P56 東京国立博物館蔵
(読み)
鮮(スクナ)し
十 二日 曇 ル泰 清 院 ニて逢フ尾州 の人 参 ル
じゅうににちくもるせいたいいんにてあうびしゅうのひとまいる
銅 版 を見セ个連ハ肝 を津婦゛春此 地白 魚
どうはんをみせければきもをつぶ すこのちしらうお
沢 山 平 皿 ニ三 盃 喰フ亦 灰 貝 と云 ハ石 灰
たくさんひらさらにさんばいくうまたはいがいというはせっかい
能替 り尓なるシックイ也 此 貝 サルボウ貝 ニ似
のかわりになるしっくいなりこのかいさるぼうがいにに
て裏 ノ方 まてウネあり此 肉 を喰フ之 ハ他 ニ
てうらのほうまでうねありこのにくをくうこれはほかに
なきと云フ卜 助 も来 ル夜 九 ツ時 過 迄 話 ス雨
なきというぼくすけもきたるよるここのつどきすぎまではなすう
天 ニても明日出 立 せんとて荷こしらへ春る
てんにてもあすしゅったつせんとてにごしらへする
十 三 日 雨 ヤマズ朝 五 時 過 少 々 ヤム故 ニ爰
じゅうさんにちあめやまずあさいつつどきすぎしょうしょうやむゆえにここ
を出 立 して裏 路 お城 の邊 を通 り松 本 と
をしゅったつしてうらみちおしろのあたりをとおりまつもとと
(大意)
略
(補足)
「十二日」、寛政1年2月12日 1789年3月8日。
「尾州」、「尾張(おわり)国」の通称で、現在の愛知県西部から岐阜県西濃地域一帯を指します、とAIの概要より。
「白魚」、好物と見えて以前の日記でも腹いっぱい食ってました。
「灰貝」、フネガイ科の二枚貝で、殻を焼いて貝灰(かいばい)にしたことから名づけられました。厚い殻には放射状に18本ほどの強い肋があり、灰黄色の殻皮で覆われています。肉は食用、とこれもAIの概要より。
「夜九ツ時過迄」、夜中の0時。「過迄」のふたつのくずし字に注意。
「朝五時」、朝8時頃。
「松本」、どの辺まで見送りをしたのかと、岡山の東周辺を探したのですが見つかりませんでした。
「銅版を見セ个連ハ肝を津婦゛春」 、江漢さんまたしても、ドヤ顔が目にうかびます

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