P18P19 国文学研究資料館蔵
(読み)
宇治茶 摘
うじちやつミ
うじちゃつみ
日本 尓茶 をう由ることハ人 王 八 十 二代 後鳥羽院 の御 宇
う
にほんにちゃをうゆることはにんのうはちじゅうにだいごとばいんのぎょう
に始 まる京 建 仁 寺の開 山 栄 西 和尚 渡唐 の時
けん尓んじ ゑゝさい
にはじまるきょうけんにんじのかいざんえいさいおしょうととうのとき
茶 の種 を毛ろこしゟ 取 可へ里て筑 前 国 脊振 山 に植 らる是 を岩
せふり
ちゃのたねをもろこしよりとりかえりてちくぜんのくにせふりやまにうえらるこれをいわ
上 茶 と云 又 栂 尾明 恵上 人 尓其 種 を
可ミ と可゛のをめいゑ
かみちゃというまたとが のをめいえしょうにんにそのたねを
まいらせられ多るを上 人
まいらせられたるをしょうにん
山 城 の宇治と梶 尾と尓植 らる今 梶 ノ尾尓ハ茶 多えて宇治の
やましろのうじととがのおとにうえらるいまとがのおにはちゃたえてうじの
茶 甚 多゛者びこ連り四月 尓葉を徒ミて煎 茶 を製 須
ちゃはなはだ はびこれりしがつにはをつみてせんちゃをせいす
(大意)
略
(補足)
「人王」、『にん-わう 【人皇・人王】神代に対し、人代になってからの天皇のこと。神武天皇以後の天皇』
「後鳥羽院」、『ごとばてんのう ―てんわう 【後鳥羽天皇】[1180〜1239]第八二代天皇(在位[1183〜1198])。名は尊成(たかひら)。高倉天皇の皇子。土御門(つちみかど)天皇に譲位後,三代にわたって院政を行う。1221年(承久3)北条義時追討の院宣を発して鎌倉幕府打倒を試みたが失敗(承久の乱)。隠岐(おき)に配流され,その地で没した』
「御宇」、『ぎょう 1【御宇】〔宇内(うだい)を統御するの意〕
天子の治世の期間。御代(みよ)。「宇多天皇の―」』
「栄西」、『えいさい 【栄西】〔「ようさい」とも〕[1141〜1215]鎌倉初期の禅僧。日本の臨済宗の開祖。備中の人。字(あざな)は明庵。葉上房・千光国師と号す。比叡山で天台の教義を学び,二度入宋し,臨済禅を伝え帰る。幕府の帰依をうけ鎌倉に寿福寺を建立。京に建仁寺を創建して天台・真言・禅の三宗兼学の道場とし禅宗の拡大に努めた。また,茶を宋より移入し「喫茶養生記」を著した。著「興禅護国論」など』
「煎茶」、文中では「前」+「火」です。「㷙」のフォントはあるのですが。
「栂尾」、漢字変換「とがのお」ででてきます。「栂」の読み「つが」がなまったものでしょうか。
現在の茶摘み風景とはまったくことなります。お茶の木の育て方も果実を育てているみたい。椅子に腰掛けてなんとなく優美。女性の仕事だったんですね。お茶をするお盆を頭にのせてます。茶摘みの葉は胸の前の小さな籠に入れてます。
日よけの葦簀(よしず)が大きな屋根になってます。質感が出ていて上手です。






