P28P29 国文学研究資料館蔵
P29
(読み)
「尓よらいこくう尓
にょらいこくうに
そう花 を
そうばなを
ふらせ二て う
ふらせにちょう
つゞミの
つづみの
げいしや天 人
げいしゃてんにん
於ん可゛くすり
おんが くすり
P29
ふところ可ら
ふところから
さすごく王うハミ奈
さすごこ うはみな
可年のひ可り奈り
かねのひかりなり
やミ多゛もぜ尓とハ
やみだ もぜにとは
此 事 \/
このことこのこと
P28
御しんの本ど
ごしんのほど
あり可多ふ
ありがとう
於す
おす
こ川ちも
こっちも
あり
あり
可゛多や
が たや
\/
ありがたや
ちり
ちろ
可ら
から
\/
ちりから
す多
すた
\/
すた
本゛う
ぼ う
す
ず
P29
可ふ
こう
して
して
いてハ
いては
どうも
どうも
飛き
ひき
尓くい
にくい
(大意)
如来は虚空に総花(小判)を降らせ、二挺鼓の芸者は天女のように音楽を奏でた。懐からさす後光は、みな金の光であった。闇(阿弥)だも銭とはこのことこの事。
「ご心のほど、ありがとうおす
「こっちもありがたやありがたや
「ちりからちりからすたすた坊主
「こんな格好ではどうも弾きにくい
(補足)
会話文があちこちに散っているので、ちと読みづらい。
「そう花」、『そうばな【総花】
① 遊女屋・料理屋などで,客がその家の全員に配る心付け』
「天人」、『てんにん【天人】
〘仏〙 天に住む者。あらゆる迷いを捨てきってはいないが,苦の少なく,喜びの多い境遇にあるとされ,空を飛んだり,音楽を奏でたりする』
「やミ多゛もぜ尓」、「闇だ」と「阿弥陀」を引っ掛けているのはすぐにわかります。しかし諺「阿弥陀も銭ほど光る」は知らず、もう一歩でした。
『阿弥陀の光も金次第(かねしだい)
阿弥陀の利益(りやく)も寄進した金の多寡で決まる意で,すべてのことは金次第でどうにでもなるものだということ。阿弥陀も銭(ぜに)で光る。地獄の沙汰(さた)も金次第』
「すたすた本゛うす」、『すたすたぼうず―ばう―【すたすた坊主】
江戸時代,京都で,町人の誓文払いに神社に代参し,また垢離(こり)をとって金品を得た願人(がんにん)坊主。のちには上方や江戸で,寒中裸で縄の鉢巻きをし腰に注連縄(しめなわ)を巻き,銭五文か七文を串に刺し通し、五寸くらいの割竹に挟んで振り鳴らし、歌い踊りながら門付(かどづけ)をした』
「ちり可ら\/」、芸者が二挺鼓(一人で大鼓と小鼓を一度に打つ芸)を打つときの擬音。
「於ん可゛くすり」、この「すり」ってなんでしょうか?
猪牙船をたてて光背にして金をまく如来様。台には「待乳や(まつちや)」とあり船宿の名前のようです。しかし『まつちやま 【真土山・待乳山】
② 〔「まっちやま」とも〕東京都台東区浅草にある小丘。隅田川に臨み,上野の台地に続く。待乳山聖天堂がある。聖天山』を引っ掛けてもいそうです。
三味線も二挺鼓も猪牙船もとても精緻に描かれています。お見事であります。
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