2019年7月1日月曜日

変事出来二付心得覚記 その228




 P.130 最初〜最後まで。「飯能市立博物館所蔵平沼家文書」

(読み)
申  觸 候   ニ付 、無餘儀 近 村 迄 罷  越 二、
もうしふれそうろうにつき、よぎなくきんそんまでまかりこしに

途中  俄  二病  氣二而、懇 意之者 方 江
とちゅうにわかにびょうきにて、こんいのものかたへ

立 寄 世話相 成 居 帰宅 延日及    候   故、
たちよりせわあいなりおりきたくひのべにおよびそうろうゆへ

徒黨 二加  り候   趣   如何 之風 聞 相 立、
ととうにくわわりそうろうおもむきいかがのふうぶんあいたち

今 般 次第 至 り全   乱 防 押 歩  行
こんぱんしだいいたりまったくらんぼうおしあるきゆく

候   儀者無御座 此 上 御調  奉請    候而者
そうろうぎはござなくこのうえおしらべうけたまわりそうらいては

奉恐入       候   間  只 歎  御慈悲相 願
おそれいりたてまつりそうろうあいだただなげきおじひあいねがい

呉 候   様 私   共 へ取 縫 り相 歎  、事実
くれそうろうようわたくしどもへとりつづりあいなげき、じじつ


(大意)
村中に触れ回ったので、仕方なく近村まで出かけてしまいました。
その途中で急に病気になり、懇意にしている者の家へ
立ち寄り世話になり帰宅が遅れてしまったのです。それ故に
徒党に加わっようだという噂が立ってしまい
現在に至っています。ずっと乱暴しながら壊し続けた
というようなことは御座いません。これ以上お調べを受けつづけては
恐れ入ることでございますので、ただ嘆きお慈悲をお願い
できるよう、わたくしどもへお心くだき、事実


(補足)
 留吉が飯能村へ仕方なく出かけ、その途中病気になり、実家の兄と母の家で世話になり、そのために村へ帰るのが遅れ、徒党に加わったと誤解された、という内容の話はこれまでに何度か出てきました。
同じ人がその内容を記しているなら、同じ表現になるはずです。
この書き手の文章では、今までと異なる表現が何箇所かありますし、全体の文章の雰囲気も違っています。新組名主原田太次郎さん当時67歳あたりが書き手かもしれません。

「今般」、難しい。読み方がわかって、ジッと見つめても・・・。
「全乱防押歩行」、この表現は何度も出てきてますが読み方がよくわかりません。
「取縫り」、「り」と送り仮名?がなかったら、(とりつくろい)でしょうが「り」がありますので(とりつづり)としました。意味はどちらも同じです。

「此上御調奉請候而者〜私共へ取縫り相歎」までがどのように意訳してよいのかわかりません。
なので得意のフィクションになっているかも。

 それにしても、必死さがにじみ溢れています。


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