麦切 製 造 之図

しんしゅうそばきりせいぞうのず


蕎麦(ソハ)ハ諸國尓培養(バイヤウ)すといへ

   そば はしょこくに ばいよう すといえ


ども當 国 更 科 郡 を名産(メイサン)

どもとうごくさらしなぐんを   めいさん


とす葉ハ三稜(ミカド)にして薄(ウス)く

とすはは   みかど にして  うす く


小白 花 をひらき三稜 の実

こしろはなをひらきみかどのみ


をむすぶ初 秋  尓種 を下 し

をむすぶしょしゅうにたねをくだし


冬 尓い多りて刈 とり磑(カラウス)尓て

ふゆにいたりてかりとり  からうす にて


ひ起殻(カラ)を去り絹(キヌ)ふるひ尓

ひき  から をさり  きぬ ふるいに


可けて末 粉 をなし湯に

かけてすえこなをなしゆに


て凌(コネ)ひら目にのへ天細

て  こね ひらめにのべてほそ


奈可゛くきり熻(ユカキ)天食  用 に

なが くきり  ゆがき てしょくように


供  須

きょうす

(大意)

(補足)

「三稜」、『さんりょう【三稜】① かどが三つあること。また,三つのかど。三角』。蕎麦の葉はハート型です。実は三角錐の底辺同士をくっつけたような形で、めちゃくちゃ硬い。

「からうす」、『からうす【唐臼・碓】① 臼を地中に埋め,柄の端を足で踏み,杵(きね)を上下させて穀類を搗(つ)く仕掛けのもの。踏み臼。かるうす』

「凌(こね)」、『しの・ぐ【凌ぐ】』。この漢字の意味はどうみても、粉をこねるという意味はなさそうにおもうのですが。

「熻」、『ゆがき(かわゆがき / かゆがき)」は、主にお粥(おかゆ)や雑炊などの、水分が多くて温かい食べ物を指す言葉』。「火」+「合」+「羽」。はじめてみる漢字です。

 絵の構図が、庭の奥と蕎麦をゆがいている二方向の2点透視図のようになっていて、絵師はその技巧をまだ修得イマイチの感じ。そば切りのところの灯り蝋燭の柱はふつうの角材、蕎麦を朱塗り漆器に盛っているところのは枯れた黄色の竹で、ちょっとおしゃれ。

 で、そのふたつの作業場をよ〜く見てみると、蕎麦をのばしている職人さんの影がうっすらとのし板に、そして蕎麦盛りのふたりの娘さんにも、ひとつは畳に、もうひとつは土壁に、これまたうっすらとこちらはなにげに見事であります。子どもをおんぶした御婦人はそば粉をふるいにかけています。

 手ぬぐいを掛けている青竹を吊るしてある(詞書きの巻物にかくれてしまってますが左の端にかけ紐がみえてる)ところや、蕎麦猪口の入れ物である桐の箱を置いたりと、なかなか手がこんで細かい。

 いやいやこんなところでひとすすりしてみたいものです。

 

2026年8月27日木曜日

大日本物産圖會その67

P67 東京都立図書館蔵

P67_1

(読み)

同蒸鰈(ムシカレ)製 造 之圖

どう  むしかれ せいぞうのず


取 多る鰈(カレ)を一 夜塩 水 ひ多し

とりたる  かれ をいちやしおみずひたし


半(ナカバ)熟(シユク)したる処  を砂上  尓

  なかば   じゅく したるところをさじょうに


お起莚(ムシロ)をお本ひ温(ウン)湿(シツ)の

おき  むしろ をおおい  うん   しつ の


気尓て蒸(ムシ)のち二枚 づゝ

きにて  むし のちにまいずつ


尾を糸 尓つ奈起゛春こし

ををいとにつなぎ すこし


乾(カハカ)し即 日 西 京  尓出す

  かわか しそくじつさいきょうにだす


こ登おひ多ゞし又 小鯛

ことおびただしまたこだい


を延縄(ハヘナウ)尓て釣(ツ)り同  く塩 むし

を   はえなわ にて  つ りおなじくしおむし


尓して出す塩 蒸 の品 多 シと

にしてだすしおむしのしなおおしと


雖  も此 両  種 ハ無類 の美味多り

いえどもこのりょうしゅはむるいのびみたり

(大意)

(補足)

 詞書きの題名でも、一行目の文章でも「蒸鰈」と「鰈」のふりがなが「カレ」となっていて、なぜか「イ」がありません。

 たくさんの職人さんたちがみなあわただしく働いています。毎日京都に出荷していたそうだから休む暇なし。ぶら下がって乾かしている鰈、左ヒラメ右カレイで区別することを教わりましたがなるほどそうなってますね。竿の向こうに子どもが犬を追い払っているのか、ムシガレイのくずれてしまった身をあげているのか、どっちでしょう?

 ムシガレイは最近食べなくなりましたが、いっときはよく食べていました。ほんのり甘みがあってややねばりのある身、それほど大きくはないので何匹か食べてしまいます。鰈のほうは目にしなくなりましたが小鯛はスーパーでも定番で若狭の小鯛としてパックに入って売っています。これもおいしくってたまに購入して楽しんでいます。

 竿からぶら下がっている生乾きの蒸し鰈、現地の浜でたべたらうまかろうな♪


 

2026年8月26日水曜日

大日本物産圖會その66

P66 東京都立図書館蔵 

P66_1

(読み)

若 狭 國 鰈  を取 圖

わかさのくにかれいをとるず


若 狭越 前 敦 賀ホ(トウ)の漁人(ギヨジン)

わかさえちぜんつるが  とう の   ぎょじん


三 十 石 舩 尓十  二三 人 乗(ノリ)組

さんじっこくふねにじゅうにさんにん  のり くみ


船 の左右 に王可れ帆を横

ふねのさゆうにわかれほをよこ


尓可け其 力(チカラ)を可りて網 を

にかけその  ちから をかりてあみを


曳(ヒ)个り海 の深 サ四五十 尋

  ひ けりうみのふかさしごじっひろ


奈る処  尓アハ(うき)を水 上  尓う可べ

なるところに   うき をすいじょうにうかべ


岩(オモリ)を落 して網 を廣 め水(すヰ)

  おもり をおとしてあみをひろめ  すい


底(テイ)尓あそぶ鰈(カレイ)を捕(ト)る也

  てい にあそぶ  かれい を  と るなり


網 中 雑交(マジリ)多るもの蟹(カニ)

あみなか   まじり たるもの  かに


多 くして甚 大い奈り

おおくしてじんだいなり

(大意)

(補足)

「若狭國」、今の福井県の西部,若狭湾沿岸にあたる。若州(じやくしゆう)。

 今でいう底引き網での鰈漁です。漁や鳥を捕まえる網では絵師・彫師・摺師の腕の見せ所です。ここでは網が沈んでしまっていて網の両端を漁師たち五六人でひいているところなのでそれほどではないにしても、それらしく描いています。底引きなので重そう。

 鰈のほかに蟹や他の魚類もいて好漁場のよう。船の舷側は青竹がはってあるのでしょうか。帆は風をいっぱいにうけて全開、こうしないと漁師たちだけの力では底引きは引き上げられないのでしょうね。


 

2026年8月25日火曜日

大日本物産圖會その65

P65 東京都立図書館蔵 

P65_1

(読み)

同 三 盆 糖 製 造 之圖

どうさんぼんとうせいぞうのず


搾(シホ)り多る汁 尓蛎 灰 を和し

  しぼ りたるしるにかきはいをわし


天荒 釜 にて煎 じあく

てあらがまにてせんじあく


をとること数 回 尓し天

をとることすうかいにして


白 下 と奈る三 盆 ハ白 下 百  斤 を

しろしたとなるさんぼんはしろしたひゃっきんを


九  個の布 尓包 ミ船 尓入 て

きゅうこのぬのにつつみふねにいれて


重 石を可け荒 密 を志本゛ること

おもしをかけあらみつをしぼ ること


一 晝  夜翌 日 取 出してトキ板

いっちゅうやよくじつとりだしてときいた


尓て練(ネリ)り又 帒  尓入 て搾 る斯 する

にて  ねり りまたふくろにいれてしぼるこうする


こと五回 尓して三 盆 糖 を得残 り多る

ことごかいにしてさんぼんとうをえのこりたる


荒密(アラミツ)尓て白 糖 三 十 斤 を得類

   あらみつ にてはくとうさんじっきんをえる


残  の密 ハ二番 密 と云 て諸 方 へ出ス

のこりのみつはにばんみつといいてしょほうへだす

(大意)

(補足)

「同」、讃岐国。

「白糖三十斤を得類」、変体仮名「類(る)」はたまにでてきます。「得」のくずし字はよくでてきます。一斤は約600g。

「密」(みつ)は「蜜」が正しいのでしょうけど、まだ「蜜」になってないからかな?

赤札3枚、右から「白下を布尓包ム」、「ときだい」、「押舟」。

 ときだいの上の三盆糖は白いので描くのが難しいはずですがお砂糖の雰囲気がでているのが上手。その上の職人さんの半纏の背中の屋号は「ロ」の中に「ヒ」を入れて「ヒロ」を意匠化したようで、これは絵師「広重」でしょう。他の半纏にもいろいろ図案化されています。

 桶や重石をしばっている縄のかけ方が同じで、紐でしばったり布でくるんだりする方法は非常に多様で発達していました。桶は生活の中で、また醤油・味噌・酒などでも、なくてはならない製品ですが、桶の製造に関しては「大日本物産図会」では扱ってなかったようにおもいます。

 詞書きの一、二行目の斜め線は虫食いの跡。