P23 東京国立博物館蔵
(読み)
人 こ々ち付 多り内裏(ダイリ)と云 処 町 アリ蕎麦(ソハ)や
ひとごこちつきたり だいり というところまちあり そば や
アリ先 コレヘより荷物 等 直 し皆潮(ウシヲ)尓濡(ヌレ)
ありまずこれへよりにもつとうなおしみな うしお に ぬれ
寒 く先 蕎麦を申 付 之(コレ)を喰ひ暖(アタ々)まる
さむくまずそばをもうしつけ これ をくい あたた まる
べしと思 ヒし尓盥(タラヒ)尓水 をなミ\/と入レて夫 へ
べしとおもいしに たらい にみずをなみなみといれてそれへ
王川可なる蕎麦を浮(ウカ)べ出しけり夫 故 尓
わずかなるそばを うか べだしけりそれゆえに
コレニてハ不喰 あ多たか尓して出春べしとて
これにてはくえずあたたかにしてだすべしとて
仕(シ)なをさせ喰ヒけり爰 ニ大 村 侯 本 陳 尓
し なおさせくいけりここにおおむらこうほんじんに
滞 畄 アリて玄 関 尓幕(マク)を張リアルを見て吾
たいりゅうありてげんかんに まく をはりあるをみてわれ
衣(イ)服 を改 メ君邊(クンヘン)へ申 入 候 得ハ早 束 お逢(ア)ひ
い ふくをあらため くんぺん へもうしいれそうらえばさっそくお あ い
アリて此 風 ニハ此方(コナタ)へ渡 ル尓ハ至 てあしゝと
ありてこのかぜには こなた へわたるにはいたってあししと
(大意)
略
(補足)
「荷物等」、「等」の略字は「ホ」。
「内裏」、大里村。
「王川可」、変体仮名三文字。わづか。
「大村侯」、大村純鎮(すみやす)。宝暦九(1759)年生。肥前大村2万7900石の藩主。
「本陳」、本陣。
「早束」、早速。
たらいに水を張って、わずかな蕎麦を浮かべているものを出されたら、そりゃぁ、だれでも怒りそう。温かいものを作り直させて食べました。
肥前大村藩の江戸屋敷は永田町、現在の国立国会図書館付近であるとのことで、殿様は江戸で江漢さんのうわさを知っていたので、こんなに簡単にお目通りがかなったのだと思われます。
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