P1前半 国立国会図書館蔵
(読み)
禍 福 無門 人 の招 ところと舌 三 寸 の
く王ふくもんなく飛と ま袮く 志多さん春ん
か ふくもんなくひとのまねくところとしたさんずんの
破 よ里生 涯 を過 もの多 し皆 是 欲 の
やぶれ 志 う可い あやまつ おゝ ミ奈これよく
やぶれよりしょうがいをあやまつものおおしみなこれよくの
奈須とこ路奈り其 勧 善 懲 悪 の教 尓
そのく王んぜんて う阿く おしえ
なすところなりそのか んぜんちょうあくのおしえに
舌 切 雀 どのお宿 ハ何処楚゛チヨツ\/ とか
志多きり春ゞめ やど どこ
したきりすずめどのおやどはどこぞ ちょっちょっとか
(大意)
禍(不幸)も福(幸福)もすべてその人自らが招くものであると
口先だけの巧みな弁舌にだまされ、生涯を誤る者は多い。これはすべて
欲のなすところである。勧善懲悪の教えに「舌切雀、お宿はどこだ。ちょっちょっ」のはなし
(が伝わっている。)
(補足)
多くの豆本は表紙の次には見返しがあります。これがとてもおしゃれでここだけを額装して飾りたくなるようなものなのですが、この豆本はそれをひどく裏切って、堅苦しい文字の羅列でとても子どもに読ませるような読本とはおもえません。まぁしかし形としては豆本。楷書で丁寧に記されています。
辞書には「禍福門(もん)なし唯(ただ)人の招く所〔春秋左氏伝襄公二十三年〕、
悪事を行えば災いがあり,善事を行えば福が得られるというように,禍も福もすべてその人自らが招くものである。」とあります。
「奈須とこ路奈り」、変体仮名が続きます。次行では変体仮名「楚゛」(ぞ)。
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