P8P9 国立国会図書館蔵
P9
(読み)
奈ん本゛から多゛可゛うをでも
なんぼ からだ が うおでも
つりふ年の平 次すこし
つりふねのへいじすこし
う可れのいろミへてまん
うかれのいろみえてまん
ざらても奈ひと思 ふ
ざらでもないとおもう
〽和多しハな人 魚 といふて
わたしはなにんぎょというて
大 事奈ひものさどうぞ
だいじないものさどうぞ
ぬしの可ミさん尓して
ぬしのかみさんにして
くん奈多゛ひて袮てくん奈
くんなだ いてねてくんな
きハ奈し可へ
きはなしかえ
〽人 魚 ハぶんごふしの事 可い
にんぎょはぶんごぶしのことかい
奈といふミ尓ていちやつく
なというみにていちゃつく
(大意)
しかし、いくら体が魚でも、釣船の平次は
いくらかウキウキした色目でながめ、
まんざらでもないとおもう。
「わたしはな、人魚というてたいしたものではないのさ。
どうぞ主(ぬし)のかみさんにしてくんな。
抱いて寝てくんな。
気はなしかえ〜」
「人魚は豊後節の(哀切たっぷりに)決め台詞『事かいな』と、
身をくねらせてにじりよる」
(補足)
「大事なひものさ」、大事な(鯉の)干物ではなく、大事無い。
豊後節はものの本には以下のようにありました。
当時流行した音曲をたとえる諺に「河東上下、外記袴、半太羽織に義太股引、豊後かわいや丸裸」というのがあった、哀調に富み、訴えるような曲調の豊後節は口説きかけるようであり、また人魚は丸裸だから豊後節のように言い寄るということである。
洒落を理解するのもそれ相応の下地がないとちんぷんかんぷんであります。
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