2026年5月29日金曜日

日本山海名物圖繪巻之四 その16

P30P31 国文学研究資料館蔵

(読み)

天 満市  側 松 茸 市

てんまいちの可ハまつ多けいち

てんまいちのがわまつたけいち


大 坂 天 満橋  の北 つめより天 神 橋  の北 徒゛めの間  是 を

    てんま者゛し き多    てんじん者゛し

おおさかてんまば しのきたづめよりてんじんば しのきたづ めのあいだこれを


天 満市 の町  と云 青 物 干 物 等 能大 市 毎 日

      て う   あをもの可んぶ川とう     まい尓ち

てんまいちのちょうというあおものかんぶつとうのおおいちまいにち


毎 夜繁 昌  也 松 多けの頃 殊 尓賑 ハし松 茸 市 ハ夜 なれハ

まいよ者んしやう       ころこと 尓き

まいよはんじょうなりまつたけのころことににぎわしまつたけいちはよるなれば


松 明 を

多いまつ

たいまつを


と本゛して商  ふ播 州  能勢勝 尾等 能山 々 よりおび多ゝしく出ツ又

     あき奈      のせ可つをとう やま

とぼ してあきなうばんしゅうのせかつおとうのやまやまよりおびただしくいずまた


丹 波より多 く来 る◯京  都尓ハ高 倉 通  錦  下 ル町  尓

多ん者         きやうと  多可くらとをり尓しき

たんばよりおおくきたる きょうとにはたかくらとおりにしきくだるちょうに


松 茸 市 阿り

まつたけいちあり


甚  多繁 昌  也 京  い奈り山 高 雄山 龍  安 寺等 能

                   た可を  里やうあんじ

はなはだはんじょうなりきょういなりやまたかおやまりょうあんじとうの


松 茸 名 物 也

まつたけめいぶつなり

(大意)

(補足)

「北つめより」、「北」のくずし字は超初心者が春夏秋冬を学ぶときに、どうしてこれが「北」なのだと驚くくずし字です。「添」の「天」の中にある部品と同じ形です。「北」とは別の漢字と理解して覚えたほうがよさそう。

 松明3本の明かりの中、ひとりは縁台に立ってセリの音頭をとり、もう1人は籠に入った松茸を仲買人たちに見せているところ。指のかたちでセリ値を示しているようです。

 部屋の奥では黒い海苔巻のようなものがありますが、何でしょうコレ?

籠の中の松茸を見ると、すべてカサが開ききってしまって、現在の椎茸のように見えます。当時は天然の松茸は椎茸よりもたくさんとれていて、椎茸のほうが高級品でなかなか口にできなかったと言われています。

 

2026年5月28日木曜日

日本山海名物圖繪巻之四 その15

P28P29 国文学研究資料館蔵

(読み)

奥 州 仙 臺 紙 子

おうし うせんだい可ミこ

おうしゅうせんだいかみこ


仙 臺  可ミこ地紙 徒よく能 もミぬきてこしら由る

せん多゛い   ち可ミ   よく

せんだ いかみこじがみつよくよくもみぬきてこしらゆる


故 やハら可尓てつやよし奥 州  ハ木綿 春く奈き

由へ                毛めん

ゆえやわらかにてつやよしおうしゅうはもめんすくなき


故 中  人 以下ハお本く紙 子をきる也 夜具も大 可多ハ

                     やぐ

ゆえちゅうにんいかはおおくかみこをきるなりやぐもおおかたは


紙 子尓てこしら由る也

かみこにてこしらゆるなり


◯其 外 諸 国 紙 子の名 物 肥後八 代 紙 子 播 磨紙子

 その本可しよこく可ミこ めいふ川ひごやつしろ    者りま

 そのほかしょこくかみこのめいぶつひごやつしろかみこ はりまかみこ


紀州  花井紙 子 美濃十  文 字 大 坂 松 下 一閑  紙 子

きし う奈ゐ    ミの志゛うもんじ お本さ可まつし多いつ可ん

きしゅうないかみこ みのじゅうもんじ おおさかまつしたいっかんかみこ

(大意)

(補足)

「花井」、フリガナは「奈ゐ」となってます。「は」を忘れたかも。しかし「けい」とも読むとありました。

 麻・生糸・木綿などを細くより合わせて糸にしてそれら経糸緯糸で織ったのが布生地。紙も楮苧やそれに適した植物繊維でできていますが糸にして織ったものではなく、細かくして溶かしたものを梳いて生地にしたものが紙。ですので紙を衣類にして着るといっても植物性繊維でできているので、その点は違いはありません。

 紙子の衣類を手にしたことがありますが、ちょっとゴワゴワしているような感じがするだけで、日常に着るのならば問題はなさそう、渋柿を塗るので風をとおさず、防寒着になったとのこと。

 この画では、生地づくりの工程を描いていて、衣類の加工はつぎの工場にまわすのでしょう。

 

2026年5月27日水曜日

日本山海名物圖繪巻之四 その14


P26P27 国文学研究資料館蔵

(読み)

河 内小山 團扇

可ハちこや万うち王

かわちこやまうちわ


柄ハ丸 竹 尓て志ぶうち王也 大 小  いろ\/有 名 物 尓て貴人

ゑ まる多け                          き尓ん

えはまるたけにてしぶうちわなりだいしょういろいろありえいぶつにてきにん


高 家へも召 上 られ又 農 工 商  買 の人 \/尓も賞  翫  せら

可うけ  めし阿け                    しやうくハん

こうけへもめしあげられまたのうこうしょうばいのひとびとにもしょうが んせら


るゝ團扇 也◯和州  奈良團扇 又 名 物 也

るるうちわなりわしゅうならうちわまためいぶつなり


小山 ハつよ起を専 とし奈良ハ花

        せん     く王

こやまはつよきをせんとしならはきゃ


奢 を㐧 一 と須其 外 京  大 坂 尓も此 細 工多 し◯

しや                    このさいくお本  

しゃをだいいちとすそのほかきょうおおさかにもこのさいくおおし


肥前 小城團扇 又 名 産 也 六 月

ひせんおき

ひぜんおきうちわまためいさんなりろくがつ


十  五日 此 所  の祇園 祭  有 参 詣 の人 か奈ら須゛みやげ尓

            きおんまつり阿りさんけい

じゅうごにちこのところのぎおんまつりありさんけいのひとかならず みやげに


買 て隣  近 所 能進 物 と須

可い と奈りきんしよ

かいてとなりきんじょのしんもつとす

(大意)

(補足)

「小山」、このフリガナに変体仮名「万(ま)」が使われてます(とおもいます)。「ま」の変体仮名はほとんどが「満」で、「万」はめずらしい。

「志ぶうち王」、『しぶうちわ ―うちは【渋〈団扇〉 】柿渋を表面に塗った団扇。丈夫なので,火をおこすときなどに使った。季夏』

「和州」、『わしゅう ―しう 【和州・倭州】大和(やまと)国の別名』

「花奢」、「華奢」(かしゃ。きゃしゃ)でしょう。

「進物」、「進」のくずし字(「彳」+「と」)は「近」(「亻」+「と」)とそっくりです。

 団扇屋さんの看板はやはり「団扇」(小山團いろ\/)。

渋団扇の作り方はいまでも全く同じです。すっかりプラスティックの安物になってしまいましたが、渋団扇ほしいなぁ。お値段は目がまんまるくらいなってしまうけど、買おうかなぁ♪

 出来上がった団扇をかさねて置いてある棚の窓は格子窓なのでしょうか。おしゃれです。

 

2026年5月26日火曜日

日本山海名物圖繪巻之四 その13

P24P25 国文学研究資料館蔵

(読み)

伊吹 艾草

いぶきもぐさ

いぶきもぐさ


伊吹 山 ハ近 江美濃両  国 尓かゝり多る大 山 奈り和薬

いぶきやま 於ふミミの里やうこく      多いさん  王やく

いぶきやまはおおみみのりょうごくにかかりたるたいさんなりわやく


お本く出ツ中 尓も毛くさ名 物 也 古哥尓もよめり餘国

                  こ可     よこく

おおくいずなかにももぐさめいぶつなりこかにもよめりよこく


のよも起゛より莖 ふとく其 長 さ麻 のごとし山 下 の民 家尓是 を

       くき        あさ         ミん可 これ

のよもぎ よりくきふとくそのながさあさのごとしやましたのみんかにこれを


かり取 てよくつきぬきもミぬきもぐさとて賣 也 其 白 きこと

                    うる

かりとりてよくつきぬきもみぬきもぐさとてうるなりそのしろきこと


雪 能ごとし◯下 野 国 日 光  山 のふもと標 地 原 の

由き     しもつけく尓尓川くハうさん    しめち可者ら

ゆきのごとし しもつけくににっこ うさんのふもとしめじがはらの


艾  又 名 物 也 是 毛

もくさまためいぶつなりこれも


歌 尓よめり〽只 たのめ志めち可原 能さしもぐさ我 世の中 尓阿らんかきりハ

う多によめり ただたのめしめじがはらのさしもぐさわがよのなかにあらんかぎりは

(大意)

(補足)

「近江」、「近」のくずし字は「イ」+「と」をくっつけたような形。

「〽只たのめ志めち可原能さしもぐさ」、

読み方: なほたのめ しめじがはらの さしもぐさ わがよのなかに あらんかぎりは

作者: 清水観音(清水寺の観音の託宣として伝わる歌)

収録: 新古今和歌集(巻第二十 釈教歌)現代語訳「それでもやはり(私を)頼りにしなさい。しめじが原のさしも草(のように胸を焦がして悩むことがあっても)、私がこの世にいる限りは(あなたを見捨てはしない)」

しめぢが原: 現在の京都・山科付近にあったとされる野原(標野)。

さしも草: もぐさの原料となるヨモギのことで、「燃える」や「思い焦がれる」という意味の掛詞として和歌によく用いられます。

背景: 苦難や悩みを抱えて清水寺に参詣した人に、観音様が「私がいるから安心して頼りなさい」と励ましを与える内容となっています。また、おみくじの和歌としても用いられています。以上AIによる概要でした。なんでも答えてくれますが、ときどきとんでもない間違いをしますので要注意です。しめぢが原が京都となってますけど、さて?

 もぐさ(艾)とよもぎ(蓬)は「原料」と「加工品」という関係です。よもぎはキク科の植物であり、その葉の裏にある綿毛だけを集めて乾燥・精製したものが「もぐさ」です。もぐさは、お灸の熱源として使われます。

 ちょうど今頃、伸び始めたよもぎを手でもぎながら収穫して、草餅をよく作りました。あんこは缶詰ですけど。素手でよもぎを摘むと指先が真っ黒になっていい香りですが、しばらくは指先はよごれたままです。

 伊吹山は京都に出かけるとき、到着間近、右側に見えて山が迎えてくれました。

関西では伊吹山、関東では武甲山がセメントの産地で山の形が変わるくらい削り取られてます。

 

2026年5月25日月曜日

日本山海名物圖繪巻之四 その12

P22P23 国文学研究資料館蔵

(読み)

奈良晒

奈らさらし

ならさらし


麻 の最 上  ハ南 都也 近 国 より其 品 数 々 出れとも染 て色

あさ さいじやう 奈んと  きんごく  そのし奈可ず      そめ いろ

あさのさいじょうはなんとなりきんごくよりそのしなかずかずでれどもそめていろ


よく着て身尓まとバ須汗 をはじく故 尓世尓奈良

  き ミ     あせ    由へ よ 奈ら

よくきてみにまとばずあせをはじくゆえによになら


晒  とて調  宝 春る也 極  の字うるし判 ハ生平 の時 能改  め判 なり

さらし  ちやう本う            者ん きひら とき あら多 者ん 

さらしとてちょうほうするなりきわめのじうるしばんはきひらのときのあらためばんなり


晒  阿げての改  め判 ハ南都 御呉服 尺 巾 

                  ごふくさし者ゞ

さらしあげてのあらためばんはなんとおごふくさしはば


壱 尺  壱 寸 長 六 丈  七 尺  五寸 と

いっしゃくいっすんたけろくじょうななしゃくごすんと


朱 印 有 四 尺  切 を取 てあまり五丈  四 尺  有◯

し由ゐん       きれ

しゅいんありよんしゃくきれをとりてあまりごじょうよんしゃくあり


木津晒  奈らと同 し

きづ

きづさらしならとおなじ


然  共 染 て地やハら可に着心   奈らのことく尓志よりつき奈くて心  よ可ら須

        ぢ     きごゝろ

しかれどもそめてぢやわらかにきごごろならのごとくにしょりつきなくてこころよからず

(大意)

(補足)

「最上」、「最」のくずし字は「宀」+「取」。

「南都」、『なんと【南都】① 京都を北都というのに対し,奈良のこと。 ↔北都

② 比叡山延暦寺を北嶺というのに対し,奈良の興福寺のこと。「―の大衆(だいしゆ)ひた甲(かぶと)七千余人」〈平家物語•4〉』

「生平」、『きびら【生平・黄〈帷子〉】さらさない麻糸で平織りにした布。男子の夏物,特に羽織に用いた。季夏』

「着心」、『きごころ【着心】→着心地(きごこち)に同じ』

 麻糸を織って布にするのも大変だったとおもいますが、この画のようにそれらを晒す工程もこれまたとんでもなく手数をかけたのでしょう💦

 

2026年5月24日日曜日

日本山海名物圖繪巻之四 その11


P20P21 国文学研究資料館蔵

(読み)

有 馬籠 細 工

ありま可ごさいく

ありまかございく


摂 州  有 馬日 本 㐧 一 の温 泉 尓て四時湯 治の人 お本く

せつし う   尓つ本ん     おんせん  しじとうぢ

せっしゅうありまにっぽんだいいちのおんせんにてしじとうじのひとおおく


繁 昌  の地奈り此 所  の人 竹 細 工尓妙  を得ていろ\/能

者んしやう ち                め う ゑ

はんじょうのちなりこのところのひとたけざいくにみょうをえていろいろの


竹 籠 を徒くり出春有 馬籠 とて名 物 奈り湯 治の人 買 求 めて家

                             可いもと  いへ

たけかごをつくりだすありまかごとてめいぶつなりとうじのひとかいもとめていえ


徒゛とゝ春◯駿 河 の府中  又 竹 籠 の名 物 有 

      する可゛ ふち う

づ ととす するが のふちゅうまたたけかごのめいぶつあり


其 細 工よし有 馬細 工尓

そのさいくよしありまざいくに


まけ須゛おとら須゛関  東 能人 ハ有 馬籠 ハ名も志ら須

         くハんとう

まけず おとらず か んとうのひとはありまかごはなもしらず


駿 河籠 を賞  翫  春る也

      しやうくハん

するがかごをしょうか んするなり

(大意)

(補足)

「細工」、くずし字「ユ」になっています。

「四時」、『しじ【四時】① 春・夏・秋・冬をいう。四季。しいじ。「頂には―雪あり」〈日本風景論•重昂〉② 朝・昼・夕・夜の四つの時。しいじ』

「家徒゛と」、『いえづと いへ― 【家苞・家裹】家に持って帰るみやげ。「―遣らむたづき知らずも」〈万葉集•4410〉』

 今は、竹細工や籠などはお土産屋さんでどうにか見られるだけになってしまいました。つい最近までは商売でそれらの専門店があったのですが、使われることがほとんどなくなってしまい、やっていけなくて店じまいしてしまってます。

 わたしが子どもの頃は、商店街のどの店も籠をつかっているのはあたりまえで、八百屋さんなどでは天井から吊るした籠が現金入れとなってぶら下がってしました。

 昨今プラスティック製品の弊害がようやくさけばれ、海洋汚染の筆頭にあげられています。竹細工はたいていの日常で使うものならば作ることができて、その技を伝えることは今ならばまだ間に合うのではないでしょうか。

 身近にある竹を使うこともなくなってしまい、竹藪が全国のどこでもはびこってしまいこれまた問題になっています。竹細工がいかに使われてきていたかをしめすものであります。

 ここでは有馬籠や駿河籠が名物とありますが、竹細工は身分に関係なく人々の日常生活の必需品でしたから、全国津々浦々どこにでも工房はありました。


 

2026年5月23日土曜日

日本山海名物圖繪巻之四 その10

P18P19 国文学研究資料館蔵

(読み)

宮 嶋 舟 祭

ミやじまふ年まつり

みやじまふねまつり


神事 六 月 十  七 日 神輿 舟 尓て御旅 所 へ渡 り給 ふ

じんじ           ミこし    お多びしよ 王多

じんじろくがつじゅうしちにちみこしぶねにておたびしょへわたりたもう


宮 嶋 ゟ 一 里

みやじまよりいちり


む可ひ尓地の御前 とてお旅 有 神輿 お清 の時 鳥 井の内 尓て

    ち こぜん           きよ

むかいにちのごぜんとておたびありみこしおきよのときとりいのうちにて


管  弦  あり還  御 尓ハ長 濱 のお戎  へ御より管 弦

くハん个゛ん  くハんぎよ  奈可者ま  へひす

か んげ んありか んぎょにはながはまのおえびすへおよりかんげん


おハりて大 元 大 明  神 へ御より

おわりておおもとだいみょうじんへおより


同 管 弦 阿りて本 社 へ御帰 り也 舟 の可ざりハ

         本んしや  かへ

どうかんげんありてほんしゃへおかえりなりふねのかざりは


灯 籠 のまハり桜  の作 り花

とうろう    さくら

とうろうのまわりさくらのつくりばな


阿り灯 籠 ハ多゛んせん可゛多と角 阿んどうと也

                可く

ありとうろうはだ んせんが たとかくあんどうとなり


や可多の上 能宝  珠 尓も火

       本゛うし由

やかたのうえのぼ うじゅにもひ


をとも須なり御供 舟 いろ\/のちやんちん其 外 徒くり物 有

をともすなりおともぶねいろいろのちゃんちんそのほかつくりものあり


海 上  一 里半 者゛可りつゞく也

可いしやう

かいじょういちりはんば かりつづくなり

(大意)

(補足)

「大元大明神」、(おおもとだいみょうじん)『中国地方(広島県・岡山県・山口県など)を中心に、山の神や地域の根本となる神様として祀られている呼称です。厳島神社の摂社である宮島の大元神社や、岡山県内の神社などで信仰されています』。

 いやいや、力作大作であります。現在でも行われている神事で、YouTubeで見ることができます。色がついていたら、提灯やぼんぼりや宝珠の灯りがきれでしょうね。

 左端手前の舟に「御神燈」とあります。