P85 東京国立博物館蔵
(読み)
十 三 日 曇 昼 より四条 竹 田から繰 を見 物 春
じゅうさんにちくもりひるよりしじょうたけだからくりをけんぶつす
画心 紙と云 大 唐 紙 三 十 三 匁 ニ調 へ亦 能そき
がせんしというおおからかみさんじゅうさんもんめにととのへまたのぞき
目鏡 能箱 出来ル
めがねのはこできる
十 四 日曇 朝 飯 後より愛宕 ヘ参 ル三 条 ヲ
じゅうよっかくもりあさめしごよりあたごへまいるさんじょうを
西 へ行キ十 五六 町 過 シハ洛 外 なり田畑 路ニ獄
にしへゆきじゅうごろくちょうすぎしはらくがいなりたはたじにごく
門 あり者しめて見ル此 盗 ハ三 十 三 間 堂 能
もんありはじめてみるこのぬすっとはさんじゅうさんげんどうの
床(ヱン)の下 ニ住 て夜盗 なり捕 ラれて縄 をぬけ
えん のしたにすみてやとうなりとらえられてなわをぬけ
途中 ニて逃 出し路 を通 ル醫者 能脇 差
とちゅうにてにげだしみちをとおるいしゃのわきざし
を取 ぬき身を以 て古 手屋ヘ入 衣類 を着(キ)
をとりぬきみをもってふるてやへいりいるいを き
多ると云 産 レハ薩摩(サツマ)の者 と云 夫 より嵯峨
たるといううまれは さつま のものというそれよりさが
(大意)
略
(補足)
「十三日」、寛政1年3月13日 1789年4月8日。
「竹田から繰」、このようなものだったのでしょうか、
「画心紙」、画仙紙。
「調へ」、『ととの・える ととのへる 【整える・調える・斉える】⑦ 買う。「酒を―・へに来たほどに」〈狂言・伯母が酒•鷺流〉』
「愛宕」、観光地嵐山のさらに北西部。


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