P51 東京国立博物館蔵
(読み)
者 ヘ云 次く上 役 吾 前 ニ来 リて口 上 を聞 夫 より
ものへいいつぐうわやくわれまえにきたりてこうじょうをきくそれより
坐しきへ通 し二十 五菜 能膳 を出し酒 肴
ざしきへとおしにじゅうごさいのぜんをだししゅこう
を出し夫 より上ミより被下 しとて白 銀 三 枚
をだしそれよりかみよりくだされしとてはくぎんさんまい
外 尓金 三 百 疋 也 爰 を去 て内 坂 氏へ行
ほかにきんさんびゃくひきなりここをさりてうちさかしへゆく
上 ヨリ内 意ありて内 坂 を以 テ何 分 ニも病
かみよりないいありてうちさかをもってなにぶんにもびょう
中 故 お相 申 され春残 念 なる事 なりと
ちゅうゆえおあいもうされずざんねんなることなりと
廿 五日 天 氣家老 用 人 よりも各 \/挨 拶
にじゅうごにちてんきかろうようにんよりもおのおのあいさつ
ありて明 後日 ハ出 立 せんと春
ありてみょうごにちはしゅったつせんとす
廿 六 日 天 氣藩 中 能人 か王る\/ 参 リ夜 ニ
にじゅうろくにちてんきはんちゅうのひとかわるがわるまいりよるに
入 内 坂 ヘ暇 乞 ニ参 ル亦 々 酒 肴 出し馳走
いりうちさかへいとまごいにまいるまたまたしゅこうだしちそう
(大意)
略
(補足)
「二十五菜」、『にじゅう‐ごさい〔ニジフ‐〕【二汁五菜】. の解説 ... 本膳料理の標準的な膳立て。本膳と二の膳にそれぞれ汁と菜2品ずつ置き、別の膳に焼き物を置いたもの』。本当に土地のものいろいろな料理が25皿も並んだのかとおもいきや、「氵」を忘れたようです。
「白銀三枚外尓金三百疋」、白銀(江戸時代,白紙に包んで贈答用に用いた楕円形の銀貨。通用銀の三分にあたる)一枚は0.7両とあったので、2.1両。また、一分=金100疋とあったので、1両=4分。合計すると3両ほどか。
「廿五日」、天明8年九月廿五日。1788年10月24日。
「暇乞」、いつもながらこれだけなら読めません。しかし何度も目にしているので大丈夫。
当時の接待の様子がわかり、貴重な場面です。
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