2026年4月21日火曜日

日本山海名物圖繪巻之二 その16

P30P31 国文学研究資料館蔵

(読み)

近江蔓菁

あふミかふら

おおみかぶら


近 江かぶら甚  多゛大イ奈り至  て大 奈るハ壱 荷尓

                          可

おおみかぶらはなはだ だいなりいたってだいなるはいっかに


五 ツ六 ツ奈りでハ荷ひ可゛多し初  て古ゝに来て

いつつむっつなりではかいが たしはじめてここにきて


見る人 ハきもを徒ぶ須こと也 余国 より出るものハこれ本ど尓

みるひとはきもをつぶすことなりよこくよりでるものはこれほどに


大 奈るハなし又 摂 州  天 王 寺可ぶら名 産 也 近 江可ぶら能

だいなるはなしまたせっしゅうてんのうじかぶらめいさんなりおおみかぶらの


古゛とく大 きくハ阿ら袮ども其 味 すぐれて美奈り本し

ご とくおおきくはあらねどもそのあじすぐれてびなりほし


可ぶらとなして三 ケ 津へ出須人 のあま年く志り多る名 物 也

かぶらとなしてさんがのつへだすひとのあまねくしりたるめいぶつなり

(大意)

(補足)

「壱荷」、『か【荷】(接尾)助数詞。(一人が肩で担ぐほどの量の)荷物を数えるのに用いる。「酒樽三―」〔天秤棒で担ぐ二つの荷物を一組とし,それを一荷と称したことに由来する〕』

「三ケ津」、『さんがのつ 【三箇の津】→三津(さんしん)』『さんしん【三津】古く,内外航路の重要な港であった筑前の博多津(はかたのつ),薩摩の坊の津,伊勢の安濃津(あのつ)の三つの港をいう。三箇(さんが)の津(つ)』、ここでは『江戸時代には京・大坂・江戸の「三都(さんと)」や、役者の番付などで使われる表現としても知られてた』。

 本当に、こんなに巨大なかぶらがあったのかどうかちょっと信じられませんけど、どうなんでしょう?

 縄をまとめている母親のそばで遊ぶ子どもたち、風車に馬のおもちゃ。こちらの農家は裕福だったのかもしれません。

 通りがかりの旅人のような二人、こちらをむいて笠をかぶっている人の胸に数枚の札みたいのがぶら下がっています。なんでしょうねぇ?

 

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