P78 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」
P78_1
(読み)
上総 國 建 干 網 之圖
かずさのくにたてぼしあみのず
當 國 望陀(マウダ)郡 木更 津海 濱
とうごく もうだ ぐんきさらずかいひん
より吾妻 川 尼 の濱 尓て建
よりあずまがわあまのはまにてたて
干 網 とと奈へて満 潮 のとき
ぼしあみととなえてまんちょうのとき
沖 へ出ること一 里余 尓して六 尺
おきへでることいちりあまりにしてろくしゃく
毎 尓杭 を打 これへ網 を張 廻 ス
ごとにくいをうちこれへあみをはりまわす
こと凡 一 千 尺 志可して潮 の引くに
ことおよそいっせんしゃくしかしてしおのひくに
從 ひ磯 辺の魚 皆 此 網 中 ニ集
したがいいそべのうおみなこのあみなかにあつま
里漁 人 これをひらふ多漁 の時
りぎょじんこれをひろうたりょうのとき
交 魚 何 千 頭 と云 を志ら須゛
こうぎょなんぜんとうというをしらず
又 客 ありて網 を求 ると起ハ
またきゃくありてあみをもとめるときは
潮 の引 多るとき其 魚 をミ奈
しおのひきたるときそのさかなをみな
自 ら客 尓とらするそのさ満東
みずからきゃくにとらするそのさまとう
京 の潮 干狩 のごとし
きょうのしおひがりのごとし
(大意)
略
(補足)
「建干網」、『たてぼしあみ。干満の差を利用した伝統的な沿岸漁法、またはそのために用いる網のこと。満潮時に浅瀬や入り江の口に網を張っておき、引き潮で取り残された魚介類をタモ網や素手で捕まる』。
「望陀(マウダ)郡」、『千葉県(上総国)にあった古代からの郡で、現在の木更津市や袖ケ浦市、君津市などの小櫃川流域にあたる』。
「多漁の時交魚何千頭と云を志ら須゛」、『魚がたくさん獲れるときには、交じり合う魚の数が何千匹にのぼるか分からないほどである』。
「こと」、いままでもたくさんでてきていました。「こ」と「と」をくっつけたような字です。合字(ごうじ)といいます。「より」のごうじ「ゟ」はフォントがあるのですが、「こと」はありませんので、画像ではこれ。
詞書き最後の「ごとし」は濁点がついただけです。
いままでの画の左右の枠外には画工と出版人の住所名前はありましたが、日付はありませんでした。右枠外に「御届明治十年八月十日」とあります。
『青淵』No.671 2005年(平成17)2月号(実業史研究情報センター長 小出 いずみ)に
『上野で開催された第1回の内国勧業博覧会の始まる10日あまり前のことでした。博覧会の出品には掲載されておらず、また、博覧会場で今日のミュージアムショップのようにして販売されていたのか、確かめられませんが、博覧会目当てに発売された、と考えてよい』とあります。
屋形船のように大げさでなく、漁師が使う小舟にお茶席で使う緋毛氈のような敷物で即席の宴会席をしつらえて飲んで歌って踊ってご機嫌ご機嫌♫
その小舟の舳先の先におしりを見せて魚を手づかみしていて、わざと大きくこれみよがしにお尻を見せているのはこの人だけです。明治政府の裸をみせるなというお達しなんぞ、クソくれぇだとケツをまくっているのです。
木更津から望む富士山はほぼ真西に見えます。でっかいです。ほぼこの画のとおりかな。



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