P.155 最初〜最後まで。「飯能市立博物館所蔵平沼家文書」
(読み)
九日 寅次郎殿新立江行、
ここのか とらじろうどのにったちへゆく
半次郎殿歎願惣代
はんじろうどのたんがんそうだい
十日 名主太次郎殿
とおか なぬしたじろうどの
組頭半次郎殿 歎願
くみがしらはんじろうどの たんがん
右両人罷出候
みぎりょうにんまかりでそうろう
十一日
じゅういちにち
十二日 直次郎殿帰宅致し
じゅうににち なおしろうどのきたくいたいし
十三日 江戸江出立、十四日着致、
じゅうさんにち えどへしゅったつじゅうよっかちゃくち
太次郎 殿 筋 谷 橋 二而合 廿 一 日 二
たじろうどのすじたにばしにてあいにじゅういちにちに
(大意)
9日 寅次郎殿新立へ行く
半次郎殿歎願惣代
10日 名主太次郎殿
組頭半次郎殿 歎願
右両人が出かけた
11日
12日 直次郎殿が帰宅して
13日 江戸へ出かけ、14日に到着
太次郎殿と筋谷橋で会い、21日に
(補足)
この頁もサラサラさらっと手控えに記しているよう。
13日に江戸へ向けて旅立ってますが、翌日14日にもう到着しています。
速い。
川越から船を使ったのかもしれません。
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