2020年1月31日金曜日

豆本 浦島物がたり その5




 P.4

(読み)
者いを奈し
はいをなし

奈ミの
なみの

うちへ
うちへ

いり尓
いりに

个り
けり

うらしま
うらしま

多らう
たろう

あやまつて
あやまって

うミ尓
うみに

おちいり
おちいり

しと起
しとき

多ちまち
たちまち

おゝき奈る
おおきなる

可めあらわれ
かめあらわれ



(大意)
(感謝の)お辞儀をして
波の中に入っていきました。
(あるとき)浦島太郎が誤って海に落ちてしまったとき
たちまち大きな亀があらわれ


(補足)
 まるで半魚人!顔?頭?は魚でしょうけど、どこがどうなっているのか、黒と朱で輪郭線が描いてありますが、なんとも不気味です。

 朱色の珊瑚樹はわかりますが、背景の3つは何でしょうか。六角形の柄のは壺みたい。

「者いを奈し」、拝(はい)をなし。頭を下げて敬意を表すこと、拝(おが)むこと。
「奈ミの」、「うミ尓」、「み」は徹底して「ミ」です。
「た」も徹底して変体仮名「多」(「さ」の横棒がないもの)です。
「な」についても同様で、変体仮名「奈」。

 人物(半魚人)以外は、なんとなく雑です・・・


2020年1月30日木曜日

豆本 浦島物がたり その4




 P.3

(読み)
者奈し
はなし




里け連バ
りければ

可女ハ
かめは

うれし
うれし

可゛りミ
が りみ

多び
たび



(大意)
放してやったところ
亀は喜び
三度


(補足)
「者奈し」、「は」の変体仮名「者」は「す」+「て」のような感じ。
「可女ハ」、「め」を変体仮名「女」にしましたが、ほとんど「め」です。「尓」にちょっとにてます。

 P2P3見開きです。



 ちょっと雑な感はまぬがれません。空がつながってない、竜宮がどこか寂しく旗の赤色がずれている、竿をもう少しつなげてほしい、波が雑、・・・など。

 しかし、亀の表情や甲羅の描き方は良いし、亀の尾も量感質感ともにふさふさ。
これを中心にしたので、他は手抜きだったのかもしれません。


2020年1月29日水曜日

豆本 浦島物がたり その3




 P.2

(読み)
どりの可へり
どりのかえり

さとのひとおゝ
さとのひとおお

き奈る可女を
きなるかめを

とらへうちころ
とらへうちころ

さんと奈せしを
さんとなせしを

ぜ尓越
ぜにを

毛つてこれ
もってこれ

をつく
をつく

のい
のい


(大意)
(漁の)帰りに、里の人が大きな亀を捕らえ
打ち殺そうとしているところに出会いました。
銭を出してこの亀を買い取り、


(補足)
 画面の半分近くをしめる、薄茶色のものは何でしょうか?
浦島太郎の腰箕?、亀の尾?

「き奈る可女を」、「る」は今までたくさん出てきました。一画目の横棒がないような形ですが「つ」の最後をくるっと丸くした形としても似ています。

浦島太郎の後ろ姿、どの輪郭も直線でまとめられています。

「つくのい」→「つぐのふ」→「つぐなう(償う)」、埋め合わせをする。弁償する。


2020年1月28日火曜日

豆本 浦島物がたり その2




 P1

(読み)
こゝ尓
ここに

者゛ん
ば ん

志う
しう

た可
たか

さご
さご

のうら
のうら




多らう
たろう

といふ▲
という


▲里やうし
 りょうし

あり
あり

あるひ
あるひ

春奈(どりの)
すな



(大意)
播州高砂の浦に太郎という漁師がいました。
ある日、漁の


(補足)
 この豆本の摺りは全般に色が薄く、かすれたような色合いです。
木版ですので、あとになればなるほど、版木が疲れてきてかすれてきてしまいます。

 また、この絵師(竹内栄久(たけうちえいきゅう))のこの豆本での特徴は、輪郭線が直線的なことがあげられます。

 でだしから、悩んでしまいました。「こゝ尓」と書いてあるのでした。
「者゛ん」「志う」、ばんしゅうです。
「多らう」、たろう。
「里やうし」、りょうし。
「春奈どり」、漁る。訓読みにすると(すなど)る、(いさ)る、(あさ)る、となります。
「すなどる」は現在ではほとんど見も聞きもしない言葉になりました。

 播州高砂というと、まずはじめにあたまにうかぶのは、謡(うたい)や能(のう)の「高砂」です。結婚式などで〽た〜か〜さ〜ご〜やぁ〜〽というあれです。
歌詞の内容は、長寿や夫婦愛をめで人世を言祝ぐ、大変に目出度いものです。
この浦島物がたりも目出度い部類に属するお話となります。

 沖に見える4,5本の白いものは白帆
ふたりとも足がなんか妙です。漁師の前掛け、現在では鵜飼の漁師がしてます。
また両人とも肌色の目の隈取があります。それに顔の描写が単純です。
亀をいじめている人の右の手のひらと石?は色付けの失敗か手抜きかもしれません。

 砂浜の黄色、海の青、空が赤、この赤は「明治赤絵」の影響でしょう。
今まで高価だった赤の顔料が、開国して外国から安く入ってきて盛んに用いられるようになりました。



2020年1月27日月曜日

豆本 浦島物がたり その1




 表紙

(読み)
浦 島 物 可゛た里
うらしまものが たり

(大意)



(補足)
 知らぬ人はいないだろう浦島太郎のはなし。
竜宮の乙姫、見上げる浦島太郎。
乙姫は軍配のような扇を持ち、髪の毛は龍のしっぽのよう、豪華な赤珊瑚のかんざし。
太郎は口をムの字に引き結び、釣り竿を肩に、二人の目の形は全く同じです。

 ラベルを豆本の題名にかぶせて貼ってしまうなんて最低。もう1cm左にずらせればよかったのに。

「が」は変体仮名「可」に「゛」。
「た」がよく使われる『「さ」の横棒なし』ではなく、ひらがな「た」になってます。
「り」が変体仮名「里」。

 大きさは11.8cm✕7.6cmで手のひらサイズです。
明治13年12月10日刊。

参考に色見本です。






2020年1月26日日曜日

豆本 猫のはなし その20




 奥付

(読み)
御届明治十八年六月一日
おとどけめいじじゅうはちねんろくがつついたち

編輯
へんしゅう

画工兼出板人
がこうけんしゅっぱんにん

東京日本橋區 定價壹錢五厘
とうきょうにほんばしく ていかいっせんごりん

馬喰町二町目七番地
ばくろうちょうにちょうめななばんち

佐藤新太郎
さとうしんたろう



(大意)


(補足)
 奥付(おくづけ)です。
明治18年は1885年、このときはもう現在の暦と同じです。現在が2020年ですから135年前です。

出板はもちろん出版ですが、「板」のほうが木の板を彫って刷ってるっていう感じがあります。

定価1錢5厘は現在ではおよそ500〜600円程度でしょうか。

「絵草紙屋 江戸の浮世絵ショップ」鈴木俊幸 平凡社、には江戸時代の庶民の本屋さんの様子が詳しく描かれています。
P.242にはおそらく明治22年、23年頃の絵草紙屋さんの店先の写真が掲載されています。
またこの時期以降、木版(錦絵)から石版画へ移行してゆくとあります。
無断掲載で申し訳ありません。



 この豆本もこんな店先で販売されていたのかもしれません。

2020年1月25日土曜日

豆本 猫のはなし その19




 P.12

(読み)
らハ
らは

ミ奈
みな


みな

そ多゛ち
そだち

それゝの
それそれの

うちへ
うちへ

可ハれけり
かわれけり

めで多し
めでたし


めでたし


めでたし


(大意)
たちは皆ゝ育ちそれぞれ、
家へかわれてゆきました。
めでたしめでたしめでたし。


(補足)
「そ多゛ち」、「そ」が「二」にみえます。
「め」は「女」。

 この「猫のはなし」ははじめて読んだのですが、なんともおかしくもあり、現代にあっては変に現実感があるはなしになってます。気分はあまり「めでたしめでたし」ではありません。


2020年1月24日金曜日

豆本 猫のはなし その18




 P.12

(読み)
尓可いより
にかいより

おち
おち

その
その

まゝ
まま




きハ
きは

多へ
たへ

け連
けれ

者゛おこ満おつと
ば おこまおっと

のか多起
のかたき

志びよく
しびよく

とりと
とりと

ら可゛こども
らが こども


(大意)
二階より落ちて、そのまま息絶えてしまいました。
おこまは夫の仇を首尾よくとることができ、
とらの子ども


(補足)
 背景が無地の和紙の白となってるのはこの頁だけです。
二匹(二人?)とも家にもらわれていく子どもたちとおもったのですが、そうではないようです。

 左側の子どもは羽織袴の正装で、紋が鈴になってます。
右側は左のご主人様の従者の様子で箱を背負ってます。

 最後まで読んでも、なかなか当時のテニヲハに馴れることはできません。

「か多起」、「か」はほとんどが「可」なのに、ここではひらがな「か」。どのように使い分けているかが本当に不思議です。

「志びよく」、「しびよく」は「しゅびよく」。

「とりと」「ら可゛こども」、最初の「と」はあきらかに「こ」とはことなりますが、「と」と「こ」の違いは微妙。



2020年1月23日木曜日

豆本 猫のはなし その17




 P.11

(読み)
つけねらいゐるうちあるよ
つけねらいいるうちあるよ

おこ満ハおくい満△
おこまはおくいま

△尓
 に

ねづミ
ねずみ

をとり
をとり

てじや●
てじゃ

●らして
 らして

いるとこ
いるとこ

ろ尓くぞう
ろにくぞう

ハせうべん尓いくとて
はしょうべんにいくとて

尓可いのあがりくちへきて○
にかいのあがりくちへきて

○この
 この

あり
あり

さ満をミて
さまをみて

めを
めを




ハし
わし



(大意)
つけ狙っていると、ある夜おこまは
奥居間でねずみを捕まえ、じゃらしているところへ
にく蔵が小便にゆくため二階の上り口へ来ました。
この有様をを見て目をまわし


(補足)
 文章がアチラコチラですが、一行目が長くつづいて△から右上△へ、障子のところ4行目●からすぐ右上の●へ、そのままつづけて○から右下階段のところの○です。絵がやや込み入っているので文章を書くことができるところを探して大変です。

「つけねらいゐるうちあるよ」、この豆本で「ゐ」は初めてです。「る」について他の箇所でも同じなのですが、最初の横棒がなく左斜め下に書いてからくるっとまわる形になってます。ここでも2箇所に「る」がありますが、そのような形になってます。

「てじや●」「●らして」、「じゃらして」ですが、わかってしまえばなんでもありませんけど。
「いるとこ」、「と」がかすれてわかりにく。

「ろ尓くぞう」、この「尓」は助詞の「に」ではなく、「にく蔵」の「尓」。

「ハせうべん尓いくとて」、「せうべん」は「小便(しょうべん)」、ここの「尓」は助詞の「に」。

「尓可いのあがりくちへきて」、「尓可い」は「二階」ですが、字面からはそんな感じはこれぽっちも伝わらない。

「ま」の変体仮名が気になって、再度ネットで調べました。
「満」のこの形が似ていそうです。「る」の最初の出だしの横棒がなく書き出して、最後のクルッと回るところが2周します。



 とてもしっかりして頑丈な上り口です。使っている材は厚みもあり上等なものです。
また上り口左側の格子の桟も必要以上に頑丈に組んであり、丁寧に描かれています。

 にく蔵の着物が、石を投げつけたときのものとはことなってます。
目を回しておっとっとの姿勢が危うくて、歌舞伎の見栄を切っているよう。

 P10P11の見開きです。



 こうしてみると、妖怪おこまに出会って驚いている様子のほうがピッタシ。
二階上り口の板の間は見開きでつながってますが、おこまのいる座敷とにく蔵の座敷がつながっていません。うっかり間違えてしまったのでしょう。




2020年1月22日水曜日

豆本 猫のはなし その16




 P.10

(読み)
おと
おと

ろき
ろき

どう
どう

可゛な
が な

して
して

可多きをとらんと
かたきをとらんと

くろふをしている
くろうをしている

うち多万ひめ
うちたまひめ

い奈りの
いなりの

お可げ尓て
おかげにて

すへひろやへ
すえひろやへ

可いこまれ
かいこまれ

あさいふ可多起を
あさゆうかたきを


(大意)
驚き、どうにかして敵を取ろうと苦労していると
玉姫稲荷のお陰で、末広屋の飼い猫になりました。
朝夕敵を


(補足)
 文章がかすれ気味で背景が青のふすまのため読みづらくなってます。
「おと」「ろき」、次は「どう」「可゛な」「して」と濁点が付いているのに、
どうして「おどろき」としないかが不思議です。

「どう」「可゛な」(どうがな)、『副詞「どう」に願望を表す助詞「がな」が付いたもの』とあります。どうにか、なんとか。

「可多きをとらんと」、「くろふをしている」「を」がふすまの横しまに重なり読みづらい。

「可いこまれ」、「ま」の最後のクルッとまわるところが不明瞭。


 おこまは前の頁と同じ紫色の着物を着て、捕まえたネズミをくわえています。
なんとも奇妙な絵で百年の恋も瞬時に冷めてしまいそう。妖怪の類、半歩前。

 ついたての絵柄は花札、行灯はなかなか豪華です。


2020年1月21日火曜日

豆本 猫のはなし その15




 P.9

(読み)
●さり尓
 さりに

けりあとへ
けりあとへ

をこまハ可けつけ
おこまはかけつけ

このありさ万を
このありさまを

ミて
みて


(大意)
去って行きました。
あとへおこまはかけつけ
この有様をを見て


(補足)
「をこまハ可けつけ」、「おこま」の「お」が「を」になってます。「ま」の中程が細く切れているので二文字に見えてしまいます。

「赤」の色がどの頁でも使われています。この豆本は明治18年刊です。明治になって海外から安価な赤の染料が利用できるようになりました。明治赤絵などとよばれ赤を多用した錦絵が多数制作されました。この豆本でも着物・椿・行灯・ついたてなどに多用されています。


2020年1月20日月曜日

豆本 猫のはなし その14




 P.9

(読み)
いし越とつて奈げ
いしをとってなげ

つけ个連バ
つけければ

あや万多春゛△
あやまたず

△とら
 とら

可゛ミ
が み

けん
けん

尓あ多
にあた

里け連バ
りければ

そのまゝ
そのまま

いきたへ个り尓くざうハさ可奈
いきたへけりにくぞうはさかな

を可ご尓いれ者奈う多う多つて●
をかごのいれはなうたうたって


(大意)
石をとって投げつけたところ、ねらいどおりに
とらの眉間にあたって、そのまま息絶えてしまいました。
にく蔵は魚を籠に入れ、鼻歌を歌って


(補足)
「いし越とつて奈げ」、「い」の二画目がそのまま「し」につながって、さらに「越(を)」にながれているので、スラスラとは読めません。「と」がわかりにくく、「つ」と「て」も重なってこの箇所も読みにくい。
「つけ个連バ」、「け」の変体仮名「个」、このあとにも出てきます。

「あや万多春゛△」、「あやまたず」(過たず)、過(あやま)ちなく。変体仮名が続きます。
段落は△に従って、左上につながります。

「里け連バ」、ここの「け連バ」は、二行目の「つけ个連バ」と文字の並びが同じですが、仮名遣いが異なってます。

「いきたへ个り」、他の箇所ではひらがな「け」でしたが、先程も出てきました変体仮名「个」、上矢印(↑)ではありません。


 P8P9の見開きです。


 文章にはにく蔵が石をとって投げつけてとらの眉間にあたったとありますが、絵は首根っこを押さえつけ打擲(ちょうちゃく)しています。
おこまは取り乱し何か言葉をとらに投げかけている様子。
左下に、にく蔵の遊んでいた独楽が青魚と並んでころがってます。


2020年1月19日日曜日

豆本 猫のはなし その13




 P.8

(読み)
こ万を
こまを

まハし
まわし

いる由えとらハ
いるゆえとらは

可のかごの
かのかごの

さ可奈を
さかなを

く王い
くわい

尓げんと
にげんと

春ると
すると

ころを
ころを

者やく毛
はやくも

尓く
にく







ハミつけ
はみつけ



(大意)
独楽(コマ)をまわして遊んでいましたので、とらは
そこの魚籠の魚をくわえて逃げようとしたところ、
すばやくにく蔵はそれを見つけて


(補足)
 文字がかすれているところがあったり、旧仮名遣いや変体仮名が不規則でわかりづらくなってます。

「ま」の変体仮名には「万」「満」「末」があります。いままでは「満」にしてきましたが、ここでは「万」のようにみえます。おこまとひっかけたわけではないでしょうが、もしかしたらそうなのかもしれません。

「まハし」、じっと見ても最初はわかりませんでした。「ま」の縦棒がかすれてます。「し」がほとんどかすれてしまってます。

「いる由え」、この「え」はいままでは「へ」と記されていたような気がします。

「可のかごの」、「可」は「う」にちかいとはいえ、ここのはもう「う」そのもの。そして次の「かご」の「か」は現在の「か」と同じです。

「く王い」(くわい)、「わ」の変体仮名「王」です。

「春ると」「ころを」、「春」は「す」+「て」。「と」の一画目の「丶」が見えないので悩みます。次の「こ」が「と」に見えてしまいます。

「者やく毛」、「者」(は)は「む」の後半が流れた感じ。「や」は「也」。「く」はかすれてます。

「ハミつけ」、「ミ」が左下がりになっているので悩みます。「み」は「美」「見」がありますが、ことなるくずし字かもしれません。


 にく蔵のまわしているコマが描かれてませんが、次頁に出てきます。
とらの首根っこを押さえつけ、にく蔵は眉間にシワをよせ折檻しています。当時の丁稚の髷や着物の様子がわかりますが、白足袋に品のよさそうな草履は、なかったとおもいます。

 とらの仕業で、魚籠から飛び出した魚が散らばってます。鰹節にみえないこともない。籠の網目はちょっと手抜き。




2020年1月18日土曜日

豆本 猫のはなし その12




 P.7

(読み)
志奈多
しなた

本゛つこ越
ぼ っこを

志奈可゛ら
しなが ら

おこ満
おこま










をまつているうち
をまつているうち

春えひろやの
すえひろやの

でつち尓くざう
でっちにくぞう

といふい多づらもの
といういたずらもの

つ可いものゝさ可奈
つかいもののさかな

可ごをそ者゛尓を起
かごをそば におき


(大意)
日向ぼっこをしながらおこまの来るのを待っていました。
そうこうする内、末広家の丁稚にく蔵といういたずらものが
お使い物の魚籠をそばに置いて、


(補足)
 でだしから、なかなか読むのが難しい。

「志奈多」「本゛つこ越」「志奈可゛ら」、わかってしまうと
「日向ぼっこをしながら」となりますが、変体仮名のオンパレードで一字一字確かめながらでないと読めません。

 何度か同じ例がでてきてますが、「ひ」と発音するところが、文字にして記すときも「し」になってます。わたしの思い込みで、書き言葉では「ひ」と記していて、読むときに「し」と発音するものとおもっていました。
「を」の変体仮名「越」です。

「をまつているうち」、少し不鮮明なところもあって悩みます。

「春えひろやの」、でだしが「す」+「て」ですので、「春」の変体仮名「す」。

「尓くざう」、旧仮名遣いなので「にくぞう」は「にくざう」。

「そ者゛尓を起」、「おき」であるところが「をき」です、旧仮名遣い?

 背景の障子が丁寧に描かれています。
障子の桟が黒線の奥になるよう薄茶色で立体的にされてますが、意図的にしているのならたいしたものです。

 こまにかばわれている子猫の顔、目鼻口がいまひとつ。


2020年1月17日金曜日

豆本 猫のはなし その11




 P.6

(読み)
△ぜひ奈く
 ぜひなく

ま多ゝ
またまた

この
この

と□


□ころ
 ころ

を多
をた

ちの紀
ちのき




こ満
こま

ハ王が
はわが

こ尓
こに

いと満ごひをせんと
いとまごいをせんと

あとにのこりとらハ
あとにのこりとらは



(大意)
仕方なく、またまたここを立ち退き
おこまは我が子に別れを告げ出てゆきました。
あとに残ったとらは


(補足)
 くまの体のまわりに文章がまとわりつくように書かれていますので、文章の句切りはデタラメになって、とらの左足先には一行一文字「お」だけです。

「あとにのこり」、ここの「に」はひらがなにも見えますが「仁」ではないでしょうか。


 とらに足蹴にされながら、それにしがみつくくまのこの身の構え、じっとみていたらひらめきました。
歌舞伎役者が見栄を切るときの構えそのものではないですか。
左足を立て膝に、上にあげた足をダンと前に出し、右足はおしりの下にもってきて、腕を回して見得を切る口上の直前の構えです。

 うーん、それにしてもくまは不心得者なんていうなまやさしい者ではありません。
駆け落ちして子どももある幸せなこまととらの所帯を探し出して、こまを無理やり連れてゆこうとするのですから、性根の腐ったとんでもない奴、すぐにでもしょっぴいて牢屋へぶちこめねばなりません。しかし、こまは子どもたちに暇乞いをして、身を隠してしまいます。
いやはやなんとも・・・



2020年1月16日木曜日

豆本 猫のはなし その10




 P.6

(読み)
ふ多り可けおち
ふたりかけおち

せしゆへく満ハ
せしゆへくまは

むねん尓おもひ
むねんにおもい

志よゝ 本ふゞ
しょしょほうぼう

を多づね
をたづね

ある紀こゝ
あるきここ

尓ふ多り
にふたり

いるゆへこら
いるゆへこら

へ春゛いり◆
へず いり

◆おこ満
  おこま

をむ
をむ

多ひ尓
たいに

つれ
つれ

ゆ可んと
ゆかんと

せし
せし

ゆへ△
ゆへ


(大意)
二人は駆け落ちしてしまっているので、
くまは悔しくおもっていました。
くまはあちらこちらと訪ね歩き、あるところで二人を見つけ
我慢ができすにおこまを無理やり連れて行こうとしました。
そのため


(補足)
 ここはまずP6P7見開きを見ましょう。



 中央両手を振り上げ、蹴り上げようとしているのはとら、その左足に右手をまわし組み付いているのが横恋慕のくま、こまはとらの後ろで子どもをかばいつつ小さくなっています。
激しい怒号がきこえ、ドタバタと荒々しい場面です。

 右端には子どもが丸くなって騒ぎなど関係なさそう。くまの左足たもとから白いおしりに短いしっぽのようなものが見えてますが、どうしてしまったのでしょう。

 P4でもとらの首周りに蛇腹のような折りたたんだ物がありましたが、ここでも同じものが描かれています。

 最初の文章は右上ふすまに書くようにしています。この部分のおしまいに「◆」があり、中段の「◆おこ満」に続き、「ゆへ△」で次の「△ぜひ奈く」になります。

「志よゝ本ふゞ」、所々方々ですが、一読してすぐにはわかりません。
「ある紀こゝ」、「むねん尓おもひ」、「おこ満」、「あ」と「お」を比較すると、大きな「丶」があるかないかくらいの違いでしょうか。
「へ春゛いり」、「へ」の下のくずし字が何かとおもったのですが、
「す」の変体仮名「春」に「゛」がついたものです。
「春」のくずし字は「す」+「て」のような感じ。

 右中段の子猫に赤色があります。
他の赤色のある部分を見ると、どの箇所もずいぶんと乱暴です。
子猫の赤は摺りミスでしょう。


2020年1月15日水曜日

豆本 猫のはなし その9




 P.5

(読み)
とう
とう

より
より

おこ満
おこま

尓こゝろを
にこころを

加けいく
かけいく

たびと奈く
たびとなく

くどけどもとらと
くどけどもとらと

ふ可い奈可奈れ者゛
ふかいなかなれば

いつもふりつけて△
いつもふりつけて

△いる由へく満ハこゝろよ可らぬうち尓
 いるゆへくまはこころよからぬうちに



(大意)
 以前よりおこまが気に入っていて
何度も口説いていたですが、おこまはとらと深い仲でしたので
いつも嫌ってふっていて、そのことをクマはこころよくおもっていませんでした。


(補足)
「とうより」、「疾うより」。早くから。普段会話で使うとき「とっくに」がありますが、それは「とうに」がなまったもの。または「とっくの昔」としても使いますがこれも「とうの昔」。

 この場面ちょっと話が、わたしだけかもしれませんが、わかりにくいです。
こまととらが深い仲で、それにかまわすくまがずっと前より横恋慕していたのですが、こまはくまが寄ってきても「しゃぁーっ」と嫌って、振り続けていたというはなしです。
 こまを大好きでたまらないくまはそうされつづけて気分はよくありません。くまの知らないあいだに二人は駆け落ちして居所が不明になってしまいました。

「加け」、このくずし字は「加」だとおもいます。ほとんどが「可」ですので、めずらしい。
「くどけどもとらと」、この行の「と」は一画目の「丶」が摺り不足でわかりずらい。

「△」、左上から右下につながります。黄表紙のお化物・妖怪ものなどを読むと、文字もおばけみたいでどこからどこへ読んでよいかわからないくらい、文字だらけの本も多数あります。

ざるかごに子猫たちをいれ母親のこまが、どこかイライラし、口を半開きにした表情で何かいいきかしています。こまもとらも駆け落ちしているときの着物と異なっています。
ざるを透かして、子猫やこまの膝などが線だけでしか描かれていません。手を抜いたのですね。

 両ページの見開きです。



 ざる部分は手抜きですが、絵の構図はにくいなとおもいます。
間仕切りを中央に大きくもってきて、こま側は表に椿のような大きな花を描き、とらの方は裏になりますが、そこにふすまに書くように物語を記しています。
この間仕切りがなかったら、夫婦仲良く子どもたちをあやしているだけの絵になってしまいます。


2020年1月14日火曜日

豆本 猫のはなし その8




 P.4

(読み)
せ多いを毛ち
せたいをもち

いつ可こどもゝ●
いつかこどもも

●あま
  あま




て紀
でき

ふ多
ふた

里奈可
りなか

よくくらして
よくくらして

いるうちこゝ尓ま多
いるうちここにまた

ごん本志゛りのく満といふねこ
ごんほじ りのくまというねこ


(大意)
世帯をもち、いつか子どももたくさん生まれました。
二人仲良く暮らしているうち、ここにまた、
ごんほじりのクマという猫が


(補足)
 父親のとらがあぐらをかき、ドテラみたいのを着て、子どもを懐に入れあやしています。
子猫は父親似なのか、父親は左耳ですが、右耳のところに同じような黒模様があります。
とらの首周りのうしろの白い、半紙を折ったようなのは何でしょうか?

 文章は、仕切りのついたてに書いたようになってます。

「せ多いを毛ち」、左隣の行の同じ位置にひらがなの「も」がありますが、それとくらべてもここのはひらがなの「も」にはみえません。なので「毛」の変体仮名としましたが、うーん?

二行目行末の●は、左斜め上の●につながる印。

「あま」、摺りが不明瞭で、よくわかりません。
「ごん本志゛りの」、意味は不明ですが、文章の流れから「心がけの良くない、遊び人」の意?


2020年1月13日月曜日

豆本 猫のはなし その7




 P.3

(読み)
多可゛い尓うちを
たが いにうちを

奴けい多゛し
ぬけいだ し

とうゝ 山 の
とうとうやまの

てのへん尓
てのへんに

可けおち
かけおち

して
して


(大意)
互いに家を抜け出て
とうとう山の手のあたりに
かけ落ちをして


(補足)
 講釈師がリズムよく語り進み、ぺぺんぺんぺんとハリセンと扇子で調子を取る音が聞こえてきそうです。

ここの「尓」は、ほとんど筆記体の「y」。
「多(た)」の変体仮名はおもしろい形です。「さ」の横棒をなくした形にちかいかな。
ひらがな「た」は「太」が崩れたものです。

「とうゝ山の」、「てのへん尓」、JRの山手線(やまのてせん)は、1945年〜1971年までは「やまてせん」と呼ばれてました。敗戦して日本を占領したGHQの指示と言われてます。何はともあれ、昔からの読み方に戻ったのは嬉しいことです。


 P2,P3見開きです。



 画面の8割をしめる黄色い雲のような部分から駆け落ちするこまととらの投げかける視線は、夜半の二階の窓から見送るおこみさんの視線とぶつかります。その視線同士がぶつかるあたりにおこみさんの手燭があり、暗がりの中、見えなくなるまで照らし続ける明かりが揺らぎながら全体をまとめています。吹き出しのように黄色い雲のようなものは揺らぐろうそくの灯りなのでしょう。


2020年1月12日日曜日

豆本 猫のはなし その6




 P.3

(読み)
とても
とても

この
この

とこ
とこ

ろ尓
ろに

てハ
ては

ふ多
ふた

里い
りい

つ志
っし

よ尓
ょに

ふう
ふう

ふ尓
ふに

奈る
なる

こともて紀奴由へあるよひそ可尓
こともできぬゆえあるよひそかに


(大意)
とてもこのところでは二人一緒に夫婦になることもできないので
ある夜、ひそかに


(補足)
 あわただしい雰囲気がなんともおかしく、いいなぁ~~。
こま「おこみ姉さん、ゴメンナサイ・・・」、
とら「きっと、きっと、こまをしあわせにしやすから・・・堪忍してくだせぇ」。
二人はおこみ姉さんのほうをふりかえりつつ、いそぎます。

 こまととら、顔形がそっくりで、色柄も同じです。似た者夫婦。
とらは紺の縦縞の着物に帯、刀を差して、裾を端折り、こまは赤い振り袖、手ぬぐいを頬被りし端を口でくわえる仕草、二人相携えイザかけ落ちです。
にゃんこなので足は裸足です。

 一行二文字づつが続きます。
1行目「とても」、「と」が「こ」にも見えてしまいますが、
2行目「この」、「こ」が「と」に見え、わかりずらく、
3行目「とこ」とふたつ連続すると、ようやく、出だしの一画目で区別できそうです。しかし、文章のながれの意味からどちらかなのかきめるのがよさそう。

「ふ多里いつ志よ尓」、こうして一行にするとすぐにわかりますが、二文字ずつでは大変。

「ことも」、3行目では「とこ」でしたが今度は逆で「こと」。
「て紀奴由へ」、「て」に濁点がありませんけど。「ゆ」、筆の流れをみると「ゆ」になってます。

文章のリズムが、声を出して読むと、「タタタッ、タタタッ、タタタッ・・・」になってます。


2020年1月11日土曜日

豆本 猫のはなし その5




 P.2

(読み)
あさ
あさ

いふ
ゆう

ひざの
ひざの

うへを
うえを

者奈
はな

さね
さね

者゛



(大意)
朝夕膝の上にのせて離してくれないので


(補足)
「あさ」、「あ」の一文字分右側離れたところに「丶」がありますが、何でしょう?

 この豆本の価格は1銭5厘です。
当時のかけ蕎麦、盛り蕎麦の価格が1銭程度でしたから、現在の感じではこの豆本は約600円というところでしょうか。
 現在は色とりどりあらゆる本が販売されているので比較はできませんが、手頃な価格でそこそこ楽しめ、貸し借りも簡単にできそうです。それなりに人気はあったような気がします。


2020年1月10日金曜日

豆本 猫のはなし その4




 P.2

(読み)
かつぶしやのいんきょの
かつぶしやのいんきょの

志さうねことらといふ
しそうねことらという

ねこといつ可ふ可いなか
ねこといつかふかいなか

とハなりた連ど可ハひ
とはなりたれどかわひ

がら連て
がられて


(大意)
鰹節屋の隠居の秘蔵猫、とらと言う猫と
いつか深い仲になってしまったのですが、
可愛がられて、


(補足)
 二階の窓から手燭をかざして逃げ去るこまを見つめているのはおこみさん。
「しあわせにおなり・・・」とささやいていそう。

 旧かな遣いで文章はわかりずらいです。
「志さうねこ」、秘蔵(ひぞう)猫。「ひ」を「し」と発音するのは江戸っ子ですが・・・
「ねこといつ可ふ可いなか」、「と」の一画目がとんでしまっています。その前の行の行末の「と」も同じです。「可」が三つありますが小さくてわかりにくい。
「とハなりた連ど可ハひ」、ここの「と」はちゃんと一画目があります。変体仮名「多」ではなくひらがなの「た」を使ってます。次の「れ」は変体仮名「連」です。次行の「連」も同じ。
「ハ」が二つあります。最初は助詞「は」ですが、次の「ハ」は旧い表記。

猫の大好物、鰹節屋というのがいいですね。

このページでは、こまの振り袖が手燭の明かりで見えています。



2020年1月9日木曜日

豆本 猫のはなし その3




 P.1

(読み)
こゝ尓
ここに

さる
さる

志んミち尓
しんみちに

可こひも
かこいも

のゝ
のの

おこミと
おこみと

いふものゝ
いうものの

うち尓こ満と
うちにこまと

いふて可゛いの
いうてが いの

ねこそのと奈り尓
ねこそのとなりに


(大意)
ここのさる新道に、囲い者のおこみという家に、こまという猫が飼われておりました。
その隣の、


(補足)
「しんみち」、新道。町家のあいだの細い道。小路。
「かこひもの」、囲い者。別宅などに住まわせておく女。妾(めかけ)。

助詞「尓」(に)が文章の区切りの目安になりますが、他はこれといった句切りはなく、前後を読みながら予想しなければなりません。

「ミ」(み)、なぜかはわかりませんが、「み」はカタカナ「ミ」がほとんどです。

猫の首にある、赤紐と鈴は、見返しの松にぶら下がっていました。

おこみさんの雰囲気がどことなく地味なのは気のせいでしょうか。
こまは両手をおこみさんの腿にのせ、にゃぁ~とないてるようです。


2020年1月8日水曜日

豆本 猫のはなし その2




 (表紙裏)見返し

(読み)
明治十九年十二月十四日            内 務省  交 付
めいじじゅうきゅうねんじゅうにがつじゅうよっかないむしょうこうふ

1947(削除一本線)  1958


(大意)



(補足)
 明治19年は西暦1886年、このときにはもう太陽暦なので日付はそのままです。
わたしの曾祖父さんは明治4年生まれでした。

 絵のど真ん中の丸印、「TOKIO」のようにも見えますがわかりません。

黒塀とその上の竹の柵は猫よけ?泥棒よけ?
松の枝から、鈴のついた赤い紐が垂れ下がっています。松の枝ぶりからするとかなり大きい。
神社のお賽銭のところにある鈴と紐のよう。
土蔵の壁の「左回り矢印」のような屋号はなんでしょうか。

塀(黒)、竹柵(黄)、紐(赤)と鈴(黄)、松(黄と緑)、蔵壁(白)、空(青)
日本の伝統的な色遣いです。
和食盛り付けの基本色でもあります。



2020年1月7日火曜日

豆本 猫のはなし その1




 表紙

(読み)
猫 の者奈し
ねこのはなし

(大意)
猫のはなし


(補足)
 この豆本で目にするまで、知らない昔話でした。
昔話は動物を擬人化する展開のはなしが大変に多いです。
鳥獣戯画の例を出さずとも伝統芸といっても良いくらいです。

 この本は猫。
「吾輩は猫である」は1905年(明治38年)に『ホトトギス』に発表されましたが、
これら日本の伝統芸にのとった作品といえなくもありません。

 右側の色見本と定規で表紙の様子がわかります。
錦絵の摺り表紙です。
猫の顔は人間がお面を付けているのではなく、猫です。
男はホッカムリ(頬被)をして、見上げる女は遊女姿。
手がちゃんと猫手になっているのがかわゆい。

和綴じの糸コヨリに色がついてますが、白では目立ってしまうための配慮でしょうか。


「は」は「者」のくずし字、変体仮名は「す」のように書き出して、途中から「む」のような感じ。
「な」は「奈」。
「し」は、その直前の字を包み込むように書く。

 ラベルをにゃんこの左耳のところに貼ってしまうそのとんでもなさに呆れイライラします。


2020年1月6日月曜日

豆本 昔咄し花咲ぢゝい その18




 P.13

(読み)
合いへとミ
 いえとみ

さ可へ
さかえ

ま須ゝ
ますます

者んしやう奈し
はんじょうなし

けるめで
けるめで

多しゝゝ
たしめでたしめでたし


めでたし


御届明治十九年九月廿九日
おとどけめいじじゅうきゅうねんくがつにじゅうくにち

日本橋區馬喰町二丁目十四バンチ
にほんばしくばくろうちょうにちょうめじゅうよんばんち

編輯人
へんしゅうにん

出版人 綱島亀吉
しゅっぱんにん つなしまかめきち

定價弐銭
ていかにせん



(大意)
家は富み栄えますます繁盛しました。
めでたしめでたしめでたしめでたし


(補足)
「者んしやう奈し」、現在では「はんじょう」と読みの発音と文字が一致しますが、当時は「じょう」を「しやう」と書きました。明治時代の言文一致と文部省の指導の結果です。
「けるめで」、「めでたし」と連続して書いてほしいところですが、うーん、当時の人の頭の中はどうなっているんだろう。

 ここでも欲張り爺はしっかり白足袋を履いています。
3人のお侍さんたち全員右利きです。
欲張り爺さん、見事な落ちっぷり。

P12P13の見開きです。



 明治19年は西暦1886年。九月の次が読みづらいですが、刷り上がった後で書き加えたからでしょう。「日本橋區」もあとから芋版か何かで押印したようにみえます。「バンチ」も何か変ですが、よくわかりません。
「編輯」(へんしゅう)
一番左側には裏表紙の柄がまわってきてしまってます。

 裏表紙です。



浴衣柄にしてもよいくらい。
和綴じの紙小よりはあとで付け替えたのでしょう、きれいです。



2020年1月5日日曜日

豆本 昔咄し花咲ぢゝい その17




 P.12

(読み)
多゛満し多ると可゛
だ ましたるとが

尓てい満志められ
にていましめられ

多り正  じき
たりしょうじき

ぢゝいハ 合
じじいは



(大意)
騙した罪に問われ罰せられてしまいました。
正直爺は


(補足)
 いつもながら「多゛満し多ると可゛」「尓てい満志められ」、のつながりが困ってしまいます。
文章の意味を考慮して改行もそれを反映してくれれば理解しやすいのですが、そうはなってません。

「尓てい満志められ」、この本の中で「志」(し)は、はじめてです

「ぢゝいハ」、ここでは、「ぢゝ」ではなく「ぢゝい」と「い」を足してます。

同じページ内でのつながりを示す「合」のような記号、この形になった元が何か気になります。


2020年1月4日土曜日

豆本 昔咄し花咲ぢゝい その16




 P.12

(読み)
[つゞき]
 つづき

与く者゛りぢゝ
よくば りじじ

このま年を奈せ
このまねをなせ

し尓者奈ハさ可須゛
しにはなはさかず

おともの人 〃 のめ
おとものひとびとのめ

尓者い可゛者いりしゆへ
にはいが はいりしゆへ


(大意)
つづき
欲張り爺はこの真似をしたところ
花は咲かず、お供の人々の目に
灰が入ってしまったため


(補足)
 最後のページになりました。
「与く者゛りぢゝ」、「与」が「ふ」に見えてしまって、でもそれでは文意が変なので「よ」とわかった次第。
「このま年を」、「年」(ね)ですが、古文書ではほとんど「○」(丸)になります。
「し尓者奈ハさ可須゛」、「尓」は助詞として文章の切れ目の目安になります。カタカナ「ハ」は助詞につかって、くずし字の「者」(は)と区別してます。「須」、漢字に「゛」は変ですが、変体仮名「す」なので「ず」となります。このあと「者い可゛」の「可゛」(が)も同様。

「おともの人〃のめ」「尓者い可゛者いりしゆへ」、行頭の「尓」は前行の行末に書く余白は十分にあるとおもうのですが、現代から見ると理解できません。「ゆ」は「由」の変体仮名。

 お供のお侍さん、さすがに刀を抜いてません。棍棒でこらしめています。



2020年1月3日金曜日

豆本 昔咄し花咲ぢゝい その15




 P.11

(読み)
者奈のさ起ける
はなのさきける

ゆへそのところ
ゆへそのところ

をおと本りの
をおとほりの

とのさ満ごらん
とのさまごらん

ありていろゝ
ありていろいろ

のご本う
のごほう

ひを
びを

い多ゞ
いただ

きける
きける

[つぎへ]
 つぎへ



(大意)
花が咲いたので、そこをお通りになった殿様がご覧になられて
いろいろなご褒美を頂戴しました。


(補足)
 江戸時代は頁(ページ)のことを丁(ちょう)といいました。一枚の丁を二つ折りにして綴じ込みますので、このP.11は七丁表となります。
お爺さんの腰の左側欄外に「七」の右半分が見えます。P.10は六丁裏です。

「ゆへそのところ」、次行の行頭の「を」に続くのですが、「ゆへそのところ【を】」と書くことができる余白があるのに、そうしない訳が何かあるはずと考えても、???です。
「ありていろゝ」についても同様で「ありていろゝ【の】」としないのは、なぜなのでしょうか?

 正直爺様は紫色の着物です。紫は僧侶では位の高い人、または高貴な人などしか着ることは許されません。身だしなみよく平伏しています。

 木の幹の色が、普通なら茶色系統などで塗ってしまうところですが、水墨画のように描いているところがなかなかです。

 P.10,P.11の見開きです。



 たくさんのいろいろなご褒美を中心に、両側の人物配置、明るく豊かさを感じられる場面です。


2020年1月2日木曜日

豆本 昔咄し花咲ぢゝい その14




 P.10

(読み)
[つゞ起]
 つづき

多り
たり


しょう

じ起
じき

ぢゝいいよゝ
じじいいよいよ

可奈しミその
かなしみその

者いをもら
はいをもら

ひて可れ木尓
いてかれきに

の本り者いを
のぼりはいを

まきし尓ふしぎや
まきしにふしぎや


(大意)
しまいました。
正直爺さんはますます悲しみ
その灰をもらって枯れ木に登り
灰をまいたところ、不思議なことに


(補足)
 絵の殿様やおつきの侍を避けて文字を配置しているので、文章の区切りが不規則です。
「いよゝ」、繰り返し記号は大きく長い「く」です。適当なフォントがないので「ゝ」で代用。
「可奈しミ」、ふつうの「し」のときには、その上の文字を左側から包み込むようにしますが、
「正じ起」の「し」+「゛」では他の文字と同じ配置になってます。
「可れ木尓」、ここの「尓」は筆記体の「y」に似てます。
助詞「尓」が文章の区切りの目安になっているのがよくわかります。

この頁の「い」は今まで出てきた「い」と比べて、わかりやすく現在の「い」と同じです。

 色ズレなど目立ちますが、手のひらにのってしまう豆本とはいえ、この場面は特に歌舞伎の一場面のようで、大きな広い舞台のような趣があります。
P.4の殿様の太刀の鞘の柄は紅白でしたが、ここでは青。
家紋は丸抜きで、わかりませんね。
殿様の表情が柔和でうれしそう。


2020年1月1日水曜日

豆本 昔咄し花咲ぢゝい その13




 P.9

(読み)
ま須ゝ
ますます

者らを
はらを

多ちう春
たちうす

をこ王しいろ
をこわしいろ

りへくべ(たり)
りへくべ(たり)

[つぎへ]
 つぎへ


(大意)
ますます腹を立て、臼をこわし
囲炉裏へくべて(しまいました。)


(補足)
 文章が読みやすいように絵の隙間をねらって書いているためか、助詞や単語の区切りがわかりにくくなってます。

「者らを」(はらを)、「多ちう春」(たち/うす)、見た目は異なるのに、わたしの苦手意識かやはり間違えそう。「者(は)」は筆記体の「t」に似て、「春(す)」は「十」+「て」。

「をこ王しいろ」、ここの「い」は「以」でしょうか。

 欲張り爺さん腰をぬかしています。
婆さんは裸足だったのに、爺さんは白足袋をはいてます。前のページでもそうでした。何かわけでもあるのでしょうか。

 P.8,P.9の見開きです。



 臼から汚き物がビチャビチャ飛び散っている様を画面のど真ん中にもってきて、その効果絶大であります。

 また画面構成も、婆さんの両手は2時方向、水桶は4時方向、杵が5時方向、
そして爺さんは8時方向、大きく飛び散っている汚き物は11時方向と全方向に表現し
空間を広げています。