2026年7月21日火曜日

大日本物産圖會その30

P30 国立国会図書館デジタルコレクション蔵 

P30_1

(読み)

同 國 峯越 鳧 捕 図

どうこくおごしかもとりず


豫州(ヨシウ)の峯々(ミ年\/)尓て九月 より

   よしゅうの   みねみね にてくがつより


十  月 の頃 尓至 りて朝 夕 鳧(カモ)

じゅうがつのころにいたりてあさゆう  かも


の群(ムラ)可゛り来 り峯 を越 る

の  むら が りきたりみねをこえる


を窺(ウカゞ)ひ猟師(リヤウシ)艸 蔭(カゲ)耳

を  うかが い   りょうし くさ  かげ に


穴 を掘り扇  形 の羅(アミ)を

あなをほりおおぎがたの  あみ を


もつて穴 の中 尓隠(カク)連近 く

もってあなのなかに  かく れちかく


飛 来る鳧 を捕(トラ)ふその

とびくるかもを  とら うその


手ぎハ実耳感(カン)するに

てぎわじつに かん ずるに


たへ多り

たへたり

(大意)

(補足)

「峯越鳧捕図」、『、愛媛県で行われていた伝統的なカモの網猟である「峯越鴨(おごし(orみねごし)のかも)」を指します。これは江戸時代から明治時代にかけて、現在の愛媛県一帯で広く行われていた古式ゆかしい猟法』とAIの概要。

「鳧」、『かも【鴨・鳧】① カモ目カモ科のうち,ハクチョウ類・ガン類・アイサ類を除いたものの総称。中形の水鳥。雄は派手な色合い,雌は地味な茶褐色のものが多い。マガモ・コガモ・オナガガモ・ハシビロガモなど。日本ではカルガモを除き,多くは冬鳥。季冬「海くれて―のこゑほのかに白し」芭蕉』

「鳧」、『けり【計里・鳧】チドリ目チドリ科の鳥。全長約35センチメートル。背面は灰褐色,腹は白色で,飛ぶと翼と尾に鮮やかな黒白の模様がでる。擬傷が巧み。アジア東北部に分布し,日本では近畿以北の限られた地域で繁殖。やまげり。』

 知っている漢字より知らない漢字のほうが圧倒的に多く、さらに読めても書けない漢字はさらに少ないことは充分納得しています。この「鳧」もはじめてみました。

 扇型の網を透かして見える鴨や山や空を強く意識した画。また日が昇る手前の山にはまだ陽があたらず山が影になっている様も空と草原との対比を強調しています。絵の枠をはみ出して翔ぶ鴨がしゃれています。

 

2026年7月20日月曜日

大日本物産圖會その29

P29 国立国会図書館デジタルコレクション蔵

P29_1

(読み)

伊豫 國 牛蒡 堀 之図

いよのくにごぼうほりのず


牛蒡(ゴバウ)ハ諸 國 培養(ハイヤウ)せ

   ごぼう はしょこく   ばいよう せ


ざる処  奈しと雖  も豫州

ざるところなしといえどもよしゅう


各 郡  尓て培 養 する物

かくこおりにてばいようするもの


を第 一 等 と須その大

をだいいっとうとすそのだい


奈る物 四 尺  余  尓い多る

なるものよんしゃくあまりにいたる


太 きこと左しわ多し

ふときことさしわたし


三 四 寸 尓あ満る和(ヤハ)ら

さんよんすんにあまる  やわ ら


可耳してその味 ハひ

かにしてそのあじわい


尤   佳(カ)なり

もっとも  か なり

(大意)

(補足)

「伊豫國」、愛媛県。予州。

「左しわ多し」、変体仮名「左」(さ)のかたちが、「左」は左側に形が流れているのに、変体仮名では右にながれていて、なんかもやもやします。

「あ満る」、ここの「あ」は変体仮名「安」におきかえたほうがよさそう。

 こんなでっかい牛蒡があるわけがなく、巨大さを誇張するのが浮世絵・錦絵のあるあるなので、それにならったものでしょう。しかし、長さが四尺(120cm)、太さが三四寸(9〜12cm)と詞書きにあってデカイことはでかい!それくらいのおおきさの牛蒡を甘く煮付けたものを長野県は野沢村で食したことがあります。

 左の小屋の土壁、ひび割れを入れるのが鉄則です。お手伝いの子どもの着物柄が鮮やかできれいです。

 

2026年7月19日日曜日

大日本物産圖會その28

P28 国立国会図書館デジタルコレクション蔵 

P28_1

(読み)

美濃石 灰 焼 之圖

みのせっかいやきのず


石灰(いし者゛い)越焼(やく)尓ハ平窯(ひら可゛ま)櫓(やくら)可゛満の

   いしば い を  やく には   ひらが ま   やぐら が まの


両  種(し由)阿りて櫓(やぐら)ハ高(多可)さ一 丈

りょう  しゅ ありて  やぐら は  たか さいちじょう


周経(めぐり)三 尺  中真(ち うしん)の穴 越下

   めぐり さんじゃく   ちゅうしん のあなをした


の方(可多)細(本そ)くなし底(そこ)尓穴(あ奈)あ

の  かた   ほそ くなし  そこ に  あな あ


里石(いし)と炭(すミ)とを夾(者さ)ミ幾重(い久ゑ)

り  いし と  すみ とを  はさ み   いくえ


もかさ袮下(し多)より焼(や起)天火(く王)

もかさね  した より  やき て  か


気(き)越登(の)本゛らせ下 の穴(あ奈)より

  き を  の ぼ らせしたの  あな より


灰(者い)をか起出(い多゛)せり斯(可久)天次第(し多゛い)

  はい をかき  いだ  せり  かく て   しだ い


尓石(いし)と炭(すミ)越積(つ)ミ添(そ)へ焼(や起)

に  いし と  すみ を  つ み  そ へ  やき


者じめより凡  百  日 昼夜(ち うや)

はじめよりおよそひゃくにち   ちゅうや


絶(多由)るこ登なし

  たゆ ることなし

(大意)

(補足)

「平窯(ひら可゛ま)櫓(やくら)可゛満」、フリガナ「ひら可゛ま」はこれであっているとおもいますが、「やくら」は二文字「やト」と読めますけどさて?しかし次の行に「櫓」のフリガナが「やぐら」とあって、前者の「やト」に少し重なる気もします。

「丈」、『じょう ぢやう【丈】① 尺貫法の長さの単位。一〇尺。1891年(明治24)100メートルを三三丈と定めた。約3m』。

 奥の丸い池みたいなのが平窯。手前が櫓窯。火気をともなう力仕事の危険な職場にもかかわらず、左隅に子どもがなにか手伝いをしようとしています。AIの概要によると明治10年頃は全人口の4割弱が14歳以下の子どもであった(現在は1割前後)とあって、どこもかしこも子どもだらけだったようです。

 櫓窯のはしご代わりの斜面をみると、ピラミッドはこのようにして積み上げていったのではないかと夢想してしまいます。

 山から切り出した石灰岩を砕き加工してできたのが生石灰、これをこの画のように焼き上げてできたのが消石灰、最初は肥料にしましたが、のちセメントとなって高度生長の礎となりました。

 わたしの住んでいる隣町に青梅市があります。江戸時代初期より江戸城の白壁などのために石灰(漆喰)を運ぶためにつくられたのが青梅街道です。現在でも奥多摩で生産されています。

 

2026年7月18日土曜日

大日本物産圖會その27

P27 国立国会図書館デジタルコレクション蔵

P27_1

(読み)

美濃 國 石 灰 山 之圖

みののくにせっかいさんのず


石灰(いし者゛い)ハ人 民(ミん)尓益(えき)春ること至大(し多゛い)

   いしば い はじん  みん に  えき すること   しだ い


なる物(もの)なり先(まづ)其(その)一 二越阿げて

なる  もの なり  まじ   その いちにをあげて


云(い)ハん舟(ふ年)の合(あい)セメ石垣(いし可起)泉水(せんすい)

  い はん  ふね の  あい せめ   いしがき    せんすい


たゝ起水 上  尓て遣(つ可)ふ諸器物(しよきぶつ)

たたきすいじょうにて  つか う    しょきぶつ


紙(可ミ)の製造(せいざう)尓加(くハ)ふ其 外(本可)用 ひる

  かい の   せいぞう に  くわ うその  ほか もちいる


所(ところ)夥(お飛゛多ゝ)し石 山 中  の青 石 夜色

  ところ   おび ただ しいしさんちゅうのあおいしやしょく


石 青 白 石 等(とう)尓て近 江美濃(ミの)よ

いしあおじろいし  とう にておうみ   みの よ


り出(い多゛)春物 越上  等 と須土(ど)中  三 尺

り  いだ  すものをじょうとうとす  ど ちゅうさんしゃく


程(本ど)掘(本り)て矢(や)を以(もつ)て打破(うちこハ)し山 上  よ

  ほど   ほり て  や を  もっ て   うちこわ しさんじょうよ


里磨落(おしおと)し砕(く多゛)希ざる毛の

り   おしおと し  くだ  きざるもの


ハ下品(ひん)と春

はげ  ひん とす

(大意)

(補足)

「益」、フリガナの「き」の部分がよくわかりません。「き」の下半分が欠けているようにも見えますし、変体仮名なのかさて?

「打」、「ホ」+「ノ」のようにみえるくずし字、この本で何度もでてきました。

 石灰はわたしの住んでいるところからちょいと足を伸ばせば秩父は武甲山があります。山の形が変わるほど削られ、なお現在も武甲山より数十キロのベルトコンベヤーが設置されて太平洋セメントの工場へ運搬されています。日本で自給自足できる数少ない産物です。食べられませんけど。

 石灰岩というと灰色や白色のものだけかとおもっていましたが、ここの画のように黒色(石油由来の岩)のものや、赤みがかったもの青みや緑色のようなものがあるのもはじめてしりました。

 職人たちが使っている道具類も描き分けていて、また岩山の様子も描きにくそうに見えながらも丁寧に色分けして摺られています。単に岩山の様子だけでは画面が暗くなると思ったのか桜を満開にさせています。

 

2026年7月17日金曜日

大日本物産圖會その26

P26 国立国会図書館デジタルコレクション蔵

P26_1

(読み)

近 江 國 濱 蚊帳輸出   圖

おうみのくにはまかやゆしゅつのず


蚊帳ハ麻苧(まを)を多 く越 前 の

かやは   まお をおおくえちぜんの


國 より求 めて當 國 坂 田。浅 井

くによりもとめてとうごくさかた あさい


伊香の三 郡 尓て織 立 藍 を

いかのさんぐんにておりたてあいを


以 て下染(したぞめ)を奈し刈安(カリヤス)といふ

もって   したぞめ をなし   かりやす という


染 草 尓て上 染 を奈し糊(ノリ)

そめくさにてうわぞめをなし  のり


尓て張 多て長 濱 へ轉 賣

にてはりたてながはまへてんばい


す同 所 尓天高 村・沖 風

すどうしょにてたかむらおきかぜ


卯の花・曙・  養 老 など

うのはなあけぼのようろうなど


各 々 銘 をつけて東 京  へ

おのおのめいをつけてとうきょうへ


輸出  すること尤   夥(オビタゞ)し

ゆしゅつすることもっとも  おびただ し

(大意)

(補足)

 奥に見える湖は前頁とおなじくやはり琵琶湖。蚊帳は現在では東南アジア・アフリカでは必需品で、マラリヤ・デング熱などの蚊による熱帯病を防いでいます。

 この画の地面の茶色から薄緑にかわっていく濃淡は前頁と全く同じです。右側の蔵の前での力自慢、筵(むしろ)でくるんだ重さはどれほどでしょうか。白く屋号のある背を見せている職人さんの腰には煙草一式がくくられています。左側と奥ではその荷造りの様子が描かれています。こんなふうにしてたのかと興味津津です。また馬に荷を乗せていますが、こちらは近くに出荷するためのものでしょう。

 

2026年7月16日木曜日

大日本物産圖會その25

P25 国立国会図書館デジタルコレクション蔵

P25_1

(読み)

近 江 國 青 花 紙 製  圖

おうみのくにあおばながみせいのず


青 花 ハ鴨跖(ツユ)草(クサ)の花 尓して

あおばなは   つゆ   くさ のはなにして


夥   しく自生 するといへども

おびただしくじせいするといえども


當 國 山 田郡  に産 する者 ハ

とうごくやまだごおりにさんするものは


一 種 大 葉にして花弁(ハナヒラ)の

いっしゅおおばにして   はなびら の


大 キサ常  品 のものより十

おおきさじょうひんのものよりじゅう


倍 す故 尓青 花 紙 を製

ばいすゆえにあおばながみをせい


する尓是 種 尤   よしと須夏月

するにこのしゅもっともよしとすかげつ


毎 朝 花弁  をつミて其 液(シル)を

まいあさはなびらをつみてその  しる を


搾(シホ)り美濃紙 へ刷毛(ハケ)ニて蘸(ヒキ)

  しぼ りみのがみへ   はけ にて  ひき


乾(カハカ)して又 同  く奈すこと五六 十  度ニ

  かわか してまたおなじくなすことごろくじゅうどに


して則   青 花 紙 也 又 ホウシ紙 トモ云

してすなわちあおばながみなりまたほうしがみともいう

(大意)

(補足)

「青花紙」、『近江(現在の滋賀県)の青花紙(あおばながみ)の主な産地は、現在の滋賀県草津市とその周辺地域(旧栗太郡など)です。江戸時代から約380年にわたって栽培・製造されている伝統工芸品』。『ツユクサの仲間である「アオバナ」の花から青い色素を絞り出し、和紙に染み込ませて乾燥させたものです。友禅染や絞り染めなどをする際に、水で洗うときれいに消える下絵用のインクとして現在でも使われています』

 背景の大きな湖は琵琶湖のはず。

「鴨跖(ツユ)草(クサ)」、辞書にはこの漢字ではなくてふつうに露草。しかしネットをたよると「中国では「鴨跖草(おうせきそう)」と呼ばれ漢方薬として使われた」とありました。

「蘸」、拡大すればわかりますが。艹酉隹灬です。音読み「サン」訓読み「ひたす」。意味はひたす。水につける。中国語で「(液体や粉末に)さっと浸す」「つける」「まぶす」という意味の漢字です。料理で食材をタレやソースにチョンとつける動作などを表すときに使われます。

 露草を摘んできてゴミを取り除くために篩(ふるい)にかけてますが、その細かいゴミまで描かれていて、いやはやなんとも。

 右には桶に重しの石をのせ竿をかけて「其液(シル)を搾(シホ)り」、青汁が絞り出されている様子があってその液の青さと、地面に干している青花紙の色に差があって摺師も頑張っています。

 女性たちのタスキや襦袢の赤がきれい。

 

2026年7月15日水曜日

大日本物産圖會その24

P24 国立国会図書館デジタルコレクション蔵

P24_1

(読み)

同 國 魚登 網 之圖

どうこくさんまあみのず


魚登(サンマ)ハ安房郡(アハコホリ)布節村(ヌノフシムラ)朝(アサ)

   さんま は    あわこおり     ぬのふしむら   あさ


夷(ヒナ)郡  千倉(チクラ)平館(ヒラタテ)の浦々(ウラ\/)

  ひな こおり   ちくら    ひらだて の   うらうら


にて漁(リヤウ)す季秋(キシ ウ)の頃(コロ)より

にて  りょう す   きしゅう の  ころ より


魚登(サンマ)群集(ムレアツマル)奈すを見(ミ)て百  間(ケン)

   さんま    むれあつまる なすを  み てひゃっ  けん


余(ヨ)の網(アミ)を東 西 へひき魚登(サンマ)

  よ の  あみ をとうざいへひき   さんま


網中(アミノナカ)江入 を見て岩(オモリ)を船(フネ)へ

   あみのなか えいるをみて  おもり を  ふね へ


引(ヒキ)あげ諸船(シヨセン)へ魚 を採(ト)り

  ひき あげ   しょせん へうおを  と り


い連塩(シホ)尓して東 京  尓出

いれ  しお にしてとうきょうにだ


す大 漁(リヤウ)の登希ハ一 網(アミ)十  万

すたい  りょう のときはひと  あみ じゅうまん


より廿   万 尾(ヒキ)尓至(イタ)る

よりにじゅうまん  びき に  いた る

(大意)

(補足)

 魚+登の漢字フォントがないので、ふたつああわせて「魚登」で一文字扱いにしています。

「同國」、安房国。

 安房郡布節村朝夷郡千倉平館の浦々は現在のJR千倉駅の南側の近辺です。

 ですので、この画では沖に半島(見えるとしたら三浦半島or伊豆半島)の山々が望めていますが、地図からあきらかなように太平洋岸ですので遥か遠くの沖に山々を見ることはできません。

「大漁の登希ハ」、変体仮名「登希」が判読しにくいですが、多分これであっているはず。

「まいわい ―いはひ 【万祝・間祝い】① 意外な大漁の際に,漁業主が漁夫・知人・関係者を招いて開く祝宴。まんいわい。②  →1に漁業主が配る祝い着。藍地に「大漁」の字・鯛・鶴亀などを染め抜いた長半纏(はんてん)。「―被(はお)りて」〈ふところ日記•眉山〉」。万祝着。

 高下駄男三人衆が着ているのがこれ。ほかの版の画では腰から下あたりが藍色の見事な濃淡で摺られています。

 

2026年7月14日火曜日

大日本物産圖會その23

P23 国立国会図書館デジタルコレクション蔵

P23_1

(読み)

安房 國 水 仙 花

あわのくにすいせんか


安房(あ者)ハ北 面 上総(可づさ)の山脈(さんミやく)

   あわ はほくめん   かづさ の   さんみゃく


連(つら奈)り東 西 南  ハ海 尓接(せつ)ス

  つらな りとうざいみなみはうみに  せっ す


故(ゆゑ)土地暖(あ多ゝ)可奈るをもつて

  ゆえ とち  あたた かなるをもって


水 仙 花秋 の末(すゑ)より花

すいせんかあきの  すえ よりはな


阿り多 く海濱(かいひん)尓自(じ)

ありおおく   かいひん に  じ


生(しやう)して最美貌(もつともびゑん)なり四

  しょう して    もっともびえん なりし


葉(ゑふ)一 窠(か)尓して莖上(きやうじやう)耳

  よう いっ  か にして   きょうじょう に


花 を開  六 辨(べん)にして清(せい)香(かう)

はなをひらくろく  べん にして  せい   こう


阿り多く都下(と可)に出し

ありおおく  とか にだし


て挿(さし)花尓供(く う)す

て  さし ばなに きょう す

(大意)

(補足)

 さて、甲斐国の白柿、葡萄とつづいたあとは安房国の水仙花、画はやはり左半分を巨大な水仙にして、三枚とも同じ効果をねらったものとなっています。三浦半島の観音崎から鋸山がのぞめますが、その麓と周辺が鋸南町といって江戸時代後期から現在も水仙の産地であります。舟が浮かんでいるのは東京湾です。

 秋も末で、立ちがらしたのか刈り残したのか稲が黄金に輝いています。

「莖」、フリガナの「きやう」の「き」は変体仮名「支」か?

 

2026年7月13日月曜日

大日本物産圖會その22

P22 国立国会図書館デジタルコレクション蔵

P22_1

(読み)

甲斐 國 葡萄 培 養  図

かいのくにぶどうばいようのず


葡萄(ブドウ)ハ山 梨 郡 岩 﨑 村

   ぶどう はやまなしぐんいわさきむら


尓産(サン)ずるを殊(コト)尓好(ヨシ)と須

に  さん ずるを  こと に  よし とす


蔓草(ツルクサ)尓して春 花 を開 き

   つるくさ にしてはるはなをひらき


秋(アキ)実(ミ)を結(ムス)び垂(タレ)下 りて藤(トウ)

  あき   み を  むす び  たれ さがりて  とう


花(クワ)の如 し熟(ジユク)するに至(イタ)りて

  か  のごとし  じゅく するに  いた りて


雅客(ガキヤク)棚 下 尓あつ満り盃(サカツキ)

   がきゃく たなしたにあつまり  さかずき


をか多むけ其 席(セキ)空(シヤウ)尓阿

をかたむけその  せき   しょう にあ


る葡萄 を悉(コト\゛/)く求  る事 を

るぶどうを  ことご と くもとむることを


なさしむ又 近 年 多 くぶどう

なさしむまたきんねんおおくぶどう


酒(シユ)乾(ホシ)ぶどう月 の雫(シズク)ホ(ナド)を製 ス

  しゅ   ほし ぶどうつきの  しずく   など をせいす

(大意)

(補足)

「空(シヤウ)」、フリガナに「シヤウ」とあります。日本語の音読みにその音はありません。「空」はサンスクリット語では「sunya(śūnya)」で、「シューニャ」と読み、その音に少しにてないこともありません。

 自分たち三人が座っている緋毛氈の台敷の上の葡萄を指さして、アレが食いたい、あぁこっちのもと、悉く求め食い尽くす、との意味でしょうか。

「月の雫」、『つきのしずく ―しづく 【月の雫】② ブドウの実に白砂糖の衣をかけた菓子。山梨県の名産』

 この画も前頁と同じ手法で、全面に大きく極端なくらいにぶどうを強調しています。

現在でも甲府近辺ではぶどう狩りが盛んで食い放題いくらいくらなどと宣伝してます。着ているものが少々異なるだけで、その風景は驚くほどダブっています。

 秋とはいえ富士山にはまだ雪は積もっていないようです。

 

2026年7月12日日曜日

大日本物産圖會その21

P21 国立国会図書館デジタルコレクション蔵 

P21_1

(読み)

甲斐 國 白 柿 製 之圖

かいのくにころがきせいのず


柿(カキ)は當 國 処 々 より産(サン)須゛喬(キヤウ)

  かき はとうごくしょしょより  さん す   きょう


木 にして其 実(ミ)大 奈り四五月

ぼくにしてその  み だいなりしごがつ


頃(ゴロ)花 開(ヒラ)き九月 の頃 実熟(ジユク)

  ごろ はな  ひら きくがつのころみ  じゅく


す是 を摘(ツミ)皮(カハ)を剥(ハ)ぎてその

すこれを  つみ   かわ を  は ぎてその


蔕(ヘタ)をのこし縄(ナハ)尓者さミ

  へた をのこし  なわ にはさみ


て数 条  につらね乾(カハ)き天

てすうじょうにつらね  かわ きて


後 匣(ハコ)の中 尓列(ナラ)へ蓋(フタ)を掩(オホ)

のち  はこ のなかに  なら べ  ふた を  おお


ひ久 しきを経(ヘ)て白霜(シモ)を

いひさしきを  へ て   しも を


生  ず則  ち白柿(コロカキ)と称  須味(アヂ)

しょうずすなわち   ころかき としょうす  あじ


甘(アマ)くして甚  ダ佳(カ)奈り

  あま くしてはなはだ  か なり

(大意)

(補足)

「喬」、『きょう けう 【喬】たかくそびえる。「喬松」「喬木」』

「九月の頃実熟(ジユク)す」まさにこの画の時期で、庭のかたすみに赤い菊の花が咲いています。

 皮をむいた柿がたくさん籠に入っていて、その柿の色が、驚くくらい実際のむいた柿の色にそっくりで手にとって食べてしまいそう。

 大きな柿の木とたくさんの実を大胆に手前に配置して、これはもちろん錦絵のまね、でもきれい。その向こうでは部屋の中でなにやら歓談する男二人、また顔が半分隠れて男の子がいて、日常の中での柿むき作業という雰囲気をかもしだしています。

 茅葺きの濃淡といい、板壁の色むらの具合といい、上手だなぁ。

 

2026年7月11日土曜日

大日本物産圖會その20

P20 国立国会図書館デジタルコレクション蔵

P20_1

(読み)

駿 河半 紙漉 場ノ圖

するがはんしすきばのず


紙ハ菴原(イホハラ)郡 各所(カクシヨ)より産(サン)

かみは  いほはら ぐん   かくしょ より  さん


ず結香(ミツマタ)を以 て製 すといへ

ず   みつまた をもってせいすといえ


ども其 製 法 尓至 りてハ

どもそのせいほうにいたりては


諸 紙るゐと同 じ半 紙半

しょしるいとおなじはんしはん


切 薄 葉駿小(ンコ)のりい連

せつうすば   んこ のりいれ


其 外 数 種 の紙 を製 して

そのほかすうしゅのかみをせいして


全 國 尓輸出(ユウシユツ)す色 赤 く

ぜんこくに   ゆ しゅつ すいろあかく


して弱(ヨワ)しと雖  も價(アタヘ)廉(レン)奈る

して  よわ しといえども  あたい   れん なる


故 尓大  尓便用(ヘンヨウ)を奈せり

ゆえにおおいに   べんよう をなせり

(大意)

(補足)

「菴原(イホハラ)郡」、『1879年(明治12年)に発足した庵原郡(いはらぐん。いほはらのこおり)は、平成の大合併やその後の編入によって行政区画としては消滅した。現在の大半は静岡市清水区(新清水駅付近以南を除く巴川以北)、および静岡市葵区の一部(瀬名、瀬名川、長尾、平山など)に統合されている』。

「半紙・半切・薄葉・駿小(ンコ)のりい連」、みな紙の種類。

「價(アタヘ)廉(レン)奈る故尓大尓便用(ヘンヨウ)を奈せり」、大のときのトイレットペーパーとして用いたとも読めますが。まさかねっ。

 額縁からはみ出す富士山はやはり日本一‼️青空に紅葉でときは秋。紙を干すには絶好の日和。左の作業場では紙製造の一連の流れが示されています。ちなみに和紙の製紙に関しては「紙漉重宝記(かみすきちょうほうき)」に詳しい。

 干してある半紙の多さよりもそれらの干し板の枚数の多さに圧倒されます。日に当てなければなりませんから、板はいやおうなく反ってしまうはずで、その対策はどうしていたのでしょうか?

 

2026年7月10日金曜日

大日本物産圖會その19

P19 国立国会図書館デジタルコレクション蔵 

P19_1

(読み)

駿 河 国 竹 細 工製 ノ図

するがのくにたけざいくせいのず


安部郡 静岡(シヅヲカ)の産 尓して

あべぐん   しずおか のさんにして


種々(シユ\/)の竹 を以 て製造(セイザウ)す

   しゅしゅ のたけをもって   せいぞう す


文房具(ブンハウク)酒具(シユグ)菓子(クワシ)者゛ち

    ぶんぼうぐ    しゅぐ    か し ば ち


茶器(チヤキ)及 び諸般(シヨハン)の器物(キフツ)笠(カサ)

   ちゃき および   しょはん の   きぶつ   かさ


の類(ルヰ)種 々 の細 工あり皆(ミナ)

の  るい しゅしゅのさいくあり  みな


精巧(セイコウ)尓して世尓称(シヨウ)せら

   せいこう にしてよに  しょう せら


るゝ故 尓駿 河細工(サイク)と称

るるゆえにするが   さいく としょう


せり

せり

(大意)

(補足)

 白い犬にのっている子どもの後ろには大きな車輪が見えていて、これは大八車ではなく人力車。その子どものとなりのお子様はお金持ちの家なのか靴をはいて手持ちの荷物はどことなく舶来風。店先をながめる旅人らしき方は洋傘をさしうしろに荷物持ちを従え、店の中ではそろばん片手に商談する番頭らしき人はザンギリ頭。どこもかしこも文明開化です。

 暖簾の「竹」の字は、竹の節をいれてこった意匠にしています。「するかや」さんの看板「細工志奈\/」(さいくしなじな)の上が読めません。「細」の上は「駿」or 「筋」?


 

2026年7月9日木曜日

大日本物産圖會その18


P18 国立国会図書館デジタルコレクション蔵

P18_1

(読み)

尾州  名古屋扇  折(ヲリ)の図

おしゅうなごやおおぎ  おり のず


扇  ハ愛知(アイチ)郡 名古屋耳

おおぎは   あいち ぐんなごやに


て多 く出須由ゑに名古

ておおくだすゆえになご


屋扇  の名あり支那(ナ)製

やおおぎのなありし  な せい


尓倣(ナラヒ)て薄(ウス)竹 骨 尓て造(ツク)り

に  ならい て  うす だけほねにて  つく り


紙 絹(キヌ)を張(ハ)る本 骨 ハすゝ

かみ  きぬ を  は るほんぼねはすす


竹 朱 丹 黒 丹 象牙(ソウゲ)の

だけしゅたんこくたん   ぞうげ の


類 尓て製(セイ)し塗骨(ヌリホネ)ま起ゑ

るいにて  せい し   にりぼね まきえ


金 銀 のぞうがんを以連

きんぎんのぞうがんをいれ


鳥 虫 山 水 など雕刻(チ ウコク)して

とりむしさんすいなど   ちょうこく して


最 美なり

さいびなり

(大意)

(補足)

「尾州」、尾張国。

「朱丹黒丹」、紫檀、黒檀のこと。

 たて縞に透かし柄模様の着物は涼しそう。庭の菖蒲を花瓶にさしてる少年はお姉さんたちに頼まれたのかも。鮮やかな黄色の板戸はよくみると茅(かや)のようなもののよう。その中央を抜き、また障子の向こうに池がみえるようにしていて、遠近法も使って奥行きと広がりをあたえています。そして赤い扇はむこうが透けて見えるようにしているという凝りよう。

 

2026年7月8日水曜日

大日本物産圖會その17


P17 国立国会図書館デジタルコレクション蔵 

P17_1

(読み)

尾張  國 有 松 纐 り之図

おわりのくにありまつしぼりのず


鳴(ナル)海纐(シ本)りと称(シヤウ)して愛(アイ)知郡

  なる み  しぼ りと  しょう して  あい ちぐん


有 松 尓て多 く産 す織(オリ)物

ありまつにておおくさんす  おり もの


を鹿(カ)の子立 しぼ八重(ヘ)た

を  か のこたてしぼや  え た


すき阿るひハ雲 竜  竹 尓虎

すきあるいはうんりゅうたけにとら


の類(ルイ)種(シユ)々 画もやうを纐纈(こうけつ)

の  るい   しゅ しゅえもようを   こうけつ


藍(アヰ)紅 とうにて染 あげ

  あい べにとうにてそめあげ


たるもの尓し天最(モツトモ)美也

たるものにして  もっとも びなり


綿 布を以 て染 たる物 を

めんぷをもってそめたるものを


浴衣(ユカタ)単衣(ヒトヘキヌ)ホ(トウ)にもちひ

   ゆかた    ひとえきぬ   とう にもちい


ま多絹(ケン)布尓て志ぼり

また  けん ぷにてしぼり


たるもの阿り

たるものあり


(大意)

(補足)

「鳴海纐」、『なるみしぼり【鳴海絞】鳴海付近に産する木綿の絞り染め。有松絞(ありまつしぼり)。鳴海』。「纐」のフリガナ、「シ」の次が読みは「ホ」or「ボ」なのですが、その変体仮名がよくわかりません。「ヲ」とも読めますけど、さて?

 ここの詞書き(ことばがき)にもあるように有名だったようです。葛飾北斎44才頃の作品「東海道 彩色摺 五拾三次」の「奈るミ」にもありました。 

 御婦人二人の背景にある浴衣の単衣、藍色と薄藍色に白の鶴か鳳凰のよう、このまますぐにヒョイと着ることができそうです。

 詞書き背景の色柄が変わりました。

 

2026年7月7日火曜日

大日本物産圖會その16


P16 国立国会図書館デジタルコレクション蔵

P16_1

(読み)

同 國 五色 砂 ニテ盆 石 飾

どうこくごしきすなにてぼんせきかざり


當 國 鳥羽尓産(サン)する砂(スナ)ハ其

とうごくとばに  さん する  すな はその


色 数種(スシユ)あり青 黄赤 白 黒

いろ   すしゅ ありあおきあかしろくろ


その他(ホカ)数 色  を製 す故 尓此

その  ほか すうしょくをせいすゆえにこの


砂 を以 て盆石(ホンセキ)盆 画を畫す

すなをもって   ぼんせき ぼんがをがす


る則   黒 塗(ヌリ)の盆 中  耳諸

るすなわちくろ  ぬり のぼんちゅうにしょ


國 々 名 所 花鳥  山 水 好 ミの

こくくにめいしょかちょうさんすいこのみの


如 く色 砂 を以 て彩色(サイシキ)し

ごとくいろすなをもって   さいしき し


床(トコ)の間乃  置 物 額面(ガクメン)或  ハ

  とこ のまおよびおきもの   がくめん あるいは


紙上  尓砂 を止 て掛 物 ホ ニ奈須

しじょうにすなをとめてかけものなどになす

(大意)

(補足)

「同國」、志摩国。

 隣の部屋から庭がのぞめます。石灯籠や築山もあって手入れされ、板塀の上にはどろぼう返しがあり、防犯体制もしっかりです。盆石楽しむ御婦人三人の着物もきれいです。

 

2026年7月6日月曜日

大日本物産圖會その15

P15 国立国会図書館デジタルコレクション蔵 

P15_1

(読み)

志摩 國 荒 布刈 之圖

しまのくにあらめかりのず


荒布(アラメ)ハ其 形 ち昆布(コンブ)に似て

   あらめ はそのかたち   こんぶ ににて


薄(ウク)く柔   尓して黒 色 なり

  うす くやわらかにしてくろいろなり


當 國 鳥羽の海 底(テイ)其 他 所  々

とうこくとばのかい  てい そのほかところどころ


尓生  須゛土人鎌(カマ)を以 て海 底 尓

にしょうず どじん かま をもってかいていに


沈(シツ)ミ岩 尓付 多る荒 布乃

  しず みいわにつきたるあらめの


根を刈(カリ)て浮(ウカ)むあらめ浪(ナミ)の

ねを  かり て  うか むあらめ  なみ の


為 尓自然(シゼン)と陸(ヲカ)地へうち

ために   しぜん と  おか ちへうち


あげたるを取 まとめ乾(カハカ)

あげたるをとりまとめ  かわか


して諸 方 尓い多゛須

してしょほうにいだ す

(大意)

(補足)

 磯場に打ち寄せる波の様子がねんいりに描かれ、また岩場にからみ砕け散るさまも見事に彩色されています。右側に二人、海底の荒布をとる人もいます。

 昆布はツルツルですが、荒布はそれにくらべるとシワシワで厚みもあり、かみごたえもあってうまいです。

 摺師は濃淡だけで、磯場の潮風や空気感を表現し奥行きを与えています。うまいもんですねぇ。

 

2026年7月5日日曜日

大日本物産圖會その14

P14 国立国会図書館デジタルコレクション蔵

P14_1

(読み)

同 國 長鮑製  之圖

どうこくのしせいすのず


あハびの大 小  によりて数 葉

あわびのだいしょうによりてすうよう


を者可り横 よりうすき刃

をはかりよこよりうすきは


もの尓て薄 く\/ とま王し

ものにてうすくうすくとまわし


むきにして豊 後ごさ耳

むきにしてぶんごござに


志起ならへ天本すなり

しきならべてほすなり


故 尓おの\/むしろの目をお

ゆえにおのおのむしろのめをお


びたり本 末 のあるハ束 ぬる

びたりもとすえのあるはたばぬる


可゛由ゑなりさて是 をノシ

が ゆえなりさてこれをのし


といふハむ可し打 あハびと

というはむかしうちあわびと


いひて裁 切 て打 のバし食

いいてたちきりてうちのばししょく


料  となし多る故 也 又 干 飽

りょうとなしたるゆえなりまたほしあわび


うすあハびとも云 此 外 螺蠑 ノ

うすあわびともいうこのほかさざえの


シ海老ノシの種 るゐあり

しえびのしのしゅるいあり

(大意)

(補足)

「同國」、伊勢国。

「横より〜ま王しむき」、桂むき(かつらむき)のこと。

 変体仮名「安」(あ)がたくさんでてきてます。「お」に似ているようで形は異なります。「お」の変体仮名は「於」。

 左から二番目のノシ干しの男の笠や右端の斜めの網、摺りが透かしてあって、なにげに技を見せています。

 

2026年7月4日土曜日

大日本物産圖會その13

P13 国立国会図書館デジタルコレクション蔵 

P13_1

(読み)

伊勢 國 鮑  採 之圖

いせのくにあわびとりのず


伊勢の國 和浦 御座浦 大 野

いせのくにわうらござうらおおの


の三 ヶ所 尓鮑(アハヒ)をとり二 見可゛うら

のさんかしょに  あわび をとりふたみが うら


北 塔 世尓て鮑(ノシ)を製 すあハびを

きたとうせにて  のし をせいすあわびを


とるハ必  ず女  海人の業 と須但 シ

とるはかならずおんなあまのわざとすただし


女  ハ呼吸(コキ ウ)長 き故 也 沖 ふ可く出

おんなは   こきゅう ながきゆえなりおきふかくで


るに親属(シンソク)を具してふ年を

るに   しんぞく をぐしてふねを


古可゛せ腰 尓小網 袋  を付 て

こが せこしにこあみぶくろをつけて


海 てい尓いり岩 尓つ起多る鮑

かいていにいりいわにつきたるあわび


を箟 尓て不意尓おこし腰

をのみにてふいにおこしこし


尓つけて泛 む奈り海 尓志づ

につけてうかむなりうみにしず


むハ五尋 より十 ひろ十  五尋

むはごひろよりじっひろじゅうごひろ


をかきりと須深 きところハ

をかぎりとすふかきところは


こし尓縄 を付 てしつむ也

こしになわをつけてしずむなり

(大意)

(補足)

「とるハ」、「と」が「乙」+「丶」のような形です。「と」の変体仮名「止」のようでもあります。

「泛」、うか・ぶ 【浮かぶ・泛かぶ】。

「尋」、『ひろ【尋】〔広(ひろ)の意〕両手を左右に広げたときの,一方の指先から他方の指先までの距離。長さの単位として用い,縄・釣り糸・水深をはかるのに用いる。江戸時代には一尋は五尺(約1.5メートル)または六尺(約1.8メートル)であったが,明治以降は六尺とする。』

 炭鉱の画より一転して、明るい開放的な磯となりました。詞書きの下地に紫色の柄があって、色がうつったものかと他の同じ画を調べましたがみな同じ箇所に付いているので、これは下地柄です。

 若き頃、磯場でかぜ(ウニ)を採っていたときに、鮑も採ったことがありました。カゼも鮑も、カスガイで岩から引っ剥がすのですけど、チャンスは一回限りで、失敗すると岩場にしっかりと吸い付いてはがせなくなります。また無理にはがそうとすると鮑もカゼも傷つけてしまって、台無しです。

 右側の海女さん、浮かび上がってきてピューっと声を出して息継ぎしているところ、口の先にその呼吸の様子が描かれています。細かいね。

 海女さんも小舟を岩場にぶつけないように操船する漁師も命がけです。

 

2026年7月3日金曜日

大日本物産圖會その12

P12 国立国会図書館デジタルコレクション蔵

P12_1

(読み)

同 國 石 炭 山 之圖

どうこくせきたんやまのず


石炭(セキタン)ハ長 野笠 取 兜  よ里

   せきたん はながのかさとりかぶとより


産 す砿属(クワウソク)にして其 色 漆(ウルシ)

さんす   こ うぞく にしてそのいろ  うるし  


の如 し山 中  深 く堀 入 て出

のごとしさんちゅうふかくほりいりてでる


こと金 山 とお奈じ其 用 木炭(スミ)

こときんざんとおなじそのよう   すみ


より火気倍(バイ)せるをもつて

よりかき  ばい せるをもって


蒸気(ジヨウキ)の力(チカラ)を用  る物 及 び

   じょうき の  ちから をもちいるものおよび


金 石 を鎔鋳(トラカシ)する物 尽(コト)\゛/く

きんせきを   とらかし するもの  こと ごと く


用 ひざる奈し又 油  を製 し

もちいざるなしまたあぶらをせいし


て燈火(アカリ)尓用 ゆ

て   あかり にもちゆ

(大意)

(補足)

「同國」、伊賀国(三重県)。

「長野笠取兜」、三重県伊賀市の笠取山(かさとりやま)周辺は、かつて良質な石炭(主に瀝青炭)の産地として知られていた。

 右側に版元「出版人日本橋通一丁目十九番地)大倉孫兵衛」、左側に「画工 大鋸町四番地 安藤徳兵衛」とあります。

 炭鉱労働者も漁師と同じ腰蓑をつけています。やはり坑道から出る水よけでしょう。酒の醸造所の職人たちも着ていました。

 手提げ箱みたいなものを二人がさげていますが、これ何でしょう?ランタン?

 

2026年7月2日木曜日

大日本物産圖會その11

P11 国立国会図書館デジタルコレクション蔵

P11_1

(読み)

伊賀 國 磨砂(ミカキスナ)

いがのくに   みがきずな


磨砂(ミカキスナ)ハ山 田郡 長  の山 より

   みがきずな はやまだぐんちょうのやまより


出す砿属(クワウゾク)尓して其 色 白 き

だす   こ うぞく にしてそのいろしろき


こと雪 の如 し其 用 銅鐵(ドウテツ)を磨

ことゆきのごとしそのよう   どうてつ をみが


き畳表(タ〃ミヲモテ)を製 するに用 由

き   たたみおもて をせいするにもちゆ


又 是 を篩(フルヒ)ひ香 具を和し

またこれを  ふるい いこうぐをわし


紅 をさして歯磨薬(ハミガキ)を

べにをさして    はみがき を


製(セイ)することおび多ゞし

  せい することおびただし


此 砂 ハ白 亜の稉  尓して

このすなははくあのうるちにして


粘  奈しといふ

ねばりなしという

(大意)

(補足)

「磨砂(ミカキスナ)」、『みがきずな磨き砂】① 金属製の器物などを磨くのに用いる,炭酸カルシウムを主とする白色の粉末。玄米の精白にも用いる。磨き粉。② 江戸時代,鉄漿(かね)を落とすための歯磨き粉。』

「山田郡」、『山田郡(やまだぐん)は、三重県(伊賀国)にあった郡』。

「稉」、『うるち【粳】一般に,炊いて飯にする,粘り気の少ない米。うるごめ。うるちまい』

 露天掘りです。露天掘りで、すぐに他のものがおもいうかぶのはセメントの原料、石灰石ぐらいです。日本で自給自足できるまれにみる製品がセメントです。

 

2026年7月1日水曜日

大日本物産圖會その10

P10 国立国会図書館デジタルコレクション蔵

P10_1

(読み)

同 新 酒 荷出 之圖

どうしんしゅにだしのず


酒 造  ハ白 米 五斗を以 て一酛(ヒトモト)或

さけづくりははくまいごとをもって   ひともと あるい


ハ一 ト仕廻(シマヒ)と立て米 を洗 ひ蒸して

はいっと   しまい とたてまいをあらいむして



糀  一 斗七 升  水 四 斗八 升  を加 ふるを

こうじいっとななしょうみずよんとはっしょうをくわうるを


初 めとし桶 へ入 可へ梓廻(カキマハ)す事 数 度

はじめとしおけへいれかえ   かきまわ すことすうど


尓して又 米 糀  水 を増 加すること

にしてまたこめこうじみずをぞうかすること


四 度都合 白 米 奈らび耳麹

よんどつごうはくまいならびにこうじ


合 して八 石 五斗水 四 石 四 斗

あわしてはっこくごとみずよんこくよんと


と奈る日 数 凡  十  三 四日 尓手入

となるにっすうおよそじゅうさんしにちにていれ


して熟成(ジユクセイ)の酒 と奈る後嚢(フクロ)ニ

して   じゅくせい のさけとなるのち ふくろ に


い連槽(フネ)尓満(ミタ)して絞(シボ)りす満し

いれ  ふね に  みた して  しぼ りすまし


をけに入 てこし四 斗だるに

おけにいれてこしよんとだるに


収 め凡 そ酛(モト)尓天廿   三 四樽 登

おさめおよそ  もと にてにじゅうさんしたると


なるもの那り

なるものなり

(大意)

(補足)

「一斗」、『と【斗】① 尺貫法の容積の単位。一斗は一〇升,約18.039l』。

「一石」、『こく【石・斛】① 体積の単位。米穀などを量るのに用いる。一石は一〇斗。約180l』。

「尓して又米糀水を増加すること」の行が頁の折り目にかさなってしまって判読が難しいので他の史料にたよりました。

 前回なぜ床があのように池のごとくになっているかが、ここ詞書きでいくらかわかりました。しかし、ここに記されている酒の作り方の流れはとても荒っぽく、これでは酒は作れません。江戸時代の酒は酸っぱかったはずときいたことがありますが、この作り方ではそうだったかもしれません。

 現在の日本酒の作り方はとても繊細で丁寧であり、米をみがいて(洗米)、浸水(浸漬)させるのもストップウオッチ片手に秒単位で行われています。

 樽を菰藁(こもわら)でおおって樽を保護しています。その藁が本物のような手触りが感じられ、これまた摺師の技でありましょう。うまい‼️