2019年2月25日月曜日

変事出来二付心得覚記 その102




 P.42 最初〜6行目まで。「飯能市立博物館所蔵平沼家文書」

(読み)
騒  立 候   二付 、村 役 人 共 精 々 申  諭
さわぎたてそうろうにつき、むらやくにんどもせいぜいもうしさとし

差 留 候  得共 不取用   、抜 々 村 方
さしとめそうらえどもとりもちいず、ぬきぬきむらかた

立 出 候   二付 、引 続  役 人 共 一 同 飯 能 村 へ
たちいでそうろうにつき、ひきつづきやくにんどもいちどうはんのうむらへ

追 欠 罷越   見受 候   處  、徒黨 之
おいかけまかりこしみうけそうろうところ、ととうの

もの共 何 方 ゟ 集   候   哉夥   敷
ものどもいずかたよりあつまりそうろうやおびただしく

多人 数 二而、
たにんずうにて、


(大意)
騒ぎ立てていましたので、村役人たちで精一杯説得し
押し止めようとしましたがそれもかなわず、われわれを突き破って
村を出ていってしまいました。すぐに村役人たち全員で彼らのあとを飯能村まで
追いかけていったところ、一体どこからこれだけのものたちが
集まったのかとおもわれるほど、おびただしい
人たちで


(補足)
この頁はまちがいなく源左衛門さんの手跡でしょう。

「騒」、馬偏が大きな「る」にみえます。また「又」の両脇にある「、」は旧字の「騷」?
「精々」、なるほどよく見ると「米」「青」に見えますが・・・。
「諭」、言偏が小さく旁が大きいので、ちょっと悩みます。
「罷越」(まかりこし)、2文字セットで覚えておく。

「徒黨」、「党」の旧字。
「集」のくずし字が、今風です。
「敷」、偏と旁の左右の位置関係が、冠と脚の上下に位置してます。

「役人共」「もの共」と「共」が3箇所に出てきます。「〜たち」の意味ですが
こちらの「候得共」は3点セットで「〜ですが」。


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