2026年5月3日日曜日

日本山海名物圖繪巻之三 その11

P20P21 国文学研究資料館蔵

(読み)

京  西 陣 織 屋

   尓しぢんおりや

きょうにしじんおりや


京  都尓て織 出須織 物 甚  多゛功 奢 尓て唐 織 尓まけ須゛

                   可うしや

きょうとにておりだすおりものはなはだ こうしゃにてからおりにまけず


中 尓も羽二 重ハもろこし尓もまさりてこまや可也 其 品ゝ

なかにもはぶたえはもろこしにもまさりてこまやかなりそのしなじな


大概   緞 子 繻 珍  金 襴  縮 緬  紗綾  綸 子

 可゛い どんす しゆちん きんらん ちりめん さあや 里んず

たいがい どんす しゅちん きんらん ちりめん さあや りんず


繻 子 毛 織 紋絹   光後 茶宇  光絹   竜  紋  熨斗目

し由す もうる もん个ん ぬめ ちやう 者ぶ多へ 里 うもん のしめ

しゅす もうる もんけん ぬめ ちゃう はぶたえ りゅうもん のしめ


天鵞 絨 錦   綾  紗  茶 丸  白 呂 兜羅綿

びろうど 尓しき あや しや ちやまる しろろ とろめん

びろうど にしき あや しゃ ちゃまる しろろ とろめん


片 色  練  絵絹  篩  絹

可多いろ 袮り ゑきぬ ふるひきぬ

かたいろ ねり えきぬ ふるいきぬ


高 機

た可者多

たかばた


金 緞 今

きんいり

きんいりいま


織 の類  此 機

おりのたぐいこのはた


尓ておる也 空

      そら

にておるなりそら


引 とて上 の方

びきとてうえのほう


尓て地紋を

にてじもんを


あやどる奈り

あやどるなり

(大意)

(補足)

「空」のくずし字はすっかり忘れていたのか、はじめてのような気もします。

「空引」、『空引機(そらびきばた)は、複雑な紋織物を織るために古代から明治時代まで使われた日本の伝統的な手織機です。高機(たかばた)の上部に鳥居状の大きな枠(綜絖:そうこう)を持ち、紋を出すために糸を引き上げる操作が特徴です。ジャカード機が普及する前に、西陣織などで用いられた高度な機です』とAIの概要です。

 説明文にもあるように、小僧が上にのって紋を出しているようです。機織りの職人と二人一組で織り出すのでしょうか。

 緯糸をバンバンと打ち込む大きな櫛みたいのは「筬(おさ)」というそうです。それを吊り下げている上部のところが位置を変えられるように出っ張りが6個あるのがわかります。

 職人の膝下に、織りだしている生地の柄ができあがりつつあります。

 膨大な張ってある経糸ととおして、向こう側が透けて見える箇所があって、彫師、摺師の腕の見せ所です。

 とんでもなく精巧な織り機です。

 

2026年5月2日土曜日

日本山海名物圖繪巻之三 その10

 

P18P19 国文学研究資料館蔵

(読み)

江戸浅 草 紫菜

  あさくさのり

えどあさくさのり


此 のり元ト武州  品 川 の海 尓生  春゛品 川 の町 尓て製 多るを

こののりもとぶしゅうしながわのうみにしょうず しながわのまちにてせいたるを


品 川 のりと云 浅 草 のりハ品 川 尓て取 多るを此 所  尓て

しながわのりというあさくさのりはしながわにてとりたるをこのところにて


製 し多る也 浅 草 のり仕上ケ宜 しくきよら可尓して名 物 也 

せいしたるなりあさくさのりしあげよろしくきよらかにしてめいぶつなり


其 外 下 総 の

そのほかしもうさの


葛西 のり出雲 の十六島  皆 々 名 物 也

かさい      うつぶるい

かさいのりいずものうっぷるいみなみなめいぶつなり


猶 餘国 よりも多 く出ツ通 して紫 菜 と云

                 あまのり

なおよこくよりもおおくいずつうじてあまのりという


又 河 苔 と云 も有 駿 府冨士川 より出るを冨士のりと云

  可ハのり

またかわのりというもありすんぷふじがわよりでるをふじのりという


下 野 日 光 山 の川 ゟ

しもつけにっこうさんのかわより


出るを日 光 のりと云 肥後の菊 地川 ゟ 出ルを菊 池のり

でるをにっこうのりというひごのきくちがわよりでるをきくちのり


同 国 水 前 寺のり何 れも河 のり也

どうこくすいぜんじのりいずれもかわのりなり


品 川 の沖 尓て取

しながわのおきにてとる


のりのち起゛れて

のりのちぎ れて


磯 へ打 よするを

いそへうちよするを


子共 の仕事 尓

こどものしごとに


是 を春くひ取 て

これをすくいとりて


浅 草 能商  人 へ賣 也

あさくさのしょうにんへうるなり

(大意)

(補足)

 「のり」はもちろん「海苔」ですが、ここの「紫菜」は当て字でも雰囲気があります。

「あまのり」とも読ませています。

「水前寺」のくずし字がすぐに読めたら、もう超初心者卒業まじか♫

 まだ養殖は行われてなかったようで、すべて天然海苔でした。

 

2026年5月1日金曜日

日本山海名物圖繪巻之三 その9

P16P17 国文学研究資料館蔵

(読み)

堺  庖  丁

さ可ひ本゛うちやう

さかいぼ うちょう


泉 州  堺  の津山 上 文 珠 四郎 庖 丁  鍛冶の名 人 也 正  銘

せんしゅうさかいのつやまがみもんじゅしろうぼうちょうかじのめいじんなりしょうめい


黒 打 と云 刃金 のき多ひよく切 あぢ格 別 よし出刃

       者可年                で者゛

くろうちというはがねのきたいよくきれあじかくべつよしでば


薄 刃 指 身庖 丁  ま奈箸  た者゛こ庖 丁

うす者゛さしミ       者゛し

うすば さしみぼうちょうまなば したば こぼうちょう


何 れも皆 名 物 也◯荘 子尓いハく

            そうじ

いずれもみなめいぶつなりそうじにいわく


庖 丁  能 解 牛  庖 丁  ハもと料  理人 の名也

     よくとくうしを

ほうちょうよくとくうしをほうちょうはもとりょうりにんのななり


其 人 つ可ひ多る刃物 奈れバ

         者

そのひとつかいたるはものなれば


とてつゐ尓庖 丁  を刃物 の名と奈せりむ可し何 人 可さ可しくもろこし能

           者

とてついにほうちょうをはもののなとなせりむかしなんびとかさかしくもろこしの


故事をとりて名付 そめけん今 ハ俗 尓通 して其 名ひろま礼り

こじをとりてなずけそめけんいまはぞくにつうじてそのなひろまれり


(大意)

(補足)

「正銘」、『しょうめい しやう―【正銘】〔由緒正しい銘がある意〕ほんもの。「正真―のダイヤモンド」』

「庖丁解牛」、『『荘子』養生主篇に登場する寓話「庖丁解牛(ほうていかいぎゅう)」は、料理人の丁(てい)が文恵君(ぶんけいくん)のために、牛の骨と肉の隙間を見極めて自在に牛を解体する話。技術を超えた「道(どう)」の境地に達することで、刃を傷めることなく、余裕を持って物事を成し遂げ、生を養う(養生)知恵を伝えている』とAIの概要より。

 看板は「黒折 山上文殊四郎 正銘」。

 

2026年4月30日木曜日

日本山海名物圖繪巻之三 その8

P14P15 国文学研究資料館蔵

(読み)

住 吉 浦 汐 干

すミよしうらし本ひ

すみよしうらしおひ


三 月 朔 日 ごろゟ 十 日比 まで大 汐 尓てさし引 多 し

さんがつついたちごろよりとおかころまでおおしおにてさしひきおおし


取 分 三 月 三 日ハ

とり王けさんがつみっかは


潮 干とて貴賤 群 集 する也 堺  住 吉 浦 

しおひとてきせんぐんじゅするなりさかいすみよしうら


凡  三 里者゛可りひ可多と

およそさんりば かりひがたと


成 見 物 の男 女 沖 に出て蛤   を取 也

           おき

なるけんぶつのだんじょおきにでてはなぐりをとるなり


又 所  の人 ハ多 く取 て見 物 の人 へも賣 奈り

またところのひとはおおくとりてけんぶつのひとへもうるなり


春べて潮 干ハ入 海 の分 ハ何 方 も同 し事 也

すべてしおひはいりうみのぶんはいずかたもおなじことなり


然  共 堺  浦 住 吉 浦 の塩 干其 名高

しかれどもさかいうらすみよしうらのしおひそのなたか


し尼  崎 浦 の塩 干甚   よし砂 海 にて貝 類 を取 こと自由 也

しあまがさきうらのしおひはなはだよしすなうみにてかいるいをとることじゆうなり


江戸にてハ品 川 の汐 干

えどにてはしながわのしおひ


尓ぎや可奈り此 浦 尓ハ比目魚多 くして塩 の多まり尓居るを

            ひらめ

にぎやかなりこのうらにはひらめおおくしてしおのたまりにいるを


見 物 の人 取 てたのしミと須

けんぶつのひととりてたのしみとす

(大意)

(補足)

「さし引」、『② 増減すること。㋐ 潮の満ち干。㋑ 体温の上がり下がり。』

 この本が出版されたのが宝暦4年で『1754年(宝暦4年)の旧暦3月3日は、現在の太陽暦(グレゴリオ暦)に換算すると1754年4月24日』なので、ちょうど今頃となります。蛤をとって、そのままひな祭りの蛤のお吸い物にしたのかもしれません。

 人の多さもさることながら、着物の柄がほとんどことなっているのに驚かされます。にているものもどこか違っています。

 松林にかくれて、大きな鳥居がみえます。一人ひとりを見ているとあきませんね。

 

2026年4月29日水曜日

日本山海名物圖繪巻之三 その7

P12P13 国文学研究資料館蔵

(読み)

池 田 炭

いけ多゛すミ

いけだ すみ


摂 州  池 田炭 ハ一 倉 と云 里 尓て檞  尓てやきて池 田能市 尓

           ひとくら       くぬき

せっしゅういけだすみはひとくらというさとにてくぬぎにてやきていけだのいちに


出須也 此 炭 竈  ハ地を本りて其 上 尓むろを造 り跡 先 に

だすなりこのすみかまどはちをほりてそのうえにむろをつくりあとさきに


口 をあけ中 へくぬ木をつミ入 てやく也 やき可げんを見てふ多を春るなり

くちをあけなかへくぬぎをつみいれてやくなりやきかげんをみてふたをするなり


ふ多おそ个れハ炭 損 じてあしく又 早 个れバふ春本゛りて阿しゝとかく

ふたおそければすみそんじてあしくまたはやければふすぼ りてあししとかく


ふ多の可げん大 事也 凡  焼 炭 諸 国 より多 く

ふたのかげんだいじなりおよそやきすみしょこくよりおおく


出 といへ共 池 田を最 上  と須

           さい

でるといえどもいけだをさいじょうとす

(大意)

(補足)

「」、『ふすぼ・る 【燻る】① 燃えないで煙がたつ。くすぶる。「明王の御頂より,猛火―・りいで,五体をつつめたまふ」〈曽我物語7〉② (煙などのために)すすける。すすけて黒ずむ。「以ての外に―・りたる持仏堂にたてごもり」〈平家物語3〉』

 調べてみると、現在でも生産されていました。お茶炭で有名なんですね。切り口が菊の花のように美しいのも特徴なようで、ここの絵でも切り口に蓮の穴のように白く見えています。

 

2026年4月28日火曜日

日本山海名物圖繪巻之三 その6

P10P11 国文学研究資料館蔵

(読み)

讃 岐平 家蟹

さぬきへいけ可尓

さぬきへいけがに


蟹 の甲 尓目鼻 口 阿り人 の面  のごとし俗 説 尓平

可尓 かう  者奈       おもて

かにのこうにめはなくちありひとのおもてのごとしぞくせつにへい


家の一 門 讃 岐の国 八嶋 の浦 尓て源   九郎 義 経 尓

けのいちもんさぬきのくにやしまのうらにてみなもとくろうよしつねに


せめ本ろぼさる其 怨 㚑  かにと成 多るとて平 家蟹 といふ愚案

         おん里やう

せめほろぼさるそのおんりょうかにとなりたるとてへいけがにというぐあん


春゛る尓此 蟹 の類 諸 国 尓阿り播 州  尼  崎 尓武 文 蟹 と云 有

                                         多けぶん

す るにこのかにのるいしょこくにありばんしゅうあまがさきにたけぶんかにというあり


秦  の武 文 の怨 㚑  奈りと云 又 嶋 村 蟹 といふ有 豊 後長 門尓ハ

者多゛

はだ のたけぶんのおんりょうなりというまたしまむらかにというありぶんごながとには


清 経 蟹 と云 皆 俗 説 奈り中美尓も鬼 蟹 とて此可尓阿り

きよつ年             うら

きよつねかにというみなぞくせつなりうらにもおにがにとてこのかにあり


讃 岐圓 座和柔  尓して奇麗 なりこの国 の名 物 也

   ゑんざやハら可   きれい

さぬきえんざやわらかにしてきれいなりこのくにのめいぶつなり

(大意)

(補足)

「中美」、『場所:「中美(なかみ/なかうら)」という地域(特定の沿岸部)。

内容: 中美にもこの「鬼蟹」が存在し、平家の怨霊が宿っているという伝承がある』、AIの概要でした。

 平家蟹が、蕪や大根のときもそうでしたが、巨大!

漁師の足元の網の目の細かさ、また円座の縄のより、これを彫ったのかとおもうとクラクラしてきます。

 

2026年4月27日月曜日

日本山海名物圖繪巻之三 その5

P8P9 国文学研究資料館蔵

(読み)

樟  脳 製 法

しやうのうせい本う

しょうのうせいほう


く春能木と云 毛の二品 阿り樟 ハ木の心 赤 黒 く香  徒よし楠 ハ香

              く春   しん

くすのきというものにしなありくすはきのしんあかぐろくかおりつよしくすはかおり


すく奈し木の心 赤 黒 可ら須゛是 尓ハ大 木 多 しくさりてハ岩 と

すくなしきのしんあかぐろからず これにはたいぼくおおしくさりてはいわと


成 也 樟  脳 ハ樟 の根を者徒り取 て其 こけらを

          くす

なるなりしょうのうはくすのねをはつりとりてそのこけらを


釜 尓て煎 春゛る也 小屋の内 尓

かまにてせんず るなりこやのうちに


廿   四釜 を可けニ通  尓する也 一 通  尓十  二釜 づゝ

にじゅうしかまをかけにとおしにするなりひととおしにじゅうにかまずつ


せ奈可合 せ尓して間  三 尺  者゛可り

せなかあわせにしてあいださんじゃくば かり


あけ其 間  を往 来 春るやう尓こしら由る也 

あけそのあいだをおうらいするようにこしらゆるなり


釜 のふ多ハ鉢 也 釜 と鉢 との間  を

かまのふたははちなりかまとはちとのあいだを


土 尓ぬりていきのおざるやう尓する也 

つちにぬりていきのおざるようにするなり


其 ふ多へたまり多る露 則   樟  脳 奈り

そのふたへたまりたるつゆすなわちしょうのうなり


釜 ぬししやうのう改  むるてい

かまぬししょうのうあらたむるてい

(大意)

(補足)

 説明文には一列12釜でそれが二列で24釜をかけるとあります。しかし絵では一列に5釜で、そのおくに同じ(ものとおもわれる)一列があるようなので全部で10釜になります。

 わたしが何か勘違いしているのかもしれません。う〜ん🤔・・・