2025年9月6日土曜日

江漢西遊日記五 その42

P44 東京国立博物館蔵

(読み)

漁  の時節 と云

りょうのじせつという


五 日天 氣能クドミ多る天 氣なり爰 ニ孩(ヤゝ)子カ岳

いつかてんきよくどみたるてんきなりここに  やや こがたけ


とて此 嶋 の大 山 也 四 時 比 ヨリ酒 茶 菓子

とてこのしまのおおやまなりよつどきころよりさけちゃがし


を持ち此 山 ニ登 ル主 人 亦 之助 新 四良 吾 カ

をもちこのやまにのぼるしゅじんまたのすけしんしろうわれが


僕(ホク)と四人 小童 ニ毛 せんなと為持 村 々 を過 て

  ぼく とよにんこどもにもうせんなどもたせむらむらをすぎて


行 一 老 夫傍  ラ尓平伏(ヘイフク)して居ル亦 之助 大 音(ヲン)

ゆくいちろうふかたわらに   へいふく しているまたのすけだい  おん


ニて通(トヲシ)と云 誠  ニ此 所  能公方 様 なり夫 より

にて  とおし というまことにこのところのくぼうさまなりそれより


行ク尓岩 を壁 となし多る家 アリ亦 之助 能産(ウ)

ゆくにいわをかべとなしたるいえありまたのすけの  う


婆(バ)能家 なりとて爰 へよる老 婆飯 を喰ヒ居

  ば のいえなりとてここへよるろうばめしをくいお


る吾 色 \/話(ハナシ)しけ連ハ老 婆何 ヤラ笑(ヲカシ)き

るわれいろいろ  はなし しければろうばなにやら  おかし き

(大意)

(補足)

「五日」、天明8年12月5日。西暦1788年12月31日。

「ドミ多る天氣」、『ど・む 【曇む】色や光沢がどんよりとする。にごる。くもる。「そうじて醂(さわし)柿は,色の―・みたは甘うござり」〈狂言・合柿•鷺流〉』とあって、曇っているけどまぁまぁ良い天気ということでありましょうか。

「孩(ヤゝ)子カ岳」、『西遊旅譚四』に孩子カ岳と小童の画があります。

 このとんがった山は標高が286m、島一番の高さです。かなり急峻で危険そうにみえます。現在は番岳といわれていて、車で頂上付近までいけるようです。寛永十八(1641)年に、遠見番火立場が設置され、平戸藩士馬廻役がその番頭に任ぜられた、とありました。

「一老夫傍ラ尓平伏(ヘイフク)して居ル亦之助大音(ヲン)

ニて通(トヲシ)と云誠ニ此所能公方様なり」、まるで時代劇を見ているようですけど、これが身分制度が厳然とあった社会の日常であったのでしょう。

 

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