P12後半 東京都立中央図書館特別文庫室所蔵
(読み)
天人 尓取 附 天王ざハひをい多須ことハ覚 あるの
ひと とりつき 於本゛え
てひとにとりつきてわざわいをいたすことはおぼ えあるの
身与りし天思 ひまうける可゛故 尓是 越ま袮く也
ミ 於も ゆへ これ
みよりしておもいまうけるが ゆえにこれをまねくなり
己 れ尓於もひむ可ふる所 奈个れ者゛生 霊 死霊 の
をの ところ いき里やうし里やう
おのれにおもいむかうるところなければ いきりょうしりょうの
中 尓阿りといふとも取 つ可るゝこと阿るべ可ら須゛去
奈可 とり され
なかにありというともとりつかるることあるべからず され
バ霊 のことハ奈き可゛奈き尓も多ゝ須゛して阿る可゛有
連以 阿る
ばれいのことはなきが なきにもたたず してあるが ある
(大意)
人に取り付いて禍(わざわい)をなすのは、すべてその者に身に覚えがあって
取り憑かれるのではないかと不安に思ってしまうためにこれを招いてしまうのである。
自分に思い当たることがなければ生霊や死霊の中にあっても取り憑かれてしまうことなどあるはずがないのである。つまりこのような霊についてはいないならいないであらわれないし、いるならいるで(やはりあらわれないと知るべきである)
(補足)
「覚あるの」、「覚」のくずし字が次行の「是」とそっくりです。
「思ひまうける」、「う」と「ら」は間違えやすい。「思い設ける」、前もって考える。予期する。予想する。とあります。
「己れ尓於もひむ可ふる所奈个れ者゛」、「も」や「可」や「る」など小さくてわかりにくいところがありますが、文脈で判断しながら読むしかありません。
「取つ可るゝこと」、「るゝ」が悩みます。「こと」は合字。次の行のも同様。
「多ゝ須゛して」、ここの「たつ」は、はっきりと目に見えるようになるの意でしょうか。ひと目にたつ。
「阿る可゛有」、こちらは変体仮名「阿」「有」と使い分けてますが、ないほうは「奈」を繰り返しています。
作者は他の話のところでも、霊を見たり感じたりするのは自分の心の持ちよう次第なのだと同じようなこと述べてました。しかし霊はある場所にとどまり続け、だからそのようなところには供養塔や石碑を建て供養が必要なのであるとも述べています。