2026年3月13日金曜日

日本山海名物圖繪巻之一 その1

表紙 国文学研究資料館蔵

P01

(読み)

画工 長谷川 光 信

がこうはせがわみつのぶ

編 者 平 瀬鉄 齋

へんしゃひらせてっさい

日本 山 海 名 物 圖繪

にほんさんかいめいぶつずえ

P01

陸奥  守   従 五位  上    百濟王         敬   福  カ郡

むつのかみ じゅごいのじょう くだらのこにきし きょうふくがぐん

内 少田郡 仁黄金 在 ト奏 氏獻  此遠聞  食 驚  伎

ないおだぐんにこがねありとほうじけんぜしをきこしめしおどろき

悦  波世給 布

よろこばせたもう

 大 伴  宿 禰家 持

 おおとものすくねやかもち

皇   能御代さ可へんと東  なるみち能く山 耳

すめろぎのみよさかえんとあずまなるみちのくやまに

古可年花 咲  金 寶 之盡 さ類姫 氏 国 ノ神 邦

こがねはなさく きんぽうのつくさるひめじのくにのしんぽう

(大意)

(聖武天皇が奈良の大仏を建立していましたが、大仏を鍍金する黄金が不足してました)ちょうどそのとき、奥州で敬福が金鉱山発見し産出して献上したところ、大変に喜ばれたという。その内容を大伴家持が歌にしています。

(補足)

 約1ヶ月弱、次は何を読もうかとあれこれ探し回り準備しておりました。

今回から日本山海名物圖繪巻之一から巻之五まで全五巻を読んでいきます。

 巻之五の奥付に

『画工 松翠軒長谷川光信

寶暦四年甲戌初夏吉日

寛政九年丁己初春求板 平瀬徹齋撰』 

とあります。

 宝暦4年は1758年、寛政9年は1806年。しばらく前に司馬江漢の西遊日記をアップしましたが、年代的には司馬江漢の活躍した時代と重なって、江漢も目を通しているはずです。

 このBlogをはじめたのは「変体仮名を読めるようにする」ということからで、それは今でも変わることはありません。

 変体仮名の学習者として、翻刻などした文章はほとんどが現代仮名遣いにされてしまっていて、どの音がまたは字が変体仮名のどれにあたるのかが不明確で変体仮名を学ぶのには不都合であります。

 なので、原文で使われている変体仮名の元字をそのまま、わたしのBlogでは表記するようにしています。

 表紙絵は笹の上を飛ぶ丹頂鶴。これから日本のあちこち飛んで見て回りましょうとの意でしょうけど、洒落るつもりはありませんが、絵が単調です。

 P01では軸のように絵があります。山海なので海に帆掛舟二艘、奥に山とは、出だしの絵としてはこれまた寂しすぎ、なんか文句ばかりですけど・・・

 

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