2025年11月3日月曜日

江漢西遊日記六 その31

P41 東京国立博物館蔵

(読み)

廿 日ハラ\/雪 霰  降ル爰 尓筑 前 若 松 舩 ハ

はつかはらはらゆきあられふるここにちくぜんわかまつふねは


百  石 積ミ能小舩 米 を積ミ外 尓能り合 ナ

ひゃっこくつみのこぶねこめをつみほかにのりあいな


シ舩 賃 四十  目古 キ蒲とん壱 貫 二百  ニて

しふなちんしじゅうめふるきふとんいっかんにひゃくにて


借り大 坂 迄 かり切 乗里出し个連ど瀬

かりおおさかまでかりきりのりだしけれどせ


戸口 潮 さし込ミ帆を十  分 尓張レとも舩ネ

とぐちしおさしこみほをじゅうぶんにはれどもふね


あと戻 里春る故 尓陸(ヲカ)へ上 り風呂尓者いり

あともどりするゆえに  おか へあがりふろにはいり


舩 頭 と同  く何 ヤラ埒 もなき人 能家 ニ行

せんどうとおなじくなにやららちもなきひとのいえにゆく


雪 アラレ降 寒 し七 ツ時 比 又 舩 ニ能り彼(カ)能

ゆきあられふるさむしななつどきころまたふねにのり  か の


借(カリ)り多るキタナキ蒲とんをかぶ里寝ルと

  かり りたるきたなきふとんをかぶりねると


女  能声 ニて何 ヤラ物 云フ舩 頭 尓あれハ何 シヤ

おんなのこえにてなにやらものいうせんどうにあれはなんじゃ

(大意)

(補足)

「廿日」、天明9年1月20日。1789年2月14日

「四十目」、『㋐ 秤(はかり)で計った量。重さ。「―減り」㋑ 重さの単位。匁(もんめ)。「百―」』。『もんめ【匁】② 江戸時代,銀目の名。小判一両の60分の1。③ (「文目」と書く)銭を数える単位。銭一枚を一文目とした。文。 』。

「貫」、『② 銭(ぜに)を数える単位。一〇〇〇文(もん)を一貫とする。ただし,江戸時代には実際は九六〇文を,明治時代には一〇銭のことをいった。貫文』

 大阪までの船を貸し切って40目、きたない蒲とんが壱貫二百とありますが、金額の比較が、よくわかりません。

「借リ」、どうみても「備」にみえます。

 

0 件のコメント:

コメントを投稿