2026年8月22日土曜日

大日本物産圖會その62

P62 東京都立図書館蔵 

P62_1

(読み)

三河  國 名倉砥(ナクラド)切 出 ノ圖

みかわのくに    なぐらど きりだしのず


八名郡 名倉 といふ地より

やなぐんなぐらというちより


切 出須故 尓名倉 砥の名

きりだすゆえになぐらどのな


なり山 中  砥石 の苗 を逐

なりさんちゅうといしのなえをちく


深 く堀 入、四角 尓長 く切

ふかくほりいれしかくにながくきり


出して四 本 づゝ馬 尓付

だしてよんほんずつうまにつけ


て里 尓い多゛須青 白 砥石

てさとにいだ すせいはくといし


と異  り薄 黒 く斑(マダラ)あり

とことなりうすぐろく  まだら あり


天其質(シツ)滑(ナメラカ)奈り刀剣剃(トウケンカミ)

てその しつ   なめらか なり    とうけんかみ


刀(ソリ)等 尓用 ひ又 合  砥に用 由

  そり とうにもちいまたあわせどにもちゆ

(大意)

(補足)

「三河國」、愛知県中部・東部に相当。三州(さんしゆう)。

「逐」、『ちく【逐】① 追いかける。追いはらう。「逐電」「逐鹿(ちくろく)」「駆逐」「放逐」② 順を追って進む。「逐一」「逐次」「逐日」「逐条」「逐語訳」』

「己」+「大」、「異」の異体字。古文書では普通に使われています。

「合砥」(あわせど)、天然の仕上げ砥石。人造砥石の#3000〜#13000以上に相当。

 わたしは木工を数十年やってまして、ほそぼそと販売を続けています。ですので刃物を研ぐのは日常で、砥石もいくつか所有しています。しかしながら天然砥石はとても高価で手が出ません。切れ味が少しでもおちたなとおもったらすぐに研ぐのが一番で、そのようにしていれば、大抵は中砥と仕上げでそれほど時間もかからずに研ぎ上がります。なお老婆心ながら、研ぐというと砥石と刃物をしゅっしゅっと動かすところしか動画などではでてきませんが、砥石ともう一つの砥石でこすり合わせて砥石面を真っ平らにするという大事な手入れをしないと、刃物はきちんと研げません。砥石は二ついるということです。

 以前TVで外国の方が日本の砥石の名産地で天然砥石を求め、帰国して包丁研ぎの仕事をしている様子が放映されました。その方の研ぎは上手で申し分ないのですが、研ぎ過ぎで砥石も刃物も、もったいなく、あの十分の一程かもっと少なくてよいのにと、とにかくもったいないとおもったものでした。研ぎの魔力で研ぎすぎてしまうのです。

 子どものころ、〽ほうちょう〜とぎやでございっ、と独特の節回しで、道具一式を肩にかついで街中を流す研屋さんがいました。わずかな金銭でササッと手早く出刃包丁や菜切り包丁を研ぐのを息を詰めてながめたものでした。

 露天掘りで掘り出してます。いくらでもとれたのでしょうか。現在では坑道を掘ってその奥で鉱脈をみつけ、少しずつの生産をしているようです。

 崖の上で切り出している職人ふたりや切り出された石を天秤棒で運ぶ二人の職人さん、また右側のそれらを加工したり、馬にヨイショッとのせようとしている人、皆々仕事中の体の力の入れようがわかる態勢を上手に描いているなぁと感心してしまいます。

 赤い花の濃淡のつけかたなど、これまた見事であります。


 

2026年8月21日金曜日

大日本物産圖會その61

P61 東京都立図書館蔵 

P61_1

(読み)

同 蝋 ヲ製 ス圖

どうろうをせいすず


志本゛里多る液(シル)を鍋(ナベ)尓て

しぼ りたる  しる を  なべ にて


溶(トカ)し大 奈る桶(ヲケ)へ冷(ヒヤ)水 を汲(クミ)

  とか しだいなる  おけ へ  ひや みずを  くみ


その上 尓穴 の穿(アキ)多る筥(ハコ)を

そのうえにあなの  あき たる  はこ を


置(オ)きと可し多る蝋 を筥 の内

  お きとかしたるろうをはこのうち


尓入る連バ穴 より漏(モ)連て

にいるればあなより  も れて


ひや水 の中 尓な可゛るゝを

ひやみずのなかになが るるを


手をもつてつよくもミ

てをもってつよくもみ


莚(ムシロ)へちらして日 光 耳

  むしろ へちらしてにっこうに


曝(サラ)しかハ可すこと十  五六

  さら しかわかすことじゅうごろく


日 のちた王ら尓つめ天

にちのちたわらにつめて


諸國(シヨコク)尓出す

   しょこく にだす

(大意)

(補足)

 いくつかの工程をコマ割りして描くのではなく、一枚の中にすべておさめてしまうという「大日本物産圖會」の手法。

「同」、岩代國。

 説明札が3枚あります。左から黄札「蝋を晒ス図」、赤札「蝋ヲ搾ル図」、白札「莚ノ上ニ晒ス」。

 母(ニコニコ顔です)娘が背景に、母の持っているものは一服するときのお菓子かそれともお昼の握り飯か。

 絵がとても鮮明で、また賑やかで活気があふれでています。黒いかたまりがいくつもありますがこれなんでしょうか?

 

2026年8月20日木曜日

大日本物産圖會その60

P60 東京都立図書館蔵 

P60_1

(読み)

岩 代  國 会 津蝋 實採 ノ図

いわしろのくにあいずろうみとりのず


蝋(ラウ)ハ日 用 必 需(ヒツジユ)の品 尓て山漆(ウルシ)

  ろう はにちよう    ひつじゅ のしなにてやま うるし  


ハゼ漆  天竺桂(コガノキ)の実等 より

はぜうるし    こがのき のみなどより


採(トリ)或(アルイ)ハ蜂(ハチ)の巣(ス)水蝋樹(イボタ)ホ より

  とり   あるい は  はち の  す     いぼた などより


取るものあり當 国 尓て漆樹(ウルシ)

とるものありとうごくにて   うるし


よりとる物 ハ十  月 落 葉 頃(コロ)

よりとりものはじゅうがつらくよう  ころ


実(ミ)をとり臼(ウス)尓て搗(ツキ)箕(ミ)尓

  み をとり  うす にて  つき   み に


て粉(コ)と種(タネ)とを簸(フルヒ)王け大

て  こ と  たね とを  ふるい わけおお


釜(カマ)の上 へ木材(キ)を並 べ莚(ムシロ)を

  がま のうえへ   き をならべ  むしろ を


布(シ)き搗(ツキ)多る粉を橵(チラ)し蒸(ムシ)

 し き   つき たるこを  ちら し  むし


て又 麻(アサ)の帒(フクロ)尓入連ふ多ゝび

てまた  あさ の  ふくろ にいれふたたび


むして〆 木尓いれ搾(シボル)奈り

むしてしめきにいれ  しぼる なり

(大意)

(補足)

「岩代國」、いわしろ いはしろ 【岩代・磐代】① 旧国名の一。1868年(明治1)陸奥(むつ)国を分割して成立。福島県中西部に相当。

「天竺桂」、『「天竺桂(てんじくけい)」および「コガノキ(鹿子木)」は、どちらも複数のクスノキ科の常緑高木を指す古い漢名や別名であり、文脈によってヤブニッケイまたはカゴノキのどちらをも指す場合がある』。

「水蝋樹」、『いぼたのき【〈水蠟〉 樹・疣取木】モクセイ科の落葉低木。葉は対生し,長楕円形で全縁。五月頃,枝先に白色四弁の筒状花を数個ずつ開き,秋に紫黒色の実を結ぶ。日本各地に分布。この樹皮に寄生するイボタカイガラムシ(イボタロウムシ)の分泌する蠟(ろう)分からイボタ蠟を採集する。イボタ』。

「粉」、右側は「分」でそのくずし字は「彡」(さんづくり)+「丶」です。

 この画のように蝋の原料を採ることは現在でも行われていて、石油由来の蝋では代替できない分野では必需品です。これからも天然蝋はなくならないとおもいます。

 櫨(ハゼ)の実からとった蝋で作られた蝋燭を何本も持っています。会津の絵蝋燭ももう50年以上手元にあって、もったいなくてながめるだけにしています。

 枝からぶら下げた籠がきれいです。

 

2026年8月19日水曜日

大日本物産圖會その59

P59 東京都立図書館蔵 

P59_1

(読み)

伊豫 国 鷹 捕 之圖一

いよのくにたかとりのずいち


鷹 を捕る尓ハ張 切 網 と天

たかをとるにははりきりあみとて


羅の目一 二寸 尓てす可゛糸 を以 て

らのめいちにすんにてすが いとをもって


作 り竪 四 尺  よこ二間 者可り奈る

つくりたてよんしゃくよこにけんばかりなる


を鷹 觸 れハ縮  寄 やうに

をたかふれればちじみよるように


張 てその下 へ提  灯 羅とて三 尺  者゛

はりてそのしたへちょうちんらとてさんじゃくば


可りの丸 網 の中 へ鵯(ヒヨドリ)を入 おき

かりのまるあみのなかへ  ひよどり をいれおき


か多ハら尓蛇 の可多ちを木尓て

かたわらにへびのかたちをきにて


造 り竹 のつゝ尓入 糸 を奈可゛く

つくりたけのつつにいれいとをなが く


つけて夜 中尓仕可けお起早 天

つけてよなかにしかけおきそうてん


尓鷹 木末 を出るとき陀 の糸

にたかきすえをでるときへびのいと


を引 鵯   の方 を目可゛けて動 可せバ恐

をひきひよどりのほうをめが けてうごかせばおそ


れて騒  立 を見て鷹 是 をとらん

れてさわぎたつをみてたかこれをとらん


とし羅尓加ゝるをとる奈り

としらにかかるをとるなり

(大意)

(補足)

 画の発色や詞書きの文字のキレがとても鮮明です。

「伊豫国」、愛媛県全域にあたる。予州。

「羅」、『ら【羅】① 薄く織った絹布の総称。うすぎぬ。うすもの。② 搦(から)み織りの技法を用いて織った目の粗い絹織物。③ 陰茎。魔羅(まら)』『ら【羅】① あみ。あみでとる。「羅致」「羅網」「網羅」② つらねる。つらなる。「羅布」「羅列」「棋羅」「森羅」』。

「す可゛糸」、『すがいと【絓糸】縒(よ)りをかけない一本の生糸。日本刺繡などに用いる』。

「早天」、『そうてん さう―【早天】① 早朝。「翌九日の―に江刺を向て襲ふの体に」〈近世紀聞•延房〉② 夜明けの空。』

 網の上の赤札には「張切アミ」。

 網は絵師・彫師・摺師の技の見せどころの画題のひとつです。ここの張切網も見事であります。網の上の樹木は広葉樹、猟師の後ろは針葉樹、ちゃんと描きわけていています。

 

2026年8月18日火曜日

大日本物産圖會その58

P58 埼玉県立川の博物館蔵 

P58_1

(読み)

同 炭 焼 場之圖

どうすみやきばのず


炭 ハ豆州  天城(アマギ)山妻良(メラ)

すみはずしゅう   あまぎ さん  めら


小浦(ウラ)より多 く出す山

こ  うら よりおおくだすさん   


中  尓土 をもつて大 い奈る

ちゅうにつちをもっておおいなる


焼竃(ヤキガマ)を徒くり楢(ナラ)椚(クノギ)樫(カシ)の

   やきがま をつくり  なら   くのぎ   かし の


木等 を建(タテ)尓並  い連天

きとうを  たて にならべいれて


火をほどこしふ多をして

ひをほどこしふたをして


燻(ムシ)やきにし天製 す

  むし やきにしてせいす


こと尓堅硬(ケンゴウ)なるものを

ことに   けんごう なるものを


ビンチヤウと称  すこれハ

びんちょうとしょうすこれは


ウバガシ尓天焚(タキ)多る物

うばがしにて  たき たるもの


なり

なり

(大意)

(補足)

 画像の解像度が低いので、詞書きが不鮮明です。

「同」、伊豆国。

「妻良」、『子浦(こうら)と妻良は天然の崖と人工の防波堤で守られた南伊豆最大の良港に面している』。

「椚」、『くぬぎ【櫟・椚・橡・櫪】ブナ科の落葉高木。雑木林に多い。葉は狭長楕円形で縁に鋸歯(きよし)がある。秋,球形の「どんぐり」がなる。どんぐりの皿には線形の鱗片(りんぺん)が多数つく。材をシイタケ栽培の原木に用い,また薪炭材とする。樹皮は染料に用いる。古名ツルバミ』

 ここでは炭の製造を産業としている地域のひとつとしてここ伊豆を取り上げています。しかし、日本の村々では山が近いこともあって、小さな炭焼小屋は全国至る所にありました。村と村が接するところでは小枝を拾ったりすることについても、村同士の決まりがあって、里山は厳しく管理されていました。

 ここで炭とする樹木に楢・椚・樫があげられています。どれも非常に硬くて重い広葉樹です。山から伐採し、竃に入れるように形を整える、どれも重労働です。

 

2026年8月17日月曜日

大日本物産圖會その57

P57 東京都立図書館蔵 

P57_1

(読み)

伊豆 國 椿  の油  を取 圖

いずのくにつばきのあぶらをとるず


當 國 新(ニイ)島 三宅(ミヤケ)島 其 他

とうごく  にい じま   みやけ じまそのほか


七 島 中  椿樹(ツバキ)の多 きこと

しちとうちゅう   つばき のおおきこと


本邦(ホンホウ)第 一 とす山野(サンヤ)尓自(ジ)

   ほんぽう だいいちとす   さんや に  じ


生(シヤウ)してその花 者も艶麗(キレイ)

  しょう してそのはなはも   きれい


なり花 ちりて後 實(ミ)越

なりはなちりてのち  み を


むすぶ土人 これを採(ト)りて

むすぶどじんこれを  と りて


臼(ウス)尓て搗(ツキ)袋  尓入 て〆 木

  うす にて  つき ふくろにいれてしめき


尓可け油  を搾(シボ)るそ能色

にかけあぶらを  しぼ るそのいろ


志ろく澄清(スミ)尓し天粘(ネバ)

しろく   すみ にして  ねば


ら須゛洋州(ヤウジ ウ)のホルト油尓

らず    ようしゅう のほるとゆに


勝(マサ)連り

  まさ れり

(大意)

(補足)

 構図は椿の花をこれでもかというくらいに巨大に描き、遠近感と奥行きを与える広重定番の技。

 またこの画は色があせていますが、これら木版画がどのように劣化するかを知るためにも、それなりに貴重な資料となります。画の周辺がボロボロになりはじめてもいます。

「ホルト」、『ホルト。ポルトガルの転』の油なのでオリーブオイルのこと。

 椿油というと、食用油としてよりも、大相撲の関取衆の鬢付け油の香りが鼻をクンクンとさせて思い出されます。両国界隈お相撲さんが歩いたあとには椿油の残り香があって、とっくに見えなくなってしまった関取を探してキョロキョロしてしまいます。

 

2026年8月16日日曜日

大日本物産圖會その56

P56 国立国会図書館デジタルコレクション蔵 

P56_1

(読み)

阿波 國 藍 玉 製 之圖二

あわのくにあいだませいのずに


刈 取 多る全 草 を三 部尓分け末 の

かりとりたるぜんそうをさんぶにわけすえの


方 十  分を「上  リン」中  の方 十  分ヲ「中

ほうじゅうぶを じょうりん ちゅうのほうじゅうぶを ちゅう


リン」本 の方 十  分の四を本 葉と區

りん もとのほうじゅうぶのしをほんばとく


分 し鉈(ナタ)尓て細 可尓し日尓干し黒

ぶんし  なた にてこまかにしひにほしくろ


色 尓化するを度として莖 を去リ

いろにかするをどとしてくきをさり


俵  尓納 むる也○打 粉は朝 より

たわらにおさむるなりうちこはあさより


刈 倒  日尓干 四分六 尓押 切 可ら

かりたおしひにほすしぶろくにおしきりから


竿 尓て打 こなし葉と莖 と分ケ

さおにてうちこなしはとくきにわけ


て納 む蒅(スクモ)製  ハすくも蔵 尓入

ておさむ  すくも せいすはすくもくらにいれ


筵  を可け度 々 水 を注(ソゝ)ぎ床 返

むしろをかけたびたびみずを  そそ ぎとこがえし


をして八 十  日 の後 尓四 貫 目程 を

をしてはちじゅうにちののちによんかんめほどを


一 臼 として上  品 は二 日程 搗 て二十  五尓

ひとうすとしてじょうひんはふつかほどつきてにじゅうごに


丸 め俵  尓納 むる奈り

まるめたわらにおさむるなり

(大意)

(補足)

「蒅」、『すくも【蒅】藍(あい)の葉に水を加えて発酵させたもの。黒褐色の塊』。

「二十五尓丸め俵尓納むる」、意味がちょっと不明ですが、「四貫目程を一臼」とあって、約15kgをついて、それを25個の藍玉にして俵に納めて蔵に入れるのだとおもいます。

 赤札3枚黄札1枚があってそれぞれ作業の説明を記しています。赤札「藍ヲコナス」(から竿で打ちこなす)、「あゐ玉ヲ蔵尓入ル」、「藍玉ヲ?ル」。黄札「スクモ蔵」。

 材木は末(すえ)が木の先端で、根の部分を元(もと)といいます。ここでも同様で藍草の先端を末、元を本としています。

 畳の新しいものは藺草の溌剌とした香りが気持ちも躰もシャンとさせてくれます。藍染めした半纏もあの独特な藍染の香りが体に力を与えてくれますが、最近は昔ながらの藍染は少なくなって、化学染料なのか香りがしません。

 ここで働く職人さんたちの半纏はほとんどが藍染です。スクモ蔵の藁葺きの濃淡がきれいです。

 

2026年8月15日土曜日

大日本物産圖會その55

P55 国立国会図書館デジタルコレクション蔵 

P55_1

(読み)

阿波 國 藍 製 之圖一

あわのくにあいせいのずいち


夫藍(アヰ)ハ山 城 大 和河 内美濃

それ あい はやましろやまとかわちみの


両  野三 陸 播 磨四国 九  州  等

りょうやさんりくはりましこくきゅうしゅうとう


尓産 出  すといへども就中   阿

にさんしゅつすといえどもなかんずくあ


波の中 島 を上  等 と須その

わのなかじまをじょうとうとすその


あらまし先づ節 分 尓種 子

あらましまずせつぶんにしゅし


を下 し凡  廿   五日 過 て芽(メ)を

をくだしおよそにじゅうごにちすぎて  め を


生  ず後 七 十  五日 す起゛て苗 六

しょうずのちしちじゅうごにちすぎ てなえろく


七 寸 尓至 るを度として他 の

しちすんにいたるをどとしてほかの


園 尓栽 可へ後 七 十  五日 すぎて

えんにうえかえのちしちじゅうごにちすぎて


土用 の前 尓刈 込む奈りさ天

どようのまえにかりこむなりさて


二番 刈 込 ハ一 者゛んの刈 可ぶより

にばんかりこみはいちば んのかりかぶより


再  び生  じ多る物 尓して凡  三

ふたたびしょうじたるものにしておよそさん


十  日 を經て刈 とるもの奈り

じゅうにちをへてかりとるものなり

(大意)

(補足)

「両野」、『りょうや。上野国(こうずけのくに・群馬県)と下野国(しもつけのくに・栃木県)の両方を合わせた地域・地名の総称』。

「度として」、この本の詞書きでよく使われています。目処(めど)の「ど(度(漢字は異なりますけど))」で意味が通じます。

 画の下部に3枚の札があって右から順に「藍ヲ栽ル図」「虫ヲトル圖」「アヰカリノ圖」、藍の生育を一枚に収めてしまうのは画ならでは。鍬の質感がイイ。

 馬の鞍がどのように取り付けられているかが、この画でよくわかります。馬にも道中はわらじを履かせたそうですが、この馬はどうなのだろう?

 登場する人物全員、藍染めの着物や帯を身に着けています。馬も‼️

 背景がさみしいのは、藍の種まきから刈り取りまでを説明しているので、特定の時期を示す植物や樹木の様子を描くことを避けたのだとおもいます。

 

2026年8月14日金曜日

大日本物産圖會その54

P54 国立国会図書館デジタルコレクション蔵 

P54_1

(読み)

同 鯛 網 之圖

どうたいあみのず


縄 の両  端(ハシ)へ各 舩 二艘 ツゝをつけ

つなのりょう  はし へかくふねにそうずつをつけ


網 舩 二艘 ハ先 尓進 ミて麾(ザイ)

あみふねにそうはさきにすすみて  さい


をふり又 一 艘 ハ縄 の沈(シヅ)まざる

をふりまたいっそうはつなの  しず まざる


多め真 中 を採(ト)り麾(ザイ)をふりて

ためまんなかを  と り  さい をふりて


号令(ゴウレイ)を下す 然 して魚  の集

   ごうれい をくだすしかしてさかなのあつまり


多るを見て先 尓進 ミ多る網 舟

たるをみてさきにすすみたるあみふね


後  尓廻 り網 を者れバ初  の二艘

うしろにまわりあみをはればはじめのにそう


縄 を放 つ網 舟 の二艘 港板(ミヨシ)をやり

つなをはなつあみぶねのにそう   みよし をやり


違(チガエ)て網 を志本゛る余 の舟 多満網 尓

  ちがえ てあみをしぼ るほかのふねたまあみに


て網 中 の魚  をとり小舟 うつす也

てあみなかのさかなをとりこぶねうつすなり

(大意)

(補足)

「同」、淡路国。

「麾(ザイ)をふり」、『き 【麾】① 軍隊を指揮する旗。「麾下」「麾扇」「麾兵」

② 指図する。「指麾」』。『「采を振る(さいをふる)」とは、采配を振る(采配を振るう) と同じ意味』。『さい【采】を振(ふ)る。人にさしずをする。指揮して物事を行なう。ざいを振る』。昨日の画で、ブリ綱の両端の舟で赤い旗を振っているのがこのこと。

「港板(ミヨシ)」、『みよし【水押・舳】〔「みおし」の転『みおし【水押・〈船首〉 】』〕① 船首先端の水を切る部材で,船体構成上の主要材。近世以来,水切りのよい一本水押が主用されて和船の特徴の一つとなった。みおし。によし。にょし。ねうし。 →和船② 〔 →1からの転〕船首。 ↔とも』

「多満網」、たも網、たものこと。

 大量の鯛を描くこともさることながら、漁師たち一人ひとりの顔の表情やそれぞれの作業の動きを絵師は描きたかったのではとおもいます。彼らの顔を拡大してみると皆必死で、大漁に胸躍っているのが伝わってきます。

「44備前国白魚漁之圖」でも空中の網の画が見事でしたが、ここでは海中に半分沈む網。それでも質感と遠近があり網目をとおして波が見えているところなど、絵師・彫師・摺師の技が見事であります。

 和船が舳先から艫(とも)まで細かく描くこと、これまた丁寧です。絵師たちの気持ちがこの画にたいして入れ込んでいるのがよくわかります。

 

2026年8月13日木曜日

大日本物産圖會その53

P53 国立国会図書館デジタルコレクション蔵 

P53_1

(読み)

淡 路 國 鯛 ブリ網 之圖

あわじのくにたいぶりあみのず


鯛 ハ海 中  巌石(ガンゼキ)多 き処  尓

たいはかいちゅう   がんせき おおきところに


集  り是 をとる尓不便 奈

あつまりこれをとるにふべんな


る由ゑ尓「ブリ」といふて長 サ

るゆえに ぶり というてながさ


三 百  二三 十  尋 計 り奈る縄 へ

さんびゃくにさんじゅうひろばかりなるなわへ


糸 尓てうす板 を付 水 中  を

いとにてうすいたをつけすいちゅうを


ひけバ木(コ)の葉(ハ)の散乱(サンラン)する

ひけば  こ の  は の   さんらん する


古登久奈る可゛由ゑ耳魚

ごとくなるが ゆえにさかな


おそハれて中  流  尓たゞよひ

おそわれてちゅうりゅうにただよい


「ブリ」の真 中 尓あつまる此 縄

 ぶり のまんなかにあつまるこのつな


を引 尓舟 七 艘 尓して乗 人 卅    一 人 也

をひきにふねななそうにしてのりびとさんじゅういちにんなり

(大意)

(補足)

「尋」、『ひろ【尋】〔広(ひろ)の意〕両手を左右に広げたときの,一方の指先から他方の指先までの距離。長さの単位として用い,縄・釣り糸・水深をはかるのに用いる。江戸時代には一尋は五尺(約1.5メートル)または六尺(約1.8メートル)であったが,明治以降は六尺とする』。

「古登久奈る可゛由ゑ耳」、変体仮名のオンパレード。これをすらすら読めれば超初心者から初心者となります。

「魚おそハれて中流尓」、文章の流れから「さそわれて」があてはまりそうです。しかし「さ」の変体仮名をしらべると、この形に近いものはありません。この形の変体仮名に近いのは「お」です。ですので「さかなおそれて」のまちがいのような気がします。

 一番手前の5人の漁師がのっている小船、艫(艉(とも))の舵まわりも細かく描き、また漁師たちが旗に合わせて、きっと大声の掛け声も、漕いでいる様子が力強い。漁場の海の青の濃淡がきれい。

 

2026年8月12日水曜日

大日本物産圖會その52

P52 国立国会図書館デジタルコレクション蔵 

P52_1

(読み)

同 北 湊  ヨリ輸出  之圖

どうきたみなとよりゆしゅつのず


幾(いく)百万(ひやくまん)能蜜柑(ミ可ん)越山畑(者多)よ

  いく    ひゃくまん の   みかん をやま ばた よ


里摘(とり)来(き)多り廷中(ていち う)尓天

り  とり   き たり   ていちゅう にて


大 小  越撰(ゑらミ)天箱(者こ)尓収(おさ)めて

だいしょうを  えらみ て  はこ に  おさ めて


家々(いへ\/)の印(しるし)越うつし北港(本くこう)

   いえいえ の  しるし をうつし   ほっこう


の波戸場(者とバ)へ輹(ふく)淃(そう)し其(その)

の    はとば へ  ふく   そう し  その


箱(者こ)越累積(るいせ起)春ること山

  はこ を   るいせき することやま


能ごとく皆(ミ奈)小舩(ぶ年)尓積(つミ)

のごとく  みな こ  ぶね に  つみ


天地(ち)の嶋(し満)尓掛(可ゝ)る蒸気(じやうき)

て  ち の  しま に  かか る   じょうき


阿るひハ大舩(ふ年)尓積(つミ)て諸(しよ)

あるいはおお ぶね に  つみ て  しょ


國(こく)尓い多゛須

  こく にいだ す

(大意)

(補足)

「同」、紀伊国。

「北湊(きたみなと)」、地元の観光案内のパネル(無許可で使用。ゴメンナサイ)。 

 場所はここの赤印。


  北湊での積み出しは河口なので、大型の蒸気船は入れなくて小舟に小分けにして、右奥の赤札「地ノ嶋」で積み込みます。大型船が直接、港や埠頭に横付けするにはもう少し時代がくだらないとできませんでした。

 それにしても、なんとも莫大な蜜柑の量。詞書きの背景はここでも蜜柑色。

 昨日の「紀伊國密柑山畑之圖」のところでのせるべきでしたが、今日この図を見つけましたので、ここに紹介しておきます。 

 ほとんど同じ構図です。「大日本物産図会」を出版するにあたって、それまでの古今の書籍にあたっているのがわかります。

 

2026年8月11日火曜日

大日本物産圖會その51

P51 国立国会図書館デジタルコレクション蔵 

P51_1

(読み)

紀伊 國 密柑 山 畑 之圖

きいのくにみかんやまばたのず


蜜柑(ミ可ん)ハ枝(ゑ多゛)尓刺(者リ)阿りて旧  五月

   みかん は  えだ  に  はり ありてきゅうごがつ


の頃(ころ)尓白 花 越開(ひら)き其 匂(尓本)ひ

の  ころ にしろはなを  ひら きその  にお い


甚(者奈者)多゛香(可ん)者゛しく九月 尓い多

  はなは だ   かん ば しくくがつにいた


里実(ミ)青(あ本)く冬(ふ由)尓いたり天

り  み   あお く  ふゆ にいたりて


生(せい)熟(じゆく)春紀伊の國 の産(さん)盤

  せい   じゅく すきいのくにの  さん は


其(その)気味(きミ)甘美(可んび)なること他(多)尓比(ひ)

  その    きみ    かんび なること  た に  ひ


類(るい)なし実(じつ)尓柑(可ん)中(ち う)の冠(く者ん)多

  るい なし  じつ い  かん   ちゅう の  かん  た


りといふべし各(可く)郡(ぐん)夥(おひ多ゞ)しく

りというべし  かく   ぐん   おびただ しく


産(さん)春゛といヘども有田郡(あり多ご本り)越第 一

  さん ず といえども    ありたごおり をだいいち


等(登う)と春此(この)郡 より輸出(ゆしゆつ)春ること

  とう とす  この ぐんより   ゆしゅつ すること


凡  百  五十  万 箱(者こ)尓至(い多)連りとぞ

およそひゃくごじゅうまん  ばこ に  いた れりとぞ

(大意)

(補足)

 わたしのBlogの一番の目的は変体仮名の読みにありますので、この画の詞書き(背景に蜜柑色の飾りを入れていておしゃれ)は願ってもない練習文章になっています。変体仮名がたくさん使われています。

「山畑」、『やまばた【山畑】山にある畑。山地につくった畑。』

「夥しく」、フリガナは「おひ多ゞ」とあって、「ひ」が確認できません。

 画は緑がいっぱい。その濃淡だけで奥行や山腹の起伏を表現していてうまいなぁ。昔も今も収穫は手作業、大変です💦

 

2026年8月10日月曜日

大日本物産圖會その50

P50 国立国会図書館デジタルコレクション蔵

P50_1

(読み)

同 國 岩 蕈 採 之圖

どうこくいわたけとりのず


石 耳 ハ岩 上  の湿気(シツケ)ある

いわたけはがんじょうの   しっけ ある


所  尓自然 に生  する毛の

ところにしぜんにしょうずるもの


にして皆 山 上  の嶮 所 尓生

にしてみなさんじょうのけんしょにしょう


す形  木耳(ククラケ)尓似て甚  多゛ちひ

ずかたちき  くらげに ににてはなはだ ちい


さく松 の蘚(コケ)の如 し黒 色 尓し

さくまつの  こけ のごとしくろいろにし


て莖 奈し是 を採る尓ハ梯  を

てくきなしこれをとるにははしごを


可け縄 尓す可゛り或  ハ畚 にのり

かけなわにすが りあるいはふごにのり


木の枝 より釣 下 り其 危  き

きのえだよりつりさがりそのあやうき


こと猿 の木つ多ふ如 く奈り

ことさるのきつたうごとくなり

(大意)

(補足)

「同國」、周防国。山口県。

「畚」、『ふご【畚】① 物を運搬するために用いる竹や藁(わら)で編んだかご。もっこ。

② びく。釣った魚を入れるかご。』

 かごに乗っての岩茸採りは命がけ。籠の網目をとおして中が見えています。欲を言えば籠の向こうの崖まで見せてくれれば、ヒヤット感がましたかも。まぁ、籠の下は急流で深青の淵のよう、コワイ。

 地元JAで見かけるのはほとんどがキクラゲ(木耳)で、イワタケ(岩茸)はほとんどみませんねぇ。キクラゲは高価というわけではなくお手頃な価格で、オムレツに入れて食すとなんとなく豪華でおいしい。

 

2026年8月9日日曜日

大日本物産圖會その49

P49 国立国会図書館デジタルコレクション蔵 

P49_1

(読み)

周防  國 香 蕈 製 之圖

すおうのくにしいたけせいのず


香 蕈 ハ柯樹の朽 多る材 より自

しいたけはしいのくちたるざいよりし


然 尓生  春゛ると雖  も世に給  するに

ぜんにしょうず るといえどもよにきゅうするに


たら須゛故 尓人 工 を以 て製 する

たらず ゆえにじんこうをもってせいする


事 夥   し則   柯樹檞  櫧 シデ等

ことおびただしすなわちしいかしわかししでとう


の材 を切り斧 を以 て傷 をつけ

のざいをきりおのをもってきずをつけ


捨 置 事 三 年 而  全 身 の朽  腐

すておくことさんねんにしてぜんしんのきゅうふ


を除 き林   中 尓列 へ建 架 おく

をのぞきはやしのなかにならべたてかけおく


時 ハ春  分 に至  て香 蕈 を発

ときはしゅんぶんにいたってしいたけをはっ


生 す是 を収  て後 材 を水 に

せいすこれをおさめてのちざいをみずに


浸 し取 出して木槌 ニて打 こと厳

ひたしとりだしてきづちにてうつことはげし


く再   列  置 時 ハ三 日を経て蕈   発 生 ス

くふたたびならべおくときはみっかをへてしいたけはっせいす

(大意)

(補足)

 目が覚めるほどに明るく発色が素晴らしい。鮮やか。初摺りで保存がよかったのかも。

「周防国」、『すおう すはう 【周防】旧国名の一。山口県南部・東部に相当。防州(ぼうしゆう)。周芳(すは)』

「香蕈」、『こうたけ。しいたけ(椎茸)の異名』とありますが、『こうたけ かう―【香茸・革茸・皮茸】担子菌類ヒダナシタケ目のきのこ。秋,山中の広葉樹林内に群生する。傘は径約15センチメートルにおよび,褐色の漏斗状で表に粗い鱗片,裏に針状突起を密生する。乾くと香りがよく,食用として珍重。近縁種のシシタケと混同される場合がある。カワタケ』ともあって、さてさて。「蕈」は「茜」+「早」。

「柯樹」、椎の木。「檞」、柏の木。「櫧」、樫の木。「シデ」、シデの木。

「捨置」、「置」や「直」のくずし字は頻出です。

 詞書きの巻物の上に赤い札「温室」とあって、この小屋で干し椎茸に加工したのでしょうか。

 現在ではドリルで穴をあけ、菌を埋め込んでまちますが、当時は斧で傷つけていたのですね。木槌で激しくたたいて刺激を与え3日で椎茸が発生するとあります。一説には、ホダ木のある林中に雷が落ちて、その箇所の椎茸が発生も速く大きな椎茸が取れてたことにより、様々な刺激を与えたそうであります。現在は電気刺激も使っているそう。椎茸が栽培される以前は、椎茸は高級品で松茸がたくさん出回っていて普通に食されていたそうです。

 一服する職人さんに火種を移している御婦人、裾を端折ってますがこれでは力仕事はできそうもありません。きっと温室の中で仕事をしている方で職人さんが一服するときに声をかけて火種を持ってきてくれるのでは。


 

2026年8月8日土曜日

大日本物産圖會その48

P48 国立国会図書館デジタルコレクション蔵

P48_1

(読み)

同 廣 島 牡蠣蓄 養 之圖

どうひろしまかきちくようのず


蛎(カキ)は貝 中  の一 等 尓して人 身 に

  かき はかいちゅうのいっとうにしてじんしんに


もつとも滋養(ジヤウ)の物 奈り海 中

もっとも   じよう のものなりかいちゅう


自然 尓生  ずるもの尓して大 奈る

しぜんにしょうずるものにしてだいなる


ものハ岩 の如 く集  合 し天

ものはいわのごとくしゅうごうして


一 二丈  尓及 ぶ藝 刕  尓畜養(チクヤウ)す

いちにじょうにおよぶげいしゅうに   ちくよう す


るものハ小  奈りと雖  もその味  ひ

すものはしょうなりといえどもそのあじわい


美(ビ)奈り干潮(ヒシホ)のとき砂上  尓竹 木

  び なり   ひしお のときさじょうにたけぎ


尓て垣(カキ)をつらね潮 のき多る毎(ごと)

にて  かき をつらねしおのきたる  ごと


にちひさ起蛎 のつ起たるを

にちいさきかきのつきたるを


とり別(ヘツ)尓いけすのうちの砂

とり  べつ にいけすのうちのすな


中 尓畜養(チクヤウ)し三 年 目尓し

なかに   ちくよう しさんねんめにし


て取 出し食用(シヨクヨウ)尓そ奈ふ

てとりだし   しょくよう にそなう

(大意)

(補足)

「藝刕」、ここでは「州」の異体字は下の部分が「冫」+「冫」の裏返し、ですが「刕」というのもあって、かたちの近いものを採用。

 手前の竹木についた「ちひさ起蛎」を左奥の「いけすのうちの砂中尓畜養し」て3年目に食用になるとあります。その竹林の左下隅に蛸、右下隅では魚をタモですくっています。

 籠に入れた蛎が見えるように仕上げていて、それらを舟にあけている描写では籠網をとおして、海の青色が丁寧に描かれています。漁師たちが生き生き動いているよう。また紫色の半纏はよく見ると濃淡で柄が入っていて、なんとも細かい。

 

2026年8月7日金曜日

大日本物産圖會その47

P47 国立国会図書館デジタルコレクション蔵

P47_1

(読み)

安藝 國 厳  嶋 楊 枝ヲ鬻  圖

あきのくにいつくしまようじをひさぐず


藝 州  厳島(イツクシマ)明  神 ハ日本 三 景 のうち

げいしゅう   いつくしま みょうじんはにほんさんけいのうち


尓して堂 社 の創建(サウコン)景色 目を

にしてどうしゃの   そうけん けしきめを


驚  す就中   大 經  堂 ハ関 白 秀 吉 公

きょうすなかんずくだいきょうどうはかんぱくひでよしこう


の創 建 尓して桁(ケタ)廿  間 梁(ウツハリ)十 間 五尺

のそうけんにして  けた にじっけん  うつはり じっけんごしゃく


余  椽(エン)幅 八 尺  四方 らん可んを付 多り

あまり  えん はばはっしゃくしほうらんかんをつけたり


俗 尓千 畳  敷 といふ前 面 海 を望

ぞくにせんじょうじきというぜんめんうみをのぞ


ミ尤  も絶 景 多り堂 中  尓商  ふ

みもっともぜっけいたりどうちゅうにあきなう


楊 枝ハ柳  尓てつくり五色  の色

ようじはやなぎにてつくりごしょくのいろ


をそめて者奈ハ多゛美尓して

をそめてはなはだ びにして


島 中  の名 産 と須又 数 千 の

しまじゅうのめいさんとすまたすうせんの


猿鹿(サルシカ)群遊(クンユウ)してよく人 尓奈れ

   さるしか    ぐんゆう してよくひとになれ


人 尓乞ふて餅 を食  す

ひとにこうてもちをしょくす

(大意)

(補足)

「安芸」、『あき 【安芸】① 旧国名の一。広島県西半分に当たる。芸州』

「鬻」、『ひさ・ぐ【鬻ぐ・販ぐ】(動ガ五[四])〔近世初期までは「ひさく」と清音〕

売る。あきなう。「春を―・ぐ」「人情といふ品物をば其本店(だな)にて―・ぎながら」〈小説神髄•逍遥〉「棺を―・くもの,作りてうち置くほどなし」〈徒然草•137〉』。漢字は「粥」+「鬲」。

「梁」、『うつばり【梁】棟(むね)の重みを支えるために,棟と直角に柱と柱の間に渡した横木。うちばり。はり。うつはり』。

 お土産屋さん「名物色よう枝」の台は清水の舞台のような縁(えん)にあります(「堂中」とあるので千畳敷と言われる内部)が、旅人の足元は裸足でして、当時はこのような縁側ところ(堂中なので)は土足禁止だったのかもしれません。うしろの太い柱には落書きも。

 鹿の頭部が馬のよう 

2026年8月6日木曜日

大日本物産圖會その46

P46 国立国会図書館デジタルコレクション蔵 

P46_1

(読み)

備 後 國 畳  表  ヲ製 圖

びんごのくにたたみおもてをせいず


藺(ヰ)は六 月 芟(カリ)とりて後 その根

  い はろくがつ  かり とりてのちそのね


より生  じ多る新 芽(メ)を秋 尓

よりしょうじたるしん  め をあきに


至(イタ)りて他(ホカ)の田尓うつし度 々 肥(コヤシ)を

  いた りて  ほか のたにうつしたびたび  こやし を


入 て翌(ヨク)六 月 土用 過 尓芟 とる也

いりて  よく ろくがつどようすぎにかりとるなり


さて土中  尓穴 を本りて右 の藺

さてどちゅうにあなをほりてみぎのい


尓白 土 を水 尓和しその内 尓て

にしろつちをみずにわしそのうちにて


度 々 すりこミ日尓さらし長

たびたびすりこみひにさらしちょう


短 をえらびふめ糸 を経 糸

たんをえらびふめいとをたていと


として機(ハタ)尓可けており上ケ

として  はた にかけておりあげ


立 毛を去り天壱 枚 づゝ

たちげをさりていちまいずつ


白 つちをふりてよくすり

しろつちをふりてよくすり


込ミ荷つく里をして諸

こみにづくりをしてしょ


国 尓い多゛す也

こくにいだ すなり

(大意)

(補足)

「備前(びぜん)」、岡山県南東部。「備中(びっちゅう)」、岡山県西部。「備後(びんご)」、広島県東部。

「ふめ糸」、『畳表(たたみおもて)の「経糸(たていと)」とは、い草を固定して織り上げるための縦方向の糸のことです。「ふめ糸(踏め糸)」は、古くからの文献や地方の製織用語において、畳表を織る際に使われる経糸(またはその一種、あるいは足踏み機で操作する関連の糸)を指す表現として使われてきました』。『緯糸(よこいと):表面に並ぶい草。経糸(たていと):い草をしっかり留めるための縦糸。素材の違い:綿糸(めんし)、麻糸(あさし)、マニラ麻(麻の一種)などが使われ、麻糸のほうが太くて丈夫なため、たくさんのい草を深く織り込めます』。

 左の二人の御婦人が機織りしてます。経糸に緯糸である藺草を差し込んで一枚にしていきます。なぜか右側では台の上で畳表に縁を取り付けていてこれが子どものころ見ていた職人さんの仕事風景、左肘で縫い込んだところをグイっグイっとこすりつけます。右手にはぶっとい畳針がみえます。プハ〜ッてやるやかんがないなぁ。

 画の発色がいいですね、鮮やかです。俵に入れて締め込んでいる職人さんの半纏に何か屋号のようなものがありますが、さてう〜ん🤔・・・。

 

2026年8月5日水曜日

大日本物産圖會その45

P45 国立国会図書館デジタルコレクション蔵

P45_1

(読み)

備 後 國 藺を植 ル圖

びんごのくにいをうえるず


畳  表  ハ備前 備 中  丹 波近

たたみおもてはびぜんびっちゅうたんばおう


江尾張 加賀等 より出すと

みおわりかがなどよりだすと


いへども備 後を最(サイ)上  とす表  を

いえどもびんごを  さい じょうとすおもてを


織艸(おりくさ)耳燈艸(トウシンサフ)石龍芻(コヒゲ)乃両

   おりくさ に   とうしんそう     こひげ のりょう


種 あり共 尓藺(ヰ)と名づく燈

しゅありともに  い となづくとう


艸 ハ葉大 きし故 尓表  尓織

そうははおおきしゆえにおもてにおり


て粗(アラク)して弱(ヨワ)しあるひハ蒸

て  あらく して  よわ しあるいはむし


て燈 心 と奈す石龍芻盤

てとうしんとなすこひげは


葉細 くして表  尓織 て強 し

はほそくしておもてにおりてつよし


上  品 と須丈 短  きものを中 続

じょうひんとすたけみじかきものをなかつづき


として其 長 きを引 通 しと

としてそのながきをひきとおしと


す別 ニ七 島 藺奈るものあり又

すべつにしちとういなるものありまた


琉  球  藺とも云 則   琉  球  表  也

りゅうきゅういともいうすなわちりゅうきゅうおもてなり

(大意)

(補足)

「備後国」、広島県東部。

「畳」、詞書きの出だし1文字目から読めません。くずし字辞典で調べるとたしかに「畳(たたみ)」。古文書読解初心者ですが、この漢字ははじめてのような気がします。

「燈艸(トウシンサフ)」、『とうしんぐさ【灯心草】藺(い)の異名。季夏』。『燈草(とうそん / とうくさ)標準和名「イ(藺)」の別名およびその茎の総称。茎の内部にある白い髄を取り出して、行灯や和蝋燭の灯芯(燈心)として用いたことに由来する。茎が太いものは畳表や「むしろ」に織られたが、粗くて弱いとされた』。

「石龍芻(コヒゲ)」、『石龍芻(せきりょうすう)中国の古典『本草綱目』に記載される水草の名で、日本古来の和名抄では「うしのひたい」や「こひげ」などに当てられた。日本の近世の本草学(小野蘭山の『本草綱目啓蒙』など)や諸国物産図録においては、細くて強靭な上質の畳表の原料となるイグサの栽培品種(小髭:コヒゲ)を指す言葉として扱われてきた。茎が細く締まっていて、燈草(太いもの・粗いもの)に比べて畳表を織るのに適した「上品」なものと区別された。』

「盤」、変体仮名「盤」(は)。たまにでてきます。ほとんどは変体仮名「者」(は)。

「七島藺(しちとうい)」、『七島藺は、いぐさと同じく畳表の材料となる植物ですが、いぐさはイグサ科、七島藺はカヤツリグサ科の異なる植物です。人気の琉球畳は、元はこの七島藺の畳表を使用した畳のことを指していました。また、昔は柔道畳としても全国各地で使われており、1964年に行われた東京オリンピック(第18回オリンピック競技大会)の柔道会場でも使用されました』。農林水産省HPより無断借用しました💦。

 畳表については畳屋さんがやってきて道端に台を作ってそこで張替えをする、というところからしか見たことがありません。(職人さんがやかんをくの字に曲げた肘の上にのせて、その注ぎ口からじかに口に水をいれて、畳表にプハ〜って勢いよく吹き付けるのを見るのが大好きで、よく真似をして母にしかられました。あれかっこよかったなぁ)それ以前の畳表の藺草(いくさ)がどのように植え付けられ生産されているのかはまったく知りませんでした。

 かっては日本はちょっと前まで身分階層社会で、畳はある程度の階層以上で使われていて、藺草栽培は大変に重要な一次産業であったはずです。現在でも栽培されているようですが、日本産畳表は高級品になりつつあるようです。

 画を見るとやはり手がかかるんだなぁと見入ってしまいます。

 

2026年8月4日火曜日

大日本物産圖會その44

P44 国立国会図書館デジタルコレクション蔵 

P44_1

(読み)

備前  國 白 魚 漁  之圖

びぜんのくにしらうおりょうのず


白 魚 ハ當 国 児島(コシマ)郡  福

しらうおはとうごく   こじま こおりふく


島 の湊(ミナト)藤 戸の渡 し辺  より

しまの  みなと ふじとのわたしあたりより


産 ずる小魚  にして夜中

さんするこざかなにしてよなか


数多(アマタ)の漁 舟  篝火(カゞリビ)を焼(タ)き

   あまた のりょしゅう   かがりび を  た き


罾網(ヨツテアミ)をおろして之 を漁(ト)る

   よつであみ をおろしてこれを  と る


その景況(アリサマ)陸 より遠(トホ)く望(ノゾ)

その   ありさま おかより  とお く  のぞ


む時 ハ篝  火海水(カイスイ)尓映(ヱイ)し宛(サ)

むときはかがりび   かいすい に  えい し  さ


奈可゛ら筑紫(ツクシ)の不知火(シラヌヒ)の如 く

なが ら   つくし の    しらぬい のごとく


なりといふ網(アミ)尓かゝ里多る魚 ハ

なりという  あみ にかかりたるうおは


クマを以 てとり干(ホシ)て他國 へ出須

くまをもってとり  ほし てたこくへだす

(大意)

(補足)

「罾網」、『罾網(そうえん)とは、魚を捕まえるための四角形や四つ手の網(四つ手網・敷網の一種)のことです。四隅を支えて水中に沈め、エサで魚をおびき寄せて引き上げて使います』。

 初代広重「江戸名所百景」で使われた、題材を極端に前面に大きく描く図法です。十八番ですね。

 四つ手網の青い竹竿(節ごとに濃淡をほどこしている)の張り具合が素晴らしい、上部の枠をはみ出さん勢い。篝火がどんなふうになっているかがわかりにくいですが、網の向こうに見える漁舟を見ると舳先に据え付けているのがわかります。網の中に入っている白魚、小魚、海老、蟹などの重みでその部分が沈んでいるようにも見えます。右手でタモですくっていますが、詞書きではクマとなっています。

 満月がのぼって網にかけているところがにくい演出、そして月明かりが海面に映えています。漁師の獲物を見る目が鋭い!網目がややモアレに見える(ような気がする)のは摺師の技か?水平線は赤色で区切りをつけていたが、ここではめずらしく紫色の濃淡です。

 

2026年8月3日月曜日

大日本物産圖會その43

P43 国立国会図書館デジタルコレクション蔵

P43_1

(読み)

備前 岡 山 石 筆 製  圖

びぜんおかやませきひつせいのず


當 國 和気郡(ワケコホリ)伊部(インベ)近傍(キンバウ)

とうごく    わけごおり    いんべ    きんぼう


の山 中  より産(サン)春る土石 ハ

のさんちゅうより  さん するどせきは


その質(シツ)堅剛(カタク)尓して白 色

その  しつ    かたく にしてはくしょく


奈りこれを挽(ヒキ)王り石筆(セキヒツ)

なりこれを  ひき わり   せきひつ


に製(セイ)春る尓殆(ホトン)と舶来(ハクライ)の

に  せい するに  ほとん ど   はくらい の


品 と比(ヒト)しきを以(モツ)て専(モツハ)ら

しなと  ひと しきを  もっ て  もっぱ ら


これを用 由依(ヨツ)て多 く之(コレ)

これをもちゆ  よっ ておおく  これ


を製造(セイサウ)して諸 國 へ輸(ユ)

を   せいぞう してしょこくへ  ゆ


出(シユツ)なすといふ

  しゅつ なすという

(大意)

(補足)

「備前岡山和気郡伊部」、現在は備前市を代表する備前焼の里です。日本六古窯の一つ、JR伊部駅があります。

 看板に「石盤石筆學校用」とあって、今で言う文房具屋さんみたいなお店かもしれませんが、このお店は石筆専門店かな。明治政府は小学校を全国津々浦々に設立しました。ほどほどの大きな街にはそれに付随して個人経営の文房具屋が必ずといってよいほどあって、それは現在まで引き継がれています。なのでこのお店の近くにも学校があったのようで、店先の通りに小学生が石盤を手にしています。

 店の中では右手に庖丁らしきものを持って何かを削っている店員がいます。石筆でしょう。その手前では店先に腰掛けて店員と商談中、手に何本もの石筆を持って掛け合っています。洋傘に洋帽、着物に羽織、それに下駄、なんともハイカラです。近くの学校の教師でしょうね。店中にある箱の側板には「石筆」とあります。

 わたしが小学校に上がる前後までは、文房具屋や雑貨店や駄菓子屋で蝋石(ろうせき)を売っていました。直方体の細長い墨のような形です。道路などにいろいろなものを書いて怒られたりもしましたが、文字をおぼえる練習もしたものです。

 

2026年8月2日日曜日

大日本物産圖會その42

P42 国立国会図書館デジタルコレクション蔵 

P42_1

(読み)

千島  國 海 獺採 之図

ちしまのくにらっことりのず


海獺(ラツコ)ハ其 毛柔(ヤワラ)尓して指(ユビ)をもつて

   らっこ はそのけ  やわら にして  ゆび をもって


画(モシヲカク)する尓少時(ザンジ)其 形 ちを存(ノコ)す

  もじをかく するに   ざんじ そのかたちを  のこ す


皮(カハ)を帽(バウ)尓造(ツク)りて人 の賞(シヨウ)する

  かわ は  ぼう に  つく りてひとの  しょう する


所  也 千(チ)島得撫島(ウルツプシマ)尓多 く

ところなり  ち しま   うるっぷしま におおく


産(サン)ず土人 全体(ゼンタイ)革(カハ)を以 て造(つくリ)し

  さん すどじん   ぜんたい   かわ をもって  つくり し


鰹節形(カツヲフシカタ)奈る船 尓體(カラダ)の入るべき

    かつおぶしがた なるふねに  からだ のいるべき


程(ホト)の穴 を三 ヶ所 穿(ア)け舟 乃

  ほど のあなをさんかしょ  あ けふねの


中 へ水 の入 らぬやう穴 よりつゞ

なかへみずのはいらぬようあなよりつづ


く革 を可らだ尓結(ユヒ)付 一 人ハ

くかわをからだに  ゆい つけひとりは


櫂(カイ)をもち両  人 もり尓て海 上

  かい をもちりょうにんもりにてかいじょう


尓浮(ウカ)む海獺(ラツコ)を突(ツキ)とる奈り

に  うか む   らっこ を  つき とるなり

(大意)

 海獺の毛は柔らかく、その毛皮に指で文字をなぞるとしばらくその文字が残るほどである。皮から帽子をつくるがそれらは人々に重宝されて人気がある。海獺は千島ウルップ島に多く生息する。土地の人々は鰹節形の舟を皮で覆うようにして造り、三人の躰が入るようそれぞれ三つの穴をあけ、舟の中へ水が入らぬようにしてあり、穴よりつづく皮を躰に巻き付けている。一人は櫂をもち、二人はもりを持って、海上に浮かぶ海獺を突きとるのである。

(補足)

「獺」、これ「獺」一文字で、カワウソです。なので海獺はうみかわうそ🦦。

 30年近く前のことになりますが、アラスカを旅したことがあります。丸一日を氷河ツアーに参加しました。船旅をする途中、白頭鷲や海獺を観察しました。ラッコはのんびりプカプカ毛づくろいをしながら、ときたまクルッとからだを回転させまた腹を見せてプカプカしてました。これじゃ簡単に捕まってしまうなとおもったものです。

 水族館もいくつか訪れましたが、たいていラッコがいて、運良く学芸員の方がいろいろ説明してくれました。かれらは「my stone」をそれぞれ持っていて、それを使って貝を腹の上に乗せて叩き割ります。おなじみの光景です。自分の石は脇の下に挟んで落とさないようにしているのだそうです。

 波間に浮かぶラッコの色が薄茶色ですが実物は黒です。絵師・彫師・摺師は見たことがなかったのかも。

 

2026年8月1日土曜日

大日本物産圖會その41

P41 国立国会図書館デジタルコレクション蔵

P41_1

(読み)

北 海 道 函 館 氷  輸出  之圖

ほっかいどうはこだてこおりゆしゅつのず


氷  ハ厳寒(ゲンカン)の節(セツ)北 海 道五陵岳(コレ ウカク)

こおりは   げんかん の  せつ ほっかいどう   ごりょうかく


の堀(ホリ)水 の氷  たるを鋸(ノコギリ)を以 て

の  ほり みずのこおりたるを  のこぎり をもって


凡 そ目方 二十 〆 目者゛かりに

およそめかたにじっかんめば かりに


引(ヒキ)王り二個(フタツ)合 して雪車(ソリ)ニ

  ひき わり   ふたつ あわして   そり に


乗(ノ)せ函館湊(ハコダテミナト)を運轉(ウンテン)なし

  の せ    はこだてみなと を   うんてん なし


大鋸屑(オガクズ)尓て覆(オホ)ひ箱 尓入レ

    おがくず にて  おお いはこにいれ


密封(フウ)して横 濱 東 京  その外

   ふう してよこはまとうきょうそのほか


諸国(シヨコク)へ輸出(ユシユツ)して氷  蔵 耳

   しょこく へ   ゆしゅつ してこおりくらに


納(オサ)め暑(シヨ)中  尓いだして販(ハン)

  おさ め  しょ ちゅうにいだして  はん


賣(バイ)ス

  ばい す

(大意)

(補足)

「貫」、『かん くわん【貫】① 尺貫法における目方の単位。時代によって相違があるが,メートル条約加入後,1891年(明治24)に15キログラムを四貫(一貫=3.75キログラム)と定め,尺貫法の基本単位の一つとした。一〇〇〇匁(もんめ)。貫目。』

「二十〆目」、約75kg。

「運轉」、車編のくずし字は「爿」or「丬」、「斗」に似ています。

 日本で氷が生産されるようになったのは「明治16年(1887年)に東京・京橋新富町に日本初の製氷会社「東京製氷会社」が設立され、機械での氷の生産が始まりました」。なのでこの図会が出版された明治10年頃は天然氷か米国からの輸入氷しかありませんでした。

 ここのは「北海道五陵岳の堀水の氷たる」氷なので、氷は透明でガラスのように向こう側がゆがみながらも透けて見えるはずですが、絵師は網のように透ける工夫はしなかったようです。ちょっと残念😢。でもって、氷のかたまりは白くというか直方体の箱のように線で表現しています。

 ほとんどの人が洋装で暖かそう。右側の山から流れてくる川のように見えるのは、小屋からあがるお茶を沸かしている竈の煙でしょうか。

 わたしが子どもの頃は、電気で稼働する冷蔵庫は普及してなくて、氷屋さんが配達する氷を断熱された冷蔵庫の中に入れて冷やすというものでした。我が家にはそれすらなかったのですが、お隣さんが使っていて、氷屋さんがやってきて氷を鋸で切る音を聞きつけると近所中の子どもが群がってきて、飛び散った氷のかけらの奪い合いとなりました。透明で冷たいかたまり、これを口にするとなんともいえぬうまさでおいしかったなぁ。