2026年8月7日金曜日

大日本物産圖會その47

P47 国立国会図書館デジタルコレクション蔵

P47_1

(読み)

安藝 國 厳  嶋 楊 枝ヲ鬻  圖

あきのくにいつくしまようじをひさぐず


藝 州  厳島(イツクシマ)明  神 ハ日本 三 景 のうち

げいしゅう   いつくしま みょうじんはにほんさんけいのうち


尓して堂 社 の創建(サウコン)景色 目を

にしてどうしゃの   そうけん けしきめを


驚  す就中   大 經  堂 ハ関 白 秀 吉 公

きょうすなかんずくだいきょうどうはかんぱくひでよしこう


の創 建 尓して桁(ケタ)廿  間 梁(ウツハリ)十 間 五尺

のそうけんにして  けた にじっけん  うつはり じっけんごしゃく


余  椽(エン)幅 八 尺  四方 らん可んを付 多り

あまり  えん はばはっしゃくしほうらんかんをつけたり


俗 尓千 畳  敷 といふ前 面 海 を望

ぞくにせんじょうじきというぜんめんうみをのぞ


ミ尤  も絶 景 多り堂 中  尓商  ふ

みもっともぜっけいたりどうちゅうにあきなう


楊 枝ハ柳  尓てつくり五色  の色

ようじはやなぎにてつくりごしょくのいろ


をそめて者奈ハ多゛美尓して

をそめてはなはだ びにして


島 中  の名 産 と須又 数 千 の

しまじゅうのめいさんとすまたすうせんの


猿鹿(サルシカ)群遊(クンユウ)してよく人 尓奈れ

   さるしか    ぐんゆう してよくひとになれ


人 尓乞ふて餅 を食  す

ひとにこうてもちをしょくす

(大意)

(補足)

「安芸」、『あき 【安芸】① 旧国名の一。広島県西半分に当たる。芸州』

「鬻」、『ひさ・ぐ【鬻ぐ・販ぐ】(動ガ五[四])〔近世初期までは「ひさく」と清音〕

売る。あきなう。「春を―・ぐ」「人情といふ品物をば其本店(だな)にて―・ぎながら」〈小説神髄•逍遥〉「棺を―・くもの,作りてうち置くほどなし」〈徒然草•137〉』。漢字は「粥」+「鬲」。

「梁」、『うつばり【梁】棟(むね)の重みを支えるために,棟と直角に柱と柱の間に渡した横木。うちばり。はり。うつはり』。

 お土産屋さん「名物色よう枝」の台は清水の舞台のような縁(えん)にあります(「堂中」とあるので千畳敷と言われる内部)が、旅人の足元は裸足でして、当時はこのような縁側ところ(堂中なので)は土足禁止だったのかもしれません。うしろの太い柱には落書きも。

 鹿の頭部が馬のよう 

0 件のコメント:

コメントを投稿