裏表紙 国立国会図書館蔵
(読み)
なし
(大意)
なし
(補足)
今回のこの豆本、いままでの豆本とはまったくことなるものでした。顔の描き方が今までのものとはあまりにもかけはなれているので驚くとともに現代につながるものを感じました。
裏表紙の意匠は線香花火にも雪の結晶にもなでしこにもみえますけど、やはり朝顔を図案化したものでしょうか。P8の宮城阿曽二郎の袴の柄と同じです。
とても印象に残る豆本でありました。
裏表紙 国立国会図書館蔵
(読み)
なし
(大意)
なし
(補足)
今回のこの豆本、いままでの豆本とはまったくことなるものでした。顔の描き方が今までのものとはあまりにもかけはなれているので驚くとともに現代につながるものを感じました。
裏表紙の意匠は線香花火にも雪の結晶にもなでしこにもみえますけど、やはり朝顔を図案化したものでしょうか。P8の宮城阿曽二郎の袴の柄と同じです。
とても印象に残る豆本でありました。
奥付 国立国会図書館蔵
(読み)
明治十五年七月十一日御届
東京日本橋区馬喰町二丁目一番地 定價三銭
編輯兼出版人 木村文三郎
(大意)
略
(補足)
鼇頭 明治文証大全 改正
「ごうとう」と読みます。意味は「書物の上欄。また,そこに書き入れた注。「―に記す」」とありました。字がつぶれてよくわかりませんので、上の部品は「土」+「方」+「攵」で、下は「黽」。
もちろん、わたしは読めませんでした。
ネットで調べると、「メイジ ブンショウ タイゼン : ベットウ カイセイ」ともあります。「文証」は「ブンショウ」「モンショウ」どちらでもよさそうです。というかわかりません。辞書で調べてものっていません。
内容は宣伝文にあるように(6割くらいしか読めません)著名人などの記したものを集めた本のようです。デジタルアーカイブで実物をみると紋章やら色紙に揮毫したものやらが羅列されています。
こういった本の要望があったから出版したのか、それとも出版して啓発したのか、なんかよくわからない書籍であります。
P12 国立国会図書館蔵
P12拡大
(読み)
□可けあひ
かけあい
あら多めて
あらためて
あそ二郎
あそじろう
ミ由起と
みゆきと
ふうふ尓
ふうふに
奈り
なり
个り
けり
めで
めで
多し
たし
\/ \/
めでたしめでたし
\/
めでたし
(大意)
話し合って
あらためて
阿曽二郎は
深雪と
夫婦に
なりました。
めでたし
めでたしめでたし
めでたし
(補足)
深雪のやや切れ上がった細い目のやさいいこと、鼻梁はまっすぐで小さめの口、きれいだなぁ。
深雪は阿曽二郎をみつめますが、阿曽二郎はそれをはすにうけます。体全体からでる幸せ感を扇であおいぎこちらに吹いてきそう。
床の間の掛け軸が読めません。
P10 国立国会図書館蔵
P11後半
P11拡大
(読み)
二郎 もミ由起可゛ていせつをふびん尓おもひ
じろうもみゆきが ていせつをふびんにおもい
や可゛て志由うよう者てしのちミ由起
やが てしゅうようはてしのちみゆき
のあり可を多づ年あて王可゛本んごくへ
のありかをたずねあてわが ほんごくへ
つ連可へりあ起づきのおやもとへ□
つれかえりおきずきのおやもとへ
(大意)
(阿曽)二郎も深雪の貞節を不憫におもい
無事仕事をおえたのち深雪
の居所をさがして見つけることができ国元へ
連れ帰り秋月の親元へ
(補足)
「や可゛て」「おやもとへ」、「や」を比較すると、後者は現在と同じ筆順で同じかたち。前者は現在の「ゆ」のような筆順でかたちは「ゆ」にちかい。
「志由うよう」、「修養」だとおもうのですが。阿曽二郎は伯父駒沢了庵の命により大磯で郭遊びにふける主君を諌めるのが任務でしたから、それを果たしてから研鑽を積んだということで「修養」と理解したのですけど、ぜんぜん違うかもしれません。
大井川へ飛び込まんとする深雪の表情が怖い。嵐に吹き流される髪の毛の端々の細かさが不気味。着物柄のブチブチの鮫肌のような細かな柄に鳥肌がたちます。
P10 国立国会図書館蔵
P11前半
P11拡大
(読み)
X可奈しミ奈げ起春で尓大 ゐ川 へミを
かなしみなげきすでにおおいがわへみを
奈げんとせしところへとく右衛門者せつけ
なげんとせしところへとくえもんはせつけ
やう\/しをとゞめあそ二郎 可゛をしへのごと
ようようしをとどめあそじろうが おしえのごと
く王可゛ちし本をもつてめぐ春りをの満春
くわが ちしおをもってめぐすりをのませ
連バ多ちまちぜんく王い奈し多り个るあそ
ればたちまちぜんか いなしたりけるあそ
(大意)
悲しみ嘆き、まさしく大井川へ身を
投げようとしているところへ徳右衛門がかけつけ
やっとのことで死をとどめることができました。阿曽二郎が教えてくれたとおり
わが血潮と一緒に目薬をのませた
ところたちまち全快したのでした。阿曽(二郎)
(補足)
「をしへのごとく」、「ごと」は合字。
「の満春連バ」、ここの変体仮名「満」(ま)と「多ちまち」の変体仮名「多」(た)をくらべるとほとんど同じかたちです。変体仮名「多」のかたちはたいてい「さ」の横棒をなくしたものですがここのかたちのような変体仮名「多」(た)もあります。
「王可゛ちし本をもつて」、あらすじを調べていなければよくわからないところです。徳右衛門は深雪の身投げを止めたあと川岸でぶすりと小刀で自分の腹を刺し、その血潮というわけです。
徳右衛門さんなんだか任侠の仁義を切っているみたいにみえます。小刀をさしています。
P8 国立国会図書館蔵
P9後半
P9拡大
(読み)
ときん春あふいぎを多のミ
ときんすおうぎをたのみ
おき志由つ多つせりあと
おきしゅったつせりあと
尓てミ由起ハあふぎのう多
にてみゆきはおうぎのうた
をよんでもらひまさしく
をよんでもらいまさしく
をつと奈りとあとを志多
おっとなりとあとをした
ふて者しり由く大 あメ尓
うてはしりゆきああおめに
可ハどめ奈りときいてX
かわどめなりときいて
(大意)
とお金と(歌を記した扇は嵐で舟が離れ離れになる直前深雪より投げ渡された)扇を頼ん
で、出発しました。その後深雪は扇の歌
を読んでもらい、まさしく
夫であるとわかり、離れがたくあとを
走り追いました。大雨で川止めときいて
(補足)
読みにくいところはなさそうです。
前回のブログで「朝顔物語」をネットで改めて調べたことを記しました。「物語」ではなく「日記」としたらたくさんヒットしました。
明治10年前後から22年頃までに「朝顔日記」がいくつかの版元から売りに出されていて、なにか流行りがあったのでしょうか。英訳版も出版されているのです。6冊分をダウンロードしました。
本のできにずいぶんと差があって、よくもまぁこんな本(絵が稚拙だったり子どもの落書きか)とおもうようなものまであります。朝顔物語や朝顔日記といえばあぁあの阿曽二郎と深雪のはなしかと当時は誰でも知っていた有名な物語だったようです。
徳右衛門の表情が生き生きとした渋さというか、たしかにあずかりました、おまかせくださいという自身がにじみ出ています。うしろの板戸が存在感があります。
P8 国立国会図書館蔵
P9前半
P9拡大
(読み)
○さう多゛可゛多づ奴るひと可゛
そうだがたずぬるひとが
あるとてことさミをひ起
あるとてことしゃみをひき
このへん尓をるときゝあるじ
このへんにおるとききあるじ
を多のミよびよせ多る尓
をたのみよびよせたるに
つ満のミ由起奈れどどう
つまのみゆきなれどどう
やく多起多のまへを者ゞ可り
やくたきたのまえをはばかり
あるじとく右衛門尓めぐ春り
あるじとくえもんにめぐすり
(大意)
(娘)のようだが、尋ねる人が
あるとのことで、琴三味線を弾き(暮らしている娘が)
この辺にいるときいて、あるじに
頼んで呼び寄せました。
妻の深雪でしたが、同役の
多喜太の手前、名乗ることがはばかられ
あるじ徳右衛門に(盲目が治る)目薬
(補足)
はなしがどうもこんがらがってきましたので、ネットでここまでの登場人物名で検索してみました。とても恥ずかしいことですがこの話は文楽(や歌舞伎)「生写朝顔日記」の短縮版でした。とても有名な文楽でありました。全く知りませんでした。その10以前をいろいろ修正しなければならないところがありますが、恥をしのんでそのままとします。
ネットにあらすじがありましたので、そのあらすじのさらに要約を記しておきます。
まずは一番大まかな筋。
日向国(宮崎県)の城主秋月弓之助の娘深雪が一目惚れした、中国地方(山口県周辺)を治める大内家の家臣宮城阿曽二郎(後の駒沢次郎左衛門)をしたって家出し、目を泣きつぶし、盲目の門付芸人朝顔となって恋人の残した歌を琴三味線をひきながらうたい諸国を流浪する哀しいおはなしです。ちなみに阿曽二郎が深雪におくった歌は「露のひぬ間の朝顔に、照らす日かげのつれなきに…」。
あらすじがわかっただけでも、いままでのはなしがなんとなくわからなかったのがいろいろつながりました。
さて次は、この文楽「生写朝顔日記」にはいろいろな「〜の段」というのがありますが、この豆本では「蛍狩の段」「明石浦舟別れの段」「宿屋の段」「大井川の段」ということになります。
あらすじです。
京都で儒学を修めていた宮城阿曽二郎は宇治川へ蛍狩りへ出かけます。折しもちょうどそのとき同じく蛍狩に来ていた秋月弓之助の娘深雪と知り合い、ふたりは恋仲となります。(ここまでは「蛍狩の段」)しかし宮城阿曽二郎は伯父駒沢了庵の命により大磯で郭遊びにふける主君を諌めるため、すぐに出発しなければなりませんでした。そののちふたりのすれ違いは何度もつづくのですが、「宿屋から大井川まで」(P6P7)の場面では役目をおえた阿曽二郎と島田の宿で出会いながら、目を泣きつぶし盲目の門付芸人朝顔となって琴を弾く深雪は、目の前の人物が阿曽二郎とはわかりません。
阿曽二郎は駒沢次郎左衛門と名を変え、その同伴の岩代多喜太(お家乗っ取りをたくらむ悪者の一味で阿曽二郎を殺そうとねらっている)の手前名のれません。こののち、あのときの人が阿曽二郎と知った深雪は髪を振り乱し半狂乱となってあとを追い、大井川の渡しまで来たのですが川止めとなっていて泣きくずれたのでした。その後、忠義な家士に助けられ、目は回復して、阿曽二郎こと駒沢次郎左衛門と夫婦になり幸せに暮らしたのでした。めでたしめでたし。
天保3(1832)年、竹本木々太夫座初演とあります。
「ことさミをひ起」、「ひき」があるので琴三味線とわかります。「こと」は合字になってます。
「どうやく多起多の」、この話のあらすじがわかる前は、なんとく「多起多」は同伴者の名前だろうとはおもっていましたが、あらすじがわかって納得。
「めぐ春り」、さいしょは「めで春り」と読んでいて???でした。深雪が目をわずらっているので薬でした。
P8の武士はあらすじがわかったので宮城阿曽二郎(後の駒沢次郎左衛門)です。旅途中のため両刀は柄袋に覆われています。袴の柄がなんとなく朝顔っぽい。後ろの看板は「伊勢参宮」の一部分と「諸国御定宿」。
P9はあるじ徳右衛門(深雪の侍女の父)、顔の描き方が(阿曽二郎もそうですが)現在のの劇画ふうです。
P6 国立国会図書館蔵
P7後半
P7拡大
(読み)
ミやぎあそ
みやぎあそ
二郎 こ満
じろうこま
ざハ志゛ろ左衛門と
ざわじ ろえもんと
あう多めあづ満へ
あうためあずまへ
く多゛りこのやどへ
くだ りこのやどへ
と満りつひ多ての
とまりついたての
あさ可゛本のう多尓
あさが おのうたに
きつきあるじ尓
きずきあるじに
とへバち うごくへんの
とえばちゅうごくへんの
きやくのむすめ○
きゃくのむすめ
(大意)
宮城麻二郎は駒沢次郎左衛門と
会うために、東国へ
下りました。この宿へ
泊まり、ついたてに
朝顔の歌があることに気づきました。
宿の主人に尋ねると
中国地方の客の娘
(補足)
「ミやぎあそ二郎こ満ざハ志゛ろ左衛門とあう多め」、名前が連続しています。「こ」が「と」に見えて間沢次郎左衛門とも読めますけど、どうも意味が変。なので大意のようになりました。
「う多尓きつき」、「き」としましたが、変体仮名なのか漢字のくずし字なのかわかりません。
「きやくのむすめ」、無理やり「きゃく」としましたけど、「き」はどうみても変体仮名「連」です。よくわかりません。
琴を弾くみゆき、目をなきつぶしたとありましたが、本当に目が見えなくなってしまったのでしょうか。それと冒頭の秋月弓之助はどうなってしまったのでしょうか。なんだかだんだん話がみえなくなってきました。
P6 国立国会図書館蔵
P7前半
P7拡大
(読み)
□さ満
さま
よひめを
よいめを
奈起つぶし
なきつぶし
可奈やの
かなやの
し由く尓てあし
しゅくにてあし
をとゞめゐ多り
をとどめいたり
(大意)
さまよい、目を
泣きつぶし
金谷の宿に
とどまっていました。
(補足)
「可奈やのし由く」、金谷の宿は大井川の京都側の宿。増水して川止めになると江戸に下る客でにぎわった。
縁側でみゆきが奏でる琴を聴き入るふたりの武士。さてこの二人は何者?
P6の縁側の土台の脚組の遠近法がなんか変です。扇をもつ武士、男っぷりがいいですねぇ。
P4 国立国会図書館蔵
P5後半
P5拡大
(読み)
ひ尓ミ可ハ春可本尓おもハ春゛
いにみかわすかおにおもわず
あらし尓ふ年をふき王げら
あらしにふねをふきわげら
連奈ごりをしくも王可れ多り
れなごりおしくもわかれたり
ミ由起ハ奈つ可しく王可゛やを
みゆきはなつかしくわが やを
志のびいで志よ\/本う\゛/を□
しのびいでしょしょほうぼ うを
(大意)
(たが)いに顔をみかわしたのですが
急の嵐が吹きあれ、舟ははなされてしまい
名残惜しくも離れ離れになってしまいました。
みゆきはなつかしさに我が家を
そっと出て所々方々を
(補足)
「ふき王げら連」、吹き分けられと気づくまで少々時間がかかりました。
みゆきと侍女のキリッと切れ上がった目じりがいいですねぇ。道中と言えどもみゆきの振り袖は豪華です。
藁葺民家の前にふたりの武士が見上げています。ひとりは麻二郎でしょうけどきりりとしまった細面だったはず。こちらは笠をかぶって丸顔、ちがうのかも。それに舟にのっててお互いに気づいたものの嵐のせいで舟が離れ離れに別れてしまったとあった内容とも異なっている。ウ~ン・・・
P4 国立国会図書館蔵
P5前半
P5拡大
(読み)
⧖う多をあふぎへ志多ゝめあ
うたをおうぎへしたためあ
多へ个りそ連よりミ由きハ
たえけりそれよりみゆきは
そのあふぎを者多゛ミ者奈さ春゛
そのおうぎをはだ みはなさず
もちゐ多る可゛そのゝちあらし
もちいたるが そののちあらし
尓てふ奈可゛ゝりせしと起多可゛
にてふなが かりせしときたが
(大意)
歌を扇へしたためて
与えました。それからというもの、みゆきは
その扇を肌身はなさず
にいました。それからしばらくして、嵐の
ため舟を港に避難させたとき、たが(いに)
(補足)
「あ」がたくさん出てきますが、かたちは「お」の点がないかたち。
「者多゛ミ者奈さ春゛」、変体仮名を学んでないと読めないかも。
「あらし」、「ら」が変体仮名「可」に読めて、「明石」かとおもいました。
ふたりとも杖の手元に手ぬぐいを添えて持ち手としています。手汗をかくし手のひらが痛くまめになってしまうでしょうから、それらを防ぐためでしょう。
P2 国立国会図書館蔵
P3後半
P3拡大
(読み)
郎 をミ由起尓ち可づけん
ろうをみゆきにちかずけん
とふ年をこ起゛よせてあそ
とふねをこぎ よせてあそ
二らうをま年起゛い連王り
じろうをまねき いれわり
奈きち起゛りをむ春び个り
なきちぎ りをむすびけり
王可連ををしミてのちの
わかれをおしみてのちの
志るし尓とてあさ可゛本のX⧖
しるしとしてあさが おの
(大意)
(麻二)郎をみゆきに近づけようと
船を漕ぎ寄せ麻二郎を(船に)招き入れ、
深い仲となりました。
別れを惜しみ、のちの
しるしとして、あさがおの
(補足)
「あそ二郎」、ここの「郎」のくずし字は「戸」+「巾」。
「ち可づけんと」、変体仮名「可」(か)は変化自在で「う」になったり「ら」になったり「り」や「つ」にもみえたりします。
「王りなき」「王可連」、変体仮名「王」(わ)は已のようなかたち。平仮名「わ」より頻繁に使われます。
麻二郎が左手に持つ扇、その上で懐紙にささっと歌をしたためました。本文には扇に直接記したとありますけど・・・
小舟にゆられて蛍狩り、みゆきは麻二郎に一目惚れ。侍女はただちにささっこちらの船へと麻二郎招き入れ「王り奈きち起゛りをむ春び个り」。なんかこれじゃぁ、ホタル狩りじゃなくて・・・はしたないのでこれ以上は言葉をひかえますけど、ねぇ。
P2 国立国会図書館蔵
P3前半
P3拡大
(読み)
▲あそじらうといふさむ
あそじろうというさむ
らひもお奈じくふ年を
らいもおなじくふねを
う可べて本多る可゛り尓いで
うかべてほたるが りにいで
多る可゛ミ由起ハあそ二郎
たるが みゆきはあそじろう
をミそめて志多ハしき
をみそめてしたわしき
やう春をこしもとハミて
ようすをこしもとはみて
とり奈尓可゛奈してあそ二
とりなにが なしてあそじ
(大意)
(宮城)麻二郎というさむらい
も同じく船を
うかべてほたる狩りに出ていたところ、
みゆきは麻二郎を見初め、心惹かれた
様子を侍女は見逃しませんでした。
どのようにしても、麻二(郎)
(補足)
「あそじらう」、「ら」が「つ」に見えますが、「し」の最後から「つ」につながっているのは筆が流れているのではなく、「ら」の前半部分。
「ミ由起ハあそ二郎」、行末「郎」は「らう」がちじまっているようにもみえますが「郎」の一番簡略化されたくずし字です。八行目行頭に「郎」のもうひとつのくずし字があります。
「さむらひも」「こしもとハ」、「も」のかたちがことなっています。最初の「も」は最下部から左回りにあがってゆき、もうひとつは最下部から右回りにあがってゆきます。
小舟の上の麻二郎、ミ由起が見初めただけはある凛々しい立ち姿。従者の首の角度がとても妙です。表情はなんとなく遠くを見ているような・・・。麻二郎の見ている方向とおなじで、麻二郎の後ろから首をちょっとひねってのぞいているような感じです。ミ由起の小船をうかがっているにちがいありません。
このような姿の絵は見たことがありません。
P1後半 国立国会図書館蔵
P1拡大
(読み)
ミ由起ハうぢ川 へふ年
みゆきはうじがわへふね
をう可べ本多る可゛り尓
をうかべほたるが りに
いでし可゛をりふし
いでしが をりふし
ミやぎ▲
みやぎ
(大意)
みゆきは宇治川へ船を
浮かべ蛍狩りに
でかけました。
折しもちょうどそのとき
宮城(麻二郎)
(補足)
「ミ由起」、平仮名の「き」は変体仮名「幾」(き)です。豆本などに使われるのはほとんど変体仮名「起」。見た目は「紀」に似てますが「起」です。
「ふ年」、変体仮名「年」(ね)は古文書などでは「○」+「ヽ」です。ここでは丸まりきれてません。
「う可べ」、「う」と変体仮名「可」(か)はそっくりというかほとんど同じかたちです。
ミ由起さんの五色刷りぐらいの錦絵を見てみたいものです。
P1前半 国立国会図書館蔵
P1拡大
(読み)
あきづき由ミの春けハ由ゑ
あきづきゆみのすけはゆえ
ありてち うごくよりミやこへ
ありてちゅうごくよりみやこへ
うつり春満ゐを奈し个る可゛
うつりすまいをなしけるが
あるとしの奈つむ春め
あるとしのなつむすめ
(大意)
秋月弓之助は故あって
中国地方より都へ
移り住んでいました。
ある年の夏、娘
(補足)
「由ミの春け」「由ゑ」、変体仮名「由」(ゆ)の縦棒は曲がります。
「ありて」、「り」or「つ」のどちらでも意味は通じますが悩むところです。ちょうどそのすぐ左側に「つ」と「り」がありますがどちらにも見えてしまいます。
「春満ゐ」、変体仮名をいくらか勉強していないと読めません。
「个る可゛」「あるとしの」、ここの「る」は変体仮名「留」(る)なのですが、ひらがなにしてあります。
「む春め」、変体仮名「春」(す)は平仮名「す」のクルッと回るところの直前で「て」を書きます。または単純に「十」+「て」。
小舟のヘリに豆電球が電飾のようになっているのがホタルであります。わざわざ小舟を出してホタル狩りをするなんて酔狂なと無粋なわたしはおもうのですけど。
みゆきは振り袖に髪飾りと完璧なお出かけ衣装です。小舟で立ち上がってしまっていてグラっと落ちたらと心配です。
左側にきれいな箱があります。お弁当かちょっとした身の回りの小物などが入っていそうです。
顔の描き方や表情の作り方が、今風でほんとに140年前のものなのかと首をかしげることしきりであります。
見返し 国立国会図書館蔵
(読み)
是 より大 井川
これよりおおいがわ
(大意)
略
(補足)
燕が飛んでます。やってきたばかりなのか、それとも子育てまっさかり中なのか。
「箱根八里は馬でも越すが 越すに越されぬ大井川」、雨で増水し川留めとなるのは珍しいことではありませんでした。
表紙 国立国会図書館蔵
(読み)
なし
(大意)
なし
(補足)
明治15年7月11日御届で定価3銭。もともとの原本が傷んでいたのでしょうか、全体が黒ずんでしまっていて何がなんだかわかりません。しかし一番の特徴で目をみはるのがふたりの顔の描き方です。構図は従来のものですが、いままでの江戸時代の美人画錦絵調のものではなくなっていることです。このようなタッチの劇画を描く現代の漫画家の何人かが思い浮かびます。
もう少しまともなデジタル資料がないものかと探してみましたが、ほとんどありませんでした。ヒットするのは源氏物語の光源氏を袖にした朝顔の姫くらい。