2026年4月13日月曜日

日本山海名物圖繪巻之二 その8

P14P15 国文学研究資料館蔵

(読み)

材 木 流 し能圖

ざいもくながしのず


山 より材 木 を切 出須尓ハ谷 川 へ落 して

やまよりざいもくをきりだすにはたにがわへおとして


奈可゛れ尓乗  して運 び出須杣 人 鳶 口 を

         しやう  者こ

なが れにじょうじてはこびだすそまびととびぐちを


も川てこれを引 まハし山 川 の早 起流  をとびまハること其

もってこれをひきまわしやまかわのはやきながれをとびまわることその


軽捷  あ多可も猿 のごとし或  ハ高 き可゛けより下 へ木を徒き

可る王ざ    さる

かるわざあたかもさるのごとしあるいはたかきが けよりしたへきをつき


おとし阿るひハ谷 川 の瀧 つせを自由 尓引 まハしてそ能

            多き

おとしあるいはたにがわのたきつせをじゆうにひきまわしてその


材 木 を筏   として乗 まハ須よく修 練 したる者多ら起也

     い可多゛          し由連ん

ざいもくをいかだ としてのりまわすよくしゅれんしたるはたらきなり

(大意)

(補足)

「瀧つせ」、『たきつせ 【滝つ瀬】〔「つ」は「の」の意の格助詞〕滝のように急な流れ。滝。「夕立の―うくる元の谷川」〈拾遺愚草〉』

「軽捷」、「軽」の偏「車」は「忄」や「丩」のようなかたち。

 わたしの住居のすぐ近所は、江戸時代江戸の町へ西川材(江戸の西の方からきた材木)という材木(杉・松・檜など)を名栗川、入間川を流して運んでいました。市立博物館にはそれらに関する詳しい史料・物品が展示されています。

 上流から下流に流すにあたって、川幅も広くなり、また天候の状況によってはおもいどおりにあやつれなかったりして、川岸の土手を壊してしまったり、農地に流木が入ってあらしてしまったりと、たくさん揉め事があったようです。それら裁判の記録が古文書として残っています。

 流れの速い川の中で丸太一本に乗っている人が二人描かれています。こんなことをしたら命がいくつあってもたりません。貯木場や川岸の静かなところで丸太をそろえるときにはこのようにのることもあったでしょうけど、材木を流すときは筏を組んで行うのがほとんどのようでした。または大雨を待ち、増水するときをねらっていっきに丸太を流すこともあったようです。

 

2026年4月12日日曜日

日本山海名物圖繪巻之二 その7

P12P13 国文学研究資料館蔵

(読み)

杣 人

そまびと


山 中  尓て木を切 て渡世春る者 を杣 といふおよそ奥 山 尓てハ

さんちゅうにてきをきりてとせするものをそまというおよそおくやまにては


い可奈る大 木 を切 たを須とても枝 奈ど打 ことハなく只

いかなるたいぼくをきりたおすとてもえだなどうつことはなくただ


者しめより根の所  をまさ可り尓て切 たを春奈り和哥尓ハ木曽能

はじめよりねのところをまさかりにてきりたおすなりわかにはきその


杣 人 を専 尓よ免り木曽ハ信 濃 国 尓て奥 ふ可起大 山 奈り杣 人 の

     せん

そまびとをせんによめりきそはしなののくににておくふかきおおやまなりそまびとの


分 入 山 の道 志るべ尓ハ小木 を切 可けて目印  と須古れ枝折 といふ

王けいる                           しおり

わけいるやまのみちしるべにはこぼくをきりかけてめじるしとすこれしおりという


和哥尓もよめり栞 の字杣 人 の道 志るべの事 奈る由 設 文 尓見え多り

       可ん

わかにもよめりかんのじそまびとのみちしるべのことなるよしせつぶんにみえたり

(大意)

(補足)

「」、『しおり しをり【栞・枝折り】〔動詞「枝折る」の連用形から〕

① 本の読みかけのところに挟んでしるしとする,細幅の紙片やひも。

③ 山道などで,木の枝を折っておいて道しるべとすること。また,その道しるべ。「―を尋ねつつも登り給ひなまし」〈今昔物語集28〉』

 なるほど、「栞」は「枝折り」からきているのですね、ひとつ賢くなりました。

 二人一組で横挽鋸を使い切り倒した木を切っています。裸足でこの作業はしなかったとおもいます。また左上、斧で松を切り倒そうとしてますが、切り口をこんなふうにすることはありません。絵師は実際に見てなかったようです。

 

2026年4月11日土曜日

日本山海名物圖繪巻之二 その6

P10P11 国文学研究資料館蔵

(読み)

炭 焼  圖

春ミやきのづ

すみやきのず


炭 諸 国 より多 く出る中 尓日  向 國 ト紀州  熊 野より

すみしょこくよりおおくでるなかにひゅうがのくにときしゅうくまのより


出る毛の其 性  よろし摂 州  池 田奥 山 より出る毛の炭 の

でるものそのしょうよろしせっしゅういけだおくやまよりでるものすみの


名 物 也 又 和泉 の横 山 炭 名 品 也 

めいぶつなりまたいずみのよこやますみめいひんなり


是 ハ枝 炭 也 い徒゛連も山 尓炭 竈 を

                   可ま

これはえだすみなりいず れもやまにすみがまを


春えてやく也 春ミ可゛満ハ木薪 の出シ入 勝 手よ起所  尓す由る也

すえてやくなりすみが まはきまきのだしいれかってよきところにすゆるなり


哥 尓ハ小野能すミ可゛満をよめり小野ハ山 城 の国 愛宕 郡 なり

                          をたぎ

うたにはおののすみが まをよめりおのはやましろのくにおたぎぐんなり


此 穴 を四ツめと云  可まへすミ木をくべこむてい せいらう石

このあなをよつめという かまへすみぎをくべこむてい せいろうせき


炭 木を出須てい うハ屋

すみぎをだすてい うわや

(大意)

(補足)

 この説明文でも「品」と「所」のくずし字が使われています。やはりそっくりでまぎらわしいです。

「哥尓ハ」の歌を検索するとAIの概要が得られました。

『山城国愛宕郡小野(現在の京都市左京区上高野・八瀬周辺)は、平安時代から炭の産地(炭竈の里)として知られ、和歌や物語にその風景が詠まれています。代表的な歌は、曾禰好忠(そねのよしただ)が『新古今和歌集』などで詠んだものです。

「おのの原 たなびくくもは 炭かまの けぶりならね けふもふる雪」

(小野の原にたなびく雲は、炭竈の煙ではない、今日も降る雪よ)』。

「此穴を四ツめと云」、どこに穴があるか探してしまいますが、軒の下にある煙の出ている四つの穴。

 

2026年4月10日金曜日

日本山海名物圖繪巻之二 その5

P8P9 国文学研究資料館蔵

(読み)

美濃釣  柿

ミの徒るし

みのつるしかき


志ぶ柿 のいま多゛熟  せぬうち尓取 て皮 をむき糸 を付

              じ由く

しぶがきのいまだ じゅくせぬうちにとりてかわをむきいとをつけ


て竿 尓可け日尓本春也 安藝 国 西 条  きおん坊 其味

 さ本         あき              あち

てさおにかけひにほすなりあきのくにさいじょうぎおんぼうそのあじ


春ぐれ多りといへと毛美濃徒゛るしよりちいさし美濃ハ味 ハひよき

                         あち

すぐれたりといえどもみのづ るしよりちいさしみのはあじわいよき


のミ尓阿ら須其 形  甚  多大 奈り本し上ケて三 寸 者゛可りの長 さなる

                     あ

のみにあらずそのかたちはなはだだいなりほしあげてさんすんば かりのながさなる


柿 あり其 生 の時 の大  さ思 ひやるへし◯くし柿 ころ柿 も皆 志ぶ柿 を

      奈ま    おゝき

かきありそのなまのときのおおきさおもいやるべし くしがきころがきもみなしぶがきを


以 て拵  由る也 串 柿 ハ丹 波よりお本く出 古ろ柿 ハ山 城

   こしら    くし

もってこしらゆるなりくしがきはたんばよりおおくでるころがきはやましろ


宇治名 物 也

うじめいぶつなり

(大意)

(補足)

「美濃」、「美」のくずし字は「る」+「欠」のようなかたち。

「糸を付て竿尓可け」、挿絵では糸ではなく縄のようなものを、螺旋にして柿のヘタをくくりつけています。うまい付け方です。付けおわった竿を二人で掛けている絵で、右側の男の人の脚の描き方がこの絵師の特徴で、上手ではありません。

「大さ思ひやるへし」、干しあがって三寸(約9cm)ぐらいですから、手のひらいっぱいくらいの大きさで、生でしたらもっと大きい。確かにでかいです。絵の中の柿も手のひらより大きく描かれています。

 柿の皮むき作業場は4本柱の壁なし藁葺き屋根の小屋ですが、屋根の妻部分に空気抜き(風で屋根が持ち上がらないように)があります。ここの部分といい、柿のザル、踏み台などこのようなところはとても丁寧です。

 

2026年4月9日木曜日

日本山海名物圖繪巻之二 その4

P6P7 国文学研究資料館蔵

(読み)

大 和御所 柿

やまとごしよ可き

やまとごしょがき


和州  御所 村 より出 柿 の極 品 奈り餘国 尓も此 種

                             た年

わしゅうごしょむらよりでるかきのごくひんなりよこくにもこのたね


ひろまりて多 し御所 より出る物 名 物 奈る故 尓御所 柿 といふ

ひろまりておおしごしょよりでるものめいぶつなるゆえにごしょがきという


京  木練 柿

   こ袮り

きょうこねりかき


山 城 の国 より出 これ柿 の上  品 なり其 外 諸 国 尓毛木練

やましろのくによりでるこれかきのじょうひんなりそのほかしょこくにもこねり


有 近 江美濃甲斐信 濃殊 尓お本し九  州  の地

                         

ありおおみみのかいしなのことにおおしきゅうしゅうのち


柿 の熟  春ること上 方 ゟ

          可ミ可多

かきのじゅくすることかみかたより


も早 し渋 柿 尓上  品 阿りさハし柿 と奈して甚  多よ起風 味なり

もはやししぶがきにじょうひんありさわしがきとなしてはなはだよきふうみなり


大 和椑

   志ふかき

やまとしぶがき


小柿 なり臼 尓て徒きて柿漆を取 て紙 ざいく尓用 由

            しぶ

こがきなりうすにてつきてしぶをとりてかみざいくにもちゆ

(大意)

(補足)

「御所柿」、『ごしょがき【御所柿・五所柿】カキの品種の一。奈良県御所(ごせ)の原産という。果実は扁球形で,種が少なく,甘みが強い。大和(やまと)柿』

「木練」、『こねり 【木練り】① 木になったまま熟すこと。② 「木練り柿(がき)」の略』

「さハし柿」、『さわしがき さはし―【醂し柿】渋を抜いた柿。湯や焼酎(しようちゆう)につけて渋を取り去る。たるがき』

「渋柿」、『しぶがき【渋柿】柿の品種のうち,実が熟しても甘くならず,味の渋いもの。醂(さわ)したり干したりして渋を抜いて食用とする。また,柿渋を採る原料とする。季秋』

 柿の種類が辞書にこんなにのっているとは驚きました。それほど日本ではたくさんの種類の柿が実り、食されていたということなのでしょう。最近では高値ですっかり高級品となって早々簡単に買うことができなくなってしまいました。

 柿の木に二人登って収穫しています。柿の木はゴルフのヘッドになるくらい緻密で硬い樹木で、粘りもそこそこあり何人かが登っても折れることはありません。

 

2026年4月8日水曜日

日本山海名物圖繪巻之二 その3

P4P5 国文学研究資料館蔵

(読み)

黐    製 方

とりもちのせい者う

とりもちのせいほう


細葉冬青樹と云 木の皮 をけづりて池 水 尓徒け置

奈ゝミのき

ななみのきというきのかわをけずりていけみずにつけおき


久 しくして取 出し湯尓たきて黐   と春る也 本 薬

               とりもち

ひさしくしてとりだしゆにたきてとりもちとするなりほんやく


必 読 尓其 事 見え多り紀州  熊 野山 尓此 木お本し土人 取 てとり

ひつとく

ひつどくにそのことみえたりきしゅうくまのさんにこのきおおしどじんとりてとり


もちを製 し家 業 と春る也 其 木の者細  柔   にして青 く其 実ハ赤

   せい 可 けう          本そくやハら可        ミ

もちをせいしかぎょうとするなりそのきのはほそくやわらかにしてあおくそのみはあか


くして南 天 の子尓似多り木立 うるハしくして籬 奈ど尓して見事 也

        ミ    こ多ち       可き

くしてなんてんのみににたりこだちうるわしくしてかきなどにしてみごとなり


木の皮 を者ぐ所   とりもちの木池 尓つける所

きのかわをはぐところ とりもちのきいけにつけるところ

(大意)

(補足)

「黐」、『とりもちのき【鳥黐の木】① モチノキの別名。② ヤマグルマの別名』『とりもち【鳥黐】小鳥や昆虫を捕らえるため竿の先などに塗って用いる粘り気の強いもの。モチノキ・クロガネモチ・ヤマグルマなどの樹皮から採る』

「熊野山」、ここの「野」は「埜」になっています。

「籬」、『まがき【籬】① 竹・柴などを粗く編んで作った垣。ませ。ませがき』

 小学校6年生の時の思い出です。学年中いや学校中から嫌われている中年の女の音楽教師の授業のこと。歌の練習のとき(卒業式で歌う歌の練習だったようにおもいます)、ピアノの上においてある指揮棒を必ず使うのが癖でした。

 指揮棒の端をとって振ろうとしたそのとき、なんかおかしいことに先生は気づきました。反対の手で指揮棒の先をつかんで、もう一方の握っている手から指揮棒をはなそうとするのですが、とれません。だんだん取り乱してきて激しく振るようにして指揮棒がはなれたのはいいものの、右手のネバネバが今度はとれません。

 先生いらいらして、振り乱れた髪の毛をすくためにその右手をつい使ってしまいました。髪の毛から右手をはなそうとするのですが、離れるわけがありません。手ぐしのようにして髪の毛のなかに指を突っ込んでしまっているのですから。

 大声で何かわめきながら音楽室を出ていってしまいました。われら悪童たちは大声で気持ちよく卒業式で歌う歌を自分たちだけで歌ったのでした。

 とりもちというと、このことをどうしても思い出してしまいます。わたしの世代がとりもちを子どもの頃に使ったのが最後であるような気がします。蝉とりや、他の昆虫・小鳥など捕まえるのによく使いました。

 とりもちを産業として生産者がいたことに驚いています。使う人がそのたびに自分で作るものだとおもっていました。

 

2026年4月7日火曜日

日本山海名物圖繪巻之二 その2

P2P3 国文学研究資料館蔵

(読み)

綠 礬製 法

ろう者せい本う

ろうはせいほう


礬  石 白 きハ明  者゛んと奈りあお起ハろう者と奈る

者゛んせき

ば んせきしろきはみょうば んとなりあおきはろうはとなる


山 より堀 出し多る石 をく多゛起小屋能中 尓て水 を可け

    本り

やまよりほりだしたるいしをくだ きこやのなかにてみずをかけ


くさら可してこれを釜 尓てたき其 あ王を本しふ多尓入 て本春也 中 尓毛

くさらかしてこれをかまにてたきそのあわをほしふたにいれてほすなりなかにも


性  のよ起を紺 手といふ丹 礬 の色 のごとし

       こんで   多ん者ん

しょうのよきをこんでというたんはんのいろのごとし


其 次 をあさぎ手と云 色 真青

              まあを

そのつぎをあさぎてといういろまあお


奈り下品 ハくろミなり紺 出浅 黄出のろう者ハ外科 の膏 薬 尓用 由る也 下

           こんであさぎで     げくハ

なりげひんはくろみなりこんであさぎでのろうははげか のこうやくにもちゆるなりげ


品 のろう者ハ染 物 尓用 由染 汁 尓是 を加  連ハくろミを出須といへども

ひんのろうははそめものにもちゆそめしるにこれをくわえればくろみをだすといえども


染 地よハるなり

そめぢ

そめじよわるなり

(大意)

(補足)

「綠礬」、『りょくばん【緑礬】硫酸鉄(Ⅱ)の七水和物の通称。硫酸鉄のこと』。『硫酸鉄、天然には緑礬(りよくばん)として産出。媒染剤・還元剤・防腐剤として用いるほか,青色顔料(紺青)・インクの原料に用いる』

「丹礬」、『たんばん【胆礬】〔「たんぱん」とも〕銅の硫酸塩鉱物。三斜晶系に属し,青色,半透明。化学的には,結晶水を五分子もった硫酸銅の結晶。板状または塊状・葡萄(ぶどう)状などを呈する。銅鉱山などに産する』

 緑礬(りょくばん)は薄緑色の半透明なきれいな色の鉱石です。石なのに水に溶けるのですね。顔料・外科の膏薬・染料と幅広く使われていたことがわかります。

女性が4人いて、うち3人が前帯、1人は後帯でこの方は歳が若そうです。江戸中期頃、未婚女性は後ろ結び、既婚女性は前結びとなっていたようで、後期になると区別なく後ろ結びが主流になったとありました。