2025年7月6日日曜日

江漢西遊日記四 その49

P56 東京国立博物館蔵

(読み)

数 \/出春外 尓雑 用 なし揚 屋へ料

かずかずだすほかにざつようなしあげやへりょう


理廿   五匁  能内 十  匁  なりとぞ夫 故 旅

りにじゅうごもんめのうちじゅうもんめなりとぞそれゆえたび


宿 へ太夫 を呼ヘハ一 日 十  五匁  なり二 人共

やどへたゆうをよべはいちにちじゅうごもんめなりふたりとも


尓長 崎 近 所 能産 レと云 何 とも美人

にながさききんじょのうまれというなんともびじん


なり此 揚 屋能亭 主 ハ大 坂 者 ニて爰 ニ住

なりこのあげやのていしゅはおおさかものにてここにじゅう


居 春と云 草 画五六 枚 認  メルお山 多ち皆\/

きょすというそうがごろくまいしたためるおやまたちみなみな


見 物 春予カ揚ケし太夫 ノ曰  王多くしハ江戸の

けんぶつすよがあげしたゆうのいわくわたくしはえどの


路考 と申  役 者 尓能ク似多と申  事 實  な

ろこうともうすやくしゃによくにたともうすことまことな


里やと問フ爰 ニ於 て能ク見れハなる程 能

りやととうここにおいてよくみればなるほどよく


似て居多り其 夜爰 ニ泊 ル

にていたりそのよここにとまる

(大意)

(補足)

「路考」、三代目 瀬川 菊之丞(せがわ きくのじょう、宝暦元年〈1751年〉〜文化7年12月4日〈1810年12月29日〉)。化政期に活躍した女形の歌舞伎役者。俳名は玉川、路考。通称は仙女菊之丞、仙女路考。上方出身。

 江漢さん、席画でお山に囲まれ見物されてうれしそう。そして「何とも美人」な太夫と「其夜爰ニ泊」り、いたくご満足の様子です。

 

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