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2024年6月5日水曜日

延命長尺御誂染長壽小紋 その70

P29 国文学研究資料館蔵

(読み)

「奈る本ど此 本

 なるほどこのほん


ハ命  の能びる

はいのちののびる


本ん多゛

ほんだ


お可しい\/

おかしいおかしい


あハゝ\/ \/

あははあははあはは


\/

あはは


と王らふ

とわらう


多び尓

たびに


命  可゛

いのちが


のびる

のびる


や川さ

やつさ


京  傅 戯作

きょうでんげさく


哥 麿 画

うたまろが


清覚世



道人傅方



讀書丸(とくしよく王ん)

    どくしょが ん


一 包 代 一 匁  五分

いっぽうだいいちもんめごぶ


きこんを徒よくしものお本゛へを

きこんをつよくしものおぼ えを


よくし可゛ン里きをつよくしもの尓

よくしが んりきをつよくしものに


多いく川志多る尓よし又 う川き越

たいくつしたるによしまたうつきを


者らいきぶんをさ王や可尓春きよ志やう

はらいきぶんをさわやかにすきょしょう


可川しやうの人 用  てよし又 旅 行 尓多く王へて

かっしょうのひともちいてよしまたりょこうにたくわえて


ゑ起お本しくハしくハ能う可゛き尓あり

えきおおしくわしくはのうが きにあり


賣 弘  所   京  傅 店

うりひろめどころ きょうでんだな

(大意)

「なるほど、この本は命の延びる本だ。おかしいおかしい、あははあははあははあはは」と、笑うたびに命が延びるやつさ。

京傅戯作

哥麿画

清覚世道人傅方

讀書丸(とくしよく王ん)

一包代 一匁五分

以下略

(補足)

「賣弘所」、ネットで調べると『「売弘所」「弘所」「取次所」などの記載がある. が、これらの呼び方の違いについて詳しくはよく. わからないが、問屋・取次・小売を意味するもの. のようである』とありました。明治になるとこのような本の奥付に宣伝とともに売捌人・売捌所などとあります。

 寛政11年(1799)京伝39歳のとき、父伝左衛門が78歳で亡くなっています。当時としては長命でした。京伝自身は文化13年(1816)56歳で亡くなりました。

 命を延ばすにはといろいろ講釈していますが、この本の最後に笑いこそ一番の薬であるとしたのは、自身の一番納得できることだったからでもありましょう。

 わたしもなんどもウンウンとうなずくのでありました。

 

2024年6月4日火曜日

延命長尺御誂染長壽小紋 その69

P29 国文学研究資料館蔵

(読み)

[命  可゛どこまでものびる]

 いのちが どこまでものびる


命  のく春りといふハ王ら川て

いのちのくすりというはわらって


くら春本どのく春りハ奈し

くらすほどのくすりはなし


此 ゑぞうしをごらんじて王らひ

このえぞうしをごらんじてわらい


玉 ふことも志由ハ命  可゛能びて

たまうこどもしゅはいのちが のびて


奈可゛くなり命  のおきどころ

なが くなりいのちのおきどころ


尓こ満り玉 ひ多このやうに

にこまりたまいたこのように


命  の志川本゜をいとま起

いのちのしっぽ をいとまき


尓満以天おく本どのこと

にまいておくほどのこと


那りされバ者川者る能御志ん

なりさればはつはるのごしん


も川おんとし玉 尓もこの

もちおんとしだまにもこの


うへのめでた起さうしハ

うえのめでたきそうしは


奈く満こと尓ゑんめい

なくまことにえんめい


長  寿 のけさくなり

ちょうじゅのげさくなり


こひやう者゛ん\/

ごひょうば んごひょうばん

(大意)

[命がどこまでものびる]

 命の薬というものは、笑って暮らすほどよい薬はない。この絵草紙を御覧になって、笑ってらっしゃるお子様方は命が延びて長くなり、命の置く場所がなくなって困ってらっしゃるだろう。凧のように命の尻尾を糸巻きに巻いておくぐらいになっていることだろう。であるからして、初春の御進物やお年玉にも、これ以上のめでたき草紙はない。まことに延命長寿の戯作である。ご評判ごひょうばん。

(補足)

「王らひ玉ふことも志由ハ」、子ども衆となかなか読めませんでした。

「こひやう者゛ん」、ここもはて?濁点がないだけで悩んでしまいます。

「那り」、たまに変体仮名「那」(な)はでてきます。

「長寿」、「長」のくずし字の筆順は最初に「∠」を、次に「L」のような感じ。

 命の七変化、今度は凧の尻尾(凧の糸ではなく)になってしまいました。しかし、最後は「笑いにまさる命の薬はない」として「ゑぞうし」を、「こひやう者゛ん\/」とおもいっきり売り込んでいます。

 

2024年6月3日月曜日

延命長尺御誂染長壽小紋 その68

P27P28 国文学研究資料館蔵

P28

(読み)

[命  をやし奈ふ]

 いのちをやしなう


「松 ハつらひとミ奈

 まつはつらいとみな


お志やん春けれ

おしゃんすけれ


ど奈命  の奈可゛

どないのちのなが


いハ松 のこと

いはまつのこと


多゛


「命  といふ木ハ多可゛うへ多

 いのちというきはたが うえた


志ろミ川゛可けてみせ

しろみず かけてみせ


さんせあゝあん

さんせあああん


まり奈と

まりなと


此 ぢい

このじい


さ満

さま


江戸ぶし

えどぶし


をもち川と

をもちっと


ハう奈川多

はうなった


人 なり

ひとなり

(大意)

[命をやしなう]

「松(待つ)はつらいと皆おっしゃるけれども、命の長いのが松ということなのだよ。

「命という木はだれが植えた。白水かけてみるがよい。あぁあんまりな」とこの爺様、江戸節を少しはかじったことがある人のようである。

(補足)

「命といふ木ハ多可゛うへ多志ろミ川゛可けてみせさんせあゝあんまり奈と」、この本の冒頭の出だしと同じセリフ。所作事浄瑠璃の代表作河東節(かとうぶし)「乱髪夜編笠(みだれがみよるのあみがさ)」の「命という字は誰が書いた、白無垢脱いで見せさんせ、あゝあんまりな面憎や」のもじり。爺様はこの部分を語って、喉を披露している。とものの本にはありました。江戸節はこの河東節のこと。

 この爺様、メガネをかけています。眼鏡のガラスの日本国内での生産は19世紀末とありました。しかしそれ以前に眼鏡は大量に輸入されていたようですから、高価なものだったとはいえ、手に入れることはそれほど難しいことではなかったようです。

 若かりし頃イタリアの片田舎の屋敷にお世話になったことがあります。そこの女主人はもう歳で二階の寝室の上り下りができなくなって、一階の居間にベッドを移していました。そのベッドサイドテーブルに本が一冊ありました。表紙をなにげなくみてみると「長生きをするには」とあって、ガツンときたのをおもいだしました。

 この本の爺様は命の松の木に白水を掛け、わしと同じように長生きしろよと願っているわけで、自分がその長寿にあやかろうとはこれっぽっちもおもってなく、待つということを知っている江戸節だけでなく人生の達人なのでありました。

 松葉が上の方では薄く下の方が濃いように変化をつけているのが、できそうでできません。うまいものです。

 

2024年6月2日日曜日

延命長尺御誂染長壽小紋 その67

P27P28 国文学研究資料館蔵

P28

(読み)

「せんど志よく王以

 せんどしょか い


のミ多て能と起客

のみたてのとききゃく


乃金 越せしめんと

のかねをせしめんと


こ多川の可げ尓

こたつのかげに


より玉 ふこの

よりたまうこの


きやく尓和可尓

きゃくにわかに


だいそくと

だいぞくと


奈りへとをつき

なりへどをつき


てを奈らし志ん

てをならししん


ぞ可ふろとふざ

ぞかぶろとふざ


けしより客  を

けしよりきゃくを


きや本と申

きやぼともう


春と可や

すとかや


「それハ老 松

 それはおいまつ


のもぢりこ川

のもじりこっ


ちハ命  といふ

ちはいのちという


じの松 乃木

じのまつのき


可゛ね川゛よく奈つ

が ねづ よくなっ


てどん奈可せ可゛ふい

てどんなかぜが ふい


天もを連るきづ可ひハ

てもおれるきづかいは


奈い\/つふり多゛

ないないつぶりだ

(大意)

「せんだって、最初の客との顔合わせでどのような方なのか品定めしたときのこと、客の金をせしめてやろうと、炬燵のかげからうかがっていた。この客が突然えげつなくなって、反吐(へど)をして手を打ち鳴らし、新造・禿とふざけはじめた。こんな客をまさに野暮天と申すのだろう。

 それは(「せんど志よく王以のミ多て能と起〜」の部分)常磐津の老松からのもじりだが、こっちは命という字の松の木が丈夫に根をはって、どんな風が吹いても、折れる心配はないないつぶりだ。

(補足)

 出だしから、どこで区切るのか、また意味もチンプンカンプン😤

「せんど」、「せんど【先度】さきごろ。せんだって。このあいだ。以前。先日」

「だいそく」、「だいぞく【大俗】(僧に対して)世俗の人。また,非常に俗なこと。「―の身でそのやうな事がなるものか」〈狂言・花子〉」

「きや本」、生野暮。野暮まるだしということ。生醤油・生糸・生娘・生真面目など「生」は接頭語。

「せんど志よく王以のミ多て能と起〜」、常磐津の老松からのもじり。その歌詞は「秦の始皇の御狩のとき、天俄にかきくもり大雨しきりふりしかば。帝、雨を凌がんと小松の蔭に寄り給ふ此の松、たちまち大木となり、枝をたれ葉を重ね木の間すき間をふさぎて、雨をもらさゞりしかば帝太夫といふ爵を、おくり下し給ひてより松を太夫と申すとかや」とあって、ほぼそっくり歌詞の流れやリズムをそのまま、単語を変えているだけでなぞっています。

「奈い\/つふり」、「まいまいつぶり」(かたつむり)の洒落。

 命を松の幹と枝ぶり(だけではなく松の木の常緑長寿の象徴)に引っ掛けたのはお見事であります。文章の言葉遊びよりおもしろい。

 

2024年6月1日土曜日

延命長尺御誂染長壽小紋 その66

P27P28 国文学研究資料館蔵

P27

(読み)

里よくのあぶらむし

りよくのあぶらむし


ミやうもんのけむしを

みょうもんのけむしを


さり心  をもちひてやし

さりこころをもちいてやし


奈へバ命  よくそ多゛ちのび\゛/

なえばいのちよくそだ ちのびのび


としてさい王ひ能者奈さ起

としてさいわいのはなさき


ふうきのみのり志そんの

ふうきのみのりしそんの


ゑ多゛者志げり千 ざい乃

えだ はしげりせんざいの


老 松 のごとく

おいまつのごとく


とき王の

ときわの


大 木 と奈り

たいぼくとなり


名 木 の本まれを

めいぼくのほまれを


能こ春ことう多可゛ひ

のこすことうたが い

P28

奈しゑ多゛もさ可へて

なしえだ もさかえて


者も志げるちよのこ

はもしげるちよのこ


おめで多やとハ此 こと

おめでたやとはこのこと


なり

なり

(大意)

利欲の油虫・名聞の毛虫を取り除き、心を込めて育てれば、命はよく育ち、のびのびとして幸せの花が咲き、富貴の実がなり、子孫の枝葉が茂り、千歳の老松のように常磐の大木となり、銘木の誉れとなって残ることは疑いがない。枝も栄えて葉も茂る。千代の子おめでたやとはこのことである。

(補足)

「とき王の」、「とゝさ王の」と誤読。これでは意味が通じません。

「ミやうもんのけむし」、世間の評判を求め、繕う毛虫

「ちよのこ」、子々孫々。

 この本あと1ページを残すのみ。全頁にわたって教訓的に述べる部分はどこか徒然草をおもいおこさせます。京伝の愛読書だったのかもしれません。

  囲炉裏の奥、二つ折りの屏風の絵はどこかの何とか浦の風景。壁を切りとって窓からの実際の眺めのようにも見えます。部屋の奥行きをねらったのでしょうか。

 

2024年5月31日金曜日

延命長尺御誂染長壽小紋 その65

P27P28 国文学研究資料館蔵

P27

(読み)

人 ハ命  可゛もの多゛年奈れバ

ひとはいのちが ものだ ねなれば


と可く命  可゛奈可゛く奈け

とかくいのちが なが くなけ


れバ多゛いじハ奈し可゛多し

ればだ いじはなしが たし


その命  を奈可゛く春る

そのいのちをなが くする


尓ハよくいのちをやし

にはよくいのちをやし


奈ふ尓志可じ命  を

なうにしかじいのちを


やし奈ふハさうもく

やしなうはそうもく


をやし奈ふ

をやしなう


可゛ごとく

が ごとく


春べしつ年尓せいけん

すねしつねにせいけん


の志よも川の志ろミづ

のしょもつのしろみず


本とけのきやうもんの

ほとけのきょうもんの


せんじ志るを可け天

せんじしるをかけて

(大意)

 人は命が物種であるから、まずは何をおいても命が長くなければ、何事も成しとげることは難しい。その命を伸ばすには、よく命を養うしかない。命を養うには、草木を養うのと同じようにするとよい。つねに聖賢(せいけん)の書物の白水(しろみず)・仏(ほとけ)の経文の煎じ汁をかけて、

(補足)

「せいけんの志よも川の志ろミづ」、「聖賢① 聖人と賢人」「白水① 米をといだときに出る,白く濁った水。米のとぎ水。とぎ汁」。

 手持ちの桶・盥(たらい)・囲炉裏の鍋に水や湯はなく、あるのはたくさんの書物のみ。変な絵だなと思ったら、これらが聖賢の書物と仏の経文なのでありました。炉端にはこれから鍋に入れる経文があります。その経文の文字まで細かく記してそれっぽくしているところなどこだわりの京伝であります。

 

2024年5月30日木曜日

延命長尺御誂染長壽小紋 その64

P26 国文学研究資料館蔵

(読み)

「うれしや\/

 うれしやうれしや


お連もことし

おれもことし


八 十  八 尓奈る可゛

はちじゅうはちになるが


金 能つる毛だい

かねのつるもだい


ぶんのび可゛ミへる

ぶんのびが みえる


奈毛ことの本可

なもことのほか


多可くな川ててん

たかくなっててん


じやうへつきぬけそふ多゛

じょうへつきぬけそうだ


しそんも多゛いぶん者びこ川多ハへ

しそんもだ いぶんはびこったわへ


奈る本どいのち可゛もの多゛ね多゛ぞ

なるほどいのちが ものだ ねだ ぞ

(大意)

「うれしやうれしや、おれも今年八十八になるが、金のつるもずいぶんと伸びてきたようだ。名もことのほか高く伸びて、天井へ突き抜けそうだ。子孫もずいぶん伸びて広がったな。なるほど、やはり命が物種だぞ。

(補足)

「お連も」、ここの変体仮名「連」がおもしろいかたち。

「八十八」、米寿でめでたいからこの歳にしたようです。

「だいぶん」、みごとな平仮名「た」。

 この絵そのままを時代をひとっ飛びさせて、現代のどこかの庭にもってきてもなんの違和感もありません。昔も今も命はものだね也。

 

2024年5月29日水曜日

延命長尺御誂染長壽小紋 その63

P26 国文学研究資料館蔵

(読み)

[命  可゛もの多゛ね]

 いのちが ものだ ね


いらざることをく尓やんで

いらざることをくにやんで


命  をちゞむべ可らず命  あ川て

いのちをちじむべからずいのちあって


のものだねなり志んで

のものだねなりしんで


者奈ミのさくこと奈し

はなみのさくことなし


金 のつる尓ありつくも

かねのつるにありつくも


金 の奈る木をもと

かねのなるきをもと


めるも奈の多可く

めるもなのたかく


奈る毛志そんの

なるもしそんの


者び古るもミ奈

はびこつもみな


命  可゛奈可゛く奈け

いのちが なが くなけ


れバ多゛いじを

ればだ いじを


奈し可゛多し

なしが たし

(大意)

[命がものだね]

 どうでもよいことを苦にして、命をちじめてはならない。命あっての物種である。死んで花実の咲くことはない。金の蔓(つる)にありつくも、金の成る木を求めるも、名を高めるも、子孫が繁栄するも、どれも命が長くなければ大切なことを成しとげることは難しい。

(補足)

 命の種を植えて大切に育てれば、絵のように金の成る木には小判がたわわに、「高名」もそこそこ伸び、「子孫」の実は西瓜のようにまん丸に大きく育つ。寺子屋で「命が物種」の説明にこの絵を見せれば、みな納得するはずです。

 蔓状に伸びているのは、金蔓(かねづる)、金を工面してくれる人、というくらいだからなのでしょうか?

 

2024年5月28日火曜日

延命長尺御誂染長壽小紋 その62

P25 国文学研究資料館蔵

(読み)

[命  越春くふ]

 いのちをすくう


「王し可゛此 さでゞ

 わしが このさでで


命  を春く川て

いのちをすくって


志んぜやうさで\゛/

しんぜようさでさで


あぶ奈ひこと志゛やと

あぶないことじ ゃと


き由う奈と起ハぢ口

きゅうなときはぢぐち


まで可゛こじ徒希奈り

までが こじつけなり


「志ち能奈可゛れるハ里あげも

 しちのなが れるはりあげも


できる可゛命  の奈可゛れる志可多可゛奈い

できるが いのちのなが れるしかたが ない


「ミづゝ

 みずっ


者゜奈の

ぱ なの


奈可゛れ

なが れ


畄ハ

るは


春ゝる

すする


可゛よし

が よし


命  の

いのちの


奈可゛れ

なが れ


畄ハ

るは


春く

すく


ふ可゛

ふが


いゝ

いい

(大意)

「わしがこの叉手(さで)で命をすくってしんぜよう。さでさで(さてさての洒落)気をつけてしなければのう」と、あわてているときは、地口までがこじつけたもになる。

「質が流れるのは利上げでなんとかできるが、命の流れるはどうにもできない。

「水っぱなが流れたときはすするのがよい。命の流れるはすくうのがよい。

(補足)

「さで」、変体仮名「多」にみえますが、一画目の横棒が短かいけどあります。絵を見ると現在も釣り道具のひとつであるたも(あみ)のようです。

「志ち能奈可゛れるハ里あげも」、質者の期限がきたとき流れないように、利息だけ支払って、さらに期限延長すること。またそのときに利息の値上げもできる。

 さで網も丁寧に描いてますが、釣人ののっている和船もこれでもかというくらいに細かく描いています。でも釣人の編笠は無地で真っ白。描き疲れたか。

 

2024年5月27日月曜日

延命長尺御誂染長壽小紋 その61

P25 国文学研究資料館蔵

(読み)

里やうけん可゛

りょうけんが


和るいと王川゛可能

わるいとわず かの


こと尓者やま川て

ことにはやまって


命  をうし奈ふ

いのちをうしなう


ことあり者

ことありは


きやうふ多

きょうふた


多びてらさ

たびてらさ


春゛ら川可ハ

ず らっかは


ふ多ゝびえ多゛

ふたたびえだ


尓の本゛ら春゛

にのぼ らず


いちどすて

いちどすて


多るいのち

たるいのち


ふ多ゝ

ふたた


びもどる

びもどる


ことなし

ことなし

(大意)

 よく考えて判断することができなくなると、ちょっとしたことが引き金になって、命を失うことがある。「破鏡再び照らさず」、「落花再び枝に上らず」、一度捨てた命は再び戻ることはない。

(補足)

「ふ多ゝびえ多゛」、どうやらここの「え」は平仮名のようです。

 飛び込む女、清水のときとは違って頭から海老反りになって両手も万歳、帯の蝶々結びや裾の乱れまでなんとも丁寧に描いていることかと感心。石組みや石の表情も手抜きはなし、手堅い。

 

2024年5月26日日曜日

延命長尺御誂染長壽小紋 その60

P23P24 国文学研究資料館蔵

P24

(読み)

「きん\゛/を

 きんぎん を


人 尓あ川゛け

ひとにあず け


る丹ハき川

るにはきっ


とし多し

としたし


やう丹んを

ょうにんを


多てしやう

たてしょう


もんをとら

もんをとら


ねバあづ

ねばあず


けぬ尓金

けぬにかね


より

より


大 じ

だいじ


奈命  を

ないのちを


いしや尓あづ

いしゃにあず


个る丹ハたゞ

けるにはただ


さじ一 本゜ん可゛

さじいっぽ んが


め阿てなり

めあてなり


さりとハあぶ

さりとはあぶ


奈起あ川゛け

なきあず け


もの奈り

ものなり


「おい

 おい


しや

しゃ


のあ川゛

のあず


可つ多る

かったる


いのち


名まへの

なまえの


ふ多可゛

ふだが


ついてかべ尓

ついてかべに


可けてある

かけてある


「此 ごろハ

 このごろは


びやう尓ん

びょうにん


可゛お本くて

が おおくて


あ川゛可川

あず かっ


多命

たいのち


のおき所  に

のおきどころに


こまりますて

こまりますて

(大意)

「金銀を人に預けるときは、たしかな証人をたてて証文をとらねば預けないのに、金より大事な命を医者に預けるときは、たった一本のさじ加減にたよるのだ。なんとも危ない預けものではないか。

「お医者の預かった命、名前の札が付いて壁に掛けてある。

「この頃は病人が多くて、預かった命の置きどころに困っています」

(補足)

 変体仮名「尓」と「丹」のかたちがにていて、その区別が不明瞭です。英語筆記体小文字の「y」のようなかたちは変体仮名「尓」です。

 「名まへのふ多可゛ついてかべ尓可けてある」命は、今も病院のあちらこちらにあって見える人には見えているのかもしれません。

 さじ加減一本のこわさ、今でもそのまま当てはまる。こわ!!!

 

2024年5月25日土曜日

延命長尺御誂染長壽小紋 その59

P23P24 国文学研究資料館蔵

P24

(読み)

ミやく可゛ござるこれを奈川゛けて者や可゛和り能ミやくと

みゃくが ござるこれをなず けてはやが わりのみゃくと


いゝま春可ぜひきにひ川かへしのミやくといふ可゛あるこれハ

いいますかぜひきにひっかえしのみゃくというが あるこれは


者りをつ奈ぎにうつていねバ奈らぬ又 ねつ可゛つよくてこの者゛ハ

はりをつなぎにうっていねばならぬまたねつが つよくてこのば は


此 まゝ多ち王可れん可多\゛/さらバ奈どとうハことをいふをつらミやくともか多志や

このままたちわかれんかた がたさらばなどとうわごとをいうをつらみゃくともかたしゃ


ぎり能

ぎりの


ミやくともいふ又 志川゛んでう川をくろミやくと毛多゛んまりのミやくともいひきびし

みゃくともいうまたしず んでうつをくろみゃくともだ んまりのみゃくともいいきびし


くう川を

くうつを


ちよん\/ ミやくといひま須

ちょんちょんみゃくといいます

(大意)

(脈がある。)これを名付けて早変わりの脈といいます。風邪をひいたときに引っ返しの脈というものがある。これは鍼(はり)を続けて打たなくてはいけない。また、熱がひどく出て、「この場はこのまま別れよう。かたがたさらば」などとうわごとをいうものを面脈(つらみゃく)とも、片しゃぎりの脈ともいう。また、沈んだように打つ脈を黒脈とも、だんまりの脈ともいい、はげしく打つ脈をちょんちょん脈といいます。

(補足)

「いゝま春」、「ま」がちょっとわかりにく。ですます調が区切りごとに何回もでてきますが、新鮮に響きます。

 脈の種類を歌舞伎の幕、これも「まく」を「みゃく」と引っ掛けている、の種類にたとえて洒落が続きます。

「者や可゛和り」、早変わりの幕。七変化物などで、同じ一つの場面で素早く姿を変え、二役以上を演じるときに用いる幕。歌舞伎を見ない人でもこれは見知っているとおもいます。

「ひ川かへしのミやく」、引き返しの幕の洒落。一度幕を引き、下座音楽や拍子木などでつないでおいて、急にまた開ける幕のことで、場面の転換をはかる。

「者りをつ奈ぎにうつて」、「つなぎ」は「 芝居や演劇で引き返し幕のとき,二つずつ続け打ちに拍子木を打ったり,音楽を演奏したりすること」で、「ひ川かへし」をうけて洒落ています。

「つらミやく」、「つらみせ」の洒落?歌舞伎の顔見世。

「か多志やぎり」、かたしゃぎり【片しゃぎり】

歌舞伎の下座の一。松羽目物や口上などの幕開き,大時代物の幕切れなどに用いる。太鼓・大鼓・小鼓・能管などを用い,太鼓を右ばちの片方で流す手法が特徴。

「くろミやく」、くろまく【黒幕】

① 黒色の幕。特に,歌舞伎で夜の場面や場面転換などのために用いるものをいう。

「だんまりの脈」だんまり【黙り】

② (「暗闘」とも書く)歌舞伎で,暗やみの中で,登場人物が無言でさぐりあいをするさまを様式化したもの。また,その場面。

「ちょんちょん脈」、道具替えをするときなど、柏木をちょんちょんと軽く打って次の幕につなげること。返し幕。

 

2024年5月24日金曜日

延命長尺御誂染長壽小紋 その58

P23P24 国文学研究資料館蔵

P23

(読み)

可ミ可゛多でハ者やミ

かみが たでははやみ


やくともいゝますこ

ゃくともいいますこ


連ハ里やうぢのき

れはりょうじのき


つ可け可゛む川可志 う

っかけが むつかしゅう


ござる又 女 中  奈ど

ござるまたじょちゅうなど


つよいしやくでおり\/

つよいしゃくでおりおり


徒可へる志やう能ミやく

つかえるしょうのみゃく


を奈川゛けてミやくづかへ

をなづ けてみゃくづかえ


といひま須ひやめし可゛

といいますひやめしが


き川ひどくでござる又

きついどくでござるまた


しやうによ川て春こし

しょうによってすこし


のうちにいろ\/か王類

のうちにいろいろかわる

P24

ミやく可゛ござる

みゃくが ござる

(大意)

上方では早脈ともいいます。これは治療のきっかけが難しいのである。また女中など、しばしば強いさしこみがある症状の脈を名付けて、脈づかえ(宮仕えの洒落?)といいます。冷や飯が一番の原因なのである。また、症状のうちには少しの間にいろいろ変化する脈がある。

(補足)

 順番待ちの方々、目線はやや下で、表情もどこか悪そうであります。手前左の若旦那風のものは右手に扇子をたてているし、その奥の老婆は手に数珠のようなものをもって何かを祈っていそう、待合室風景もなかなかこまかい。

 

2024年5月23日木曜日

延命長尺御誂染長壽小紋 その57

P23P24 国文学研究資料館蔵

P23

(読み)

よの中 尓いしや本ど大 じの

よのなかにいしゃほどだいじの


王ざハ奈しいしやハ人 の命 を

わざはなしいしゃはひとのいのち


あ川゛可るもの奈れバ春こしも

あず かるものなればすこしも


由多゛ん能奈らぬ王ざなり

ゆだ んのならぬわざなり


「おいしやさ満ミやく能こう

 おいしゃさまみゃくのこう


しやくを志玉 ふ

しゃくをしたまう


「里やうぢハ多゛い一

 りょうじはだ いいち


尓ミやくの見やう

にみゃくのみよう


可゛かんじんでござる

が かんじんでござる


志んつう能や満ひで

しんつうのやまいで


をり\/む奈さ起で

おりおりむなさきで


ぎ川くり者゛川たり

ぎっくりば ったり


とどうきのう川

とどうきのうつ


ミやくを奈づけて

みゃくをなずけて


ひやうしミやくといふ

ひょうしみゃくという

(大意)

 世の中に医者ほど大事な仕事はない。医者は人の命をあずかるものであるから、少しも気のぬけぬ仕事である。

 お医者様が脈の講釈をしなされる。

「治療は第一に脈の見きわめが肝心である。心痛の病でしばしば胸先でギックリバッタリと動悸のうつ脈を、名付けて拍子脈という。

(補足)

「王ざ」、技(わざ)でもよいのでしょうけど、ここでは業(わざ)。

 先日TVで西洋医術が漢方や鍼灸などの東洋医術を盛んに研究し取り入れ、効果をあげているという番組を興味深くみました。その中で漢方では「里やうぢハ多゛い一尓ミやくの見やう可゛かんじんでござる」と、ここと全く同じことを言っていました。

 粋な兄さん?、背中に「五大力」と白抜きにした半纏を着ています。五大力菩薩にちなんで魔除けや歌舞伎などいろいろなところに顔をだします。

 

2024年5月22日水曜日

延命長尺御誂染長壽小紋 その56

P22 国文学研究資料館蔵

(読み)

[ち うぎハおもく命  ハ可るし]

 ちゅうぎはおもくいのちはかるし


「ち うぎに奈らでハ

 ちゅうぎにならでは


春てぬ命  とハ加

すてぬいのちとはか


古川 可゛きん个゛ん多゛

こがわが きんげ んだ


「命  ハ多゛いじ能もの

 いのちはだ いじのもの


多゛可゛ち うぎの多

だ が ちゅうぎのた


め尓ハ可るひ

めにはかるい


よの中 尓ち う

よのなかにちゅう


ぎ本どおもひ

ぎほどおもい


ものハ奈以ぞ

ものはないぞ

(大意)

[忠義は重く命は軽い]

「『忠義にならでは捨てぬ命』とは加古川の金言だ。

「命は大事なものだが、忠義のためには軽い。世の中に忠義ほど重いものはないぞ。

(補足)

 加古川本蔵は「仮名手本忠臣蔵」の主要人物。ネットで調べるといろいろな解釈を読むことができます。

 京伝、秤(はかり)が好きとみえて、ここでは「忠義」と「命」。他の本では「花魁」と「小判」とあちこちで秤を登場させています。

 

2024年5月21日火曜日

延命長尺御誂染長壽小紋 その55

P22 国文学研究資料館蔵

(読み)

[命  を満とに可ける]

 いのちをまとにかける


「さむらいの命  ハ多とへバ

 さむらいのいのちはたとえば


へんとうもち能べんとう

べんとうもちのべんとう


やりもちのやりのごとし

やりもちのやりのごとし


なぜといふ尓べんとう

なぜというにべんとう


もちのべんとうハ

もちのべんとうは


和可゛もち奈可゛ら

わが もちなが ら


王可゛もの尓あらす

わが ものにあらず


やりもちのやりも

やりもちのやりも


満さ可のと起ハ

まさかのときは


多゛ん奈もの

だ んなもの


なりさむらい

なりさむらい


の命  ハ可年てきミへ

のいのちはかねてきみへ


さしあげておく

さしあげておく


命  奈れバ王可゛命  尓て

いのちなればわが いのちにて


和可゛ものにあら須゛

わが ものにあらず


ことあると起ハ

ことありときは


命  をまと尓可け

いのちをまとにかけ


て者多ら可ねバち うぎの

てはたらかねばちゅうぎの


人 とい和

ひとといわ



ざる

ざる


なり

なり

(大意)

 侍の命はたとえば、弁当持ちの弁当、槍持の槍のようである。なぜかというと、弁当持ちの弁当は、自分で持ちながら我がものではない。槍持の槍も、いざとなったときは主人のものである。侍の命は、あらかじめ主君にあずけてある命であるから、自分の命ではあるが我がものではない。事あるときは命を的にかけて働かねば、忠義の人といわれないのである。

(補足)

「へんとうもち能」、「と」の一画目の出だしが欠けてしまっているので「と」に見えづらい。

 「命」を文字通りというか絵の通りというか、的にかけているという、侍の生きる様をきつい洒落にしています。侍二人弓の練習を真剣にしているところ、しかしどこか力を込めている感じがしないのは、京伝の画力不足だけではなさそうです。

 

2024年5月20日月曜日

延命長尺御誂染長壽小紋 その54

P21 国文学研究資料館蔵

(読み)

「まんいちぐハんの可奈ハぬと起ハ

 まんいちが んのかなわぬときは


可ハゝやぶれ本年ハミちん尓奈る

かわはやぶれほねはみじんになる


可ら可さ尓ハふる本゛年可ひもある可゛命の

からかさにはふるぼ ねかいもあるが いのちの


古(ふる)本゛年ハ何(奈ん)尓も奈らぬ

  ふる ぼ ねは  なん にもならぬ

(大意)

 万一、願がかなわぬときは、皮はやぶれ骨は微塵(みじん)になる。傘(からかさ)には古骨買いもあるが、命の古骨は何にもならぬ。

(補足)

「可奈ハぬと起ハ」、「ぬと」が不明瞭でかたちがよくわかりません。

「ふる本゛年可ひ」、古傘骨買いのこと。江戸時代はほぼすべての品物の再利用が徹底していました。

 鈴木春信の錦絵に「清水の舞台より飛ぶ美人」(明和二(1765)年)がありました。

京伝のこの本が享和二(1802)年ですから、春信のこの錦絵を参考にした可能性は大です。

 

2024年5月19日日曜日

延命長尺御誂染長壽小紋 その53

P21 国文学研究資料館蔵

(読み)

[命  に可けて思 ふ]

 いのちにかけておもう


くるまの命  ハくさびなり

くるまのいのちはくさびなり


あふぎの命  ハ可なめ

おうぎのいのちはかなめ


から可さ能命  ハろくろ

からかさのいのちはろくろ


奈りふう里んの命

なりふうりんのいのち


ハ多んざく奈りおや舩

はたんざくなりおやぶね


尓命  づ奈ありたび

にいのちづなありたび


飛(び)と尓命  可゛年あり

  び とにいのちが ねあり


いづ連命  ハ多いせ川

いずれいのちはたいせつ


奈るものなり志可るに

なるものなりしかるに


こいハくせ毛の尓天

こいはくせものにて


その多いせ川奈る命

そのたいせつなるいのち


もこい由へ尓ハうし奈ひ

もこいゆへにはうしない


や春し思 ふ男  を命

やすしおもうおとこをいのち


尓可けてきよミ川゛の

にかけてきよみず の


ぶ多ひからとびおりる

ぶたいからとびおりる


もミ奈こ以といふ

もみなこいという


くせものゝ志王ざ

くせもののしわざ


なりおそるべし

なりそそるべし

(大意)

 車輪の命は楔(くさび)である。扇の命は要(かなめ)、傘(からかさ)の命は轆轤(ろくろ)である。風鈴の命は短冊である。親船には命綱があり、旅人には命金がある。どの命も大切なものであるのだ。しかし、恋はくせ者、その大切な命も、恋に落ちてしまうと失いやすい。おもう男に命をかけて、清水の舞台から飛び降りるのも、みな恋という曲者(くせもの)の仕業である。理解をこえた恐ろしいことである。

(補足)

「命に可けて思ふ」、ここの「思」のくずし字は意識的に「と」に似せ、「命に可けてとぶ」とも読めるようにしたのかもしれません。

出だしは「厶可まの」ではなく「くるまの」。「く」がカタカナ「厶」のかたちのものもおおい。

 命の傘をさし飛び降りる、おもいつめ表情こわばらせる女、なんとも現実感あふれる描写であります。京伝もしかしたら、実際に布団か座布団を下にしき傘をもたせ女を飛ばしたのではないかと、おもうのですが・・・

 

2024年5月18日土曜日

延命長尺御誂染長壽小紋 その52

P20 国文学研究資料館蔵

(読み)

「そバ可らかめ可゛これ

 そばからかめが これ


春ゞめ此 い者ゐ尓ち川

すずめこのいわいにちっ


とおごりやれといへバ

とおごりやれといえば


春ゞめ可゛おふさて可゛川

すずめが おうさてが っ


てんじやありやせこりやせ

てんじゃありゃせこりゃせ


や川とせよい\/とい川てうれ

やっとせよいよいといってうれ


しがるこれを奈づけて春ゞめ

しがるこれをなずけてすずめ


お古゛りといふ

おご りという


「あ奈多ハ命  の

 あなたはいのちの


おやでござり

おやでござり


ま春とうれ

ますとうれ


し奈起尓

しなきに


めそ川こう

めそっこう


奈起゛ハ

なぎ は


めそ\/と

めそめそと


奈く

なく

(大意)

 そばから亀が「これ雀、この祝いにちょっとおごれや」というと、雀が「おう、よしわかった。ありゃせ、こりゃせ、やっとせよいよい」といって嬉しがる。これを名付けて雀おごり(雀おどりの洒落)という。

「あなたは命の親でございます」とうれし泣きに、めそっこ鰻(未成長の細く小さい鰻)はメソメソと泣く。

(補足)

 雀踊りはこのブログでも何度か出てきました。北斎も描いています。

「命能おや」が持つ杖、わたしならここも「命」の杖にしてしまいそう。

 

2024年5月17日金曜日

延命長尺御誂染長壽小紋 その51

P20 国文学研究資料館蔵

(読み)

[命  能おや]

 いのちのおや


奈めくじハ可いるをおそれ

なめくじはかいるをおそれ


かいるハへびをおそれへびハ

かいるはへびをおそれへびは


ハ奈めくじをおそれき川年

はなめくじをおそれきつね


ハ可りうどをおそれ可りう

はかりうどをおそれかりう


どハしやうやをおそれ

どはしょうやをおそれ


志やうやハき川年をおそ

しょうやはきつねをおそ


畄のミ志らみのおや由

るのみしらみのおやゆ


びをおそれる毛ミ奈こ

びをおそれるもみなこ


連命  可゛おしきゆへ也

れいのちが おしきゆえなり


されバむやく能せ川しやうし

さればむやくのせっしょうし


ものゝ命  をとるべ可らず

もののいのちをとるべからず


「者奈し可゛め者奈しう奈

 はなしが めはなしうな


き者奈しどり奈ど命

ぎはなしどりなどいのち


のおや尓おんを可へし

のおやにおんをかえし


多る多めしお本し

たるためしおおし

(大意)

 なめくじは蛙を恐れ、蛙は蛇を恐れ、蛇はなめくじを恐れる。狐は狩人を恐れ、狩人は庄屋を恐れ、庄屋は狐を恐れる。蚤虱が親指を恐れるのも、みな命が惜しいからである。されば、無駄な殺生はすべきでないし、生きとし生けるものの命をとってはならない。

「放し亀・放し鰻・放し鳥など、命の親に恩を返すおこないの例は多い。

(補足)

 「なめくじ」の三すくみは虫拳(親指が蛙、人差し指が蛇、小指がナメクジ)。狐の三すくみは狐拳(藤八拳)。とものの本にはありました。

「奈めくじ」、ここの「く」と三行目の「く」がカタカナ「ム」のようなかたちで、さらに出だしに「ヽ」がありますが、もともと変体仮名「久」は一画目に「ゝ」のようなかたちがつきます。

 二行目から三行目に「ハ」がひとつおおい。たまにあります。

放生の噺は落語にも出てきます。

 雀は舌切雀そのまま(着物の柄も竹です)、亀は浦島太郎がのった亀、うなぎはというと、よくみると髷の上にかわいらしくのっていました。それぞれ左のたもとに「雀」「かめ」「う奈ぎ」とあります。