2025年4月1日火曜日

江漢西遊日記三 その33

P33 東京国立博物館蔵

(読み)

の如 し樵夫 ニ之 を聞 ハ何 レ能時 作 リ多る者

のごとしきこりにこれをきけばいずれのときつくりたるもの


ニヤ知ル者 ナシあな多能方 ニハ二間 三 間

にやしるものなしあなたのほうにはにけんさんけん


一 枚 石 を以 テ造 ル者 多 し之 を塚 と申  なり

いちまいいしをもってつくるものおおしこれをつかともうすなり


爰 ハ大 路 と申  所  なりとぞ夫 ヨリ十  余町

ここはおおみちともうすところなりとぞそれよりじゅうよちょう


行キ寺 アリ観 音 堂 アリ瀧 ハ埒 もなき只

ゆきてらありかんのんどうありたきはらちもなきただ


谷 ノ流 レなり又 あとへ帰 り藤 井と云 間 ノ

たにのながれなりまたあとへかえりふじいというあいの


宿 尓泊 ル爰 ヨリ備前 岡 山 ヘ二里と云 播

やどにとまるここよりびぜんおかやまへにりというばん


州  までハ京  ニ属 して人 の物 云 事 此

しゅうまではきょうにぞくしてひとのものいうことこの


備前 ニ入 と江戸能音 ニなりぬ彼 ヒロイシ

びぜんにいるとえどのおんになりぬかのひろいし


茸 を吸 物 として其 夜酒 を呑 个り宿 尓

たけをすいものとしてそのよさけをのみけりやどに

(大意)

(補足)

「あな多能方ニハ」、『遠称の指示代名詞。《彼方》㋐ 遠くの方・場所をさす。あちらのほう。むこう。かなた。「山の―」「―の岸に車引立てて」〈更級日記〉』

「藤井」、地図の右上。

 お城の絵のある「松平上総介居城」が岡山城。どうしてこの名前なのか不明です。

 備前に入ると、言葉が江戸と同じ調子になるとありますが、どうなのでしょうねぇ。

 

0 件のコメント:

コメントを投稿