P100 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」
P100_1
(読み)
能登素 麺 製 造 ノ圖
のとそうめんせいぞうのず
素 麺 ハ備 後伊豫美 作 阿波
そうめんはびんごいよみまさかあわ
讃 岐大 和能登伊勢の各 州
さぬきやまとのといせのかくしゅう
尓て産 出 す五色 平(ヒラ)長(ナカ)太(フト)
にてさんしゅつすごしき ひら なが ふと
白髪(シラカ)等 の諸 名 あり初
しらが とうのしょめいありしょ
夏株 あげたる小麦 越
かかぶあげたるこむぎを
冬 尓い多りて目方 四 〆 五百
ふゆにいたりてめかたよんかんごひゃく
目を碓(ウス)尓て引 絹(キヌ)ぶるひ尓
めを うす にてひき きぬ ぶるいに
可け三 〆 目の白(コ)粉 を得る即
かけさんかんめの こ ふんをえるすなわち
水 塩 等 を和して捏(ネリ)あハせ
みずしおとうをわして ねり あわせ
麺棒(メンハウ)尓て壓延(オシノバ)し渦(ウツ)のごとく
めんぼう にて おしのば し うず のごとく
切 廻 て曳(ヒキ)のバし細 く奈して掛産(ワク)尓
きりまわして ひき のばしほそくなして わく に
乾 上 適宜(ホドヨク)裁 て諸 国 尓出す
ほしあげ ほどよく たちてしょこくにだす
(大意)
略
(補足)
「初夏」、ここの「夏」の漢字はフォントにありません。
能登輪島がかっては素麺の一大産地であったことは知りませんでした。『輪島素麺(りんとうそうめん)は、室町時代から江戸時代にかけて石川県輪島地方で盛んに生産されていた、油を使わない手延べ製法の歴史ある素麺』とありました。
この大日本物産図会の画工は安藤徳兵衛とあるのですが、これは親方または工房代表者のものであって、親方の指示に従って彫師が分担しているはずです。この画の詞書きは一見してわかるように、どことなくゴツゴツしていて彫師の個性というのではなく技量がいまひとつのよう。一行の文字列が右に左にとぶれたり文字の間隔が落ち着かない。まぁ読めることは読めるのですけど。
左上部の枠近くに棒立ちしている男の人、視線は眼の前の二人の作業を見守っているのかとおもいきや、足元を見ると小山になった白いものが・・・足でこねていたのでした。
奥の薄茶色にみえる畑は、小麦畑でしょうか。


0 件のコメント:
コメントを投稿