2019年4月6日土曜日

変事出来二付心得覚記 その142




 P.63 4行目〜最後まで。「飯能市立博物館所蔵平沼家文書」

(読み)
一   七 月 朔日  、御支配 様 ゟ 御出  役
ひとつ しちがつついたち、おしはいさまよりごしゅつやく

吉 岡 静 助 様 ・宇佐美藤 一 郎 様
よしおかせいすけさま・うさみとういちろうさま

七 月 二 日四ツ半 頃 御着 二相 成
しちがつふつかよつはんごろおつきにあいなり

右 紋 二郎 ・豊 五郎 村 方 二帰 り山 二
みぎもんじろう・とよごろうむらかたにかえりやまに

籠 り居 候   様 風 聞 二付 、大 勢 二而
こもりおりそうろうようふうぶんにつき、おおぜいにて

山 かり両  人 家之家 さ可゛し
やまかりりょうじんかのいえさが し


(大意)
ひとつ 7月1日御支配様より御出役の
吉岡静助様・宇佐美藤一郎様が
7月2日の四ツ半(11時)頃にお着きになると知らせがあった。
うわさでは紋次郎と豊五郎は村に帰り山に
籠もっていると聞いて居りますので、大勢で
山狩りをして二人の住んでいるところを見つけ


(補足)
 一つ書きから字下げがなくなりました。どのような判断で行っているのかがよくわかりません。

「朔日」(ついたちorさくじつ)、「朔」が難しい。
うっかり「御」を忘れてしまったようです。脇に小さく後から書き加えています。
「宇佐美藤一郎」、辞書に「美」のくずし字はありませんでした。また「美」を部品にする漢字がほとんどありません。今回調べてはじめて気づきました。なんでだろう?
「藤」、難しい。
「着」、これも難しい。

「籠リ」、うーん・・・、わからないが続きます。


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