P47 国立国会図書館デジタルコレクション蔵
P47_1
(読み)
安藝 國 厳 嶋 楊 枝ヲ鬻 圖
あきのくにいつくしまようじをひさぐず
藝 州 厳島(イツクシマ)明 神 ハ日本 三 景 のうち
げいしゅう いつくしま みょうじんはにほんさんけいのうち
尓して堂 社 の創建(サウコン)景色 目を
にしてどうしゃの そうけん けしきめを
驚 す就中 大 經 堂 ハ関 白 秀 吉 公
きょうすなかんずくだいきょうどうはかんぱくひでよしこう
の創 建 尓して桁(ケタ)廿 間 梁(ウツハリ)十 間 五尺
のそうけんにして けた にじっけん うつはり じっけんごしゃく
余 椽(エン)幅 八 尺 四方 らん可んを付 多り
あまり えん はばはっしゃくしほうらんかんをつけたり
俗 尓千 畳 敷 といふ前 面 海 を望
ぞくにせんじょうじきというぜんめんうみをのぞ
ミ尤 も絶 景 多り堂 中 尓商 ふ
みもっともぜっけいたりどうちゅうにあきなう
楊 枝ハ柳 尓てつくり五色 の色
ようじはやなぎにてつくりごしょくのいろ
をそめて者奈ハ多゛美尓して
をそめてはなはだ びにして
島 中 の名 産 と須又 数 千 の
しまじゅうのめいさんとすまたすうせんの
猿鹿(サルシカ)群遊(クンユウ)してよく人 尓奈れ
さるしか ぐんゆう してよくひとになれ
人 尓乞ふて餅 を食 す
ひとにこうてもちをしょくす
(大意)
略
(補足)
「安芸」、『あき 【安芸】① 旧国名の一。広島県西半分に当たる。芸州』
「鬻」、『ひさ・ぐ【鬻ぐ・販ぐ】(動ガ五[四])〔近世初期までは「ひさく」と清音〕
売る。あきなう。「春を―・ぐ」「人情といふ品物をば其本店(だな)にて―・ぎながら」〈小説神髄•逍遥〉「棺を―・くもの,作りてうち置くほどなし」〈徒然草•137〉』。漢字は「粥」+「鬲」。
「梁」、『うつばり【梁】棟(むね)の重みを支えるために,棟と直角に柱と柱の間に渡した横木。うちばり。はり。うつはり』。
お土産屋さん「名物色よう枝」の台は清水の舞台のような縁(えん)にあります(「堂中」とあるので千畳敷と言われる内部)が、旅人の足元は裸足でして、当時はこのような縁側ところ(堂中なので)は土足禁止だったのかもしれません。うしろの太い柱には落書きも。
鹿の頭部が馬のよう


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