2025年12月26日金曜日

江漢西遊日記六 その84

P98 東京国立博物館蔵

(読み)

江戸へ状  を出春

えどへじょうをだす


四月 朔  日曇  予(ワレ)惣 髪 なりしに長 﨑 ニて

しがつついたちくもり  われ そうはつなりしにながさきにて


おらん多唐 人 能館 内 ヘ入 ニハなら春故 ニ頭

おらんだとうじんのかんないへいるにはならずゆえにあたま


を剃(ソリ)江 助 と云 平 戸邊  迄 よりソロ\/髪 を

を  そり こうすけというひらどあたりまでよりそろそろかみを


能者゛し又 爰 ニて落 髪 して坊 主となりぬ

のば しまたここにてらくはつしてぼうずとなりぬ


二 日曇  朝 飯 過 尓日永 を出  立 して亀 六

ふつかくもりあさめしすぎにひながをしゅったつしてかめろく


四 日市 御瀧 川 能橋 の上 迄 送 ル三 英 と亀

よっかいちおたきがわのはしのうえまでおくるさんえいとかめ


石 亭 へより桑 名銭 屋と云 ニ参 里爰 ヨリ

いしていへよりくわなぜにやというにまいりここより


舟 かり切 三 百  文 何 \/風 景 よし佐屋

ふねかりきりさんびゃくもんなかなかふうけいよしさや


尓至 ル舟 よりあか里番 場尓泊 ル一 向 能

にいたるふねよりあがりばんばにとまるいっこうの

(大意)

(補足)

「四月朔日」、寛政1年4月1日 1789年4月25日。

「佐屋」、画像中央。東はすぐ名古屋です。


「番場(ばんば)」、滋賀県米原の東にある中山道の旧宿場町ですけど、ここではありません。なんでしょうか。

 江戸へ手紙を出し、現在地と江戸到着予定日時をしらせたのでしょう。江戸に向かって足早になっているようです。

 

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