P12 国文学研究資料館蔵
(読み)前半
かゐこやしない草 㐧 十 二
かいこやしないそうだいじゅうに
扨 縫 針 の者じめハ
さてぬひ者り
さてぬいばりのはじめは
いづ連といふことを
いずれということを
志ら袮とも衣
い
しらねどもい
裳 の製 しゟ
しやう こしらへ
しょうのこしらえしより
道 なるへし唐
とう
みちなるべしとう
の大 昊 と申
多いこう
のたいこうともうす
帝 九 針 を作
ミ可どきゅうはりをつくる
みかどきゅうはりをつくる
といふ又 礼 記
らいき
というまたらいき
のうち尓針
のうちにはり
尓紉 て縫 ん
をつけ ぬハ
におつけてぬわん
とあり我
和可
とありわが
(大意)
さて、縫い針がいつからつかわれていたかはわからないのだが、
衣服を作り始めた頃からだろうと考えられる。
中国の大昊(太昊)という帝(みかど)は九針を作ったという。
また、礼記には針に糸を通し縫ったようだとある。
(我が国では)
(補足)
「縫針」、『ぬいばり【縫い針】衣服を縫うのに用いる針』
「唐の大昊という帝」、唐には「大昊」という皇帝はいないので、ここの「大昊」は「古代の黄河流域にあった部族連合と巴(中国語版)の伝説上の祖先」でしょうか。唐は唐土とおなじで中国ということ。
「九針を作」、実際に9針を縫ったというのではなく、中国語では九は縁起の良い数字、あるいは皇帝や天を象徴する数字なので、太昊という帝(みかど)がそのような針仕事をされたということでしょう。
「紉」、『縫い合わせる、つづる、縄(なわ)、結ぶ、針に糸を通すという意味を持つ漢字です。音読みでは「ジン」「ニン」、訓読みでは「なわ」「むすぶ」と読み、「縫紉(ほうじん)」』
原本は昨日の㐧十一までで、ここの㐧十二はオリジナルということになります。
商家の女将さんと娘さんに売り込みにやってきたのは、右奥に「丸に井桁三(まるにいげたさん)」の紋が見えますので「三井越後屋呉服店」のようです。
ちりめんの反物を手に商い中、後ろの反物は「本しこみ」とあるのでしょうか、よくわかりません。娘さんの前に出しているのは、仕立て上がりの着物の図面だとおもいます。このような売り込みもしたのですね。












