2026年9月24日木曜日

大日本物産圖會その95

P95 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」

P95_1

(読み)

加賀 國 菅 笠 ヲ造 ル圖

かがのくにすげがさをつくるず


菅笠(スゲガサ)ハ石 川 郡 金 沢 ニて薹(カサスケ)

   すげがさ はいしかわぐんかなざわにて  かさすけ


を以 て造(ツク)り諸 國 へ出すこと夥

をもって  つく りしょこくへだすことおびただし


頭(カシラ)尓被(カブ)りて日 光 を遮(サヘギ)り雨 雪

  かしら に  かぶ りてにっこうを  さえぎ りあめゆき


を防(フセ)き民用(ミンヨウ)を奈すこと西 洋

を  ふせ ぎ   みんよう をなすことせいよう


仐(カサ)の右 尓出(イヅ)る薹   ハ水 田

  かさ のみぎに  いず るかさすけはすいでん


尓植(ウエ)る草尓て 茅(チカヤ)尓似(ニ)

に  うえ るくさにて  ちがや に  に


て色 青 く長 さ四五尺  者゛

ていろあおくながさしごしゃくば


可里那り之 を刈干(カリホシ)て白

かりなりこれを   かりほし てしろ


くさらし竹骨(ホネ)尓縫(ヌヒ)付 て其

くさらしたけ ぼね に  ぬい つけてその


形 ち皿 のことく或  ハ鉢 の如

かたちさらのごとくあるいははちのごと


く造 る也 多 く女  の職業(シヨクゲ ウ)と須

くつくるなりおおくおんなの   しょくぎょう とす

(大意)

(補足)

「薹(カサスケ)」、『かさすげ【笠菅】カヤツリグサ科の多年草。水辺や湿地に群生する。高さ約1メートル。茎は三角柱状。葉は広線形で長く,ざらつく。晩春,雄花穂を頂生し,その下に数本の雌花穂を斜出する。葉で蓑(みの)・笠・縄などを作る。スゲ』。この漢字「薹」は『とう たう【薹】〔形が塔に似ているところからいうか〕アブラナ・フキなどの花茎』です。「艹」+「吉」+「冖」+「至」。

「出すこと」「奈すこと」、この「こと」は合字。「より」の合字のフォント「ゟ」はありますが「こと」はまだなさそうです。

 紫の暖簾が美しい。木版なのに布生地そのままの肌さわり感(テキスチャー)があります。白く抜いてある文字は「菅笠志奈\/(すげがさしなじな)」。上部の中央は「𠆢」+「万」、これは昨日の画の右枠外に「出版人大倉孫兵衛」、版元の萬屋の意匠。その左側は版元の「万」があることから予想すると「者ん元(はんもと)」かな?

 暖簾の上の瓦屋根、左側から右に流れるように、瓦の凹みの影というか波が遠近感がでるように少なくなるようにしていて、手がこんでいます。うまいね♫

 店先にはいつもより派手に文明開化開眼男の登場。和装ですが身につけているものは洋傘・鞄・靴、それに帽子姿です。

 帳場の奥は蔵に直結です。

 

2026年9月23日水曜日

大日本物産圖會その94

P94 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」

P94_1

(読み)

加州  熊 并  ニ膽ヲ取ル図

かしゅうくまならびにいをとるず


熊 ハ多 く大樹(タイボク)の洞中(ドウチウ)尓住(スム)

くまはおおく   たいぼく の   どうちゅうに  すむ


ものなり猟師(カリウド)枝 の付 多る

ものなり   かりうど えだのつきたる


木を持 て窠穴(ソウケツ)を突探(サグ)れ者゛

きをもって   そうけつ を   さぐ れば


熊 木を引 入 んとして両  手を掛

くまきをひきいれんとしてりょうてをかけ


て引く猟 師 斧(ヲノ)を以 て熊 の

てひくかりうど  おの をもってくまの


手を断切(キル)也 或  ハ鎗(ヤリ)尓てつき

てを   きる なりあるいは  やり にてつき


皮(カハ)を解剖(サキテ)して膽(ヰ)を登る

  かわ を   さきて して  い をとる


春奈ハち當 国 を上  品 とす

すなわちとうこくをじょうひんとす


黒様(クロデ)豆粉様(マメロデ)琥珀様(コハクデ)の三

   くろて     まめろで     こはくで のさん


種(シユ)あり就中(ナカンヅク)琥珀様 を上

  しゅ あり   なかんずく こはくでをじょう


等 と須

とうとす

(大意)

(補足)

「加州」、『かが 【加賀】① 旧国名の一。石川県南部に相当。加州。賀州』

「膽」、『たん 【胆(膽) 】① 内臓器官の一。「胆汁」「胆石」「胆囊(たんのう)」「臥薪嘗胆(がしんしようたん)」』。

「くまのい【熊の胆】」① 胆汁を含んだままの熊の胆囊(たんのう)を乾燥させたもの。苦みが強い。利胆・消炎・鎮痙・強壮などの目的で用いる。熊胆(ゆうたん)。

 この画をみて一番最初に目がいくのが熊の表情と赤い舌、そして振り上げられた三本の青光りする斧。鉄砲は急所をはずすとかえって熊が凶暴になって襲ってくるので難しい。それよりも確実な斧なのだろうけど、大同小異、胆がすわってないとできません。

 鈴木牧之(すずき ぼくし)という人がいて、江戸時代後期に越後国塩沢(現・新潟県南魚沼市)で活躍した商人・随筆家。豪雪地帯の実態を描いた名著『北越雪譜』の作者です。その中に雪の様々な風景を描いているのですが、相手は白、どうやって表現するかが大変でした。

 ここでも雪に陰影をつけたり黒い細い線で凹凸や稜線を描いていて、上手です。こんな雪深いところでも右隅に山奥の風景の定番である小川を付け足すことを忘れていません。常緑樹の松の緑がはえています。


 

2026年9月22日火曜日

大日本物産圖會その93

P93 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」

P93_1

(読み)

同 國 津軽 昆 布採 之圖

どうこくつがるこんぶとりのず


昆布(コンブ)ハ當 國 北 郡 今別(イマベツ)及

   こんぶ はとうごくきたぐん   いまべつ およ


び津輕(ツガル)辺  より出づ海 中  の

び   つがる あたりよりいずかいちゅうの


岩 間の石 尓着(ツイ)て生  須゛その

いわまのいしに  つい てしょうず その


幅(ハゞ)一 尺  尓春ぎ長 サ数丈(スチヤウ)尓

  はば いっしゃくにすぎながさ   すじょう に


い多る淡黄(ウスキ)色 尓してその

いたる   うすき いろにしてその


邊(ヘ)り青 黒 なり古連を

  へ りあおぐろなりこれを


刈(カ)り干して他邦(タハウ)尓出須

  か りほして   たほう にだす


俗 尓煮(ニ)て食  春れバ面(カホ)に

ぞくに  に てしょくすれば  かお に


瘡(カサ)を生  ぜ須゛といふ是 古昔(ムカシ)

  かさ をしょうぜず というこれ   むかし


の和方 奈り

のわほうなり

(大意)

(補足)

「同國」、陸奥国。

「一尺尓春ぎ」、『すぎ【過ぎ】① 時間・年齢などを表す語の下に付いて,その時間や年齢をすでにすぎていることを表す。「七時―に帰る」「四〇―の女性」』。現在では長さに使うことはあまりなさそうです。

「和方」、『わほう ―はう【和方】漢方に対して,日本古来の医方。日本古来の医術』

 この版では「画工」、「出版人」、「御届」がはっきり記されています。

 柄の長い鉤竿(かぎさお)をもつ漁師が着ているのはアイヌ人が着用しているガウンのように見えます。ごく普通に交流があったものとおもわれます。

 昆布漁をする所は沖からすぐ峻険な山になるところが漁場なので、浜は満潮になればなくなってしまうくらいのところ多い。ここでもわずかばかりの浜に干していますし屋根の向こうに物干し竿にぶら下げています。

 磯場に入って舟を操るのは命がけで、波にあおられて和船を岩にぶつければ砕けて沈没です。


 

2026年9月21日月曜日

大日本物産圖會その92

P92 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」

P92_1

(読み)

陸奥 國 真錦 製 之圖

むつのくにまわたせいのず


真綿(マワタ)ハ絲(イト)尓取 可多き悪(ア)

   まわた は  いと にとりがたき  あ


しき繭(マユ)を撰(エリ)出しこれを

しき  まゆ を  えり だしこれを


上 灰汁(アク)尓てよく煮(ニ)夫 より

うわ   あく にてよく  に それより


水 尓漬(ツケ)さらして灰汁を出

みずに  つけ さらしてあくをだ


し指(ユビ)尓てひき延 し引 盤(バン)

し  ゆび にてひきのばしひき  ばん


尓加ける也 國 々 流義(リ ウギ)多 し

にかけるなりくにぐに   りゅうぎ おおし


夫 より清水 尓て引 のバし干

それよりしみずにてひきのばしほし


立 る処  ありまた綿 尓て水 尓漬

たてるところありまたわたにてみずにつけ


さら須処  もあり後 ニむしろ或

さらすところもありのちにむしろあるい


ハ縄(ナワ)尓つりて干 立 る奈り

は  なわ につりてほしたてるなり

(大意)

(補足)

「真綿」、『まわた【真綿】糸にできない屑繭(くずまゆ)を引き伸ばし乾燥した綿。軽くて強く,暖かい。引き綿・布団綿としたり,紬糸(つむぎいと)の原料とする。絹綿。』

 赤いタスキに手ぬぐいの頬かむりは働く婦人の定番。真綿ののばし方がいろいろ描かれていておもしろい。現在でも真綿をつめる蒲団屋さんでは画のように杭棒に引っ掛けて四角くのばして形を整えているようです。

 

2026年9月20日日曜日

大日本物産圖會その91

P91 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」

P91_1

(読み)

陸 中   國 牧 牛  之圖

りくちゅうのくにほうぎゅうのず


牛 ハ當 國 閉伊(ヘイ)郡 を者じめ

うしはとうごく   へい ぐんをはじめ


南部(ナンブ)其 他諸 郡 より産 ずる

   なんぶ そのたしょぐんよりさんずる


こと夥敷(オビタゝシク)年 々 之(コレ)を鬻(ヒサ)ぐ

こと   おびただしく ねんねん  これ を  ひさ ぐ


其 一ト群連牛 商  四五人 位  尓

そのひとむれうししょうしごにんくらいに


て牛 五六 十 疋 綱(ツナ)をも付 須゛添(ソヒ)

てうしごろくじっぴき  つな をもつけず   そい


来 る駅路(エキロ)ハ多 く夜中 牽(ヒイ)て

きたる   えきろ はおおくよなか  ひい て


往 来 の礙(サマタゲ)を奈さ須゛川 を渡 る

おうらいの  さまたげ をなさず かわをわたる


尓小牛 を俵(タハラ)の中 へ入 大 牛 の背(セ)

にこうしを  たわら のなかへいれおおうしの  せ


に付 舟 尓のせて王多る外 の牛

につけふねにのせてわたるほかのうし


ハ皆(ミナ)水 底(ソコ)をくゝ里渉(ワタ)り向  の

は  みな みず  ぞこ をくぐり  わた りむかいの


岸(キシ)へ上 る事 自在(ジザイ)也 といふ

  きし へあがること   じざい なりという

(大意)

(補足)

「鬻(ヒサ)ぐ」、『ひさ・ぐ【鬻ぐ・販ぐ】(動ガ五[四])〔近世初期までは「ひさく」と清音〕売る。あきなう。「春を―・ぐ」「人情といふ品物をば其本店(だな)にて―・ぎながら」〈小説神髄•逍遥〉「棺を―・くもの,作りてうち置くほどなし」〈徒然草•137〉』。「粥」+「鬲」。

 群れの中で帳面を手に取引する男はザンギリ頭。右奥、旗のあるところ、洋館の平屋があって、その前では支配人らしき洋装の男が腕突き出して何やら命令しているような叱っているような・・・

 画面中央牛のでっかい目玉がギロッとこちらをにらみつけています。

 明治十年頃はまだまだお雇い外国人や宣教師が日本のあちらこちらにいて、彼らの住むところの周辺には牛飼いが毎日牛乳を配達していたそうであります。

 

2026年9月19日土曜日

大日本物産圖會その90

P90 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」

P90_1

(読み)

陸 中   國 養 蠶 之圖六

りくちゅうのくにようさんのずろく


蚕(カヒコ)の繭(マユ)をつくら須仕様 ハ諸 國 尓

  かいこ の  まゆ をつくらすしようはしょこくに


て違(タガ)ひあり當 國 尓てハ莚(ムシロ)の縁(ヘリ)

て  たが いありとうごくにては  むしろ の  へり


を二寸 本ど折 立て中 尓力  竹 を

をにすんほどおりたてなかにちからだけを


角 ち可゛ひ尓結(ユヒ)付 藁(ワラ)三 四本 ツゝ

かどちが いに  ゆい つけ  わら さんしほんずつ


を三 角 尓折 之 を莚(ムシロ)の中 へ立 並 べ

をさんかくにおりこれを  むしろ のなかへたてならべ


此 中 へ蟄(スガキ)し蚕  を者ら\/と配(クバ)り

このなかへ  すがき しかいこをはらはらと  くば り


入連暖(アタゝ)可奈る処  へあげ置 て繭 を

いれ  あたた かなりところへあげおきてまゆを


つくらすこれをゑびらとも同 伏

つくらすこれをえびらともどうふく


ともいふ扨 最 初 の者き立 与り

ともいうさてさいしょのはきたてより


千 辛 万 苦して漸々(ヨウ\/)ま由つくる

せんしんばんくして   ようよう まゆつくる


頃 尓至 り誤(アヤマ)て麁忽(ソコツ)でき奈バ今

ころにいたり  あやま て   そこつ できなばいま


迄 のつとめ忽(タチマ)ち水 の泡(アハ)と消(キ)へ莫(バク)

までのつとめ  たちま ちみずの  あわ と  き え  ばく


大(ダイ)の損毛(ソンモウ)尓至 る故 尓注意(チ ウイ)すべし

  だい の   そんもう にいたるゆえに   ちゅうい すべし

(大意)

(補足)

「陸中」、『1868年(明治1)陸奥(むつ)国を分割して設置。岩手県の大部分と秋田県の一部にあたる』。

「蟄(スガキ)し」、『ちつ 【蟄】かくれる。ひそむ。とじこもる。「蟄居」「蟄虫」「蟄伏」「蟄竜(ちつりよう)」「啓蟄」』。「スガキ」のふりがながありますが、訓読みにはありません。

「ゑびらとも同伏とも」、藁蔟(わらまぶし)のこと。画の中で、藁を三角にしている畝状のもの。

 赤ちゃんを背負っている若いお母さん、胸元はなんどもおっぱいをやっているのでひらいています。赤ちゃんはニコニコ顔で後ろを振り返り、子どもが🐱をみせてあやしています。旅人風のうしろには人力車に乗る洋傘をさす丁髷姿。ちょっとしたところに文明開化を入れるのが上手。

 着物柄が薄色できれいです。右側の御婦人の日本髪をおおっている手ぬぐいにまで模様を入れています。下駄がひとつ裏返っているのは御愛嬌、土間から上がったり降りたりと忙しいのかな。

 

2026年9月18日金曜日

大日本物産圖會その89

P89 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」

P89_1

(読み)

同 國 松 島 景 並   埋  木細 工之図

どうこくまつしまけいならびにうもれぎざいくのず


松 島 ハ日本 三 景(ケイ)の一  塩竃(シオカマ)より

まつしまはにほんさん  けい のひとつ   しおがま より


舟 路二里余  左  ハ磯(イク)つゞき右 ハ

ふなじにりあまりひだりは  いく つづきみぎは


海(カイ)口尓して島 ゝ の数(カズ)を尽(ツク)し後(シリヘ)ニ

  かい ろにしてしまじまの  かず を  つく し  しりえ に


峙(ソバタ)ち前 尓匍(ハラ)ひ或  ハ向 ひま多ハ

  そばだ ちまえに  はら いあるいはむかいまたは


うそむきて松(シヤ)樹 枝 を伸 屈

うそむきて  しゃ じゅえだをのびくっ


て其 首尾(シユヒ)を粧(ヨソホ)ふて風 色  最  も

てその   しゅび を  よそお うてふうしょくもっとも


濃 奈り又 埋  木ハ名取 郡 名取

こくなりまたうもれぎはなとりぐんなとり


川 より産(サンズ)此 ハ年 久 敷 水 中  尓沈

がわより  さんず これはとしひさしくすいちゅうにしず


ミし木尓て純黒(シユンコク)或   白斑(ハクハン)ありその

みしきにて   じゅんこく あるいは   はくはん ありその


質(シツ)ハ烏木 の如 く多 く硯筥枝(スゝリハコシ)

  しつ はうぼくのごとくおおく    すずりばこし


折 菓子皿 其 他(タ)種々(イロ\/)の細 工を奈須

おりかしざらその  た    いろいろ のさいくをなす

(大意)

(補足)

「同國」、陸前国。

「埋木細工」、『約500万年前(地質時代)の樹木が地中で炭化した「埋れ木」を削り出して作る、宮城・仙台・松島地域の伝統工芸品。仙台の青葉山から、約500万年もの歳月をかけて炭化した「埋木」が発見されたのは,1822年(江戸・文政5年)』。

「烏木」、『うぼく【烏木】黒檀(こくたん)の異名』。

 沖に見える山に金花山の札書きあり。これら島々、松の樹の枝々の様を詞書きで形容しているのですが、どうもゴツゴツして文章としては下手くそに感じます。

 黒の埋れ木が欄干に7枚、ガラス障子の腰板に1枚そして欄間の上に1枚あって、当時はこんなに大きいものがあったようです。赤い毛氈のうえにある小さなお盆や小物なども埋れ木のよう。ガラス障子のガラスの表現がうまいですね、埋れ木がガラスをとおしてみえているところは灰色っぽくなっています。

 ここに描かれている御婦人二人は、いままでとことなって日本画風になっています。お二人とも日本髪が丁寧に描かれています。立ち姿の御婦人は十頭身くらい、縦縞の着物のひだを濃淡だけで表現していて上手。

 松島は何度かいきましたが、やはりきれいでした。