P.123 最初〜最後まで。「飯能市立博物館所蔵平沼家文書」
(読み)
百 姓
ひゃくしょう
畄 吉
とめきち
右 之毛の儀打 毀 徒黨 江差 加
みぎのものぎうちこわしととうへさしくわわり
候 趣 入御聴 、岩 鼻 御役 所 様 ゟ
そうろうおもむきおききいり、いわはなおやくしょさまより
当 出 役 様 江御引 渡 相 成 候 義之処 、
とうしゅつやくさまへおひきわたしあいなりそうろうぎのところ
一 体 畄 吉 義先 般 徒党 之
いったいとめきちぎせんぱんととうの
毛の共 二被申威 、無余儀 飯 能 村
ものどもにもうしおどされ、よぎなくはんのうむら
ゟ 罷 出候 、出先 二而全 病 氣故
よりまかりでそうろう、でさきにてまったきびょうきゆえ
帰宅 及延引 候 を不弁 、其 段
きたくえんいんにおよびそうろうをわきまえず、そのだん
村 役 人 共 ゟ 同 御役 所 江申 立
むらやくにんどもよりどうおやくしょへもうしたて
候 義二而、同人 者素(モト)ゟ 実 体 柔 和
そうろうぎにて、どうにんはもと よりじっていにゅうわ
(大意)
百姓 留吉
右の者は打ち壊し徒党に加わった
様子であると耳にし、岩鼻御役所様より
当出役様へ引き渡せとのお達しでございますが
もともと留吉は先だって徒党の
者どもにおどされてしまって、やむを得ず飯能村へ
出かけてしまったのでございます。その出先で完全に病気になってしまい
帰宅が遅れてしまったことを弁明できませんでした。そのことについて
村役人より同お役所へ申し上げ
ましたことにつきましての内容です。本人は普段より実直で穏やかな
(補足)
書き手が変わったようです。
「趣」のくずし字の形が今までとは異なります。「処」もこの前の頁では「處」でした。
また「入御聴」など言い回しの表現も異なってます。
「聴」、今までに出てきましたっけ。全文検索してみたら、この箇所とP.129にあるだけでした。
「一体」、今までに何度も出てきます。この「体」のくずし字は「身」+「本」です。
「体」の旧字は「體」ですが、ここでは「躰」。このあとの「実体」(じってい)も同様。
「申威」(もうしおどす)、「威」は楷書みたいに丁寧です。この表現はP.117にありこの覚記の中ではこの2箇所だけです。P.117では源左衛門さんの手跡だとしたのですが、ここではそうではないような気がするとしました。よくわからなくなってきました。(泣)
「故」、「m」のようなくずし字もありますが、ここでは最後に「一」があります。
「同 御役所江申立」、闕字があります。必ずあるというものではなく気分次第という感じです。
「素」(モト)と振り仮名があります。こんなところで振れるのなら、他でももっと振っておいてほしかった。
「実体」(じってい)、実直、まじめで正直なこと。
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