2025年10月14日火曜日

江漢西遊日記六 その11

P14 東京国立博物館蔵

(読み)

取レ多るを聞キ夜 の内 行ク又 々 大 蔵 参 リて

とれたるをききよるのうちゆくまたまたおおくらまいりて


遠 眼鏡 を餞 別 尓贈 ル亦 之助 へも手紙

とおめがねをせんべつにおくるまたのすけへもてがみ


を残 し安 兵衛案 内 して田比羅(タヒラ)の渡 し

をのこしやすべえあんないして    たひら のわたし


場(バ)まで送 る渡 里一 里なり爰 ニて平 戸

  ば までおくるわたりいちりなりここにてひらど


嶋 を離  ル後(ウシロ)をかえ里見ル尓平 戸能方 より

じまをはなれる  うしろ をかえりみるにひらどのほうより


雲 を起(ヲコ)し忽  チ雨 となる厨(ミクリヤ)と云 所  ニて豆(トウ)ふ

くもを  おこ したちまちあめとなる  みくりや というところにて  とう ふ


やニより昼  喰  春此 邊  一 向 能田舎 なり爰

やによりちゅうしょくすこのあたりいっこうのいなかなりここ


も鮪 漁  を春夫 よりツキ能カワと云フ処  ニ至

もしびりょうをすそれよりつきのかわというところにいた


る雨 いよ\/降(フル)爰 尓大 蔵 神 主 能下タ武野

るあめいよいよ  ふる ここにおおくらかんぬしのしたむの


多宮 と云フ者 アリ大 蔵 の手紙 を持チ爰 ニ

たみやというものありおおくらのてがみをもちここに

(大意)

(補足)

「田比羅(タヒラ」、田平。平戸市と記してある向かいが田平。海沿いにすすんで松浦市のところにある駅マークがJR調川(つきのかわ)駅。これからゆくところです。

「厨(ミクリヤ)」、御厨(みくりや)。海沿いの路をたどって、御厨村がありその先に調川村があります。 

 平戸島を離れ、九州北部海岸沿いを歩き始めました。

 

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