P.56 最初〜5行目まで。「飯能市立博物館所蔵平沼家文書」
(読み)
其 砌 下 名栗 村 迄 も御
そのみぎりしもなぐりむらまでもお
沙汰二及 候 間 、其 砌 御隣 村
さたにおよびそうろうあいだ、そのみぎりごりんそん
之事 ゆへ上 名栗 江も御志らせ
のことゆへかみなぐりえもおしらせ
可被下 候 、い奈之事 二而帰 り、
くださるべくそうろう、いなのことにてかえり、
新 立 二而安 五郎 殿 噺 し
にったちにてやすごろうどのはなし
(大意)
そのときに下名栗村でも
ご裁定があるでしょうから、そのときはお隣の村の
ことですから上名栗村へもお知らせ
下されるようにしました。(い奈之事)で帰り、
新立で安五郎殿と話した。
(補足)
この5行の筆跡はこの後のものと異なってます。どことなく御婦人っぽいです。
「砌」(みぎり)、とき、ころ。2度続けて用いられてますが、場所、場面の意もあるので、使い分けているのかどうかわかりません?。
「御志らせ」「ら」が小さいのは、「志」の心の最後の画の流れに続けたからでしょうか。
「可被下」(くださるべく)、3文字セット。
「い奈之事」、辞書で調べてもわかりません。当てはまりそうな大意は、別の用事で、急な用事で、などの感じがよさそうです。
「帰り」、きれいなくずし字で、筆順がよくわかります。「リ」の次に「る」の最後のクルッと回すところでもう一周横に細く回転させて下方向へ流し、平仮名「り」につなげています。
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