2025年3月21日金曜日

江漢西遊日記三 その23

P23 東京国立博物館蔵

(読み)

新 兵衛と云 人 の方 ニ泊 ル

しんべえというひとのかたにとまる


廿   八 日 天 氣筑 嶋 清 盛 の塚 を見 夫 ヨリ

にじゅうはちにちてんきちくしまきよもりのつかをみるそれより


湊(ミナト)川 を過 て楠 能碑を見 碑より少 シ

  みなと かわをすぎてくすのひをみるひよりすこし


山 尓ニ入 リ廣厳(カン)寺ハ楠 寺 なり碑を石

やまに はいりこう がん じはくすでらなりひをいし


摺 ニして賣ル楠 の弓 矢亦タ像 アリ寺 ハ

ずりにしてうるくすのゆみやまたぞうありてらは


禅 宗  ニて和尚  雅人 ニて共 ニ布 引 の瀧

ぜんしゅうにておしょうがじんにてともにぬのびきのたき


を望 武和尚  詩作 アリ共 ニ興  して寺 ニ帰 ル

をのぞむおしょうしさくありともにきょうじててらにかえる


廿   九日 天 氣和尚  能像 を描(カキ)遣  ス草

にじゅうくにちてんきおしょうのぞうを  かき つかわすそう


画二三 枚 なり酒 素 めんを出し馳走 スル

がにさんまいなりさけそうめんをだしちそうする

(大意)

(補足)

「廿八日」、天明8年八月廿八日。1788年9月27日。

「湊(ミナト)川を過て楠能碑」、南北朝時代に足利尊氏と楠木正成が戦った「湊川の戦い」で有名。

「清盛の塚」「楠能碑」「廣厳(カン)寺」は神戸近在にあり、みな近い。「布引の瀧」は新幹線新神戸駅のすぐ北側。

「草画」、『そうが さうぐわ【草画】大まかな筆づかいで描いた絵。主に,南画系の墨画・淡彩画をいう』。

「素めん」、ちょうどこの頃に「灘目(なだめ、なだもく)素麺」があって、これがのちに「揖保乃糸」になっていったらしい。

 現在の神戸市周辺の観光です。半日散歩して仕上げは冷たい灘の酒と素麺、わたしもしてみたい。

 

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