2023年6月7日水曜日

箱入娘面屋人魚 その6

P2 国立国会図書館蔵

(読み)

く王んせいの今 尓い多りても

か んせいのいまにいたりても


五分本どもち可゛ひ奈くよく

ごぶほどもちが いなくよく


あて奈さ川多うそハ奈可ず

あてなさったうそはなかず


志んちもふ多ゝびもとの奈可゛れ

しんちもふたたびもとのなが れ


と奈る事 ふちハせと奈りせハふちと

となることふちはせとなりせはふちと


奈りのぞき可らくりの可ハるよりも

なりのぞきからくりのかわるよりも


者やくこれとさ多め可゛多きハ个尓うき

はやくこれとさだめが たきはげにうき


よのありさ満奈りヲゝそれよ可う

よのありさまなりおおそれよこう


里く川くさくいふのでハ奈可川多さて

りくつくさくいうのではなかったさて

(大意)

寛政の今に至っても少しも違うことなく、よく

言い当てたものだ。嘘だったのは、中洲新地

も再びもとの流れに

もどった事。淵は瀬となり瀬は淵と

なり、のぞきからくりの変わるよりも

はやく変わってしまう。万物変化する、なるほどこれが

現実というものだ。おっとそれを

こう理屈っぽくいうのではなかった。さて

(補足)

「五分本ども」、くずし字を学びだすと必ず一〜十、壱弐参・・・のくずし字を学びます。その中でも「五」は特徴的な形です。「分」のくずし字は「ミ」+「丶」のような形。

 中洲新地は1771年(明和八年)に隅田川と箱崎川の分岐点を埋め立てて造成した繁華街でしたが、20年も経ずして1789年(寛政元年)に取り払われました。この頁の絵はその中津新地を竜宮に移した架空のもの。

 

2023年6月6日火曜日

箱入娘面屋人魚 その5

P2 国立国会図書館蔵

(読み)

かもの長  明 可゛方丈(者うじやう)

かものちょうめいが    ほうじょう


の記(き)尓由く川 の奈可゛れハ

の  き にゆくかわのなが れは


多え須゛して志可ももと

たえず してしかももと


の水 尓あら須゛与どミ尓

のみずにあらず よどみに


う可ふう多可多ハ可川

うかぶうたかたはかつ


きへ可川むすびて久 しく

きえかつむすびてひさしく


とゞまる事 奈しとハ昔

とどまることなしとはむかし


建暦(个ん里やく)袮ん中  のせりふ奈れと

   けんりゃく ねんちゅうのせりふなれど

(大意)

鴨長明が『方丈記』に「行く川の流れは

絶えずしてしかももと

の水にあらず。淀みに

浮かぶうたかたはかつ

消えかつ結びて久しく

とどまることなし」とあるのは

昔、建暦年中の科白であるが

(補足)

 この部分の大意はほぼそのまま現在でも違和感がありません。

「長明」、「明」のくずしじは古文書学習で一番最初に覚えるほど頻繁にでてきます。さらに「月」を部品にもつ漢字にほぼこの形が使われますので「月」のくずし字は最重要となります。

「由く川」、この時代の「や」は筆順が一筆書きで「ゆ」のように書くので現在の「ゆ」と間違えやすい。変体仮名「由」(ゆ)は左上から右回りにクルッと丸を書き縦棒になるのですけどその縦棒は中程で必ず揺れますのでわかりやすい。ここの「川」は変体仮名「川」(つ)ではなく、本来の「かわ」。

「多え須゛して」、平仮名「え」はあまりみません。変体仮名「須」(す)も「春」もよく出てきます。

「水尓あら須゛」、「水」のくずし字は、水に形がないように、とらえどころのない形。

「与どミ尓」、「ど」と「ミ」がつながって判別しにくいですが、ゆっくりなぞってみると、ちゃんと「ど」と三本の「ミ」が区別できます。変体仮名「尓」(に)は平仮名「ふ」とほとんど同じ形です。

「う可ふう多可多ハ可川」、方丈記のこの部分を知らないと、初見で読むのはやや難。「う」「可」の形が同じで「尓」「ふ」も似ているので難しい。

「久しく」、これもこの部分を知らないと、「可へし\/」とも読めます。

 

2023年6月5日月曜日

箱入娘面屋人魚 その4

P1 国立国会図書館蔵

(読み)

当 年 者可゛りハ作 い多しくれ候   やう相 多のミ候  へハ

とうねんばか りはさくいたしけれそうろうようあいたのみそうらえば


京  伝も久  しきちいんの王多くし由へ尓も多しかたく

きょうでんもひさしきちいんのわたくしゆえにもだしがたく


そんしまげて作 い多しくれ候   す奈ハち志やれ本 およびゑさうし

ぞんじまげてさくいたしくれそうろうすなわちしゃれぼんおよびえぞうし


志ん者ん出来候   間  御好 人 さ満ハけ多゛いもくろく御らん

しんぱんできそうろうあいだごこうじんさまはげだ いもくろくごらん


の上 御求  可被下   ひとへ尓奉希      候   以上

のうえおもとめくださるべくひとえにねがいたてまつりそうろういじょう


寛 政 三 ツ亥の春 日 板 元 蔦  唐 丸

かんせいさん いのはるび はんもとつたのからまる

(大意)

今年だけは書いてくれないかと頼んだところ

京伝とは長い間の付き合いのわたくしの依頼を断ることも

できず、無理をして書いてくれることになりました。そうして洒落本や絵草紙

の新作が出来ましたので、ご希望の方は冊子の広告を御覧

の上、お求めくださるよう宜しくお願い申し上げます。

寛政三年 亥の春日 版元 蔦唐丸

(補足)

 最後の年号のところの「ツ」が?です。寛政三年は「辛亥 かのと い (シンガイ)」ですが「辛」のくずし字にはみえません。「年」のくずし字にもみえません。さて?

「当年」、「年」のくずし字はほとんど「◯」+「丶」で「Q」のような感じです。

「者可゛りハ」、濁点「゛」の位置が「者」の右下にきているようにもおもわれますし、次の文字につけるのが流儀だったようにもみえますがさて?三行先に「け多゛い」とあり、これも「外題げだい」で濁点がずれています。しかし二行先の「まげて」は現在と同じ。う〜ん。

「作い多しくれ候」、「候」がカタカナ「ㇳ」に簡略されてます。すぐ下に「候へハ」はよくでてくる形のくずし字です。そして文末の「奉希候以上」では定型文で「候」は形もなくただ長く伸びているだけ。

「ちいん」、知音。辞書をしらべて知りました。

「も多しか多く」、「も多し」は「黙し」。黙するので黙っている無視するということ。

「出来候間」、「間」のくずし字は「門」が冠のようになって「口」が下にきます。少し「る」ににています。

「御好人様」、「ごこうじんさま」としましたけど「おこのみのひとさま」かも。意味はそのまま、ご希望される様方。

「御求可被下」、「可被下」(くだささるべく)は定型文なので、この三文字セットで覚えます。「被」のくずし字が「丶」になっていますが三文字が合字のように一文字なので簡略されてます。

「ひとへ尓」、ここの変体仮名「尓」(に)のくずし字は英字筆記体小文字の「y」。

「奉希候(ねがいたてまつりそうろう)」、これも定型文。このままおぼえます。

 この挨拶文、版元の蔦唐丸こと蔦屋重三郎(つたやじゅうさぶろう)本人が書いているようにおもわれますが、もちろんそうではなくて山東京伝自身が口上もこの黄表紙滑稽本の一部としておもしろく書き述べ、版元承知の上のことでありましょう。

 

2023年6月4日日曜日

箱入娘面屋人魚 その3

P1 国立国会図書館蔵

(読み)

多ハけのい多り殊 ニ去 春 奈ぞハ世の中 に

たわけのいたりことにさくはるなぞはよのなかに


あしき飛やうきをうけ候   事 ふ可く

あしきひょうぎをうけそうろうことふかく


これらを者ぢ候   て当 年 よりけ川して

これらをはじそうろうてとうねんよりけっして


戯作 相 やめ可 申  と和多くし方 へもか多く

げさくあいやめべくもうすとわたくしかたへもかたく


ことハり申  候  へ共 さやう尓てハ御ひいきあつき

ことわりもうしそうらえどもさようにてはごひいきあつき


王多くし見世き う尓すいひニ相 成 候   事 由へぜひ\/

わたくしみせきゅうにうしひにあいなりそうろうことゆえぜひぜひ


(大意)

(そのようなことは)

愚の骨頂です。ことに昨年の春ごろには世間より

悪い評判をうけてしまいましたことを深く

身にしみ恥じ入りまして、今年より決して

筆はもうとらないとわたくしどもへもはっきりと

断ってきたのですが、そのようなことでは日頃よりあつくご贔屓くださっている

わたくしの店はすぐにかたむいてしまいますれば、どうかどうか


(補足)

「去春」、「春」のくずし字は変体仮名「春」(す)とはことなっています。

「世の中に」、平仮名「に」はあまり目にしません。ほとんどが変体仮名「尓」(に)かこの行にもあるように右下に小さくカタカナ「ニ」です。

「飛やうき」、評議。変体仮名「飛」(ひ)と「心」のくずし字がにていてよく間違えます。「や」が「ゆ」のような筆順で書かれているので間違えやすい。「ゆ」は変体仮名「由」で5行先の「相 成候事由へ」にでてきます。

「者ぢ候て」、読みを「はじそうろうて」としましたが、「候而者」(そうらいては)がありますので「はじそうらいて」かもしれません。

「け川して」、でこぼこしているので変体仮名「川」(つ)としました。

「和多くし方へも」、ここは変体仮名「和」ですが2行先の「王多くし見世」では変体仮名「王」。

「ことハり申候へ共」、「こと」が合字になっていて一文字です。このフォントはありませんが「より」の合字「ゟ」はありまして一文字です。「候へ共」は古文書によく出てくるのは候得共(そうらえども)です。

 

2023年6月3日土曜日

箱入娘面屋人魚 その2

P1 国立国会図書館蔵

(読み)

まじめ奈る口 上

まじめなるこうじょう


まつも川て王多くし見せの儀おの\/様 御ひゐきあつく

まずもってわたくしみせのぎおのおのさまごひいきあつく


日満し者んしやう仕    ありが多き仕 合 ぞんし奈り候

ひましはんじょうつかまつりありがたきしあわせぞんじなりそうろう


扨 作 者 京  傳 申  候   ハ多ゞ今 まで可りそめ尓

さてさくしゃきょうでんもうしそうろうはただいままでかりそめに


つ多奈き戯さく仕   り御らんニ入 候  へとも

つたなきげさくつかまつりごらんにいりそうらえども


可やうのむゑきの事 尓日 月 および

かようのむえきにことににちげつおよび


筆 紙 を徒いやし候   事 さりとハ

ふでかみをついやしそうろうことさりとは


(大意)

まじめな口上

 まずはわたくしどもの店、皆様方の格別のご贔屓をたまわり

日増しに繁盛しておりますことありがたき幸せに存じ上げます。

さて、作者の京傳という人物はこれまでにどうでもよい

下手糞な戯作をみなさまに御覧に入れてまいりましたが

このような役に立たない事に時間と紙を費やしますこと、そのようなことは

(愚の骨頂です。)

(補足)

「奈る」、「る」は変体仮名「留」。変体仮名「可」「ら」「う」「り」などと間違えることが多く、みなそっくりです。

「まつも川て」、「つ」に濁点「゛」がありませんが、そのへんはいい加減であったりなかったり、次の文字についてしまっていたりと、いろいろ。変体仮名「川」はなんとなく「つ」の平らな部分が凸凹していて元の形が残っている感じ。そのカタカナ「ツ」はちゃんと三本縦棒があります。

「王多くし」、平仮名「く」は現在のものと同じ縦長のもの(この行の一番下)と、カタカナ「ム」のようなかたちのものがあって後者はよく読み違えます。

「御ひゐき」、「御」のくずし字はよく使われるので、たくさんの形があります。ここのはわかりやすい形。

「ありが多き」、平仮名「か」が使われるのは比較的少ないです。

「入候へとも」、「候」が「〃」のようになってます。もっと略して「丶」のときもあります。頻繁につかわれる文字ほど簡略化されます。

「筆紙を徒いやし」、変体仮名「徒」。ここの「筆」のくずし字は「竹」「ヤ」「免」のようにみえます。

 

2023年6月2日金曜日

箱入娘面屋人魚 その1

表紙 国立国会図書館蔵

見返し

(読み)

表紙

寛 政 三

かんせいさん

箱 入 娘  面 屋人 魚

はこいりむすめめんやにんぎょ

京  傳 作

きょうでんさく

重 政 画

しげまさが

合 三 冊

ごうさんさつ


見返し

仙 太郎

せんたろう

(大意)

(補足)

 寛政3年は寛政1年が1789年フランス革命のときなのでその2年後、1791年となります。今から232年前。わたしの母方のおじいさんのおじいさん新三郎さんは天保3年11月6日(1831)生まれですのでそれほど昔々というわけではありません。昔くらいでしょうか。

「箱」は竹冠があります。竹冠のある漢字のくずし字はほとんどが2文字に見えてしまいます。ここの「箱」も「竹」と「相」が離れていて2文字に見えます。どうしてなんでしょうね。

画の重政は北尾重政。Wikipediaを見ると浮世絵や錦絵に大きな影響を与えた絵師とありました。

見返しに挿絵などはなく、本の持ち主か名前のみ。

 さて、話の内容は浦島太郎のパロディのような奇想天外荒唐無稽なものであります。変体仮名読みの学習が目的ですので、文字の読解を第一としています。

 

2023年6月1日木曜日

OURASIMA LE PETIT PÊCHEUR その25

 

裏表紙 個人蔵

(読み)

なし

(大意)

なし

(補足)

 このちりめん本の裏表紙は擦り切れて穴があいて縁もよれよれになってしまっています。しかし大和綴じの部分はちぎれることなくしっかりとその役目をはたしています。

 裏表紙の絵はなかなかこっています。灯籠流しのような灯火が波間をうねうねと漂い沖へ伸びています。龍神の背びれをおもわせ、波の細かな表情は竜のひげのようにも、姫の髪のようにもみえます。

 長谷川武次郎さんが用いたちりめんの技法は錦絵や浮世絵ですでに使われていたものでした。わたしの手元にあるこの豊原国周(とよはらくにちか)の「開花人情鏡勇婦」

はちりめんにしたもので、平紙のものもあります。両者を比べるとちりめん版のものは特に着物が本物の生地のような風合いがいっそう際立ちます。なんといっても立体感・奥行き感が豊かになり、ふっと手を伸ばすとそのまま絵の中へ入っていけそうな感覚におそわれます。

 長谷川武次郎さんのひ孫さんのお宅にはたくさんの作品や印刷物が現存していて、今後多くの方々に知っていいただけるような形を作りたいと、のぞんでいらっしゃるようです。ありあまる資金がわたくしにあれば喜んでお手伝いするのですが・・・残念です。