2026年7月19日日曜日

大日本物産圖會その28

P28 国立国会図書館デジタルコレクション蔵 

P28_1

(読み)

美濃石 灰 焼 之圖

みのせっかいやきのず


石灰(いし者゛い)越焼(やく)尓ハ平窯(ひら可゛ま)櫓(やくら)可゛満の

   いしば い を  やく には   ひらが ま   やぐら が まの


両  種(し由)阿りて櫓(やぐら)ハ高(多可)さ一 丈

りょう  しゅ ありて  やぐら は  たか さいちじょう


周経(めぐり)三 尺  中真(ち うしん)の穴 越下

   めぐり さんじゃく   ちゅうしん のあなをした


の方(可多)細(本そ)くなし底(そこ)尓穴(あ奈)あ

の  かた   ほそ くなし  そこ に  あな あ


里石(いし)と炭(すミ)とを夾(者さ)ミ幾重(い久ゑ)

り  いし と  すみ とを  はさ み   いくえ


もかさ袮下(し多)より焼(や起)天火(く王)

もかさね  した より  やき て  か


気(き)越登(の)本゛らせ下 の穴(あ奈)より

  き を  の ぼ らせしたの  あな より


灰(者い)をか起出(い多゛)せり斯(可久)天次第(し多゛い)

  はい をかき  いだ  せり  かく て   しだ い


尓石(いし)と炭(すミ)越積(つ)ミ添(そ)へ焼(や起)

に  いし と  すみ を  つ み  そ へ  やき


者じめより凡  百  日 昼夜(ち うや)

はじめよりおよそひゃくにち   ちゅうや


絶(多由)るこ登なし

  たゆ ることなし

(大意)

(補足)

「平窯(ひら可゛ま)櫓(やくら)可゛満」、フリガナ「ひら可゛ま」はこれであっているとおもいますが、「やくら」は二文字「やト」と読めますけどさて?しかし次の行に「櫓」のフリガナが「やぐら」とあって、前者の「やト」に少し重なる気もします。

「丈」、『じょう ぢやう【丈】① 尺貫法の長さの単位。一〇尺。1891年(明治24)100メートルを三三丈と定めた。約3m』。

 奥の丸い池みたいなのが平窯。手前が櫓窯。火気をともなう力仕事の危険な職場にもかかわらず、左隅に子どもがなにか手伝いをしようとしています。AIの概要によると明治10年頃は全人口の4割弱が14歳以下の子どもであった(現在は1割前後)とあって、どこもかしこも子どもだらけだったようです。

 櫓窯のはしご代わりの斜面をみると、ピラミッドはこのようにして積み上げていったのではないかと夢想してしまいます。

 山から切り出した石灰岩を砕き加工してできたのが生石灰、これをこの画のように焼き上げてできたのが消石灰、最初は肥料にしましたが、のちセメントとなって高度生長の礎となりました。

 わたしの住んでいる隣町に青梅市があります。江戸時代初期より江戸城の白壁などのために石灰(漆喰)を運ぶためにつくられたのが青梅街道です。現在でも奥多摩で生産されています。

 

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