2026年8月1日土曜日

大日本物産圖會その41

P41 国立国会図書館デジタルコレクション蔵

P41_1

(読み)

北 海 道 函 館 氷  輸出  之圖

ほっかいどうはこだてこおりゆしゅつのず


氷  ハ厳寒(ゲンカン)の節(セツ)北 海 道五陵岳(コレ ウカク)

こおりは   げんかん の  せつ ほっかいどう   ごりょうかく


の堀(ホリ)水 の氷  たるを鋸(ノコギリ)を以 て

の  ほり みずのこおりたるを  のこぎり をもって


凡 そ目方 二十 〆 目者゛かりに

およそめかたにじっかんめば かりに


引(ヒキ)王り二個(フタツ)合 して雪車(ソリ)ニ

  ひき わり   ふたつ あわして   そり に


乗(ノ)せ函館湊(ハコダテミナト)を運轉(ウンテン)なし

  の せ    はこだてみなと を   うんてん なし


大鋸屑(オガクズ)尓て覆(オホ)ひ箱 尓入レ

    おがくず にて  おお いはこにいれ


密封(フウ)して横 濱 東 京  その外

   ふう してよこはまとうきょうそのほか


諸国(シヨコク)へ輸出(ユシユツ)して氷  蔵 耳

   しょこく へ   ゆしゅつ してこおりくらに


納(オサ)め暑(シヨ)中  尓いだして販(ハン)

  おさ め  しょ ちゅうにいだして  はん


賣(バイ)ス

  ばい す

(大意)

(補足)

「貫」、『かん くわん【貫】① 尺貫法における目方の単位。時代によって相違があるが,メートル条約加入後,1891年(明治24)に15キログラムを四貫(一貫=3.75キログラム)と定め,尺貫法の基本単位の一つとした。一〇〇〇匁(もんめ)。貫目。』

「二十〆目」、約75kg。

「運轉」、車編のくずし字は「爿」or「丬」、「斗」に似ています。

 日本で氷が生産されるようになったのは「明治16年(1887年)に東京・京橋新富町に日本初の製氷会社「東京製氷会社」が設立され、機械での氷の生産が始まりました」。なのでこの図会が出版された明治10年頃は天然氷か米国からの輸入氷しかありませんでした。

 ここのは「北海道五陵岳の堀水の氷たる」氷なので、氷は透明でガラスのように向こう側がゆがみながらも透けて見えるはずですが、絵師は網のように透ける工夫はしなかったようです。ちょっと残念😢。でもって、氷のかたまりは白くというか直方体の箱のように線で表現しています。

 ほとんどの人が洋装で暖かそう。右側の山から流れてくる川のように見えるのは、小屋からあがるお茶を沸かしている竈の煙でしょうか。

 わたしが子どもの頃は、電気で稼働する冷蔵庫は普及してなくて、氷屋さんが配達する氷を断熱された冷蔵庫の中に入れて冷やすというものでした。我が家にはそれすらなかったのですが、お隣さんが使っていて、氷屋さんがやってきて氷を鋸で切る音を聞きつけると近所中の子どもが群がってきて、飛び散った氷のかけらの奪い合いとなりました。透明で冷たいかたまり、これを口にするとなんともいえぬうまさでおいしかったなぁ。

 

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