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2024年1月26日金曜日

人間一生胸算用 その67

P29 国立国会図書館蔵

(読み)

「ヲヤ

 おや


於めへハ

おめえは


於連可者らの

おれがはらの


中 尓い多可これハ\/

なかにいたかこれはこれは


志ら奈ん多

しらなんだ


於めへハ者らの

おめえははらの


中 尓ゐて志るめへ可゛

なかにいてしるめえが


おれも大 可ふり尓

おれもおおかぶりに


かぶ川ての

かぶっての


此 ころ

このころ


め可゛さめ多よ

めが さめたよ


「コレ無次郎 可

 これむじろうが


きさ満

きさま


めで\/と

めでめでと


いハ川し

いわっし


於れ可゛多し\/と

おれが たしたしと


いふ可ら

いうから


めで多し

めでたし


\/  と

めでたしと


い王袮へと

いわねえと


くさそうしの

くさそうしの


志まひハ

しまいは


き尓可ゝる

きにかかる


京  伝 戯作 ㊞ 自画

きょうでんげさく  じが

(大意)

「おや、おめえへは、おれの腹の中にいたのか。これはこれはしらなんだ。おめえは腹の中にいてしるめえが、おれはしくじったもしくじった。このごろやっと目がさめたよ。

「これ無次郎、きさまめでめでと言え。おれはたしたしと言うから。めでたしめでたしと言わねえと草双紙はおわらねえんだ、気にかかるじゃねえか。

京伝戯作㊞ 自画

(補足)

「大可ふり尓かぶ川ての」、『おおかぶり おほ― 【大かぶり】

〔「かぶる」は芝居関係者の隠語「毛氈(もうせん)をかぶる」の略で,失策の意〕

大失敗。おおしくじり。「知れると―さ」〈洒落本・古契三娼〉』

 変体仮名「女」(め)がたくさん出てきています。それらどれも「め」ではなく「女」のほうに近いようにみえます。

 映画「ミクロの決死圏」では最後、涙と一緒に体から脱出したとおもいましたが、京伝、無次郎がため息で脱出とは幸せでありました。めでたしめでたし。おしまい。


2024年1月25日木曜日

人間一生胸算用 その66

P29 国立国会図書館蔵

(読み)

かくて無 名 や無次郎 ハいよ\/

かくてむみょうやむじろうはいよいよ


大 極 上  々  吉 の人 間 と奈り

だいごくじょうじょうきちのにんげんとなり


本川と多めいきをつくひやうし尓

ほっとためいきをつくひょうしに


京  伝 を者き多し个れバ

きょうでんをはきだしければ


京  伝 ハ出る与り者やく

きょうでんはでるよりはやく


ふで於川とり

ふでおっとり


右 の志し う

みぎのしじゅう


三 さつのさうし尓

さんさつのそうしに


つゞ里个る

つづりける


「京  伝 ハ者き

 きょうでんははき


出されて

だされて


ミ多所  可

みたところが


無次郎 可

むじろうが


ふうぞく

ふうぞく


む可し尓

むかしに


可王り

かわり


者んつうの

はんつうの


奈り可多ち

なりかたち


由へいよ\/

ゆへいよいよ


きめ う可゛る

きみょうが る


「口 可ら

 くちから


ごく王うの

ごこ うの


さすと

さすと


いゝツこ

いいっこ


那し

なし

(大意)

かくて、無名屋無次郎は、ますます大極上々吉の人間となり、ホッとため息をついた拍子に、京伝を吐き出し出した。京伝は出るより早く、筆をすぐさまつかみ取り、今までの一部始終を三冊の草紙に綴った。

 京伝は吐き出されて、無次郎を見たところ、無次郎の姿形が昔とかわり、(以前と比べ)人間がまるくなったようにみえ、ますます不思議なことだとおもった。

 口から後光がさしている(この絵のこと)なんていうことは、言いっこなし。

(補足)

「於川とり」、『おっと・る 【押っ取る】(動ラ四)〔「おしとる」の転〕

① 勢いよくつかみ取る。「童にもたせたる太刀―・り,するりと抜きて」〈曽我物語1〉』

「右の志しう」、「志しう」が始終とはなかなか気づきませんなんだ。

「半通」、通と不通の真ん中にあることをいう。つまり人としてごく平凡で普通のことをいう。未熟なのにいかにも通ぶるふるまいをする半可通とは別である。とものの本にはありました。

 煙管一式と煙草盆が妙に微に入り細で描き込まれています。きっと京伝が使っていたものに違いありません。

 

2024年1月24日水曜日

人間一生胸算用 その65

P27P28 国立国会図書館蔵

P28

(読み)

ミ奈\/

みなみな


者しめの

はじめの


ことく

ごとく


心  を

こころを


多つ

たっ


とミ

とみ


心  も

こころも


ま多

また


於のれ

おのれ


をつゝしミ

をつつしみ


ミ奈\/もよく心  の

みなみなもよくこころの


げちをまもり

げちをまもり


个れハ無二郎 可゛

ければむじろうが


可ら多゛のいくさ

からだ のいくさ


多ちまち

たちまち


於さまり个り

おさまりけり


P27

「これミん奈

 これみんな


いゝてへ

いいてえ


志やれもあろふ可゛

しゃれもあろうが


もふ

もう


い王川しやん奈与

いわっしゃんなよ


者んもと可゛きて

はんもとが きて


多゛いぶ可き入 可゛

だ いぶかきいれが


於ゝくて

おおくて


P28

よミ

よみ


尓く

にく


可らふと

かろうと


い川多ぜ

いったぜ

(大意)

皆々、最初の頃のように心を尊び、心もまたおのれを慎み、皆々もよく心の指示に従えば、無二郎の中の体の戦はたちまち治まった。

「これ、みんな、言いてぇ洒落もあろうが、もう言うんじゃねぞ。版元が来て、ずいぶんとセリフが多くて、読みにくかろうと言ってたぜ。

(補足)

 地獄絵図には、閻魔大王・生前の善悪をうつす鏡・悪行のものを茹でる釜、鬼が描かれています。

「者んもと可゛きて」というのは、文章が多すぎて板木彫るのが手間でお金も時間もかかるという版元蔦屋重三郎の苦情でしょう。

 

2024年1月23日火曜日

人間一生胸算用 その64

P27P28 国立国会図書館蔵

P28

(読み)

さて

さて


京  伝 ハ心  を

きょうでんはこころを


どう多゛うして

どうど うして


もとのむ年の所  へ多ち

もとのむねのところへたち


可へりけれハ心  ハ可の

かえりければこころはかの


さつ可りし三いろの

さづかりしみいろの


うちをひらき

うちをひらき


せいじんの

せいじんの


ゐし与を

いしょを


ミゝ尓与んで

みみによんで


き可せつぎ尓

きかせつぎに


ぢごくの

じごくの


ゑ川を目尓

えずをめに


ミせ又

みせまた


太 神 くうの

だいじんぐうの


P28

きよくいさぎ

きよくいさぎ


与きあらひ

よきあらい


よ年を口尓

よねをくちに


のませさて

のませさて


志んぎ

じんぎ


五じやうの

ごじょうの


奈王を

なわを


も川てあし

もってあし


手を志ハり

てをしばり


个れバきも

ければきも


於のつ可ら

おのずから


本んしやうに

ほんしょうに


可へり

かえり

(大意)

 さて、京伝は心をともなって、もとの胸のところへ立ち帰ると、心はあの授かった三色の中を開き、聖人の遺書を耳に読んで聞かせた。次に、地獄の絵図を目に見せた。また、太神宮の清く潔い洗い米を口にのませた。さて、神器「五常の縄」をもって足・手をしばれば、氣もおのずから正気をとりもどした。

(補足)

「ゐし与」、「ゑ川」、「ゐ」のもと字は「為」、「ゑ」は「恵」。

「太神宮」、よく見ると「大神宮」ではありませんでした。意味はおなじ。

「五常」、「仁・義・礼・智・信」。

 ここの絵は文章とまったく一致しています。耳は心の足元の聖人の遺書に見入り、目は地獄の絵図を見てのけぞりびっくり、その脇で京伝すまし顔。口は洗い米を口に含み、足・手は後ろ手に縛られ、あれっ、鼻、はなはどうした!

 

2024年1月22日月曜日

人間一生胸算用 その63

P27P28 国立国会図書館蔵

P27

(読み)

これ心  のゆるむ由へ也

これこころのゆるむゆへなり


此 志奈をも川てミ奈\/

このしなをもってみなみな


の心  を多め奈をす

のこころをためなおす


べしと何 可三 つ

べしとなにかみっつ


のものを

のものを


さづけ給ふ

さずけたまう


「こゝで

 ここで


いち者゛ん

いちば ん


志川多り

しったり


ふり尓

ぶりに


ちんふん可んを

ちんぷんかんを


いひ多い

いいたい


事 ハ

ことは


山 本と

やまほど


あ連ど

あれど


うつ多ろうと

うつだろうと


思 川て

おもって


つまんでいふぞ

つまんでいうぞ


「ハイ\/

 はいはい


かしこ

かしこ


まりの

まりの


とろゝ

とろろ


しるさ

しるさ

(大意)

これは心がゆるむためにおこる。この品物を用いて皆々の心を鍛え直すとよい」と、何か三つのものを授けてくださった。

「ここで一番知ったかぶりをして、チンプンカンプンの言いたいことは山ほどあるが、わけがわからんだろうから、かいつまんで言うぞ

「はいはい、かしこまりのとろろ汁さ

(補足)

「さづけ給ふ」、「給」のくずし字はくるくるっと二回螺旋をかく。

「うつ多ろうと」、ここの「うつ」を辞書で調べるも、どうもおもっている説明が見つかりませんでした。

「かしこまりのとろゝしるさ」、芭蕉の「梅 若菜 丸子の宿のとろろ汁」の「まりこ」と「かしこまり」の洒落。この頃、松尾芭蕉の復活があったとものの本にありました。

 今年の正月は三日とろろを食べました。

 

2024年1月21日日曜日

人間一生胸算用 その62

P27P28 国立国会図書館蔵

P27

(読み)

京  伝 ハむ次郎 可゛から多゛の中 三 百  六 十  の本袮\/を多つ袮しと

きょうでんはむじろうが からだ のなかさんびゃくろくじゅうのほねぼねをたずねしと


ころ尓あ多満の

ころにあたまの


すて川へんひよめきのあ多り尓心  可゛まこ\/してゐ多るをミつけもとの

すてっぺんひよめきのあたりにこころが まごまごしていたるをみつけもとの


む年の所  へつれ可へらんとせしに又 候 さ起多゛つてのぜん多満しゐあらハれいて

むねのところへつれかえらんとせしにまたぞろさきだ ってのぜんたましいあらわれいで


つけ个るやうハ可ういふ事 尓奈らんと思 ひし由へ京  伝 をから多゛の中 へ

つげけるようはかういうことにならんとおもいしゆえきょうでんをからだ のなかへ


入 於き多りそれ孟子(もうし)もせいハ善(ぜん)奈りといひて天 可らうミ付 多る

いれおきたりそれ   もうし もせいは  ぜん なりといいててんからうみつけたる


心  ハミ奈よき心  奈りされとも於のれ\/ 可心  の由るミより

こころはみなよきこころなりされどもおのれおのれがこころのゆるみより


きといふものうこき出し目くちミゝ者奈手あし尓い多るまで

きというものうごきだしめくちみみはなてあしにいたるまで


こころのげちをうけ須゛このやうにく尓可゛ミ多゛るゝ奈り

こころのげちをうけず このようにくにが みだ るるなり

(大意)

 京伝は、無次郎の体の中、三百六十の骨々を探し訪ねたが、頭のてっぺんもてっぺん、ひよめきのあたりに、心がうろうろしているのを見つけた。もとの胸のあたりに連れ帰ろうとしたが、またまた、先だっての善魂があらわれ出て、告ごとを述べた。

「こんなことになるのではおもったから、京伝を体の中へ入れ置いたのだ。孟子が言う。性は善なり。天から生み出された心は、もともとみな善き心である。しかしながら、一人ひとりの心のゆるみより、気というものが動き出し、目口耳鼻手足にいたるまで、心の指図を受けず、このように国(体)が乱れるのだ。

(補足)

「ひよめき」、『ひよめき【〈顋門〉・〈顖門〉】〔ひよひよと動く意から〕乳児の泉門(せんもん)』

 縦長の字数が多い文章は読みにくとおもいきや、行替えで文章の区切りが少ない分、かえって読みやすくもなります。

 京伝かしこまっている左側に、鉦太鼓とバチがあるのが笑えます。

 

2024年1月20日土曜日

人間一生胸算用 その61

P25P26 国立国会図書館蔵

P26

(読み)

「まへこの\/  無次郎 可゛

 まいごのまいごのむじろうが


心  やアイ〽チキチャンチキ

こころやあい ちきちゃんちき


チャンドコドン

ちゃんどこどん


これハし多り

これはしたり


これてハミぶきやう个゛んの

これではみぶきょうげ んの


ひやうし尓奈累

ひょうしになる


「あしのつ満

 あしのつま


さき可ら

さきから


せ奈可あ多り

せなかあたり


まて二三 へん

までにさんべん


多つ年多可゛

たずねたが


ミへ袮へ

みえねえ


「無二郎 可゛

 むじろうが


可けて尓けるさふで

かけてにげるそうで


此 く尓可゛がうぎ奈

このくにが ごうぎな


ちしん多

じしんだ


「こゝらハ

 ここらは


すし可゛

しじが


於ゝくて

おおくて


あるき尓くひ

あるきにくい


さつまいも尓

さつまいもに


すると

すると


いつ可う多゛

いっこうだ

(大意)

「迷子のまいごの無二郎の心やぁ〜い。チキチャン、チキチャン、ドコドン。これはしくじった、これでは壬生狂言の拍子だ。

「足の爪先から背中あたりまで、二三べんさがしたが、みつからねぇ。

「無二郎が駆けて逃げてるようで、この国(中)がひどい地震だ。

「ここらは筋が多くて歩きにくい。さつまいもだとしたら、ひどいできだ。

(補足)

「いつ可う多゛」、「一向、『全くひどいさま。「こつちらは―なものだ,とんだねき物(=売レ残リ)だ」〈洒落本・通言総籬〉』」。

 山東京伝の頃には、人体解剖図や漢方の経絡などの人体図はありましたが、この絵のような神経(索)や筋肉の腱のような紐状の絵はどうだったのでしょう。なかなか医学の先取りをした絵なのかもしれません。

 

2024年1月19日金曜日

人間一生胸算用 その60

P25P26 国立国会図書館蔵

P26

(読み)

かの京  伝 ハ右 の

かのきょうでんはみぎの


志ゞ うをとくとミて

しじゅうをとくとみて


ゐ多りし可゛思 ふやうハ王れ思 ハ須゛も

いたりしが おもうようはわれおもわず も


志者゛らくこの可ら多゛をすミ可と奈し

しば らくこのからだ をすみかとなし


こと尓とも多゛ちの無二郎 可゛可ら多゛の

ことにともだ ちのむじろうが からだ の


事 奈れバい可尓もきのとく奈事 也

ことなればいかにもきのどくなことなり


志可しい个んをし多い尓ハ

しかしいけんをしたいには


とう人 の可ら多゛の中 尓ゐる

とうにんのからだ のなかにいる


於れ奈れハそれも

おれなればそれも


でき

でき


須゛これハまつ多く

ず これはまったく


心  可゛心  のゐ所  尓いぬ

こころが こころのいどころにいぬ


由への事 奈りと

ゆへのことなりと


可年多いこ尓て

かねたいこにて


心  の由くへを多つ年る

こころのゆくへをたずねる

(大意)

 かの京伝は、右の始終をすべて見ていたのだが、思うには「われおもわずも、しばらくこの体をすみかとし、ことに友達の無二郎のからだのことなれば、いかにも気の毒なことである。しかし、意見をしたくとも、当人の体の中にいるのがおれであっては、それもできず、これはまったく心が心の場所にいないからなのだ」と、鉦太鼓をならして、心の行方を尋ねる。

(補足)

「きのとく奈事也」、ここの「也」のくずし字は三画目の半円部分だけが残った感じ。

京伝、無二郎が体の中をさまよう絵はまさに、ミクロの決死圏。

 

2024年1月18日木曜日

人間一生胸算用 その59

P25P26 国立国会図書館蔵

P25

P26

(読み)

P25

「つまらぬもの多゛ミん奈のざ満をミ多可゛

 つまらぬものあ みんなのざまをみたが


いゝ目のよるところへざ満可゛与るとハ

いいめのよるところへざまが よるとは


この事 可

このことか


「ミゝ可゛いふこれ志川可尓

 みみが いうこれしずかに


者奈しやれ可べ尓も

はなしやれかべにも


於れといふ事 可ある

おれということがある


手「於らァい川そ

て おらぁいっそ


てん本゛うまさむ年可゛所  へてま尓

てんぼう まさむねが ところへてまに


P26

でも者いらふ

でもはいろう

(大意)

「なんてこった。みんなのざまを見るがいい。目のよるところへざまがよるとはこの事か。

「耳が言う、これ、静かに話せ。壁におれということがある。

手「おらぁいっそ、てんぽう正宗のところへ弟子にでもなるか。

(補足)

「目のよるところへざ満可゛与る」、「目のよるところへ玉がよる」のもじり。類は友を呼ぶ。

「てん本゛うまさむ年」、「てんぼう」は『てんぼう【手ん棒】〔「てぼう」の転。棒のような手の意〕指や手首から先のないこと。』。師匠の技を盗もうとして片手を切り落とされた刀工の失った片手に手がなろうとしたのか。

 

2024年1月17日水曜日

人間一生胸算用 その58

P25P26 国立国会図書館蔵

P25

P26

(読み)

P25

口 可゛いふ

くちが いう


「於らァいつそもとでを

 おらぁいっそもとでを


くめんしてち川と

くめんしてちっと


き多ねへ可゛こま

きたねえが こま


ものミせでも

ものみせでも


多゛すべい

だ すべぇ


「ナニサ飛゛く\/

 なにさび くびく


さ川しやん奈

さっしゃんな


うしろ尓やア

うしろにゃあ


此 者奈可

このはなが


飛可へて

ひかえて


いる

いる


「あし可いふ

 あしがいう


こんやハとん多゛

こんやはとんだ


さふひ者ん多゛

さぶいばんだ

P26

多ひを可ふつて

たびをかぶって


くれハよ可つ多

くればよかった


於れもこれ可ら

おれもこれから


かゝとで

かかとで


きんちゃくでも

きんちゃくでも


きらねハ

きらねば


ならぬ

ならぬ

(大意)

口が言う、「おらぁ、いっそ、もとでを工面して、ちっときたねぇが、小間物店でもだすべぇ。

「なにさ、ビクビクしなさんな。うしろにゃ、この鼻がひかえている。

「足が言う、今夜はとんだ寒い晩だ。足袋をかぶってくればよかった。おれもこれから、かかとで巾着を切らねばならぬ。

(補足)

「こまものミせ」、汚物を吐く、ゲロをする。

「ナニサ」、十二月もみえる。

「さふひ者ん多゛多ひを可ふつてくれハよ可つ多」、濁点がないので何度か読まないと理解できません。

「きんちゃくでもきらねハ」、スリのこと。

 パッとしない言い回しが続きます。

 

2024年1月16日火曜日

人間一生胸算用 その57

P25P26 国立国会図書館蔵

P25

(読み)

きハぐ川と王るき尓

きはぐっとわるきに


奈り手尓いひ付 て

なりてにいいつけて


あるよひそ可尓

あるよひそかに


その可年を

そのかねを


ぬすミ尓やりし可゛

ぬすみにやりしが


志そく奈川て

しそこなって


ミつけられ个れハ

みつけられければ


ぐ王いふん王るく

が いぶんわるく


無次郎 可から多゛

むじろうがからだ


いまハ町  内 尓

いまはちょうないに


ゐら連須゛

いられず


てん\/尓志よ

てんでんにしょ


どうぐを

どうぐを


もちあしめ尓

もちあしめに


ま可せ天

まかせて


よ尓け尓

よにげに


し多るぞ

したるぞ


う多て个れ

うたてけれ

(大意)

 すると、氣は悪心(あくしん)がぐぐっともたげ、手に言いつけて、ある夜、ひそかにその金を盗みにやったが、しそこなって見つけられてしまったため、外聞悪く、無次郎の体は今は町内にいることができなくなってしまた。皆てんでに身の回りの荷物を持ち、足にまかせて、夜逃げしてしまってなんとも情けないことである。

(補足)

「志そく奈川て」、仕損って(しそこなって)ですけど、こんな言い回しもしたのかも。

「う多て个れ」、「う多て」は『転〔「うたた」の転〕(形動ナリ)情けない。いとわしい。「―なりける心なしのしれ者かな」〈宇治拾遺物語•2〉』などとありました。

「てん\/尓志よどうぐをもち」、鼻は傘、目は箒に籠、手は下駄、氣は菅笠、足は行灯、耳と口は風呂敷を背負っています。いろいろ思案するも当人たちと持ち物に洒落はなさそう、まったくの手当たり次第。

 

2024年1月15日月曜日

人間一生胸算用 その56

P25P26 国立国会図書館蔵

P25

(読み)

かくてお者゛の所  で可りし可年も

かくておば のところでかりしかねも


あしと手可゛らり尓して

あしとてが らりにして


志まひ个れど尓くひとて

しまいけれどにくいとて


あし手をき川ても

あしてをきっても


すてら連須今 ハ

すてられずいまは


せん可多奈くいろ\/

せんかたなくいろいろ


志あんしてゐる所  尓

しあんしているところに


此 ころきん所 てとミを

このごろきんじょでとみを


と川多る事 をミゝ可゛きゝ出し

とったることをみみが ききだし


その可年をうけとる所  を

そのかねをうけとるところを


目可見て可へり个れハ

めがみてかえりければ

(大意)

 かくて、叔母のところで借りた金も、足と手が無駄使いしてしまったが、憎くもありながらも、足と手を切ろうにも捨てられず、今は致し方なく、いろいろ思案していた。ちょうどそこへ、最近、近所で富くじを当てた人がいると耳が聞きつけ、その金を受け取った家を目が確かめ帰宅した。

(補足)

「らり」、「らり 【乱離】(名•形動)「乱離骨灰(らりこつぱい)」の略。「鐘供養踊り子が来て―にする」〈誹風柳多留•9〉」とあり、「らりこっぱい ―こつぱひ 31【乱離骨灰・羅利粉灰】(名•形動)めちゃめちゃになる・こと(さま)。さんざん。乱離。「こいつめが亭主を―にしやあがる」〈滑稽本・東海道中膝栗毛•発端〉」とありました。

「此ころ」、ここの「こ」は変体仮名「己」(こ)でしょうか。

 

2024年1月14日日曜日

人間一生胸算用 その55

P24 国立国会図書館蔵

(読み)

「口 をつれて

 くちをつれて


こぬ可ら

こぬから


手ハ多ゞ

てはただ


多んまりて

だんまりで


多ゝき

たたき


あふ

あう


「これ\/のど可゛つまるマア者奈してくれま和多で

 これこれのどが つまるまあはなしてくれまわたで


くびを志めるとハきい多可゛

くびをしめるとはきいたが


王里やア者多可で

わりゃぁはだかで


くびを志める奈

くびをしめるな


「可多奈ハぶしの

 かたなはぶしの


多満しゐでバ本う

たましいでばほう


て うハきをひの

ちょうはきおいの


多満しゐ多゛

たましいだ


かくごう

かくごぉ


しやア可れ

しやぁがれ

(大意)

「口を連れてこなかったので、手はただ、だまったままたたきあう。

「これこれ、喉がつまる。あぁ放してくれ。真綿で首を締めるとは言うが、わりゃぁ、裸で首をしめるな。

「刀は武士の魂、出刃包丁はおとこぎの魂だ。覚悟しやぁがれ。

(補足)

「きをひ」、『きおい きほひ 【競ひ・勢ひ】② 威勢がよいこと。勇ましいこと。俠気。「贔屓(ひいき)の―手打の連中」〈滑稽本・根南志具佐〉』とあり、「俠気」に『おとこぎ をと―【男気・俠気】男らしい性質・気持ち。自分の損得を顧みず弱い者のために力を貸す気性。義俠心。俠気。 ↔女気。「―のある人」』とありました。

「王里やア」、変体仮名「里」が長細いので二文字にみえます。

 出刃包丁を握りしめる任侠の博打打ち、こういう出刃の握り方もあるのでしょうけど、自分に刃が向いているので心配、なので右肩を自分で刺しちゃったのか、血が激しくふいてます。

 手は両手に加えて、首から上が5人分くらいのデッカイ握りこぶし、これじゃぁまわりはひとたまりもない、だまって殴り続けるやつが一番怖い。

 

2024年1月13日土曜日

人間一生胸算用 その54

P24 国立国会図書館蔵

(読み)

そのあとの者んぶんの

そのあとのはんぶんの


可年ハそのよま多

かねはそのよまた


手可ぬすミ出し

てがぬすみだし


あしめハよい事 を

あしめはよいことを


し於川多いてや

しおったいでや


王れもちと

われもちと


多のしミ可けんと

たのしみかけんと


奈くさミ尓

なぐさみに


かゝ里大  尓

かかりおおいに


まけこけて

まけこけて


やけを於こし

やけをおこし


大 个んく王を

おおげんか を


者しめて

はじめて


あいての

あいての


阿多満を

あたまを


尓ぎり

にぎり


こぶして

こぶしで


うち

うち


きづを

きづを


つ希

つけ


个れハ

ければ


大 さ

おおさ


ハきと

わぎと


なる

なる

(大意)

 そのあとの半分の金は、その夜また手が盗み出し、「足めはよい事をしおった。よしっおれも、ちと楽しんでやろう」と、気晴らしに博打をしたが、おおいに負けがこんでやけを起こし、大喧嘩を始めた。相手の頭を握りこぶしでなぐり、傷をつけると、大騒ぎになった。

(補足)

「いでや」、『〔「いで」を強めていう語〕いやもう。いや,ほんとに。「―,さいふとも田舎びたらむは」〈源氏物語•若紫〉』

「きづをつ希个れハ」、変体仮名「希」(け)はまあまあでてきます。ここでのくずし方は「十」+「巾」のような感じ。

 絵は山東京伝自身とのことでありますが、以前の駕籠かきの人物もそうでしたが、ここの殴り合っているふたりの表情もうまい。しかし手のうしろの脚三本がなんか変です。

 手が右手で振り回しているのは煙草盆。足元にはぶちまけた吐月峰((とげっぽう)灰吹)、竹筒みたい形状のもの、と火入れ(お椀みたいな形状のもの)の灰がこぼれている。

 また、さいころと壺皿、銭と百文つなぎが何本か散らばっています。蓙(こも)の縁に落ちている細長いものは「馬鹿」とよばれる賭場で用いる百文や五十文という定量の銭を刺して量る道具とものの本にはありました。

 

2024年1月12日金曜日

人間一生胸算用 その53

P23 国立国会図書館蔵

(読み)

「可ご尓のりつめも

 かごにのりづめも


多いき奈もの多゛

たいぎなものだ


ちつとあるいて

ちっとあるいて


やすまふ

やすもう


「てめへ多ちハ

 てめえたちは


く多ひれハ

くたびれは


せぬ可

せぬか


その

その


可ハり

かわり


いき多

いきた


可つ本を

かつおを


く王

くわ


せるぞ

せるぞ


「多ん奈

 だんな


もし

もし


ゑのしまハ

えのしまは


ゑひすや尓

えびすやに


奈され

なされ


まし

まし

(大意)

「駕籠に乗りっぱなしも疲れるものだ。ちっと歩いて休もう。

「手前たちは疲れはせぬか。そのかわり、生きた鰹を食わせるぞ。

「ねぇ旦那、江ノ島は恵比寿屋になされまし。

(補足)

 江の島の恵比寿屋を調べてみると現在も営業していました。きっと生きた鰹も食べることができるとおもいます。

 通し駕籠とはいえ、江戸芸者を連れての旅ですから、江の島鎌倉までは江戸からのんびり2,3日の旅だったでしょうか。

 わたしの初めての海水浴は江の島でした。そして迷子になったのも江の島の浜でありました。

 

2024年1月11日木曜日

人間一生胸算用 その52

P23 国立国会図書館蔵

(読み)

ふとあく可゛きざして

ふとあくが きざして


そのよひそか尓可の

そのよひそかにかの


可年を者んぶんぬすミ出し

かねをはんぶんぬすみだし


江戸げいしや尓

えどげいしゃに


可ミを引 つれとうし

かみをひきつれとうし


かご尓て江のしま

かごにてえのしま


可満くらとで可け

かまくらとでかけ


和可゛もので奈いと思 ひ

わが ものでないとおもい


於ゝくの金 をや多ら

おおくのかねをやたら


ミつちや尓於こつて

みっちゃにおごって


志まふ

しまう


 なる本どあしの

 なるほどあしの


於ごりハとうし

おごりはとうし


可ごくらひの

かごくらいの


ところ奈るべし

ところなるべし

(大意)

 ふと魔がさして、その夜ひそかに、あの借りた金の半分を盗み出し、江戸芸者に太鼓持ちを引き連れて、通し駕籠で江の島・鎌倉へ出かけた。自分の金ではないとおもい、多くの金をやたらめったら奢ってしまった。

 なるほど、足にとっての奢りは通し駕籠に乗るくらいのことらしい。

(補足)

「江戸げいしや尓可ミを引つれ」、かみ(神)は太鼓持ちのことですが、隠語大辞典なるもので調べると『遊客と遊女との間を幇助して、酒宴の興を添ふる男芸者のことをいふ。遊客を「大尽」といふから「大神」に音を通はせ、その神前で太鼓を持つといふ意から来たものである。幇間ともいふ。〔花柳語〕』とありました。なるほど、大尽のじんが神(じん→かみ)というわけです、う〜ん。

「とうしかご」、今で言うハイヤー。

 

2024年1月10日水曜日

人間一生胸算用 その51

P23 国立国会図書館蔵

(読み)

さてミ奈\/於者゛を

さてみなみなおば を


多゛まくらのごん五郎 尓して

だ まくらのごんごろうにして


よ本どの金 子を

よほどのきんすを


可りて可へりよし

かりてかへりよし


ハらの可けを者らひ

わらのかけをはらい


又 あそハんとよろ

またあそばんとよろ


こひそのよハミ奈\/

こびそのよはみなみな


やすミ个る尓あしハ

やすみけるにあしは


於者の所  て久 しく志りの

おばのところでひさしくしりの


下 尓志可れゐ多れハ

したにしかれいたれば


大 キ尓く多びれて

おおきにくたびれて


袮そひ連多るあまり

ねそびれたるあまり


つら\/思 ひミん奈

つらつらおもいみんな


志やれる中 尓於れひとり

しゃれるなかにおれひとり


於と奈しくして

おとなしくして


ゐるも大 キ奈こけと

いるもおおきなこけと


志阿んをき王め

しあんをきわめ

(大意)

 さて、皆々、叔母を(だまくらの権五郎に)だまして、たくさんの金を借りて帰った。吉原の借金を払い、また遊べると喜んで、その夜は皆休んだ。しかし足は叔母のところでずっと尻の下にしかれていたので、ひどくくたびれ寝そびれてしまったためか、うとうとしながらおもった。みんなが楽しく過ごしているなか、おれひとりがおとなしくしているのもずいぶんとばからしいと考えがまとまり、

(補足)

 この頁はなんだか小学生の絵日記のようです。連れてきた芸者が拙い。

「ごん五郎」、「郎」の部分はくずし字だと「戸」+「巾」のような形ですが、ここのは「らう」のようにみえます。ちょっとあいまい。

 

2024年1月9日火曜日

人間一生胸算用 その50

P21P22 国立国会図書館蔵

P22

(読み)

そ奈多ハそん奈

そなたはそんな


心  でハ奈可つ多可゛

こころではなかったが


き可゛ち可ふ多可

きが ちごうたか


マアふ多於やのくろう尓

まあふたおやのくろうに


されるをち川とハ

されるをちっとは


つもつてミ多可゛いゝと

つもってみたが いいと


此 やう奈事 をいつても

このようなことをいっても


とてももちひハ

とてももちいは


せまひ

せまい


いし本とけ尓

いしぼとけに


ぐ王んを

が んを


かける

かける


やう奈

ような


ものじや

ものじゃ

(大意)

「そなたはそんなひとではなかったが、気がふれたか。まぁふた親の苦労されてきたことをちっとはおもいやってみるがいいと、このようなことを言っても、とてもは聞き入れまい。石仏に願を掛けるようなものじゃ」

(補足)

「マアふ多於やの」、変体仮名「多」は彫り間違いでしょうか。

「いし本とけ尓ぐ王んをかける」、馬の耳に念仏とおなじ。

 うしろの屏風に「登櫻萬里」。また火鉢の模様は筆で描かれた模様ではなく、粘土を盛って飾りつけたようにみえます。どうやら、「於者゛さ満」はお金も教養もあるようです。

 

2024年1月8日月曜日

人間一生胸算用 その49

P21P22 国立国会図書館蔵

P22

(読み)

p21

口 可゛いふ

くちが いう


「この多ひの金 子

 このたびのきんす


を於可しく多゛

をおかしくだ


されぬと

されぬと


和多くしハ

わたくしは


あい

あい


者て

はて


袮バ

ねば


P22

奈り

なり


ませぬ

ませぬ


可奈し

かなし


や\/  と

やかなしやと


そら\゛/しき口 本こを

そらぞら しきくちぼこを


申  うしろを

もうしうしろを


むいて志多を

むいてしたを


多している

だしている


耳 ハ奈んの志与せん

みみはなんのしょせん


も奈く人 そよめき尓

もなくひとそよめきに


此 所  へい川しよ尓

このところへいっしょに


き多り

きたり


大 キ尓う川天

おおきにうって


ミゝをふさぎいる

みみをふさぎいる


「こん奈さへぬ事 を

 こんなさえぬことを


きくと志川多ら

きくとしったら


こまひもの

こまいもの

(大意)

口が言う、「このたびの金子をお貸しくだされぬと、わたしくしは相果てねばなりませぬ。悲しやかなしや」と、空々しくうまいことを言って、うしろを向いて舌を出している。

耳は何のあてもなく、なんとはなしに皆についてきてしまったが、ひどくがっかりして耳をふさいでいる。

「こんな白々しい事を聞くとわかっていたら、来なかったのに」

(補足)

「和多くしハ」、変体仮名「和」(わ)は平仮名の「い」とそっくりです。

「申うしろを」、送り仮名がついて「申うし」ではありません。

「志与せんも奈く」、所詮もなく、現在では所詮なになにとつかわれますけど・・・

「大キ尓う川天」、この「うって」は「打つ」なのか「鬱」なのか、さて・・・

 耳の着物の柄は片仮名の「ミ」でしょうけど、羽織のほうの「H」or「エ」はさてさて・・・

 

2024年1月7日日曜日

人間一生胸算用 その48

P21P22 国立国会図書館蔵

P21

(読み)

「目者そら奈き尓

 めはそらなきに


奈きそら奈ミ多゛を

なきそらなみだ を


こ本せバそば尓

こぼせばそばに


手可゛ゐて

てが いて


ふひてやる

ふいてやる


あしハ

あしは


うしろ尓

うしろに


ちゞこ

ちじこ


まり

まり


ゐて

いて


志ひり

しびり



きらし

きらし


飛多い

ひたい


ちりを

ちりを


つけて

つけて


こ多へ

こたえ


ゐる

いり


氣可いふ

きがいう


「こゝていち者ん

 ここでいちばん


め可ら

めから


者奈へ

はなへ


ぬけ

ぬけ


でる

でる


やう奈

ような


うそを

うそを


つ可ふと

つかうと


思 ふ可゛

おもうが


者奈を

はなを


つ連て

つれて


こぬ可゛

こぬが


くやしひ

くやしい

(大意)

目はうそ泣きに泣き、うそ涙をこぼせば、そばに手がいて拭いてやる。

足はうしろに縮こまって座り、しびりをきらし、額に塵(ちり)を付けたりして我慢している。

氣が言う、「ここでひとつ、目から鼻へ抜け出るような嘘をつこうかとおもったが、鼻を連れてこなかったのが悔しい」。

(補足)

「そら奈ミ多゛を」、ちいさな「ミ」があります。やさしい手は自分の両手があるのに、あたまの手で拭いてやっています。目の着物柄のメガネがおしゃれです。

「飛多いちりをつけて」、額に塵や藁をつけてしびりをまぎらわす仕草。眉唾などとおなじ。

 皆金を借りるためにそれぞれしらじらしい振る舞いをする中で、氣だけが殊勝にかしこまっている。

 着物の柄は、目がメガネ、氣はキ、口はロ、そして足はア。