2026年6月8日月曜日

日本山海名物圖繪巻之五 その9

P16P17 国文学研究資料館蔵

(読み)

海人

あま

あま


海士とも蜑 と毛書 也 世尓ハ蜑 といへバ女  尓限 り多るやうに

あま  あま  可く           おん奈 可ぎ

あまともあまともかくなりよにはあまといえばおんなにかぎりたるように


思 へども男  あまも有 也 海人と書 ハ男 女 能通 称  なり

おも   おとこ   ある             つうせ う

おもえどもおとこあまもあるなりあまとかくはだんじょのつうしょうなり


者多゛可尓て海 中  へ飛 入 鮑  貝  を取 也 籠 尓奈王を徒けて海 底

      可いち う とびいりあハび可゛い     可ご       うミそこ

はだ かにてかいちゅうへとびいりあわびが いをとるなりかごになわをつけてうみぞこ


へ持 行 あハび貝 を取 入 ゝ也 あま海 上  尓あ可゛れバ

 もちゆき               可いしやう      

へもちゆきあわびがいをとりいるるなりあまかいじょうにあが れば


則   奈ハを引 て

す奈ハち   ひき

すなわちなわをひきて


其 籠 を舟 へ取 入るゝなり海人の身春ぎさ満\゛/有 舟 尓て釣 針

その可ご ふ年                   あり    つり者゛り

そのかごをふねへとりいるるなりあまのみすぎさまざ まありふねにてつりば り


尓て鯛 をも釣 奈りよ能つ年ハ鯛 ハ網 尓て取 又 釣 尓も能かゝる奈り

  多い  つる          あミ          よく

にてたいをもつるなりよのつねはたいはあみにてとるまたつりにもよくかかるなり

(大意)

(補足)

「よ能つ年ハ鯛ハ網尓て取又釣尓も能かゝる」、変体仮名「能」(の)と「能(よく)かゝる」では形が異なっていて使い分けています。

 昨日、鴨居の鯛の話をしました。わたしは若かりし頃、その鴨居の鯛釣りの名人漁師の手ほどきを受けたことが何度かあります。鯛の一本釣りです。この画では釣り竿をつかってますが、一本釣りでは腕に釣り糸をもって手繰るようにして糸を上下させます。まさしく一本勝負。釣り上げるとすぐに注射といって針で鯛の浮袋をさします。そして急いで濱の組合の生け簀に全速力で戻ります。舟の生け簀では弱ってしまうのです。

 また、漁師はそれぞれ自分のポイントというものを秘密にして持っています。なので他の漁師が後をつけてくると、そのポイントには行きません。親子でも教えません。一代限りのポイントなのです。海上ですからポイントに着くには昔ながらの方法でした。いわゆる三角測量です。東京湾ですから、たいていの漁師は三浦半島で一番高い山である大楠山、今では年に何回しか見えませんが、昔はたいてい見えていた筑波山、それと観音崎灯台など、それらで位置決めをしていたそうです。今ではGPSで一発。

 鯛が赤いのは、海老が好物で食べるからですね。名人も海老で釣ってました。海老は鴨居の対岸である千葉は富津などでから仕入れてきてました。この海老、食ってもうまく天ぷらでもフライでもほんとにうまかったなぁ。

 海女さんが左手に持っているのはあわびおこしなどといわれているものでしょう。岩場に引っ付いている鮑をこれで引っペがします。チャンスは一回限りで、ヘマをすると鮑は岩に強力にくっついてしまって、はがすのが困難になるし、無理にはがそうとすると鮑の身を痛めてしまいます。

 わたしは大工道具のかすがいを使ってました。カゼ(ウニのこと)をとるにも必需品でした。

 

2026年6月7日日曜日

日本山海名物圖繪巻之五 その8

P14P15 国文学研究資料館蔵

(読み)

章魚

たこ

たこ


大 だこ小だこ小八梢魚。望 潮魚。百距     阿り

       くもだこ いひだこ て奈可゛多゛こ

おおだここだこくもだこ いいだこ てなが だ こあり


播 州  明 石たこの名 物 也

     あ可し

ばんしゅうあかしたこのめいぶつなり


但 馬の大 だこ甚  多大 奈り牛 馬 を取 夜 舟 の中 へ手をさしのべて

たじま             うしむま とるよるふ年

たじまのおおだこはなはだだいなりうしむまをとるよるふねのなかへてをさしのべて


人 の有 無 をさぐるといへり◯たこを取 尓ハ

   ある奈き

ひとのあるなきをさぐるといへり たこをとるには


たこ壺 をいくつも徒奈尓つけて桐 の木

  つ本           きり き

たこつぼをいくつもつなにつけてきりのき


の切 口 をうけ尓つけて降  置 一 日 一 夜過 て引 あぐれバ

 きりくち       おろしおき      やすぎ ひき

のきりくちをうけにつけておろしおきいちにちいちやすぎてひきあぐれば


つ本゛の内 尓たこ入 て居る也

    うち      ゐ

つぼ のうちにたこいりているなり


海 中  尓て人 尓すゐ徒けバ者奈れず人 の徒者゛けを以 て

可いち う                      もつ

かいちゅうにてひとにすいつけばはなれずひとのつば けをもって


於とせバよく於徒るといふ

おとせばよくおつるという

(大意)

(補足)

「徒者゛け」、『つば・く 【唾く・唾吐く】

つばきをはく。「其の玉器に―・き入れたまひき」〈古事記•上訓〉』

 明石は鯛も名産です。東では三浦半島は鴨居の蛸と鯛が有名で、江戸時代は鴨居の鯛は大奥に献上されたといわれています。

 近年では蛸もすっかり高級品となってしまい、国内産の蛸を店頭で見かけることはほとんどなくなってしまいました。

 

2026年6月6日土曜日

日本山海名物圖繪巻之五 その7


P12P13 国文学研究資料館蔵

(読み)

摂 州  尼  崎 鳥 貝

せつし うあま可さきとり可゛い

せっしゅうあまがさきとりが い


鳥 貝 といふもの昔  ハ奈可りし尓五六 十  年

         む可し

とりがいというものむかしはなかりしにごろくじゅうねん


来 尼  崎 の浦 より出 其 者じめハ毒 有 とて

らい      うら          どくあり

らいあまがさきのうらよりでるそのはじめはどくありとて


人 くハざりし可゛二三 十  年 この可多ハ甚  多゛

ひとくわざりしが にさんじゅうねんこのかたははなはだ


賞  翫  する事 となれ里

しやうくハん  こと

しょうが んすることとなれり


され共 下品 の貝 奈る故 貴人 奈どの料  理尓ハ用 ゆること奈し此 貝

                    りやうり  もち      この可い

されどもげひんのかいなるゆえきじんなどのりょうりにはもちゆることなしこのかい


を取 尓ハ可ごあミを舟 のとも尓つけて舟 尓ハ帆を可けて風 尓従  ひ

 とる                ふ年  本    可せ し多が

をとるにはかごあみをふねのともにつけてふねにはほをかけてかぜにしたがい


者せ由く籠 網 土 砂 と共 尓鳥 貝 をかき入 て取 也

    可ごあミ

はせゆくかごあみつちすなとともにとりがいをかきいれてとるなり


蜆  蛤   を取 尓大 がい同し

志ゝミ者まくり    多い

しじみはまぐりをとるにたいがいおなじ

(大意)

(補足)

 鳥貝を取っているところの画があって、帆柱や帆を綱を張りめぐらして固定しています。実際にこのようにしていたのでしょう。小舟の中の漁師はやけに大きく、布袋様のよう。

 濱に乗り上げてる舟には手伝いの子どもが、こんな小さな子が手伝っていたのでしょうか?

 子どもが手にしているのは櫂(かい)、濱で引き上げていく漁師が持っているのが櫓(ろ)。櫓の扱いのほうが難しいので子どもはまだ櫂で修行中。

 子どものうしろ、ともの中央が欠けていますが、ここに櫓をのせます(櫓杭)。

 なお、文中に鳥貝は下品とあって、これは当然当時のことで、現在では高級品。めったに食せなくなっています。

 

2026年6月5日金曜日

日本山海名物圖繪巻之五 その6

P10P11 国文学研究資料館蔵

(読み)

蜆  貝

志ゝミ可い

しじみがい


海 と河 との塩 ざ可ひ尓多 く生  須又 湖 水  尓も阿り

             おゝ しやう   ミ川゛うミ

うみとかわとのしおざかいにおおくしょうずまたみず うみにもあり


小蜆  を取 て泥 池 の中 尓やし奈ひおけバ年 をへて甚

        どろいけ           とし   者奈者多゛

こしじみをとりてどろいけのなかにやしないおけばとしをへてはなはだ


お本きくなりて味 よしといへり蜆  を取 尓ハ竹 籠 をこしらへ

       あぢ              多け可ご

おおきくなりてあじよしといえりしじみをとるにはたけかがをこしらえ


底 尓袋  網 を付 て水 中  をかきて取 也 土 砂 と共 尓

そこ ふくろあミ つけ              つちす奈

そこにふくろあみをつけてすいちゅうをかきてとるなりつちすなとともに


袋  の中 へ入 て

ふくろのなかへいりて


志ゝミハ袋  の中 尓残 り土 砂 ハ袋  あミよりもれてのく也 身志ゞ

           のこり                   ミ

しじみはふくろのなかにのこりつちすなはふくろあみよりもれてのくなりみしじ


ミハ貝 を釜 尓てたき水尓由りて貝 殻  を去 てむきみとする也

     可ま         可い可゛ら さり

みはかいをかまにたきみずにゆりてかいが らをさりてむきみとするなり

(大意)

(補足)

 現在は、袋網のかわりに金属の籠で砂底をかき取るようにして行っていますが、やっていることはおなじです。

 

2026年6月4日木曜日

日本山海名物圖繪巻之五 その5

P8P9 国文学研究資料館蔵

(読み)

江鮒 引 網

ゑふ奈ひきあミ

えふなひきあみ


鯔  河 本゛らあり海 本゛らありちいさき時 をすべて江鮒 と云 也

本゛ら可ハ     うミ         とき

ぼ らかわぼ らありうみぼ らありちいさきときをすべてえふなというなり


是 をとるハ地引 阿ミ也 長  さ三 町  者゛可り尓引 廻 して両方

これ    ぢびき    奈可゛             まハ  里やう本う

これをとるはじびきあみなりなが ささんちょうば かりにひきまわしてりょうほう


の徒奈手尓人 阿ま多かゝりて磯 へ引 よせて玉 阿ミをもてすくひ取 也 春べて

              いそ      たま

のつなてにひとあまたかかりていそへひきよせてたまあみをもてすくいとるなりすべて


江鮒 ハ海 と川 との潮 ざかひ尓多 くある也

           しを    お本く

えふなはうみとかわとのしおざかいにおおくあるなり


泥 川 尓生  ずるハ肉 あ可く脂  多 し

どろ   せ う   尓く   あふら

どろかわにしょうずるはにくあかくあぶらおおし


砂 川 尓生  ずるハ肉 白 くあぶら春く奈しゑぶな正 字は撥尾魚と書

す奈

すなかわにしょうずるはにくしろくあぶらすくなしえぶばせいじはいな とかく

(大意)

(補足)

「鯔」、『ぼら【鯔・鰡】スズキ目の海魚。全長約70センチメートル。体はほぼ円筒形で,頭部は縦扁する。背面は灰青色で腹面は銀白色。出世魚で成長とともに呼称が変わり,オボコ・イナ(撥尾魚)・ボラ・トドなどの順に大きくなる。食用。釣りの対象魚。胃は肥厚してボラのへそと呼ばれ,また卵巣の塩漬けをからすみと称する。世界の温・熱帯の沿岸に広く分布し,汽水域や淡水域にも入る』

「玉阿ミ」。『たもあみ【攩網】竹や針金の口輪のついた袋状の網に長い柄をつけたもの。魚をすくい取るのに使う。たも。』

 引き網の綱に浮き代わりに材木が結ばれています。

 北斎が波頭のくだけるさまを独特な形に表現してから、ほとんどの絵師たちはそれをまねるようになりましたが、ここではまだかわいらしい水玉の感じ。これはこれでよし。

 冬になると大阪湾でとれたボラの刺身が出荷されて、私の住んでいる田舎の山間のスーパーにも並びます。やすくて脂がのっていてうまいです。ボラはバカにされますが、食べてみれば目からウロコの魚であります。

 

2026年6月3日水曜日

日本山海名物圖繪巻之五 その4

P6P7 国文学研究資料館蔵

(読み)

瀬田鰻鱺

せ多う奈き

せたうなぎ


江 州  瀬田より出 るう奈ぎ名 物 也 是 近 江の湖 水 尓て

         いづ    めいふ川        ミ川うミ

こうしゅうせたよりいずるうなぎめいぶつなりこれおおみのみずうみにて


取 ところ也 小舟 尓のり釣 針 尓て流 しづり尓て取 也 又

とる     こぶ年   つり者り  奈可゛

とるところなりこぶねにのりつりばりにてながしづりにてとるなりまた


う奈起゛可起といふ物 有 これ尓て水  中 を可きても取 也◯

                 ミつの奈可

うなぎ かきというものありこれにてみずのなかをかきてもとるなり


日向   国 よりいづる

ひゅうがのくによりいずる


う奈ぎ甚    大 き也 ふとさハ一 尺  まハり

   者奈ハ多゛お本            

うなぎはなはだ おおきなりふとさはいっしゃくまわり


長  さ六 尺  余  奈る阿り余国 尓ハ奈き

奈可゛             よこく

なが さろくしゃくあまりなるありよこくにはなき


大 う奈ぎ也 ◯瀬田より蜆  出 名 物 也 

            志ゝミいづ

おおうなぎなり せたよりしじみいずめいぶつなり


余国 よりハお本き尓して風味 よし

            ふうミ

よこくよりはおおきにしてふうみよし

(大意)

(補足)

「ふとさハ一尺まハり長さ六尺余」の大うなぎ、またまたすぐに嘘とわかるはなしかとおもって調べてみたら、これ以上の大きさのうなぎがどうやら存在するそうです。

デカイっ😳

「流しづり」、現在の延縄(はえなわ)でしょうね。画もそんな感じです。

 左から二人目のお兄さん、右肩に袋をしょっています。この袋にうなぎをいれて鰻屋に運ぶのかもしれません。

 

2026年6月2日火曜日

日本山海名物圖繪巻之五 その3

P4P5 国文学研究資料館蔵

(読み)

淀 鯉

よどこい

よどごい


鯉 ハ河 魚 の㐧 一 上  品 神 農 本 草 尓鯉 を魚 の王 と春といへり

   可ハうを          しんのう           王う

こいはかわうおのだいいちじょうひんしんのうほんぞうにこいをうおのおうとすといへり


山 城  国 淀 の産 を名 物 と須中 尓も淀 城 の水 車  の阿多りに住

          さん めいぶ川        しろ ミつくるま     すむ

やましろのくによどのさんをめいぶつとすなかにもよどしろのみずくるまのあたりにすむ


鯉 一 し本賞  翫  春る也 志可れども水 車  能邊  尓て

  ひと  しやうくハん               本とり

こいひとしおしょうが んするなりしかれどもみずぐるまのほとりにて


網 打 ことハ淀 の御城 より

あミう川

あみうつことはよどのおしろより


御制 道 あれハ猟  師見多゛り尓魚 を取 こと叶 ハ須゛

 せい多う   れ うし        とる  可奈

ごせいどうあればりょうしみだ りにうおをとることかなわず


鯉 能大 小  ハ一 年 物 二年 物

           袮んもの

こいのだいしょうはいちねんものにねんもの


三 袮ん毛のとて年 尓とりて高 下を王可川年久  しくへ多る本ど魚 ハ於本きし

              可うげ

さんねんものとてとしにとりてこうげをわかつとしひさしくへたるほどうおはおおきし

(大意)

(補足)

「山城国淀城水車」で調べると水車の画がヒットします。しかしここの画のような桶を付けた水車ではなく普通のよくある水車です。

「一し本、『ひとしお ―しほ【一入】〔 →2 が原義〕一 (副)

他の場合と比べて程度がいっそう増すさま。一段と。「寒さが―身にしみる」「感慨も―である」「家の中へ落ち着いて見ると,暑さは―であつた」〈悪魔•潤一郎〉

二 (名)染め物を一度染め液に浸すこと。「―も染むべきものか紫の雲より降れるをとめなりとも」〈宇津保物語•菊の宴〉』

 街道を歩く人たちの姿が印象的。天秤棒をかついだ画、竿の両端に紐をかけるための小さな突起があります。この絵師のこだわりです。

 漁師の船の中、よく見ると,とった鯉が生け簀に入っていました。