2019年7月30日火曜日

変事出来二付心得覚記 その257




 P.162 最初〜最後まで。「飯能市立博物館所蔵平沼家文書」

(読み)
右 二付 新 組 二而太次郎 殿
みぎにつきしんぐみにてたじろうどの

古組 二而啓 之助 殿 両  人 罷  出
こぐみにてけいのすけどのりょうにんまかりで

  被仰渡    候   次第
  おおせわたされそうろうしだい

太次郎 殿 申  口 留 置  候  紋 二郎
たじろうどのもうしぐちとめおきそうろうもんじろう

豊 五郎 儀昨 年 六 月 打 毀  二付
とよごろうぎさくねんろくがつうちこわしにつき

頭 取 罷  出候   趣   於府中宿二
とうどりまかりでそうろうおもむきふちゅうしゅくにおいて

申  立 二依而 御奉行  所 江差 立
もうしたてによりておぶぎょうしょへさしたて

相 成 夫 二相 違  ハないか太二郎 殿
あいなりそれにあいちがいはないかたじろうどの

相 違  無之  趣   申之 然 ル依 而
あいちがいこれなくおもむきもうししかるよりて


(大意)
(御用状に)したがって新組では太次郎殿
古組では啓之助殿の両人がでかけました。
 次のように仰せ渡されました。
太次郎殿の話。留め置いている紋二郎
豊五郎は、昨年6月打ち壊しの
首謀者としてでかけたようである。府中宿で
出頭要請により、お奉行所へ連れてくることに
なった。それに違いはないか(との尋ねに)太次郎殿
相違はございませんと答えた。それでは(申し渡す)、


(補足)
 源左衛門さんの手跡のようです。
濃い墨汁で筆致に元気がある。体調が戻ったかな。

「太次郎」、終わりから2行目行末では「太二郎」となってます。やはり間違いやすいんですね。
「太次郎殿」「啓之助殿」、「殿」のくずし字が異なってます。また「啓」の「口」が旁の方にいってます。
「昨年」、「年」のくずし字はほとんど丸印。
「於」このくずし字はわかりやすい。

「依而」、この頁に2回でてきてます。全文検索してみるとP.84とこの頁だけです、計3回。
読みは(よって)(よりて)だとおもいますが、さて。


0 件のコメント:

コメントを投稿