P.143 最初〜最後まで。「飯能市立博物館所蔵平沼家文書」
(読み)
鹿山 村 栄 輔 殿 府中 宿 へ
かやまむらえいすけどのふちゅうしゅくへ
送 り候 書 付 尤 多二郎 殿 名当
おくりそうろうかきつけもっともたじろうどのなあて
以手紙得貴意候 然 者御村 方
てがみをもってきいをえそうろうしからばおむらかた
留 吉 儀去 月 十 五日 当 村 実 家
とめきちぎさるつきじゅうごにちとうそんじっか
倉 吉 方 へ参 り病 氣二而逗 留
くらよしかたへまいりびょうきにてとうりゅう
罷 居 同 十 八 日 二母 連 立 御村 方 へ
まかりおりどうじゅうはちにちにははつれだちおむらかたへ
送 り届 ヶ候 所 相 違 無御座候
おくりとどけそうろうところあいちがいござなくそうろう
(大意)
鹿山村栄輔殿が府中宿へ
送付した書付、宛名は多二郎(太次郎)殿
手紙にて(はじめて)お目にかかります。さてお村方の
留吉についてであります。先月15日わたしの村の実家
倉吉のところへあらわれ病気のため逗留
いたしておりました。同月18日に母が付き添いそちらの村へ
送り届けましたこと間違いのないことでございます。
(補足)
「鹿」の中が「兼」のようにみえます。
「多二郎」、太次郎のはずですが、随分な間違えようです。
「名当」、「名宛」の当て字でしょう。
「以手紙得貴意候」、「得御意」(ぎょいをえる)もよく目にします。手紙の冒頭の定型文。
「去月」、この書付は7月29日なので、6月になります。
「逗留」、「留」が留吉のときのくずし字とは異なってます。
栄輔殿の書付の控えですが、人が異なれば文面もやはり異なってきます。文は人を表す、です。
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