2025年12月29日月曜日

江漢西遊日記六 その87

P101 東京国立博物館蔵

(読み)

半 六 町  落 合 へ一 里爰 より坂 を登 ル事 二十

はんろくちょうおちあいへいちりここよりさかをのぼることにじゅう


五町  馬籠 宿  あり泊 ル是 を十 解 峠  と云ふ

ごちょうまごめしゅくありとまるこれをじっこくとおげという


家 ハ古 し柱  ハ皆 ツガの木壁(カヘ)なし板 なり板

いえはふるしはしらはみなつがのき  かべ なしいたなりいた


ハケヤ木テ ウナ目ニてカンナをかけ春゛

はけやきちょうなめにてかんなをかけず


六 日天 氣山 \/を登 ル尓皆 ツゝジ亦 桜  酢桃

むいかてんきやまやまをのぼるにみなつつじまたさくらすもも


ボケ能花 桃 梨 花 盛 りなり駒 ガ嶽 雪 降

ぼけのはなももなしはなざかりなりこまがたけゆきふり


木曽河 ニ傍(ソウ)て上 松 まて不行 して立 町 と

きそがわに  そう てうえまつまでゆかずしてたちまちと


云 処  泊  屋二三 軒 アリ爰 ニ泊 ル前 尓岐曽河

いうところとまりやにさんけんありここにとまるまえにきそがわ


を望 ム所  々  渓 流  往 来 ヘ流 レ流 レの音 誠  尓

をのぞむところどころけいりゅうおうらいへながれながれのおとまことに


雷 鳴 の如 し爰 ニてカテ飯 を喰フギヨウブと

らいめいのごとしここにてかてめしをくうぎょうぶと

(大意)

(補足)

「落合」、「馬籠」、 

「六日」、寛政1年4月6日 1789年4月30日。

「上松まて不行して立町」、

「十解峠」、「解」を「斛」と間違えたか。十斛峠、十国峠。

「テウナ」、手斧(ちょうな)。

「岐曽河」、木曽河。

「ギヨウブ」、シシウド。

 西洋暦ではもう4月も終わりですが、街道沿いの山々は春真っ盛り、桃源郷です。また山菜がたくさんとれるときでもあります。

 

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