2026年6月6日土曜日

日本山海名物圖繪巻之五 その7


P12P13 国文学研究資料館蔵

(読み)

摂 州  尼  崎 鳥 貝

せつし うあま可さきとり可゛い

せっしゅうあまがさきとりが い


鳥 貝 といふもの昔  ハ奈可りし尓五六 十  年

         む可し

とりがいというものむかしはなかりしにごろくじゅうねん


来 尼  崎 の浦 より出 其 者じめハ毒 有 とて

らい      うら          どくあり

らいあまがさきのうらよりでるそのはじめはどくありとて


人 くハざりし可゛二三 十  年 この可多ハ甚  多゛

ひとくわざりしが にさんじゅうねんこのかたははなはだ


賞  翫  する事 となれ里

しやうくハん  こと

しょうが んすることとなれり


され共 下品 の貝 奈る故 貴人 奈どの料  理尓ハ用 ゆること奈し此 貝

                    りやうり  もち      この可い

されどもげひんのかいなるゆえきじんなどのりょうりにはもちゆることなしこのかい


を取 尓ハ可ごあミを舟 のとも尓つけて舟 尓ハ帆を可けて風 尓従  ひ

 とる                ふ年  本    可せ し多が

をとるにはかごあみをふねのともにつけてふねにはほをかけてかぜにしたがい


者せ由く籠 網 土 砂 と共 尓鳥 貝 をかき入 て取 也

    可ごあミ

はせゆくかごあみつちすなとともにとりがいをかきいれてとるなり


蜆  蛤   を取 尓大 がい同し

志ゝミ者まくり    多い

しじみはまぐりをとるにたいがいおなじ

(大意)

(補足)

 鳥貝を取っているところの画があって、帆柱や帆を綱を張りめぐらして固定しています。実際にこのようにしていたのでしょう。小舟の中の漁師はやけに大きく、布袋様のよう。

 濱に乗り上げてる舟には手伝いの子どもが、こんな小さな子が手伝っていたのでしょうか?

 子どもが手にしているのは櫂(かい)、濱で引き上げていく漁師が持っているのが櫓(ろ)。櫓の扱いのほうが難しいので子どもはまだ櫂で修行中。

 子どものうしろ、ともの中央が欠けていますが、ここに櫓をのせます(櫓杭)。

 なお、文中に鳥貝は下品とあって、これは当然当時のことで、現在では高級品。めったに食せなくなっています。

 

2026年6月5日金曜日

日本山海名物圖繪巻之五 その6

P10P11 国文学研究資料館蔵

(読み)

蜆  貝

志ゝミ可い

しじみがい


海 と河 との塩 ざ可ひ尓多 く生  須又 湖 水  尓も阿り

             おゝ しやう   ミ川゛うミ

うみとかわとのしおざかいにおおくしょうずまたみず うみにもあり


小蜆  を取 て泥 池 の中 尓やし奈ひおけバ年 をへて甚

        どろいけ           とし   者奈者多゛

こしじみをとりてどろいけのなかにやしないおけばとしをへてはなはだ


お本きくなりて味 よしといへり蜆  を取 尓ハ竹 籠 をこしらへ

       あぢ              多け可ご

おおきくなりてあじよしといえりしじみをとるにはたけかがをこしらえ


底 尓袋  網 を付 て水 中  をかきて取 也 土 砂 と共 尓

そこ ふくろあミ つけ              つちす奈

そこにふくろあみをつけてすいちゅうをかきてとるなりつちすなとともに


袋  の中 へ入 て

ふくろのなかへいりて


志ゝミハ袋  の中 尓残 り土 砂 ハ袋  あミよりもれてのく也 身志ゞ

           のこり                   ミ

しじみはふくろのなかにのこりつちすなはふくろあみよりもれてのくなりみしじ


ミハ貝 を釜 尓てたき水尓由りて貝 殻  を去 てむきみとする也

     可ま         可い可゛ら さり

みはかいをかまにたきみずにゆりてかいが らをさりてむきみとするなり

(大意)

(補足)

 現在は、袋網のかわりに金属の籠で砂底をかき取るようにして行っていますが、やっていることはおなじです。

 

2026年6月4日木曜日

日本山海名物圖繪巻之五 その5

P8P9 国文学研究資料館蔵

(読み)

江鮒 引 網

ゑふ奈ひきあミ

えふなひきあみ


鯔  河 本゛らあり海 本゛らありちいさき時 をすべて江鮒 と云 也

本゛ら可ハ     うミ         とき

ぼ らかわぼ らありうみぼ らありちいさきときをすべてえふなというなり


是 をとるハ地引 阿ミ也 長  さ三 町  者゛可り尓引 廻 して両方

これ    ぢびき    奈可゛             まハ  里やう本う

これをとるはじびきあみなりなが ささんちょうば かりにひきまわしてりょうほう


の徒奈手尓人 阿ま多かゝりて磯 へ引 よせて玉 阿ミをもてすくひ取 也 春べて

              いそ      たま

のつなてにひとあまたかかりていそへひきよせてたまあみをもてすくいとるなりすべて


江鮒 ハ海 と川 との潮 ざかひ尓多 くある也

           しを    お本く

えふなはうみとかわとのしおざかいにおおくあるなり


泥 川 尓生  ずるハ肉 あ可く脂  多 し

どろ   せ う   尓く   あふら

どろかわにしょうずるはにくあかくあぶらおおし


砂 川 尓生  ずるハ肉 白 くあぶら春く奈しゑぶな正 字は撥尾魚と書

す奈

すなかわにしょうずるはにくしろくあぶらすくなしえぶばせいじはいな とかく

(大意)

(補足)

「鯔」、『ぼら【鯔・鰡】スズキ目の海魚。全長約70センチメートル。体はほぼ円筒形で,頭部は縦扁する。背面は灰青色で腹面は銀白色。出世魚で成長とともに呼称が変わり,オボコ・イナ(撥尾魚)・ボラ・トドなどの順に大きくなる。食用。釣りの対象魚。胃は肥厚してボラのへそと呼ばれ,また卵巣の塩漬けをからすみと称する。世界の温・熱帯の沿岸に広く分布し,汽水域や淡水域にも入る』

「玉阿ミ」。『たもあみ【攩網】竹や針金の口輪のついた袋状の網に長い柄をつけたもの。魚をすくい取るのに使う。たも。』

 引き網の綱に浮き代わりに材木が結ばれています。

 北斎が波頭のくだけるさまを独特な形に表現してから、ほとんどの絵師たちはそれをまねるようになりましたが、ここではまだかわいらしい水玉の感じ。これはこれでよし。

 冬になると大阪湾でとれたボラの刺身が出荷されて、私の住んでいる田舎の山間のスーパーにも並びます。やすくて脂がのっていてうまいです。ボラはバカにされますが、食べてみれば目からウロコの魚であります。

 

2026年6月3日水曜日

日本山海名物圖繪巻之五 その4

P6P7 国文学研究資料館蔵

(読み)

瀬田鰻鱺

せ多う奈き

せたうなぎ


江 州  瀬田より出 るう奈ぎ名 物 也 是 近 江の湖 水 尓て

         いづ    めいふ川        ミ川うミ

こうしゅうせたよりいずるうなぎめいぶつなりこれおおみのみずうみにて


取 ところ也 小舟 尓のり釣 針 尓て流 しづり尓て取 也 又

とる     こぶ年   つり者り  奈可゛

とるところなりこぶねにのりつりばりにてながしづりにてとるなりまた


う奈起゛可起といふ物 有 これ尓て水  中 を可きても取 也◯

                 ミつの奈可

うなぎ かきというものありこれにてみずのなかをかきてもとるなり


日向   国 よりいづる

ひゅうがのくによりいずる


う奈ぎ甚    大 き也 ふとさハ一 尺  まハり

   者奈ハ多゛お本            

うなぎはなはだ おおきなりふとさはいっしゃくまわり


長  さ六 尺  余  奈る阿り余国 尓ハ奈き

奈可゛             よこく

なが さろくしゃくあまりなるありよこくにはなき


大 う奈ぎ也 ◯瀬田より蜆  出 名 物 也 

            志ゝミいづ

おおうなぎなり せたよりしじみいずめいぶつなり


余国 よりハお本き尓して風味 よし

            ふうミ

よこくよりはおおきにしてふうみよし

(大意)

(補足)

「ふとさハ一尺まハり長さ六尺余」の大うなぎ、またまたすぐに嘘とわかるはなしかとおもって調べてみたら、これ以上の大きさのうなぎがどうやら存在するそうです。

デカイっ😳

「流しづり」、現在の延縄(はえなわ)でしょうね。画もそんな感じです。

 左から二人目のお兄さん、右肩に袋をしょっています。この袋にうなぎをいれて鰻屋に運ぶのかもしれません。

 

2026年6月2日火曜日

日本山海名物圖繪巻之五 その3

P4P5 国文学研究資料館蔵

(読み)

淀 鯉

よどこい

よどごい


鯉 ハ河 魚 の㐧 一 上  品 神 農 本 草 尓鯉 を魚 の王 と春といへり

   可ハうを          しんのう           王う

こいはかわうおのだいいちじょうひんしんのうほんぞうにこいをうおのおうとすといへり


山 城  国 淀 の産 を名 物 と須中 尓も淀 城 の水 車  の阿多りに住

          さん めいぶ川        しろ ミつくるま     すむ

やましろのくによどのさんをめいぶつとすなかにもよどしろのみずくるまのあたりにすむ


鯉 一 し本賞  翫  春る也 志可れども水 車  能邊  尓て

  ひと  しやうくハん               本とり

こいひとしおしょうが んするなりしかれどもみずぐるまのほとりにて


網 打 ことハ淀 の御城 より

あミう川

あみうつことはよどのおしろより


御制 道 あれハ猟  師見多゛り尓魚 を取 こと叶 ハ須゛

 せい多う   れ うし        とる  可奈

ごせいどうあればりょうしみだ りにうおをとることかなわず


鯉 能大 小  ハ一 年 物 二年 物

           袮んもの

こいのだいしょうはいちねんものにねんもの


三 袮ん毛のとて年 尓とりて高 下を王可川年久  しくへ多る本ど魚 ハ於本きし

              可うげ

さんねんものとてとしにとりてこうげをわかつとしひさしくへたるほどうおはおおきし

(大意)

(補足)

「山城国淀城水車」で調べると水車の画がヒットします。しかしここの画のような桶を付けた水車ではなく普通のよくある水車です。

「一し本、『ひとしお ―しほ【一入】〔 →2 が原義〕一 (副)

他の場合と比べて程度がいっそう増すさま。一段と。「寒さが―身にしみる」「感慨も―である」「家の中へ落ち着いて見ると,暑さは―であつた」〈悪魔•潤一郎〉

二 (名)染め物を一度染め液に浸すこと。「―も染むべきものか紫の雲より降れるをとめなりとも」〈宇津保物語•菊の宴〉』

 街道を歩く人たちの姿が印象的。天秤棒をかついだ画、竿の両端に紐をかけるための小さな突起があります。この絵師のこだわりです。

 漁師の船の中、よく見ると,とった鯉が生け簀に入っていました。

 

2026年6月1日月曜日

日本山海名物圖繪巻之五 その2


P2P3 国文学研究資料館蔵

(読み)

八 月 枯 鮎

    さびあ由   

はちがつさびあゆ


正 字ハ鰷 とすへし鮎 の字ハ俗 也 此 魚 春 の初  海 と河 と能

               ぞく    うを者る 者しめうミ 可ハ

せいじははやとすべしあゆのじはぞくなりこのうおはるのはじめうみとかわとの


間  尓生 れ河 水 尓さ可の本゛る夏 尓奈りて段 々 尓生 長  し八 月

                             せいちやう

あいだにうまれかわみずにさかのぼ るなつになりてだんだんにせいちょうしはちがつ


より身尓さびを生  須゛それよりハ河 上 より下 りて海潮 さ可ひ尓て子を生 て

       しやう                 うし本

よりみにさびをしょうず それよりはかわかみよりくだりてうしおさかいにてこをうみて


死春る也 八 月 の落 鮎 を取 尓ハ河 の奈可゛れをせきとめ

          おち   とる

しするなりはちがつのおちあゆをとるにはかわのなが れをせきとめ


真 中 を阿けて竹 の簀

まん奈可       す

まんなかをあけてたけのす


を敷 其 上 へ落 くるを取 也 此 竹 の簀を魚梁と云 也

 しき                     や奈

をしきそのうえへおちくるをとるなりこのたけのすをなやというなり


鮎 ハ人 音 春れハ底 尓志づミて

   ひとおと   そこ

あゆはひとおとすればそこにしずみて


動   春゛故 尓是 をとる尓ハ静  尓して人 奈き躰 尓して

う古゛可            しづ可       てい

うご かず ゆえにこれをとるにはしずかにしてひとなきていにして


居る時 ハ鮎 可奈ら須落 来る也

いるときはあゆかならずおちくるなり

(大意)

(補足)

「枯鮎」、『さびあゆ【錆鮎】秋の産卵期の鮎。体に鉄錆のような赤みを帯びる。落ち鮎。季秋』

「鰷」、AIによる概要によると、

『訓読み:はや。音読み:チョウ、ジョウ、ショウ詳細「鰷(はや)」は、コイ科の淡水魚である「ウグイ」などの小魚の古称・総称です。細長い体型をしていることから、魚へんに「條(細長いものを表す)」を組み合わせてできた漢字です』とのこと。

 もう2,30年前のこと、東北の鳴子温泉から山形の県境をこえたところに最上町というところがあって、その前後の河のあたりだったとおもいます。

 この画とほとんど同じ鮎をとる梁が、それはそれは大きく作ってあって、どんどん竹の上ではねてとれるのを半日くらいみて楽しみました。もちろん何匹か焼いて食べました、うまかった。

 川は水量がものすごく、流れの音もあって、この竹の梁を設置するのも命がけだろうなと、鮎をパクツキながらおもったものでした。

 

2026年5月31日日曜日

日本山海名物圖繪巻之五 その1

P1 国文学研究資料館蔵

(読み)

河 蝦

可ハゑび

かわえび


川 海老を取 尓ハ竹 の簀を可ぎ能手尓立 まハしおき

可ハゑび とる  多け す

かわえびをとるにはたけのすをかぎのてにたちまわしおき


夜尓入 て其 可多ハら尓て松 明 をふれバ其 火のひ可り

よ    その      多いまつ

よにいれてそのかたわらにてたいまつをふればそのひのひかり


尓つれて打 よるを玉 あミ尓てすくひ取 也 凡  川 へ水 のお多る時

         多ま           およそ

につれてうちよるをたまあみにてすくいとるなりおよそかわへみずのおたるとき


川 者゛多尓て可ゞりをたけバゑび多 くより来 る也 手網 尓てすくひ取 べし

                          てあミ

かわば たにてかがりをたけばえびおおくよりきたるなりてあみにてすくいとるべし

(大意)

(補足)

「竹の簀を可ぎ能手尓立まハしおき」の仕組みがとての丁寧正確に描かれています。

 日本中のどこの川でもとれたのでしょうか、どこどこの名物なりと地名が特定されていません。

 子どもをあやしている御婦人ふたりはやはり前帯です。でんでん太鼓みたいなおもちゃを手にしています。子どもはあぶちゃんだけして下はスッポンポン。