2026年10月12日月曜日

大日本物産圖會その113

P113 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」

P113_1

(読み)

鶴 鷹 之圖二

かくようのずに


鷹 ハ甲斐日  向丹 後伊豫

たかはかいひゅうがたんごいよ


等 尓て捕るものハ皆 小鷹

とうにてとるものはみなこたか


尓して奥 州  尓て捕るものハ

にしておうしゅうにてとるものは


大 た可奈り白 鷹 ハ朝  鮮 よ

おおたかなりしろたかはちょうせんよ


里來 りて鶴 厂 をうつもの

りきたりてつるがんをうつもの


なり鷹 を養  ふことハ朝  鮮

なりたかをやしなうことはちょうせん


をもととし本 朝  尓てハ十

をもととしほんちょうにてはじゅう


七 代 仁 徳 天 皇 の御 宇阿(アニ)

ななだいにんとくてんのうのぎょう  あに


弭(ネ)古といふ人 初  て鷹 を献

  ね こというひとはじめてたかをけん


せし時 尓百済 の皇子酒  君

せしときにくだらのみこさけのきみ


をして是 を馴(ナラ)さしめ遊

をしてこれを  なら さしめゆう


猟  尓諸 鳥  をとらしむ是 則  ち

りょうにしょちょうをとらしむこれすなわち


我 朝  ニて鷹 を養  ふの始  也

わがちょうにてたかをやしなうのはじめなり

(大意)

略

(補足)

 「大日本物産圖會その59」が「伊予国鷹捕之圖一」でした。伊予国は愛媛県。

「厂」、『がん【雁・鴈】カモ目カモ科の水鳥のうち,ハクチョウ類に次いで体の大きい一群の総称』。

 鷹匠の足元の札書きに「鷹ヲ馴ス図」、左手には鷹。右手は籠の中でご褒美。

 紐付きで放たれたのは、鷹に襲わせる練習のための鳩でしょうか。紐をくるりと輪にして描いているところがにくい演出です。山々の風景は遠近があって稜線をみせる山に不思議と立体感があります。山の画には必ず川があるのがお約束で、右隅にチラッと忍ばせています。

 

2026年10月11日日曜日

大日本物産圖會その112

P112 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」

P112_1

(読み)

同 國 野蠶 養   之圖

どうこくやさんやしなうのず


野蠶 ハ春蚕(カイコ)と異(コト)奈り其 養 法

やさんは   かいこ と  こと なりそのようほう  


甚  多゛易 し是 を養   尓山 飼(カヒ)桶(ヲケ)飼

はなはだ やさしこれをやしなうにやま  がい   おけ がい


の二法 あり山 飼 ハ雑 木を悉   く伐(キリ)

のにほうありやまがいはぞうきをことごとく  きり


とり櫧(カシ)櫟(クスキ)等 の樹 上  尓虫 を養

とり  かし   くすき とうのじゅじょうにむしをやしな


ふ也 桶 飼 ハ四 斗樽 尓水 を張

うなりおけがいはよんとだるにみずをはり


蓋(フタ)をして中  央 尓穴 を穿け

  ふた をしてちゅうおうにあなをあけ


櫧(カシ)橡(ナラ)ホ の小枝 をさし此 内 に

  かし   なら などのこえだをさしこのうちに


飼ふ也 小枝 水 共 尓時 々 取 可へ凡

かうなりこえだみずともにときどきとりかえおよそ


六 十  日 目尓て繭(マユ)を作 る后(ノチ)廿   五六

ろくじゅうにちめにて  まゆ をつくる  のち にじゅうごろく


日 尓て蛾(テ フ)出る也 則   卵(タマコ)を産(サン)す

にちにて  ちょう でるなりすなわち  たまご を  さん す

(大意)

略

(補足)

「同國」、但馬国。

「野蚕」、『やさん【野蚕】野生の蚕の総称。柞蚕(さくさん)・山繭・樟蚕(くすさん)など。 →家蚕『かさん【家蚕】カイコの別名。野蚕(やさん)と区別していう語』

 左に手桶で水やりしているところ、台の下に線画だけの樽が描かれています。この物産図会でこのような描きかけはありませんでした。絵師が彫師にわたした下絵に描かれていたから彫師は彫ったのでしょうけど、めずらしい。

 この藁囲いの小枝の先の白いものが繭で桶飼。その右の大きな桑の木で行っているのが山飼。

 なんとものどかな風景です。

 

2026年10月10日土曜日

大日本物産圖會その111

P111 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」

P111_1

(読み)

但 馬 國 柳⺮考䇭(ヤナギコヲリ)製 圖

たじまのくに     やなぎごおり せいず


柳⺮考䇭(ヤナギコヲリ)ハ城ノ嵜 郡 豊

     やなぎこおり はきのさきぐんとよ


岡 より多 く出須柳  乃

おかよりおおくだすやなぎの


枝 を細割(コマカク)し晒(サラ)して行 李

えだを   こまかく し  さら してこうり


を編(ア)ミ或  ハ葛篭(ツゝラ)弁 当

を  あ みあるいは   つづら べんとう


い連畄を作 るそ能精

いれるをつくるそのせい


強(ツヨク)して遠地(トヲク)啓行(モチハコビ)の用

  つよく して   とおく    もちはこび のよう


に供(くう)す至(い多つ)て便(ベン)用 を奈

に  ぐう す  いたっ て  べん ようをな


すものなり

すものなり

(大意)

略

(補足)

「但馬國」、『兵庫県北部に相当。但州(たんしゆう)』。

「行李(こうり)」ではなく「⺮考䇭(コヲリ)」となっていて、フォントがありません。「栲䇭」(こうろう)、竹や柳の枝を編んで作った入れ物(かご)を意味する言葉はありました。

「柳行李」、『こうり かう―【行李・梱】〔「行李」は使者の意〕① 竹または柳などで編み,衣類や旅行用の荷物などを入れるのに用いるかぶせ蓋(ぶた)つきの入れもの。こり』。店の看板にも同じ漢字が記されています。

 この画をひとめみて最初に目がいくのが、右の通行人の洋傘です。なので当時もきっと目をひいたはず。二番目は中央店内のガラス戸、かなり珍しかったはず。ガラスをとおして見えている部分は色調を変えています。

 のれんにあるひし形の意匠は「広重」の「ヒロ」。どうなっているかわかりますか?

 行李はわたしが子どもの頃はごく普通に使われていました。使い込めば使い込むほどツヤツヤしてきて大切にしたものです。もうほとんど目にしません。

 

2026年10月9日金曜日

大日本物産圖會その110

P110 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」

P110_1

(読み)

丹 後 國 鰤(ブリ)追 網 之圖

たんごのくに  ぶり おいあみのず


鰤(ブリ)ハ丹 後 国 与謝(ヨサ)の入 海 に

  ぶり はたんごのくに   よさ のいりうみに


とるものを上  品(ヒン)と須魚 つ年

とるものをじょう  ひん とすうおつね


尓此(コゝ)尓あそび長  ずるに及(オヨン)で

に  ここ にあそびちょうずるに  およん で


出んとする時 をう可ゞひ追(オヒ)

でんとするときをうかがい  おい


網(アミ)を以 て捕(ト)る網 ハうミの

  あみ をもって  と るあみはうみの


入 口 尓者り数 十 艘 ふ年を

いりぐちにはりすうじっそうふねを


奈らべ舷(フナバタ)をたゝき魚 をおひ

ならべ  ふなばた をたたきうおをおい


いれ尚 魚 のもれざる多め三

いれなおうおのもれざるためみ


重尓あミを可け轆轤(ロクロ)にて

えにあみをかけ   ろくろ にて


ひ起阿けるなり

ひきあげるなり

(大意)

略

(補足)

「網」の異体字で検索したら「䋄」がありました。口の下が閉じてませんけんど。

「フナバタ」、原文は「舟」+「世」。

 ここまで記してきて、どうもこの画はとりあげたことがあるなと、調べたら「その70」で同じものをアップしていました。他の画でもダブっているのが数枚あるようです。

 「その70」の画のほうが色が鮮やかです。

 

2026年10月8日木曜日

大日本物産圖會その109

P109 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」

P109_1

(読み)

同 國 蜂 蜜 製 之圖

どうこくみつばちせいのず


蜂蜜(ハチミツ)ハ土 蜂 木蜂 山 蜂 ホ 有

   はちみつ はつちばちきばちやまばちなどあり


上  品 奈りと雖  も甚   少 し故

じょうひんなりといえどもはなはだすこしゆえ


尓家 蜜 と云 て箱 或  ハ桶 尓

にいえみつといいてはこあるいはおけに


數孔(アナ)を穿(ウカ)ち此 内 尓蜂 を

   あな を  うが ちこのうちにはちを


養(ヤシナ)ふ蜂 春 の末 より秋 の

  やしな うはちはるのすえよりあきの


末 尓至 る迄 外 辺 尓出て

すえにいたるまでがいへんにでて


花 の蜜 槽 を含(フク)ミ房中(バウチ ウ)尓

はなのみつそうを  ふく み   ぼうちゅう に


貯(タクハ)ふ秋 の末 尓至 りて筥 中

  たくわ うあきのすえにいたりてはこなか


の脾三 分 の二を採りて煎 じ

のひさんぶんのにをとりてせんじ


て熟蜜(シユクミツ)と須是 則   家 蜜 也

て   じゅくみつ とすこれすなわちいえみつなり

(大意)

略

(補足)

「同國」、丹波国。京都府中部と兵庫県中東部に相当。

江戸時代、丹波の国(現在の兵庫県北東部・京都府中部)は日本国内における主要な蜂蜜の産地の一つとして知られていたそうです。

 画全体が春の店先のにぎやかな様子で、子どもが蜂二匹におわれててんやわんや。

画の右下隅の竈(かまど)から立ち上がる煙が昇るにつれて透けて見えてくる職人さんの着物の色を変えているのが摺師のこだわり、うまいもんです。

 現在のような蜜柑箱みたいでの養蜂はいつごろからなのでしょうね。桶を使う方法はなかなか新鮮です。

 馬の鞍のしつらえが細かく描かれていて、こういったところも手を抜きません。

 

2026年10月7日水曜日

大日本物産圖會その108

P108 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」

P108_1

(読み)

丹 波 國 燧  石 切 出 之圖

たんばのくにひうちいしきりだしのず


燧石(ヒウチイシ)ハ氷上(ヒカミ)郡 の内 所 々 よ

   ひうちいし は   ひかみ ぐんのうちしょしょよ


里産 須゛土中  尓ある石 尓し

りさんす どちゅうにあるいしにし


て其 形 ち水晶(スヰシヤウ)のことし其 色

てそのかたち   すいしょう のごとしそのいろ


白 きあり鼠(ネズミ)色 あり金属(カネノルヰ)

しろきあり  ねずみ いろあり   かねのるい


を以て戛撃(タゝキ)すれば則火を

をもってたたきすればすなわちひを


発 す此 火を莔麻炭(ホクチ)尓うつし

はっすこのひを    ほぐち にうつし


て火を點(テン)ず故 尓火打 石 と

てひを  てん ずゆえにひうちいしと


称  して民 家尓用 ひざる処  奈し

しょうしてみんかにもちいざるところなし

(大意)

略

(補足)

「戛」、「かつ」と読み、「戛戛(かつかつ)『堅い物の触れる音を表す語。』」「戛然(かつぜん)『堅い物が触れて出る音のさま』」など熟語あり。なので「戛撃」は「かつげき」と読むのかな。

「莔麻炭(ホクチ)」、『ほくち【火口】① 燧(ひうち)を打ちつけて火をうつしとるもの。イチビの茎を炭にしたものや,茅花(つばな)(チガヤの花)やパンヤに焼酎・焰硝を加えて製したものを用いる。ほくそ。』

「莔麻」、『いちび【〈莔麻〉】① アオイ科の一年草。インド原産。高さ約1.5メートル。全体に軟毛が密生する。葉は心臓形。夏,黄色五弁の小花をつける。茎の皮から繊維を取り,ロープ・麻袋などに用いる。キリアサ。② 綱麻(つなそ)の別名。』

 詞書きのとおり、「土中尓ある石尓して其形ち水晶(スヰシヤウ)のことし其色白きあり鼠(ネズミ)色あり」ですので、石工さんたちが掘っているところだけ色がことなっています。そのまわりの黒ずんだ岩石の濃淡が上手。

 火打ち石は鉄などの金属で打ち付けたときに火花が散りますが、それは石から火の粉が出るのではなく、打ち付けた金属の粉が一瞬に酸化して火花になっているので、石どうしを打ち付けても火花はでません。

 この物産図会が出版される前後にマッチが製造されて、あっという間に火打ち石で火をつける習慣はなくなりました。現在ではアウトドアで使われています。

 

2026年10月6日火曜日

大日本物産圖會その107

P107 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」

P107_1

(読み)

佐渡金 堀 之圖

さどきんほりのず


金 尓砂金(サキン)石 金 其 外 数種(スシユ)

きんに   さきん いしかねそのほか   すしゅ


あり砂金 ハ山 谷土砂(ドシヤ)の中 に

ありさきんはさんや   どしゃ のなかに


生  春゛又 瓜子(ウリザネ)金 麩(ナスビ)金 と可

しょうず また   うりざね きん  なすび きんとか


阿り精煉(トラカシ)して熟(ジユク)金 と

あり   とらかし して  じゅく きんと


なす石 金 ハ岩 石 の間

なすいしかねはがんせきのあいだ


に混合(コンガウ)して方 言「シ

に   こんごう してほうげんし


ラマサ」といふ人 夫砿 中(アナ)

らまさ というにんぷこう  あな


の金脈(ツル)をつ多ふて堀 捕

の   つる をつたうてほりとる


毛の奈り

ものなり

(大意)

略

(補足)

 詞書きの題名に「堀」とあって、これは昨日も記したとおり現在では「掘」が⭕️。漢字の試験で「土」+「屈」をかいたら❌️になります。

赤札中央「カケヤ尓天孫八を打込む」、画を見ればあきらかで、カケヤは金掘大工が握っている大きな木槌、孫八は地面にある杭のようなもので「鑚(たがね)」。

左の2枚め「水ぬき」、この画ではところてんを押し出す器具ににて取っ手を上下にしてつかってますが、丸い筒状の水抜きもあって、それは手元でクルクルまわして使うものだったようです。

 お尻にあてている円形のものは「腰当(しりあて)カマス」。

 壁にさしてある灯りとりはサザエ殻のよう。

 佐渡金山の江戸時代の最盛期の金(銀等)の産出量は世界一だったそうです。現在は掘り尽くしたといわれていますが、現代の科学をもってすれば、付近の海底に金鉱脈を見つけることができるのではと夢想してしまいます。

 昨日の「佐渡國金山之圖」の元絵を広重としましたが、さらに広重は「日本山海名物図会巻之一 金山鋪口(かなやましきくち)NDL所蔵」を参考にしているようです。

 今日の元絵も同様です。「日本山海名物図会巻之一 金山鋪の中能繪(可奈やましきのうちのゑ)NDL所蔵」。

 わたしのBlogですでに「日本山海名物図会全5巻」をUPしてあります。

 鉱脈の中ですから手元や壁の灯り以外のところはほとんど真っ暗なはずですけど、金掘大工たちはそれぞれスポットライトをあびたように生き生きしています。

 最近『佐渡絢爛』(赤神諒・著)を読みました。面白かった。