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(読み)
上 総 國 九十 九里鰛 漁 之図
かずさのくにくじゅうくりいわしりょうのず
鰛(イワシ)ハ當 國 九十 九里の海濱(カイヒン)
いわし はとうごくくじゅうくりの かいひん
尓て十 月 頃(コロ)より五月 迄 漁(リヤウ)
にてじゅうがつ ころ よりごがつまで りょう
すること尤 も盛 奈り皆 地曳 網
することもっともさかりなりみなじびきあみ
なり魚 の来るを見て磯 辺ゟ
なりうおのくるをみていそべより
二三 里沖(ヲキ)へ網(アミ)を張 こと五百 尋(ヒロ)より
にさんり おき へ あみ をはることごひゃく ひろ より
七 百 尋 尓至 る陸 尓て其 網 を
ななひゃくひろにいたるおかにてそのあみを
曳 もの凡 二百 余人 浪 の寄(ヨセ)る
ひくものおよそにひゃくよにんなみの よせ る
随(シタガ)ひて曳 あげたるを持 て魚
したが いてひきあげたるをもってうお
を春くひ磯 辺尓土手の如 く
をすくいいそべにどてのごとく
つミ上ケ大 漁 と起ハ皆 干鰛(ホシカ)
つみあげたいりょうときはみな ほしか
と奈し或 ハ油 を絞(シボ)り魚 油と須
となしあるいはあぶらを しぼ りぎょゆとす
(大意)
略
(補足)
「鰛」、「いわし」で変換するとこの「鰛」は鰮の俗字と説明があり、「鰮」は鰛の正字とあります。この「鰯」が一番なじみがあります。
百枚をこえる「大日本物産図会」の画のなかで、登場人物の多さではこの画はトップ3に入りそう。奥の漁師たちは20人、手前で曳くのが22人、そしてさらに手前の取り巻きは17人で合計59人。もしかしたらトップかもしれません。画面左端に椅子に腰掛けその周りに人たちはどうみても網元とその仲間たちでしょう。
地曳網漁で何十人もの漁師たちは全員褌一丁のものはいません。みな半纏を着ての漁なんてありえません。文明国となるべく明治政府は裸の出版物などを規制していたためでしょうね。
若かりし頃、三浦半島で5月に観光地曳網をしたことがあります。重かったです。で、その後とれたものを料理してくれるのですけど、スミイカの刺身がとびっきりうまかったなぁ。













