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2026年8月2日日曜日

大日本物産圖會その42

P42 国立国会図書館デジタルコレクション蔵 

P42_1

(読み)

千島  國 海 獺採 之図

ちしまのくにらっことりのず


海獺(ラツコ)ハ其 毛柔(ヤワラ)尓して指(ユビ)をもつて

   らっこ はそのけ  やわら にして  ゆび をもって


画(モシヲカク)する尓少時(ザンジ)其 形 ちを存(ノコ)す

  もじをかく するに   ざんじ そのかたちを  のこ す


皮(カハ)を帽(バウ)尓造(ツク)りて人 の賞(シヨウ)する

  かわ は  ぼう に  つく りてひとの  しょう する


所  也 千(チ)島得撫島(ウルツプシマ)尓多 く

ところなり  ち しま   うるっぷしま におおく


産(サン)ず土人 全体(ゼンタイ)革(カハ)を以 て造(つくリ)し

  さん すどじん   ぜんたい   かわ をもって  つくり し


鰹節形(カツヲフシカタ)奈る船 尓體(カラダ)の入るべき

    かつおぶしがた なるふねに  からだ のいるべき


程(ホト)の穴 を三 ヶ所 穿(ア)け舟 乃

  ほど のあなをさんかしょ  あ けふねの


中 へ水 の入 らぬやう穴 よりつゞ

なかへみずのはいらぬようあなよりつづ


く革 を可らだ尓結(ユヒ)付 一 人ハ

くかわをからだに  ゆい つけひとりは


櫂(カイ)をもち両  人 もり尓て海 上

  かい をもちりょうにんもりにてかいじょう


尓浮(ウカ)む海獺(ラツコ)を突(ツキ)とる奈り

に  うか む   らっこ を  つき とるなり

(大意)

 海獺の毛は柔らかく、その毛皮に指で文字をなぞるとしばらくその文字が残るほどである。皮から帽子をつくるがそれらは人々に重宝されて人気がある。海獺は千島ウルップ島に多く生息する。土地の人々は鰹節形の舟を皮で覆うようにして造り、三人の躰が入るようそれぞれ三つの穴をあけ、舟の中へ水が入らぬようにしてあり、穴よりつづく皮を躰に巻き付けている。一人は櫂をもち、二人はもりを持って、海上に浮かぶ海獺を突きとるのである。

(補足)

「獺」、これ「獺」一文字で、カワウソです。なので海獺はうみかわうそ🦦。

 30年近く前のことになりますが、アラスカを旅したことがあります。丸一日を氷河ツアーに参加しました。船旅をする途中、白頭鷲や海獺を観察しました。ラッコはのんびりプカプカ毛づくろいをしながら、ときたまクルッとからだを回転させまた腹を見せてプカプカしてました。これじゃ簡単に捕まってしまうなとおもったものです。

 水族館もいくつか訪れましたが、たいていラッコがいて、運良く学芸員の方がいろいろ説明してくれました。かれらは「my stone」をそれぞれ持っていて、それを使って貝を腹の上に乗せて叩き割ります。おなじみの光景です。自分の石は脇の下に挟んで落とさないようにしているのだそうです。

 波間に浮かぶラッコの色が薄茶色ですが実物は黒です。絵師・彫師・摺師は見たことがなかったのかも。

 

2026年8月1日土曜日

大日本物産圖會その41

P41 国立国会図書館デジタルコレクション蔵

P41_1

(読み)

北 海 道 函 館 氷  輸出  之圖

ほっかいどうはこだてこおりゆしゅつのず


氷  ハ厳寒(ゲンカン)の節(セツ)北 海 道五陵岳(コレ ウカク)

こおりは   げんかん の  せつ ほっかいどう   ごりょうかく


の堀(ホリ)水 の氷  たるを鋸(ノコギリ)を以 て

の  ほり みずのこおりたるを  のこぎり をもって


凡 そ目方 二十 〆 目者゛かりに

およそめかたにじっかんめば かりに


引(ヒキ)王り二個(フタツ)合 して雪車(ソリ)ニ

  ひき わり   ふたつ あわして   そり に


乗(ノ)せ函館湊(ハコダテミナト)を運轉(ウンテン)なし

  の せ    はこだてみなと を   うんてん なし


大鋸屑(オガクズ)尓て覆(オホ)ひ箱 尓入レ

    おがくず にて  おお いはこにいれ


密封(フウ)して横 濱 東 京  その外

   ふう してよこはまとうきょうそのほか


諸国(シヨコク)へ輸出(ユシユツ)して氷  蔵 耳

   しょこく へ   ゆしゅつ してこおりくらに


納(オサ)め暑(シヨ)中  尓いだして販(ハン)

  おさ め  しょ ちゅうにいだして  はん


賣(バイ)ス

  ばい す

(大意)

(補足)

「貫」、『かん くわん【貫】① 尺貫法における目方の単位。時代によって相違があるが,メートル条約加入後,1891年(明治24)に15キログラムを四貫(一貫=3.75キログラム)と定め,尺貫法の基本単位の一つとした。一〇〇〇匁(もんめ)。貫目。』

「二十〆目」、約75kg。

「運轉」、車編のくずし字は「爿」or「丬」、「斗」に似ています。

 日本で氷が生産されるようになったのは「明治16年(1887年)に東京・京橋新富町に日本初の製氷会社「東京製氷会社」が設立され、機械での氷の生産が始まりました」。なのでこの図会が出版された明治10年頃は天然氷か米国からの輸入氷しかありませんでした。

 ここのは「北海道五陵岳の堀水の氷たる」氷なので、氷は透明でガラスのように向こう側がゆがみながらも透けて見えるはずですが、絵師は網のように透ける工夫はしなかったようです。ちょっと残念😢。でもって、氷のかたまりは白くというか直方体の箱のように線で表現しています。

 ほとんどの人が洋装で暖かそう。右側の山から流れてくる川のように見えるのは、小屋からあがるお茶を沸かしている竈の煙でしょうか。

 わたしが子どもの頃は、電気で稼働する冷蔵庫は普及してなくて、氷屋さんが配達する氷を断熱された冷蔵庫の中に入れて冷やすというものでした。我が家にはそれすらなかったのですが、お隣さんが使っていて、氷屋さんがやってきて氷を鋸で切る音を聞きつけると近所中の子どもが群がってきて、飛び散った氷のかけらの奪い合いとなりました。透明で冷たいかたまり、これを口にするとなんともいえぬうまさでおいしかったなぁ。

 

2026年7月31日金曜日

大日本物産圖會その40

P40 国立国会図書館デジタルコレクション蔵

P40_1

(読み)

對馬  國 海鼠 製 之図

つしまのくになまこせいのず


熟海鼠(イリコ)を製 する尓ハ腹 中

    いりこ をせいするにははらなか


三 條  の腸 をぬき空(カラ)鍋 尓入

さんじょうのわたをぬき  から なべにいれ


てつよき火尓て煮(ニ)ること

てつよきひにて  に ること


一 日 一 夜尓してとりいだし

いちにちいちやにしてとりいだし


冷 るを候(ウカゞ)ひ糸 尓てつ奈ぎ

さめるを  うかが いいとにてつなぎ


て乾  す又 竹 尓さして本し

てかわかすまたたけにさしてほし


多るを串海鼠(くしこ)といふ海鼠腸(このわた)

たるを    くしこ という    このわた


ハぬきたる王たを海 水 尓て

はぬいたるわたをかいすいにて


数 へんあらひ塩 尓和して

すうへんあたいしおにわして


収 むる奈り黄色 にひかり

おさむるなりきいろにひかり


ありて琥珀(コハク)のごと起ものを

ありて   こはく のごときものを


上  品 とす黒 ミあるハ下ひん

じょうひんとすくろみあるはげひん


奈り

なり

(大意)

(補足)

 いっとき海鼠(なまこ)の酢の物をよく食べていました。コリコリしてちょっとしびれる感じがしておいしい。栄養なんて考えたこともなかったけど、調べてみた。

 AI による概要です。

「海鼠(なまこ)は、高タンパクで低カロリーな食材であり、コラーゲン、サポニン、マグネシウムなどの栄養素を豊富含んでいます。約90%が水分で、生100gあたり約23キロカロリーです。

主な栄養成分と特徴

高タンパク・低脂質: 脂質が非常に少なく、ヘルシーに良質なタンパク質を補給できます。サポニン: 強い抗酸化作用や滋養強壮効果が期待される成分で、「海の朝鮮人参」と呼ばれる由来の一つです。

コラーゲン・コンドロイチン: 美容や関節の健康維持に役立つ成分が含まれています。

ミネラル類: 骨の健康に大切なカルシウムやマグネシウム、代謝を助けるビタミンB12が含まれています」。

 いやいや驚きました。あんなものといってはよろしくないけど、見てくれはわるいし、食指が動く生き物ではありません。でも、食い物としては優秀なのですね。

 釜で煮ている火力が半端ない、大釜をグラグラ煮立てるぐらいの勢いで煮ないとダメみたいです。それも「一日一夜尓して」ずっとです。

 

2026年7月30日木曜日

大日本物産圖會その39

P39 国立国会図書館デジタルコレクション蔵

P39_1

(読み)

對馬  國 海鼠 取 之図

つしまのくになまことりのず


生海鼠(ナマコ)熟海鼠(イリコ)金海鼠(キンコ)海

    なまこ     いりこ     きんこ


鼠腸(コノワタ)種 数の製 法 あり天

   このわた しゅすのせいほうありて


皇 国 諸 洲  より出すといヘ

こうこくしょしゅうよりだすといえ


ども支那尓ハ甚   稀 尓して

どもしなにははなはだまれにして


最  も珍 重  すといへり沖 中

もっともちんちょうすといえりおきなか


尓て漁  する尓ハ舩 の舳(トモ)耳

にてりょうするにはふねの  とも に


あミをつけて者し連バ自

あみをつけてはしればし


然 と入  奈り海 底 の石 に

ぜんとはいるなりかいていのいしに


つ起多るをとる尓ハ熟生鼠

つきたるをとるにはいりこ


の汁 又 は鯨  のあぶらを水

のしるまたはくじらのあぶらをすい


面 尓流 せバ水 底 透明(スキトホ)りて

めんにながせばみずぞこ   すきとお りて


見える然 して多満あミ尓

みえるしかしてたまあみに


て是 をすくふ奈り

てこれをすくふなり

(大意)

(補足)

「然して」、『しかして【然して・而して】(接続)〔副詞「しか」に動詞「す」の連用形「し」,助詞「て」の付いた語〕そうして。こうして。それから。文章に用いる。「大いに破壊して―改修せざるべからざるもの多々あるなり」〈偽悪醜日本人•雪嶺〉』

「日本史の宝箱」(中公新書)P68[能登名産ナマコの小桶]に『十六世紀半ば成立の故実書「年中恒例記」では、能登守護から将軍への恒例の献上品として確認される。』とあります。また海鼠腸50桶を年賀としていたとも別の史料に記されているとあります。

 おもしろいのは海鼠腸を「桶」と数えることです。なぜなのか?先程の本をお読みください。

 このような漁では箱メガネがこの当時、すでに出回っていたとおもうのですが、竹筒に「鯨のあぶらを水面尓流」すほうが手っ取り早かったのでしょうか。

 漁師たちがみな海鼠とりに集中しているさまがちょっと愉快(命をかけた漁なのに不謹慎でゴメンナサイ)でもあります。手前三人の中央の漁師の茶色の濃淡のついた着物がおしゃれです。籠の感じもそのまま手にできそうでうまいなぁ。

 小浪たつ舟まわりの沖中の海面の青藍の濃淡が本物のようにみえて、摺師の技ですね。さらに沖には帆掛け船がどこやら出かけるところであります。

 

2026年7月29日水曜日

大日本物産圖會その38

P38 国立国会図書館デジタルコレクション蔵

P38_1

(読み)

同 煙草 葉製 造 之圖

どうたばこはせいぞうのず


八 九月 頃 種 を下 し三 月 尓至 り

はちくがつごろたねをくだしさんがつにいたり


て移植(ウツシウヱ)六 月 頃 葉薄 黄と奈る

て   うつしかえ ろくがつごろはうすきとなる


尓随  ひて根尓近 き葉を二三 枚

にしたがいてねにちかきはをにさんまい


摘(ツミ)とるこれを元 葉といふ中  品

  つみ とるこれをもとばというちゅうひん


なり後 中  真 の二葉 をつむ

なりのちちゅうしんのにようをつむ


これを中  葉 といひて上  品 也

これをちゅうようといいてじょうひんなり


残 り枝 茎 を挍(はかり)てをりと里

のこりえだくきを  はかり ておりとり


陰乾(カケホシ)尓するもの下品 なり

   かげぼし にするものげひんなり


つミとりたる薬を揃(ソロ)へて薦(コモ)を

つみとりたるはを  そろ えて  こも を


被(オホ)ひ黄色 尓変 するを度(ド)とし

  おお いきいろにへんするを  ど とし


て二三 葉 づゝ縄(ナハ)尓可け又 日尓本し

てにさんようずつ  なわ にかけまたひにほし


夜つ由尓さらし後 巻 て細刻(キザム)奈り

よつゆにさらしのちまきて   きうざ なり

(大意)

(補足)

「同」、『大隅国』。鹿児島県。

「度とし」、詞書きに何度も出てきている表現です。目処(めど)にしての(漢字は異なりますが)度。

 とてもにぎやかで楽しさあふれる画、登場人物がそれぞれの仕事をしていてその動きの一瞬をとらえている絵師のうまさもさることながら、左の「ぜんまい刻み機」(ネットで調べると実物の写真があります)という器具を正確に、まるで営業マンが説明で使う見取り図のよう描いています。

 奥の庭に干してあるのは魚のひらきではなく、たばこの葉。暖簾に裏返しの「萬屋」はすでにでてきた画のおなじような暖簾に使われていました。版元錦栄堂(萬屋)の大倉孫兵衛の屋号です。

 ひとつひとつの品物や作業、人物の表情を細かに見ていて、飽きませんね。

 

2026年7月28日火曜日

大日本物産圖會その37

P37 国立国会図書館デジタルコレクション蔵

P37_1

(読み)

大 隅  國 煙草 培 養 之圖

おおすみのくにたばこばいようのず


煙草(タバコ)ハ元 南  アメリカの産 尓し

   たばこ はもとみなみあめりかのさんにし


て我 国 慶 長  十  年 ホルトガル人

てわがくにけいちょうじゅうねんぽるとがるじん


持 来 りて長 嵜 へ植(ウヱ)附 たるを

もちきたりてながさきへ  うえ つけたるを


初 として培養(ハイヤウ)せざる国 奈しと

はつとして   ばいよう せざるくになしと


雖(イヘ)とも就中   大 隅 ノ國 部上

  いえ どもなんかずくおおすみのこくぶこう


野 の舘(タテ)薩 摩の出水(イツミ)摂 州  石

ずけの  たて さつまの   いずみ せっしゅういし


津武蔵 の秩 父丹 波山 本 上 総の小糸 等 より出す物 を尤

ずむさしのちちぶたんばやまもとかずさのこいととうよりだすものをもっとも


上  等 と須此 草 性 辛(カラ)くして

じょうとうとすこのそうせい  から くして


収採(シ ユサイ)の後 虫 の付 患(ウレヒ)奈しと雖 とも

   しゅうさい ののちむしのつく  うれい なしといえども


成 長  乃時 ハ却(カヘツ)て虫 の付 事 夥(オヒタゝ)しく

せいちょうのときは  かへっ てむしのつくこと  おびただ しく


毎 朝 虫 をとらされバ其 葉を網(アミ)のごとく奈すもの也

まいあさむしをとらざればそのはを  あみ のごとくなすものなり

(大意)

(補足)

「大隅国」、鹿児島県。隅州(ぐうしゅう)。

「慶長十年」、1605年。日本にいつ頃から喫煙の習慣が広まったかは不明確なのだそうですが、16世紀末の南蛮人渡来以降というのが有力な説のようです。

「就中」、『なかんずく ―づく【就中】(副)〔「中(なか)に就(つ)く」の転。漢文訓読に由来する語〕』。なんども使われてますが、確認のため。

「大隅ノ國部」、大隅の国分か。

 日清戦争(1894‐1898)の戦費調達のため1898年政府はたばこの専売制を開始しました。さらに日露戦争(1904-1908)では1904年に完全専売制へと移行しました。驚くことに日露戦争期の国家予算(歳出)に占める軍事費の割合は82.3%(1905年時点)に達していました。たばこ売買はそれら軍事費のいったんを大きく支えていたのです。

 母の実家は農家でした。多くの農家が隠れてたばこを自家用のために栽培していて、母のおじいさん(あたまは丁髷のままでした)は刻みたばこを煙管につめて一服していたとのことです。ちょうど日露戦争頃のことでした。

 画の構図は何度か出てきているものと同じで定番といっても差し支えないとおもいます。小さな百合のようなきれいな白い花が咲くのですね。


 

2026年7月27日月曜日

大日本物産圖會その36

P36 国立国会図書館デジタルコレクション蔵 

P36_1

(読み)

日  向 國 樟  脳 製 之圖

ひゅうがのくにしょうのうせいのず


樟脳(シヨウノウ)ハ當 國 宮 崎 郡  諸 村

   しょうのう はとうごくみやざきこおりしょそん


尓て製 す楠(クス)尓楠(クス)と樟(クス)の二

にてせいす  くす に  くす と  くす のに


種(シユ)有り則  チ樟 の根を細(サイ)末

  しゅ ありすなわちくすのねを  さい まつ 


尓者すり釜(カマ)尓入 て煎(セン)じ出

にはすり  かま にいれて  せん じだ


春釜 の上 に冷水(ヒヤミツ)を入連多る

すかまのうえに   ひやみず をいれたる


箱 をお起釜 中 湯の騰(ワク)尓

はこをおきかまなかゆの  わく に


随(シタガ)ひ蒸発(ジヨウハツ)して箱(ハコ)の底(ソコ)ニ凝(コ)

  したが い   じょうはつ して  はこ の  そこ に  こ


着(チヤク)春是 則   樟  脳 也 支那(シナ)人 是 を

  ちゃく すこれすなわちしょうのうなり   しな じんこれを


精製(セイ\/)して龍脳(リ ウノウ)と奈須といふ

   せいせい して   りゅうのう となすという

(大意)

(補足)

「日向国」、宮崎県。

 画全体の色の配置がきれいです。山から流れてくる川の水、それを引き入れている釜の上の箱の中の水、また山の茶色の濃淡が凹凸の感じをうまく出し、そのなかに川の水の色と同じ職人たちの半纏、籠をかつぐ人たちにも同じ水色をつかってます。籠の黄色や山の土の茶色が水色と補色になっていて、うきあがってみえて映えます。釜からあがる煙はあまり丁寧に描いてなさそう。

 居間に楠の一枚板を2枚おいてあります。たまにお客さんがやってくると、檜の香りがしますねといわれることがあって、楠なんですよと伝えると、どっちもいい匂いと納得してくれます。

 樟脳といえば箪笥の中に入れる防虫剤をすぐにおもいだします。しかしもうひとつあります。縁日で小さな水を張ったプールに、小さな船の後ろに樟脳をくっつけて浮かべると勢いよく進んでいくのです。スクリューもなにも動力がないのに、とても不思議でした。

 

2026年7月26日日曜日

大日本物産圖會その35

P35 国立国会図書館デジタルコレクション蔵

P35_1

(読み)

日 州  緑  礬 製 之圖

にっしゅうりょくばんせいのず


緑(ロヨ)礬 ハ山 谷より磐石(ハンセキ)を掘(ホリ)

  りょくばんはさんやより   はんせき を  ほり


出し則  ち白 きハ明礬(ミヤウバン)と奈し

だしすなわちしろきは   みょうばん となし


其 色 青 きを粉 尓奈して水 を

そのいろあおきをこなになしてみずを


そゝぎ腐廃(フハイ)し多るを伺(ウカゞ)ひ

そそぎ   ふはい したるを  うかが い


て是 を釜 尓入 てせんじ

てこれをかまにいれてせんじ


その泡(アハ)をとりて乾(カハカ)し多る

その  あわ をとりて  かわか したる


毛能なり上  等 ハ紺手(コンデ)と

ものなりじょうとうは   こんで と


呼(トナヘ)て薬(ヤク)用 と奈し下等 ハ浅(アサ)

  となえ て  やく ようとなしかとうは  あさ


黄(キ)手と呼  て染汁(ソメシル)尓用 ゆ

  ぎ てととなえて   そめしる にもちゆ

(大意)

(補足)

「日州」(にっしゅう)、日向国。宮崎県。

「堀」、岩を「掘る」の意味なので正確にはこっちの手偏「扌」。ここの土偏「土」はお城の「堀」。

 わたしが子どものころ、家に大きい袋いっぱいの明礬(みょうばん)があって、夏になると母はその袋に手を突っ込んで、明礬を握りしめ、脇の下とその周辺に塗り込んでいました。なので夏の母の脇の下周辺は白粉(おしろい)を塗ったように白かったのを思い出しました。

 現在では各種メーカーから様々な制汗剤や消臭剤などが販売されていますが、薬局で購入する明礬一袋のほうがずっと安上がりで、効果は絶大です。

 季節は春から夏のよう。女、子どもがひとりもいません。鉱山なので厳しい労働環境だったのでしょうか。

 

2026年7月25日土曜日

大日本物産圖會その34

P34 国立国会図書館デジタルコレクション蔵


P34_1

(読み)

同 刈 揚之圖

どうかりばのず


農 家の婦女 子笠 を并 へ袖 をつら

のうかのふじょしかさをならべそでをつら


ねて唄 をう多ふて苗 をうゑる是 を

ねてうたをうたうてなえをうえるこれを


早乙 女といふ扨 うゑ付 の後 度

さおとめというさてうえつけののちたび


々 手入連をして秋 尓至 り花

たびていれをしてあきにいたりはな


も散り穂もそろひて用 水 を抜

もちりほもそろいてようすいをぬき


日 光 尓田を干 て鎌 を以 て刈

にっこうにたをほしてかまをもってかり


とり竿 尓可けて五 日本ど干シ

とりかさにかけていつかほどほし


稲把(イナコキ)尓て古きおとし颺(トウ)扇(ミ)に

   いなこぎ にてこきおとし  とう   み に


と本し篩(フルイ)尓可けま多とうミ尓

とおし  ふるい にかけまたとうみに


て精 粗を区分 し木臼 に可け

てせいそをくぶんしきうすにかけ


てすり多て万斛簁(まんごくどおし)尓て精

てすりたて    まんごくとおし にてせい


粗を別け升 尓斗 りて俵

そをわけますにはかりてたわら


尓をさむ

におさむ

(大意)

(補足)

 画は緑から黄金色一色の秋になりました。

「同刈揚之圖」、前回と同じで「肥後国」、熊本県。

小さな赤札が3枚あります。

右側「稲コキ」、穂先から籾をおとす。脱穀。

中央「カラ竿尓て打」、同じく籾落とし。

左側「颺扇」(とうみ)、脱穀したものに混じっている様々なものを風をあてて(手動扇風機です)吹き飛ばし選別する。

 さらにその左側にある直方体の上に入れ口がある器械が「万斛簁」で籾の大きさをより分ける。松の木の奥に見えている笠を重ねてあるのが、「竿尓可けて五日本ど干シ」てある刈り取った稲。

 わたしの母の実家は農家でした。子どものころよくあずけられていましたので、これらの器械が納屋に置いてあるのを目にしました。これらの作業はみな手作業で人力でしたが、しばらくして1960年過ぎころより急速に機械化されていったようにおもいます。

 これら作業のあとは、最後に箒で丁寧に掃き、籾を集めて一粒も無駄にしません。一粒でも他の籾と同じように手間かけて育てたのだよと、母の口癖でした。

 

2026年7月24日金曜日

大日本物産圖會その33

P33 国立国会図書館デジタルコレクション蔵 

P33_1

(読み)

肥後 國 田植  図

ひごのくにたうえのず


皇 國 の米 産 地球  中  第 一 等 と須

こうこくのべいさんちきゅうじゅうだいいっとうとす


就中   美濃肥後伊勢尾張 遠

なかんずくみのひごいせおわりとおとう


江肥前 日  向山 城 大 和駿 河伊

みひぜんひゅうがやましろやまとするがい


豆近 江三河 を上  等 とす米 ハ

ずおおみみかわをじょうとうとすこめは


粳(ウルチ)糯(モチ)の二称  尓して八 十  八 夜

  うるち   もち のにしょうにしてはちじゅうはちや


前 後尓種子を俵  尓包 ミ池 沼

ぜんごにたねをたわらにつつみいけぬま


尓十  五六 日 浸(ヒタ)し水 より揚 て湯

にじゅうごろくにち  ひた しみずよりあげてゆ


を灌(そそぎ)むしろをお本ひ芽(モヤシ)二

を  そそぎ むしろをおおい  もやし に


分本どいづるを度とし天

ぶほどいずるをどとして


苗 代 尓散 布しのち五十

なえしろにさんぷしのちごじゅう


日 本ど経て苗 三 四 寸 のび多

にちほどへてなえさんよんすんのびた


るを玉 苗 といひてこれをうゑ

るをたまなえといいてこれをうえ


つけの期と須

つけのきとす

(大意)

(補足)

「肥後国」、熊本県。

「地球中第一等」、「地球」という表現が江戸時代後期より庶民にも広まって、明治時代には様々な書物や子どもの読本などにも使われ始めました。

 畔道に母娘が裾を端折って田植えの様子を見ています。田植えするお姉さんたちはきれいな着物に赤襷、これはもちろん今で言う写真用。実際はツギハギだらけの田植えをしやすいような実用本位の着物です。

 2枚の小さな札があって、薄茶色には「田植」、赤のは「畔タカヤス」とあります。

 畔道のわら籠に入っているのが玉苗。

 

2026年7月23日木曜日

大日本物産圖會その32

P32 国立国会図書館デジタルコレクション蔵

p32_1

(読み)

同 鰹  節 を製 ス圖

どうかつおぶしをせいすず


扨 魚 多 く集  る時 ハ雌牛(メウシ)の

さてうおおおくあつまるときは   めうし の


角(ツノ)鯨  の牙 等 尓て飼(かひ)奈くし

  つの くじらのきばとうにて  かい なくし


て釣る是 を可けると云 奈り

てつるこれをかけるというなり


つり多る魚 を渚(ナギサ)の砂上  耳

つりたるうおを  なぎさ のさじょうに


本う里上ゲ先ツ頭  を断(キ)り

ほうりあげまずあたまを  き り


腸 をぬき骨 を除 き二枚 ニ

わたをぬきほねをのぞきにまいに


おろし多るを又 二 ツ尓切 て

おろしたるをまたふたつにきりて


四片 と奈し籠(カゴ)尓奈らべて

しへんとなし  かご にならべて


幾 重も可さ年大 釜 の沸(ニヘ)

いくえもかさねおおがまの  にえ


湯(ユ)尓むして簀(ス)の子尓奈ら

  ゆ にむして  す のこになら


べ三 十  日 本ど本してふ多ゝび

べさんじゅうにちほどほしてふたたび


ミ可゛起て樽 尓つめ諸 方 へ

みが きてたるにつめしょほうへ


積 出す奈り

つみだすなり

(大意)

(補足)

「同」、土佐国。

「メウシ」、め‐うし【牝牛・雌牛】。ここの当て字の漢字に「牸牛」ともしている文書がありますが、ここの漢字にあてはまっていません。なんでしょうねぇ?

「飼」、餌にもみえますが、さて?

 ここの見どころはなんといっても大釜。薪をくべ火の粉をあげて燃えさかり、立ち上がる煙をすかして窯や大釜がうっすらと見え、また奥の敷居がわずかにみえそうでもあります。摺師の技によるところがおおきそうだ。

 

2026年7月22日水曜日

大日本物産圖會その31

P31 国立国会図書館デジタルコレクション蔵 

P31_1

(読み)

土佐 國 鰹  釣 之圖

とさのくにかつおつりのず


鰹  ハ外 海 の諸 国 尓採 といへ

かつおはそとうみのしょこくにとるといえ


ども土刕  尓て出すを名 産 と須

どもどしゅうにてだすをめいさんとす


魚  を捕る尓ハ網 ハ稀 尓して

さかなをとるにはあみはまれにして


鈎 多 し其 時 を撰 者゛つといへ

かぎおおしそのときをえらば ずといえ


ども三 四月 ごろを初 鰹  とし

どもさんしがつごろをはつがつおとし


て春  節 の上  品 と須生(イキ)い王しを

てしゅんせつのじょうひんとす  いき いわしを


飼 として一 艘 尓十  二人 のり込 九

えさとしていっそうにじゅうににんのりこみきゅう


尺  のつり竿 尓糸 の長 サ六 尺

しゃくのつりざおにいとのながさろくしゃく


計  奈り先ツ生 い王しを夥   しく

ばかりなりまずなまいわしをおびただしく


水 上  尓放 てバ可つを是 につき

すいじょうにはなてばかつおこれにつき


集  る其 中 へ針 尓い王しの尾を

あつまるそのなかへはりにいわしのおを


さして投 入 連バ忽(タチマ)ち食 つきて

さしてなげいれれば  たちま ちくいつきて


猶予(イウヨ)のひ満奈く引 上 る也

   ゆうよ のひまなくひきあげるなり

(大意)

(補足)

「土州」、「州」の異体字に「刕」などがあります。ここのは下の「刀」ふたつが「丶」四つ。

「猶予」、「予」の旧字は「豫」ですが、ここの漢字は拡大しても不明です。

 この濱の漁師たちは誰も箕の腰巻きをしてません。国によって違うのかも?舟の左舷に莚(むしろ)を横延ばしにしたようなものを取り付けています。これははて?なんでしょうか。舟がかっこういいなぁ。

 

2026年7月21日火曜日

大日本物産圖會その30

P30 国立国会図書館デジタルコレクション蔵 

P30_1

(読み)

同 國 峯越 鳧 捕 図

どうこくおごしかもとりず


豫州(ヨシウ)の峯々(ミ年\/)尓て九月 より

   よしゅうの   みねみね にてくがつより


十  月 の頃 尓至 りて朝 夕 鳧(カモ)

じゅうがつのころにいたりてあさゆう  かも


の群(ムラ)可゛り来 り峯 を越 る

の  むら が りきたりみねをこえる


を窺(ウカゞ)ひ猟師(リヤウシ)艸 蔭(カゲ)耳

を  うかが い   りょうし くさ  かげ に


穴 を掘り扇  形 の羅(アミ)を

あなをほりおおぎがたの  あみ を


もつて穴 の中 尓隠(カク)連近 く

もってあなのなかに  かく れちかく


飛 来る鳧 を捕(トラ)ふその

とびくるかもを  とら うその


手ぎハ実耳感(カン)するに

てぎわじつに かん ずるに


たへ多り

たへたり

(大意)

(補足)

「峯越鳧捕図」、『、愛媛県で行われていた伝統的なカモの網猟である「峯越鴨(おごし(orみねごし)のかも)」を指します。これは江戸時代から明治時代にかけて、現在の愛媛県一帯で広く行われていた古式ゆかしい猟法』とAIの概要。

「鳧」、『かも【鴨・鳧】① カモ目カモ科のうち,ハクチョウ類・ガン類・アイサ類を除いたものの総称。中形の水鳥。雄は派手な色合い,雌は地味な茶褐色のものが多い。マガモ・コガモ・オナガガモ・ハシビロガモなど。日本ではカルガモを除き,多くは冬鳥。季冬「海くれて―のこゑほのかに白し」芭蕉』

「鳧」、『けり【計里・鳧】チドリ目チドリ科の鳥。全長約35センチメートル。背面は灰褐色,腹は白色で,飛ぶと翼と尾に鮮やかな黒白の模様がでる。擬傷が巧み。アジア東北部に分布し,日本では近畿以北の限られた地域で繁殖。やまげり。』

 知っている漢字より知らない漢字のほうが圧倒的に多く、さらに読めても書けない漢字はさらに少ないことは充分納得しています。この「鳧」もはじめてみました。

 扇型の網を透かして見える鴨や山や空を強く意識した画。また日が昇る手前の山にはまだ陽があたらず山が影になっている様も空と草原との対比を強調しています。絵の枠をはみ出して翔ぶ鴨がしゃれています。

 

2026年7月20日月曜日

大日本物産圖會その29

P29 国立国会図書館デジタルコレクション蔵

P29_1

(読み)

伊豫 國 牛蒡 堀 之図

いよのくにごぼうほりのず


牛蒡(ゴバウ)ハ諸 國 培養(ハイヤウ)せ

   ごぼう はしょこく   ばいよう せ


ざる処  奈しと雖  も豫州

ざるところなしといえどもよしゅう


各 郡  尓て培 養 する物

かくこおりにてばいようするもの


を第 一 等 と須その大

をだいいっとうとすそのだい


奈る物 四 尺  余  尓い多る

なるものよんしゃくあまりにいたる


太 きこと左しわ多し

ふときことさしわたし


三 四 寸 尓あ満る和(ヤハ)ら

さんよんすんにあまる  やわ ら


可耳してその味 ハひ

かにしてそのあじわい


尤   佳(カ)なり

もっとも  か なり

(大意)

(補足)

「伊豫國」、愛媛県。予州。

「左しわ多し」、変体仮名「左」(さ)のかたちが、「左」は左側に形が流れているのに、変体仮名では右にながれていて、なんかもやもやします。

「あ満る」、ここの「あ」は変体仮名「安」におきかえたほうがよさそう。

 こんなでっかい牛蒡があるわけがなく、巨大さを誇張するのが浮世絵・錦絵のあるあるなので、それにならったものでしょう。しかし、長さが四尺(120cm)、太さが三四寸(9〜12cm)と詞書きにあってデカイことはでかい!それくらいのおおきさの牛蒡を甘く煮付けたものを長野県は野沢村で食したことがあります。

 左の小屋の土壁、ひび割れを入れるのが鉄則です。お手伝いの子どもの着物柄が鮮やかできれいです。

 

2026年7月19日日曜日

大日本物産圖會その28

P28 国立国会図書館デジタルコレクション蔵 

P28_1

(読み)

美濃石 灰 焼 之圖

みのせっかいやきのず


石灰(いし者゛い)越焼(やく)尓ハ平窯(ひら可゛ま)櫓(やくら)可゛満の

   いしば い を  やく には   ひらが ま   やぐら が まの


両  種(し由)阿りて櫓(やぐら)ハ高(多可)さ一 丈

りょう  しゅ ありて  やぐら は  たか さいちじょう


周経(めぐり)三 尺  中真(ち うしん)の穴 越下

   めぐり さんじゃく   ちゅうしん のあなをした


の方(可多)細(本そ)くなし底(そこ)尓穴(あ奈)あ

の  かた   ほそ くなし  そこ に  あな あ


里石(いし)と炭(すミ)とを夾(者さ)ミ幾重(い久ゑ)

り  いし と  すみ とを  はさ み   いくえ


もかさ袮下(し多)より焼(や起)天火(く王)

もかさね  した より  やき て  か


気(き)越登(の)本゛らせ下 の穴(あ奈)より

  き を  の ぼ らせしたの  あな より


灰(者い)をか起出(い多゛)せり斯(可久)天次第(し多゛い)

  はい をかき  いだ  せり  かく て   しだ い


尓石(いし)と炭(すミ)越積(つ)ミ添(そ)へ焼(や起)

に  いし と  すみ を  つ み  そ へ  やき


者じめより凡  百  日 昼夜(ち うや)

はじめよりおよそひゃくにち   ちゅうや


絶(多由)るこ登なし

  たゆ ることなし

(大意)

(補足)

「平窯(ひら可゛ま)櫓(やくら)可゛満」、フリガナ「ひら可゛ま」はこれであっているとおもいますが、「やくら」は二文字「やト」と読めますけどさて?しかし次の行に「櫓」のフリガナが「やぐら」とあって、前者の「やト」に少し重なる気もします。

「丈」、『じょう ぢやう【丈】① 尺貫法の長さの単位。一〇尺。1891年(明治24)100メートルを三三丈と定めた。約3m』。

 奥の丸い池みたいなのが平窯。手前が櫓窯。火気をともなう力仕事の危険な職場にもかかわらず、左隅に子どもがなにか手伝いをしようとしています。AIの概要によると明治10年頃は全人口の4割弱が14歳以下の子どもであった(現在は1割前後)とあって、どこもかしこも子どもだらけだったようです。

 櫓窯のはしご代わりの斜面をみると、ピラミッドはこのようにして積み上げていったのではないかと夢想してしまいます。

 山から切り出した石灰岩を砕き加工してできたのが生石灰、これをこの画のように焼き上げてできたのが消石灰、最初は肥料にしましたが、のちセメントとなって高度生長の礎となりました。

 わたしの住んでいる隣町に青梅市があります。江戸時代初期より江戸城の白壁などのために石灰(漆喰)を運ぶためにつくられたのが青梅街道です。現在でも奥多摩で生産されています。

 

2026年7月18日土曜日

大日本物産圖會その27

P27 国立国会図書館デジタルコレクション蔵

P27_1

(読み)

美濃 國 石 灰 山 之圖

みののくにせっかいさんのず


石灰(いし者゛い)ハ人 民(ミん)尓益(えき)春ること至大(し多゛い)

   いしば い はじん  みん に  えき すること   しだ い


なる物(もの)なり先(まづ)其(その)一 二越阿げて

なる  もの なり  まじ   その いちにをあげて


云(い)ハん舟(ふ年)の合(あい)セメ石垣(いし可起)泉水(せんすい)

  い はん  ふね の  あい せめ   いしがき    せんすい


たゝ起水 上  尓て遣(つ可)ふ諸器物(しよきぶつ)

たたきすいじょうにて  つか う    しょきぶつ


紙(可ミ)の製造(せいざう)尓加(くハ)ふ其 外(本可)用 ひる

  かい の   せいぞう に  くわ うその  ほか もちいる


所(ところ)夥(お飛゛多ゝ)し石 山 中  の青 石 夜色

  ところ   おび ただ しいしさんちゅうのあおいしやしょく


石 青 白 石 等(とう)尓て近 江美濃(ミの)よ

いしあおじろいし  とう にておうみ   みの よ


り出(い多゛)春物 越上  等 と須土(ど)中  三 尺

り  いだ  すものをじょうとうとす  ど ちゅうさんしゃく


程(本ど)掘(本り)て矢(や)を以(もつ)て打破(うちこハ)し山 上  よ

  ほど   ほり て  や を  もっ て   うちこわ しさんじょうよ


里磨落(おしおと)し砕(く多゛)希ざる毛の

り   おしおと し  くだ  きざるもの


ハ下品(ひん)と春

はげ  ひん とす

(大意)

(補足)

「益」、フリガナの「き」の部分がよくわかりません。「き」の下半分が欠けているようにも見えますし、変体仮名なのかさて?

「打」、「ホ」+「ノ」のようにみえるくずし字、この本で何度もでてきました。

 石灰はわたしの住んでいるところからちょいと足を伸ばせば秩父は武甲山があります。山の形が変わるほど削られ、なお現在も武甲山より数十キロのベルトコンベヤーが設置されて太平洋セメントの工場へ運搬されています。日本で自給自足できる数少ない産物です。食べられませんけど。

 石灰岩というと灰色や白色のものだけかとおもっていましたが、ここの画のように黒色(石油由来の岩)のものや、赤みがかったもの青みや緑色のようなものがあるのもはじめてしりました。

 職人たちが使っている道具類も描き分けていて、また岩山の様子も描きにくそうに見えながらも丁寧に色分けして摺られています。単に岩山の様子だけでは画面が暗くなると思ったのか桜を満開にさせています。

 

2026年7月17日金曜日

大日本物産圖會その26

P26 国立国会図書館デジタルコレクション蔵

P26_1

(読み)

近 江 國 濱 蚊帳輸出   圖

おうみのくにはまかやゆしゅつのず


蚊帳ハ麻苧(まを)を多 く越 前 の

かやは   まお をおおくえちぜんの


國 より求 めて當 國 坂 田。浅 井

くによりもとめてとうごくさかた あさい


伊香の三 郡 尓て織 立 藍 を

いかのさんぐんにておりたてあいを


以 て下染(したぞめ)を奈し刈安(カリヤス)といふ

もって   したぞめ をなし   かりやす という


染 草 尓て上 染 を奈し糊(ノリ)

そめくさにてうわぞめをなし  のり


尓て張 多て長 濱 へ轉 賣

にてはりたてながはまへてんばい


す同 所 尓天高 村・沖 風

すどうしょにてたかむらおきかぜ


卯の花・曙・  養 老 など

うのはなあけぼのようろうなど


各 々 銘 をつけて東 京  へ

おのおのめいをつけてとうきょうへ


輸出  すること尤   夥(オビタゞ)し

ゆしゅつすることもっとも  おびただ し

(大意)

(補足)

 奥に見える湖は前頁とおなじくやはり琵琶湖。蚊帳は現在では東南アジア・アフリカでは必需品で、マラリヤ・デング熱などの蚊による熱帯病を防いでいます。

 この画の地面の茶色から薄緑にかわっていく濃淡は前頁と全く同じです。右側の蔵の前での力自慢、筵(むしろ)でくるんだ重さはどれほどでしょうか。白く屋号のある背を見せている職人さんの腰には煙草一式がくくられています。左側と奥ではその荷造りの様子が描かれています。こんなふうにしてたのかと興味津津です。また馬に荷を乗せていますが、こちらは近くに出荷するためのものでしょう。

 

2026年7月16日木曜日

大日本物産圖會その25

P25 国立国会図書館デジタルコレクション蔵

P25_1

(読み)

近 江 國 青 花 紙 製  圖

おうみのくにあおばながみせいのず


青 花 ハ鴨跖(ツユ)草(クサ)の花 尓して

あおばなは   つゆ   くさ のはなにして


夥   しく自生 するといへども

おびただしくじせいするといえども


當 國 山 田郡  に産 する者 ハ

とうごくやまだごおりにさんするものは


一 種 大 葉にして花弁(ハナヒラ)の

いっしゅおおばにして   はなびら の


大 キサ常  品 のものより十

おおきさじょうひんのものよりじゅう


倍 す故 尓青 花 紙 を製

ばいすゆえにあおばながみをせい


する尓是 種 尤   よしと須夏月

するにこのしゅもっともよしとすかげつ


毎 朝 花弁  をつミて其 液(シル)を

まいあさはなびらをつみてその  しる を


搾(シホ)り美濃紙 へ刷毛(ハケ)ニて蘸(ヒキ)

  しぼ りみのがみへ   はけ にて  ひき


乾(カハカ)して又 同  く奈すこと五六 十  度ニ

  かわか してまたおなじくなすことごろくじゅうどに


して則   青 花 紙 也 又 ホウシ紙 トモ云

してすなわちあおばながみなりまたほうしがみともいう

(大意)

(補足)

「青花紙」、『近江(現在の滋賀県)の青花紙(あおばながみ)の主な産地は、現在の滋賀県草津市とその周辺地域(旧栗太郡など)です。江戸時代から約380年にわたって栽培・製造されている伝統工芸品』。『ツユクサの仲間である「アオバナ」の花から青い色素を絞り出し、和紙に染み込ませて乾燥させたものです。友禅染や絞り染めなどをする際に、水で洗うときれいに消える下絵用のインクとして現在でも使われています』

 背景の大きな湖は琵琶湖のはず。

「鴨跖(ツユ)草(クサ)」、辞書にはこの漢字ではなくてふつうに露草。しかしネットをたよると「中国では「鴨跖草(おうせきそう)」と呼ばれ漢方薬として使われた」とありました。

「蘸」、拡大すればわかりますが。艹酉隹灬です。音読み「サン」訓読み「ひたす」。意味はひたす。水につける。中国語で「(液体や粉末に)さっと浸す」「つける」「まぶす」という意味の漢字です。料理で食材をタレやソースにチョンとつける動作などを表すときに使われます。

 露草を摘んできてゴミを取り除くために篩(ふるい)にかけてますが、その細かいゴミまで描かれていて、いやはやなんとも。

 右には桶に重しの石をのせ竿をかけて「其液(シル)を搾(シホ)り」、青汁が絞り出されている様子があってその液の青さと、地面に干している青花紙の色に差があって摺師も頑張っています。

 女性たちのタスキや襦袢の赤がきれい。

 

2026年7月15日水曜日

大日本物産圖會その24

P24 国立国会図書館デジタルコレクション蔵

P24_1

(読み)

同 國 魚登 網 之圖

どうこくさんまあみのず


魚登(サンマ)ハ安房郡(アハコホリ)布節村(ヌノフシムラ)朝(アサ)

   さんま は    あわこおり     ぬのふしむら   あさ


夷(ヒナ)郡  千倉(チクラ)平館(ヒラタテ)の浦々(ウラ\/)

  ひな こおり   ちくら    ひらだて の   うらうら


にて漁(リヤウ)す季秋(キシ ウ)の頃(コロ)より

にて  りょう す   きしゅう の  ころ より


魚登(サンマ)群集(ムレアツマル)奈すを見(ミ)て百  間(ケン)

   さんま    むれあつまる なすを  み てひゃっ  けん


余(ヨ)の網(アミ)を東 西 へひき魚登(サンマ)

  よ の  あみ をとうざいへひき   さんま


網中(アミノナカ)江入 を見て岩(オモリ)を船(フネ)へ

   あみのなか えいるをみて  おもり を  ふね へ


引(ヒキ)あげ諸船(シヨセン)へ魚 を採(ト)り

  ひき あげ   しょせん へうおを  と り


い連塩(シホ)尓して東 京  尓出

いれ  しお にしてとうきょうにだ


す大 漁(リヤウ)の登希ハ一 網(アミ)十  万

すたい  りょう のときはひと  あみ じゅうまん


より廿   万 尾(ヒキ)尓至(イタ)る

よりにじゅうまん  びき に  いた る

(大意)

(補足)

 魚+登の漢字フォントがないので、ふたつああわせて「魚登」で一文字扱いにしています。

「同國」、安房国。

 安房郡布節村朝夷郡千倉平館の浦々は現在のJR千倉駅の南側の近辺です。

 ですので、この画では沖に半島(見えるとしたら三浦半島or伊豆半島)の山々が望めていますが、地図からあきらかなように太平洋岸ですので遥か遠くの沖に山々を見ることはできません。

「大漁の登希ハ」、変体仮名「登希」が判読しにくいですが、多分これであっているはず。

「まいわい ―いはひ 【万祝・間祝い】① 意外な大漁の際に,漁業主が漁夫・知人・関係者を招いて開く祝宴。まんいわい。②  →1に漁業主が配る祝い着。藍地に「大漁」の字・鯛・鶴亀などを染め抜いた長半纏(はんてん)。「―被(はお)りて」〈ふところ日記•眉山〉」。万祝着。

 高下駄男三人衆が着ているのがこれ。ほかの版の画では腰から下あたりが藍色の見事な濃淡で摺られています。

 

2026年7月14日火曜日

大日本物産圖會その23

P23 国立国会図書館デジタルコレクション蔵

P23_1

(読み)

安房 國 水 仙 花

あわのくにすいせんか


安房(あ者)ハ北 面 上総(可づさ)の山脈(さんミやく)

   あわ はほくめん   かづさ の   さんみゃく


連(つら奈)り東 西 南  ハ海 尓接(せつ)ス

  つらな りとうざいみなみはうみに  せっ す


故(ゆゑ)土地暖(あ多ゝ)可奈るをもつて

  ゆえ とち  あたた かなるをもって


水 仙 花秋 の末(すゑ)より花

すいせんかあきの  すえ よりはな


阿り多 く海濱(かいひん)尓自(じ)

ありおおく   かいひん に  じ


生(しやう)して最美貌(もつともびゑん)なり四

  しょう して    もっともびえん なりし


葉(ゑふ)一 窠(か)尓して莖上(きやうじやう)耳

  よう いっ  か にして   きょうじょう に


花 を開  六 辨(べん)にして清(せい)香(かう)

はなをひらくろく  べん にして  せい   こう


阿り多く都下(と可)に出し

ありおおく  とか にだし


て挿(さし)花尓供(く う)す

て  さし ばなに きょう す

(大意)

(補足)

 さて、甲斐国の白柿、葡萄とつづいたあとは安房国の水仙花、画はやはり左半分を巨大な水仙にして、三枚とも同じ効果をねらったものとなっています。三浦半島の観音崎から鋸山がのぞめますが、その麓と周辺が鋸南町といって江戸時代後期から現在も水仙の産地であります。舟が浮かんでいるのは東京湾です。

 秋も末で、立ちがらしたのか刈り残したのか稲が黄金に輝いています。

「莖」、フリガナの「きやう」の「き」は変体仮名「支」か?