2026年8月29日土曜日

大日本物産圖會その69


P69 東京都立図書館蔵 

P69_1

(読み)

信 濃 國 氷  中  八ツ目鰻  採 ノ圖

しなののくにひょうちゅうやつめうなぎとりのず


八ツ目鰻(ウナギ)ハ信 州  諏訪(スハ)の

やつめ  うなぎ はしんしゅう   すわ の


湖(ウミ)尓採(ト)るものを名 産 とす

  うみ に  と るものをめいさんとす


上 下 の諏訪一 里計  のあひ多゛

かみしものすわいちりばかりのあいだ


湖水(コスヰ)氷  尓て張 つめ多る上

   こすい こおりにてはりつめたるうえ


尓小  家を営(イトナ)ミ漁 夫の休(イコ)

にしょうかを  いとな みぎょふの  いこ


ふ所  となし氷  上  耳薪(タキゞ)

うところとなしひょうじょうに  たきぎ


を積(ツミ)焚(タキ)て所  々  尓穴 を穿(ウガ)ち

を  つみ   たき てところどころにあなを  うが ち


延縄(ハヘナハ)尓共餌(トモエ)を付 て釣取(ツリトル)こと夥(オビタゞ)シ

   はえなわ に   ともえ をつけて   つりとる こと  おびただ し


又手(テ)操(久り)網(アミ)尓て石班魚(アカハラ)を採(トル)事

また て   くり   あみ にて    あかはら を  とる こと


お本し

おおし


(大意)

(補足)

「石班魚(アカハラ)」、『あかはら③〔繁殖期に腹部が赤くなることから〕ウグイの異名』。

 八ツ目鰻は母が昔、目に効くからと干からびた黒っぽい棒状のものを食べてましたが、鰻とは名前ばかりで、まったくうまくもなく、はたして目にもよいのかどうかも疑わしい。

 諏訪湖は御神渡りが有名で、中央高速で通りかかったとき偶然に目にしたことがあり、なるほど湖上を盛り上がった氷が裂け目のように走っていてギシギシと音が聞こえるような気もしました。

 画の右側では焚き火が激しく燃え上がっていますが、この程度の火ではあまり暖かくなりそうもありません。それにしても漁をするから体を動かしているとはいえ、皆、薄着で素手、動いていないと凍え死んでしまうとおもいます。網を氷の下に通すだけでも一仕事。


2026年8月28日金曜日

大日本物産圖會その68

P68 東京都立図書館蔵

P68_1

(読み)

信 州  蕎麦切 製 造 之図

しんしゅうそばきりせいぞうのず


蕎麦(ソハ)ハ諸國尓培養(バイヤウ)すといへ

   そば はしょこくに ばいよう すといえ


ども當 国 更 科 郡 を名産(メイサン)

どもとうごくさらしなぐんを   めいさん


とす葉ハ三稜(ミカド)にして薄(ウス)く

とすはは   みかど にして  うす く


小白 花 をひらき三稜 の実

こしろはなをひらきみかどのみ


をむすぶ初 秋  尓種 を下 し

をむすぶしょしゅうにたねをくだし


冬 尓い多りて刈 とり磑(カラウス)尓て

ふゆにいたりてかりとり  からうす にて


ひ起殻(カラ)を去り絹(キヌ)ふるひ尓

ひき  から をさり  きぬ ふるいに


可けて末 粉 をなし湯に

かけてすえこなをなしゆに


て凌(コネ)ひら目にのへ天細

て  こね ひらめにのべてほそ


奈可゛くきり熻(ユカキ)天食  用 に

なが くきり  ゆがき てしょくように


供  須

きょうす

(大意)

(補足)

「三稜」、『さんりょう【三稜】① かどが三つあること。また,三つのかど。三角』。蕎麦の葉はハート型です。実は三角錐の底辺同士をくっつけたような形で、めちゃくちゃ硬い。

「からうす」、『からうす【唐臼・碓】① 臼を地中に埋め,柄の端を足で踏み,杵(きね)を上下させて穀類を搗(つ)く仕掛けのもの。踏み臼。かるうす』

「凌(こね)」、『しの・ぐ【凌ぐ】』。この漢字の意味はどうみても、粉をこねるという意味はなさそうにおもうのですが。

「熻」、『ゆがき(かわゆがき / かゆがき)」は、主にお粥(おかゆ)や雑炊などの、水分が多くて温かい食べ物を指す言葉』。「火」+「合」+「羽」。はじめてみる漢字です。

 絵の構図が、庭の奥と蕎麦をゆがいている二方向の2点透視図のようになっていて、絵師はその技巧をまだ修得イマイチの感じ。そば切りのところの灯り蝋燭の柱はふつうの角材、蕎麦を朱塗り漆器に盛っているところのは枯れた黄色の竹で、ちょっとおしゃれ。

 で、そのふたつの作業場をよ〜く見てみると、蕎麦をのばしている職人さんの影がうっすらとのし板に、そして蕎麦盛りのふたりの娘さんにも、ひとつは畳に、もうひとつは土壁に、これまたうっすらとこちらはなにげに見事であります。子どもをおんぶした御婦人はそば粉をふるいにかけています。

 手ぬぐいを掛けている青竹を吊るしてある(詞書きの巻物にかくれてしまってますが左の端にかけ紐がみえてる)ところや、蕎麦猪口の入れ物である桐の箱を置いたりと、なかなか手がこんで細かい。

 いやいやこんなところでひとすすりしてみたいものです。

 

2026年8月27日木曜日

大日本物産圖會その67

P67 東京都立図書館蔵

P67_1

(読み)

同蒸鰈(ムシカレ)製 造 之圖

どう  むしかれ せいぞうのず


取 多る鰈(カレ)を一 夜塩 水 ひ多し

とりたる  かれ をいちやしおみずひたし


半(ナカバ)熟(シユク)したる処  を砂上  尓

  なかば   じゅく したるところをさじょうに


お起莚(ムシロ)をお本ひ温(ウン)湿(シツ)の

おき  むしろ をおおい  うん   しつ の


気尓て蒸(ムシ)のち二枚 づゝ

きにて  むし のちにまいずつ


尾を糸 尓つ奈起゛春こし

ををいとにつなぎ すこし


乾(カハカ)し即 日 西 京  尓出す

  かわか しそくじつさいきょうにだす


こ登おひ多ゞし又 小鯛

ことおびただしまたこだい


を延縄(ハヘナウ)尓て釣(ツ)り同  く塩 むし

を   はえなわ にて  つ りおなじくしおむし


尓して出す塩 蒸 の品 多 シと

にしてだすしおむしのしなおおしと


雖  も此 両  種 ハ無類 の美味多り

いえどもこのりょうしゅはむるいのびみたり

(大意)

(補足)

 詞書きの題名でも、一行目の文章でも「蒸鰈」と「鰈」のふりがなが「カレ」となっていて、なぜか「イ」がありません。

 たくさんの職人さんたちがみなあわただしく働いています。毎日京都に出荷していたそうだから休む暇なし。ぶら下がって乾かしている鰈、左ヒラメ右カレイで区別することを教わりましたがなるほどそうなってますね。竿の向こうに子どもが犬を追い払っているのか、ムシガレイのくずれてしまった身をあげているのか、どっちでしょう?

 ムシガレイは最近食べなくなりましたが、いっときはよく食べていました。ほんのり甘みがあってややねばりのある身、それほど大きくはないので何匹か食べてしまいます。鰈のほうは目にしなくなりましたが小鯛はスーパーでも定番で若狭の小鯛としてパックに入って売っています。これもおいしくってたまに購入して楽しんでいます。

 竿からぶら下がっている生乾きの蒸し鰈、現地の浜でたべたらうまかろうな♪


 

2026年8月26日水曜日

大日本物産圖會その66

P66 東京都立図書館蔵 

P66_1

(読み)

若 狭 國 鰈  を取 圖

わかさのくにかれいをとるず


若 狭越 前 敦 賀ホ(トウ)の漁人(ギヨジン)

わかさえちぜんつるが  とう の   ぎょじん


三 十 石 舩 尓十  二三 人 乗(ノリ)組

さんじっこくふねにじゅうにさんにん  のり くみ


船 の左右 に王可れ帆を横

ふねのさゆうにわかれほをよこ


尓可け其 力(チカラ)を可りて網 を

にかけその  ちから をかりてあみを


曳(ヒ)个り海 の深 サ四五十 尋

  ひ けりうみのふかさしごじっひろ


奈る処  尓アハ(うき)を水 上  尓う可べ

なるところに   うき をすいじょうにうかべ


岩(オモリ)を落 して網 を廣 め水(すヰ)

  おもり をおとしてあみをひろめ  すい


底(テイ)尓あそぶ鰈(カレイ)を捕(ト)る也

  てい にあそぶ  かれい を  と るなり


網 中 雑交(マジリ)多るもの蟹(カニ)

あみなか   まじり たるもの  かに


多 くして甚 大い奈り

おおくしてじんだいなり

(大意)

(補足)

「若狭國」、今の福井県の西部,若狭湾沿岸にあたる。若州(じやくしゆう)。

 今でいう底引き網での鰈漁です。漁や鳥を捕まえる網では絵師・彫師・摺師の腕の見せ所です。ここでは網が沈んでしまっていて網の両端を漁師たち五六人でひいているところなのでそれほどではないにしても、それらしく描いています。底引きなので重そう。

 鰈のほかに蟹や他の魚類もいて好漁場のよう。船の舷側は青竹がはってあるのでしょうか。帆は風をいっぱいにうけて全開、こうしないと漁師たちだけの力では底引きは引き上げられないのでしょうね。


 

2026年8月25日火曜日

大日本物産圖會その65

P65 東京都立図書館蔵 

P65_1

(読み)

同 三 盆 糖 製 造 之圖

どうさんぼんとうせいぞうのず


搾(シホ)り多る汁 尓蛎 灰 を和し

  しぼ りたるしるにかきはいをわし


天荒 釜 にて煎 じあく

てあらがまにてせんじあく


をとること数 回 尓し天

をとることすうかいにして


白 下 と奈る三 盆 ハ白 下 百  斤 を

しろしたとなるさんぼんはしろしたひゃっきんを


九  個の布 尓包 ミ船 尓入 て

きゅうこのぬのにつつみふねにいれて


重 石を可け荒 密 を志本゛ること

おもしをかけあらみつをしぼ ること


一 晝  夜翌 日 取 出してトキ板

いっちゅうやよくじつとりだしてときいた


尓て練(ネリ)り又 帒  尓入 て搾 る斯 する

にて  ねり りまたふくろにいれてしぼるこうする


こと五回 尓して三 盆 糖 を得残 り多る

ことごかいにしてさんぼんとうをえのこりたる


荒密(アラミツ)尓て白 糖 三 十 斤 を得類

   あらみつ にてはくとうさんじっきんをえる


残  の密 ハ二番 密 と云 て諸 方 へ出ス

のこりのみつはにばんみつといいてしょほうへだす

(大意)

(補足)

「同」、讃岐国。

「白糖三十斤を得類」、変体仮名「類(る)」はたまにでてきます。「得」のくずし字はよくでてきます。一斤は約600g。

「密」(みつ)は「蜜」が正しいのでしょうけど、まだ「蜜」になってないからかな?

赤札3枚、右から「白下を布尓包ム」、「ときだい」、「押舟」。

 ときだいの上の三盆糖は白いので描くのが難しいはずですがお砂糖の雰囲気がでているのが上手。その上の職人さんの半纏の背中の屋号は「ロ」の中に「ヒ」を入れて「ヒロ」を意匠化したようで、これは絵師「広重」でしょう。他の半纏にもいろいろ図案化されています。

 桶や重石をしばっている縄のかけ方が同じで、紐でしばったり布でくるんだりする方法は非常に多様で発達していました。桶は生活の中で、また醤油・味噌・酒などでも、なくてはならない製品ですが、桶の製造に関しては「大日本物産図会」では扱ってなかったようにおもいます。

 詞書きの一、二行目の斜め線は虫食いの跡。

 

2026年8月24日月曜日

大日本物産圖會その64

P64 東京都立図書館蔵

P64_1

(読み)

讃岐  國 白 糖 製 造 ノ図

さぬきのくにはくとうせいぞうのず


夫甘蔗(カンシヤ)を培 養 する地ハ伊勢

それ  かんしゃ をばいようするちはいせ


尾張 駿 河紀伊阿波土佐

おわりするがきいあわとさ


肥前 讃岐 薩 摩ホ 也 就中

ひぜんさぬきさつまなどなりなかんずく


さぬきの白 薩 摩の黒 糖

さぬきのしろさつまのこくとう


ハ國 中  第 一 と須甘 蔗 ハ

はくにじゅうだいいちとすかんしょは


蜀 黍 尓似天その長サ

とうきびににてそのながさ


一 丈  余  あり立 冬 乃ころ

いちじょうあまりありりっとうのころ


種蔗  をふせて春 日移植  シ

しゅしょをふせてはるひいしょくし


冬 至尓折 採り牛 尓引 せて

とうじにおりとりうしにひかせて


石 車  尓て搾(シボ)る甘 蔗 二百  五十

いしぐるまにて  しぼ るかんしょにひゃくごじゅう


目一 日 搾 るを二 人の業 と須

めいちにちしぼるをふたりのなりとす

(大意)

(補足)

「讃岐国」、『さぬき 【讃岐】① 旧国名の一。香川県全域を占める。讃州(さんしゆう)』。うどんでご存知。

「甘蔗」、『かんしゃ【甘蔗】サトウキビの漢名。かんしょ』

「蔗」、『しょ 【蔗】〔「ショ」の音は慣用〕サトウキビ。ショ「蔗糖」「甘蔗」』。

「蜀黍」、『もろこし【〈蜀黍〉 ・〈唐黍〉 】① イネ科の一年草。アフリカ原産。食用・飼料とするため,温帯・熱帯地方で広く栽培される。形状はトウモロコシに似る。夏,茎頂に多数の小穂が円錐状につく。実を精白・製粉して食用とする。高粱(コーリヤン)は本種の一品種。タカキビ。トウキビ。② トウモロコシの別名。トウキビ。季秋』。

「目」、『㋐ 秤(はかり)で計った量。重さ。「―減り」㋑ 重さの単位。匁(もんめ)。「百―」』。『もんめ【匁】① 尺貫法の目方の単位。貫の千分の1。一匁は3.75グラム。目。』250目は約938g。

「大日本物産圖會」の画法のひとつである物産の生産過程をすべて一枚におさめてしまってます。右上では水や肥料を与え育てているところ。左上半分では手入れと茎の刈り取り。そして手前の石車でサトウキビを搾っています。搾り汁は薄水色で三個の石の上部からはじまって細い流れとなって左側に集まり小さな桶に集めているのがわかります。

 たくましい牛(からだの筋肉のつきようがほぼ濃淡だけで表現されていて見事)が鞭を手にする子どもに引っ張られて、牛の目と子どもがにらめっこ。

 サトウキビの生産地が四国・九州はうなずけるのですけど、伊勢・尾張・駿河・紀伊というのは、ほんとうなのでしょうか?う〜ん🤔・・・

 

2026年8月23日日曜日

大日本物産圖會その63

P63 東京都立図書館蔵

P63_1

(読み)

同 國 漆  取 之圖

どうこくうるしとりのず


漆樹(ウルシ)ハ雌雄(メヲ)の二種(シユ)あり

   うるし は   めお のに  しゅ あり   


雌木(メボク)ハ実(ミ)を結(ムス)び蝋(ラウ)を取 べく

   めぼく は  み を  むす び  ろう をとるべく


雄(ヲ)木ハ実奈し則   漆(ウルシ)をとる也

  お ぎはみなしすなわち  うるし をとるなり


時候(ジコウ)ハ半 夏生  より初  り

   じこう ははんげしょうよりはじまり


十  月 尓終 る其 取法(トリカタ)樹(キ)尓

じゅうがつにおわるその   とりかた   き に


段々(ダン ゝ)傷(キズ)を付 口 より流(ナガル)るゝ

   だんだん   きず をつけくちより  ながる るる


夜(シル)を鉄 の箆(ヘラ)尓て掻(カキ)取り腰(コシ)ニ

  しる をてつの  へら にて  かき とり  こし に


付 多る竹 づゝ尓請(ウケ)とめ枝 を切 て

つけたるたけづつに  うけ とめいだをきりて


水 ニ浸(シタ)し傷 を付 て液 を掻 とる也

みずに  した しきずをつけてしるをかきとるなり

(大意)

(補足)

「同」、三河国。

「半夏生」、『はんげしょう ―しやう【半夏生】① 〔半夏 →2の生える頃の意〕雑節の一。太陽の黄経が100度となる時。夏至から11日目。太陽暦では7月2日頃。季夏② ドクダミ科の多年草。水辺に生え,臭気がある。茎は高さ約80センチメートル。葉は長卵形。夏,茎頂に花穂をつけ,白色の小花を密生する。花穂のすぐ下の葉は下半部が白色となり目立つ。片白草。季夏』

「夜(シル)を鉄の箆(ヘラ)尓て」、液から氵をとってしまうと夜になりますので、氵を忘れたようです。最後の行「液を掻とる也」で復活♪

「水ニ浸(シタ)し」、フリガナが「シタ」しとなっていて、これはもちろん「ひた」しが正しい、江戸っ子だね。

 背景にある山が薄靄のなかにあるようで濃淡の雰囲気といい美しい。職人たちはやはり漆かぶれの予防のためか、漆樹液をかき集めている人たちはしっかり上下肌をかくしています。

 数日前の新聞記事に大子漆(だいごうるし)のことが掲載されていました。国内の漆生産量2024年で約1800kg。岩手が約8割をしめ、次に茨城210kg、栃木75kgとのこと。国産漆は全体の1割以下で他は中国や東南アジア産という状況。国産漆は大変に貴重で価格も非常に高価です。漆と同等の化学製品は現代科学をもってしても製品化されていません。

 

2026年8月22日土曜日

大日本物産圖會その62

P62 東京都立図書館蔵 

P62_1

(読み)

三河  國 名倉砥(ナクラド)切 出 ノ圖

みかわのくに    なぐらど きりだしのず


八名郡 名倉 といふ地より

やなぐんなぐらというちより


切 出須故 尓名倉 砥の名

きりだすゆえになぐらどのな


なり山 中  砥石 の苗 を逐

なりさんちゅうといしのなえをちく


深 く堀 入、四角 尓長 く切

ふかくほりいれしかくにながくきり


出して四 本 づゝ馬 尓付

だしてよんほんずつうまにつけ


て里 尓い多゛須青 白 砥石

てさとにいだ すせいはくといし


と異  り薄 黒 く斑(マダラ)あり

とことなりうすぐろく  まだら あり


天其質(シツ)滑(ナメラカ)奈り刀剣剃(トウケンカミ)

てその しつ   なめらか なり    とうけんかみ


刀(ソリ)等 尓用 ひ又 合  砥に用 由

  そり とうにもちいまたあわせどにもちゆ

(大意)

(補足)

「三河國」、愛知県中部・東部に相当。三州(さんしゆう)。

「逐」、『ちく【逐】① 追いかける。追いはらう。「逐電」「逐鹿(ちくろく)」「駆逐」「放逐」② 順を追って進む。「逐一」「逐次」「逐日」「逐条」「逐語訳」』

「己」+「大」、「異」の異体字。古文書では普通に使われています。

「合砥」(あわせど)、天然の仕上げ砥石。人造砥石の#3000〜#13000以上に相当。

 わたしは木工を数十年やってまして、ほそぼそと販売を続けています。ですので刃物を研ぐのは日常で、砥石もいくつか所有しています。しかしながら天然砥石はとても高価で手が出ません。切れ味が少しでもおちたなとおもったらすぐに研ぐのが一番で、そのようにしていれば、大抵は中砥と仕上げでそれほど時間もかからずに研ぎ上がります。なお老婆心ながら、研ぐというと砥石と刃物をしゅっしゅっと動かすところしか動画などではでてきませんが、砥石ともう一つの砥石でこすり合わせて砥石面を真っ平らにするという大事な手入れをしないと、刃物はきちんと研げません。砥石は二ついるということです。

 以前TVで外国の方が日本の砥石の名産地で天然砥石を求め、帰国して包丁研ぎの仕事をしている様子が放映されました。その方の研ぎは上手で申し分ないのですが、研ぎ過ぎで砥石も刃物も、もったいなく、あの十分の一程かもっと少なくてよいのにと、とにかくもったいないとおもったものでした。研ぎの魔力で研ぎすぎてしまうのです。

 子どものころ、〽ほうちょう〜とぎやでございっ、と独特の節回しで、道具一式を肩にかついで街中を流す研屋さんがいました。わずかな金銭でササッと手早く出刃包丁や菜切り包丁を研ぐのを息を詰めてながめたものでした。

 露天掘りで掘り出してます。いくらでもとれたのでしょうか。現在では坑道を掘ってその奥で鉱脈をみつけ、少しずつの生産をしているようです。

 崖の上で切り出している職人ふたりや切り出された石を天秤棒で運ぶ二人の職人さん、また右側のそれらを加工したり、馬にヨイショッとのせようとしている人、皆々仕事中の体の力の入れようがわかる態勢を上手に描いているなぁと感心してしまいます。

 赤い花の濃淡のつけかたなど、これまた見事であります。


 

2026年8月21日金曜日

大日本物産圖會その61

P61 東京都立図書館蔵 

P61_1

(読み)

同 蝋 ヲ製 ス圖

どうろうをせいすず


志本゛里多る液(シル)を鍋(ナベ)尓て

しぼ りたる  しる を  なべ にて


溶(トカ)し大 奈る桶(ヲケ)へ冷(ヒヤ)水 を汲(クミ)

  とか しだいなる  おけ へ  ひや みずを  くみ


その上 尓穴 の穿(アキ)多る筥(ハコ)を

そのうえにあなの  あき たる  はこ を


置(オ)きと可し多る蝋 を筥 の内

  お きとかしたるろうをはこのうち


尓入る連バ穴 より漏(モ)連て

にいるればあなより  も れて


ひや水 の中 尓な可゛るゝを

ひやみずのなかになが るるを


手をもつてつよくもミ

てをもってつよくもみ


莚(ムシロ)へちらして日 光 耳

  むしろ へちらしてにっこうに


曝(サラ)しかハ可すこと十  五六

  さら しかわかすことじゅうごろく


日 のちた王ら尓つめ天

にちのちたわらにつめて


諸國(シヨコク)尓出す

   しょこく にだす

(大意)

(補足)

 いくつかの工程をコマ割りして描くのではなく、一枚の中にすべておさめてしまうという「大日本物産圖會」の手法。

「同」、岩代國。

 説明札が3枚あります。左から黄札「蝋を晒ス図」、赤札「蝋ヲ搾ル図」、白札「莚ノ上ニ晒ス」。

 母(ニコニコ顔です)娘が背景に、母の持っているものは一服するときのお菓子かそれともお昼の握り飯か。

 絵がとても鮮明で、また賑やかで活気があふれでています。黒いかたまりがいくつもありますがこれなんでしょうか?

 

2026年8月20日木曜日

大日本物産圖會その60

P60 東京都立図書館蔵 

P60_1

(読み)

岩 代  國 会 津蝋 實採 ノ図

いわしろのくにあいずろうみとりのず


蝋(ラウ)ハ日 用 必 需(ヒツジユ)の品 尓て山漆(ウルシ)

  ろう はにちよう    ひつじゅ のしなにてやま うるし  


ハゼ漆  天竺桂(コガノキ)の実等 より

はぜうるし    こがのき のみなどより


採(トリ)或(アルイ)ハ蜂(ハチ)の巣(ス)水蝋樹(イボタ)ホ より

  とり   あるい は  はち の  す     いぼた などより


取るものあり當 国 尓て漆樹(ウルシ)

とるものありとうごくにて   うるし


よりとる物 ハ十  月 落 葉 頃(コロ)

よりとりものはじゅうがつらくよう  ころ


実(ミ)をとり臼(ウス)尓て搗(ツキ)箕(ミ)尓

  み をとり  うす にて  つき   み に


て粉(コ)と種(タネ)とを簸(フルヒ)王け大

て  こ と  たね とを  ふるい わけおお


釜(カマ)の上 へ木材(キ)を並 べ莚(ムシロ)を

  がま のうえへ   き をならべ  むしろ を


布(シ)き搗(ツキ)多る粉を橵(チラ)し蒸(ムシ)

 し き   つき たるこを  ちら し  むし


て又 麻(アサ)の帒(フクロ)尓入連ふ多ゝび

てまた  あさ の  ふくろ にいれふたたび


むして〆 木尓いれ搾(シボル)奈り

むしてしめきにいれ  しぼる なり

(大意)

(補足)

「岩代國」、いわしろ いはしろ 【岩代・磐代】① 旧国名の一。1868年(明治1)陸奥(むつ)国を分割して成立。福島県中西部に相当。

「天竺桂」、『「天竺桂(てんじくけい)」および「コガノキ(鹿子木)」は、どちらも複数のクスノキ科の常緑高木を指す古い漢名や別名であり、文脈によってヤブニッケイまたはカゴノキのどちらをも指す場合がある』。

「水蝋樹」、『いぼたのき【〈水蠟〉 樹・疣取木】モクセイ科の落葉低木。葉は対生し,長楕円形で全縁。五月頃,枝先に白色四弁の筒状花を数個ずつ開き,秋に紫黒色の実を結ぶ。日本各地に分布。この樹皮に寄生するイボタカイガラムシ(イボタロウムシ)の分泌する蠟(ろう)分からイボタ蠟を採集する。イボタ』。

「粉」、右側は「分」でそのくずし字は「彡」(さんづくり)+「丶」です。

 この画のように蝋の原料を採ることは現在でも行われていて、石油由来の蝋では代替できない分野では必需品です。これからも天然蝋はなくならないとおもいます。

 櫨(ハゼ)の実からとった蝋で作られた蝋燭を何本も持っています。会津の絵蝋燭ももう50年以上手元にあって、もったいなくてながめるだけにしています。

 枝からぶら下げた籠がきれいです。

 

2026年8月19日水曜日

大日本物産圖會その59

P59 東京都立図書館蔵 

P59_1

(読み)

伊豫 国 鷹 捕 之圖一

いよのくにたかとりのずいち


鷹 を捕る尓ハ張 切 網 と天

たかをとるにははりきりあみとて


羅の目一 二寸 尓てす可゛糸 を以 て

らのめいちにすんにてすが いとをもって


作 り竪 四 尺  よこ二間 者可り奈る

つくりたてよんしゃくよこにけんばかりなる


を鷹 觸 れハ縮  寄 やうに

をたかふれればちじみよるように


張 てその下 へ提  灯 羅とて三 尺  者゛

はりてそのしたへちょうちんらとてさんじゃくば


可りの丸 網 の中 へ鵯(ヒヨドリ)を入 おき

かりのまるあみのなかへ  ひよどり をいれおき


か多ハら尓蛇 の可多ちを木尓て

かたわらにへびのかたちをきにて


造 り竹 のつゝ尓入 糸 を奈可゛く

つくりたけのつつにいれいとをなが く


つけて夜 中尓仕可けお起早 天

つけてよなかにしかけおきそうてん


尓鷹 木末 を出るとき陀 の糸

にたかきすえをでるときへびのいと


を引 鵯   の方 を目可゛けて動 可せバ恐

をひきひよどりのほうをめが けてうごかせばおそ


れて騒  立 を見て鷹 是 をとらん

れてさわぎたつをみてたかこれをとらん


とし羅尓加ゝるをとる奈り

としらにかかるをとるなり

(大意)

(補足)

 画の発色や詞書きの文字のキレがとても鮮明です。

「伊豫国」、愛媛県全域にあたる。予州。

「羅」、『ら【羅】① 薄く織った絹布の総称。うすぎぬ。うすもの。② 搦(から)み織りの技法を用いて織った目の粗い絹織物。③ 陰茎。魔羅(まら)』『ら【羅】① あみ。あみでとる。「羅致」「羅網」「網羅」② つらねる。つらなる。「羅布」「羅列」「棋羅」「森羅」』。

「す可゛糸」、『すがいと【絓糸】縒(よ)りをかけない一本の生糸。日本刺繡などに用いる』。

「早天」、『そうてん さう―【早天】① 早朝。「翌九日の―に江刺を向て襲ふの体に」〈近世紀聞•延房〉② 夜明けの空。』

 網の上の赤札には「張切アミ」。

 網は絵師・彫師・摺師の技の見せどころの画題のひとつです。ここの張切網も見事であります。網の上の樹木は広葉樹、猟師の後ろは針葉樹、ちゃんと描きわけていています。

 

2026年8月18日火曜日

大日本物産圖會その58

P58 埼玉県立川の博物館蔵 

P58_1

(読み)

同 炭 焼 場之圖

どうすみやきばのず


炭 ハ豆州  天城(アマギ)山妻良(メラ)

すみはずしゅう   あまぎ さん  めら


小浦(ウラ)より多 く出す山

こ  うら よりおおくだすさん   


中  尓土 をもつて大 い奈る

ちゅうにつちをもっておおいなる


焼竃(ヤキガマ)を徒くり楢(ナラ)椚(クノギ)樫(カシ)の

   やきがま をつくり  なら   くのぎ   かし の


木等 を建(タテ)尓並  い連天

きとうを  たて にならべいれて


火をほどこしふ多をして

ひをほどこしふたをして


燻(ムシ)やきにし天製 す

  むし やきにしてせいす


こと尓堅硬(ケンゴウ)なるものを

ことに   けんごう なるものを


ビンチヤウと称  すこれハ

びんちょうとしょうすこれは


ウバガシ尓天焚(タキ)多る物

うばがしにて  たき たるもの


なり

なり

(大意)

(補足)

 画像の解像度が低いので、詞書きが不鮮明です。

「同」、伊豆国。

「妻良」、『子浦(こうら)と妻良は天然の崖と人工の防波堤で守られた南伊豆最大の良港に面している』。

「椚」、『くぬぎ【櫟・椚・橡・櫪】ブナ科の落葉高木。雑木林に多い。葉は狭長楕円形で縁に鋸歯(きよし)がある。秋,球形の「どんぐり」がなる。どんぐりの皿には線形の鱗片(りんぺん)が多数つく。材をシイタケ栽培の原木に用い,また薪炭材とする。樹皮は染料に用いる。古名ツルバミ』

 ここでは炭の製造を産業としている地域のひとつとしてここ伊豆を取り上げています。しかし、日本の村々では山が近いこともあって、小さな炭焼小屋は全国至る所にありました。村と村が接するところでは小枝を拾ったりすることについても、村同士の決まりがあって、里山は厳しく管理されていました。

 ここで炭とする樹木に楢・椚・樫があげられています。どれも非常に硬くて重い広葉樹です。山から伐採し、竃に入れるように形を整える、どれも重労働です。

 

2026年8月17日月曜日

大日本物産圖會その57

P57 東京都立図書館蔵 

P57_1

(読み)

伊豆 國 椿  の油  を取 圖

いずのくにつばきのあぶらをとるず


當 國 新(ニイ)島 三宅(ミヤケ)島 其 他

とうごく  にい じま   みやけ じまそのほか


七 島 中  椿樹(ツバキ)の多 きこと

しちとうちゅう   つばき のおおきこと


本邦(ホンホウ)第 一 とす山野(サンヤ)尓自(ジ)

   ほんぽう だいいちとす   さんや に  じ


生(シヤウ)してその花 者も艶麗(キレイ)

  しょう してそのはなはも   きれい


なり花 ちりて後 實(ミ)越

なりはなちりてのち  み を


むすぶ土人 これを採(ト)りて

むすぶどじんこれを  と りて


臼(ウス)尓て搗(ツキ)袋  尓入 て〆 木

  うす にて  つき ふくろにいれてしめき


尓可け油  を搾(シボ)るそ能色

にかけあぶらを  しぼ るそのいろ


志ろく澄清(スミ)尓し天粘(ネバ)

しろく   すみ にして  ねば


ら須゛洋州(ヤウジ ウ)のホルト油尓

らず    ようしゅう のほるとゆに


勝(マサ)連り

  まさ れり

(大意)

(補足)

 構図は椿の花をこれでもかというくらいに巨大に描き、遠近感と奥行きを与える広重定番の技。

 またこの画は色があせていますが、これら木版画がどのように劣化するかを知るためにも、それなりに貴重な資料となります。画の周辺がボロボロになりはじめてもいます。

「ホルト」、『ホルト。ポルトガルの転』の油なのでオリーブオイルのこと。

 椿油というと、食用油としてよりも、大相撲の関取衆の鬢付け油の香りが鼻をクンクンとさせて思い出されます。両国界隈お相撲さんが歩いたあとには椿油の残り香があって、とっくに見えなくなってしまった関取を探してキョロキョロしてしまいます。

 

2026年8月16日日曜日

大日本物産圖會その56

P56 国立国会図書館デジタルコレクション蔵 

P56_1

(読み)

阿波 國 藍 玉 製 之圖二

あわのくにあいだませいのずに


刈 取 多る全 草 を三 部尓分け末 の

かりとりたるぜんそうをさんぶにわけすえの


方 十  分を「上  リン」中  の方 十  分ヲ「中

ほうじゅうぶを じょうりん ちゅうのほうじゅうぶを ちゅう


リン」本 の方 十  分の四を本 葉と區

りん もとのほうじゅうぶのしをほんばとく


分 し鉈(ナタ)尓て細 可尓し日尓干し黒

ぶんし  なた にてこまかにしひにほしくろ


色 尓化するを度として莖 を去リ

いろにかするをどとしてくきをさり


俵  尓納 むる也○打 粉は朝 より

たわらにおさむるなりうちこはあさより


刈 倒  日尓干 四分六 尓押 切 可ら

かりたおしひにほすしぶろくにおしきりから


竿 尓て打 こなし葉と莖 と分ケ

さおにてうちこなしはとくきにわけ


て納 む蒅(スクモ)製  ハすくも蔵 尓入

ておさむ  すくも せいすはすくもくらにいれ


筵  を可け度 々 水 を注(ソゝ)ぎ床 返

むしろをかけたびたびみずを  そそ ぎとこがえし


をして八 十  日 の後 尓四 貫 目程 を

をしてはちじゅうにちののちによんかんめほどを


一 臼 として上  品 は二 日程 搗 て二十  五尓

ひとうすとしてじょうひんはふつかほどつきてにじゅうごに


丸 め俵  尓納 むる奈り

まるめたわらにおさむるなり

(大意)

(補足)

「蒅」、『すくも【蒅】藍(あい)の葉に水を加えて発酵させたもの。黒褐色の塊』。

「二十五尓丸め俵尓納むる」、意味がちょっと不明ですが、「四貫目程を一臼」とあって、約15kgをついて、それを25個の藍玉にして俵に納めて蔵に入れるのだとおもいます。

 赤札3枚黄札1枚があってそれぞれ作業の説明を記しています。赤札「藍ヲコナス」(から竿で打ちこなす)、「あゐ玉ヲ蔵尓入ル」、「藍玉ヲ?ル」。黄札「スクモ蔵」。

 材木は末(すえ)が木の先端で、根の部分を元(もと)といいます。ここでも同様で藍草の先端を末、元を本としています。

 畳の新しいものは藺草の溌剌とした香りが気持ちも躰もシャンとさせてくれます。藍染めした半纏もあの独特な藍染の香りが体に力を与えてくれますが、最近は昔ながらの藍染は少なくなって、化学染料なのか香りがしません。

 ここで働く職人さんたちの半纏はほとんどが藍染です。スクモ蔵の藁葺きの濃淡がきれいです。

 

2026年8月15日土曜日

大日本物産圖會その55

P55 国立国会図書館デジタルコレクション蔵 

P55_1

(読み)

阿波 國 藍 製 之圖一

あわのくにあいせいのずいち


夫藍(アヰ)ハ山 城 大 和河 内美濃

それ あい はやましろやまとかわちみの


両  野三 陸 播 磨四国 九  州  等

りょうやさんりくはりましこくきゅうしゅうとう


尓産 出  すといへども就中   阿

にさんしゅつすといえどもなかんずくあ


波の中 島 を上  等 と須その

わのなかじまをじょうとうとすその


あらまし先づ節 分 尓種 子

あらましまずせつぶんにしゅし


を下 し凡  廿   五日 過 て芽(メ)を

をくだしおよそにじゅうごにちすぎて  め を


生  ず後 七 十  五日 す起゛て苗 六

しょうずのちしちじゅうごにちすぎ てなえろく


七 寸 尓至 るを度として他 の

しちすんにいたるをどとしてほかの


園 尓栽 可へ後 七 十  五日 すぎて

えんにうえかえのちしちじゅうごにちすぎて


土用 の前 尓刈 込む奈りさ天

どようのまえにかりこむなりさて


二番 刈 込 ハ一 者゛んの刈 可ぶより

にばんかりこみはいちば んのかりかぶより


再  び生  じ多る物 尓して凡  三

ふたたびしょうじたるものにしておよそさん


十  日 を經て刈 とるもの奈り

じゅうにちをへてかりとるものなり

(大意)

(補足)

「両野」、『りょうや。上野国(こうずけのくに・群馬県)と下野国(しもつけのくに・栃木県)の両方を合わせた地域・地名の総称』。

「度として」、この本の詞書きでよく使われています。目処(めど)の「ど(度(漢字は異なりますけど))」で意味が通じます。

 画の下部に3枚の札があって右から順に「藍ヲ栽ル図」「虫ヲトル圖」「アヰカリノ圖」、藍の生育を一枚に収めてしまうのは画ならでは。鍬の質感がイイ。

 馬の鞍がどのように取り付けられているかが、この画でよくわかります。馬にも道中はわらじを履かせたそうですが、この馬はどうなのだろう?

 登場する人物全員、藍染めの着物や帯を身に着けています。馬も‼️

 背景がさみしいのは、藍の種まきから刈り取りまでを説明しているので、特定の時期を示す植物や樹木の様子を描くことを避けたのだとおもいます。

 

2026年8月14日金曜日

大日本物産圖會その54

P54 国立国会図書館デジタルコレクション蔵 

P54_1

(読み)

同 鯛 網 之圖

どうたいあみのず


縄 の両  端(ハシ)へ各 舩 二艘 ツゝをつけ

つなのりょう  はし へかくふねにそうずつをつけ


網 舩 二艘 ハ先 尓進 ミて麾(ザイ)

あみふねにそうはさきにすすみて  さい


をふり又 一 艘 ハ縄 の沈(シヅ)まざる

をふりまたいっそうはつなの  しず まざる


多め真 中 を採(ト)り麾(ザイ)をふりて

ためまんなかを  と り  さい をふりて


号令(ゴウレイ)を下す 然 して魚  の集

   ごうれい をくだすしかしてさかなのあつまり


多るを見て先 尓進 ミ多る網 舟

たるをみてさきにすすみたるあみふね


後  尓廻 り網 を者れバ初  の二艘

うしろにまわりあみをはればはじめのにそう


縄 を放 つ網 舟 の二艘 港板(ミヨシ)をやり

つなをはなつあみぶねのにそう   みよし をやり


違(チガエ)て網 を志本゛る余 の舟 多満網 尓

  ちがえ てあみをしぼ るほかのふねたまあみに


て網 中 の魚  をとり小舟 うつす也

てあみなかのさかなをとりこぶねうつすなり

(大意)

(補足)

「同」、淡路国。

「麾(ザイ)をふり」、『き 【麾】① 軍隊を指揮する旗。「麾下」「麾扇」「麾兵」

② 指図する。「指麾」』。『「采を振る(さいをふる)」とは、采配を振る(采配を振るう) と同じ意味』。『さい【采】を振(ふ)る。人にさしずをする。指揮して物事を行なう。ざいを振る』。昨日の画で、ブリ綱の両端の舟で赤い旗を振っているのがこのこと。

「港板(ミヨシ)」、『みよし【水押・舳】〔「みおし」の転『みおし【水押・〈船首〉 】』〕① 船首先端の水を切る部材で,船体構成上の主要材。近世以来,水切りのよい一本水押が主用されて和船の特徴の一つとなった。みおし。によし。にょし。ねうし。 →和船② 〔 →1からの転〕船首。 ↔とも』

「多満網」、たも網、たものこと。

 大量の鯛を描くこともさることながら、漁師たち一人ひとりの顔の表情やそれぞれの作業の動きを絵師は描きたかったのではとおもいます。彼らの顔を拡大してみると皆必死で、大漁に胸躍っているのが伝わってきます。

「44備前国白魚漁之圖」でも空中の網の画が見事でしたが、ここでは海中に半分沈む網。それでも質感と遠近があり網目をとおして波が見えているところなど、絵師・彫師・摺師の技が見事であります。

 和船が舳先から艫(とも)まで細かく描くこと、これまた丁寧です。絵師たちの気持ちがこの画にたいして入れ込んでいるのがよくわかります。

 

2026年8月13日木曜日

大日本物産圖會その53

P53 国立国会図書館デジタルコレクション蔵 

P53_1

(読み)

淡 路 國 鯛 ブリ網 之圖

あわじのくにたいぶりあみのず


鯛 ハ海 中  巌石(ガンゼキ)多 き処  尓

たいはかいちゅう   がんせき おおきところに


集  り是 をとる尓不便 奈

あつまりこれをとるにふべんな


る由ゑ尓「ブリ」といふて長 サ

るゆえに ぶり というてながさ


三 百  二三 十  尋 計 り奈る縄 へ

さんびゃくにさんじゅうひろばかりなるなわへ


糸 尓てうす板 を付 水 中  を

いとにてうすいたをつけすいちゅうを


ひけバ木(コ)の葉(ハ)の散乱(サンラン)する

ひけば  こ の  は の   さんらん する


古登久奈る可゛由ゑ耳魚

ごとくなるが ゆえにさかな


おそハれて中  流  尓たゞよひ

おそわれてちゅうりゅうにただよい


「ブリ」の真 中 尓あつまる此 縄

 ぶり のまんなかにあつまるこのつな


を引 尓舟 七 艘 尓して乗 人 卅    一 人 也

をひきにふねななそうにしてのりびとさんじゅういちにんなり

(大意)

(補足)

「尋」、『ひろ【尋】〔広(ひろ)の意〕両手を左右に広げたときの,一方の指先から他方の指先までの距離。長さの単位として用い,縄・釣り糸・水深をはかるのに用いる。江戸時代には一尋は五尺(約1.5メートル)または六尺(約1.8メートル)であったが,明治以降は六尺とする』。

「古登久奈る可゛由ゑ耳」、変体仮名のオンパレード。これをすらすら読めれば超初心者から初心者となります。

「魚おそハれて中流尓」、文章の流れから「さそわれて」があてはまりそうです。しかし「さ」の変体仮名をしらべると、この形に近いものはありません。この形の変体仮名に近いのは「お」です。ですので「さかなおそれて」のまちがいのような気がします。

 一番手前の5人の漁師がのっている小船、艫(艉(とも))の舵まわりも細かく描き、また漁師たちが旗に合わせて、きっと大声の掛け声も、漕いでいる様子が力強い。漁場の海の青の濃淡がきれい。

 

2026年8月12日水曜日

大日本物産圖會その52

P52 国立国会図書館デジタルコレクション蔵 

P52_1

(読み)

同 北 湊  ヨリ輸出  之圖

どうきたみなとよりゆしゅつのず


幾(いく)百万(ひやくまん)能蜜柑(ミ可ん)越山畑(者多)よ

  いく    ひゃくまん の   みかん をやま ばた よ


里摘(とり)来(き)多り廷中(ていち う)尓天

り  とり   き たり   ていちゅう にて


大 小  越撰(ゑらミ)天箱(者こ)尓収(おさ)めて

だいしょうを  えらみ て  はこ に  おさ めて


家々(いへ\/)の印(しるし)越うつし北港(本くこう)

   いえいえ の  しるし をうつし   ほっこう


の波戸場(者とバ)へ輹(ふく)淃(そう)し其(その)

の    はとば へ  ふく   そう し  その


箱(者こ)越累積(るいせ起)春ること山

  はこ を   るいせき することやま


能ごとく皆(ミ奈)小舩(ぶ年)尓積(つミ)

のごとく  みな こ  ぶね に  つみ


天地(ち)の嶋(し満)尓掛(可ゝ)る蒸気(じやうき)

て  ち の  しま に  かか る   じょうき


阿るひハ大舩(ふ年)尓積(つミ)て諸(しよ)

あるいはおお ぶね に  つみ て  しょ


國(こく)尓い多゛須

  こく にいだ す

(大意)

(補足)

「同」、紀伊国。

「北湊(きたみなと)」、地元の観光案内のパネル(無許可で使用。ゴメンナサイ)。 

 場所はここの赤印。


  北湊での積み出しは河口なので、大型の蒸気船は入れなくて小舟に小分けにして、右奥の赤札「地ノ嶋」で積み込みます。大型船が直接、港や埠頭に横付けするにはもう少し時代がくだらないとできませんでした。

 それにしても、なんとも莫大な蜜柑の量。詞書きの背景はここでも蜜柑色。

 昨日の「紀伊國密柑山畑之圖」のところでのせるべきでしたが、今日この図を見つけましたので、ここに紹介しておきます。 

 ほとんど同じ構図です。「大日本物産図会」を出版するにあたって、それまでの古今の書籍にあたっているのがわかります。

 

2026年8月11日火曜日

大日本物産圖會その51

P51 国立国会図書館デジタルコレクション蔵 

P51_1

(読み)

紀伊 國 密柑 山 畑 之圖

きいのくにみかんやまばたのず


蜜柑(ミ可ん)ハ枝(ゑ多゛)尓刺(者リ)阿りて旧  五月

   みかん は  えだ  に  はり ありてきゅうごがつ


の頃(ころ)尓白 花 越開(ひら)き其 匂(尓本)ひ

の  ころ にしろはなを  ひら きその  にお い


甚(者奈者)多゛香(可ん)者゛しく九月 尓い多

  はなは だ   かん ば しくくがつにいた


里実(ミ)青(あ本)く冬(ふ由)尓いたり天

り  み   あお く  ふゆ にいたりて


生(せい)熟(じゆく)春紀伊の國 の産(さん)盤

  せい   じゅく すきいのくにの  さん は


其(その)気味(きミ)甘美(可んび)なること他(多)尓比(ひ)

  その    きみ    かんび なること  た に  ひ


類(るい)なし実(じつ)尓柑(可ん)中(ち う)の冠(く者ん)多

  るい なし  じつ い  かん   ちゅう の  かん  た


りといふべし各(可く)郡(ぐん)夥(おひ多ゞ)しく

りというべし  かく   ぐん   おびただ しく


産(さん)春゛といヘども有田郡(あり多ご本り)越第 一

  さん ず といえども    ありたごおり をだいいち


等(登う)と春此(この)郡 より輸出(ゆしゆつ)春ること

  とう とす  この ぐんより   ゆしゅつ すること


凡  百  五十  万 箱(者こ)尓至(い多)連りとぞ

およそひゃくごじゅうまん  ばこ に  いた れりとぞ

(大意)

(補足)

 わたしのBlogの一番の目的は変体仮名の読みにありますので、この画の詞書き(背景に蜜柑色の飾りを入れていておしゃれ)は願ってもない練習文章になっています。変体仮名がたくさん使われています。

「山畑」、『やまばた【山畑】山にある畑。山地につくった畑。』

「夥しく」、フリガナは「おひ多ゞ」とあって、「ひ」が確認できません。

 画は緑がいっぱい。その濃淡だけで奥行や山腹の起伏を表現していてうまいなぁ。昔も今も収穫は手作業、大変です💦

 

2026年8月10日月曜日

大日本物産圖會その50

P50 国立国会図書館デジタルコレクション蔵

P50_1

(読み)

同 國 岩 蕈 採 之圖

どうこくいわたけとりのず


石 耳 ハ岩 上  の湿気(シツケ)ある

いわたけはがんじょうの   しっけ ある


所  尓自然 に生  する毛の

ところにしぜんにしょうずるもの


にして皆 山 上  の嶮 所 尓生

にしてみなさんじょうのけんしょにしょう


す形  木耳(ククラケ)尓似て甚  多゛ちひ

ずかたちき  くらげに ににてはなはだ ちい


さく松 の蘚(コケ)の如 し黒 色 尓し

さくまつの  こけ のごとしくろいろにし


て莖 奈し是 を採る尓ハ梯  を

てくきなしこれをとるにははしごを


可け縄 尓す可゛り或  ハ畚 にのり

かけなわにすが りあるいはふごにのり


木の枝 より釣 下 り其 危  き

きのえだよりつりさがりそのあやうき


こと猿 の木つ多ふ如 く奈り

ことさるのきつたうごとくなり

(大意)

(補足)

「同國」、周防国。山口県。

「畚」、『ふご【畚】① 物を運搬するために用いる竹や藁(わら)で編んだかご。もっこ。

② びく。釣った魚を入れるかご。』

 かごに乗っての岩茸採りは命がけ。籠の網目をとおして中が見えています。欲を言えば籠の向こうの崖まで見せてくれれば、ヒヤット感がましたかも。まぁ、籠の下は急流で深青の淵のよう、コワイ。

 地元JAで見かけるのはほとんどがキクラゲ(木耳)で、イワタケ(岩茸)はほとんどみませんねぇ。キクラゲは高価というわけではなくお手頃な価格で、オムレツに入れて食すとなんとなく豪華でおいしい。