2026年2月5日木曜日

繪本寶能縷 その1

 

表紙 国文学研究資料館蔵 

裏表紙

(読み)

繪本  寶   能縷

えほんたからのいとすじ

(大意)

(補足)

 『日本古典文学大辞典解説』に詳しい解説があります。天明6年(1786)江戸前川六左衛門刊。養蚕・製糸・機織から販売に至る経過を絵解きした彩色摺り絵本。

 元来、北尾重政・勝川春章合作の、安永期(1772ー1781)の中判錦絵シリーズ『かゐこやしない草』全12枚に、序と奥付を付し、絵本体裁に仕立てた後摺り改題本である。

 本書は、橘守国(1679-1748)・作の絵本『絵本直指宝(えほんねざしだから)』(延享2年(1745)大阪柏原屋清右衛門刊)巻一に収めた蚕家織婦図にその構図のほとんどを仰ぎ説明文までも大部分借り用いている。

以上、『日本古典文学大辞典解説』より。

 表紙裏表紙ともに、繭玉のかたちをほぼそのまま意匠化したすばらしい図柄になっています。このまま、のれんやふろしき、着物や帯柄、何にでもつかえそうです。繭玉は真っ白なものばかりとおもいきや、薄肌色のものもけっこうあって、ここに使われている繭玉がまったくその色合いなのには驚かされました。

 ジジイはまだ小学校にあがる前ころでしょうか、母の実家(埼玉県北部)によくあずけられました。お蚕さんを育てる時期にあずけられると、まだ小さい子どもとはいえ、子どもにでもできることは何でも手伝いをさせられました。

 小さい背中に籠を背負って、裏の桑畑に行って、教えられたとおりの桑の葉を選んで背中にポイっとほうりこむのです。重たくなってきたら家に戻り、籠をひっくり返し、また背負ってと同じことを繰り返しました。

 お蚕さんはとにかく猛烈な食欲であっというまに採ってきた桑の葉がなくなってゆきます。ワサワサ、わさわさ、正方形の大きなお盆のようなところに入れられているお蚕さんの食べるときの音がこれまた印象的でした。数匹ではきっと聞こえてこないでしょうけど、何百頭、何千頭ともなると桑の葉を食べる音がすごいのです。そしてお蚕さんのいる部屋はほんのりと暖かい。

 また、ジジイの小学校は横浜でしたが、横浜はシルクのスカーフを輸出したりしていて、有名でありました。だからなのでしょうが、横浜開港記念日だったか、小学校で全校生徒に繭玉をひとつづつ配るというような、いまでは考えられないような記念品でした。

 この本を読んでいると、お蚕さんの養蚕や製糸などの手伝いをなつかしく思い出させてくれます。

 

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