2025年12月18日木曜日

江漢西遊日記六 その76

P90 東京国立博物館蔵

(読み)

入 る四条  栁   馬 場丸 亦 ヘ行ク夫 より清 水 観

いれるしじょうやなぎのばんばまるまたへゆくそれよりきよみずかん


音 開 帳  へ参 ル桜  の盛 里茶店 に休 ミ祇園

のんかいちょうへまいるさくらのさかりさてんにやすみぎおん


へ参 り二軒 茶 屋てん楽 ニて酒 を呑ミ祇園 町

へまいりにけんちゃやでんがくにてさけをのみぎおんまち


四条  へ出て帰 ル京  地ハ婦人 よし神 社 仏 閣

しじょうへでてかえるきょうちはふじんよしじんじゃぶっかく


山 をか多と里景色 よし東 都ニ異  里

やまをかたどりけしきよしとうとにことなり


廿   一 日 天 氣朝 より西 北 の方 へ行ク北 野天 神

にじゅういちにちてんきあさよりせいほくのほうへゆくきたのてんじん


北 の門 を出谷 川 尓二軒 茶 屋あり鯉 の吸 物 う

きたのもんをでたにがわににけんちゃやありこいのすいものう


なき能蒲 焼 アリ夫 より平 野の宮 三 社

なぎのかばやきありそれよりひらののみやさんしゃ


あり桜 花さかり亦 金閣寺(キンカクジノ)寺(テラ)へ行ク十  人

ありおうかさかりまた    きんかくじの   てら へゆくじゅうにん


ニて銀 二匁  出し見 物 春三 階 能額 ニハ究 意

にてぎんにもんめだしけんぶつすさんかいのがくにはくっきょう

(大意)

(補足)

「四条栁馬場丸亦ヘ行ク」、「四条栁馬場」は(しじょうやなぎのばんば)と読み、それにつづく「丸亦ヘ行ク」が意味不明です。

「廿一日」、寛政1年3月21日 1789年4月16日。

「平野の宮三社」、江戸時代から夜桜が庶民に開放されて以来、「平野の夜桜」として有名。

「究意頂」、AIによる概要です。

『金閣寺(鹿苑寺)の「究竟頂(くっきょうちょう)」は、舎利殿の最上層(第3層)を指す名称で、中国風の禅宗様仏殿造りを取り入れた究極の極楽浄土を表現した空間です。 仏舎利を安置する場所であり、内部は金箔で覆われ、後小松天皇の筆による「究竟頂」の額がかけられていました』。

 春真っ盛り。春の京都は何度も行きましたが、それでもまた行ってみたい♪

宇治方面もいいなぁ〜。

 

0 件のコメント:

コメントを投稿