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2022年10月10日月曜日

かち\/山咄し(木村文三郎) その20

裏表紙 国立国会図書館蔵

(読み)

なし

(大意)

なし

(補足)

 この裏表紙の意匠もこの豆本だけのためのようです。版元によりますが、裏表紙の意匠がすべて同じというところもあるなかで、定価三銭というしばりのなか一冊一冊かえるのはなかなかできないことではないかとおもいます。おなじパタンが繰り返されていますが全部手書きでひたすら同じ柄を削る作業を延々とおこなったのでしょう。にているようでどこかがことなっています。

 この絵師が誰なのか、知りたい。どなたか存じませんか。

 

2022年10月9日日曜日

かち\/山咄し(木村文三郎) その19

奥付 国立国会図書館蔵

(読み)

明治十五年七月十一日御届

東京日本橋区馬喰町二丁目一番地

編輯兼出版人 木村文三郎

(大意)

(補足)

 奥付はこの銅版画シリーズ共通のもののようです。詳しくはこの版と浄瑠璃本の宣伝のもののふたつあります。他の豆本のほうがずっと鮮明です。豆本がこの色になったのはどうしてなのかとても気になります。どなたか教えて下さい。

 

2022年10月8日土曜日

かち\/山咄し(木村文三郎) その18

P12 国立国会図書館蔵

P12拡大

(読み)

ぢいさん尓志可\゛/

じいさんにしかじ か


奈りともの可゛多

なりとものが た


連バ

れば


よろ

よろ


こび

こび


うさ起゛を

うさぎ を


やうしと奈し

ようしとなし


てめで多起

てめでたき


者るをむ可へ

はるをむかえ


个りめで

けりめで


多し\/\/\/\/

たしめでたしめでたしめでたしめでたし


定 價三 銭

ていかさんせん


(大意)

じいさんにことのあらましを

物語ると喜び、

うさぎを養子にし、

めでたい春を迎えたのでした。

めでたしめでたし・・・


(補足)

 この絵師のかく人物の表情はやはり独特で、ほかにこのようにかく絵師はしりません。誰だか知りたい。火鉢は欅か何かの大木をくり抜いた上等そうなものでうさぎの意匠が彫り込んであります。

うさぎが持っているのは打ち出の小槌でしょうけど、カチカチ山との関わりはなんでしょう?

「志可\゛/奈り」、初見のときには読めませんでしたが、読めてしまうとなんでこんなのがわからなかったのかとめいります。

 

2022年10月7日金曜日

かち\/山咄し(木村文三郎) その17

P10後半 国立国会図書館蔵

P10拡大

P11

(読み)

きおもひ志連とさん\/尓う

きおもいしれとさんざんにう


ち个連バふ年ハくづ連多ぬ起も

ちければふねはくずれたぬきも


とも尓うミへしづミて志ゝ多り

ともにうみへしずみてししたり


うさ起゛ハし由びよくあ多゛をうち

うさぎ はしゅびよくあだ をうち


(大意)

(悪)事、婆さんを殺したかたき

おもいしれ」と、散々に打ちたたくと

船は崩れ、たぬきは船と共に海へ沈んで死にました。

うさぎは首尾よく仇(あだ)を討ち


(補足)

一行目行末「うさぎ」、文末の行「うさ起゛」、平仮名と変体仮名の使い分けは前後の文の流れや使われる文字の組み合わせなどがありますが、どうやら気分次第が適当なようです。

 うさぎの戦う姿、このようなものを描かせるとうまいですねぇ。沖に出るには腰蓑は必需品。うさぎの右側の海の描き方は前頁と同じです。前頁で小さかった沖の帆掛け船は今度はやや大きめに描かれています。

 P11ではうさぎの櫂攻撃で手も脚も出ぬたぬき。よく見るとたぬきも腰蓑をつけていました。たぬきのひっくり返った姿より、手前の海の荒れる様子のほうが見応えがあります。沖には沈みゆく夕日なのか、はたまた良き日をめでる朝日なのか。

 

2022年10月6日木曜日

かち\/山咄し(木村文三郎) その16

P10前半 国立国会図書館蔵

P10拡大

(読み)

□多゛ん\/くづ連可ゝるをうさ

  だ んだんくずれかかるをうさ


ぎハ見多りと可ひおつとり多

ぎはみたりとかいおっとりた


ぬき尓む可ひとしごろのあく

ぬきにむかいとしごろのあく


じ者゛アさんをころし多る可多

じば あさんをころしたるかた


(大意)

どんどんくずれてゆくのをうさぎは

みてとり、櫂(かい)を勢いよくつかみ取り

たぬきに向かって「この数年の(悪)事


(補足)

 うまく読めず、実は正しく読んでいたのですが意味が通じず二日間悩みました。

「可ひおつとり多ぬき尓む可ひ」、「おつとり」がわからなかった。辞書を調べると

これかなというのが見つかりました。

『おっと・る 【押っ取る】

(動ラ四)〔「おしとる」の転〕

① 勢いよくつかみ取る。「童にもたせたる太刀―・り,するりと抜きて」〈曽我物語1〉』

ぴったりそうなので、これを採用です。

それに続く「としごろのあくじ」も悩んだ。「としごろ」の意味がわからず、辞書をたよると

『④ 2幾年かの間。ここ数年の間。副詞的にも用いる。「―丹精して」〈当世書生気質•逍遥〉』

がありました。こんなふうにつかうなんて・・・。

ふぅ〜、これで意味がすべて通じました。

 

2022年10月4日火曜日

かち\/山咄し(木村文三郎) その15

P9後半 国立国会図書館蔵

P9拡大

(読み)

でんと多ぬ起尓すゝめある

でんとたぬきにすすめある


ひうミへのり多゛しあちらこ

ひうみへのりだ しあちらこ


ちらとこぎまハ春うち多

ちらとこぎまはすうちた


ぬきのふ年ハつち奈れバ□

ぬきのふねはつちなれば


(大意)

(漁に)出ようとたぬきにもちかけある

日、海へ乗り出し、あちら

こちらと漕ぎ回すうち、

たぬきの船は土船なので


(補足)

「多ぬ起尓すゝめ」、「すゝ」が平仮名「す」と「ゝ」がくっついているのでなやみました。その2行左側に変体仮名「春」があります。

「こぎ」はジッとみつめるとちゃんと「こ」と「ぎ」になってました。

 浜に打ち寄せる波が小山のようにえます。沖の左方向へ目をやると帆掛け船が一艘うかんでいます。

 

2022年10月3日月曜日

かち\/山咄し(木村文三郎) その14

P9中半 国立国会図書館蔵

P9拡大

(読み)

つけ連バミそととう可゛らし可゛

つければみそととうが らしが


しミて多つてのくるしミを奈し

しみてたってのくるしみをなし


多りまたうさ起゛ハ多ぬき尓

たりまたうさぎ はたにきに


つちぶ年をこしらへさせじぶん

つちぶねをこしらえさせじぶん


きぶ年をこしらへ連 う尓い

きぶねをこしらえりょうにい


(大意)

(ぬり)つけると味噌と唐辛子が

しみて、大変な苦しみとなりました。

またうさぎはたぬきに

土船をこしらえさせ、自分は

木舟をこしらえて、漁に(出ようと)


(補足)

「つちぶ年をこしらへ」と「きぶ年をこしらへ」がそっくりに並んでいるのも珍しい。ここの「ら」がその右の行の「うさ起゛」の「う」にそっくりです。

「連う尓」、?でしたが読みすすめると「漁」でした。わからないところはいったん保留していおいて読みすすめるのがコツです。

 たぬきは土船をこしらえているので、右手に左官鏝(こて)、左手に鏝板(こていた)といっぱしの職人風。

 

2022年10月1日土曜日

かち\/山咄し(木村文三郎) その13

P9前半 国立国会図書館蔵

P9拡大

(読み)

うさ起゛ハきのふのミまひ尓ゆ起

うさご はきのうのみまいにゆき


やけど尓ハとう可゛らしミそ可゛めう

やけどにはとうが らしみそが みょう


やく奈りこしらへつけてやらんとて

やくなりこしらへつけてやらんとて


とう可゛らしを多くさんい連こしらへ

とうが らしをたくさんいれこしらえ


て多ぬ起のせ奈可へべつ多りぬり

てたぬきのせなかへべったりぬり


(大意)

うさぎは昨日の見舞いにゆき

やけどには唐辛子味噌がよく効く

からつくってつけてやろうと、

唐辛子をたくさん入れてこしらえて

たぬきの背中にべったりぬり(つけると)


(補足)

「めうやく奈りと」の次がわかりません。いろいろ候補はうかぶのですが、う〜ん・・・

悩んだ末、「こしらへ」としました。次の行に「こしらへ」があります、「らへ」が同じかたちで「し」が大きい。よくわからないほうは、「し」が小さいかたちだろうとしました。

 読みにくいところも何箇所かありますが、繰り返し繰り返し読み、同じようなかたちのところがないかを見つけてゆく作業しかなさそうです。

 

2022年9月30日金曜日

かち\/山咄し(木村文三郎) その12

P8 国立国会図書館蔵

(読み)

「奈ん

 なん


でも

でも


とう

とう


可゛らし

が らし


可゛多ん

が たん


との

との


本う可゛

ほうが


きゝ可゛

ききが


いゝと

いいと



(大意)

「なんでも、唐辛子が

たくさんのほうが

ききがよいとさ」


(補足)

 P5ではすすきに満月の屏風の左側にポンポコたぬきが描かれていましたが、この頁では実物がやけどの背中に唐辛子入り味噌を塗られるという図です。うさぎが手にするすりこぎ棒といい、すり鉢といい本物と見まがうできばえです。おちょこのようなものもありますが薄めるための水でもはいっていたのでしょうか、なかなか細かい。うさぎの着物は縦縞をほどこし、たぬきのは網代柄のような細かい線で刻まれています。

 背景は次頁の内容の絵。うさぎが自分の木の船を造船しているところです。うさぎの左手に持っているものは大工道具のひとつである手斧(ちょうな)と呼ばれるのものです。「釿」(金へんに斤)ともかきます。粗削りで材木の形を整えていきます。仕上げには槍鉋(やりがんな)などを用います。豆本にも描かれるぐらいですから当時でも大工現場では当たり前に使われていた道具のひとつだったのかもしれません。

 束ねて立て掛けてある表面に文字が書かれていますが、読めません。

 

2022年9月29日木曜日

かち\/山咄し(木村文三郎) その11

P7 国立国会図書館蔵


P7拡大

(読み)

うちかやへもへ

うちかやへもへ


うつりそうしん

うつりそうしん


やけ多ゞれ大

やけただれおお


やけどゝ奈り

やけどとなり


多り个り

たりけり


(大意)

(と言う)うちに、茅へ燃え

うつり全身

焼けただれ

大やけどと

なってしまいました。


(補足)

 ぼやけることもなくくっきり文字で問題なく読むことができます。

前頁うさぎの腰についていたものと同じものがたぬきの腰にも見えました。やはり斧でありました。斧を拡大してみると、丁寧な仕事をしています。刃の部分からミネの部分の鉄の濃淡がきれいです。

またわらじの裏の部分も拡大して見るに藁を編んだように横に編み込みの筋が入っています。

左下の民家と立木がたぬきのアチチぶりの表現に比べるとやや稚拙なところが笑えます。

 

2022年9月28日水曜日

かち\/山咄し(木村文三郎) その10

P6後半 国立国会図書館蔵

P6拡大

(読み)

を可り尓由く

をかりにゆく


べしとさそひ

べしとさそい


多゛し多ぬ起尓

だ したぬきに


可やをせおハせ

かやをせおわせ


あと可ら可ち

あとからかち


\/とひをうて

かちとひをうて


バい満のおとハ

ばいまのおとは


奈んじやかち\/

なんじゃかちかち


山 じやといふ

やまじゃという


(大意)

(茅を)刈にゆこうとさそって出かけました。

たぬきに茅を背負わせて、うしろから

カチカチと火をうつと

「今の音はなんじゃ」

「カチカチ山じゃ」という(うちに)


(補足)

「さそひ」、「誘い」ですが、なかなか読めませんでした。

うさぎの腰うらに見えるのは斧みたいですが、茅を斧で刈るわけないし、さてなんでしょうか。

 

2022年9月27日火曜日

かち\/山咄し(木村文三郎) その9

 

P6前半 国立国会図書館蔵

P6拡大

(読み)

ゐ多るところ

いたるところ


へうさ起゛可゛き

へうさぎ が き


多りぢいさん\/

たりじいさんじいさん


そのやう尓奈

そのようにな


げ起多るやふ奈

げきたるような


可多起をうち

かたきをうち


て志んぜんと

てしんぜんと


多ぬきのゐ

たぬきのい


る山 へ由きて

るやまへゆきて


いつしよ尓可や

いっしょにかや



(大意)

(嘆いて)いるところへ

うさぎがやってきました。

「じいさんじいさん

それほどの嘆きの

かたきを討って

しんぜよう。

たぬきのいる

山へ行って

いっしょに茅(かや)」


(補足)

3行目行末「く」のようにえるのは小さい繰り返し記号と解釈しました。

5行目「(奈)げ起多るやふ奈」、ずいぶんニラメッコしましたが、「多」の次からがよくわかりません。

「いつしよ尓可や」、「可や」は「茅」です。「いっしょ」だとおもうのですが、う〜ん・・・

 うさぎの腰手ぬぐいの文字は「火之用」(心)でしょうか。両手の部分がぼやけてしまっていますが、火打ち石を打ち付けています。


2022年9月26日月曜日

かち\/山咄し(木村文三郎) その8

P4 国立国会図書館蔵

P5後半

P5拡大

(読み)

奈してぢゝい尓くハせ多ちま

なしてじじいにくわせたちま


ちもとの多ぬきと奈り者゛ゝア

ちもとのたぬきとなりば ばあ


くつ多ぢゝいヤイ奈可゛しの志多

くったじじいやいなが しのした


の本年をミろといひ奈可゛ら山

のほねをみろといいなが らやま


へ尓げ由起多りぢゝいハ奈げ起X

へにげゆきたりじじいはなげき


(大意)

(食事の支度を)して、ジジイに食べさせ

るとたちまちたぬきとなって

「ババアをくったジジイやい、流しの下の

骨を見ろ」といいながら、山へ

逃げて行きました。ジジイは嘆き


(補足)

「ぢゝい尓くハせ」「者゛ゝアくつ多ぢゝいヤイ」、「く」の次に筆が流れているので読みづらい。「くつ多」もしばらくわかりませんでした。「ヤイ」は語尾につけて、からかうような馬鹿にするような感じをにおわせますが、カタカナ「ヤイ」をみるのは初めてなような気がします。

 ポンポコたぬきが屏風に見事です。そのすぐうしろの縁側で、顔に手ぬぐいを押し当て嘆き悲しんでいるのはもちろん爺さんです。屏風の手前ではまさにババア汁をおいしそうに食べている爺さん。屏風の一枚向こうでは、それを知って嘆いている爺さん。天国と地獄です。

 うさぎが山へ逃げてゆくたぬきを見て、なにか決心している感じです。


 

2022年9月25日日曜日

かち\/山咄し(木村文三郎) その7

P4 国立国会図書館蔵

P5前半

P5拡大

(読み)

かくとも志ら春゛ぢゝいハや満

かくともしらず じじいはやま


より多起ゞをせおひ可へりき

よりたきぎをせおいかえりき


多連バ多ぬきの者゛ゝアハ??

たればたぬきのば ばあは


ぢいさんく多び連多であらう

じいさんくたびれたであろう


あさい者つしやつ多たぬき

あさいわっしゃったたぬき


志゛るをこしらへ多りとぜん多゛て

じ るをこしらえたりとぜんだ て


(大意)

そうともしらず、ジジイは山

より薪(たきぎ)を背負い帰ってきました。

たぬきのババアは

「さあさあじいさんくたびれたことでしょう。

朝、言ってらっしゃったたぬき汁

をこしらえましたよ」と

食事の支度を


(補足)

 1ページ前はあれほどボケて不鮮明だった文章も、この頁ではなんともありません。

何が原因なのでしょう?

「や満」、「や」が現在の「ゆ」にみえますが、「や」です。「ゆ」はたいてい変体仮名「由」を使います。

3行目の行末「者゛ゝアハ」の次がよくわかりません。呼びかけの「ヤウ\/」のように読めますがよくわかりません。

「い者つしやつ多」、そのまま「いはつしやつた」と読むと、さて?と考えてしまいます。

 P4はババア汁ジジイに食わせるの絵。爺さん婆さんの顔の描き方が何度も言ってしまいますがこの作者独特の表現であります。

婆さんの姿のどこかにたぬきの片鱗が描かれてないかを拡大して調べましたがなさそうです。

後ろのついたてにはすすきに満月、P5に目をやるとぽんぽこたぬきが描かれてました。

 

2022年9月24日土曜日

かち\/山咄し(木村文三郎) その6

P2 国立国会図書館蔵

P3後半

P3拡大

(読み)

ころしおの連ハ者゛ゝアの春可゛多尓

ころしおのれはば ばあのすが たに


者゛けてし可゛ひを志るの奈可へい連て

ば けてしが いをしるのなかへいれて


者゛ゝア志るをこしらへ本年ハ奈可゛しの

ば ばあしるをこしらへほねはなが しの


志多へ可くしぢゝいの可へりをまちゐ多り

したへかくしじじいのかえりをまちいたり


(大意)

(打ち)殺して、自分はババアの姿に

ばけ、死骸を汁の中へ入れて

ババア汁をこしらえました。骨は流しの

下へ隠し、ジジイの帰りを待っていました。


(補足)

 薄汚れた透明な下敷きを透かして読んでいるようで、なかなか厄介です。ちょっと前でしたら読めなかったことは確実で、まぁここまで読めるようになったことは日頃の成果であります。

おじいさんの顔を拡大してみると、やはりこの絵師独特の描き方で、いわゆる好々爺ふうなものではありません。

 

2022年9月23日金曜日

かち\/山咄し(木村文三郎) その5

P2 国立国会図書館蔵

P3前半

P3拡大

(読み)

者゛アさん尓む可ひ王多し可゛奈王を

ば あさんにむかいわたしが なわを


といてく多゛さらバむ起゛つくてつ多゛ひ

といてくだされらばむぎ つくてつだ い


をい多しま春とまことしや可尓者゛ゝ

をいたしますとまことしやかにば ば


アを多゛まし奈王をと可せて者゛ゝアを

あをだ ましなわをとかせてば ばあを


さん\゛/にて うちゃく奈しつゐ尓ハうち

さんざ んにちょうちゃくなしついにはうち


(大意)

婆さんにむかって「わたしの縄を

ほどいてくだされば、麦つきをお手伝い

いたします」とまことしやかに、ババアを

だまし縄をとかせて、ババアを

さんざんに打擲(なぐりたたくこと)し、とうとう

打ち(殺して)


(補足)

 とても不鮮明で読むのも困難ですが話の筋はわかっていますのでそれを頼りに解読します。

「王多し可゛奈王を」、「王多し」の次がわかりません。

「といてく多゛さらバ」、「く多゛」の次は「さ」でまちがいないとおもいます。しかしその次が「れ」だとつながりがよいのですが「れ」にはみえません。

「奈王をと可せて」、「と可せて」としましたが「とせて」とみえます。

  P2の絵は作者のちょっとした含みがありそうです。大きな袋に見えますがこれはきっとたぬきの金袋なのではないでしょうか。ちょうどたぬきの股下のあたりから出ていることもありますし、袋の表面はたぬきの毛でおおわれているようにも見えます。その袋から両手が右側に、両足がたぬきの脚もとに突っ張って出ています。恐ろしい。

 

2022年9月22日木曜日

かち\/山咄し(木村文三郎) その4

P1後半 国立国会図書館蔵

P1拡大

(読み)

ハんといひてぢゝいハ山 へしごと尓

はんといいてじじいはやまへしごとに


いでし由くあと尓ハ者゛アさん可゛

いでしゆくあとにはば あさんが


むぎをついてゐ多り多ぬきハ▲

むぎをついていたりたにきは


(大意)

食べようと言い残してじじいは山へ仕事を

しに出かけました。家ではばあさんが麦を

ついていました。たぬきは


(補足)

「山へしごと尓」、他の豆本では「山へしばかり尓」となるのですが、ここでは「しごと尓」となってます。「ごと」は「こと」の合字に濁点付き。「ごと」は「者゛」とは読めません。

 捕まって吊るされているたぬきは口をひらいてなにかわめいているよう。拡大してみるとボケてしまってはいますが体毛は丁寧に刻んであるのがわかります。

窓の柵が竹であったり壁が石壁にみえますが土塀が直線状に割れたものなど独特さが見られます。

 

2022年9月21日水曜日

かち\/山咄し(木村文三郎) その3

P1前半 国立国会図書館蔵

P1拡大

(読み)

む可し\/ぢゝいと者゛ゝアとありて

むかしむかしじいとば ばあとありて


あるとき多ぬき可゛いでゝい多づ

あるときたぬきが いでていたず


らを春る由へおさへて尓ハへ志者゛

らをするゆえおさえてにわへしば


りおき者゛ん尓ハ志る尓てくら

ろおきば んにはしるにてくら


(大意)

むかしむかしじじいとばばあが暮らしていました。

あるとき、たぬきが出ていたずらを

するため、捕まえて庭に縛り置きました。

晩には汁にして食べようと


(補足)

「志者゛りおき」、不鮮明ですが読みはあっているとおもいます。

「尓ハへ」、変体仮名「尓」(に)はもうひとつ「者゛ん尓ハ」の英字小文字筆記体の「y」もあります。

 おばあさんの顔立ちは今までの豆本絵本のおばあさんのものと、ずいぶんことなっています。この絵師独特の描き方です。

 

2022年9月20日火曜日

かち\/山咄し(木村文三郎) その2

見返し 国立国会図書館蔵

(読み)

なし

(大意)

なし

(補足)

 すすきの穂の部分を拡大してみると穂先の一本一本にさらに細かく線を刻んでいます。これで穂のふわふわ感をだそうという工夫のようです。これから何かが起こりそうなかちかち山の静かな風景でしょうか。月や山を描きたくなってしまいますが、すすきと野原だけ。絵師のこれでいいのだという声が聞こえてきそうです。

 右下に折り目がそのままになっています。これくらいちゃんと折り返してきちんと撮影しなさいって、これをみた当初はおもったのですが、その左上にもっと大きな折返しの線があります。ですのでこの小さい方はもしかしたら、くっついてしまっていて折り返そうとすると和紙がはがれてしまうので、そのままなのかもしれないと、おもいなおしました。

 

2022年9月19日月曜日

かち\/山咄し(木村文三郎) その1

表紙 国立国会図書館蔵

(読み)

かち\/山 咄  し

    やま者゛奈

かちかちやまば なし


(大意)

(補足)

 前回のBlog「桃太郎一代記」がおわって、再度木村文三郎の豆本をさがしてみたら、この「かち\/山咄し」がありました。そして表紙をみたらうれしい驚きです。「あさ可゛本物語」の絵師と同じなのでした。目が細く切れ上がり、表情は柔和さより鋭さが目立つ描き方で現代的で劇画風なところもあって現在から見ると先鋭的といってよいです。実際このような表情や描き方でかいている漫画家さんが現在いらっしゃいます。

 この豆本シリースは絵師として小林英次郎(幾久)がかかわっているのですが、彼のような気もしますけど何度か見くらべてみるとやはりここまで画風をかえることはないでしょうから、作者不詳の誰かさんだとおもいます。

 この豆本は一冊まるまる赤く変色してしまっています。日焼けでしたら頁ごとに差があるはずですが頁に関係なく一様に全部の頁が赤く変色しているのは印刷に使われたインクがこの豆本だけ他のものとは異なっていたのかもしれません。しかしこの一冊だけインクをかえるのも妙なはなしです。うーん、詳しい方にお聞きしたいです。

 ラベルが顔の真上に貼ってあります。わたしがこの仕事をした人の上司なら貼った方の顔に同じことをしますね。表題の右側に空白があるのにわざわざ顔にかぶせて貼ることはないでしょう。

 表紙は店に並べたとき、お客さんに手にとってみてもらうため、絵師は一番気合を入れて描くところです。これなら誰でも手がでてしまうでしょう。すばらしいできばえであります。