2026年7月22日水曜日

大日本物産圖會その31

P31 国立国会図書館デジタルコレクション蔵 

P31_1

(読み)

土佐 國 鰹  釣 之圖

とさのくにかつおつりのず


鰹  ハ外 海 の諸 国 尓採 といへ

かつおはそとうみのしょこくにとるといえ


ども土刕  尓て出すを名 産 と須

どもどしゅうにてだすをめいさんとす


魚  を捕る尓ハ網 ハ稀 尓して

さかなをとるにはあみはまれにして


鈎 多 し其 時 を撰 者゛つといへ

かぎおおしそのときをえらば ずといえ


ども三 四月 ごろを初 鰹  とし

どもさんしがつごろをはつがつおとし


て春  節 の上  品 と須生(イキ)い王しを

てしゅんせつのじょうひんとす  いき いわしを


飼 として一 艘 尓十  二人 のり込 九

えさとしていっそうにじゅうににんのりこみきゅう


尺  のつり竿 尓糸 の長 サ六 尺

しゃくのつりざおにいとのながさろくしゃく


計  奈り先ツ生 い王しを夥   しく

ばかりなりまずなまいわしをおびただしく


水 上  尓放 てバ可つを是 につき

すいじょうにはなてばかつおこれにつき


集  る其 中 へ針 尓い王しの尾を

あつまるそのなかへはりにいわしのおを


さして投 入 連バ忽(タチマ)ち食 つきて

さしてなげいれれば  たちま ちくいつきて


猶予(イウヨ)のひ満奈く引 上 る也

   ゆうよ のひまなくひきあげるなり

(大意)

(補足)

「土州」、「州」の異体字に「刕」などがあります。ここのは下の「刀」ふたつが「丶」四つ。

「猶予」、「予」の旧字は「豫」ですが、ここの漢字は拡大しても不明です。

 この濱の漁師たちは誰も箕の腰巻きをしてません。国によって違うのかも?舟の左舷に莚(むしろ)を横延ばしにしたようなものを取り付けています。これははて?なんでしょうか。舟がかっこういいなぁ。

 

2026年7月21日火曜日

大日本物産圖會その30

P30 国立国会図書館デジタルコレクション蔵 

P30_1

(読み)

同 國 峯越 鳧 捕 図

どうこくおごしかもとりず


豫州(ヨシウ)の峯々(ミ年\/)尓て九月 より

   よしゅうの   みねみね にてくがつより


十  月 の頃 尓至 りて朝 夕 鳧(カモ)

じゅうがつのころにいたりてあさゆう  かも


の群(ムラ)可゛り来 り峯 を越 る

の  むら が りきたりみねをこえる


を窺(ウカゞ)ひ猟師(リヤウシ)艸 蔭(カゲ)耳

を  うかが い   りょうし くさ  かげ に


穴 を掘り扇  形 の羅(アミ)を

あなをほりおおぎがたの  あみ を


もつて穴 の中 尓隠(カク)連近 く

もってあなのなかに  かく れちかく


飛 来る鳧 を捕(トラ)ふその

とびくるかもを  とら うその


手ぎハ実耳感(カン)するに

てぎわじつに かん ずるに


たへ多り

たへたり

(大意)

(補足)

「峯越鳧捕図」、『、愛媛県で行われていた伝統的なカモの網猟である「峯越鴨(おごし(orみねごし)のかも)」を指します。これは江戸時代から明治時代にかけて、現在の愛媛県一帯で広く行われていた古式ゆかしい猟法』とAIの概要。

「鳧」、『かも【鴨・鳧】① カモ目カモ科のうち,ハクチョウ類・ガン類・アイサ類を除いたものの総称。中形の水鳥。雄は派手な色合い,雌は地味な茶褐色のものが多い。マガモ・コガモ・オナガガモ・ハシビロガモなど。日本ではカルガモを除き,多くは冬鳥。季冬「海くれて―のこゑほのかに白し」芭蕉』

「鳧」、『けり【計里・鳧】チドリ目チドリ科の鳥。全長約35センチメートル。背面は灰褐色,腹は白色で,飛ぶと翼と尾に鮮やかな黒白の模様がでる。擬傷が巧み。アジア東北部に分布し,日本では近畿以北の限られた地域で繁殖。やまげり。』

 知っている漢字より知らない漢字のほうが圧倒的に多く、さらに読めても書けない漢字はさらに少ないことは充分納得しています。この「鳧」もはじめてみました。

 扇型の網を透かして見える鴨や山や空を強く意識した画。また日が昇る手前の山にはまだ陽があたらず山が影になっている様も空と草原との対比を強調しています。絵の枠をはみ出して翔ぶ鴨がしゃれています。

 

2026年7月20日月曜日

大日本物産圖會その29

P29 国立国会図書館デジタルコレクション蔵

P29_1

(読み)

伊豫 國 牛蒡 堀 之図

いよのくにごぼうほりのず


牛蒡(ゴバウ)ハ諸 國 培養(ハイヤウ)せ

   ごぼう はしょこく   ばいよう せ


ざる処  奈しと雖  も豫州

ざるところなしといえどもよしゅう


各 郡  尓て培 養 する物

かくこおりにてばいようするもの


を第 一 等 と須その大

をだいいっとうとすそのだい


奈る物 四 尺  余  尓い多る

なるものよんしゃくあまりにいたる


太 きこと左しわ多し

ふときことさしわたし


三 四 寸 尓あ満る和(ヤハ)ら

さんよんすんにあまる  やわ ら


可耳してその味 ハひ

かにしてそのあじわい


尤   佳(カ)なり

もっとも  か なり

(大意)

(補足)

「伊豫國」、愛媛県。予州。

「左しわ多し」、変体仮名「左」(さ)のかたちが、「左」は左側に形が流れているのに、変体仮名では右にながれていて、なんかもやもやします。

「あ満る」、ここの「あ」は変体仮名「安」におきかえたほうがよさそう。

 こんなでっかい牛蒡があるわけがなく、巨大さを誇張するのが浮世絵・錦絵のあるあるなので、それにならったものでしょう。しかし、長さが四尺(120cm)、太さが三四寸(9〜12cm)と詞書きにあってデカイことはでかい!それくらいのおおきさの牛蒡を甘く煮付けたものを長野県は野沢村で食したことがあります。

 左の小屋の土壁、ひび割れを入れるのが鉄則です。お手伝いの子どもの着物柄が鮮やかできれいです。

 

2026年7月19日日曜日

大日本物産圖會その28

P28 国立国会図書館デジタルコレクション蔵 

P28_1

(読み)

美濃石 灰 焼 之圖

みのせっかいやきのず


石灰(いし者゛い)越焼(やく)尓ハ平窯(ひら可゛ま)櫓(やくら)可゛満の

   いしば い を  やく には   ひらが ま   やぐら が まの


両  種(し由)阿りて櫓(やぐら)ハ高(多可)さ一 丈

りょう  しゅ ありて  やぐら は  たか さいちじょう


周経(めぐり)三 尺  中真(ち うしん)の穴 越下

   めぐり さんじゃく   ちゅうしん のあなをした


の方(可多)細(本そ)くなし底(そこ)尓穴(あ奈)あ

の  かた   ほそ くなし  そこ に  あな あ


里石(いし)と炭(すミ)とを夾(者さ)ミ幾重(い久ゑ)

り  いし と  すみ とを  はさ み   いくえ


もかさ袮下(し多)より焼(や起)天火(く王)

もかさね  した より  やき て  か


気(き)越登(の)本゛らせ下 の穴(あ奈)より

  き を  の ぼ らせしたの  あな より


灰(者い)をか起出(い多゛)せり斯(可久)天次第(し多゛い)

  はい をかき  いだ  せり  かく て   しだ い


尓石(いし)と炭(すミ)越積(つ)ミ添(そ)へ焼(や起)

に  いし と  すみ を  つ み  そ へ  やき


者じめより凡  百  日 昼夜(ち うや)

はじめよりおよそひゃくにち   ちゅうや


絶(多由)るこ登なし

  たゆ ることなし

(大意)

(補足)

「平窯(ひら可゛ま)櫓(やくら)可゛満」、フリガナ「ひら可゛ま」はこれであっているとおもいますが、「やくら」は二文字「やト」と読めますけどさて?しかし次の行に「櫓」のフリガナが「やぐら」とあって、前者の「やト」に少し重なる気もします。

「丈」、『じょう ぢやう【丈】① 尺貫法の長さの単位。一〇尺。1891年(明治24)100メートルを三三丈と定めた。約3m』。

 奥の丸い池みたいなのが平窯。手前が櫓窯。火気をともなう力仕事の危険な職場にもかかわらず、左隅に子どもがなにか手伝いをしようとしています。AIの概要によると明治10年頃は全人口の4割弱が14歳以下の子どもであった(現在は1割前後)とあって、どこもかしこも子どもだらけだったようです。

 櫓窯のはしご代わりの斜面をみると、ピラミッドはこのようにして積み上げていったのではないかと夢想してしまいます。

 山から切り出した石灰岩を砕き加工してできたのが生石灰、これをこの画のように焼き上げてできたのが消石灰、最初は肥料にしましたが、のちセメントとなって高度生長の礎となりました。

 わたしの住んでいる隣町に青梅市があります。江戸時代初期より江戸城の白壁などのために石灰(漆喰)を運ぶためにつくられたのが青梅街道です。現在でも奥多摩で生産されています。

 

2026年7月18日土曜日

大日本物産圖會その27

P27 国立国会図書館デジタルコレクション蔵

P27_1

(読み)

美濃 國 石 灰 山 之圖

みののくにせっかいさんのず


石灰(いし者゛い)ハ人 民(ミん)尓益(えき)春ること至大(し多゛い)

   いしば い はじん  みん に  えき すること   しだ い


なる物(もの)なり先(まづ)其(その)一 二越阿げて

なる  もの なり  まじ   その いちにをあげて


云(い)ハん舟(ふ年)の合(あい)セメ石垣(いし可起)泉水(せんすい)

  い はん  ふね の  あい せめ   いしがき    せんすい


たゝ起水 上  尓て遣(つ可)ふ諸器物(しよきぶつ)

たたきすいじょうにて  つか う    しょきぶつ


紙(可ミ)の製造(せいざう)尓加(くハ)ふ其 外(本可)用 ひる

  かい の   せいぞう に  くわ うその  ほか もちいる


所(ところ)夥(お飛゛多ゝ)し石 山 中  の青 石 夜色

  ところ   おび ただ しいしさんちゅうのあおいしやしょく


石 青 白 石 等(とう)尓て近 江美濃(ミの)よ

いしあおじろいし  とう にておうみ   みの よ


り出(い多゛)春物 越上  等 と須土(ど)中  三 尺

り  いだ  すものをじょうとうとす  ど ちゅうさんしゃく


程(本ど)掘(本り)て矢(や)を以(もつ)て打破(うちこハ)し山 上  よ

  ほど   ほり て  や を  もっ て   うちこわ しさんじょうよ


里磨落(おしおと)し砕(く多゛)希ざる毛の

り   おしおと し  くだ  きざるもの


ハ下品(ひん)と春

はげ  ひん とす

(大意)

(補足)

「益」、フリガナの「き」の部分がよくわかりません。「き」の下半分が欠けているようにも見えますし、変体仮名なのかさて?

「打」、「ホ」+「ノ」のようにみえるくずし字、この本で何度もでてきました。

 石灰はわたしの住んでいるところからちょいと足を伸ばせば秩父は武甲山があります。山の形が変わるほど削られ、なお現在も武甲山より数十キロのベルトコンベヤーが設置されて太平洋セメントの工場へ運搬されています。日本で自給自足できる数少ない産物です。食べられませんけど。

 石灰岩というと灰色や白色のものだけかとおもっていましたが、ここの画のように黒色(石油由来の岩)のものや、赤みがかったもの青みや緑色のようなものがあるのもはじめてしりました。

 職人たちが使っている道具類も描き分けていて、また岩山の様子も描きにくそうに見えながらも丁寧に色分けして摺られています。単に岩山の様子だけでは画面が暗くなると思ったのか桜を満開にさせています。

 

2026年7月17日金曜日

大日本物産圖會その26

P26 国立国会図書館デジタルコレクション蔵

P26_1

(読み)

近 江 國 濱 蚊帳輸出   圖

おうみのくにはまかやゆしゅつのず


蚊帳ハ麻苧(まを)を多 く越 前 の

かやは   まお をおおくえちぜんの


國 より求 めて當 國 坂 田。浅 井

くによりもとめてとうごくさかた あさい


伊香の三 郡 尓て織 立 藍 を

いかのさんぐんにておりたてあいを


以 て下染(したぞめ)を奈し刈安(カリヤス)といふ

もって   したぞめ をなし   かりやす という


染 草 尓て上 染 を奈し糊(ノリ)

そめくさにてうわぞめをなし  のり


尓て張 多て長 濱 へ轉 賣

にてはりたてながはまへてんばい


す同 所 尓天高 村・沖 風

すどうしょにてたかむらおきかぜ


卯の花・曙・  養 老 など

うのはなあけぼのようろうなど


各 々 銘 をつけて東 京  へ

おのおのめいをつけてとうきょうへ


輸出  すること尤   夥(オビタゞ)し

ゆしゅつすることもっとも  おびただ し

(大意)

(補足)

 奥に見える湖は前頁とおなじくやはり琵琶湖。蚊帳は現在では東南アジア・アフリカでは必需品で、マラリヤ・デング熱などの蚊による熱帯病を防いでいます。

 この画の地面の茶色から薄緑にかわっていく濃淡は前頁と全く同じです。右側の蔵の前での力自慢、筵(むしろ)でくるんだ重さはどれほどでしょうか。白く屋号のある背を見せている職人さんの腰には煙草一式がくくられています。左側と奥ではその荷造りの様子が描かれています。こんなふうにしてたのかと興味津津です。また馬に荷を乗せていますが、こちらは近くに出荷するためのものでしょう。

 

2026年7月16日木曜日

大日本物産圖會その25

P25 国立国会図書館デジタルコレクション蔵

P25_1

(読み)

近 江 國 青 花 紙 製  圖

おうみのくにあおばながみせいのず


青 花 ハ鴨跖(ツユ)草(クサ)の花 尓して

あおばなは   つゆ   くさ のはなにして


夥   しく自生 するといへども

おびただしくじせいするといえども


當 國 山 田郡  に産 する者 ハ

とうごくやまだごおりにさんするものは


一 種 大 葉にして花弁(ハナヒラ)の

いっしゅおおばにして   はなびら の


大 キサ常  品 のものより十

おおきさじょうひんのものよりじゅう


倍 す故 尓青 花 紙 を製

ばいすゆえにあおばながみをせい


する尓是 種 尤   よしと須夏月

するにこのしゅもっともよしとすかげつ


毎 朝 花弁  をつミて其 液(シル)を

まいあさはなびらをつみてその  しる を


搾(シホ)り美濃紙 へ刷毛(ハケ)ニて蘸(ヒキ)

  しぼ りみのがみへ   はけ にて  ひき


乾(カハカ)して又 同  く奈すこと五六 十  度ニ

  かわか してまたおなじくなすことごろくじゅうどに


して則   青 花 紙 也 又 ホウシ紙 トモ云

してすなわちあおばながみなりまたほうしがみともいう

(大意)

(補足)

「青花紙」、『近江(現在の滋賀県)の青花紙(あおばながみ)の主な産地は、現在の滋賀県草津市とその周辺地域(旧栗太郡など)です。江戸時代から約380年にわたって栽培・製造されている伝統工芸品』。『ツユクサの仲間である「アオバナ」の花から青い色素を絞り出し、和紙に染み込ませて乾燥させたものです。友禅染や絞り染めなどをする際に、水で洗うときれいに消える下絵用のインクとして現在でも使われています』

 背景の大きな湖は琵琶湖のはず。

「鴨跖(ツユ)草(クサ)」、辞書にはこの漢字ではなくてふつうに露草。しかしネットをたよると「中国では「鴨跖草(おうせきそう)」と呼ばれ漢方薬として使われた」とありました。

「蘸」、拡大すればわかりますが。艹酉隹灬です。音読み「サン」訓読み「ひたす」。意味はひたす。水につける。中国語で「(液体や粉末に)さっと浸す」「つける」「まぶす」という意味の漢字です。料理で食材をタレやソースにチョンとつける動作などを表すときに使われます。

 露草を摘んできてゴミを取り除くために篩(ふるい)にかけてますが、その細かいゴミまで描かれていて、いやはやなんとも。

 右には桶に重しの石をのせ竿をかけて「其液(シル)を搾(シホ)り」、青汁が絞り出されている様子があってその液の青さと、地面に干している青花紙の色に差があって摺師も頑張っています。

 女性たちのタスキや襦袢の赤がきれい。