2020年11月14日土曜日

豆本 花さ起ぢゝい(小林英次郎)その4

P.2

(読み)

者る可の山 へつれゆ起

はるかのやまへつれゆき


ちを本るゆへ▲

ちをほるゆへ


▲その

 その


ところを

ところを


本る尓奈可より

ほるになかより


いろ\/奈る

いろいろなる


(大意)

はるか遠くの山へ連れてゆきました。

(犬が)地面を掘るので

そこのところを掘ると

中からいろいろな


(補足)

「ところを」、「と」と「こ」がそっくりです。

犬はあまり描きなれてないのか、この角度からの描き方が苦手なのかやや稚拙であります。かわいらしいですけど。

爺さん肩にかつぐ鍬(くわ)がたいそう立派です。

 

2020年11月13日金曜日

豆本 花さ起ぢゝい(小林英次郎)その3

P.1

(読み)

む可し\/

むかしむかし


ま多く可し

またむかし


正  ぢ起

しょうじき


奈る

なる


ちゞい

じじい


ひご

ひご


ろ

ろ


いぬを

いぬを


あいすこと

あいすこと


わ可゛このごとく

わが このごとく


てう あい春れバ

ちょうあいすれば


可のいぬ

かのいに


ある日ちゞいの

あるひじじいの


そでをしき

そでをしき


(大意)

昔々、そのまた昔

正直なおじいさんがいました。

ふだんから犬を我が子のようにかわいがり

いとおしんでいました。

その犬がある日おじいさんの袖をひいて


(補足)

 じいさん庭の枝折り戸の前で、餌を与えようとしているようです。わんこは左前足をあげておあずけ姿勢をしています。尻尾がくるっと巻き上がってうれしそう。

でもじいさんの左手に持つ皿の上はなんとなく魚が2匹?にみえますけど・・・

じいさんの左足指が右足みたいにみえます。間違えたのかも。

平仮名「あ」は「お」に「丶」がないようなかたち。まるっぼくありません。

「てうあい」、寵愛(ちょうあい)。

 

2020年11月12日木曜日

豆本 花さ起ぢゝい(小林英次郎)その2

見返し

(読み)

者なさ可ぢゝい

はなさかじじい


北尾者ん

きたおはん


(大意)

花咲かじじい

北尾版

(補足)

表紙では「花さ起ぢゝい」となってましたが、ここでは「者なさ可」。

豆本の表紙の裏にはたいてい見返しがあります。

豆本の内容に関係ある絵のこともあるし、著者の思いつきのようなそのときどきに感じたのかもしれないような気分がなごみホッとするような絵もあります。

渋い橙色の臼と杵。欅でこのような色のものがあります。

もくもく雲の向こうには纏(まとい)のようなもの。

家の一隅にそっと飾っておきたくなります。

 

2020年11月11日水曜日

豆本 花さ起ぢゝい(小林英次郎)その1

表紙

(読み)

花 さ起ぢゝい

はなさきじじい


箴飛亭画

しんびていが


(大意)

花咲じじい

箴飛亭画


(補足)

 表紙は最初に目について、読者が手にしてくれるかどうかいちばん大切な頁ですが、全体が暗い。

小林英次郎らしさがありません。右上の花咲じいさんがそれらしいかもしれないのですが、ラベルがいまいましい。

鍾馗様のような赤い房たっぷりのブラシのような肩章、頭には羽飾りのようなわけのわからぬ冠、ふかふかのソファーに座って、そこにみえるは緑の手、不気味です。

 小林英次郎は通称で本名は小林幾英(こばやしいくひで)、号は飛幾亭、箴飛亭(しんぴてい)とありますが、筬飛亭(せいひてい)ともあります。それほど昔のことではないのに生没年不詳となっています。

出版は明治13年。

 

2020年11月10日火曜日

豆本 かち\/山(佐藤新太郎)その18

裏表紙

(読み)

なし

(大意)

なし

(補足)

何の変哲もない横縞柄です。

和綴じの糸こよりが茶色くなってますが、綴じ直しをせずに当時のまま劣化したままなのでしょうか。

佐藤新太郎版はサッパリさらっとしたどちらかというと和風、小林英次郎版は隅々まで描きこむこってりくっきり色づかいもメリハリたっぷりと洋風といったところ。

次回はその小林英次郎の「花さ起ぢゝい(小林英次郎)」となります。

 

2020年11月9日月曜日

豆本 かち\/山(佐藤新太郎)その17

奥付

(読み)

御届明治十八年六月一日

めいじじゅうはちねんろくがつついたち


編輯画工兼出板人

へんしゅうがこうけんしゅっぱんにん


定價壱銭五厘

ていかいっせんごりん


東京日本橋區馬喰町二町目七番地

とうきょうにほんばしくばくろうちょうにちょうめななばんち


佐藤新太郎

さとうしんたろう


(大意)

略

(補足)

 明治10年の西南の役が終わってようやく明治時代らしさがはじまったなどとものの本にはあります。明治18年出版ですからそろそろ明治中期になる頃でも、読んできたとおりまだまだ江戸時代を引きずった書き言葉や表現があり、そう簡単になくなるものではないことがわかります。

「変体仮名とその覚え方」板倉聖宣著 仮説社 には次のようにあります。

p124_9.

文部省は明治33年にいったん変体仮名の教育を廃止したが、・・・

明治33年、文部省は、小学校令施行規則を定めて小学校での変体仮名の教育を廃止したが、そのとき「棒引き仮名遣い」もさだめたこともあって、猛烈な反対運動が起きて、明治41年に変体仮名の教育を復活した。そこで、第二期の国定国語読本には二六種の変体仮名を教えるようになった。小学校の教科書から変体仮名が完全に姿を消すのは、大正11年以後のこと。

 こんな教育事情でありますから、社会・文化に根強く根深く潜り込んでいるものを明治政府が強く指導しようとしてもなかなか手ごわいのでありました。

 この豆本壱銭五厘とあります。

日銀のHPには「1円未満の紙幣(お札)や貨幣(硬貨)については、1953年(昭和28年)に制定された「小額通貨の整理及び支払金の端数計算に関する法律」(いわゆる小額通貨整理法)により、発行が停止されました。また、それまでに発行されていた1円未満の紙幣や貨幣も、同年12月31日限りで通用力を失いました。」とあり、「現在、1円未満の紙幣や貨幣は通貨として使用できませんが、「銭」と「厘」は「1円未満の金額の計算単位」として、「銭は円の百分の一をいい、厘は銭の十分の一をいう」と定められています(通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律第2条第2項)。

したがって、現在も、利息や外国為替の計算などには1円未満の単位が使われています。」となってます。

後半の説明にあるように、日常の通貨紙幣としては使用できませんが利息・外国為替計算には使われているということであります。

明治39年石川啄木22才は岩手県渋民村尋常高等小学校で代用教員で月俸8円でした。

調べてみると

●東京国立博物館観覧料

明治5年 2銭  昭和56年 250円  →1銭≒125円

●銭湯入浴料

明治5年 1銭2厘 昭和62年 270円  →1銭≒225円

となって、ずいぶんと幅があります。他の料金との比較もありますが、わたしの感覚としては子どもが親戚や親にねだるなり、親などが買ってあげられる価格帯に設定するわけですから、壱銭五厘は現在の価格にすると200円〜300円くらいのような気がします。


 

2020年11月8日日曜日

豆本 かち\/山(佐藤新太郎)その16

P.12

(読み)

奈してちやう

なしてちょう


あひ奈す

あいなす


こと可ぎり

ことかぎり


奈し

なし


めで

めで


多起者るを

たきはるを


む可い个ること

むかいけること


めて多し

めでたし


\/\/

めでたしめでたし


(大意)

して寵愛すること

限りがありませんでした。

めでたい春を迎えたこと

めでたいことである。

めでたしめでたし。


(補足)

「ちやうあひ奈すこと」「む可い个ること」、「こと」は合字。

「めで多起者るを」、「起者」が難しい。変体仮名「者」の上部が「起」の下部にくいこんでいます。

 波の絵柄はこの頃には葛飾北斎のような感じで描くのが定番になっていたのかもしれません。似てますよね。

船の舳先をを切っている構図がうまい。兎の赤い瞳、視線は狸憎しとにらめつけ、かたや赤フン狸はやられたぁ〜と、その目線はまた兎に向けられているよう。両者の脚絆、兎は灰色、狸は赤とお似合いです。浪の荒れようが凄まじい。