P86 「船橋市西図書館所蔵」「画像の無断ダウンロード禁止」
P86_1
(読み)
磐 城 國 養 蠶 之圖四
いわきのくにようさんのずよん
蚕掃立(カヒコハキタテ)与り七 八 日 目頃 𥸮(クハ)
かいこはきたて よりしちはちにちめころ くわ
を喰止(クヒヤ)ミ色 少 し白 くかしら
を くいや みいろすこししろくかしら
太(フト)く奈る之 を獅子の居休(イヤスミ)と
ふと くなるこれをししの いやすみ と
いふ此 時 早 く居可らを取 可へ
いうこのときはやくいがらをとりかえ
て与し明 朝 八 時尓可へんと思 ハゝ
てよしみょうちょうはちじにかえんとおもわば
前 夜𥸮 を喰 せて居可らを
ぜんやくわをくわせていがらを
取 替 べし此 時 縁(ヘリ)通 り尓居多る
とりかえるべしこのとき へり とおりにいたる
蚕 を中 尓置(オキ)中 尓在りしを縁(ヘリ)へ
かいこをなかに おき なかにありしを へり へ
入 可へ棚(タナ)も上 下へ入 可へ連盤゛
いれかえ たな もじょうげへいれかえれば
蚕 一 調(テ ウ)尓与く揃(ソロ)ふと云
かいこいっ ちょう によく そろ うという
(大意)
略
(補足)
「磐城國」、『旧国名の一。1868年(明治1)陸奥(むつ)国を分割して成立。福島県東部と宮城県南部に相当する』。
「蚕掃立(カヒコハキタテ)」、『はきたて【掃き立て】② 養蚕で,孵化(ふか)したばかりの毛蚕(けご)を,羽箒(はぼうき)(脚立の左脇にある)などを使って集め,新しい蚕座(さんざ)に移し広げること。季春』。
「明朝八時」、ちょっと前なら「明けの辰刻」だったでしょうけど、明治で時刻も洋式になりました。
蚕棚の構造がこれ以上簡単なものがないほどです。藁の丸いお盆のようなものが蚕座(さんざ)、子どものころ手伝ったものは四角いものでした。
庭の作業はこのあと「陸中国養蚕之図六」にでてきますが、これも蚕を育てる道具です。
藁の垣根から裏門へは遠近法が使われていてます。
忙しくしている皆さんの藍色の着物がきれいです。














