2026年5月20日水曜日

日本山海名物圖繪巻之四 その7

P12P13 国文学研究資料館蔵

(読み)

天 王 寺牛 儈

てん王うしうしいち

てんのうじうしいち


備前 備 中  の国 お本く牛 を飼 て子を産 須則   

びぜんびつち う      うし 可い   うま す奈ハち

びぜんびっちゅうのくにおおくうしをかいてこをうますすなわち


これを大 坂 天 王 寺

これをおおさかてんのうじ


尓おくる天 王 寺孫 右衛門と云 者 牛 市 のつ可さ奈り此 人 の

         まご        うしいち

におくるてんのうじまごえもんというものうしいちのつかさなりこのひとの


印 形  奈个れバ諸 国 尓賣 買 すること叶 ハ春゛こと也

ゐんぎやう    しよこく うり可い

いんぎょうなければしょこくにうりかいすることかなわず ことなり


年 中  備前 備 中  より牛 を引

袮んぢ う

ねんじゅうびぜんびっちゅうよりうしをひき


来ること日々尓たえ須゛毎 年 霜 月 尓牛 市 阿り近 郷  の

           まい袮んしもつき       きん可゛う

くることひびにたえず まいねんしもつきにうしいちありきんご うの


百 姓   思 ひ\/ 尓

ひやくせ う

ひゃくしょうおもいおもいに


牛 を引 来 りて互   尓交 易 賣 買 春これを

   ひきき多  多可゛ひ 可うゑき

うしをひききたりてたが いにこうえきうりかいすこれを


牛 博  労 と云 春べて牛 を商  ふ尓

  者゛くろう         あき奈

うしば くろうというすべてうしをあきなうに


直段  相 定   る時 ハ互  尓牛 尓米 を可ましむ

袮多゛んあいさ多゛ま

ねだ んあいさだ まるときはたがいにうしにこめをかましむ


是 を賣 買 の證  拠とする可や

        せ うこ

これをうりかいのしょうことするかや

(大意)

(補足)

「近郷」、このくずし字はセットで覚えます。

「互」のくずし字、はじめて見たような。

 牛はまるまる肉付きよく、柄もみなことなって描かれています。牛の用途はもちろん食べるのではなくまた乳を絞るのでもなく(牛やヤギの乳を飲んでいたそうでもありますが)、農耕や大八車で荷をひかせたり、労働のためでした。

 鳥居や松、また家には縄のれんを描くなどやはり絵描きです。

 

2026年5月19日火曜日

日本山海名物圖繪巻之四 その6

P10P11 国文学研究資料館蔵

(読み)

加賀笠

可ゞ可゛さ

かがが さ


菅 笠 国 々 よりお本く出れども中 尓も加賀を上  品 と須㐧 一

すげ可さく尓                     本ん

すげがさくにぐによりおおくでれどもなかにもかがをじょうぼんとすだいいち


菅 の色 白 く糸 ぬひこま可尓して其 格 好 よし哥 尓ハ難 波

   いろしろ いと          可川可う  う多  奈尓ハ

すげのいろしろくいとぬいこまかにしてそのかっこうよしうたにはなにわ


菅 笠 名 物 也 万 葉 集  に押 てるや奈尓波春可゛笠お起ふるし

          まんやうし う おし

すげがさめいぶつなりまんようしゅうにおしてるやなにわすがかさおきふるし


後 ハ誰 きん笠 な

のち 多可゛

のちはたがきむかさな


ら奈くに又 延 喜式 尓摂 津 国 笠 縫 氏とあり

      ゑんぎしき         ぬひ

らあくにまたえんぎしきにせっつのくにかさぬいしとあり


今 大 坂 玉 造  の東  深 江村 の

      多まつくり ひ可しふ可えむら

いまおおさかたまつくりのひがしふかえむらの


民 も川者ら菅 笠 をぬひて家業  と須い尓しへの伝 来 な類遍゛し

多ミ            可け う       でんらひ

たみもっぱらすげがさをぬいてかぎょうとすいにしえのでんらいなるべ し

(大意)

(補足)

「菅」、「艹」と「宮」で、「宮」のくずし字がちゃんと「友」のようになっています。

「押てるや〜」、『おしてる難波菅笠置き古し後は誰が着む笠ならなくに(おしてるなにはすがかさおきふるしのちはたがきむかさならなくに)。照り渡る難波の菅で作った笠を着けもせず古びさせて、後に誰か着ける人がいるような笠でしょうか』

 子どもが猫をなでています。この本で猫はめずらしい。菅笠をおさめる竹籠、これを編むのも(菅笠より)大変だったはず。黒い着物を端折っている人の脚は相変わらずかえる脚で下手くそだけど、御婦人三人の線はやわらく描かれています。脇には針山と糸があり、縫い台もあって、こうやって一日中働いていたのでしょう。台の上にあるへの字の黒いものは菅笠の頭に取り付ける飾りかもしれません。

 

2026年5月18日月曜日

日本山海名物圖繪巻之四 その5

P8P9 国文学研究資料館蔵

(読み)

松  煙 取  図

せ うゑんとりのづ

しょうえんとりのず


肥 松 の由ゑん奈り又 ハ灰 墨 とも云 これを取 尓ハ四方 障  紙

こへまつ         者いすミ       とる  し本うしやうじ

こえまつのゆえんなりまたははいずみともいうこれをとるにはしほうしょうじ


尓て可こひ其 中 尓ハ棚 を可き其 上 を土 尓てぬりて肥 松 尓火を

     その奈か  多奈     うへ つち

にてかこいそのなかにはたなをかきそのうえをつちにてぬりてこえまつにひを


つけてまどゟ 入 其 かゞりの个ふり上 の方 尓たまるを者きて取 也

                  うへ

つけてまどよりいれそのかがりのけぶりうえのほうにたまるをはきてとるなり


是 を松  煙 と云 本

           本ん

これをしょうえんというほん


油煙 といふハ油  火のかゞりの个ふり也

由ゑん    あふらひ

ゆえんというはあぶらひのかがりのけぶりなり


是 も棚 をこしらへ多 く油  火をともし障  紙

これもたなをこしらえおおくあぶらびをともししょうじ


尓てかこひて其 上 尓たまるを取 也◯又 太 平 墨 奈ど尓春る

                     多いへいずミ

にてかこいてそのうえにたまるをとるなりまたたいへいずみなどにする


下品  能松  煙 ハ肥 松 の煙  尓

げ本゛ん            个ふり

げぼ んのしょうえんはこえまつのけぶりに


あら須゛瓦  やきの竃 のごときに志つらひて松 の雑 木をたきて

    かハら   可ま             ざうき

あらず かわらやきのかまのごときにしつらいてまつのぞうきをたきて


其 上 尓たまる煤 を者らひ取 也

        すゝ

そのうえにたまるすすをはらいとるなり

(大意)

(補足)

 インクや鉛筆などが出現するまでは、紙と墨はなくてはならない必需品というものをこえた存在でした。墨は後半の説明にある竃の中で松を燃やしてその天井にできる煤をはらって作るものとばかりおもっていましたが、障子で囲った中からつくる製法は初耳で、ちょっと驚きです。

 今でも竃の中での製法は僅かですが続けられていて、それが「太平墨奈ど尓春る下品」の墨であるとは、現在では高級品扱いです。

 黒い着物の職人さんは鳥の羽毛のようなもので煤をはらっています。

 

2026年5月17日日曜日

日本山海名物圖繪巻之四 その4

P6P7 国文学研究資料館蔵

(読み)

松 前 昆 布

まつまへこんぶ

まるまえこんぶ


奥 州  松 前 の海 中  の石 尓つきて生  須゛長 さ数丈  海 上  尓

をうし うまつまへ 可いち う いし    せ う  奈可゛すしやう可いしやう

おうしゅうまつまえのかいちゅうのいしにつきてしょうず ながさすじょうかいじょうに


う可び出るを長  柄の鎌 尓て舟 より是 を切 て取 阿げ

      奈可゛ゑ 可ま  ふ年  これ きり とり

うかびでるをなが えのかまにてふねよりこれをきりてとりあげ


人 家のや袮尓本す也 又 家 のや袮を昆 布尓てもふく也 ◯若 狭昆 布

しん可          いゑ               王可さ

じんかのやねにほすなりまたいえのやねをこんぶにてもふくなり わかさこんぶ


王可さ能海 より出 る尓あら須゛松 前 より伝 へて古ゝ尓てこしらへて売 也

    うミ                徒多           うる

わかさのうみよりいずるにあらず まつまえよりつたえてここにてこしらえてうるなり


名 物 と奈れり◯松 前 より乾 鱖 鯡  干海鼡串 鮑 ホ 多 くい徒゛る

               可らざけ尓しんい里こくし可い

めいぶつとなれり まつまえよりからざけにしんいりこくしがいなどおおくいず る

(大意)

(補足)

「乾鱖」、『からざけ【乾鮭】サケの腹を裂いて内臓を除き,塩をふらずに陰干しにしたもの』。

「ホ」はもちろん「等」の略字。

 ある日の浜の風景をきりとった画、現在でもかわってません。子どもをあやしておばあさんに見せています。その奥の部屋には小さな竈(かまど)があります。

 若かりし頃、何度か北海道を旅しました。霧多布だったかなぁ、どこだろう、切り立った岬に打ち寄せる波に2,30メートルくらいある長い身をまかせるように、たゆたゆとゆれる昆布を見たときは驚き、感動したものでありました。

 

2026年5月16日土曜日

日本山海名物圖繪巻之四 その3

P4P5 国文学研究資料館蔵

(読み)

伊豫牛蒡

いよご本゛う

いよごぼ う


ふとくして其 味 よし長 さハ三 四 尺  も阿り

     そのあち              

ふとくしてそのあじよしながさはさんよんしゃくもあり


牛蒡 の名 物 也 城  州

    めいぶ川  じやうし う

ごぼうのめいぶつなりじょうしゅう


八幡 牛 蒡名 物 尓て其 名高 しといへとも其 大 いさ伊予

やハ多         その奈               よ

やわたごぼうめいぶつにてそのなたかしといえどもそのおおいさいよ


牛蒡 尓及 バ須◯牛蒡 の実を大 力 子と云 

    およ         多いりきし

ごぼうにおよばず ごぼうのみをだいりきしという


ねぶと腫 物 尓其 実を一 粒 のめハ

   者れもの

ねぶとはれものにそのみをひとつぶのめば


早 速 志由も川の口 阿きてうミを出須也

さつそく

さっそくしゅもつのくちあきてうみをだすなり


中 華 尓ハ牛蒡 の其 苗 のミを

もろこし        奈へ

もろこしにはごぼうのそのなえのみを


賞  翫  して其 根ハ人 お本く食  せぬよし本 草 綱 目 尓見由

しやうくハん  その袮      しよく    本んざう可うもく

しょうが んしてそのねはひとおおくしょくせぬよしほんぞうこうもくにみゆ


假使 項 羽の力  阿りとも鋤 なくてハ牛蒡  ぬき可゛多し

多とひ可うう ち可ら    すき    こ本゛う

たいいこううのちからありともすきなくてはごぼ うぬきが たし

(大意)

(補足)

「伊予牛蒡」、『愛媛県(伊予国)で古くから栽培されていたとされる、長さが約90〜120cmにも達する極めて太く長い巨大なごぼう』

「伊豫」、『いよ 【伊予】① 旧国名の一。愛媛県全域にあたる。予州』

「城州」、『じょうしゅう じやうしう 【城州】山城(やましろ)国の別名』『やましろ 【山城】① 〔古くは「山背」「山代」とも書かれた〕旧国名の一。五畿内の一。京都府の南東部に当たる。城州(じようしゆう)。② 京都府南部,木津川市の地名。木津川中流右岸を占め,野菜・タケノコ・茶などを産する』

「城州八幡」、『現在の京都府八幡(やわた)市の古い呼び名(山城国八幡)』。

「大力子」、『花の後の種子はゴボウシ(牛蒡子)、またはアクジキ(悪実)ダイリキシ(大力子)と称し薬用にする。 漢方では、発汗、利尿、解毒、消炎・排膿を目的に腫れ物の内服に用いる』。牛蒡の実が漢方薬に使われているとは、全く知りませんでした。

「ねぶと」、『ねぶと【根太】背中・腿部(たいぶ)・臀部(でんぶ)などにできるはれもの。黄色ブドウ球菌の感染により,毛包が炎症を起こし,膿(う)んで痛む。固根』

「賞翫」、『しょうがん しやうぐわん【賞翫・賞玩】(名)スル 〔古くは「しょうかん」とも〕① 事物の美しさ・良さなどを味わい楽しむこと。めでること。「織部の皿を―する」② 食べ物のうまさを味わうこと。賞味。「お俊が呉れし菓子―するに」〈いさなとり•露伴〉』。作者はこの言葉が好きなようで、たびたび出てきています。

 またまたでたぁ~、超巨大な蕪の画が以前にありました。今回は牛蒡です。こんなでかいのあるわけないだろ!っておもいつつ、じっとながめていると、う〜ん🤔・・・もしかしたら、ほんとにあったのかもしれないと、おもってきてしまう・・・、画の力!

 むしろの上で作業しているのはごぼうの実をとって、干しているのでしょうか。

 

2026年5月15日金曜日

日本山海名物圖繪巻之四 その2

P2P3 国文学研究資料館蔵

(読み)

大 和三輪素 麺

やまとミ王そうめん

やまとみわそうめん


名 物 なり細 きこと糸 能ことく白 きこと雪 能

めいふ川  本そ   いと    しろ   ゆき

めいぶつなりほそきこといとのごとくしろきことゆきの


ごとし由で天ふとら須゛余国 より出 るそうめん

           よこく  いづ

ごとしゆでてふとらず よこくよりいずるそうめん


の及 ぶ所  尓阿ら須゛又 阿波より出るもの名 産 奈り三輪そうめん尓

 およ ところ     ま多あ王      めいさん  ミ王

のおよぶところにあらず またあわよりでるものめいさんなりみわそうめんに


おとら須゛それ三輪ハ大 己 貴 のみこと能神 社 有 御神 躰 ハ山 尓て

          於本あ奈むち     しんじや阿りこしん多い やま

おとらず それみわはおおあなむちのみことのじんじゃありごしんたいはやまにて


鳥 居者゛可り尓て社  ハなく参 詣 の人 お本き由へ三輪の町 繁 昌  也

とりゐ      やしろ   さんけい           まち者んぜ う

とりいば かりにてやしろはなくさんけいのひとおおきゆえみわのまちはんじょうなり


旅 人 をとむる者多ごや尓も名 物 奈りとてそうめん尓てもて奈須也

多びびと

たびびとをとむるはたごやにもめいぶつなりとてそうめんにてもてなすなり

(大意)

(補足)

「三輪」、「車」偏が特徴的なくずし方です。

「雪」、ふりがながなければ読めません。

「阿波より出るもの名産奈り」、徳島県つるぎ町(旧半田町)の名産「半田そうめん(阿波半田手延そうめん)」のことでしょうか。これもうまいです。

「大己貴のみこと」、『おおあなむちのかみ おほあなむち― 【大己貴神・大穴牟遅神】大国主神(おおくにぬしのかみ)の別名。おおなむちのかみ』

 現在でもまったく同じ工程の作業で手延べ素麺を作っていることに驚きます。延ばして素麺を乾燥させている画が見事です。

 うしろの木は柳でしょうか、新芽のようにみえます。素麺は乾燥して寒い時期(上半身裸の職人さんもいます)に作りますから、2月か3月頃の制作風景ではないでしょうか。

 

2026年5月14日木曜日

日本山海名物圖繪巻之四 その1

P1 国文学研究資料館蔵

(読み)

住吉宝市

すミよした可らのいち

すみよしたからのいち


播 州  住 吉 太 神 宮 毎 年 九月 十  三 日 

     すミよしたいしんぐうまい袮ん

ばんしゅうすみよしたいしんぐうまいねんくがつじゅうさんにち


宝  の市 とて大 神 事

          じんじ

たからのいちとてだいじんじ


有 社 務社 司大  祢宜のこら須゛出  仕尓て神 供 阿り大 坂

  しゃむしやし多゛い袮ぎ     し由川し  じんぐう

ありしゃむしゃしだ いねぎのこらず しゅっしにてじんぐうありおおさか


堺  其 外 の村 ゝ より参 詣 の人 おび多ゝし

さ可ひ           さんけい       

さかいそのほかのむらむらよりさんけいのひとおびただし


商  人ま須物 尺 奈とを専    尓

あきんと  ものさし   もつ者゜ら

あきんどまずものさしなどをもっぱ らに


賣 参 詣 の人 吉 兆  なりとて買 て帰 る也

うる       きつて う    可 い可へ  

うるさんけいのひときっちょうなりとてかいてかえるなり


委   ハ住 吉 名 勝 志尓見由

くハしく すミよしめうせうし

くわしくはすみよしめいしょうにみゆ

(大意)

(補足)

 おなじような画をみたなとおもって調べたら「日本山海名物圖繪巻之三その8住吉浦汐干」でした。

「神供」、『じんく【神供】〔「じんぐ」「じんぐう」とも〕① 神への供え物。お供物(くもつ)。② 密教で,護摩(ごま)をたくとき,壇を設けて十二天ならびに鬼神などに供物をささげること』

「住吉名勝志」、「勝」のふりがなの「せ」と「う」の間にもう一字あるのですけど、よくわかりません。

 住吉大社は商売繁盛のご利益もあって、(画の左下で売っている)升や物差しは「正直に量る」という意味で縁起が良いとされ、商売人から庶民まで買い求めたとのことであります。

 松の葉が扇子の骨のように見えてきます。