P37 国立国会図書館デジタルコレクション蔵
P37_1
(読み)
大 隅 國 煙草 培 養 之圖
おおすみのくにたばこばいようのず
煙草(タバコ)ハ元 南 アメリカの産 尓し
たばこ はもとみなみあめりかのさんにし
て我 国 慶 長 十 年 ホルトガル人
てわがくにけいちょうじゅうねんぽるとがるじん
持 来 りて長 嵜 へ植(ウヱ)附 たるを
もちきたりてながさきへ うえ つけたるを
初 として培養(ハイヤウ)せざる国 奈しと
はつとして ばいよう せざるくになしと
雖(イヘ)とも就中 大 隅 ノ國 部上
いえ どもなんかずくおおすみのこくぶこう
野 の舘(タテ)薩 摩の出水(イツミ)摂 州 石
ずけの たて さつまの いずみ せっしゅういし
津武蔵 の秩 父丹 波山 本 上 総の小糸 等 より出す物 を尤
ずむさしのちちぶたんばやまもとかずさのこいととうよりだすものをもっとも
上 等 と須此 草 性 辛(カラ)くして
じょうとうとすこのそうせい から くして
収採(シ ユサイ)の後 虫 の付 患(ウレヒ)奈しと雖 とも
しゅうさい ののちむしのつく うれい なしといえども
成 長 乃時 ハ却(カヘツ)て虫 の付 事 夥(オヒタゝ)しく
せいちょうのときは かへっ てむしのつくこと おびただ しく
毎 朝 虫 をとらされバ其 葉を網(アミ)のごとく奈すもの也
まいあさむしをとらざればそのはを あみ のごとくなすものなり
(大意)
略
(補足)
「大隅国」、鹿児島県。隅州(ぐうしゅう)。
「慶長十年」、1605年。日本にいつ頃から喫煙の習慣が広まったかは不明確なのだそうですが、16世紀末の南蛮人渡来以降というのが有力な説のようです。
「就中」、『なかんずく ―づく【就中】(副)〔「中(なか)に就(つ)く」の転。漢文訓読に由来する語〕』。なんども使われてますが、確認のため。
「大隅ノ國部」、大隅の国分か。
日清戦争(1894‐1898)の戦費調達のため1898年政府はたばこの専売制を開始しました。さらに日露戦争(1904-1908)では1904年に完全専売制へと移行しました。驚くことに日露戦争期の国家予算(歳出)に占める軍事費の割合は82.3%(1905年時点)に達していました。たばこ売買はそれら軍事費のいったんを大きく支えていたのです。
母の実家は農家でした。多くの農家が隠れてたばこを自家用のために栽培していて、母のおじいさん(あたまは丁髷のままでした)は刻みたばこを煙管につめて一服していたとのことです。ちょうど日露戦争頃のことでした。
画の構図は何度か出てきているものと同じで定番といっても差し支えないとおもいます。小さな百合のようなきれいな白い花が咲くのですね。













