2026年10月8日木曜日

大日本物産圖會その109

P109 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」

P109_1

(読み)

同 國 蜂 蜜 製 之圖

どうこくみつばちせいのず


蜂蜜(ハチミツ)ハ土 蜂 木蜂 山 蜂 ホ 有

   はちみつ はつちばちきばちやまばちなどあり


上  品 奈りと雖  も甚   少 し故

じょうひんなりといえどもはなはだすこしゆえ


尓家 蜜 と云 て箱 或  ハ桶 尓

にいえみつといいてはこあるいはおけに


數孔(アナ)を穿(ウカ)ち此 内 尓蜂 を

   あな を  うが ちこのうちにはちを


養(ヤシナ)ふ蜂 春 の末 より秋 の

  やしな うはちはるのすえよりあきの


末 尓至 る迄 外 辺 尓出て

すえにいたるまでがいへんにでて


花 の蜜 槽 を含(フク)ミ房中(バウチ ウ)尓

はなのみつそうを  ふく み   ぼうちゅう に


貯(タクハ)ふ秋 の末 尓至 りて筥 中

  たくわ うあきのすえにいたりてはこなか


の脾三 分 の二を採りて煎 じ

のひさんぶんのにをとりてせんじ


て熟蜜(シユクミツ)と須是 則   家 蜜 也

て   じゅくみつ とすこれすなわちいえみつなり

(大意)

略

(補足)

「同國」、丹波国。京都府中部と兵庫県中東部に相当。

江戸時代、丹波の国(現在の兵庫県北東部・京都府中部)は日本国内における主要な蜂蜜の産地の一つとして知られていたそうです。

 画全体が春の店先のにぎやかな様子で、子どもが蜂二匹におわれててんやわんや。

画の右下隅の竈(かまど)から立ち上がる煙が昇るにつれて透けて見えてくる職人さんの着物の色を変えているのが摺師のこだわり、うまいもんです。

 現在のような蜜柑箱みたいでの養蜂はいつごろからなのでしょうね。桶を使う方法はなかなか新鮮です。

 馬の鞍のしつらえが細かく描かれていて、こういったところも手を抜きません。

 

2026年10月7日水曜日

大日本物産圖會その108

P108 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」

P108_1

(読み)

丹 波 國 燧  石 切 出 之圖

たんばのくにひうちいしきりだしのず


燧石(ヒウチイシ)ハ氷上(ヒカミ)郡 の内 所 々 よ

   ひうちいし は   ひかみ ぐんのうちしょしょよ


里産 須゛土中  尓ある石 尓し

りさんす どちゅうにあるいしにし


て其 形 ち水晶(スヰシヤウ)のことし其 色

てそのかたち   すいしょう のごとしそのいろ


白 きあり鼠(ネズミ)色 あり金属(カネノルヰ)

しろきあり  ねずみ いろあり   かねのるい


を以て戛撃(タゝキ)すれば則火を

をもってたたきすればすなわちひを


発 す此 火を莔麻炭(ホクチ)尓うつし

はっすこのひを    ほぐち にうつし


て火を點(テン)ず故 尓火打 石 と

てひを  てん ずゆえにひうちいしと


称  して民 家尓用 ひざる処  奈し

しょうしてみんかにもちいざるところなし

(大意)

略

(補足)

「戛」、「かつ」と読み、「戛戛(かつかつ)『堅い物の触れる音を表す語。』」「戛然(かつぜん)『堅い物が触れて出る音のさま』」など熟語あり。なので「戛撃」は「かつげき」と読むのかな。

「莔麻炭(ホクチ)」、『ほくち【火口】① 燧(ひうち)を打ちつけて火をうつしとるもの。イチビの茎を炭にしたものや,茅花(つばな)(チガヤの花)やパンヤに焼酎・焰硝を加えて製したものを用いる。ほくそ。』

「莔麻」、『いちび【〈莔麻〉】① アオイ科の一年草。インド原産。高さ約1.5メートル。全体に軟毛が密生する。葉は心臓形。夏,黄色五弁の小花をつける。茎の皮から繊維を取り,ロープ・麻袋などに用いる。キリアサ。② 綱麻(つなそ)の別名。』

 詞書きのとおり、「土中尓ある石尓して其形ち水晶(スヰシヤウ)のことし其色白きあり鼠(ネズミ)色あり」ですので、石工さんたちが掘っているところだけ色がことなっています。そのまわりの黒ずんだ岩石の濃淡が上手。

 火打ち石は鉄などの金属で打ち付けたときに火花が散りますが、それは石から火の粉が出るのではなく、打ち付けた金属の粉が一瞬に酸化して火花になっているので、石どうしを打ち付けても火花はでません。

 この物産図会が出版される前後にマッチが製造されて、あっという間に火打ち石で火をつける習慣はなくなりました。現在ではアウトドアで使われています。

 

2026年10月6日火曜日

大日本物産圖會その107

P107 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」

P107_1

(読み)

佐渡金 堀 之圖

さどきんほりのず


金 尓砂金(サキン)石 金 其 外 数種(スシユ)

きんに   さきん いしかねそのほか   すしゅ


あり砂金 ハ山 谷土砂(ドシヤ)の中 に

ありさきんはさんや   どしゃ のなかに


生  春゛又 瓜子(ウリザネ)金 麩(ナスビ)金 と可

しょうず また   うりざね きん  なすび きんとか


阿り精煉(トラカシ)して熟(ジユク)金 と

あり   とらかし して  じゅく きんと


なす石 金 ハ岩 石 の間

なすいしかねはがんせきのあいだ


に混合(コンガウ)して方 言「シ

に   こんごう してほうげんし


ラマサ」といふ人 夫砿 中(アナ)

らまさ というにんぷこう  あな


の金脈(ツル)をつ多ふて堀 捕

の   つる をつたうてほりとる


毛の奈り

ものなり

(大意)

略

(補足)

 詞書きの題名に「堀」とあって、これは昨日も記したとおり現在では「掘」が⭕️。漢字の試験で「土」+「屈」をかいたら❌️になります。

赤札中央「カケヤ尓天孫八を打込む」、画を見ればあきらかで、カケヤは金掘大工が握っている大きな木槌、孫八は地面にある杭のようなもので「鑚(たがね)」。

左の2枚め「水ぬき」、この画ではところてんを押し出す器具ににて取っ手を上下にしてつかってますが、丸い筒状の水抜きもあって、それは手元でクルクルまわして使うものだったようです。

 お尻にあてている円形のものは「腰当(しりあて)カマス」。

 壁にさしてある灯りとりはサザエ殻のよう。

 佐渡金山の江戸時代の最盛期の金(銀等)の産出量は世界一だったそうです。現在は掘り尽くしたといわれていますが、現代の科学をもってすれば、付近の海底に金鉱脈を見つけることができるのではと夢想してしまいます。

 昨日の「佐渡國金山之圖」の元絵を広重としましたが、さらに広重は「日本山海名物図会巻之一 金山鋪口(かなやましきくち)NDL所蔵」を参考にしているようです。

 今日の元絵も同様です。「日本山海名物図会巻之一 金山鋪の中能繪(可奈やましきのうちのゑ)NDL所蔵」。

 わたしのBlogですでに「日本山海名物図会全5巻」をUPしてあります。

 鉱脈の中ですから手元や壁の灯り以外のところはほとんど真っ暗なはずですけど、金掘大工たちはそれぞれスポットライトをあびたように生き生きしています。

 最近『佐渡絢爛』(赤神諒・著)を読みました。面白かった。

 

2026年10月5日月曜日

大日本物産圖會その106

P106 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」



P106_1

(読み)

佐渡 國 金 山 之圖

さどのくにきんざんのず


皇国(クワウコク)金 を發見(ハツケン)せしハ

   こ うこく きんを   はっけん せしは


人 皇 四 十  六 代 孝謙(カウケン)天 皇 の

にんのうよんじゅうろくだい   こうけん てんのうの


御 宇始 めて陸奥 國 より献(ケン)

ぎょうはじめてむつのくにより  けん


納(ノウ)すと云(イフ)蓋(ケタシ)し當 國 盤

  のう すと  いう   けだし しとうごくは


諸 郡 より出春と雖 ども

しょぐんよりだすといえども


就中(ナカンツク)雑太(ザウタ)郡 相 川 西 見川

   なかんずく    ぞうた ぐんあいかわにしみかわ


金 北 山 より堀 出すこと最  も夥(オヒタ)シ

きんぼくさんよりほりだすこともっとも  おびただし


其 出  額 年 々 五十 〆 目余  ニ至

そのしゅつがくねんねんごじっかんめあまりにいた


れり実 尓盛  奈ること海 内 第 一 也

れりじつにさかりなることかいだいだいいちなり

(大意)

略

(補足)

 赤札が3枚あります。右から「風廻し口」、「四ツ留口」、「水抜口」。四ツ留口の入口上部には白い御幣を飾った額があり安全祈願。鉱山は水との戦いで、一日中ただひたすら水を桶で汲み上げる職人もいました。

「御宇」、『ぎょう【御宇】〔宇内(うだい)を統御するの意〕天子の治世の期間。御代(みよ)。「宇多天皇の―」』。

「金北山(きんぽくさん)」、『標高1171.9mで、佐渡島および大佐渡山地の最高峰』。

「堀出す」は「堀出す」です。詞書きの「堀」は「お城の堀」のホリ、土偏です。「扌」は「穴を掘る」のホル。まぁ細かいこと気にしないのがこの時代。

「海内」、『かいだい【海内】四海の内。国内。天下。「―無双」「―に御威光(ごいこう)輝き」〈自由太刀余波鋭鋒•逍遥〉』。

 3つの入口の岩の色の濃淡がちょっと不気味で怖い。

 先代広重の「六十余州名所図会 佐渡 金や満」、

 この画が元になっているようです。両方の画の明暗の差が気になるところです。

 

2026年10月4日日曜日

大日本物産圖會その105

P105 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」

P105_1

(読み)

越 後 國 鮭 洲走  を捕   圖

えちごのくにさけすばしりをとらえるず


當 國 の鮭(サケ)ハ初 秋  上 り北 海 を

とうごくの  さけ はしょしゅうのぼりほっかいを


出て千曲(クマ)川 阿加 川 尓沂(サカノボ)る㕝

でてち  くま がわあがのがわに  さかのぼ ること


凡  五十  四里 川尓ある事 五ヶ月

およそごじゅうしりかわにあることごかげつ


清 き流  水  の所  尓子を産 つけ

きよきりゅうひょうのところにこをうみつけ


后 海 尓皈 る鮞(ハラゝゴ)水 尓ある事

のちうみにかえる  はららご みずにあること


十  四五日 尓して魚 と化(ナル)春 尓至

じゅうしごにちにしてうおと  なる はるにいたっ


て海 尓入 生 長  して川 を登 ること前

てうみにいりせいちょうしてかわをのぼることまえ


のごとし鮭 網 あるを知り遁(ノカレ)んとして

のごとしさけあみあるをしり  のがれ んとして


河原 尓飛 上 り走 ること四五間 矢の

かわらにとびあがりはしることしごけんやの


如 く尓して水 尓飛 入る然 れども

ごとくにしてみずにとびいるしかれども


先 奈る魚 もの尓ふれて倒(タヲル)るゝこと

さきなるうおものにふれて  たおる るること


あれバ後 の鮭 皆 倒  て走 ら須゛奇魚

あればのちのさけみなたおれてはしらず きぎょ


と云 べし漁 夫これをとる事 多 し

というべしりょふこれをとることおおし

(大意)

略

(補足)

「㕝」、『事』。「皈」、『帰』。いつもながら見慣れぬ漢字多し。

 錦絵・浮世絵では主題になるものを大げさに巨大化して描くというのがお約束ですが、ここの鮭は漁師と比べてもほぼ実寸に見えます。産卵期に遡上してくる鮭に赤い斑点がありますがそれも忠実に描いています。手づかみで捕まえようとしている漁師の勢いが地をはい、浮かんでいるよう。

 州は水がひいて、砂浜や岩があるところですから表現するのは難しそうですが、雰囲気がでていて上手ですね。

 

2026年10月3日土曜日

大日本物産圖會その104

P104 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」

P104_1

(読み)

越 後國  雪 中  布 晒  之図

えちごのくにせっちゅうぬのさらしのず


縮(チゝミ)ハ越 後 国 柏  嵜 小千谷千 手

  ちじみ はえちごのくにかしわざきおじやせんじゅ


塩 沢 十 日町 よりい多゛す物 ハ皆

しおざわとおかまちよりいだ すものはみな


縞 或  ハ紺 可゛すり尓て島 堀 辺

しまあるいはこんが すりにてしまほりあたり


ハ白 縮  を専  らとし下(シモ)谷 辺  尓て

はしろちじみをもっぱらとし  しも たにあたりにて


苧麻(マヲ)を多 く養  ふ苧麻ハ

   まお をおおくやしなうまおは


麻 尓似てその葉桐 のごとし

あさににてそのはきりのごとし


夏 刈 とつて皮 を剥 石 灰 と稲

なつかりとってかわをはぎせっかいといな


灰 のあく尓てさらし煎 天

ばいのあくにてさらしいりて


細(コマカ)尓破(サ)き紡(ヨリ)を可けて布 に

  こまか に  さ き  より をかけてぬのに


織り晒 屋尓王多すさらしや

おりさらしやわたすさらしや


又灰汁(アク)尓てさらし降 積 雪 尓

また  あく にてさらしこうせつゆきに


敷 可さ年雪 尓うづミてさらす

しきかさねゆきにうずみてさらす


由ゑ尓白 き事 ゆきのことし

ゆえにしろきことゆきのごとし

(大意)

略

(補足)

 雪に晒している布に目がゆく前に、手前の大きく太い松が見事。松独特のひび割れた樹皮の様子や瘤(こぶ)、枝の張り具合、とがった松葉に積もる雪。その向かいの松の木はひょろっとさせて対比させようとしたのか、遠近がねらいか。

 山を描けば小川を入れるのはお約束で、ここでは川の水は流れているのか凍っているのか、凍っているものや氷を描くのは難しいはず、そういえば北海道の氷を輸出する物産図会がありました。

 働いていれば寒くないのか、重ね着している人はひとりもいませんね。

この画のもとは、鈴木牧之(すずきぼくし)の著書『北越雪譜(ほくえつせっぷ)』(天保年間刊)「雪中晒縮図(せっちゅうちぢミをさらすづ)」によっています。

 

2026年10月2日金曜日

大日本物産圖會その103

P103 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」

P103_1

(読み)

越 中  滑  川 大 章魚之圖

えっちゅうなめりかわおおだこのず


當 國 冨山(トヤマ)滑(ナメリ)川 の大 鮹(タコ)ハ牛  馬

とうごく   とやま   なめり かわのおお  だこ はぎゅうば


を取 喰ひ漁 舟  を覆(クツカヘ)して人 を

をとりくいぎょしゅうを  くつがえ してひとを


取連り漁  人是 を捕(トラ)ふるに術(シユツ)奈

とれりりょうしこれを  とら うるに  じゅつ な


し故 尓舟 中  尓空寝(ソラネ)して待(マツ)

しゆえにせんちゅうに   そらね して  まつ


バ鮹 う可ゞひ与つて足 をのべ天

ばたこうかがいよってあしをのべて


舟 尓打 可ゝるを目早 く鉈(ナタ)を

ふねにうちかかるをめばやく  なた を


以 て其 足 を切 おとし速(スミヤカ)尓漕(コギ)可へ

もってそのあしをきりおとし  すみやか に  こぎ かえ


る其 危(アヤウ)きこと生 死一 瞬(シユン)の間  に

るその  あやう きことせいしいっ  しゅん のあいだに


関(カゝ)る右 足 を市店 の簷(ノキ)尓掛 れ

  かか るみぎあしをしてんの  のき にかけれ


バ長 く多れて地尓あ満る又 疣(イボ)一 ツ

ばながくたれてちにあまるまた  いぼ ひとつ


を服(フク)して一 日 の食  に足るといふ

を  ふく していちにちのしょくにたるという

(大意)

略

(補足)

 昨日の高岡、今日の滑川、富山湾の地図です。

「疣(イボ)一ツを服(フク)して一日の食に足る」、ウソっぽいけど、でもこれだけデカイ鮹なら、なんとなく信じてしまいます。それになにより、食べてみたい。

「目早く」、『めばや・い【目早い】(形)《文ク めばや・し》見つけるのが早い。すばやく見ぬく。めざとい。「上等らしいのを―・くえりわけて」〈俳諧師•虚子〉』。

「足」のこの形のくずし字は初めてかも、「豆」の上部の「一」をとった形。

 大鉈でまさにきらんとする漁師、よく見るとタコの右足に(八本もあるのに)切れ目が入っています。一度では切り落とせなかったよう。

 この版は摺りの最初のころのようで、詞書きの文字が鮮明ですし、画の描線の彫りの角がたっています。

 

2026年10月1日木曜日

大日本物産圖會その102

P102 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」

P102_1

(読み)

越 中   國 鐵 物 細 工之圖

えっちゅうのくにてつものさいくのず


鐵 物 ハ新 川 郡 亀 谷 村

てつものはしんかわぐんかめがいむら


より産 す職  工 鎔(トカ)し煆(キタ)へ天

よりさんすしょっこう  とか し  きた えて


火鉢 鉄 瓶 及  鍬 鎌 ホ を製 ス

ひばちてつびんおよびくわかまなどをせいす


殊 尓高 岡 尓て製 する佛

ことにたかおかにてせいするぶつ


具その他の物 品 其 製 良

ぐそのたのぶっぴんそのせいりょう


工 尓して鳥  獣  草 花の毛(ケ)

こうにしてちょうじゅうそうかの  け


彫(ホリ)細密(サイミツ)奈り就中   内 國 勧

  ほり    さいみつ なりなかんずくないこくかん


業  博 覧 會 へ出  品 の花瓶

ぎょうはくらんかいへしゅっぴんのかびん


ハ頗(スコブ)る精 妙  尓して賞牌(シヨウハイ)を

は  すこぶ るせいみょうにして   しょうはい を


多満ハりしと云

たまわりしという

(大意)

略

(補足)

「越中國」、今の富山県全域。古名。こしのみちのなか。

「新川郡亀谷村」、富山県(越中国)にあった[新川郡](のちの[上新川郡]、現・富山市大山地区)に存在した村。

「鍬鎌ホ」、この「ホ」はもちろん「等」。

 大日本物産図会は、明治10年(1877)に開かれた第1回内国勧業博覧会に際して全国各地の物産品を紹介した図絵ですが、この画の左端に花瓶を箱詰めしていて、その箱に「博覧会出品」と読めます。

 巨大な花瓶には青龍が、その視線の先にはザンバラ髪(ほんとにただ切っただけというボサボサの感じがうまい)の職人がいて、指差しにらみあっています。その向かいの職人は七三分けの整った顔だちの成年風職人、右手に金槌、左手に鏨(タガネ)。

 のれんに「や」、「屋」がありますが、これでは通りからみたら逆さ文字になってしまいます。

 

2026年9月30日水曜日

大日本物産圖會その101

P101 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」

P101_1

(読み)

同 國 鯖 釣 之圖

どうこくさばつりのず


鯖(サバ)ハ諸 國 の海 濱 尓鱲(トル)する

  さば はしょこくのかいひんに  とる する


と雖  も能登尓てとる物 を

といえどものとにてとるものを


名 品 と須春 夏 秋 の夜そら

めいひんとすはるなつあきのよぞら


曇(クモ)り潮(テ ウ)水 立 の本り海 上

  くも り  ちょう すいたちのぼりかいじょう


霞  多るを鯖 日和(ヒヨリ)と称  して

かすみたるをさば   びより としょうして


漁 舟  数 百  艘 打 並 び舟 毎

ぎょしゅうすうひゃくそううちならびふねごと


尓篝(カゝリ)を照 し方 火天 を焦(コガス)可

に  かがり をてらしほうかてんを  こがす が


如 し鉤 糸 ハ十 尋(ヒロ)計 り尓て

ごとしつりいとはじっ  ひろ ばかりにて


鰯(イワシ)鰕(エビ)奈どを餌 として手繰(クリ)ニ天釣 也

  いわし   えび などをえさとしてた  ぐり にてつるなり

(大意)

略

(補足)

「同國」、能登。

「鱲」、トルと振り仮名がありますが辞書にはそれに「子」をつけて『からすみ【〈鱲子〉 】ボラ・サワラなどの卵巣を塩漬けにし,圧搾・乾燥させた食品。形が唐墨(からすみ)に似て細長く平たいのでこの名がある』とありました。

「霞多るを」、霧か霞か悩ましいところですが、くずし字辞典で調べて「霞」に決定。

「十尋」、約18m。

「手繰」、いわゆる竿を使わない「一本釣り」で、鯛なども同様に釣ります。

 能登は現在でも、鯖寿司・鯖押し寿司・鯖棒寿司・焼き鯖寿司などどれもうまい‼️

松を大きく前面に持ってくるのは、広重一派の定番画法。「海上霞多る」遠くの漁舟は空に浮かび漂うよう。

 

2026年9月29日火曜日

大日本物産圖會その100

P100 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」

P100_1

(読み)

能登素 麺 製 造 ノ圖

のとそうめんせいぞうのず


素 麺 ハ備 後伊豫美 作 阿波

そうめんはびんごいよみまさかあわ


讃 岐大 和能登伊勢の各 州

さぬきやまとのといせのかくしゅう


尓て産 出  す五色 平(ヒラ)長(ナカ)太(フト)

にてさんしゅつすごしき  ひら   なが   ふと


白髪(シラカ)等 の諸 名 あり初

   しらが とうのしょめいありしょ


夏株 あげたる小麦 越

かかぶあげたるこむぎを


冬 尓い多りて目方 四 〆 五百

ふゆにいたりてめかたよんかんごひゃく


目を碓(ウス)尓て引 絹(キヌ)ぶるひ尓

めを  うす にてひき  きぬ ぶるいに


可け三 〆 目の白(コ)粉 を得る即

かけさんかんめの  こ ふんをえるすなわち


水 塩 等 を和して捏(ネリ)あハせ

みずしおとうをわして  ねり あわせ


麺棒(メンハウ)尓て壓延(オシノバ)し渦(ウツ)のごとく

   めんぼう にて   おしのば し  うず のごとく


切 廻  て曳(ヒキ)のバし細 く奈して掛産(ワク)尓

きりまわして  ひき のばしほそくなして   わく に


乾 上 適宜(ホドヨク)裁 て諸 国 尓出す

ほしあげ   ほどよく たちてしょこくにだす

(大意)

略

(補足)

「初夏」、ここの「夏」の漢字はフォントにありません。

 能登輪島がかっては素麺の一大産地であったことは知りませんでした。『輪島素麺(りんとうそうめん)は、室町時代から江戸時代にかけて石川県輪島地方で盛んに生産されていた、油を使わない手延べ製法の歴史ある素麺』とありました。

 この大日本物産図会の画工は安藤徳兵衛とあるのですが、これは親方または工房代表者のものであって、親方の指示に従って彫師が分担しているはずです。この画の詞書きは一見してわかるように、どことなくゴツゴツしていて彫師の個性というのではなく技量がいまひとつのよう。一行の文字列が右に左にとぶれたり文字の間隔が落ち着かない。まぁ読めることは読めるのですけど。

 左上部の枠近くに棒立ちしている男の人、視線は眼の前の二人の作業を見守っているのかとおもいきや、足元を見ると小山になった白いものが・・・足でこねていたのでした。

 奥の薄茶色にみえる畑は、小麦畑でしょうか。

 

2026年9月28日月曜日

大日本物産圖會その99

P99 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」

P99_1

(読み)

羽後秋 田欵冬之圖

うごあきたふきのず


秋 田郡 久保田辺  より出る蕗(フキ)

あきたぐんくぼたあたりよりでる  ふき


ハ尋常(ヨノツネ)の者 尓異(コト)奈り莖(クキ)の高

は   よのつね のものに  こと なり  くき のたか


さ一 丈  尓至(イタ)り葉(ハ)の大 キサ傘(カサ)

さいちじょうに  いた り  は のおおきさ  かさ


の如 し其 莖(クキ)徑(ワタ)り六 七 寸 心(シン)の

のごとしその  くき   わた りろくしちすん  しん の



孔 尓青魚脯(シン)二尾を容(イ)るゝ

あなにあお  しん にびを  い るる


ものありといふ其 葉を印(イン)し

ものありというそのはを  いん し


て諸 方 尓出すに唐 紙 二

てしょほうにだすにからかみに


枚 尓跨(マタガ)るといふその欵冬(フキノ)

まいに  またが るというその   ふきの


花(トウ)も大  サ蓮花(レンゲ)尓春起゛多り

  とう もおおきさ   れんげ にすぎ たり


茎花(クキバナ)並   食(クラ)ふべし然(シカ)連共

   くきばな ならびに  くら うべし  しか れども


其 味 ハ却(カヘ)て長  ぜざる所  也 と云

そのあじは  かえってちょうぜざるところなりという

(大意)

略

(補足)

「欵冬」、『おおば、おほば、かんとう【欵冬】植物「ふき(蕗)」の古名。また「つわぶき(橐吾)」の古名ともいう』。『漢字の意味: 「欵」は打ち叩く、「冬」は寒さや氷を表し、冬の氷や雪を破って芽を出す様子に由来します。七十二候: 二十四節気の大寒の初候に「欵冬華(ふきのはなさく)」があり、雪の下からフキノトウが顔を出す、春の訪れを告げる頃を指します』。辞書とAIによる概要にたよりました。

「秋田郡久保田辺」、JR秋田駅、秋田市のあたり。久保田城があります。

「青魚脯」、AIによる概要では『青魚脯(せいぎょほ / チンユーフー)とは、中国の淡水魚である「青魚(アオウオ)」を原料とした魚の干物』とあります。ここでは秋田沖でとれたニシンの干し魚でしょうね。

 蕗が森林のように描かれ、人が小人になってしまったように見えます。かって北海道に旅したとき、実際に自分自身より大きな蕗の葉と茎を見たときには信じられないおもいでした。雨傘よりも大きい葉なのでちゃんと雨をしのげますし、葉っぱにある毛が水をはじくので実際の傘よりも上等でした。

 畑仕事の帰り道、鋤をかつぐ近所の人が、蕗の葉の下で雨宿りする旅人に指を指しながら話しかけています。「影が馬みてぇじゃねぇか、ハハハ」。

 蕗の葉の裏表、茎はみな緑色ですが、濃淡だけで表現していてきれいで見事です。

 

2026年9月27日日曜日

大日本物産圖會その98

P98 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」

P98_1

(読み)

羽後 國 養 蠶 之圖七

うごのくにようさんのずなな


蚕(カヒコ)春で尓繭(マユ)と奈り五六 日 目

  かいこ すでに  まゆ となりごろくにちめ


与りハ糸 を取るなり是 も国 々

よりはいとをとるなりこれもくにぐに


尓与りて流  義多 し當 国 ニてハ糸 取

によりてりゅうぎおおしとうごくにてはいととり


女  の左  の方 へ竈(カマド)を置き鍋(ナベ)の

おんなのひだりのほうへ  かまど をおき  なべ の


湯沸騰ると起ま由一 升  を四

ゆたぎるときまゆいっしょうをし


五度本ど尓鍋 へ入連加減(可个゛ん)与く

ごどほどになべへいれ   かげ ん よく


煮(ニ)多るとき箸 を以  可き交(マゼ)

  に たるときはしをもってかき  まぜ


糸 口 をとり奈べの縁(ヘリ)尓馬

いとぐちをとりなべの  へり にうま


の尾或  ハ女  の髪(カミ)の毛をちひ

のおあるいはおんなの  かみ のけをちい


さ起輪(ワ)尓し之 を結(ユヒ)付 此 穴 尓

さき  わ にしこれを  ゆい つけこのあなに


糸 を通 し篗(ワク)尓巻(マキ)てとる也

いとをとおし  わく に  まき てとるなり

(大意)

略

(補足)

「羽後國」、秋田県の大部分と山形県の北部の一部とに相当。

「篗」、『わく【籰・篗】〔「枠(わく)」と同源〕紡いだ糸を巻き取る道具。二本または,四本の木を対にして横木で支え,中央に軸を設けて回転するようにしたもの。おだまき』。

 養蠶之圖が七になって、物産図会の品で同じものでは一番の紹介数かもしれません。明治初年以降生糸の輸出が爆発的に増加してゆくまさにその時代でありました。

 2台の篗(ワク)で巻き取っている御婦人ふたり、ひとりは娘さんぽく、姉さんかぶりしているもうひとりはチト色っぽい。手回している部分に歯車が二枚見えています。

 窯焚きしている男の背中の「萬」は版元の東京日本橋錦栄堂萬屋大倉孫兵衛の意匠。胸元が開いた長煙管をすっている女となにやら色っぽいはなしでもしている様子。

 柱に金具をつけて巻き取った生糸を引っ掛け、全体を整えている男はザンバラ髪、足元には大きい和鋏とヘチマのような形のものがあります、なんでしょうこれ?

 馬の鞍が大きくて丈夫そうなのは、右のほうにある生糸がつまった荷物をこれからのせようとしているところのよう。「この大きな荷物ふたつ運んでください、これくらい大丈夫だよね?」「へい、旦那様。うちの馬はそれくらいなんともありゃしませんや、まかしておくんなさい」。

 

2026年9月26日土曜日

大日本物産圖會その97

P97 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」

P97_1

(読み)

越 前  國 奉 書 紙製 之圖

えちぜんのくにほうしょしせいのず


紙 ハ當 國 大 瀧(タキ)。新在家(しんさいか)。定(サタ)

かみはとうごくおお  たき      しんさいか    さだ 


友(トモ)。不老(フロウ)の諸 村 与り産

  とも     ふろう のしょそんよりさん


春゛楮(コホズ)を蒸(ムシ)して皮(カワ)を去

ず   こほず を  むし して  かわ をさ


里水 尓さらし打 こと数

りみずにさらしうつことすう


回(クハ)にして水 尓和し簀

  かい にしてみずにわしす


の子尓て漉(ス)き場板 尓張 て

のこにて  す きばいたにはりて


乾(ホシ)上 る也 大 廣 五寸 廣 大

  ほし あげるなりおおひろごすんひろだい


中  小  奉 書 色 奉 書 等

ちゅうしょうほうしょいろほうしょとう


の諸 品 あり

のしょしなあり

(大意)

略

(補足)

「越前國」、ほぼ福井県中・北部に相当。古名,こしのみちのくち。

 ここにあげられた村名は福井県越前市(旧今立町)にある「越前和紙の里・五箇(ごか)地区(大瀧(おおたき)、新在家(しんざいけ)、定友(さだとも)、不老(おいず))」で、もうひとつは岩本(いわもと)。こんな案内板がありました。

「奉書紙」、『ほうしょがみ【奉書紙】〔多く奉書に用いたことから〕上質の楮(こうぞ)で漉(す)いた,純白でしわのないきめの美しい和紙。杉原紙に似るが,やや厚手で簾目がある。越前奉書が有名。ほうしょ』。奉書は『① 天皇・将軍などの意向や決定を下知する文書。院宣・御教書の類』とあって、時代劇で偉いお侍さんが「上意である」と伝えながら白い封筒みたいのを突き出す場面がよくありますが、あの白いのが奉書です。

 詞書きのとおり、楮苧の刈り取りから出荷まですべての工程を一望できる物産図会の手法です。ひとつひとつの工程を丁寧に見ていくとおもしろいですね。

 和紙に関する史料に「紙漉重宝記(かみすきちようほうき)」があります。わたしのBlogにも掲載していますので暇つぶしにご覧ください。

 埼玉県小川町が家から約1時間のところにあり、小川和紙or細川紙が有名です。昨年訪れたときに、便箋の冊子になっている和紙を購入しました。きれいでなめらか、筆を持ってササッと書けば気持ちそさそう♫

 

2026年9月25日金曜日

大日本物産圖會その96

P96 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」

P96_1

(読み)

越 前  國 海膽取 之図

えちぜんのくにうにとりのず


海膽(ウニ)は當 國 并  尓薩摩(サツマ)尓

   うに はとうごくならびに   さつま に


て取るものを名 品 と須その

てとるものをめいひんとすその


肉(ニク)微少(スコシ)なる毛のに天膏(アブラ)

  にく    すこし なるものにて  あぶら


阿り刺(ハリ)多(オホ)くして栗(クリ)の毬(イカ)

あり  はり   おお くして  くり の  いが


尓似(ニ)たり漁人(リヤウシ)干泻(ヒカタ)の

に  に たり   りょうし    ひがた の


岩 間尓もとめ肉 を採(ト)り

いわまにもとめにくを  と り


桶 尓収(オサ)め塩(シホ)に和(クワ)し天

おけに  おさ め  しお に  わ  して


諸 國 耳出須楚の味

しょこくにだすそのあじ


甚  多佳奈り

はなはだかなり

(大意)

略

(補足)

 潮がひき磯があらわれ、その手前に湿った浜がひろがっています。この浜の質感の描写がうまい。両手ですくって湿った砂の感触がつたわってきそうです。

 わたしが若かりし頃さんざんとりまくったウニはその地域ではカゼとよんでいました。カゼがとれるのは詞書きにもあるように岩間つまり磯です。浜にはいません。潮がひかずとも磯で2m前後ももぐればいくらでもとれました。道具は大工道具で使うかすがいです。それでカゼを岩からはがします。そしてバケツに何杯もとったあとは、カゼの口に火箸を二本差し込んで割って実をスプーンですくい取り、水ですすいでゴミをとります。白いご飯にたっぷりウニをのせてわさび醤油をかけてウニ丼のできあがり。うまかったぁ。

 浜や磯に打ち寄せる波の色がきれい。沖にいくにしたがって波の色の濃淡が上手です。


 

2026年9月24日木曜日

大日本物産圖會その95

P95 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」

P95_1

(読み)

加賀 國 菅 笠 ヲ造 ル圖

かがのくにすげがさをつくるず


菅笠(スゲガサ)ハ石 川 郡 金 沢 ニて薹(カサスケ)

   すげがさ はいしかわぐんかなざわにて  かさすけ


を以 て造(ツク)り諸 國 へ出すこと夥

をもって  つく りしょこくへだすことおびただし


頭(カシラ)尓被(カブ)りて日 光 を遮(サヘギ)り雨 雪

  かしら に  かぶ りてにっこうを  さえぎ りあめゆき


を防(フセ)き民用(ミンヨウ)を奈すこと西 洋

を  ふせ ぎ   みんよう をなすことせいよう


仐(カサ)の右 尓出(イヅ)る薹   ハ水 田

  かさ のみぎに  いず るかさすけはすいでん


尓植(ウエ)る草尓て 茅(チカヤ)尓似(ニ)

に  うえ るくさにて  ちがや に  に


て色 青 く長 さ四五尺  者゛

ていろあおくながさしごしゃくば


可里那り之 を刈干(カリホシ)て白

かりなりこれを   かりほし てしろ


くさらし竹骨(ホネ)尓縫(ヌヒ)付 て其

くさらしたけ ぼね に  ぬい つけてその


形 ち皿 のことく或  ハ鉢 の如

かたちさらのごとくあるいははちのごと


く造 る也 多 く女  の職業(シヨクゲ ウ)と須

くつくるなりおおくおんなの   しょくぎょう とす

(大意)

略

(補足)

「薹(カサスケ)」、『かさすげ【笠菅】カヤツリグサ科の多年草。水辺や湿地に群生する。高さ約1メートル。茎は三角柱状。葉は広線形で長く,ざらつく。晩春,雄花穂を頂生し,その下に数本の雌花穂を斜出する。葉で蓑(みの)・笠・縄などを作る。スゲ』。この漢字「薹」は『とう たう【薹】〔形が塔に似ているところからいうか〕アブラナ・フキなどの花茎』です。「艹」+「吉」+「冖」+「至」。

「出すこと」「奈すこと」、この「こと」は合字。「より」の合字のフォント「ゟ」はありますが「こと」はまだなさそうです。

 紫の暖簾が美しい。木版なのに布生地そのままの肌さわり感(テキスチャー)があります。白く抜いてある文字は「菅笠志奈\/(すげがさしなじな)」。上部の中央は「𠆢」+「万」、これは昨日の画の右枠外に「出版人大倉孫兵衛」、版元の萬屋の意匠。その左側は版元の「万」があることから予想すると「者ん元(はんもと)」かな?

 暖簾の上の瓦屋根、左側から右に流れるように、瓦の凹みの影というか波が遠近感がでるように少なくなるようにしていて、手がこんでいます。うまいね♫

 店先にはいつもより派手に文明開化開眼男の登場。和装ですが身につけているものは洋傘・鞄・靴、それに帽子姿です。

 帳場の奥は蔵に直結です。

 

2026年9月23日水曜日

大日本物産圖會その94

P94 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」

P94_1

(読み)

加州  熊 并  ニ膽ヲ取ル図

かしゅうくまならびにいをとるず


熊 ハ多 く大樹(タイボク)の洞中(ドウチウ)尓住(スム)

くまはおおく   たいぼく の   どうちゅうに  すむ


ものなり猟師(カリウド)枝 の付 多る

ものなり   かりうど えだのつきたる


木を持 て窠穴(ソウケツ)を突探(サグ)れ者゛

きをもって   そうけつ を   さぐ れば


熊 木を引 入 んとして両  手を掛

くまきをひきいれんとしてりょうてをかけ


て引く猟 師 斧(ヲノ)を以 て熊 の

てひくかりうど  おの をもってくまの


手を断切(キル)也 或  ハ鎗(ヤリ)尓てつき

てを   きる なりあるいは  やり にてつき


皮(カハ)を解剖(サキテ)して膽(ヰ)を登る

  かわ を   さきて して  い をとる


春奈ハち當 国 を上  品 とす

すなわちとうこくをじょうひんとす


黒様(クロデ)豆粉様(マメロデ)琥珀様(コハクデ)の三

   くろて     まめろで     こはくで のさん


種(シユ)あり就中(ナカンヅク)琥珀様 を上

  しゅ あり   なかんずく こはくでをじょう


等 と須

とうとす

(大意)

略

(補足)

「加州」、『かが 【加賀】① 旧国名の一。石川県南部に相当。加州。賀州』

「膽」、『たん 【胆(膽) 】① 内臓器官の一。「胆汁」「胆石」「胆囊(たんのう)」「臥薪嘗胆(がしんしようたん)」』。

「くまのい【熊の胆】」① 胆汁を含んだままの熊の胆囊(たんのう)を乾燥させたもの。苦みが強い。利胆・消炎・鎮痙・強壮などの目的で用いる。熊胆(ゆうたん)。

 この画をみて一番最初に目がいくのが熊の表情と赤い舌、そして振り上げられた三本の青光りする斧。鉄砲は急所をはずすとかえって熊が凶暴になって襲ってくるので難しい。それよりも確実な斧なのだろうけど、大同小異、胆がすわってないとできません。

 鈴木牧之(すずき ぼくし)という人がいて、江戸時代後期に越後国塩沢(現・新潟県南魚沼市)で活躍した商人・随筆家。豪雪地帯の実態を描いた名著『北越雪譜』の作者です。その中に雪の様々な風景を描いているのですが、相手は白、どうやって表現するかが大変でした。

 ここでも雪に陰影をつけたり黒い細い線で凹凸や稜線を描いていて、上手です。こんな雪深いところでも右隅に山奥の風景の定番である小川を付け足すことを忘れていません。常緑樹の松の緑がはえています。


 

2026年9月22日火曜日

大日本物産圖會その93

P93 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」

P93_1

(読み)

同 國 津軽 昆 布採 之圖

どうこくつがるこんぶとりのず


昆布(コンブ)ハ當 國 北 郡 今別(イマベツ)及

   こんぶ はとうごくきたぐん   いまべつ およ


び津輕(ツガル)辺  より出づ海 中  の

び   つがる あたりよりいずかいちゅうの


岩 間の石 尓着(ツイ)て生  須゛その

いわまのいしに  つい てしょうず その


幅(ハゞ)一 尺  尓春ぎ長 サ数丈(スチヤウ)尓

  はば いっしゃくにすぎながさ   すじょう に


い多る淡黄(ウスキ)色 尓してその

いたる   うすき いろにしてその


邊(ヘ)り青 黒 なり古連を

  へ りあおぐろなりこれを


刈(カ)り干して他邦(タハウ)尓出須

  か りほして   たほう にだす


俗 尓煮(ニ)て食  春れバ面(カホ)に

ぞくに  に てしょくすれば  かお に


瘡(カサ)を生  ぜ須゛といふ是 古昔(ムカシ)

  かさ をしょうぜず というこれ   むかし


の和方 奈り

のわほうなり

(大意)

略

(補足)

「同國」、陸奥国。

「一尺尓春ぎ」、『すぎ【過ぎ】① 時間・年齢などを表す語の下に付いて,その時間や年齢をすでにすぎていることを表す。「七時―に帰る」「四〇―の女性」』。現在では長さに使うことはあまりなさそうです。

「和方」、『わほう ―はう【和方】漢方に対して,日本古来の医方。日本古来の医術』

 この版では「画工」、「出版人」、「御届」がはっきり記されています。

 柄の長い鉤竿(かぎさお)をもつ漁師が着ているのはアイヌ人が着用しているガウンのように見えます。ごく普通に交流があったものとおもわれます。

 昆布漁をする所は沖からすぐ峻険な山になるところが漁場なので、浜は満潮になればなくなってしまうくらいのところ多い。ここでもわずかばかりの浜に干していますし屋根の向こうに物干し竿にぶら下げています。

 磯場に入って舟を操るのは命がけで、波にあおられて和船を岩にぶつければ砕けて沈没です。


 

2026年9月21日月曜日

大日本物産圖會その92

P92 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」

P92_1

(読み)

陸奥 國 真錦 製 之圖

むつのくにまわたせいのず


真綿(マワタ)ハ絲(イト)尓取 可多き悪(ア)

   まわた は  いと にとりがたき  あ


しき繭(マユ)を撰(エリ)出しこれを

しき  まゆ を  えり だしこれを


上 灰汁(アク)尓てよく煮(ニ)夫 より

うわ   あく にてよく  に それより


水 尓漬(ツケ)さらして灰汁を出

みずに  つけ さらしてあくをだ


し指(ユビ)尓てひき延 し引 盤(バン)

し  ゆび にてひきのばしひき  ばん


尓加ける也 國 々 流義(リ ウギ)多 し

にかけるなりくにぐに   りゅうぎ おおし


夫 より清水 尓て引 のバし干

それよりしみずにてひきのばしほし


立 る処  ありまた綿 尓て水 尓漬

たてるところありまたわたにてみずにつけ


さら須処  もあり後 ニむしろ或

さらすところもありのちにむしろあるい


ハ縄(ナワ)尓つりて干 立 る奈り

は  なわ につりてほしたてるなり

(大意)

略

(補足)

「真綿」、『まわた【真綿】糸にできない屑繭(くずまゆ)を引き伸ばし乾燥した綿。軽くて強く,暖かい。引き綿・布団綿としたり,紬糸(つむぎいと)の原料とする。絹綿。』

 赤いタスキに手ぬぐいの頬かむりは働く婦人の定番。真綿ののばし方がいろいろ描かれていておもしろい。現在でも真綿をつめる蒲団屋さんでは画のように杭棒に引っ掛けて四角くのばして形を整えているようです。

 

2026年9月20日日曜日

大日本物産圖會その91

P91 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」

P91_1

(読み)

陸 中   國 牧 牛  之圖

りくちゅうのくにほうぎゅうのず


牛 ハ當 國 閉伊(ヘイ)郡 を者じめ

うしはとうごく   へい ぐんをはじめ


南部(ナンブ)其 他諸 郡 より産 ずる

   なんぶ そのたしょぐんよりさんずる


こと夥敷(オビタゝシク)年 々 之(コレ)を鬻(ヒサ)ぐ

こと   おびただしく ねんねん  これ を  ひさ ぐ


其 一ト群連牛 商  四五人 位  尓

そのひとむれうししょうしごにんくらいに


て牛 五六 十 疋 綱(ツナ)をも付 須゛添(ソヒ)

てうしごろくじっぴき  つな をもつけず   そい


来 る駅路(エキロ)ハ多 く夜中 牽(ヒイ)て

きたる   えきろ はおおくよなか  ひい て


往 来 の礙(サマタゲ)を奈さ須゛川 を渡 る

おうらいの  さまたげ をなさず かわをわたる


尓小牛 を俵(タハラ)の中 へ入 大 牛 の背(セ)

にこうしを  たわら のなかへいれおおうしの  せ


に付 舟 尓のせて王多る外 の牛

につけふねにのせてわたるほかのうし


ハ皆(ミナ)水 底(ソコ)をくゝ里渉(ワタ)り向  の

は  みな みず  ぞこ をくぐり  わた りむかいの


岸(キシ)へ上 る事 自在(ジザイ)也 といふ

  きし へあがること   じざい なりという

(大意)

略

(補足)

「鬻(ヒサ)ぐ」、『ひさ・ぐ【鬻ぐ・販ぐ】(動ガ五[四])〔近世初期までは「ひさく」と清音〕売る。あきなう。「春を―・ぐ」「人情といふ品物をば其本店(だな)にて―・ぎながら」〈小説神髄•逍遥〉「棺を―・くもの,作りてうち置くほどなし」〈徒然草•137〉』。「粥」+「鬲」。

 群れの中で帳面を手に取引する男はザンギリ頭。右奥、旗のあるところ、洋館の平屋があって、その前では支配人らしき洋装の男が腕突き出して何やら命令しているような叱っているような・・・

 画面中央牛のでっかい目玉がギロッとこちらをにらみつけています。

 明治十年頃はまだまだお雇い外国人や宣教師が日本のあちらこちらにいて、彼らの住むところの周辺には牛飼いが毎日牛乳を配達していたそうであります。

 

2026年9月19日土曜日

大日本物産圖會その90

P90 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」

P90_1

(読み)

陸 中   國 養 蠶 之圖六

りくちゅうのくにようさんのずろく


蚕(カヒコ)の繭(マユ)をつくら須仕様 ハ諸 國 尓

  かいこ の  まゆ をつくらすしようはしょこくに


て違(タガ)ひあり當 國 尓てハ莚(ムシロ)の縁(ヘリ)

て  たが いありとうごくにては  むしろ の  へり


を二寸 本ど折 立て中 尓力  竹 を

をにすんほどおりたてなかにちからだけを


角 ち可゛ひ尓結(ユヒ)付 藁(ワラ)三 四本 ツゝ

かどちが いに  ゆい つけ  わら さんしほんずつ


を三 角 尓折 之 を莚(ムシロ)の中 へ立 並 べ

をさんかくにおりこれを  むしろ のなかへたてならべ


此 中 へ蟄(スガキ)し蚕  を者ら\/と配(クバ)り

このなかへ  すがき しかいこをはらはらと  くば り


入連暖(アタゝ)可奈る処  へあげ置 て繭 を

いれ  あたた かなりところへあげおきてまゆを


つくらすこれをゑびらとも同 伏

つくらすこれをえびらともどうふく


ともいふ扨 最 初 の者き立 与り

ともいうさてさいしょのはきたてより


千 辛 万 苦して漸々(ヨウ\/)ま由つくる

せんしんばんくして   ようよう まゆつくる


頃 尓至 り誤(アヤマ)て麁忽(ソコツ)でき奈バ今

ころにいたり  あやま て   そこつ できなばいま


迄 のつとめ忽(タチマ)ち水 の泡(アハ)と消(キ)へ莫(バク)

までのつとめ  たちま ちみずの  あわ と  き え  ばく


大(ダイ)の損毛(ソンモウ)尓至 る故 尓注意(チ ウイ)すべし

  だい の   そんもう にいたるゆえに   ちゅうい すべし

(大意)

略

(補足)

「陸中」、『1868年(明治1)陸奥(むつ)国を分割して設置。岩手県の大部分と秋田県の一部にあたる』。

「蟄(スガキ)し」、『ちつ 【蟄】かくれる。ひそむ。とじこもる。「蟄居」「蟄虫」「蟄伏」「蟄竜(ちつりよう)」「啓蟄」』。「スガキ」のふりがながありますが、訓読みにはありません。

「ゑびらとも同伏とも」、藁蔟(わらまぶし)のこと。画の中で、藁を三角にしている畝状のもの。

 赤ちゃんを背負っている若いお母さん、胸元はなんどもおっぱいをやっているのでひらいています。赤ちゃんはニコニコ顔で後ろを振り返り、子どもが🐱をみせてあやしています。旅人風のうしろには人力車に乗る洋傘をさす丁髷姿。ちょっとしたところに文明開化を入れるのが上手。

 着物柄が薄色できれいです。右側の御婦人の日本髪をおおっている手ぬぐいにまで模様を入れています。下駄がひとつ裏返っているのは御愛嬌、土間から上がったり降りたりと忙しいのかな。