P76 東京国立博物館蔵
(読み)
廿 八 日 朝 日照 春又 曇 ル雨 ムラ\/降ル昨 日
にじゅうはちにちあさひてらすまたくもるあめむらむらふるさくじつ
搗(ツキ)多る餅 三 寸 位 饅頭(マンチ ウ)能如 くして小豆(アツキ)を
つき たるもちさんすんくらい まんじゅう のごとくして あずき を
少シ付 ケ椀 尓も里出ス喰 ま袮して飯 ニ替 る
すこしつけわんにもりだすしょくまねしてめしにかわる
汁子(シルコ)自在 餅 なし
するこ じざいもちなし
廿 九日 天 氣此 間 中 認 メル画尓名 印 を春
にじゅうくにちてんきこのあいだじゅうしたためるえにめいいんをす
る夜 尓入 大 風
るよるにはいりおおかぜ
大 晦 日曇 ル正 月 尓なるとて門 松 を立 ル何
おおみそかくもるしょうがつになるとてかどまつをたてるなに
も變 多る事 なし只 閑 カなる能ミ
もかわりたることなしただしずかなるのみ
(大意)
略。
(補足)
「廿八日」、天明8年12月28日。1789年1月23日。
「雨ムラ\/降ル」、雲がむらむら立ち昇るとは言いますが、この頃は雨にも使ったよう。
「自在餅」、『じざいもち。あんころ餅の大きなもの。自在煮』
「大晦日曇ル正月尓なるとて門松を立ル」、大晦日に門松を立てるのは「一夜飾り」といって、縁起が悪く神様に失礼であると、母に何度も説教されたことをよく覚えています。しかし、この頃はそんなこと関係なかった様子。
天明8年12月30日の大晦日、江漢さん「閑カ」な夜を過ごしたようであります。除夜の鐘は聞こえてきたのでしょうかね?
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