2018年11月30日金曜日

変事出来二付心得覚記 その15




 P.4 1〜5行目まで。「飯能市立博物館所蔵」「平沼家文書」

(読み)
御座候   、滝 之助 殿 ・太次郎 殿 外 村 役 人
ござそうろう、たきのすけどの・たじろうどのほかむらやくにん

申  様 、何 様 之事 申  来 り候   共 、決  而出向
もうすさま、なにようのこともうしきたりそうろうども、けっしてでむき

候   而者不相成  、隣 家栄 左衛門 ・同 寅 次郎
そうろうてはあいならず、りんかえいざえもん・どうとらじろう

江も右 の段 申  聞 セ控  遍く由 申  候  得ば、
へもみぎのだんもうしきかせひかえべくよしもうしそうらえば、


(大意)
滝之助殿、太次郎殿やほかの村役人が
言うには、どのようなことを言ってきても、
決してこちらから出向くことをしてはならず、隣の栄左衛門や寅次郎へも
同様のことを説明し控えているようにすべきことを申し伝えると、


(補足)
 この頁は前頁までとは墨の濃さや筆の太さが異なります。このあと数頁後にまた戻ります。
この覚記のところどころで、書き手が変わったのではないかと思われるところが何箇所かあります。
口述筆記か下書きを渡し書いておくように命じたのかわかりませんが、源左衛門さんがすべてをご自身で記してないような気がします。

 書かれている筆跡はたいへんに明瞭できれいで読みやすい。行末になって文字が詰まり小さくなることもなく全体のバランスもとれています。

「殿」が2度出てきますが、字体が異なります。

「決」、くずし字は漢字の部品の配置が変わってしまっています。元の字の右下の「人」部分が、くずし字では下部にきて「又」のようになってます。

「候而者」、「者」(は)変体仮名。
「不相成」(あいならず)、下から返っての読み方はごく普通に使われます。当時の人達はいちいちレ点で下から返って読むのだなんていうこは意識せずに、スラスラと筆を進めたはずです。


2018年11月29日木曜日

変事出来二付心得覚記 その14




 P.3 13行目〜最後まで。「飯能市立博物館所蔵」「平沼家文書」

(読み)
私  し共 儀ハ附 合 場ニハ候  得共 医王 寺之
わたくしどもぎはつきあいばにはそうらえどもいおうじの

旦 家二而御座候  得共 、附 合 場ゆへ噺 し(御座候)
だんかにてござそうらえども、つきあいばゆへはなし


(大意)
 私たちは、医王寺の檀家であり宗派がことなるとはいえ、
お互いが日常付き合い行き来する立場なので誘われたということだ。


(補足)
「附合場」が???です。全体の流れからは文章の理解はできますが、
「お付き合すること」の意でしょうか。

「私し」、古文書では一人称の「私」という表現はめったに見ません。この時代くらいから使われる表現になってきたのでしょうか。
「共」、頻出です。このあとに「候得共」が2度でてきますが、そこの「共」とは異なってます。
「儀」、これも頻出でここのくずし字はわかりやすい。
「附合場」、「阝」が切れてしまってます。

「候得共」、ここの「候」は「ゝ」のようになってしまってます。
「ゆへ」、ひらがなですがすぐには読めませんでした。


2018年11月28日水曜日

変事出来二付心得覚記 その13




 P.3 10〜12行目まで。「飯能市立博物館所蔵」「平沼家文書」

(読み)
今 者゛ん出向 から上ミゟ 参 る二付 支度 致
こんば んでむきからかみよりまいるにつきしたくいた

し天扣  居 様 二と申  継 候   、何 物 哉と尋
してひかえおりようにともうしつぎそうろう、なにものかとたずね

候  得者、正  覚 寺旦 中  不残  と申  事 二候   、
そうらえば、しょうかくじだんちゅうのこらずともうすことにそうろう、


(大意)
(万次郎は)今晩村奥より移動してやってくるから、支度して
待機しているようにと申し継がれた。(さらに村役人が)何者かと尋ね
たところ、(万次郎は)正覚寺の檀家全員であるとのことである。


(補足)
 「出向から」が?です。源左衛門達5人と其外で数キロを急ぎ足で濱井場まで万次郎のところへやってきました。「上ミゟ」とは、濱井場のさらに北、檜渕・不動渕・正覚寺方面よりでしょう。
万次郎から最新情報を聞き、今後の対応を相談しています。

 「上ミゟ」、「上」の字が上書きしたのか、字が重なっています。
「支度致」、「支」のくずし字の右側に点がある。くずし字の運筆リズミみたいなのか、多くのくずし字に元にはないこの点が付いている。「度」、頻出。「支」のくずし字が、「度」「致」の右側の部品とほぼ同じ。

「天」(て)、変体仮名。
「継ぐ」、旁の「∟」の部分は「∠」のようにみえるところ。
「哉」、頻出。教えてもらわないと読めません。頻出なのでここまで単純化されたみたい。

「不残と」(のこらずと)、頻出です。2文字セット。「と」ですが変体仮名の「与」でしょうか。
「申事ニ候」、「ニ」なのか「と」なのか?ですが、文章の流れから判断します。「事」は「る」のような形。


2018年11月27日火曜日

変事出来二付心得覚記 その12




 P.3 6〜9行目まで。「飯能市立博物館所蔵」「平沼家文書」

(読み)
円 正  寺・醫王 寺・正  覚 寺ハ森 川 原迄
えんしょうじ・いおうじ・しょうかくじはもりかわらまで

頼  二罷  出同 道 致  、浜 井場江参 り万 次郎
たよりにまかりでどうどういたし、はまいばへまいりまんじろう

宅 江寄 噂  承     、今 者゛ん上ミゟ 徒黨 致 し
たくへよりうわさうけたまわり、こんば んかみよりととういたし

飯 能 村 へ出向 趣   承    り候   処  如何 登尋  候  得ば、
はんのうむらへでむきおもむきうけたまわりそうろうところいかにとたずねそうらえば、


(大意)
円正寺・医王寺・正覚寺をめざし森川原迄
一緒に移動し、浜井場の万次郎
宅に立ち寄り噂を聞いた。(村役人が)今晩村奥より百姓の徒党が
飯能村を目指してやってくるとのことだが、
どうしたらよいかと尋ねれば、


(補足)
 慌ただしさと緊張が高まります。
また、村役人たちが情報を細かく収拾している様もよくわかります。

「円」、くずし字はとても立派。
「醫」、旧字体を楷書のように書いています。
「覚」、この頁の最初の「覚五郎」と比べると、ほとんど同じように書いているのですが、こちらのほうがわかりやす。「覚五郎」のほうは字が大きいがちょっとわかりずらい。
「迄」、頻出で「辶」は「と」のような部分。

「頼」、偏「束」がこんな形になる。
「罷出同道致」、このまままとめて覚えてもよいくらいです。どれも特徴的なぶん覚えやすい。

「寄」、「宀」が「巾」、その下部へ残りがくる。
「噂」、「口」偏は点2つ、「尊」は「そ」をそのままつなげる感じで「る」をかく。
旁が「寺」「尊」など「寸」を部品として含んでいるくずし字は、「ち」や「る」のようなくずし字になることが多いような気がします。
「今者゛ん」(こんばん)、「者」(は)の変体仮名。それに「゛」が付いている。
「徒黨」、「徒」偏の判別は難しいです。前行の「場」の「土」もそう。「黨」、旧字体なので複雑。

「飯能」、「飯」の偏「食」が原型をとどめない。
「趣」、もう何度も出てきました。偏「走」はこれも原型を留めず。旁の「取」を頼りにします。
「候処」、運筆がとてもよくわかります。
「如何」、2文字セットで覚えます。
「登」(と)、変体仮名。「癶」が「小」に「、」が目印。
「尋」、「ヨ」「エ」「ロ」「寸」で原型が残ってます。
「候得者゛」(そうらえば)、3文字セットで覚える。頻出です。

 簡単な地元地図です。縮尺は下部の有間ダムの横幅が約1300mです。



飯能市立博物館展示ガイドブック¥500円にこの変事が2頁にわたって記されています。




2018年11月26日月曜日

変事出来二付心得覚記 その11




 P.3 1〜5行目まで。「飯能市立博物館所蔵」「平沼家文書」

(読み)
覚 五郎 も可罷 居   間  、是 江も御噺 し被下
かくごろうもまかりおりべくあいだ、これへもおはなしくだされ

差 留 遍くと御噺 し被下  、夫 ゟ 夕 六ツ頃、
さしとめべくとおはなしくだされ、それよりゆうむつごろ

森 川原 松 五郎 宅 二而ろうそく・王らじ
もりかわらまつごろうたくにてろうそく・わらじ

用 意致  、名主 滝 之助 殿 ・当 名主 太二郎 殿 ・
よういいたし、なぬしたきのすけどの・とうなぬしたじろうどの・

源 左衛門 ・軍 蔵 ・伴 次郎 ・其 外
げんざえもん・ぐんぞう・はんじろう・そのほか


(大意)
覚五郎もここにいるうちに、彼にも説明して下さり
押し止めると話して下さって、それより夕方の六ツ頃(6時頃)
森川原松五郎宅でろうそくとワラジを
用意した。名主滝之助殿・この村の名主太ニ郎殿・
源左衛門・軍蔵・伴次郎そのほか


(補足)
 ろうそく・ワラジを準備していよいよ百姓が集合しているところへと移動し始めるわけですが
どうも人の動きをうまく表現できません。解釈が間違っているのかもしれません。

 「覚五郎」、「覚」がでかい。古文書では字の大きさがそろってません。なぜなのかといつもおもいます。「五」のくずし字を確実に読めるようになるとなんか自信がつきます。「郎」、くずし字は「ら」です。
「可罷居間」、「可」のくずし字は「う」に見えることがほとんどですが、ここでは「て」です。
「罷」、頻出です。これは形で覚える。頻繁にでてくるのですぐに読めるようになるはず。
「是」、一番下の「辶」みたいのが「一」になる。
「被下」、2点セット。行末で小さい。

「差留」、「留」のくずし字が、2行先の「当」のくずし字と似ている。
「被下」、前行のは小さかったが、ここのはわかりやすい。「被」はほとんど「ヒ」。

「森」、「木」が3つだが、下部の2つが変、「成」にみえます。
「ろうそく」、漢字は「蠟燭」だが、読めてもすぐには書けなかったのだろう。
「王らじ」、「王」(わ)の変体仮名。ひらがなの「ら」だが「郎」のくずし字と同じです。

「名主」、「主」に注意。
「殿」、偏がなく、旁の「殳」だけだがそれもけっこうくずしている。
「当」、前頁のくずし字とは異なっている。
「太ニ郎」、「太」がいつも最初に「左」に見えてしまいます。

「伴次郎」、旁の「半」や「津」の旁は現在では最後に縦棒ですが、くずし字は上部を書いてから縦棒で次に下部の「ニ」です。この形の字はほとんどこの順です。
「郎」、ここでは「ら」ではなく、「戸」+「巾」。
「其外」、2点セット。頻出です。

 登場人物が多いです。
覚五郎へ話しているのは、前頁からの続きで太次郎殿。
太次郎殿は名主で、平沼源左衛門の組頭より役職は上なので丁寧語を使っている。
なお、原文では太次郎と太ニ郎が混在してます。
滝之助殿は町田滝之助、名主です。
軍蔵は年寄、伴次郎は組合の役職。


2018年11月25日日曜日

変事出来二付心得覚記 その10




 P.2 10〜12行目まで。「飯能市立博物館所蔵」「平沼家文書」

(読み)
仙 太郎 殿 ・寅 二郎 同 道 二而下 名栗 村 役 人 二届、
せんたろうどの・とらじろうどうどうにてしもなぐりむらやくにんにとどけ、

太次郎 殿 申  口 、手紙 一 通 遣  し候   間  忰  江遣  し
たじろうどのもうしぐち、てがみいっつうつかわしそうろうあいだせがれへつかわし

被下  、近 所 之者 四、五人 も馬頭 堂 当 り扣  居り、
くだされ、きんじょのものし、ごにんもばとうどうあたりひかえおり、


(大意)
仙太郎殿・寅二郎と一緒に下名栗村役人へ連絡し、
太次郎殿が申すには、手紙を一通書いたので、忰(寅次郎)を使いに出して
くださった。(また)近所の4、5人の者も馬頭堂あたりに控えさせ、


(補足)
 すでに何度か出てきたので、やや読みにくい太次郎殿・寅二郎もわかります。
ふたつの「郎」のくずし字が異なっています。最初のが「戸」+「巾」、次のが「ら」。
「同道」、「道」のくずし字が特徴的なだけあって、かえってわかりやすくなってきます。
「届」、「由」が「里」に見えます。

この行に「遣」が二度出てきます。「キ」+「と」に見えませんか。
「候間」、頻出です。「間」のくずし字も重要。「門」は「冖」(わかんむり)のようになり、中に収まるべき「日」は下部にきます。

「被下」(くだされ)、「被」がほとんど「5」です。ここまでくずされると読めるわけがないので2点セットで形で覚えます。
「五」、ここの「五」はあまりくずされていません。
「馬頭堂」、「馬」、教えられればなんとなくわかりますが、初めて見ると?。
「当」、「ヨ」には縦棒がないのに、くずし字にはしっかりあります。運筆を見ると、最初に縦棒を、次にそれに重なるように「ろ」、その書き終わりに筆を返して「一」という順でしょうか、
まぁ、形で覚えましょう。
「扣」、「控」です。


2018年11月24日土曜日

変事出来二付心得覚記 その9




 P.2 貼紙部分の3行。「飯能市立博物館所蔵」「平沼家文書」

(読み)
我 野村 役 人 江毛早 速 此 趣   ヲ通 達 二及、
あがのむらやくにんへもさっそくこのおもむきをつうたつにおよび

右 之族 通 行 致  候  ハヽ、御差 留 可被下   候
みぎのぞくつうこういたしそうらわば、おさしとめくださるべくそうろう

申  遣  し候
もうしつかわしそうろう


(大意)
吾野村役人へも早速(われわれの)この対処を知らせ
例の集合している百姓たちが現れたら、押し留めておいて下さるよう
連絡しておいた。


(補足)
 貼紙部分です。貼紙は今で言う付箋ですが、きれいで上手につかわれるものだなと感心します。
接着してありますが、ご飯粒を潰したノリでしょう。虫たちはここは大好物のはず。

「毛」(も)、変体仮名。
「早速」、頻出です。「日」の部分は「一」、「十」の部分は縦棒を書いてそのまま筆を左上にもってゆき、「一」の書き終わりで次の文字につなげるので、丸くなってしまう。
「此趣」、「此」は前回は「此段」で出てきました。「趣」も既出ですが「取」をきっかけにすると読みやすい。
「通達及」、行末なのに字がデカイ。運筆しながらまだ余裕があるぞとおもったようだ。

「通行」、「行」がわかりにくい。
「致」、既出。読めない字が続いて、途中にわかる字があるときがあります。そこを拠点に前後を読んでゆくと、意味が通じてゆくときがあります。
「候ハバ」(そうらわば)、3点セット。
「差留」、この「差」がよくみるくずし字。
「可被下候」、4点セット。(くださるべくそうろう)。
「申遣し候」、3点セットか4点セットで覚えたほうが良さそうです。「申」、書き手の癖は縦棒の最後が左に流れるところでしたが、ここではまっすぐ、次の文字へのつながりのためか。
「遣し」、ひらがなのややつぶれた「い」に見えるのが「辶」。

 貼紙は全部書いてから、読み返したら、あっそうだったと気づいて書き加えたものです。
下名栗に連絡しましたが、吾野への連絡もしたのだったとおもいだして貼紙で書き加えたのでしょう。