2026年3月31日火曜日

日本山海名物圖繪巻之一 その18


P27 国文学研究資料館蔵

(読み)

金 山 淘 汰  繪

きんさん可ね由り

きんさんかねゆりのえ


金 山 ハ本り出し多る者く石 をく多゛起て石 う春にて飛き可

きんさんはほりだしたるはくいしをくだ きていしうすにてひきか


らう春尓てつき猫 田奈可゛しに可けてその上 を板 ゆりに可くる也

らうすにてつきねこだなが しにかけてそのうえをいたゆりにかくるなり


此 者多らき人 ハ賃 をとら春゛衣 裳 尓志ミ付 多る金 の粉 を取 て

         ちん

このはたらきにんはちんをとらず いしょうにしみつきたるきんのこなをとりて


その日能いと奈ミと春る也 昔  ハとぢ金 といふて黄 金 一 可多満りに

             む可し

そのひのいとなみとするなりむかしはとじきんというておうごんひとかたまりに


可多満里多る可゛出个れとも今 ハそれハ甚  多゛まれ尓て

                   者奈ハ

かたまりたるが でけれどもいまはそれははなはだ まれにて


唯 者くいし者゛可りなりい尓しへミちのく山 尓こ可゛ね

多ゝ

ただはくいしば かりなりいにしえみちのくやまにこが ね


花 さくといへるハとぢ金 奈るべし

はなさくといえるはとじきんなるべし


板 取  猫 田流 し

いたどり ねこだながし

(大意)

(補足)

 数頁前に「銀山淘汰の繪」があって、そこでは「金山の板由りのごとく」と今回の内容が先取りされていました。

 現在でも金鉱石(鉑石)から金をとる方法は、このときとほとんど変わらず、変わったのは人力ではなく動力によることくらいです。

 猫田流しの職人が座っている椅子の脚がきちんと描かれていたり、から臼で砕いている繪がちゃんと砕きおわったものが細かくなっていたり、この絵師は人物は下手ですが、このようなところは丁寧です。

 

2026年3月30日月曜日

日本山海名物圖繪巻之一 その17

P25 国文学研究資料館蔵

(読み)

真鞴 大  工所 作

まぶき多゛いく

まぶきだ いくしょさ


満ぶ起といふハ銅 より白 め殻 実をぬきとりて正  味者゛

           しろ 可らミ

まぶきというはどうよりしろめからみをぬきとりてしょうみば


可り尓仕あげてう春銅 尓遍ぐ也 ふいごハ二挺  ふいごなり哥 ニ

かりにしあげてうすどうにへぐなりふいごはにちょうふいごなりうたに


満可゛ねふくとよめるハまぶきのことなりべし

まが ねふくとよめるはまぶきのことなりべし


古今 集  大 哥 所  の御 哥

こきんしゅうおおうたどころのおんうた


ま可ねふく吉備の中 山 帯 尓せる細 谷 川 乃音 のさやけき

まがねふくきびのなかやまおびにせるほそたにかわのおとのさやけき


吉備の中 山 ハ備 中  也 今 も備 中  より多 く鉄 を出せり

きびのなかやまはびっちゅうなりいまもびっちゅうよりおおくてつをだせり


たゝら可遍 ふいごハ壁 のうらに有

たたらかべ ふいごはかべのうらにあり

(大意)

歌「ま可ねふく吉備の中山帯尓せる細谷川乃音のさやけき」。

『鉄(くろがね)を精錬する煙が漂う吉備の中山、その山を帯のようにぐるりと巡って流れる細谷川の、水の音がなんと澄み切って清らかなことよ』。

 吉備の中山の麓をとりまくような煙のながれは、まるで川のよう。その下には細谷川がまるで煙をなぞるように静かに流ています。細谷川の静かな水の音の中にかすかにふいごの音がきこえます。

(補足)

表題「真ぶき」の漢字を鞴(ふいご)で代用。

「所作」、「作」のくずし字は特徴的で忘れません。

「白め」、『しろめ【白鑞・白目】

スズに鉛を少し混ぜた合金。スズの細工物の接合剤,銅容器のさび止めなどに用いた。しろみ。しろなまり。はくろう』。ここでは銅精製途中の不純物である錫や鉛のこと。

「殻実」、『スラグslag金属製錬の際,溶融した金属から分離して浮かび上がるかす。非鉄金属の場合は鍰(からみ)という。道路の路盤材,セメントの原料などにする。溶滓(ようし)(ようさい)。鉱滓(こうし)(こうさい)。のろ』

「まぶき」、『まぶき【真吹き】

中世後期に行われた製銅法。木炭粉末を粘土でこねて作った容器に銅の鈹(かわ)を入れ,羽口(はぐち)から風を吹き込み,溶融して不純物を酸化させ粗銅を得る』

「大歌所(おおうたどころ)の御歌(おんうた)」、『おおうたどころおんうた おほ― 【大歌所御歌】大歌所が収集・管理し,教習した歌。古今和歌集巻二〇に部立ての名の一つとして立てられ,その一部が収められている。宮中儀式で用いられた伝統的な歌謡(神楽歌、風俗歌、東歌など)』

「吉備の中山帯尓せる」、山と帯がくっついていて峯に見えてしまいます。

「音」のくずし字は難しい。

「たゝら可遍 ふいごハ壁のうらに有」、これらの様子は前頁「鉛」、前々頁「銅山床屋」にもありました。

 水銀、鉛、銅など諸金属精錬での人体への影響被害に対処するのは、つい最近である昭和の時代になってからでした。

 

2026年3月29日日曜日

日本山海名物圖繪巻之一 その16

P23 国文学研究資料館蔵

(読み)

奈まり

なまり


説 文 にい者く鉛  ハ青 金 奈り錫 の類 と云々管 子尓い

        奈まり あを可ね  すゝ るい

せつもんにいわくなまりはあおがねなりすずのるいといいかんしにい


者く山 上 尓鉛  あれ者その下 尓銀 あり山 上 尓銀 あれ者゛

わくやまかみになまりあればそのしもにぎんありやまかみにぎんあれば


その下 尓丹 ありといへ里此 丹 ハ丹 砂 とてす奈者ち朱 砂 のこと也

                            し由しや

そのしもにたんありといえりこのたんはたんしゃとてしなわちしゅしゃのことなり


今 繪の具尓用 由る丹 ハ別 尓鉛  を焼 てこしら由る也

いまえのぐにもちゆるたんはべつになまりをやきてこしらゆるなり


又 白粉  も鉛  をやきて制 する奈り各 別 法 有り別 巻尓志る春

  おしろい

またおしろいもなまりをやきてせいするなりかくべっぽうありべっかんにしるす


◯鉛  ハ山 より本り出し湯尓王可して流 せ者゛竿 と成ル也

 なまりはやまよりほりだしゆにわかしてながせば さおとなるなり


土 形 をこしらへ底 尓筋 をつけて其 上 へ王可し多る鉛  を奈可゛春也

つちがたをこしらへそこにすじをつけてそのうえへわかしたるなまりをなが すなり


な満里竿 可ね てご 大 工

なまりさおがね てご だいく


(大意)

(補足)

「説文」、『せつもんかいじ 【説文解字】

中国の現存最古の字書。後漢の許慎の撰。100年頃成る。当時の九千余字の漢字を部首別に配列し,六書(りくしよ)の説により造字法・意義・音を解説したもの。中国文字学の基本的文献。説文』

「管子」、『かんし くわんし 【管子】

② 中国古代の政治論文集。管仲の著と伝えられるが,一人の作ではなく戦国時代から漢代にかけて成立したとみられる。現存七六編。経済政策や富国強兵策などを記す』

 方鉛鉱販売のHPからの借用です。

『方鉛鉱は鉛の鉱石としてもっとも重要な鉱物です。方鉛鉱の鉛含有率が86%と高く、鉛の融点が低いため、精錬技術の未発達な古代でも、たき火に方鉛鉱を放り込むだけで金属鉛が得れました。方鉛鉱は、閃亜鉛鉱を伴って、熱水鉱脈、黒鉱鉱床、ミシシッピバレー型鉱床、接触交代鉱床などに広く産出されます。銀白色で、6面体、8面体およびその集形の自由結晶を作っています』

 子どものころ、わたしの兄が所有していました。キラキラしてきれいでした。

また若かりし頃のこと妻の実家に遊びにゆくと、漁師の義父が漁に出れないとき、タコ漁の道具を作ってました。鉛の棒(竿)を、白雪鍋に入れて七輪で溶かし湯にします。それを木型に流しこんで重りをたくさんこしらえていました。

 奈満里竿かねを何本か束にまとめていますが、これは重いはずです。

白粉を鉛を焼いて作るとありますが、江戸時代の歌舞伎役者を始め、広く使われていましたから、鉛の中毒がひどく、江戸時代の乳幼児死亡率が高かった原因のひとつとされているとありました。

 

2026年3月28日土曜日

日本山海名物圖繪巻之一 その15

P21 国文学研究資料館蔵

(読み)

銅 山 床 家

    とこや

どうやまとこや


釜 家にて焼 多るあ可ゞ袮を湯尓和可して丸 銅 尓仕あぐる所

  や

かまやにてやきたるあかがねをゆにわかしてまるどうにしあぐるところ


を床 家といふ也 銅 を湯尓王可春時 銅 うへ尓吹いで多るを

をとこやというなりどうをゆにわかすときどううえにふいでたるを


可王をりといひ又 そこ尓古り可多満り多るをとこ志゛りと云 て

かわおりといいまたそこにこりかたまりたるをとこじ りというて


二 品 あり又 石 土 の湯となり多るを可らみといふ又 どぶともいふ

ふたしなありまたいしつちのゆとなりたるをからみというまたどぶともいう


和可し多るあ可ゞ袮を飛や春所  をどぶ可゛といふ奈り

わかしたるあかがねをひやすところをどぶが というなり


たゝら壁  ねこ者ぐち 衣莚   まへでこ弐人  吹 大 工 二挺  ふいご

たたらかべ ねこはぐち いむしろ まえでこににん ふきだいく にちょうふいご


どぶ可゛銅 を飛や春所

どぶが どうをひやすところ

(大意)

(補足)

「二品」、「品」と「所」のくずし字はそっくりです。文章の流れから読むしかありません。

「石土」、「土」のくずし字も、こんなわずか3画の簡単な漢字なのに、わかりずらい。

「たゝら壁」、この「壁」、読めません。「土」の部分のくずし字が「土」にはみえます。

「衣莚」、読みは適当です。看板のように首からぶら下げて、防熱服のかわりです。

 5,6人の職人さんが諸道具のところで描かれていた道具を手にしています。

 

2026年3月27日金曜日

日本山海名物圖繪巻之一 その14

P19 国文学研究資料館蔵

(読み)

釜 家の繪図

可まや

かまやのえず


銅 山 より本り多゛し多る者く石 をく多゛起床 にて焼 釜 にて

どうざんよりほりだ したるはくいしをくだ きとこにてやきがまにて


やく也◯毛ろこし尓てハ銅 を重  宝 と春ること漢 書 尓見多り

やくなりもろこしにてはどうをちょうほうとすることかんしょにみたり


律 歴 志尓いハく凡  律 度量  尓銅 を用 由る者 ハ其 物 多ゝ至精 尓

りつれきしにいわくおよそりつどりょうにどうをもちゆるものはそのものただしせいに


して燥 湿 寒 暑 の多め尓節 を変 せ春゛霜 露風 雨の多め尓形  を

してそうしつかんしょのためにふしをへんぜず そうろふううのためにかたちを


あら多め春゛とあり古れ尓よ川て唐 船 売 買 交 易 尓あ可ゞねを

あらためず とありこれによってとうせんばいばいこうえきにあかがねを


多川とむと見へ多り

たっとむとみえたり


くちずミ 焼 木 尓可゛満 焼 可満

くちずみ やきぎ にが ま やきがま

(大意)

(補足)

「漢書」「律暦志」、『『漢書』律暦志(りつれきし)は、前漢の歴史書『漢書』の志(専門分野別の書)の一つ』。

「律度量」、『度は長短,量は多少,衡は軽重』。

「尓可゛満」、変体仮名の「尓」、「丹」のどちらにもみえますし、「舟」のくずし字にもにています。う〜ん🤔・・・、変体仮名の尓にしておきましょう。しかしどうも気になるので目次を確かめてみると、答えは「舟(ふ奈)可ま」でした。

 天秤棒とセットの重りを分銅ともいいます。「銅」を使っているわけですけど、その理由がここで述べられています。

 

2026年3月26日木曜日

日本山海名物圖繪巻之一 その13

P17 国文学研究資料館蔵

(読み)

山  神 祭

やまのかみまつり


山 の神 ハ山 口 に所  をゑらびて社  を勧  請  春

                            やしろ く和んじやう

やまのかみはやまくちにところをえらびてやしろをか んじょうす


神 ハおの\/能願 ひ

かみはおのおののねがい


によりて定  り多ること奈しまつ里の日ハ京  大 坂 より芝 居見世物

によりてさだまりたることなしまつりのひはきょうおおさかよりしばいみせもの


奈どを取 よせいとに起゛や可にい者ひまつることなり近 邊 の

などをとりよせいとにぎ やかにいわいまつることなりきんぺん


在 \/村 \/より参 詣 の男 女 くんじ由春れ者゛物 う里諸 あきんど

ざいざいそんそんよりさんけいのだんじょくんじゅしれば ものうりしょあきんど


お保くあ川まりて其 にぎ者ひ諸 社 の大 神 事尓こと奈ら春゛

おおくあつまりてそのにぎわいしょしゃのおおしんじにことならず


神 前 尓て可奈らす神 事春まふ有 近 邊 のすまふ取 どもお保く

しんぜんにてかならずしんじすまうありきんぺんのすまうとりどもおおく


あ川まりて尓起゛や可なり祭  ハ九月 九  日奈り

あつまりてにぎ やかなりまつりはくがつここのかなり

(大意)

(補足)

「くんじ由」、『くんじゅ【群集・群衆】

(名)スル 〔「くん」は漢音。「くんじゅう」「ぐんじゅ」とも〕

人が群れをなして集まること。また,その人々。「人多く―したり」〈平家物語・2〉』

「春まふ」「すまふ」、『すま・う すまふ 【争ふ】

③ つかみあって争う。また,相撲をとる。「振離さんとて―・ひしかど」〈当世書生気質・逍遥〉』

 相撲取りのまわしの柄がことなっていておしゃれ。また当時のまわしはちいさな前掛けみたいな感じ(前垂れずっと小さくした?)でしめているのがわかります。さがりはありませんね。

 

2026年3月25日水曜日

日本山海名物圖繪巻之一 その12


P15 国文学研究資料館蔵

(読み)

銀 山 淘 汰 の繪

ぎんさん可ねゆり

ぎんざんかねゆりのえ


銀 山 の鉑 石 上 の繪尓あらハ春ごとく打 く多゛起て粉 と奈して

ぎんざんのはくいしうえのえにあらわすごとくうちくだ きてこなとなして


水 尓てゆる也 金 山 の板 由りのごとし但  銅 ハ水 ゆ里尓春ること奈く

みずにてゆるなりかなやまのいたゆりのごとしただしどうはみずゆりにすることなく


直 尓焼 釜 にてやく也 淘 汰 の仕やうハ半 切 桶 尓水 を汲 入

すぐにやきかまにてやくなりかねゆりのしようははんぎりおけにみずをすいいれ


可奈め鉑 を鉢 尓い連水 にて由れハ土石 ハ皆 半 切 桶 の水 尓おちて

かなめはくをはちにいれみずにてゆればどせきはみなはんきりおけのみずにおちて


銀 ハ鉢 の中 にのこるなりたいていハ金 山 の板 ゆりと同 じこと奈り

ぎんははちのなかにのこるなりたいていはかなやまのいたゆりとおなじことなり

(大意)

(補足)

 金山諸道具の頁に可ねゆり板はありましたが半切桶はありませんでした。きっと大きなタライがそうだとおもいます。

 働いている御婦人たちみな前帯になっています。


2026年3月24日火曜日

日本山海名物圖繪巻之一 その11

 

P13 国文学研究資料館蔵

(読み)

鉑 石 く多゛く繪

者くいし


山 より本り出し多る鉑 石 をもち出してうちく多゛く

          者くいし

やまよりほりだしたるはくいしをもちだしてうちくだ く


これを可奈めといふ故 尓その槌 を可奈めつちと云 也

         由へ   つち       いふ

これをかなめというゆえにそのつちをかなめつちというなり


鉑をく多゛くハお保くハ女  の所 作なり鉑 を入 て背 負うつ者物 を

               志よさ        せへおふ

はくをくだくはおおくはおんなのしょさなりはくをいれてせ おうつわものを


ゑぶといふゑぶの正 字はいま多゛詳   奈ら春゛又 者くも鉑 の字正 字尓

               つまひら可

えぶというえぶのせいじはいまだつまびらかならず またはくもはくのじせいじに


あら春゛鉑 ハ金 鉑 銀 鉑 の者くなり字彙尓い者く鋛古猛切音硫金銀鉄

あらず はくはきんぱくぎんぱくのはくなりじいにいわく


璞也 とあり本 字ハ鋛奈るべし

 なりとありほんじは なるべし


可奈め槌

かなめつち

(大意)

(補足)

「字彙」、『じい じゐ 【字彙】中国の字書。一二集。他に首・末二巻。明の梅膺祚(ばいようそ)の撰。画引き字書の最初のもの』

「鋛古猛切音硫金銀鉄璞也」をDeepLに放り込むと代案として「鎚古は猛く音を刻み、硫黄・金・銀・鉄は未加工のままである」、「古の鋛、猛き音、硫黄、金、銀、鉄、未加工の石もまた然り」などとかえしましたが、どうも意味不明です。

 ここでも三人の職人さんたち、紋がそでや肩にあります。

ゑぶに満杯にしたら、40〜50kgはあるでしょうか。

腰につけているのは円座。手にしているのはてぶです。


2026年3月23日月曜日

日本山海名物圖繪巻之一 その10

P11 国文学研究資料館蔵

(読み)

金 山 鋪 の中 能繪

可奈やましきのうちのゑ

かなやましきのうちのえ


鋪 口 より段 ゝ 本り入 上 と両  方 とにハ皆 鋪 口 の繪能ことく

しきくち  多ん\/    うへ         ミ奈

しきくちよりだんだんほりいりうえとりょうほうとにはみなしきぐちのえのごとく


矢をい連て大 石 のくづれぬやう尓する也

やをいれておおいしのくずれぬようにするなり


下財 ハ皆 あ多まをつゝみ腰 尓円 座をつけさゞい可゛ら尓油  を入

げざい ミ奈

げざいはみなあたまをつつみこしにえんざをつけさざいが らにあぶらをいれ


飛やうそく尓火をともして持 行 也 此 火尓てあ可りを取 て者多らく也

            もち由く

ひょうそくにひをともしてもちゆくなりこのひにてあかりをとりてはたらくなり


風 廻 し口 奈个れ者此 火ともり可゛多し又 水 王く時 ハ戸樋尓て

                              とひ

かぜまわしぐちなければこのひともりが たしまたみずわくときはといにて


水 を引 上ゲ大 切 口 へおと春也 金 本り鉑 石 を取者゛

                   可ね

みずをひきあげおおきりぐちへおとすなりかねほりはくいしをとれば


ゑぶ引 者古び出春也 石 目とて大 金 有 所  ハ个゛んのう尓て打者川゛春なり

                  可ね

えぶひきはこびだすなりいしめとておおがねあるところはげ んのうにてうちはずすなり


ゑぶ引  かね本り所   大 可゛ね者川゛春てい

えぶひき かねほりどころ おおが ねはず すてい


可けや尓て孫 八 を打 こむ 水 ひくてい

かけやにてまごはちをうちこむ みずひくてい

(大意)

(補足)

「飛やうそく」、『ひょうそく ひやう―【秉燭】

油皿の一種。中央に臍(ほぞ)のようなものがあり,それに灯心を立てて点火するもの。』

 この本の絵師は人物描写は稚拙ですけど、ここで使用している道具、ゑぶの竹籠や円座の縄模様などは得意なようです。

 職人さんたちの着物の肘や背中にそれぞれ異なる紋が入っています。職人集団の区別のためでしょうか?

 

2026年3月22日日曜日

日本山海名物圖繪巻之一 その9


P9 国文学研究資料館蔵

(読み)

金 山 鋪 口

かなやましきくち


金 銀 銅 鉄 皆 本り可多ハ同 じ仕上 ハすこしづゝのち可゛いあり金 山

きんぎんどうてつミ奈        しあげ             かなやま

きんぎんどうてつみなほりかたはおなじしあげはすこしずつのちが いありかなやま


本里入ル口 を鋪 口 といふ四 本 枕  をたてゝ上 と右 左  の三 方 尓

       しきくち       まくら       みぎひだり

ほりいるくちをしきくちというよんほんまくらをたててうえとみぎひだりのさんぽうに


乱 株 を入るゝ也 此 乱 株 を矢といふ三 方 

らんくい             や       

らんくいをいるるなりこのらんくいをやというさんぽう


とも尓矢の数 ハ十  六 本 づゝ奈り

     可ず

ともにやのかずはじゅうろっぽんずつなり


上 の矢の上 尓和多春木をけ志やう木といふ此 鋪 口 を四川どめといふ

うえのやのうえにわたすきをけしょうきというこのしきぐちをよつどめという


此 王きの方 尓風 廻 し口 をあくるなりあれハいき出しなり

このわきのほうにかぜまわしくちをあくるなりあれはいきだしなり


是 尓て鋪 の中 能あ可りを取ル也 大 切 口 ハ水 ぬき也

これにてしきのなかのあかりをとるなりおおきりくちはみずぬきなり


役 所 小屋堀 子能小屋ハ鋪 の外 尓あり

やくしょごやほりこのこやはしきのそとにあり


風 廻 し口  四ツ畄メ口  水 ぬき也 大 切 口  山 神  宮

かぜまわしくち よつどめくち みずぬきなりおおきりくち やまじんぐう

(大意)

(補足)

「右左」、ふつうは左右(さゆう)ですけど、ここでは右左となっています。

「矢の数ハ十六本づゝ奈り」、上と左右の矢を数えてみると、ちゃんと16本ずつでした。

「乱株」、辞書に「くい」は『杭・杙・株』があって、ここでは「株」を採用。

 鉱山やトンネル堀は水との戦いといいます。この画でも左下に小川のような水抜きの大切り口があります。

 

2026年3月21日土曜日

日本山海名物圖繪巻之一 その8

P7 国文学研究資料館蔵

(読み)

金 山 諸 道 具

可奈やま志よどうぐ

かなやましょどうぐ


金 銀 銅 鉄 通 して可奈山 と云 い者由る金 ハき可゛ね銀 者

きんぎんどうて川つう    やま いふ    きん     ぎん

きんぎんどうてつつうじてかなやまといういわゆるきんはきがねぎん は


志ろ可ね銅 ハあ可ゞね鉄 ハくろ可゛ね鉛  ハ青 可゛ね也

                   なまり

しろがねどうはあかがねてつはくろが ねなまりはあおが ねなり


いづ連もすこしづゞか王りめあ連ども大 やうハ同 じこと也

いずれもすこしずつかわりめあれどもたいようはおなじことなり


金 を本り入ルあ奈を鋪 といひ鋪 より本り

可ね        しき   しき

かねをほりいるあなをしきといいしきよりほり


出し多る鉑 をく多゛きて焼 釜 尓てや起湯尓王かして丸 可ね尓仕上 る也

    者く      やき可ま    ゆ     まる   しあぐ

だしたるはくをくだ きてやきがまにてやきゆにわかしてまるがねにしあぐるなり


此 所  を床 屋と云 それ\/尓用 由る道 具絵図のことし

          いふ     毛ち  とうぐゑづ

このところをとこやというそれぞれにもちゆるどうぐえずのごとし


此 道 具を通 じて床 屋道 具という也

  とうぐ つう  とこやとうぐ

このどうぐをつうじてとこやどうぐというなり


上 の繪尓あらハ春銅 山 鍛冶のきたひこしら由る所  なり

   ゑ

うえのえにあらわすかなやまかじのきたいこしらゆるところなり


か王遍ぎ 可王古き 者り 口 とり ま多 かね遍ぎ からみ引

かわへぎ かわこき はり くちとり また かねへぎ からみひき


猫田  奈で木 可ねゆり板  水 さ可゛し 炭 出し どぶ可き

ねこだ なでぎ かねゆりいた みずさが し すみだし どぶがき


可らみ可き 木作  也  可ねとり ゆぬき げし 本゜川者

からみかき きづくりなり かねとり ゆぬき げし ぽ っは


さゞい火と本゛し た可ね 可奈め砕 づち 孫八   竹 水 とゆ ゑぶ

さざいひとぼ し たがね かねめさいずち まごはち たけみずとゆ えぶ


山 づち てぶ ゆ里者゛ち げんのう 升  だ川 木水 とゆ

やまづち てぶ ゆりば ち げんのう ます だつ きみずとゆ

(大意)

(補足)

「金山諸道具」、金のくずし字、「人」の下が「弓」にも「己」にもみえます。

「道」のくずし字がたくさんでてきました。これだけ出てくればもう忘れません。

「銅山鍛冶のきたひこしら由る所」、「きたひ」ってなんでしょう。

「さゞい火と本゛し」、形状が栄螺(さざえ)の貝殻のようなのでこの名前なんでしょう。

 諸道具が丁寧詳細に描かれていて、このうちのいくつかが前回の絵の中にあります。

 

2026年3月20日金曜日

日本山海名物圖繪巻之一 その7

P5 国文学研究資料館蔵

(読み)

銅 山 鍛冶

可奈やま可ぢ

かなやまかじ


鋪 の中 尓て用 由る道 具あま多阿り皆 山 尓てこしら由るなり

しき 奈可  もち

しきのなかにてもちゆるどうぐあまたありみなやまにてこしらゆるなり


故 尓鍛冶屋を多てゝその職  人 を可ゝへ

由へ 可ぢ       志よく尓ん

ゆえにかじやをたててそのしょくにんをかかえ


あら多尓道 具をこしら由るのみ尓あら春゛

あらたにどうぐをこしらゆるのみにあらず


そ古ねやぶれ多るを奈於しつくらふ奈里

そこねやぶれたるをなおしつくろうなり


其 道 具能品 ゝ ハ次 尓絵図あり見合 春へし

その         つぎ ゑづ

そのどうぐのしなじなはつぎにえずありみあわすべし


◯山 の役 人 あま多阿り

 やまのやくにんあまたあり


鋪 役人 床 屋 手子 山 留 役人 焼 出  鉑 持  鍛冶

しき   とこや てご やまどめ   やき多し 者く毛ち 可ぢ


釜 大 工 素吹 大工 間吹 大工

可まだいく すぶき   まぶき

(大意)

(補足)

「由」が変体仮名「ゆ」としてたくさん使われています。「由」の縦棒がギザギザのようになるのが特徴。

「道具」、道のくずし字はくずし字を学び始めたときに必ずえっ!とおもうような特徴的なかたちです。

「品ゝ」、品のくずし字は所とほとんど同じなので、文章の流れから判断するしかありません。

 長谷川光信の人物全体の動作の所作や仕草などいまひとつというよりもそれ以前のレベルで、当時の絵師のなかでは下手くそな部類に入ると思います。表情、特に目の表現が独特です。

 鉄を真っ赤にする炉の中の絵が奥の隅の縦棒を入れればよかったのにとおもいます。

それぞれ職人が何をやっているのかがよくわかって興味深い。

 

2026年3月19日木曜日

日本山海名物圖繪巻之一 その6

P3 国文学研究資料館蔵

(読み)

銅  山 諸 色 渡  方 の圖

あ可ねやま志よしき王多し可多 づ

あかねやましょしきわたしかたのず


山 口 尓可り屋をかまへ金 銀 米 銭 炭 薪  味噌塩

やまぐち   や    きんぎんこめぜにすミたきゝミそし本

やまぐちにかりやをかまえきんぎんこめぜにすみたきぎみそしお


油  醤  油 一 さい所 帯 方 の入 用 物 をとゝのへ

あぶら志やうゆう    せ たい可多 いりやう毛の

あぶらしょうゆ いっさいしょたいかたのいりようものをととのへ


置 山 の者多らき人 尓割 賦し遣つ春也

おき          王つふ

おきやまのはたらきにんにわっぷしけっすなり


東 国 尓てハ古連を臺 所  といひ西 国 尓てハ勘 場と

とうこく      だいところ   さいこく   可ん者゛

とうごくにてはこれをだいどころといいさいごくにてはかんばと


いふ銅  山 一 切 の入 用 物 此 所  より和多春奈里

  あ可ねやまい川さい  

いうあかねやまいっさいのいりようものこのところよりわたすなり


これ尓よ川て諸 商 人 お本く入 来 り

      志よあきひと

これによってしょあきひとおおくいりきたり


その尓きハひ市 のごとく下 者多らき春る毛のゝ妻 子ハ

            し多         さいし

そのにぎわいいちのごとくしたばららきするもののさいしは


古れよりぜ尓可ねを可けとりてそのいと奈ミを

これよりぜにかねをかけとりてそのいとなみを


弁 春゛るなり

べん

べんず るなり


薪 賣  野菜 賣  元 方 へ銭 を取 尓ゆくてい

まきうり やさいうり もとかたへぜにをとりにゆくてい


(大意)

(補足)

「銭」のくずし字は頻出。「釒」+「お」のようなかたち。

「遣つ春」、「け」の変体仮名「遣」はあまりでてきません。遣わす(つかわす)のくずし字で、でてくるほうが多いとおもいます。

「割賦」、『わっぷ【割賦】〔「わりふ」の転〕

① 借金の返済・代金の支払いなどを月賦・年賦など,何回かに分けて行うこと。かっぷ。割賦償還。

② 割り当てること。配当。』

「弁春゛る」、『べん・ずる【弁ずる・辨ずる】② ものごとをうまく処理する。すませる。「多々(たた)益々(ますます)―・ず」』

「野菜」、「野」のくずし字はあらかじめ学んでないと読めません。

 女性二人は前帯になってますね。また手ぬぐいで髪の毛をおおっています。

 米俵、薪、野菜、帳場の帳面やその奥の品々、醤油樽とその薦(こも)、などなどひとつひとつをこれでもかと丁寧に省略することなく描いています。

 

2026年3月18日水曜日

日本山海名物圖繪巻之一 その5

P1 国文学研究資料館蔵

(読み)

金 山 堀 口 の圖

可奈やま本りくち づ

かなやまほりぐちのず


金 山 の堀 口 を鋪 口 とも

可奈やま 本りくち しきくち

かなやまのほりくちをしきくちとも


又 ハ真府ともいふ吉 日 をゑらび

ま多 まぶ

またはまぶともいうきちじつをえらび


神 まつりをして普請 尓とりかゝる也

かみあつりをしてふしんにとりかかるなり


可奈山 の者多ら起人を

かなやまはたらきびとを


下財 といふ凡  金 銀 銅 鉄 通 して金 山 といふ

げざい   およそきんぎんとうてつ川う  可奈

げざいというおよそきんぎんどうてつつうしてかなやまという


我 朝  尓金 の出ることハ

和可て う 可ね

わがちょうにかねのでることは


人 王 四十  六 代 孝 謙 天 皇 天 平 勝  宝 年 中 尓

尓ん王う        こう个んてん王うてんへいせ う本うねんちう

にんおうしじゅうろくだいこうけんてんのうてんぺいしょうほうねんじゅうに


者じめて陸奥の国 より本り

    むつ く尓

はじめてむつのくによりほり


出春白 銀 ハ人 皇 四十  代 天 武天 皇 の御時

  志ろ可ね 尓ん王う      てんむてん王う おんとき

だすしろがねはにんのうしじゅうだいてんむてんのうのおんとき


者じめて対馬 の国 よりほり

    つしま く尓

はじめてつしまのくによりほり


出春銅 鉄 ハ神 代より有 と云 伝 へ多り

  登うて川 可ミよ  あり いゝつ多

だすどうてつはかみよよりありといいつたへたり


とめ木

とめぎ


志きより土 を持 出春てい

しきよりつちをもちだすてい


山 口 寸 法 本る所

やまくちすんぽうほるところ

(大意)

(補足)

 序文と本文のあいだに目次がありましたが、本文とほとんど重なっているところが多かったので省略しました。

 5巻の内容は、1巻に鉱山、2巻に農林系加工品、3・4巻に物産、5巻に水産に関することが記されています。

 「堀口」の掘に部品として出があります。ちょうど本文の最後の2行の文頭に「出春」があって、「出」のくずし字がならんでいます。右側の「出」が「掘」の中の出とおなじくずし字になっています。また土と出の形がにているので注意です。

 この本の絵師長谷川光信は、どう贔屓目に見ても、腕はイマイチ、稚拙です。この鉱山で働いている人々をみてもそれはあきらか、どこか小学生の絵日記をおもわせます。

 この本の価値は、本の題名通り、日本各地の名産を上手い下手は勘案しないで、描写したことにありそうです。

 画面の中央付近で丸太の皮を剥いでいる人の道具は手斧(ちょうな)というもの、現在ではあまり使われなくなりましたが、それでも宮大工さんたちにはなくてはならない道具です。

 

2026年3月17日火曜日

日本山海名物圖繪巻之一 その4

P04 国文学研究資料館蔵

(読み)

知之者旦暮遇」之


 一箇 事 辞ス尓日阿里主 人 只 恁   乞ふに

 ひとつことじすにひありしゅじんただひたすらこうに

 心  裏 おろ\/蒲 柳  欝\/  と撓  天

 こころうちおろおろはくりゅううつうつとたわみて

八十一叟半時庵

時寶曆四年季夏一旬


(大意)

 この序をおわるにあたって、わたしがただただ読者にお願いすることは

自身の心うちはおろおろして、柳の細い枝がたわんでいるように、

心もとないということである。

八十一老人 半時庵にて

宝暦4年初夏

(補足)

 平瀬鉄斎の生没は不明なようです。

本書は宝暦4年(1754)に出版。43年後の寛政9年(1797)に求板で再版されています。それなりに根強く読者がいたものとおもわれます。

 

2026年3月16日月曜日

日本山海名物圖繪巻之一 その3

P03 国文学研究資料館蔵

(読み)

之心  を継 天両  意を毅  春借  閲 し帝

のこころをつぎてりょういをつよくすしゃくえつして

たとしへなし風 月 之道 清 起流 れも片 とし天

たとしえなしふうげつのみちきよきながれもへんとして

月  也 又 思 ふ雙 林 ノ一 僧 茗  種 之妙  与里陸 氏を

しょうなりまたおもうそうりんのいっそうみょうしゅのみょうよりりくしを

欺  き宴 弗 募  天禅 指空 シ貞  徳 句幸 二記之

あざむきたゆまずつのりてぜんしむなしじょうとくくこうにこれをしるす

千 世 萬 代 飛ら可ん桃 の今年 より且 天 平  二十  一 年

せんせいまんだいひらかんもものことしよりかつてんぴょうにじゅういちねん

二月 丁 巳東 方 異邦 ノ官 人 不賑福-達一-機

にがつていしとうほういほうのかんじんにぎわず????

一以千有余載扶桑時今治治世世不啻

????????????????

(大意)

 AIの概要の現代語訳(大意)でも、意味不明でした。

わたしもよくわかりませんでした。

(補足)

 読みはいい加減なので、間違いだらけだとおもいます。

 

2026年3月15日日曜日

日本山海名物圖繪巻之一 その2

P02 国文学研究資料館蔵

(読み)

聖 帝 之武起御ン徳 十千世を頂   さ類盤阿

せんていのぶきおんとくとちせをいただかさるはあ

らし民 侶 之営 日 尓当 類有 又 好 而楽 而

らじみんりょのえいじつにあたるありまたこうじらくじ

耽 類有 耽  てなら須と云 事 なし既 尓成 怒

ひたるありひたってならずということなしすでになりぬ

日本 山 海 名 物 圖繪ト号  リ這之平 瀬氏鉄 齋 翁

にほんさんかいめいぶつずえとなずけりこのひらせ てっさいおう

日ゝ尓編ミ夜ゝに緝 ムおもへ者古人 古人 之一 癖

ひびにあみよよにあつむおもへばこじんこじんのいっぺき

を愛 せ類可古とし強 て子之手を執 天

をあいせるがごとししいてこのてをとりて

是 をといひ残 須尓も阿らされと母孝 子先 考

これをといいのこすにもあらざれどもこうしせんこう

(大意)

AIの概要のおおよその現代語訳を試してみました。

『聖帝(平和な世をもたらす天子)の武力や徳によって十千世(長い年月)も(安泰な世を)頂戴している。世の民の営みは日々に満ち溢れ、また(趣味などを)好み楽しんでふけっている者もいるが、ふけりすぎてどうにもならなくなるということはない。

(そういう太平の時代に)既に成し、怒(いか)る(※ここは「成る」の強調、あるいは崩しの読み違いの可能性あり)日本山海名物図絵と号(名づ)け、この平瀬鉄斎翁が、日々編み、夜々にならべまとめる。

思えば、古人が(名画や特産物といった)一癖(こだわりのある癖)を愛した(古風を)倣いとして、無理やり我が子のように(この本を)手にとって、これを言い残す(伝え残す)ということではないけれど、亡き父(母)や、亡き父(先考)へ』

(補足)

 AIの概要の大意、大したもんですね。変体仮名の読みに苦労してます(し間違いもあります)けど、まぁ全体の意味ははずしていません。まずは何が記されているかがわかることですから、この程度でも目的は充分に達せられています。

 文章自体は楷書ですから、くずし文字に悩まされることもありません。変体仮名は学ばなければなりませんけど。

 AIをちょっとけなしましたが、わたしの読みも間違っているところはあるはず、謙虚に学ばなければと心しています。

 

2026年3月13日金曜日

日本山海名物圖繪巻之一 その1

表紙 国文学研究資料館蔵

P01

(読み)

画工 長谷川 光 信

がこうはせがわみつのぶ

編 者 平 瀬鉄 齋

へんしゃひらせてっさい

日本 山 海 名 物 圖繪

にほんさんかいめいぶつずえ

P01

陸奥  守   従 五位  上    百濟王         敬   福  カ郡

むつのかみ じゅごいのじょう くだらのこにきし きょうふくがぐん

内 少田郡 仁黄金 在 ト奏 氏獻  此遠聞  食 驚  伎

ないおだぐんにこがねありとほうじけんぜしをきこしめしおどろき

悦  波世給 布

よろこばせたもう

 大 伴  宿 禰家 持

 おおとものすくねやかもち

皇   能御代さ可へんと東  なるみち能く山 耳

すめろぎのみよさかえんとあずまなるみちのくやまに

古可年花 咲  金 寶 之盡 さ類姫 氏 国 ノ神 邦

こがねはなさく きんぽうのつくさるひめじのくにのしんぽう

(大意)

(聖武天皇が奈良の大仏を建立していましたが、大仏を鍍金する黄金が不足してました)ちょうどそのとき、奥州で敬福が金鉱山発見し産出して献上したところ、大変に喜ばれたという。その内容を大伴家持が歌にしています。

(補足)

 約1ヶ月弱、次は何を読もうかとあれこれ探し回り準備しておりました。

今回から日本山海名物圖繪巻之一から巻之五まで全五巻を読んでいきます。

 巻之五の奥付に

『画工 松翠軒長谷川光信

寶暦四年甲戌初夏吉日

寛政九年丁己初春求板 平瀬徹齋撰』 

とあります。

 宝暦4年は1758年、寛政9年は1806年。しばらく前に司馬江漢の西遊日記をアップしましたが、年代的には司馬江漢の活躍した時代と重なって、江漢も目を通しているはずです。

 このBlogをはじめたのは「変体仮名を読めるようにする」ということからで、それは今でも変わることはありません。

 変体仮名の学習者として、翻刻などした文章はほとんどが現代仮名遣いにされてしまっていて、どの音がまたは字が変体仮名のどれにあたるのかが不明確で変体仮名を学ぶのには不都合であります。

 なので、原文で使われている変体仮名の元字をそのまま、わたしのBlogでは表記するようにしています。

 表紙絵は笹の上を飛ぶ丹頂鶴。これから日本のあちこち飛んで見て回りましょうとの意でしょうけど、洒落るつもりはありませんが、絵が単調です。

 P01では軸のように絵があります。山海なので海に帆掛舟二艘、奥に山とは、出だしの絵としてはこれまた寂しすぎ、なんか文句ばかりですけど・・・